「お弁当狂想曲」            平成12年12月01日初稿/平成13年07月21日改訂

第1章 夏への扉
「お待たせ致しました。ジャーマンハンバーグセットにシーフードパスタ、エビピラフ、フルーツパフェに
ザッハトルテ、アップルパイを御注文のお客様は…。」
「はーい、全部あたしで〜す!」元気な、澄んだ声が店内に響き渡った。
声の主を見たウエイターが大量の料理を抱えたまま目を白黒させている。
それも無理のない事だろう。まさか目の前にいるスタイル抜群の少女がこんな沢山のメニューを
ひとりで食べるなどとは誰が想像しようか。
固まってしまったウエイターの手からさっさとハンバーグやパスタをテーブルに移すと、
少女は早速大好物のジャーマンハンバーグにパクついた。
「うん、なかなか美味しいわ!まあ、あいつのには及ばないけどね!」
そう言いながら一通りメニューをついばむと、目の前の席で彼女の食べっ振りを驚きの表情で
見ていたおさげ髪の少女に向かって尋ねる。
「本当にいいの?こんなに奢って貰っちゃって?」
「う、うん…いいのよ。アスカにはいつもお世話になっているから。」
「お世話になってるって事なら、あたしがヒカリに奢らなきゃいけないかもね。」
そう言いながらニッコリと笑顔を見せる。
「そ…そんな事ないわよ。え…遠慮しないで、とにかく食べて、ね。」
屈託のないその笑顔にしどろもどろになってしまうヒカリ。
「そお?まあヒカリがそう言うんなら遠慮なんてしないけどね!」
いつもと少し違うヒカリの様子に気づかないのか、そう言うとアスカは神速の手さばきで
次々と料理を平らげて行く。
みるみる内に減っていく目の前の料理を半ばあきれながら、半ば感嘆しながら見つめるヒカリであった。
(いったいアスカのお腹って…。)けれども、視線の先にあるのは同性であるヒカリですら
溜息をついてしまうようなキュッと細くしまったウエスト。
(いいなあ…アスカ。)ちょっと切ない呟きがこぼれる。それと同時にしのばれる思い。
(それにしても碇クンも、大変だろうな…。)同じ台所を切り回すもの同士、苦労は理解できた。
ましてや教室でのふたりの力関係を毎日見ているヒカリには、お腹を空かせたアスカがシンジに
ご飯を催促する姿を容易に想像する事ができた。
空腹の怒りをシンジにぶつけるアスカ。そんなアスカの為に急いで料理するシンジ。
(それでも…やっぱり、嬉しいんだろうな…碇君。)
アスカを見るヒカリの瞳が優しく潤む。アスカの食べっ振りに誰かを重ねたのだろうか。
「ふー、もうお腹いっぱい!」満足気なアスカの声に我にかえる。
既にテーブルの上にあるお皿はデザートも含め綺麗になっており、それらを
苦もなく平らげてしまった少女は仕上げのアイスコーヒーを飲み始めていた。
「それで、あたしに相談って何?ヒカリ。」
「え?」いきなり核心を衝かれ言葉がでないヒカリにアスカが微笑む。
「隠してもダメよ。」ピシャリと断定するアスカに観念するヒカリだった。
「…あのね……。」話を始めようとするヒカリ。既に顔がトマトの様に真っ赤になっている。
「うん、うん。」何故か嬉しそうなアスカ。頷きながらじっとヒカリの言葉を待っている。
「その……。」けれども、そのまま沈黙してしまうヒカリ。耳まで真っ赤に染まっている。
暫く様子を見ていたアスカだったが、クスッと笑うと明るくヒカリに話かけた。
「場所、変えよっか!」
なかなか話を切り出せないヒカリの様子にアスカは親友の相談事が
自分が想像していた通りのものだという事を確信していた。
それならば、こんな騒がしい、誰に聞かれるかわからない様な人の多い場所では
話したくても話せない、そう考えたのである。
レシートを手に取りさっさと立ち上がるアスカにヒカリが慌てて声をかける。
「あっ、アスカ。それは…。」
「ここはあたしが払うわ。こんな事しなくても、ヒカリの事ならいつでも相談にのるわよ!」
「アスカ…、ありがとう…。」消え入りそうな声で答える。
「いいわよ!その代わり今日の分は成功したら改めて奢ってもらうからね。」
「うん。」屈託のないアスカの言葉にようやくヒカリにも笑顔がこぼれる。
ふたりは手早く会計を済ませると並んで出口に向かった。
「行くわよ、ヒカリ!」そう言うとアスカは勢い良く扉を開いた。
カランコロン。扉に取り付けられた鐘が心地良く響く。
扉の向こうに見える木々の緑がヒカリの瞳に眩しく映る。もう夏への扉が開こうとしていた。

