アスカ、君は僕から離れた
今の僕にとって、それは耐えようも無い苦しみだ
だから、いつか君を迎えに行きたい
けれど、今はできない
今は

臆病な僕じゃ迎えにいけない


心の傍らに
Warmth in my heart
名無し


 ホームパーティは賑やかだった。大学の女の子が開いたパーティは、同年代の男女多数を招いたものだから、当然といえた。会場が自宅ということもパーティに堅苦しい雰囲気を与えずにすんだから、和やかで賑やかな空気がそこにあるのも当然かもしれなかった。
 賑やかな場所から少し距離を取りつつ、招待客である碇シンジは一人でシャンパンを飲んでいた。身長を含む外見は、女性が男性に抱く好意の対象となるのに十分なものだった。優しげな顔立ちが他者と一歩距離を置くような表情を浮かべていたから、魅力に屈するのも無理なかった。碇シンジはそのような好青年だった。
 彼は一人だった。孤独と呼べる空間は普段の彼にあまり相応しくないように思えるが、シンジの漂わせる大人の雰囲気はこの時間においては確かに一人にするほうが良いように思えた。少なくとも一人でシャンパンを片手に物思いに耽っている青年の世界を打ち壊すような無粋な真似は、男女問わずに躊躇われた。
 だが、その勇気を持った人間もパーティにはいた。シンジはショートカットの子が自分に近寄ってくるのを視界に捉えた。パーティ主催者として皆をもてなすことに疲れたらしい。そんな中で彼女が少し顔を赤らめているのは、シンジでも判った。
「シャンパン切らしちゃったみたいなの。一緒に買いに行ってくれる?シャンパンって結構重いからさ」、彼女はそう言った。何故自分なのかシンジは聞こうと思ったが、頼まれたからには断れない面も彼にはあった。それにシンジは理由も薄々感づいていた。鈍感である、それは彼が自らに被せた偽装だからだ。
 参ったな、彼はそう思いながら結局頼みを断らなかった。
「いいけど、別に」
 その会話を聞き取った人がいた。縁無し眼鏡が印象的なシンジの友人だった。
「碇、俺が代わりに行くよ」、彼は力強く何かを含ませた口調でそう言った。
「駄目!」、眼鏡の提案をショートはすぐに否定した。
 眼鏡はその言葉に落胆しながらも、答えの明白な質問を聞かずにはいられなかった。
「え?どうして?」
シンジは眼鏡の声の中に震えを感じた。ああ、そうか、君は・・・。
「え、だって、その・・・」、ショートが答えに困っていた。
「じゃあ三人で行こう。持つ荷物は軽いほうがいいだろう?」、シンジはシャンパングラスをテーブルに置きながら、そう提案した。反応を確かめるために眼鏡とショートに顔を向ける。
「・・・うん、そうね」、少し落胆した表情のショートはシンジの提案を受け入れた。対照的に眼鏡の表情は明るいものだった。

