アスカを訪ねて三千里


第13話 「探求


あれから二ヶ月が過ぎ、私は新しい家での生活にようやく慣れた頃だった。
寒い地方だとは聞いていたものの、今の時期はそれほど寒い訳では無かった。
だけど、あと一月もして冬将軍が訪れる頃にはこの地にちらほらと雪が舞うのだそうだ。
セカンドインパクト前は雪と言えば家が埋もれる程のものだったそうなのだが、
日本中が年がら年中夏になってしまった今となっては、粉雪でも珍しいのだそうだ。

「アスカちゃん そんなに外を見ても雪なんか降らないわよ」
養母さんが笑いながら暖かいココアの入ったマグカップを差し出してくれた。
「ありがとうございます……」
私はマグカップを受けとって、ココアを啜りながら窓の外を見ていた。
「シンジ どうしてるのかな……私がこんなに遠くにいる事……知ってる訳無いよね……」
私は孤児院にも連絡をしていない事を思うと胸の痛みを感じていた。
養父様も養母様も本当に優しいけど……シンジに会いたいと言う事はまだ言えないの……
私は左胸の胸ポケットに入れたシンジの宝物のビー玉を握り締めながら勇気を振り絞ろうと
していた……
養母様は編み物をする為か、二階の日当たりのいい場所に上がっていった。

「郵便です」 表で郵便屋の声がしたので、私は飲みかけのココアの入ったマグカップを
机の上に置いて、表に駆け出していった。

肌寒い所をバイクで走って来たせいか、郵便屋の吐いた息が白く見えた。
「えーと惣流アスカさんに郵便だけど、ここでいいのかな……」
郵便屋は表札を見ながら呟いた。
それも無理も無い事で、表札には神凪圭一郎 千恵子 アスカと書かれているからだ。
「私です……」 「じゃ、これ……それじゃ失礼します」
私はオートバイが去り排気煙が薄れてきた頃、胸に抱いた手紙の差出人を見た。
「綾波レイ? 誰なんだろう……私の名前と住所を知ってるなんて」
私は頭を捻りながら手紙を持って家の中に入っていった。

私はペーパーナイフを養父の書斎から借りて、その場で封を切って、ペーパーナイフを元に
戻してから、手紙を服の下に隠して自分の部屋に入った。

私は清潔な白いシーツで被われたベットに腰をかけてそっと封筒から便箋を取り出した。

私は四つ折りにされた便箋を広げて、私は便箋に書かれている文字を読み進んでいった。

その手紙には、彼女自身の自己紹介と、どのようにしてシンジと出会ったのかが一枚目に
書かれてあった。 二枚目に取り掛かる頃には、私の心は千々に乱れていた。

まさか、シンジがこの女性と付き合う事にでもなって、詫び状でも送って来たのかと……
二枚目には、シンジのアイディアで大勢の孤児が市民権を得て頑張って働いている事が書
かれており、私は少し不安感はありながらもシンジが頑張っている事を知って嬉しかった。
そして三枚目には第三新東京市を追放される事になった状況などが書かれていた。
私はこのまま読むのを止めて全てを忘れ去り、シンジとこのレイと言う女性の顛末をこれ
以上知らずに、シンジがいつか迎えに来るのを信じて待つ事さえ考えたが、結局4枚目を
読む事にした。

その手紙の途中でシンジがレイと言う女性とその父親の過大な期待と、そして、レイと一
緒になって会社をもりたててくれないかと言う、大富豪の父の願いを断り私を探す旅に出
た事が書かれていた。

「シンジ…………」 私は他にどんな言葉も湧いて来なかった。
離れ離れになる前に見たシンジの笑顔が頭の中で何度も何度もリフレインしていた。

そして、5枚目にはシンジの祖父も見つかり、シンジの帰りを待っている事も書かれていた
また、加持家と言うシンジにとって家族と呼べるような存在もいる事が書かれていた。
すでに家族と呼べるようなものを手にした今でも、私を探しに来てくれている事が嬉しく、
私は手紙を両手で支えたまま、涙を流していた。
零れ落ちた涙が手紙の上に落ち、二粒までは弾けて落ちたのだが、
それ以降は止めども無く溢れた涙で文字がかすみ始めたので、私は手紙から涙を払った。

そして、6枚目には……私が今でもシンジを求めているのなら、シンジの事を諦める。
だが、もうシンジを必要としていないのなら、どんな手段を使ってでもシンジを探し出し、
シンジときっと幸せを掴んでみせると書かれていた。