第2章 万緑の中で
新緑に囲まれた近くの公園に移動したふたりは噴水の側のベンチに腰を下ろすと
暫く見るとも無しに迸る噴水の水を眺めていた。
アスカは普段の彼女からは信じられないくらい根気強く、ヒカリが口を開いてくれるのを待っていたが、
20分余り経過するに至って遂に自分から話かけた。
「ヒカリ?」驚かさないよう細心の注意を払ったつもりだったが、それでもまるで感電したかの様に
ヒカリの身体がビクンと揺れたのが見て取れた。アスカの想像以上に緊張しているようだった。
「…実は…鈴原の事なの…。」
観念した様に話始めるヒカリ。湯気が出てきそうな位顔が赤くなっている。
「やっぱりね!」予想通りの話に満足そうに微笑む。
ヒカリはポツリポツリとその胸に秘めていた思いを語り始めた。
「初めは、そんなつもり全然なかったのよ…。」
それはアスカやシンジが転校してくる前の話。興味深げに耳を傾ける。
「クラスの和を乱す自分勝手でがさつな男の子がいるな、ぐらいにしか思っていなかったの…。」
どうやらトウジの第1印象は最悪のようだったらしい。
クラス委員として生真面目で責任感の強いヒカリの事だ、それは容易に想像できた。
「だから私がしっかり見張らなくちゃって、鈴原の行動に注意し始めたのよ。」
次第に熱を帯びて来るヒカリの話。感情が昂ぶってきているのか知らずに声が大きくなっている。
「そうしたら、鈴原のいろんな良い所に気づくようになったの。妹さん思いの所や、
男らしいさっぱりとした所、…そして優しい所も。」
(や…優しい…、どこが…。)ヒカリの一言に思わず引きつる。
けれど話に夢中になっているヒカリはそんなアスカの様子には気づかない。
「いつの間にか、気がつくと鈴原のこと目で追うようになっていたの…。」
既にヒカリの瞳は恋する乙女のものになっていた。
「もっと鈴原の事、知りたい。話をしてみたい…そして、仲良くなりたいって…。」
そんなヒカリの姿をアスカは優しい眼差しで見つめていた。
(恋せよ、乙女…か。今のヒカリ、ホント綺麗だね!)
「でも、私達顔を合わせれば直ぐにケンカになっちゃうでしょ?これじゃいけないって
思っているんだけど…。」それまで生き生きとしていたヒカリの表情がフッと曇る。
アスカには今のヒカリの切ない思いが痛いほど理解できた。
自分の思いを素直に表せず、照れ隠しの為ついついケンカになってしまう、
それは今の自分とシンジの関係と殆ど同じなのだから。
敢えて違いを挙げるとすればシンジがアスカに反論しない事くらいだろうか。
だから、ヒカリの悩みはアスカの悩みだった。
「もしかしたら、ずっとこのままかも…って考えたら怖くなって、それで…。」
「わかったわ、ヒカリ!全部言わなくていいわよ。」
ヒカリの思いを自分に重ねていた為か、必要以上の大きな声で返事をしてしまう。
「ア…スカ…?」思わぬ反応に目をパチクリさせるヒカリ。
そんなヒカリの様子に慌てて言葉を続ける。
「よ…要は鈴原にヒカリの気持ちを伝えれば良いんでしょ!」
「……うん…。」ヒカリが赤くなったままコクリと頷く。
そんな親友の反応に頷きながらアスカはヒカリに食事に誘われた時から密かに考えていた
自分のアイデアをヒカリに話す。
「そうね…、うん!お弁当なんかいいんじゃないかな。」
「お…弁当?」アスカにしては大人しい提案に驚きを隠せないヒカリだったが、
そんな親友の反応を無視して話を続けるアスカ。
「お弁当作って貰うって事はとても嬉しい事よ。誰の為でもない自分の為だけに作ってくれたお弁当…
それが好きな人の手作りなら最高よね!」
そう言ったアスカの頬がポッと赤く染まった事を見逃すヒカリではなかった。
「なるほど、経験談か…。いいわよね、アスカは。」ポツリと、鋭く切り返す。
「べ…別にそういう訳じゃないわよ。あれはシンジが好きで作ってきているんだから…。」
掌を振りながら慌てて否定するが、既に顔が林檎の様に真っ赤になっている。
「誰も碇くんの事だとは言っていませんよ〜。」悪戯っぽい笑顔でヒカリが追い討ちをかける。
「うっ…。」完璧なヒカリの攻めにグウの音もでないアスカであった。
アスカをやり込めて笑顔がこぼれるヒカリだったが、すぐにまた深い溜息をつく。
「でも、いきなりお弁当なんて渡して…鈴原受け取ってくれるかな?」
「ちょっと唐突かもしれないけど、大丈夫よ!あの馬鹿、単純だから。」
か細いヒカリの声に明るく答えるアスカだったが、不安がないわけではなかった。
単純に物事を考え過ぎるが由に、お弁当に托されたヒカリの気持ちにトウジが気づかないという事も
十分に考えられたからである。
(鈴原の奴もバカシンジと同じ位鈍いからなあ…。)
自分の秘めた気持ちを全くと言っていい程、察してくれないシンジの鈍感さを思い、つい深い溜息をつく。
そんな自分の姿を不安そうに見つめるヒカリの視線に気づいたアスカは自らの気持ちを奮い立たせる。
(だめじゃない、アスカ!あたしがしっかりしなきゃ!)
自然に、それでいてさりげなくヒカリの気持ちを鈴原に気づかせる方法はないか…。
天才少女惣流・アスカ・ラングレーのすべての能力を総動員する。
そして導き出された結論!あった…、確実な方法が!
だが、それはアスカにとって諸刃の剣になりかねないものであった。
良策を思いついたものの、それによって確実に発生が予想される結果を思い逡巡するアスカ。
そうこうする内にキラリとヒカリの瞳が耀く!
「そうだ!アスカも碇君にお弁当を作って来て、一緒に渡せばいいのよ。」
ギクッ!
「鈴原、いつもアスカのお弁当を作って来る碇君の事を冷やかしているんだから、アスカが碇君にお弁当を
作って来て渡せば、きっとアスカの事も冷やかすわ…。」
ギク!ギク!ギク!
「そして、その時に私がお弁当を渡せば…気づいて貰えるかもしれない…。」
確かにヒカリの言う通りだった。それは先程アスカが出した結論とほぼ同じものだった。
いつからかアスカにお弁当を渡すシンジを冷やかすのがトウジの日課になっていた。
だから、もしアスカからシンジにお弁当を渡すような事をすれば、100%冷やかしてくるに違いない。
そこでアスカがふたり関係を冷やかすトウジの言葉を肯定する。
これで「女の子からお弁当を渡す事=告白すること」という図式がトウジの頭に叩き込まれる。
そこへヒカリがトウジにお弁当を渡す。冷やかした直後に自分が同じ立場になれば、どんな唐変木でも
ヒカリがお弁当に託した思いに気づくに違いない。
ただ、それ肯定するという事は…そう、アスカからシンジに好きだと告白することにほぼ等しい事だった。
もちろん、自信がないわけではなかった…。
シンジも自分の事を、自分がシンジを思うのと同じ位思ってくれている。
だから自分の気持ちを伝えれば、きっと受け入れてくれる…そう信じていた。
でも、やっぱり怖かった。もし…もしも、シンジに拒絶されたら…。
明確な拒絶でなくても、戸惑ったり躊躇われたりしたら…そう考えるだけでまるで胸が締め付けられるような感じがして息苦しくなり、思わず胸元に手をあてる。
そんなアスカの仕草を怪訝そうにヒカリが見つめていた。
アスカは思った。
きっとヒカリから見れば、自分とシンジも告白しないのが不思議な位に仲睦まじげに見えるのだろう。
アスカからヒカリとトウジがそう見えるように…。
そんなアスカの揺れ動く気持ちに気がつかないかの様にヒカリの明るい声が響く。
「いつも碇くんに作って貰っているんだから、たまにはいいんじゃない?」
胸につかえていたものがとれたかの様に生き生きとしたヒカリの姿にアスカの顔にも笑みが浮ぶ。
「まあ、たまにはね。でも、あいつが調子に乗らない程度にしとかないとね。」
「そうね、ふふ!」そう言ってヒカリも微笑み返す。
「そうだ、そうと決まったら急いでお買物しなきゃ!」腕時計で時間を確認すると頭の中でメニューを決め、
必要な材料、安いスーパーを即座に算出するスーパーコンピューターヒカリ。
これはとてもアスカには真似のできない事だった。
「じゃあアスカ、明日お願いね!」
にこやかな笑顔でスキップしながら立ち去る親友の後ろ姿を見送りながら深い溜息をつくアスカだった。