 夜の暗闇と街灯の明かりが幻想的な光景を都市にもたらしていた。そんな芸術的とも取れる都市の風景は、シンジに随分と心の安らぎを与えていた。願わくば一人でこの空間を味わえたら、彼はそう思っていた。そんな気持ちを胸に潜めながら、シンジはショートと眼鏡との雑談を続けていた。
 シャンパンを買い求めた先は、古びた酒屋だった。それなりの洋酒を扱っているらしく、中々いいものが手ごろな価格で手に入った。シンジもときたま利用している店だった。人気があるらしく、一つしか無いレジの前にはそこそこの人が並んでいた。
 シンジ達は友人同士の他愛の無い会話を続けながら、自分達の番を待った。その間、ショートは眼鏡が邪魔であるような態度を匂わせていた。だが眼鏡はそれに気付く気配も無く、シンジは彼に同情を抱かざるを得なかった。鈍感な眼鏡の友人の想いは報われそうに無い。眼鏡はショートに邪魔だと思われていることに当人が気付く必要もあるだろう。これ以上眼鏡の想いを遠ざける気にもなれないシンジはそのようなことを考えていた。もちろんそれは自らの世界を守ろうとする―他者をその世界に入れたくないという―シンジの自己中心的な理由からきていた。
 レジで支払いを済ませ数本のシャンパンを手にした一行は、店から出ようとした。シンジはそこで友人にチャンスを作ることにした。玉砕するだろうが、転機にはなるだろう。そういった考え方がいかに自己完結的なものであるかシンジはよく理解していたが、だからといってこのまま帰るつもりもなかった。
それに下手をすると、自分はショートと二人っきりになるやもしれない。それだけは避けたかった。おそらく告白されるだろう。それだけは、嫌だった。自分の心に土足で踏み込んで欲しくない。
「ちょっと用事があるんで、先に帰っていてよ。シャンパンはすぐに持ち帰るからさ」、シンジはシャンパンが五本入った袋を持ちながら、店の出口でそう言った。
「え?」、ショートが残念そうな表情を浮かべ、
「だったら私も付き合おうか?」、と続けた。
「いや、いいよ。すぐ済む用事だからさ」、シンジは素早く帰り道とは反対の方向に向かった。隣にいた眼鏡を肘でつつくことを忘れない。
「じゃ、後で」、シンジは坂道を下りながら言った。手を真っ直ぐに伸ばしてこっそりと礼をする眼鏡を視界に捉えながら、すぐ近くのコンビニに入った。
 ああ、やり過ごせた。シンジはそう思った。彼は、誰とも心の交流を持つつもりは無かった。ただ一人の女性を除いて。
 シンジは腕時計を見た。ああ、そろそろかな。いや、考えないことにしよう。逃げているのかな、僕は。うん、逃げいている。だけど、いま少しそのぬるま湯の世界に浸っていたい。

 会場に帰り着いたシンジを待っていたのは、明らかに落胆した二人の男女を除けば騒ぎが拡大したパーティだった。シンジは相変わらずその騒ぎと一歩距離を取りつつ、テーブルに置いたままだったシャンパンを手に取った。
 今度は一人になれなかった。唯一シンジがそれなりに語り合える親友―相田ケンスケが、シンジのところに来たからだ。
「シンジ、どうだ?」
「別に。どうでもないよ」、素っ気無くシンジは言った。声が僅かに高揚していることを、自分でも感じていた。
「相変わらず、か」、身長がシンジより一回り低いケンスケは何か余裕を持った表情でそう言った。大人の雰囲気を漂わせる空間が、若さ故に騒ぎに包まれたパーティの中に出現した。
「まだ、馴染めないのか?」
「僕は、このような場には向いていないからね」
「・・そうか」、ケンスケはそう答えると、時計を見る。
「・・・いいのか?彼女、今日この街に来るんだろう?」
 シンジはハッとした表情でケンスケを見る。すぐに冷静さを取り戻すが。
「・・・ご存知のようで」
「まあな。委員長経由で」
 シンジは黙ったまま自分の腕時計を見つめた。ケンスケはその時計の意味に気付く。
「それ、彼女が贈った時計だろう?」
「・・・ああ」
「その様子からすると、まだ彼女のことが好きなんだろう?」
「・・・・」
「俺はあのときのことをあまり知らないけど・・・・お前ら二人が俺には想像もできないほど心が深く結びついていることは知っている」
「それは」、シンジは少し言葉を震わせて、「ケンスケの思い込みだよ」
 ケンスケは少し口調を硬くした。
「いいのかよ、このままで。今日行かないと一生後悔するぜ」
「・・・僕は、彼女に酷いことしたから」、シンジは静かにそう言った。
ケンスケはその言葉に僅かに反応した。持っていたシャンパンをテーブルに置き、シンジに向き直った。
「俺は事情を知らないけどな。だけど、一つだけ言える事はある」
 ケンスケはそう言うと、シンジに視線を合わせる。
バキッ。
 乾いた音が会場に響いた。シンジが力無く床に倒れこむ。
「逃げんなよ!」、ケンスケは大声でシンジに言った。ケンスケの拳が震えていた。強い口調で、ケンスケは言った。
「こんなところに逃げ込んで満足か、シンジ!お前はこんな場所に逃げ込んで、それでいいと思っているのか!?」
「・・・・」、シンジは鼻血を垂らしながらケンスケに向き直った。
「お前!惣流がどんな気持ちで今日、日本に来るか知っているのか!?お前に会うためだぞ!嫌な思い出全部振り切って、全部洗い流してお前に会いたいって、彼女そう言ったんだろう!?」
「・・・・」
「甘えるな!」、ケンスケは言った。
 二人のやり取りを見ていた女性数人が、ケンスケに侮蔑の表情を向けた。すぐに優しげな表情を浮かべてシンジに纏わりつく。ひどいわねぇ、嫌な人ねぇ、大丈夫碇くん?
 シンジは彼女達を払いのけた。驚いた女性達を無視しながら、シンジはケンスケに一言、言った。
「・・・・ありがとう」
 青年はすぐに消えた。車のキーと爆音を残し、碇シンジは空港に向かったのだった。