文章の最後に綾波レイの連絡先と、調査の結果最後にシンジが立ち寄ったと言う、動物病院
の住所と電話番号が書かれているのを見て、私は胸の昂ぶりを押さえられなくなって来た。

もう彼女は動いている……なのに私は何をしているのだろう……

養父と養母の機嫌を伺うばかりで、死んだ娘さんの身代わりとして生きるだけで……
決して養父さんと養母さんがそのように求めた訳では無かった……
だが、自分がこの家にいる必要性を他に考える事が出来なかったから、そう演じた……
私は臆病者で……そして卑怯で……ただ ただ手にした小さな幸せに酔ってただけ……

「シンジ……」 私は涙を拭って立ち上がった。
シンジの笑顔を思い出すだけで、心の中に勇気が湧いて来るのを感じていた。



その日の夜僕は……月明かりの下 公園でトウジとケンスケ そしてペンペンと共に、
夕食後のひとときをすごしていた。

「今月は結構な収入だったな トウジ」
「ほんまやな……今月は食いっぱぐれた日無かったしな」
「トウジは食べる事でしか判断出来ないのかねぇ……」
「増収分はシンジとペンペンのおかげだな……仕入先での似顔絵ショーとペンギンショー
金を払わなくても、芋や野菜を沢山置いていってくれたもんなぁ……」
「あまり役に立てたとは思えないんだけど……」
僕はここ二ヶ月の事を思い出しながら答えた。
「クエッ」 ペンペンは当然だと言わんばかりに胸を張っていた。
ペンペンもいろいろ芸を覚えたので、今月の稼ぎ頭はペンペンだったのだ。

「ちと情報収集して来るから」 ケンスケはノートパソコンを手に立ち上がった。
「明日は配達が多いから、警備ルートの方も頼んだぜ」トウジが柔軟体操をしながら言った。
その言葉にケンスケは笑みを浮かべて、ノートパソコンを手にどこかに消えていった。
「ケンスケって謎って感じだよねぇ……一体どこでネットに繋ぐんだろう……」
ケンスケの姿が見えなくなってから、僕はそっと呟いた。
「さぁな……俺は機械の事は解らんし……そういうのは全部任せてるからなぁ」
トウジは腹筋運動を初めながら答えた。
「ペンペン ブラッシングしてあげるから、大人しくしてよ」
「クエッ」 ペンペンは少し嫌そうな顔をしたものの、僕がブラッシングをしている間は
一声も発しなかった。


「なにやら妙な雲行きになって来てるようだ……」
ネットでの情報収集を終えたケンスケが帰って来て、
ノートパソコンをしまい込みながら言った。

「何やねん その妙な雲行きっちゅーのは」
トウジが腹筋運動を止めて、腹筋で起き上がった状態でケンスケに答えた。
「どういう事なの? ケンスケ」
僕はペンペンのブラッシングを止めてケンスケの方を向いた。

「俺達がアジトである、ここにいれば安全だったのは、向うの市と違いID制では無いし、
比較的、孤児への対応が穏健策ばかりだったのと、向うの市の警備員の警察権の行使は向う
の市の中だけだったから、越境してまで追いかけて来れなかったからなんだけど……どうや
ら日の出の勢いの向うの市とこの市が合併と言うか……吸収されるかも知れないんだ………
今開催中の市の議会で決議されるそうなんだ……市の議会は今週一杯までだから、
下手したら年明けには吸収されるかも知れない」
ケンスケは説明を終えて、ため息を一つついた。

「また何でそんな事になったんや! あの市政に真の意味で納得してる住民なんかあの市に
はおらんのとちゃうか?」 トウジはストレッチを初めながら呟いた。
「食糧やエネルギー関連は全て配給制……さらにIDによる徹底的な管理……そのおかげな
のかも知れないけど、確かに隣の市の発展はめざましいからね……どうせ、市の高級官僚達
は、市が吸収されようが、特権が剥奪される訳じゃ無いし……これまで同様甘い汁を吸うの
で精一杯で俺達のような孤児の事なんて、考えちゃいないって事さ はは」
ケンスケは自虐的な笑みを見せて笑った


「ま 今考えたってどうしようも無いこっちゃしな……配達先も増えたし、早う寝んと明日
が辛いから寝るわ」 トウジは早々に寝床についた。
寝床とは言っても、放置してあるパイプ管の中にダンボールを敷いてあるだけだが……
雨露を避けられるだけ、これまでの野宿よりかはマシだった。