第3章 アスカ出陣
「む〜〜〜。」
帰宅したアスカは制服のままベッドに横になると枕を抱きしめてずっと考えていた。
(どうしよう…あたし、とんでもない約束しちゃった。でも、あんな嬉しそうなヒカリをがっかりさせる事なんて
できなかったし…。)
アスカの脳裏にトウジの好物を作る為にいそいそと買物に行ったヒカリの姿が蘇る。
まるで踊るかの様に駈けて行く後ろ姿が眩しく、そして羨ましかった。
(考えてみたら、あたしシンジの好きな食べ物なんて知らないんだ…。)
シンジはきっとアスカが好きなものをサラダからデザートまで知っているだろう。
一緒に生活し始めた当初こそ、アスカが食べられないものが出てきた事があったが
暫くするとアスカの好きなものばかり出るようになっていた。
アスカがあまり好きでないものや、食べないもの等は上手にアスカの好きなものに混ぜて調理し、
いつの間にかアスカの好きなものになっていた。
それに比べて自分は…。軽い自己嫌悪を感じるアスカだった。それでも、
(大丈夫よ!シンジがあたしのお弁当を拒む訳ないじゃない。)
これは自信過剰ではなくて確信だった。
例えどんなに不味いものでもアスカが心を込めて一生懸命に作ったものなら
シンジはきっと笑顔で食べてくれるに違いない。
けれど、せっかくシンジの為に作るなら本当に美味しいと言ってもらえるものを作りたかった。
「美味しいよ!アスカって、きっと素敵な奥さんになれるね。」
そんな言葉をシンジに言って貰えたら…。
アスカはいつの間にか枕をギュッと抱きしめている自分に気がついた。
(やだ、あたしったら…。)赤く火照った頬を冷まそうと軽く叩いてみる。
(シンジの…奥さん…。)ちょっと想像してみて、また真っ赤になってしまう。
エヴァのエースパイロットとして自分の能力を世界に知らしめる事が自分の夢だった。
けれどシンジの奥さんとしてずっと一緒に生きていくという夢も、それに負けない位
いや、現在のアスカにはそれ以上に素敵な事のように思えた。
自分の上辺しか知らない多くの人達に羨望と尊敬の眼差しで見られる事よりも、
自分の強さも弱さも理解してくれる人とずっと一緒にいる事の方が幸せなのかもしれない。
(ずっと、あいつと一緒…か。)クスッ!小さな笑顔がこぼれる。
(あたしからっていうのが、ちょっと癪だけど…、いい機会かもしれないわね。
あのバカに任せていたら、いつまで経っても告白なんかして貰えないかも…。)
「そう、そうよ!あたしの本当の力をあいつにみせてあげなきゃ!
絶対、美味しいって言わせてみせるわ!」小さくガッツポーズをとる。
「そうと決まれば、行くわよアスカ!」やる気充填120%!
あっという間に制服からTシャツ、ショートパンツ姿になるとキッチンへ駆け出す。
ガラガラガッシャン。
ドタドタドタ。
バサバサ、ドスン。
ガラガラガッシャン。
ひとしきり大騒ぎしたあとで、静まり返るキッチン。
そしてまるで狙ったかの様にタイミング良く帰宅するシンジ。
「うわ!何だよ、これ?これじゃ夕飯作れないよ。」
何がなんだか分らないくらい散らかされたキッチンを見てシンジが悲鳴を上げる、が…
「うっさいわねー!今日はお弁当でいいから、さっさと買って来なさいよ!」
シンジの泣き言を一括するかの様にアスカの凛とした声がキッチンに響く。
アスカの勢いに弾け飛ばされるようにキッチンから追い出されてしまう。
そんなシンジの背中に更にアスカから質問が投げかけられる。
「ちょっと、シンジ。あんた、何のお弁当買って来るつもりよ。」
「え?アスカには洋食プレート大盛りを…。」
「あたしのは、いいのよ!あんたよ、あんたは何買ってくるつもりなのよ!」
「そうだね、生姜焼き弁当でも…。」
「あんた、それ好きなの?」尋ねるアスカの声に少し緊張の色が見える。
「え?まあ、好きだけど…。それがどうかした?」もちろんシンジが気づくはずもないが…。
「べ…別になんでもないわよ!とっとと行きなさいよ、バカシンジ!」
シンジをキッチンから追い出すと慌てて積み重ねた料理の本を紐解く。
「生姜焼き…生姜焼きっと…。生姜焼きって牛肉だったっけ?よくシンジが作ってくれたけど…、
そうあれは豚肉の味だったわ!豚肉は確か…。」
そんな調子でアスカがキッチンで格闘を始めた頃、シンジは廊下で茫然としていた。
「…何だったんだろう?」先程の唐突なアスカからの質問がシンジを悩ませる。
けれども、いくら考えても取っ掛かりすら掴めそうもない為、あきらめ、財布を持って出掛けようとした
シンジの耳に電話の呼び出し音が届いた。
「もしもし、葛城ですが。」
「あっ、碇君?洞木です、こんばんわ。アスカいますか?」
「うん…居る事は、居るんだけど…。洞木さん、帰り道で何かあったのかな?」
「!…アスカ、どうかしたの?」シンジの言葉に何かを感じるヒカリ。
シンジは今見たキッチンの様子やアスカからの質問についてヒカリに話した。
「そうか…、やっぱり碇君には話しておいた方がいいかもね。」
ヒカリは帰り道で明日トウジにお弁当を渡す事をアスカと相談し、その時にアスカもシンジに
お弁当を作ろうという話になった事を手短に話した。
無論、何故ヒカリがトウジにお弁当を作るのかという肝心な点についてはぼかして話をしたが…。
それでも充分に納得したのかシンジの声が明るく弾む。
「そうか、それで急にあんな事聞いてきたのか。」
「ごめんなさい。私のわがままで碇君にまで迷惑かけてしまって。」
「そんな、いいんだよ。それより僕も協力するから、明日お弁当作ってきてよ。」
「え?」予想もしなかったシンジからの積極的な肯定に自分のトウジへの思いを気づかれたのかと
ドキリとする、が…。
「トウジの奴、毎日パンじゃないか。やっぱり栄養が偏っちゃうからね。洞木さんがお弁当を作って
来てくれたらトウジもきっと喜ぶよ!」
裏表のない言葉にホッと胸を撫で下ろすヒカリだったが、続くシンジの一言が再びヒカリの鼓動を
一気に跳ね上がらせる。
「トウジのやつ、家庭的な女の子が好みたいだから…。」
つい受話器をギュっと握り締め、シンジの次の言葉を待つ。
「洞木さんならピッタリじゃないかな?」ヒカリのハートにクリーンヒットするシンジの一言。
これが意識しないままにやっているのだから、恐ろしい。
「明日は、4人で一緒に食べようよ。それじゃ、またね。」そう言って電話が切られる。
電話の向こうではポーっとなったヒカリが受話器を握り締めたまま立ち尽くしていた。

