「シンジ・・見てみて、雪よ」
「あっ、本当だ。三年ぶりだね」
「確か、大学以来よね」
「そうだね」
「あ、そうそう。明日冬月所長が挨拶に来るって」
「え?聞いてないよ、それ」
「あら、何か拙いの?」
「え、いや、その・・・明日夜さ、レイジをトウジ達に預けて、夕食でも、って思ってたからさ」
「あら、それなら大丈夫よ。所長が来るのは昼だから」
「なら、大丈夫だよね。でも、所長のレイジ好きにも参ったなぁ」
「あら、仕方がないじゃない。所長にとっちゃレイジはひ孫みたいなものだから」
「そりゃあ、そうだね」


安らかな寝顔
KNIGHT OF A PRINCESS
作者:名無し

CHAPTER SEVENTEEN:チルドレンのためにヒトのために


 全ては終わった。ネルフ司令と彼らが管理していた重要物であるエヴァンゲリオン初号機、アダム、リリス、ロンギヌスの槍、その全てが宇宙に消えていった。
 戦闘の後は、まさしく悲惨だった。戦略自衛隊第一師団はその構成人員の三割近くを残忍な量産機によって殺されていたし、生き残った兵士の中にも少なくない人々が後遺症に悩まされる人生を送ることになったからだ。
 量産機の活動は復活することは無かった。S2機関は二度と反応することなく、その平和利用への道は立たれた。どうもS2機関はアダムかリリスか、宇宙に飛び去ってしまったものの力を受けて作動していたようだった。
 弐号機を始めとするエヴァンゲリオンは解体された。弐号機コアの中に残っていた惣流キョウコ・ツェッペリンがサルベージされることも無かった。コアの中に残っていたのは、キョウコの僅かな一部であり、体を構成する物質や魂の大部分は一度サルベージされていたからだった。サルベージしても何も起きない―そういう理由だった。
 ネルフと戦略自衛隊、そして日本政府は戦闘後に自らの勝利を発表。恐るべきエヴァンゲリオンの戦闘力が失われたことを証明すると、それまで黙っていた国連と世界各国の軍は競ってゼーレに離反、彼らを逮捕した。その影にリツコとMAGIの活躍があったことは述べるまでもないだろう。補完計画の概要が報道されたのも大きな一手だった。
 徹底的な調査と裁判の連続、それが戦闘後の結果だった。ネルフはもちろん世界を救った英雄、戦略自衛隊は軍人の本分を達成した軍隊の理想、日本政府は的確な判断でゼーレから離反した素晴らしい政府―それが無知な人類の評価となった。
 ネルフはその膨大な予算を削除されることにはなった。いくら英雄でも未だセカンドインパクト後の復興が必要な世界に膨大な予算を取るネルフが存続する理由は失われたからだ。ネルフはしかしその政治的優位を利用して組織自体は残した。研究施設―エヴァをはじめとする様々な技術を実用化させる研究機関として学園研究都市となった第三新東京市―再び改名されて箱根市となった―の中心に据えられた。もちろん十分な政治力を残して。ネルフ職員の多くはそのまま残り、オーバーテクノロジーであるネルフの技術を管理していくことになった。これによって日本は人類史上で常に明るい未来を持って生きていくことになる。
 戦略自衛隊の矢矧司令は引退し、自らの席を英雄である葛城ミサトに譲った。彼女はネルフと強い関係も持っていたから、戦略自衛隊(改名して国防軍となる)、日本政府、そしてネルフは以後、黄金のトライアングルと呼ばれる日本を支える要素を築いた。
 
 シンジは昼間、自宅に挨拶に来た冬月の会話を思い出しながら自家用車で箱根市の高速道路を走らせていた。くすり、と思い出し笑いをする。
「どうしたの?」、ドレスを身に纏ったアスカが聞いてくる。
「いや、ちょっとね」、シンジは笑みを浮かべながら、そう答えた。
「もう、言いなさいよ」、少し機嫌を曇らせたアスカがシンジに詰め掛ける。
「いや、その、同居を続けるって決めたときのアスカが可愛いなぁ、って思って」
 アスカはその言葉に顔を赤らめてシンジに腕を抓った。

