「電話ならこの家にあるから自由とまではいかないが、使っても構わないよ」
その時、ケンスケの父親が口を挟んだ。

「ほんとですか? 親父さん この市じゃ電話なんて滅多に無いのに……」
「ああ……私はこの市の市長だから、連絡用にね……ただし、碇君にはNERVとの交渉の為
の窓口になって貰いたい」
「交渉ですか? 父さんか副司令に口を聞けばいいって事ですか」
「そういう事だ……それさえ頼めるのならどんな要求でも飲むよ」
「おいシンジ……おまえの探し人も市長なら照会出来るやないか」
「わかりました……じゃこちらの条件についてお話ししておきます。」


【アスカを訪ねて三千里】

第16話「発見


僕たちはケンスケのお父さんと交渉を進めていた。

「ふむ……そんな事ならたやすい事だ 病院の方は今日にでも調べさせておくよ」
「じゃ、連絡を取ってみますんで、電話をお借りします。」
「おい、シンジ! わしの親父の件も頼むで」
「ああ、解ってるよ トウジ」

僕はごくりと唾を飲み込み、電話機の前に立った。
受話器を取り上げて、ミサトさんに緊急用にと持たされていた一筆入りの名刺を取り出して
電話番号を入力していった。

TRRRR TRRRR
呼び出し音が鳴る度に僕の胸までもが高鳴って行くのを感じた。
「はい 加持でしゅ」 電話に出た懐かしい声はエミコちゃんのものだった。
「エミコちゃん? シンジだけどお父さんかお母さんいるかな?」
「あ、シンジおにいちゃん? どこに行ってたの? また帰って来るよね ね」
「うん……きっと戻るから……」 僕を待ってくれている人がここにも一人……
僕は涙声になりそうなのを堪えながら話を続けた。
「ママはね お仕事なの パパはね いま、おひるごはん作ってるの」
「ん?誰から電話だい? エミコ」 その時受話器から加持さんの声が漏れて来た。
「シンジおにいちゃんからなの はいパパ」
「シンジ君からか  はい加持です」
「あ、加持さんですか? シンジです」
「シンジ君! 連絡が無いから心配してたんだよ 無事かい?」
「ええ……今、○○市にいます。 アスカはもうこの街にはいませんでした……」
「そうだったのか……で、何か用件があるんじゃ無いのかい?」
「実は……」

僕は第三新東京市を離れてからの出来事を加持さんに話して言った。
これまでの辛い事もこうして家族と呼べる人間に相談する事によって、
まるで遠い過去の出来事かのように辛さが薄まって行くのを感じた。

「ふむ……それでミサトに連絡が取りたいのか……」
「いつ頃 戻るんでしょうか……」
「今日は半日だって言ってたから、もうすぐ戻ると思うよ」
「そうなんですか……」
「その市長さんの家の電話番号を教えてくれたら、こっちからかけるよ」
「いいんですか? じゃお願いします」
僕は市長さんに電話番号を教えて貰い、それを伝えて電話を切った。

「ふぅ……」 僕は受話器を置いた後、安堵のためいきをついた。

「向こうから連絡してくれるんか……ほな心配無さそうやな」
「おい、親父 気をきかせて何か出前でも取れよ」
「ああ……そうだな 寿司でいいかな」
市長は電話帳をめくって寿司屋に電話していた。

「電話を置いてる寿司屋って凄いね……もしかして高く無い?」
「心配する事ぁねぇってば どうせ市がいつも使ってる寿司屋だから」
「さっき少しだけ食べたから余計に腹が減ってきちまった」
トウジは腹をさすりながら言った。

「あ、そうだ ちょっと電話したい所があるんですが」
僕はふと思い出してケンスケのお父さんに声をかけた。
ケンスケのお父さんはすし屋に注文の電話を入れた後僕に受話器を差し出した。
「ああ、構わんよ 使いたまえ」
「すみません……」

僕は番号を思い出しながら入力していった。

TRRR TRRR 二度程ベルが鳴るや否や受話器が上げられた。
「あの……碇シンジですけど、神父様ですか?」
僕は久しぶりの古巣に連絡出来る事の嬉しさと、
古巣を巣立ったはいいものの、いきなり巣立った先から逃げ出した罪悪感の
両方を味わいつつ返事を待った。

「シンジ君!?」 少し返事が遅かったのだが、少しして聞き覚えのある声で返事が来た。
「あ、はい……あの、もしかして霧島さん?」
何故霧島さんが出たのか解らず、困惑しつつも僕は話を続けた。

「シンジ君! 今どこにいるの?」
「うん……○○市だけど……アスカはもういなくなってたんだ」
トウジやケンスケとそのお父さんは気を使って隣の部屋に行ってくれていたが、
僕はつい小声で答えてしまっていた。