(そっか、アスカが僕にお弁当を…。)ハミングでも口ずさみそうな浮かれた仕草で靴を履くシンジ。
その時、キッチンからアスカが顔を出す。「あらシンジ、今電話なかった?」
「うん、ミサトさんから。今日も遅くなるかもしれないから…って。」
さらりともっともらしい嘘をつくシンジ。正直が必ずしも最良の結果をもたらすものでない事は
アスカとミサトとの生活の中で学んだ知恵であった。
「ホント?まさかファーストからじゃないでしょうね。」
ジロリとシンジを睨み付けるアスカの瞳。何事も見通してしまうような青く澄んだ瞳がシンジを射抜くが…。
「はは、違うよ。それよりアスカ大丈夫?なにか手伝おうか?」
アスカの追及をサラリと躱すと、今度は逆にアスカに尋ね返す。
普段のシンジにはない軽やかな対応。アスカが自分の為にお弁当を作ってくれる事がよほど嬉しいようだ。
いつもと勝手の違うシンジの様子に戸惑いを隠せないアスカ。
口調がつい怒ったようになってしまうのも仕方のない事だろうか。
「あ…明日、朝早起きして続けるんだから勝手に見ないでよ。」
「うん、わかっている。明日はアスカのお弁当を作るだけだから大丈夫だよ。」
「わ、わかっているならいいのよ…。」シンジの言葉にアスカの頬が紅色に染まる。
そんなアスカの横顔を優しく見つめるシンジだった。
「じゃあ、お弁当買って来るね!」
「はい、行ってらっしゃい。真っ直ぐ帰ってきてね。」
「はは…。」
「何よ、その笑いは。」
「なんかアスカ、奥さんみたいな言い方なんだもの。じゃあ、行ってきます。」
バタンと音をたてて玄関のドアが閉まる。
後には耳まで真っ赤になったまま立ち尽くすアスカが残されていた。