 全てが終わったとき、シンジは天涯孤独となった。両親は宇宙に行ってしまったからだ。そのシンジを引き取ろうと言い出したのは一人では無かった。冬月は戦いが終わったから、もう道徳の出番だ、とばかりにアスカとの同居を止めようとした。ミサトはミサトで再び三人の同居を望み、オペレーターやリツコにも独自の考えがあった。
 その全てをシンジは断った。曰く、
「アスカの安らかな寝顔を守るのは僕の役目です」
 その言葉に、周囲は黙らざるをえなかった。今更ながらシンジとアスカの深い絆に気付いたからだった。自分達には想像もつかないようなものが、あの二人にはある。周囲はそう好ましく判断した。
 結果的に、全てはシンジに涙目で
「アタシ、シンジと一緒に、二人っきりでいたい」、と訴えたアスカの勝利であった。説得に苦労したシンジは今でもそのことでアスカをからかう。
 シンジとアスカには、一生の暮らしに不自由しない程度の金額が補償金として与えられた。それは世間体というものを考慮した政府と国連の判断であったが、であるからこそ決して多いわけでもなかった(もちろん一生の暮らしに不自由しないというレヴェル自体、予算に喘ぐ国連にとっては出血大サービスであったのだが)。
 再会と普通の生活の続き―それがシンジとアスカに与えられ、彼らが選んだ道だった。その中でシンジと同居するアスカの問題は常に存在したが、いつしか彼らの絆は以前よりももっと深いものとなっていった。
 であるから周囲も18歳の結婚には反対しなかった。苦労を乗り越えた二人にはそれなりの資格がある―そう考えられたのだった。そして、その判断は正しかった。大学卒業後に出産した長男、レイジを向かえた新たな碇家はまさしく幸せというものを手に入れていたからだ。
 もちろん、苦難もあった。だが、あの14歳の年を乗り越えた二人にとって、怖いものなど無かった。現在の幸せな生活も、全てはそこに帰結していた。

「シンジ、ここ、美味しかったわね」、アスカが満足そうに頷いた。
「だろう?僕も同僚に教えられて一度来ただけなんだけど、美味しかったよ」
「あら、でもワタシにはアナタの料理のほうが美味しいわ」
「ふふ。今では僕より料理の腕があるアスカにそう言われると、嬉しいね」
「そうだ、シンジ。今晩は公園で演奏会しない?」
「いいね、それ」

 シンジとアスカの仕事は、オーケストラの団員だった。チェロを習っていたシンジに加え、アスカもまたシンジに触発されてヴァイオリンを始めたのだった。二人の才能は百年の一度の天才、というものでは無かった。どちらかといえば、まあ上手なほう、そんなものだった。
 だが、二人だけの演奏は格別だった。まるでお互いの演奏に引き立てられるように、シンジとアスカだけで行われる演奏は天使の交響曲―そう賞賛されていた。それは、二人の愛故か、あのユニゾンの訓練故かわかりはしないけれども、素晴らしき音色を奏でることは確かだった。

 公園には、誰もいなかった。そこはかつてユニゾン訓練のときの思い出の場所であった。シンジとアスカは楽器の準備を整え、静かに演奏を始めた。どんな曲であるかは関係なかった。ただ、気持ちの赴くままに楽器を優しく奏でるのだった。
 公園から静かな、優しげな音色が響いてくる。それを耳にしたものは、今やっていることを止め、その美しいメロディに聞き惚れてしまう。近くで喧嘩していた若者の手が止まり、やがてハンカチが差し出される。頑固な父親に怒りをぶつけていた娘が、素直な気持ちを述べる。長い間電話をかけてなかった父親に、連絡を取ろうと考えたビジネスマンもいた。
 ほんの少し優しくなった世界で、二人は演奏を続ける。

「あ、寝ちゃったか・・・・・」、シンジはアスカを見る。ベンチで星空を見上げていたのはついさっきまで。楽器は車に仕舞ってある。
 シンジは肩にもたれかかるアスカを優しげな瞳で捉え、その美しい髪を楽器の演奏と同じように撫でる。アスカが気持ちよさそうな声でシンジにさらに寄りかかる。シンジは苦笑した。可愛いなぁ、アスカって。シンジは素直にそう思った。そう彼女に言うと怒られるのだ。照れ隠しか、アスカはいつも
「ワタシは可愛いじゃなくて、綺麗なの!」、と嬉しそうに言うのだ。
 シンジはそう考えるとアスカの寝顔を見つめた。安らかな寝顔だった。かつて自分はこの寝顔を守るために戦った。全てを捨ててまで。そして、守り抜いた。今でも守っている。この寝顔を。美しい姫の安らかな寝顔を守るナイトととして。いや、今は恋を成就させた王様かな?そのとき、アスカが僅かに動いた。
 シンジのは再び微笑む。そうだね、アスカ。僕はいつまでも君のナイトだよ。夫であるけど、僕は君の寝顔を守るナイトだね。
 唇が近付く。鼻息がこそばゆいが、もう馴れた。シンジは自分の唇をアスカのそれに触れさせる。キス。長い長いキス。
 さぁ、僕のお姫様。おやすみ。そして、また再び明日のために。

