朝霜に覆われた箱根の大地に、太陽がその明るみをもたらした。新たな一日を迎えるべく、第三新東京市はその活動を再開した―たとえ残っている市街地が僅かであろうと。今や複数になってしまった芦ノ湖を、朝日が照らす。
 その大地の道路を、黒色の装甲戦闘車両―戦略自衛隊の装甲部隊が行軍していた。朝霧スグル一尉は、自分の率いる戦車中隊を見て満足した。過酷な訓練の成果か、彼が直接率いる小隊の三台の戦車は隊列を乱すことなく、進んでいた。朝霧は双眼鏡を隊列の前方に向けた。そこには奇妙な車両があった。黒色という点においては他の車両と変わりない。問題は、その装備にあった。巨大な砲身がその車両に搭載されていた。
 朝霧の戦車の砲手が、朝霧に話かけてきた。
「あれ、使うんでしょうかね?開発にえらい金かけたって聞いてますが」
「まあ、使うだろうな。戦自戦車部隊オレ達じゃ、あのエヴァを足止めするのが精一杯だ」
「それほど悲観的になることは無いでしょう。ネルフのエヴァは味方ですし」
「おいおい、相手は少なくとも九体、こっちは二体。戦力二乗の法則ぐらい、知ってるだろう?その差を埋めるのが、俺達さ」
「何と素晴らしい任務なことで」
「尻拭いはいつも俺達末端さ。それに、俺達の置かれた状況はネルフほど酷くない。撤退できる」
「それはどうですかねぇ?負けたら、サードインパクトで死にますよ」
 朝霧は、双眼鏡から手を離した。そして、砲手に向き直る。
「おいおい、ネルフやらゼーレやら政府の言うことまともに信じてるのか?何がおきるかわかるわけがない。なるようになるさ、この世の中はね。戦うだけさ、俺達は」

安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER FIFTEEN:勇者のために


 ネルフ本部―発令所。ミサトがゼーレ本部でチルドレン保護にあたっているため、現在の作戦指揮は冬月が取っている。ただし、彼は本来科学者であり雑務を片付ける副司令であり作戦のエキスパートではないから、実際の戦闘指揮は戦自が取ることになっている。あくまでミサトの本部到着までであるが。主要メンバーが抜けると、代わりの指揮官探しに苦労するのがネルフの弱点であった。
 オペレーター席の横で復帰していたリツコがMAGIの防壁を整えていた。あの、自らの人生を清算する綾波レイのクローンシステムを破壊したあとに。もちろん、彼女に自暴自棄になっていた部分はあった。だが、それよりも勝る母性愛という感情が彼女の支えとなった。そこから生み出される責任感―チルドレンとネルフの技術管理が、彼女を再び仕事に励まさせる結果となった。もちろん、そこにはまた別の物語があったが。
「戦略自衛隊第一師団より連絡。まもなく展開、及び陣地構築終了するとのことです」、青葉が報告した。
「そう。それよりも、どう?ミサトは間に合いそう?」、リツコは聞いた。正直、この指揮官という立場のストレスに折れそうになっている。ミサトがビールに溺れたのもわかる気がした。
「現在長野より戦闘機の護衛を受けてチルドレンと共にVTOLで急行中です。到着時刻は1035時。エヴァ量産機予想出現時刻よりマイナス一○分です」
 リツコはそこまで言うと司令席にいたゲンドウに振り向いた。
「司令、副司令。あなた方の計画を邪魔するつもりはありません。ですが、サードインパクトは起こさせません。よろしいですね?」
 ゲンドウは微かな笑みを浮かべると、その独特のポーズを崩して答えた。
「かまわん。君らの行動が私の目的に触れない限り、好きなだけやりたまえ」
「いいんだな、碇」、冬月が言った。
「後を頼みます、冬月先生」
「ああ、ユイ君によろしくな」
 ネルフ司令はその言葉を背に受けながら、発令所から去っていった。

 大空を四機の戦闘機と一機の大型VTOLが支配していた。戦闘機には戦自、VTOLにはネルフのマーキングが施されている。
 VTOLの座席に、碇シンジと惣流アスカ・ラングレーはいた。少し前にミサトが座っている。シンジとアスカはだいたいのあらましと、これからの作戦計画を説明されていた。事実背景も。
「シンジ」、アスカはシンジに振り向きながら言った、「アタシ達、これから戦うんだよね」
「不安?」、シンジはアスカがここ数週間エヴァとシンクロしていないことを思い出す。
「うん・・・シンジに負担かけるかもしれない」
「いいよ、アスカ。僕がアスカを守るから」
「アタシも、がんばるから」
「うん」
 アスカは、そのまま眠ることにした。この時間が最後の一時だからだ。第三新東京市に着けばのんびりしている暇は無い。シンジはそんなアスカの寝顔を見る。久しぶりに見る―ゼーレの監禁室では二人はいつも緊張していた―安らかな寝顔だった。
「絶対・・・守ってみせる」、シンジはそう呟いた。安らかな寝顔を。そして、自らも眠ることにした。
 そんな二人を、ミサトは黙って見ていた。
「私も、守らなきゃね、あの二人の寝顔を」