第4章 救世主
思わぬシンジからの会心の一撃を被ったアスカだったが、どうにか立ち直り夕食をとっとと済ませると
部屋に閉じこもり、パソコンを取り出し「生姜焼き」を検索していた。
(なーんだ、そんなに難しくないじゃない。要は生姜をベースにしたタレにお肉をつけて、焼けばいいのね。
OK、OK、楽勝じゃない!材料も確かあったはずだし…)
頭の中で下ごしらえからお弁当箱に詰めるまでの手順をシミュレートしてみる。
これ以上ない位の完璧な手さばきで料理を作って行く想像上のアスカ。
(ご飯はシンジが炊くから良いとして、まずタレを作ってお肉を漬け込む。その間に卵を焼いて、
玉ねぎとレタスとトマトを切って…。)
「うん、完璧ね!」頭の中で完成するアスカ特製生姜焼き弁当シンジ仕様。
「これなら絶対シンジに美味しいって言わせられるわ!」
手順を振り返りながら今度は必要な時間も計算して見る。上手くいけば1時間程で、
家事に不慣れな自分でも2時間あれば十分に思えた。
「用心して3時間みたとしても、今11時だから…5時間位眠っても大丈夫よね。」
壁のデイフォルメされた初号機と弐号機の飾りがついた時計を見ながら呟く。
「そうと決まればシャワーを浴びて、さっぱりしてから仮眠しよっと!」
思いのほか早く完成までの見通しがついたので、上機嫌のアスカはスキップでもしそうな足取りで
バスルームに入って行くのだった。熱いシャワーを浴びて、冷蔵庫の脇でミルクを一気飲みして、
髪を乾かすと勢いよくベッドに飛込んだ。スプリングに弾む身体が心地良い。
思えばヒカリの告白から今日はずっと緊張の連続だったような気がする。
その疲れが睡魔となってアスカを包み込んでいく。
あっと思う間もなくアスカは安らかな寝息をたて始めていた。
深く静かな眠りの時間。やがてアスカの寝顔に笑みが浮んで来る。
「へへん、あたしがちょっと本気を出せばこんなもんよ!むにゃむにゃ…。」
ジリリ…。
「ほら、あんたの為に作って上げたのよ、このあたしが!感謝して食べなさいよ。」
ジリリリ――――――!けたたましいベルの音がアスカの部屋に響き渡った。
慌てて時計を見る。AM7:00を少し回った所、それはいつもの目覚しの時間。
「しまった!寝過ごしたわ!」ベッドから飛び起きると、一目散にキッチンへ走る。
その間にもアスカの頭の中で昨夜考えた手順が猛スピードで組立て直されていく。
(どうしよう…今からじゃ漬け込むタレも作れない。市販のタレを使えば…?)
寝坊してしまった事による時間のロス、手順の再構成が上手くいかない事が更にアスカの焦燥させる。
(いっそお肉だけ焼いて、焼き肉丼!…お弁当じゃないわね。)
パニック寸前の状態でキッチンに飛込む。アスカはそこに信じられないものを見た。
テーブルの上にキチンと並べられたアスカの朝食。
そして、その傍らには詰めるだけに準備されたおかずとお弁当箱が…。
(これって、まさかシンジが…。)
こんな手際良く朝食やお弁当の準備ができるのはシンジしかいない…。
せっかく決意したお弁当の計画が破綻したと考えざるおえなかった。
(お弁当と一緒に、あたしの気持ち伝えようと思っていたのに…。)
ガックリと肩を落とし、もたれかかるように椅子に腰を下ろす。
その時アスカはお弁当箱の横にメモが置かれている事に気づいた。
メモには丸っこい字で、こう書かれていた。

アスカ、がんばってる?張切りすぎて寝坊しちゃったのかな。手作りのお弁当は女の子の基本だからね!
たまには素直になって、シンちゃんに甘えてみなさいよ。
陰ながらお姉様が応援してあげるから、がんばんのよ!
テーブルの上のものはあたしからのプレゼント。シンちゃんには気づかれていないからね。
これを使ってシンちゃんをノックアウトしちゃいなさい。
じゃあね!                ミサト♪お姉様 より

「ミサト…。」準備したのがシンジでない事に安堵の息をつくアスカだったが、
それと同時に恐怖と言い換えていい程の不安がのしかかって来る。
「これ、あんたが作ったの…?」
ミサトの料理の腕前を嫌という程知っているアスカにとっては当然の反応だった。
「一見、美味しそうよね?」いろいろな角度から生姜焼きを見直す。
意を決してテーブルの上に置かれている生姜焼きに恐る恐る箸を伸ばす。
そして肉を一切れ摘まむと、迷わないよう目を瞑って一気に口の中に運ぶ。
モグモグモグモグ…。アスカの目が驚きと共に開かれる。
「美味しい…。冷めているのに、こんなに美味しいなんて。」
それはほとんどシンジの味と言ってよいほどの美味しさだった。
「初めて、あんたを女性として尊敬するわ!」思わずこぼれる本音。
アスカは料理におけるミサトに対しての認識を改めなければいけないと感じていた。
マイナス評価であったものが、意外にも良いものであった時、人は必要以上に
高い評価を与えてしまうことがある、今のアスカは当にそれであった。
アスカの視線が「ミサト特製調味料♪」と書かれたビンの所で止まる。
そこには「料理の仕上げには、これよ!」という、ミサトのメッセージが記されていた。
「これを仕上げに使えばもっと美味しくなるのね…。」
先程の衝撃から回復していないアスカ。ミサトの文句を盲信してしまう。
「やるわ、あたし!」再びガッツポーズ!
エプロンを身に纏い、フライパンを手に取ると肉を温め始める。左手でミサト調味料を開けると一気に
フライパンに注ぎ込む。その瞬間、発生する異常な事象!けれども…。
モクモクと立ちこめる紫色の煙も、ツンと鼻を刺激する臭いもシンジの為に美味しいお弁当を
作る事に熱中しているアスカにとっては何の妨げにもならなかった。