 シンジは腫れあがった頬と共に空港の到着ロビーに駆け込んだ。最終便も到着した後のため、残っている客は随分と少なかった。探している人はいそうにない。落胆と後悔が、シンジの心を支配した。ケンスケに会わす顔が無い、そうシンジは考え始めた。
 それでも、シンジは何かにすがるようにロビーの奥まで歩んだ。きっといる、彼女はきっといる。シンジはそう思いながら辺りを探し回った。だが、シンジは探しつづけた。最愛の人の姿を。
 ああ、そうだ。僕は逃げていた。誰も心の中に入れたくなかった。
でも・・・でも、どこかで思っていた。彼女が、彼女がいたならば。
会いたいんだ。彼女に。
 最後の椅子だった。もうここにいなければ、どこにもいないという、最後の椅子だった。そこに、彼女はいた。美しく長い金髪の女性がいた。
 シンジは言葉をかけようとして失敗した。声が、普段なら高揚の無い声が、まるで出せなかった。その必要は、すぐに無くなった。
女性が、蒼い瞳を美しく輝かす女性が、気配を感じて振り向いたのだ。シンジのよく知る女性が、表情の無い美しい顔を自分に向けていた。彼女は黙ったままのシンジに苛立ちを感じたのか、自分から口を開いた。
「・・・・もう何年も待ったのに、この空港で待った時間が一番辛かったわ」
 シンジのよく知る、美しい声だった。かつて彼をよく罵倒した声でもあった。シンジは、その声を聞くだけで自分の口も自然に動くのを感じた。
「・・・僕は、その時間から逃げようとしていた」
「でも、貴方は来たわ」
「友人のおかげで、辛うじて」
「私は貴方の頬を殴ったその友人に感謝すべきかしら?」
「そうかもしれない。僕は一人でここに来ることを決められなかった臆病ものだから」
 金髪の待ち人たる女性―惣流アスカ・ラングレーは溜息をついた。
「私は、こんな男のためにはるばる日本に来たというのかしら?」
「その価値があるかどうかは、これからの僕達次第だね」
 しばらく二人は沈黙の世界を楽しんだ。やがて、アスカが口を開いた。
「七年間いろいろあったのだけれど」
「誰もがその時間の中で経験して成長するしね。僕はその経験を分かち合いたいな。アスカが同意してくれるのならば」
「あら、随分と大人びたセリフじゃない」
「ここに来て、アスカに会ってよく分かった。僕はアスカ無しでは生きられないみたいだ。君を失いたく無いが故に、こんなにも積極的になっている」
「あら?貴方は優しく守ってくれる白馬の王子様ではなくて?」
「アスカを手に入れるためなら悪魔の力を借りた魔王にでもなりたくなるよ」
「どう受け止めるべきかしら?」
「気付くのに七年間かかったんだ。この気持ち、受け取って欲しい」
 シンジはアスカの手を握り、簡素に言った。静かな空港に、一つの言葉が響いた。
「僕の傍らにいてください」


マナ:相田くんって友達思いよね。

アスカ:シンジがうだうだしてるから、痺れを切らしたのね。

マナ:過去にいろいろ柵があると、行動できないのよ。

アスカ:相田がきっかけを与えてくれたのね。感謝しなきゃ。

マナ:なかなかあそこまでできないわよ。

アスカ:親友だからできたのよ。

マナ:でも、友達を殴るなんて、殴る方も痛いわよ?

アスカ:どうだろう? 試してみましょ。(バッチーーーーン!)

マナ:いっ、いたーーーーっ! 何すんのよっ!(バッチーーーーン!)

アスカ:試してみただけじゃないっ! (バッチーーーーン!)

マナ:(バッチーーーーン!)(▼▼#

アスカ:(バッチーーーーン!)(▼▼#

レイ:珍しくまともなコメントだったのに・・・・・もう駄目なのね。
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