<安らかな寝顔>
終わり


<後書き>

 こんにちは、名無しです。これまで一切後書きらしい後書きを書いてきませんでしたが、長い連載が終わったこともあって、書かせていただきます。
まずは最初に、この小説モドキのファンフィクションを掲載してくださったTarmさんにお礼を申し上げます。サイトの運営が大変な中で、いつもコメントと感想を一つ一つの作品に贈るTarmさんには感服いたします。本当に、ありがとうございます。
 この<安らかな寝顔>は、エヴァという作品への僕の解答ではありません。エヴァへの解答、自らの感想はまったく別にあります。何故ならば、解答はエヴァのエンディング―TV版と映画版両方―を認めた上で出来上がったものだからです。そして、エヴァファンにも様々なヒトがいます。TV版を認めるヒト、映画を認めるヒト、全てを否定するヒト。そのヒト達の解答や言葉はファンフィクションとなって語られます。ネットには素晴らしいファンフィクションが存在し、僕が示せる以上にアスカとシンジの心の補完を描いた作品も多くあります。しかし、それ以上にエヴァとは単純にファンフィクションで補完されるべきものではありません。
 エヴァのエンディングはあれでいいものだと思います。庵野監督の自己満足だ、とか中途半端に謎を残した、という批判もありますが、僕はあの作品が、多くの人々に個人個人の感想を抱かせたことに素晴らしさを感じました。エヴァのエンディングは、多くのヒトに人間、社会を考えさせることになったと思います。後になって出版された数多くの解読本もありますが、映画を見たヒトは少なからず考えさせられたのでは無いでしょうか。当時中学生であった僕もそうでした。
 そして、僕はそこからエヴァに、自分なりの解答を得ました。それについては、今語りません。エヴァへの解答は、自分で見つけるべきものであり、決して他のヒトの解答を見て自分のそれにしてしまうべきでは無いからです。
だから<安らかな寝顔>ができました。エヴァについて自分の見解を書きたい。しかし自分の解答をまだそれを持っていないヒトに示すのは、あまりに無責任な帰結です(これはあくまで僕の考え方です)。同じエヴァファン、そして新たに増えるエヴァファンのためにも、自分はそのヒト達に単純な解答を与えたくない、そう思いました。だから物語はエンディング後では無く、話の途中から始まります。エヴァへの解答は自分で見つけるべきです。世の中の全てに対してそうであるように。
 <安らかな寝顔>は、いわばもう一つの物語です。エヴァの示せた可能性であり、僕の解答ではありません。あくまでエヴァの設定を利用した、物語なのです。そして、その物語には僕なりのエヴァへの見解(考察)や、こうであったら面白いのに、といろいろ入れてみました。その結果、面白いというヒトもいれば、つまらない、くだらない、というヒトもいると思います。それは個人個人の解答の違い、価値観の違いからきます。であるから、批判も僕は受けます。そして、よりエヴァという作品への解答を補強し、解答を持ったヒト同士の交流を続けたいと思います。
 最後に、この完結した作品に感想をいただければ、と思っています。ただし、それはアナタがエヴァへの解答を得られた後にしてください。そして、人間を描いたエヴァという素晴らしい作品を、心のどこかに留めてください。<安らかな寝顔>に対しての罵詈雑言もどうぞ(笑)

名無し


マナ:ほんの少し優しくなった世界。よかったわね。

アスカ:アタシも、安心して寝れるようになったのね。

マナ:まったく。あなたって人は・・・。

アスカ:なによ? まだ何かあるわけ?

マナ:最後まで、お姫様だったわ。

アスカ:そりゃ、アタシは安らかに眠るお姫様だもん。

マナ:シンジもシンジよ。最後までナイトを貫くなんて・・・。

アスカ:さすがシンジねっ!

マナ:ほんと。こんな我がままなお姫様を、よく最後まで守ったわ。

アスカ:ハッピーエンドよっ! ありがとーっ!
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