第5章 勇気
「よし、完成!」葛城家のキッチンにアスカの明るい声が響く。
初めて作ったお弁当。シンジの為だけに作ったお弁当。
(あいつ、どんな顔するかしら…。)ついついこぼれる笑み。
不安が消えた訳ではなかった。だが満足のいくお弁当の出来栄えがアスカの前向きな思考を助けていた。
(味見できなかったけど、大丈夫よね。冷めてもあれだけ美味しかったんだもの。
温めて、しかも特製調味料で味付けしたんだもの、不味い訳ないわ!)
今のアスカにはお弁当を受け取る時のシンジの喜ぶ様子しか見えなかった。
冷ました後、可愛らしいランチョンマットにお弁当を包むと、急いで身支度を整える。
白いブラウスに袖を通し、リボンを締めて、髪を梳かす。
そして出掛ける前に、もう一度鏡の前で立ち止まり、自分自身に問いかける。
(どう、アスカ。準備OK?今日は一世一代の大勝負、さあ行くわよ。)
「行ってきます、ペンペン!」アスカの白い脚がしなやかに躍動する。
「くえ?」冷蔵庫から眠そうなペンペンが出てきた頃には、既にアスカは風の様に朝の街を駆け抜けていた。
「ふー、間に合った!」アスカが学校に到着したのはもうHRが始まる直前だった。
教室に入る時、なかなかアスカが来ないので何度もドアの方を振り返っていたシンジと目があってしまう。
安堵の息をつくシンジに、あかんべで応える。それはいつもと同じ、ふたりの自然な遣り取り。
気負う事も意識する事もなく普段の通りにシンジと接する事ができた事にアスカは満足していた。
(うん、良い感じ。意識しないで、自然に…自然に。そうすれば、きっと上手くいくわ。)
緊張した面持ちでアスカを見つめるヒカリに軽くウインクすると、席に着く前に教室をぐるりと見渡す。
シンジ、ヒカリ、鈴原、相田…はどうでもいいか。そして…。
(今日はファーストはネルフみたいね。よし!)
レイの不在はアスカにとって何よりの僥倖だったかもしれない。
その場にいればきっと何らかの形で邪魔をするに違いないのだから…。
(うん、いける!今日は神様もあたしに味方してくれてるわ!)
周りから見えないように小さく拳を握ると静かに席についた。
そして、うわの空の午前中の授業が終って、いよいよ作戦発動の時!
「ほら、ヒカリ!がんばって!」素早く移動してヒカリの背後に回ると、その肩に手を添えて、
鈴原トウジの方を向かせる。恥じらいながら顔を上げるヒカリだったが…。
「ああっ…!!」泣き出しそうなヒカリの声にアスカも慌てて顔を上げる。
ヒカリの視線の先には今にも教室から出て行こうとするトウジの姿があった。
(あの馬鹿〜!この大事な時になに考えてんのよっ!)
「ちょっと、そこのジャージ馬鹿!」心の中の理不尽な怒りのままトウジを一喝する。
あまりに烈しいアスカの勢いにトウジのみならず他の級友の注目を集めてしまう。
「なんや、惣流。わしに何か用があるんかい?」アスカに集中する視線の束。
「あ、あたしじゃないわよ!シンジ、そうシンジが用があるのよ。」
流石のアスカも咄嗟に上手く言葉が出ず、素早くシンジの腕を取り、引き寄せると
そのまま矢面に立たせてしまう。突然の事に狼狽するシンジ。
「えっ?いや…その…大した事じゃないんだけど、お昼一緒にどうかな…って。」
「何言うてんのや?いつも一緒に食べとるやないか。」素っ気ないトウジの答え。
(しっかりしなさいよ、シンジ!)しどろもどろになるシンジを背中越しに援護するアスカ。
「うん、今日はアスカと委員長と一緒に食べる約束したんだ。だからトウジも一緒にどうかな…。」
「ほうか、委員長と惣流とか…。」ヒカリの姿を目で追うトウジ。ヒカリの頬が赤く染まる。
「それなら、尚更早う行かんとパンが売り切れてしまうわ。ちょいと言って来るわ!」
そう言うと再び教室から出て行こうとする。そんなトウジの背中に投げつけられる言葉。
「ちょっと待ってよ、トウジ!」 「待ちなさいって言ってるでしょ、この馬鹿!」
「なんやちゅーんや。…お前ら、今日なんかおかしくないか?」
「今日はパンなんて必要ないのよ!いいからそこで黙って見ていなさいよ。」
そうトウジを怒鳴りつけると、そのままクルリとシンジの方に向き直る。
(バカ鈴原!こんな慌ててするつもりじゃなかったのに…。)
予想外のトウジの行動でいきなり告白の体勢に入ってしまったアスカ。
今は朝からの余裕もどこかに吹き飛んでしまっていた。シンジに聞こえてしまうのではと思えるくらい
心臓がドキドキいっているのがわかる。
(どうしたらいいのよ?)憤りと哀しみで涙が溢れそうになるのを必死にこらえる。
一方、シンジもアスカの突然の行動に鼓動が早鐘のように打ち鳴らされていた。
至近距離でシンジを見つめるアスカの瞳。青く澄んだ瞳にシンジの顔が映る。
(アスカ、お弁当…くれるんじゃないのかな…?)どこまでも鈍い男である。
(でも、いつまでもこうしてアスカと一緒にいられたらいいね…。)
緊張した面持ちのアスカを見つめながら、ふとそんな事を考えてしまう。
自然とシンジに優しい笑みが浮ぶ。