「じゃ、そろそろ寝ようか ペンペン」 僕はペンペンと共に共有している寝床に入った。
「じゃ、おやすみ」 ケンスケも寝床に入っていた。

遠くから風に乗って聞こえて来る虫の音に耳を傾けながら僕は月を見詰めていた。
「アスカ……もうすぐ旅費が溜まりそうなんだ……もうすぐだから……きっと……」
僕はいつしか眠りについていた。


その頃……綾波家では
「まだ碇君の行方は掴めないの?」
レイは訪ねて来た調査会社の社員から資料を受けとりながら言った。
「ええ……惣流アスカのいた病院で、引越し先を聞いたのが最後です……もっともその病院
では、惣流アスカの行き先を教えなかったそうですが……」
調査会社の社員は汗を拭いながら答えた。
「それと碇君が前に住んでいた孤児院との連絡は?あれからどちらからも連絡が無いの?」
「在籍していた中学校の生徒との接触に成功したそうです。 元同級生の霧島マナと言う
生徒と接触したそうですが、碇シンジからの連絡は無いようです。
次の日にもう一度接触しに行ったのですが、学校に登校して来なかったそうなのです……」

「どういう事なのかしら……その霧島嬢と碇君との関りを知っている者を探しなさい 至急
です!」 レイはそう言って応接間を後にした。
「お嬢様……もう宜しいのですか?」 ティーカップとポットを持った執事と入れ違ったが
レイは首を軽く縦に振って部屋を出た。

「碇君……」 レイはテラスから夜空に浮かぶ月を見詰めながら呟いた。


その頃……
「いやぁ〜子供たちも喜んでくれてるよ すまないねぇ霧島さん」
「好きでしている事ですから……神父様」
霧島マナは孤児院で子供相手にあやとりを教えたり勉強を教えたりしていた。
だが、電話機のある場所からは離れようとせずに……
「碇君はきっとアスカさんの行方を聞く為に電話して来るわ……」
マナは窓から注ぐ月の光に包まれていた。


再び神凪家……

「アスカちゃん スープのおかわりはいいの?」 養母様が手を差し伸べながら言った。
「あ、お願いします……」 私は空になっていたスープ皿を差し出した。
「来月はアスカの誕生日だったな……もう15歳になるのか……」
養父様が感慨深そうにグラスを傾けた。
「あなた……そういえば、あの話……そろそろアスカちゃんに言っておいた方が」
養母様がスープの入ったスープ皿を私の前に置いてから言った。
私は持ちあげていたスプーンをスープ皿の上に乗せようとしていた。
「そうだな……アスカ 実は縁談の話が来てるんだよ……何も今すぐにと言う訳では………
私は自分の手からスプーンが離れてスープ皿に当たった音を聞いた後に言われた事は、
殆ど耳には入らなかった。

「シンジ……ごめん……」 私は食事を終えて自室のベッドに横たわったまま、
瞼に映るシンジの笑顔を見ながら呟いた。
保身の為にシンジの事を切り出せなかった自分が情けなかった。


幸せな未来を探し求める者達がいる……だが、彼等の道程はまだ遠く長い。
複雑に重なりあった運命の軌跡は、いったい彼等をどこに導くのであろうか……




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どうもありがとうございました!




マナ:尾崎さん、すばらしい鬼引き・・・じゃなかったすばらしい作品をありがとうございました。

ぐはっ!

マナ:ん? 何か聞こえた?

アスカ:なんか、血を吐きながら転がってる奴がいるけど・・・ほっときましょ。

マナ:じゃ、コメントを始めましょう。いよいよアスカも結婚するのね。

ぐぇぇぇぇぇぇ!

マナ:なんか、今日はウルサイわねぇ。気が散ってコメントできないわ。

アスカ:あんなのほっといて、コメントの続きするわよ。

マナ:で、なんだっけ、そうそうアスカもいよいよ結婚するのね。

アスカ:しないわよ。あれは両親が勝手に決めたことで・・・。

マナ:でも、反対しなかったじゃない。この先どうするつもりよ!?

続きを〜・・・早く続きを〜!!

アスカ:あーーー、なんかウルサイわねぇぇぇ!!

レイ:『続き』・・・中毒症状の言葉・・・。

アスカ:(ビクッ)ぬぼーーっと入ってくるんじゃないわよ。なんか今回は、外野がウルサイわよ!

マナ:さっきから、あそこで血を吐いてるウルサイ人、大丈夫なのかしら?

レイ:わからない・・・たぶん彼は中毒患者だから・・・。

ぐはっ!(吐血)(爆死)
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uraniwa@ps.inforyoma.or.jp

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第14話流浪」 に続く!

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