 ゼーレ。本部施設は壊滅したが、そのブレーンは無事であった。彼らは予備施設の機能を使って会議を開始していた。
「忌まわしきネルフ。我らの下部組織の横暴、許すまじ」
「なれど、反乱者達の持つ力は強大」
「戦自、そして日本政府が加わった今、本部の直接占拠は不可能」
「MAGIのハッキングは失敗した」
「さすれば残る手段は限られている」
「忌まわしき存在のエヴァ。我々はそれを使用せねば崇高なる理想は達成できぬ」
「エヴァシリーズ、その力を持って補完計画の成就を」
「人類の新たな一歩のために」

 ネルフ発令所では、戦闘の開始が報告されていた。
「護衛艦<こんごう>より入電。大型国籍不明機九機、小型機四○機を小笠原沖で探知。ミサイル第一迎撃、開始」
「小型機一○機撃墜するも、大型機は撃墜ならず」
「201空、迎撃開始」
「戦闘は優勢に進みつつあり」
 ネルフに、そして戦自に安堵は無かった。誰もが、輸送機を撃墜しただけではエヴァシリーズを倒せるとは思ってはいない。ATフィールドをはじめとする力をうまく使えば、エヴァは宇宙空間においても戦えるからだ。
「戦自より連絡。これより手品の第一波をご覧にいれる、とのことです」、再び青葉が報告する。
 発令所のモニターに、戦闘が映し出される。黒い輸送機がエヴァシリーズを運んでいるやつだ。その輸送機に、幾つもの白煙が向かっていた。その先に白い鏃―ミサイルがあった。その速度はマッハ一桁が常識の対空ミサイルより遥かに速かった。ミサイルはそのままエヴァシリーズの一体に突き刺さる。衝撃で、輸送機が爆発する。そして、白いエヴァはそのまま落下する。それを見た他の輸送機は、さっさとエヴァを起動させるとエヴァシリーズを投下する。起動したエヴァはすぐにATフィールドを展開する。だが、それも無駄に終わった。高速ミサイルはそのATフィールドを突き破ってはエヴァシリーズに命中していた。
「ATフィールドは無敵じゃないってことね」、リツコは呟いた。
「N2兵器やポジトロンライフルが証明するように、ATフィールドでも一定上の物理エネルギーの前には敗れてしまうのよね」
 高速ミサイル―それはエヴァや使徒に(プライドやその戦力を)散々痛めつけられてきた戦略自衛隊が開発した超音速ミサイルだった。高速発揮が可能なラムジェットエンジンを搭載し、液体ロケットでそれをさらに加速。弾頭には爆発物ではなく硬い劣化ウラン弾を装着することで、とてつもない貫通能力を有している。それは、ATフィールドを破るのに最適の兵器であった。
 エヴァシリーズに次々とミサイルが命中することを確認したネルフに、安堵が訪れた。その浮かれた雰囲気を、冬月が制した。
「まだだ。あれはS2機関搭載型だ。あの程度の損傷、すぐに回復する」
 事実だった。ミサイルが命中した個所が、とんでもない速度で治癒していた。発令所に再び沈黙が戻った。

「見て見て、シンジ」、アスカが突如シンジを呼んだ。
シンジがまもなくネルフ本部に到着せんとする機体から外を眺めると、沖合いでの凄まじい戦闘が見えた。
「あれ、エヴァシリーズよ」、アスカが、シンジの手を握りながら言った。
「アスカ」、シンジはアスカに向き直りながら言った、「怖くないから。僕がいるから、大丈夫」
 シンジは決して戦わなくていい、とは言わなかった。それはシンジと支えあって生きたい、というアスカの心をひどく侮辱する言葉であったし、シンジ自身アスカにそういう逃げ道を用意するつもりは無かった。アスカも向き合わなくてはならない。さもなければこれまで愚かな計画のために死んでいった人々―加持リョウジ、鳥海ソウヤ、そして民間人、ネルフ、戦自の人間―の犠牲を無駄にしてしまう。大人達が自分達の命を犠牲にしてまでチルドレンの道を開いた。さぁ、これからは僕達の番だ。
「アスカ、がんばろう」、シンジは笑みと共にアスカに語りかけた。アスカは、それに満面の笑みで答えた。