「惣流さんがそこにもういないのは知ってるわ……
だからここに連絡して来るんじゃ無いかと思って、ずっと待ってたの」
「あれから、ずっと?」
「ええ……神父様にお願いしたの……待ってて良かったわ……シンジ君と話せて良かった」
どれほどの間、僕を待っていたのだろう……
僕は霧島さんの思いの事を考えると少し胸が苦しくなって来た。

「で……アスカからの連絡はあったのかな……」
「それが無いのよ……けど、北海道にいる事は解ってるの」
「北海道かぁ……確かに寒い所だ……けど、どうしてそれが解ったの?」
「ちょっと……つてがあったの」
「しかし、遠いなぁ……」
そう答えつつも、僕の頭にはすでに見た事も無い北の果ての地の姿と、
その地に立つアスカの姿を思い浮かべていた。

「行くんでしょ……」
「え? うん……」
夢想していた僕の耳に少し沈んだ霧島さんの声が飛び込んで来たので、
僕は慌てて返事をした。

「惣流さんはもうあなたに会う気は無いのかも知れないのに?」
「ど……どうしてそんな事が言えるの? 霧島さん」
絶対に考えたくも無かった結論……霧島さんのその言葉は僕の心を貫いた。

「惣流さんが一度もここに連絡して来ないのは何故?
そうよね……連絡して来たらあなたが会いに来るからよ……」
「霧島さん……」
「シンジ君の気持ちは知ってる……
けど、シンジ君が会いに行けば傷つく事になると思うの……
惣流さんの代わりにはなれないけど……私……」
「泣いてるの? 霧島さん……」

「だってシンジ君がそんな辛い思いを抱いて探してるのに、
連絡の方法もある筈なのに行方も告げずにいなくなるなんて酷いじゃ無い……」

霧島さんの声が大きかったので、一瞬背後でざわめきが起こったがそっとしておいてくれる
のか、小声で寿司の話を始めたので僕は少し安心した。

「もし、アスカがもう僕の事を必要じゃ無くっても……本人からその事を告げられない限り
僕は諦められないんだ……例え辛い結果になったとしてもね……」

「馬鹿よシンジ君は……どうして他人の事そんなに信じられるのよ……」
霧島さんの声は泣き声に代わり、受話器の向こうでどんな顔をしているのかすら解らなかった

「ごめん……」
僕は少したってから彼女を泣かせた理由が自分にもある事を思い出して呟いた。

「謝らないでよ シンジ君が悪いんじゃ無いんだから」
「だけど……」 僕は謝る以外にかける言葉が思いつかなかった。
「書く物ある?」 「うん」 「いい? 北海道○○市XX町の神凪医院よ」
「ありがとう……」 僕はアスカの住所を書いたメモ用紙を片手で畳んで胸ポケットに入れた
「アスカさんと会えたら……二度と離れないようにしっかり掴まえて抱きしめておく事ね」
僕は何と返答しようか迷っている内に電話が切られてしまい、僕は一瞬惚けていた。

「霧島さん……ありがとう」 僕は受話器を置きながら遠くにいる霧島さんの事を思った。

「ど、どうやったんや? シンジ」
僕が居間に戻ると、トウジが僕を励まそうと思ったのか必死の表情で話しかけて来た。
「うん……アスカの居場所も解ったよ……北海道○○市だって」
「そうか……じゃ病院の問い合わせが要らなくなったんだね」
ケンスケのお父さんも僕を案じていたのか、隣の部屋から現れるなり口を開いた。

出前の寿司を食べおえて少しした頃、電話の音が鳴り響いた。

僕はみんなの顔を見回してから立ち上がり電話機の元に歩いていった。

「もしもし……」 僕はおずおずと受話器に向かって言った。
「シンジ君?」 僕の声を確認するなりミサトさんの声が弾んだ
「はい……お久しぶりです ミサトさん」
「元気でやってたの?」
「ええ……今日はお願いがありまして」
「どういう事?」
「話が長くなるんですけど……」
僕はトウジの父親の件とケンスケの母親の事
そして二人を第三新東京に行かせる許可を取る事と
ケンスケのお父さんと僕の父さんとの面会を懇願した

「わかったわ……その程度なら私と冬月副司令の権限でも出きるし、
いざとなればリョウジにも弁護士としての腕を振るって貰うわ」

「ありがとう……ミサトさん」
「手続きが済んだら連絡するわ」
その後少し話してから僕は電話を切った。

数日後 僕とトウジとケンスケとケンスケのお父さんはNERVが手配してくれた
リムジンに乗り、第三新東京市に向かう事になった。

数時間後……第三新東京市に隣接している市の駅にリムジンが止まり僕たちは降り立った。
もう日が暮れかけており、あまり開けていない駅の周りには夕闇が迫り寄っていた。


僕はあと十数ヶ月は第三新東京市に入れないからだ、またこの駅からは東北地方への
列車の始発駅になっている為だ。

僕は最初固持していたのだが、その仙台までの切符はケンスケのお父さんが
父さんとの面会への橋渡しの謝礼として僕に手渡してくれたものだった。

「シンジ君……残念ながら仙台から北海道へのフェリーはいつ出るか分からない……
だから券も買えなくてね……少し割高になるかも知れないから……
これを持って行きたまえ」 ケンスケのお父さんは僕に一万円札を数枚折り畳んだものを
僕に手渡して言った。