アスカはシンジの顔をじっと見つめたまま動けなくなっていた。
緊張の為身体が震えて、足元がふわふわと頼りない気がしていた。
顔だけがカーッと熱くなって、軽いめまいすら感じていた。
そんな自分を励ますように大きく深呼吸すると、もう一度シンジを見つめ直す。
緊張と不安と期待の入り混じったシンジの瞳。
けれどアスカを見つめ返すその瞳はいつもの様に温かく、優しかった。
不意にアスカを見つめたままシンジの顔に優しい笑みが浮んだ。
そんなシンジの笑顔がアスカの勇気を呼び起こす。
「シンジ…これ。」
そう言うと一生懸命作ったお弁当をシンジの前に差し出す。
可愛いランチョンマットがシンジの目の前で微か震えていた。
「その…いつも、ありがとう…。」やや伏せ目がちだが、シンジの瞳をしっかりと
見つめたまま、話し始めるアスカ。既に頬が薄紅色に染まっている。
「その…ユニゾンの時、酷い事ばかり言ったのに最後まで付き合ってくれて…、
マグマの中に助けに来てくれた時も…ホント嬉しかったよ、それから…。」
延々と続くアスカの告白に次第にシンジの顔が鬼灯の様に赤く染まって行く。
今まで心の中で塞き止めていたシンジへの思いが、まるで湧き出るかの溢れていく。
5分余り経っただろうか、流石のアスカもようやく一息つく。
「と、とにかく…これがあたしの気持ちよ!ちゃ…ちゃんと受け取りなさいよ!」
グイとお弁当をシンジに押し付けるように差し出す。ちょっと怒ったような口調。
林檎の様な赤い頬。プイと逸らした視線。すべてがアスカの照れ隠しだった。
そんなアスカの真意をすべてわかったかの様にもう一度微笑むシンジ。
「あ、ありがとう…アスカ。とっても嬉しいよ、アスカの気持ち。」
「えっ?」
「ぼ…僕も、アスカと同じ気持ちだったから。ずっと前から…。」
「シンジ…。」
「ごめんね、アスカ。僕から言わなくちゃいけなかったのにね。」
「バカ…。」
そのまま、ただ見つめ合うアスカとシンジ。まるで時間が停まってしまったかの様だった。
ふたりの遣り取りを茫然と見ていたヒカリだったが、ようやく自分が為すべき事を思い出す。
「あの…鈴原、よかったら…これ、食べてくれない…?」
これまた茫然としていたトウジに精一杯の勇気でお弁当箱を差し出す。
受け取ってもトウジが恥ずかしくない様にと、黒を基調としたシンプルなデザイン。
それはヒカリが初めて買った男性用のお弁当箱だった。
溢れんばかりに詰め込まれたボリュームたっぷりのおかずとご飯。
思わず息をのむトウジ。そしてお弁当に込められたヒカリの思いについても…。
「委員長、これって、もしかしたら…。」流石のトウジも声が上ずっている。
「うん、アスカと同じ…私の鈴原への気持ち…。」
「…。」率直なヒカリの言葉に胸がいっぱいになり言葉が出ない。
「…迷惑…だったかな?」返事がないトウジに不安気に呟くヒカリ。
「そないな事あらへん!」あまりのトウジの勢いにびっくりしたヒカリの身体がビクンと跳ねる。
「あ、すまん委員長。そやけど、ほんまにワシでええんか?委員長ならもっと良い男が…。」
「そんな事ない!」今度は思いもしなかったヒカリの大声にトウジが驚かされる。
「委員長…。」そのまま俯いてしまったヒカリに恐る恐る声をかける。
「あたしには、鈴原が…一番だから…。」
俯いたまま、けれどはっきりとしたヒカリの言葉がトウジを貫く。
そして先程のアスカとシンジ達と同じように固まってしまうヒカリとトウジだった。
昼休みが終るまで、このまま4人共固まったままになってしまうかと思われたその時、
「えへん、えへん!あ〜早くしないと昼休みが終っちゃうよな〜!!」
少々わざとらしい発言が教室に響き渡る。けれども、それで充分だった。
我に返ったアスカとヒカリが予ねてからの打合わせの通りトウジを誘う。
「今日は屋上で食べようよ!天気もいいし、ね。」
「そうだね、その方が気持ちいいと思うよ。」シンジも話を合わせる。
「そやな…、それもええかもしれんな。」
「じゃあ行きましょうか!」
こうして邪魔の入らない屋上に移動しようとする4人だった。その時…。
「じゃあ、僕も!」事の成り行きを面白そうに見物していた彼らの友人相田ケンスケがこのイベントに
乗り遅れまいと昼食に混ざろうと画策する。
けれども言うや否やアスカとヒカリのレーザー光線のような鋭い視線に一瞥されてしまう。
「…ひとりでお昼にしようかな…。」
ケンスケの言葉にニッコリと微笑むアスカとヒカリ。天使の様な、その笑顔。
その余りのギャップに背筋の寒くなるケンスケだった。
賑やかに屋上に向かう4人の声を背中で送りながらポツリと呟く。
「平和だね〜!」その声には不満な色は微塵もなく、口元には笑みが浮んでいた。
「収まる所に収まったって事かな?」そう言うとケンスケは窓から外を見た。
そこには眩しいまでに青い空が広がっていた。