「レールガン、レディ」
「あの連中、再生するようだ。ネルフはコアを撃て、と言って来ている」
「そりゃあどこだ?」
「胸部だ」
「ようし、ぶっ放せ!」
 轟音と共に複数の車両が射撃を開始した。これもまた戦自の秘密兵器―レールガンだった。レールガンは、リニアモーターカーと同じ原理で砲弾を超高速で放つ兵器と考えてよい。その特性故、通常では考えられないほどの高速で射撃が可能となっている。これもまた、ATフィールドを突き破るのに最適の兵器だった。何故ならば、通常の銃弾より遥かに高速であるレールガンから放たれる劣化ウラニウム徹甲弾は高速ミサイルと同じ効果―ATフィールドの貫通を意味するからだ。しかもその高速性と射撃装置の優秀性故にミサイルとは比べ物にならない命中率を誇っている。エヴァ用の装備であるパレットライフルも同様の効果を持っているが、戦自のそれは携帯火器では無く車載であるため余計な装置を省くことによって遥かに性能が勝っている。加えて戦自―正規軍の持つ最大のアドヴァンテージである物量がそれに加わる。
 戦自の一五式自走電磁砲三○両は急遽改造されたものとは思えぬ的確さを持って飛行するエヴァシリーズに砲弾を叩き込んだ。さしものエヴァシリーズも、S2機関を目掛けて正確に撃ってくるレールガン部隊の前に崩れ去った。九体の量産エヴァのうち四体がコアに、あるいはダミープラグに砲弾を喰らって沈黙した。再起動は無かった。
 だが、このまま決着がつくほど世の中は甘くは無かった。残りのエヴァシリーズは翼を羽ばたかせると、そのまま高速で横に縦に移動する。さすがの火器管制システムもこれには対抗できず、S2機関への命中は長く続かなかった。エヴァシリーズはそのまま対空砲火を突き破ってレールガン部隊に突入、慌てて退避しようとしていた彼らを踏み潰した。

 レシーバーからレールガン部隊の阿鼻叫喚が聞こえてくる。朝霧はそれに耐え切れなくなってレールガン部隊の無線通信回線をカットする。そして、大隊長に連絡する。
「大隊長、ネルフのエヴァはまだですか!?」
「現在発進準備中だ。あと五分必要だと言っている。パイロットがまだ格納庫に辿り着いていないらしい」
「畜生」
「俺もそう思っていたところだよ」
「中隊、射撃開始してかまいませんか?」
「効果は無いし、位置を暴露することになるぞ」
「あのまま電磁砲部隊を見殺しにするつもりはできません」
「まったくだ、一尉。だが、命令違反はできん」
「ああ、畜生」
『司令部より全部隊に命令。射撃許可。各々、撃ち方自由。彼らを見捨てることなかれ』
「聞いてのとおりだ、朝霧。あのウナギみたいな奴に、ここは俺達の国だって、教えてやれ!」
「了解!中隊、射撃開始!」

 戦自の必死の交戦が始まったころ、シンジ達はようやくエヴァに辿り着いていた。ケイジ内にアナウンスが響く。ミサトの声だった。
「シンジくん、アスカ、戦自が今必死の時間稼ぎをしているわ。いい、必ず倒して、生きて帰ってきてらっしゃい」
 シンジ達はそれに力強く答えた。
「はい、絶対に帰ってきます」
「そうよ、簡単に死ねるもんですか」
 シンジはアスカに振り向く。
「アスカ、これで最後だね。これで全てが終わる」
「うん、これで全部、全部終わるのね」
「セカンドインパクトで死んだ人のためにも」
「ママ達のためにも」
「加持さんのためにも」
「鳥海さんのためにも」
「トウジや皆のためにも」
「カヲル君のためにも」
「戦自の人たちのためにも」
「ネルフの人たちのためにも」
「そして、この世界の皆のために」
「エヴァを倒して、終わらせよう」

「エヴァ初号機、弐号機、最終チェック終了。パイロット搭乗してください」
「S2機関、正常に作動中。活動限界、無限です」
アナウンスが再び流れる。
 シンジはアスカを突如抱きしめる。上で戦っている人たちのためにも早く出撃しなくてはならない。芦ノ湖畔では戦いが激化している。しかし、シンジはこれだけは今、済ませなくては気がすまなかった。
「アスカ」、シンジは言った。アスカも同じことを考えていた。
 唇に感じる温かみ。僅かな接触を感じる。そして、それで終わる。
「終わったら、本当のキスしよう」、シンジはそうアスカに言った。
「うん」、アスカは頷く。
 二人は、エントリープラグに乗り込む。プラグ挿入、汎用人型決戦兵器―、人造人間エヴァンゲリオン起動。
 物語は、今、終焉に近付きつつあった。


マナ:いよいよ始まったわね。

アスカ:させるもんですかっ! シンジと出撃して、一挙殲滅よっ!

マナ:出撃はいいけど、足手纏いにならないでよ?

アスカ:アタシがやる気になってんのよっ! ンなことあるわけないでしょっ!

マナ:そのやる気が恐いのよ・・・。

アスカ:いよいよクライマックスっ! やるっきゃないわっ!

マナ:敵は並大抵の相手じゃないわよ?

アスカ:シンジと一緒に出撃よっ!

マナ:人の未来のために頑張ってね。
作者"名無し"様へのメール/小説の感想はこちら。
ijn_agano@yahoo.co.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system