第6章 幸せの味
晴れとはいえ日差しが強かった為か、屋上には誰もいなかった。
「ラッキー、貸し切りじゃない!」弾んだアスカの声に皆が頷く。
「そうね、少し雲も出てきたし丁度良いかもね。」ヒカリの声も弾んでいる。
「ほら、早くしなさいよ!もうお腹ペコペコなんだからね。」
早速、いつもと変わらぬ命令口調でテキパキとシンジに指示を出すアスカ。
「はい、あたしのお弁当。とっとと出しなさいよ!」そう言って、右手をシンジの前に出し、ひらひらさせる。
そんな傍若無人とも見える少女の態度を包み込む様な穏やかな少年の対応を目で追いながら
トウジがヒカリに話かける。
「全く、惣流の奴もしょうがない奴ちゃなあ。さっきのしおらしさが嘘みたいや。
まさか、あれは演技ちゅーわけやったんやないやろうな?」
「ふふふ…今の碇クンへの態度はアスカの照れ隠しよ!」
「へ?」ヒカリの言葉の意味がわからず間抜けな返事をしてしまうトウジ。
「さっきは、あまりにも素直に自分の気持ちを碇クンに見せてしまったものだから、
今どんな風に接していいのかわからなくなっているのよ、アスカは!」
「は−、さよか。流石は委員長やな、感心するわ。」
「あら、碇クンもその点ちゃんとわかってるみたいよ。」
そう言うとヒカリは甲斐甲斐しくアスカの指示通りに動くシンジの姿を見つめた。
その優しい眼差しにドキリとするトウジだった。
「委員長、なんやえらく嬉しそうやな?」
「そうかな?…そうかもね。鈴原…アスカって誤解され易いでしょ。今度のお弁当の事だってアスカが
親身になって考えてくれたからできたんだよ。アスカって本当は友達思いの優しい娘なの。」
ヒカリは視線をシンジからガミガミと命令するアスカに移すとクスっと笑った。
「そんなアスカの事を本当に理解して、一緒に歩こうとしてくれる人がいるんだもん、
親友としてこんな嬉しい事はないわよ。」
「さよか、まあ惣流にとってはええことかもしれんが、シンジにはどうなんやろうな?」
「きっと良い事なんだと思うわ。だってほら、碇クンあんなに優しい顔している。」
ヒカリの言葉にシンジの姿を追うトウジ。確かに本当に嫌ならあんな笑顔はできないだろう。
「せやな、シンジの奴もええ顔しとるわ!」トウジの言葉に笑顔を返すヒカリ。
「ほら、ヒカリ――!早く食べようよ!」大きく右手をあげてアスカがふたりを呼んでいる。
「ほな、行こうか委員長!」 「うん!」
シンジ→アスカ→ヒカリ→トウジの順に車座になって座る4人。そして一斉にお弁当箱の蓋を開ける。
ふたつの歓喜、ひとつの微笑み、そしてひとつの困惑がその場に生じていた。
「ア、アスカ…これは?」シンジがアスカにお弁当を見せながら恐る恐る尋ねる。
そこにあったのはシンジが準備していたものとは似ても似つかないものだったから。
(そんな…火を通すだけにしておいたのに…。)アスカに聞こえないようポツリと呟く。
お弁当の用意をしていたのは、やはりシンジだった。ミサトにはアスカへの連絡事項を
伝えてもらうだけだったはずなのに…。何が一体どうなったのか混乱するシンジ。
「どうぞ、シンジ。食べてみて。」少し甘えたようなアスカの声に我に返る。
自分をみつめる優しくそして真剣なアスカの瞳に、シンジは決意を固めた。
(逃げちゃだめだ…、逃げちゃだめだ。これはアスカが作ってくれたお弁当なんだ。)
そう自分に言い聞かせると薄紫色をした肉を口の中に放り込む。
モグモグ、モグモグ…。何度か肉を噛み締める。そして…。
(苦い!いや、辛い?…甘いのか…?舌が痺れていく…。)
今まで経験した事のない味がシンジを襲う。千変万化の味の暴風雨といった所だろうか?
その味に飛ばされない様に必死に意識を集中する。
「どう、シンジ。美味しい?」そんなシンジの顔を覗き込むようにアスカが尋ねる。
普段と変わらないように装っているが、その瞳が期待と躊躇いと不安に揺れている事にシンジも
気づいていた。アスカにとって初めて作ったお弁当。美味しいと言って貰いたい半面不安になるのも
当然の事だろう。そんなアスカの気持ちを察して笑顔を作り答える。
「うん、アスカのオリジナリテイが出て、…とても美味しいよ。」
「本当!良かった、シンジに美味しいって言ってもらえて!」
素直に喜ぶアスカにシンジのこころがほんのりと温かくなる。
「ヒカリ、聞いて聞いて!シンジが美味しいって言ってくれたのよ!」
子供の様にはしゃぐアスカの姿に改めてこの笑顔を守りたいと思うシンジだった。
(アスカ、ありがとう。本当に嬉しいよ。)
心の中でそう話かけるとシンジはかき込むようにお弁当を食べ始めた。
アスカに一口も食べさせない様に、ただひたすら口の中に運ぶ。
「もう、シンジったら…そんなに慌てて食べなくても大丈夫よ。」
そんなシンジの様子が可笑しいのかコロコロとアスカが笑う。
この笑顔を守る為にシンジは摩訶不思議な味のお弁当を喉にかっ込む。
そして、どうしてこういう事になったのかもう一度考え直していた。
(ミサトさんには軽く火を通して下さいってメモを書いてくれるよう頼んでおいただけなのに…
いったい、どんなメモを残してくれたんだろう…????)
その内容をシンジが知るのは、まだ数年先の事。
ミサトの特製調味料をアスカが仕上げに使った事を知る事も…。
そして、その中身が想像を絶する様なもので作られていた事を知る事も…。
けれども今は隣に座って満足そうな笑顔で自分の食べる様子を見つめている
誰よりも大切に思っている少女の笑顔にシンジのこころは満たされていた。
それはどんなに美味しいお弁当もかなわない幸せの味だったのかもしれない。
そして向かい側でお弁当を食べているトウジとヒカリも同じ思いを感じていた。
「美味い」、「美味い」を連発しながらお弁当を掻き込むトウジ。
頬を染めて俯いたままトウジの言葉にただ、うなずくヒカリ。
ほのぼのとした雰囲気がそこには漂っていた。それは一本気な夫に甲斐甲斐しく尽くす新妻の様であった。
そんな若い2組のカップルを祝福するかのように、ここ第3東京市第壱中学校の屋上に
再び眩しく、そして優しい日差しが差し込んで来る。
「眩しい!ホント、夏らしくなって来たわね!」
「そうね、さあ今年の夏は飛ばすわよ――!」
「はは…アスカ、お手柔らかに…。」
「難儀やの〜、シンジ。」
お弁当を手にしたまま、空を振り仰ぐ少年達と少女達。
果てしない紺碧の空に自分達のこれからを見ているのだろうか。
そんな4人を抱く様に夏の風がふわりと吹き抜けて行った。
FIN


マナ:なんだかんだ言って、洞木さんに便乗したわね。(ーー)

アスカ:な、なに言うのよっ! アタシは、友達だからっ。

マナ:アスカが1番張り切ってたじゃない。

アスカ:そ、そ、そんなわけないでしょ。ヒカリを助けてあげたかっただけよっ。

マナ:よく言うわ。キッチンで、ハッスルしてたの誰よ。

アスカ:べ、べつに、ハッスルなんて・・・。

マナ:N2落とされたみたいにしてたじゃない。

アスカ:ちょっと頑張っただけよ。

マナ:だいたい、アスカが頑張るといつも碌なことないのんだから、自粛してよね。

アスカ:なによなによ。ヒカリは喜んでたわよっ。

マナ:結局、シンジにお弁当の用意させてるし・・・。

アスカ:うっ・・・。

マナ:その、シンジが用意してくれた料理も、見るも無残なものに変えてしまうし。

アスカ:ちょっとまってよ。それはアタシのせいじゃないでしょ。

マナ:アスカが寝坊しなかったら、あんなヘドロだか調味料だかわからない物、ぶっかけることなかったはずよっ!

アスカ:・・・・・・そ、それを言っちゃぁ。(^^;

マナ:なに?

ミサト:(^ー^メ

マナ:あ、あっれぇ?(^ー^;

アスカ:さいならっ!

マナ:ま、まってっ!(@@;

ミサト:何か言ったかしらっ?(羽交い絞めっ)(ーー#

マナ:いやーーーーーーっ!(TーT)
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