「そんな……そこまでしていただく理由が……」
確かに財布には2万円程しか無かったが、仙台で働いて船賃を稼ごうと思ってた僕は
ケンスケのお父さんの申し出に少し驚いた。

「いいんだよ……君のおかげでケンスケもトウジ君も親に会う事が出来るんだ
そこまでして貰っておいて、何もしなかったなんて後で後悔するしね
先の見えない旅をするからにはお金はいくらあっても余ると言う事は無いんだ
君と……アスカ君の為に持っていきたまえ」
ケンスケの父さんは僕の手にお金を握らせて言った。

「ありがとうございます」
僕はケンスケのお父さんと別れを告げた。

「行こうぜ……」 トウジとケンスケは見送ってくれるのか、
僕と一緒に駅の構内に入っていった。

「まだ5分ぐらいあるな……」
駅の構内で時計を見てケンスケが呟いた。

「座ろうぜ」 僕たちは構内にあった4人がけの木製のベンチに腰かけた。

「悪いけどこの間の霧島っちゅーたか その子との電話を少し聞いてしもうたんじゃ
その……おまえが探してるアスカっちゅー女はおまえに連絡を取る方法がありながら
何の連絡もしなかったそうじゃ無いか それでも行くんか?」
トウジが僕の方を向いて真剣な顔つきで言った。


「僕は……アスカに会いに行くよ……例えアスカが僕をもう必要としてなくても……
僕はアスカに会わなくちゃいけないんだ……逃げちゃ……だめなんだ」

「そうか シンジ…… おまえの事情をようは知らんが、そのアスカっちゅー女も
きっとおまえに会いたいと思ってるに違い無いんや」
トウジは僕の肩を強く掴み、言い聞かせるかのように言った。

「トウジの言う通りだよ 彼女もやっと掴んだ自分の幸せを手放したく無くて
シンジにこれまで連絡する勇気が無かったんだろうけど、本心ではシンジ……
おまえに会いたいと思ってる筈だ……出会ってまだ間も無い俺達の為に頑張ってくれる
……そんなシンジと会いたく無いと思ってる訳無いじゃ無いか」
ケンスケは僕の手を取り 固く握り締めて言った。

「ありがとう トウジ……ケンスケ 僕はいい親友を持ったよ
 君たちがいなかったら僕はきっと自分を見失ってた……
 遠く離れる事があっても……会って間が無くても……僕たちは親友だよ そうだよね」
僕は鼻声になりながら二人の手を握り締めて話した。

「ああ あたりまえや……」
トウジが初めて見せた涙はとても熱かった
「いつか……きっと会いに来てくれよな」
ケンスケは拳で涙を拭いながら僕に確認するかのように重ねた手に力を入れた。

「第三新東京市には 綾波社長やレイさん そして加持さんとミサトさん
そして君たちがいるんだ アスカを連れていつか帰るよ
あそこが僕の第二の故郷だから」
僕は組んだ手に力を込めて言った。

その時、構内にベルが鳴り響き 僕が乗る列車の発車時刻が近づいてるのを知った。

「それじゃ、僕は行くよ……さよならは言わないよ……またね」
僕達は組んだ手をほどいて立ち上がって言った。

「ああ……またな」
ケンスケは眼鏡が曇るほどの涙を流していた。
「うまくやれよ!」
トウジは僕の背中を軽く叩いた。

僕は無言で背を向けて、駅のホームに向かって 一人歩きはじめた。

僕は切符を渡してホームへ出た。
遠くに見える鈍色の列車にはまだ人影も少なく、列車に向かって歩いていく途中に
等間隔に灯された照明の光がぼんやり見えるのは涙のせいだろうか……


僕は涙とこれまでの臆病だった自分を振り払って 列車に乗った。

実際 北海道まで行けるのかもわからない……けど僕の胸には不安など無く、
ただ勇気と希望だけが胸に詰まっていた。

これからが、本当の旅立ちなのだと……




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15話をあげた後、転勤やそして勤めていた会社の退職等
いろいろありまして、半年も滞ってしまいましたが、
ようやく続きを書く事が出来ました。
どうもありがとうございました!


第16話 終わり

第17話「嫉妬(仮題)」 に続く!


マナ:待ちに待った続編ね。尾崎さんありがとう。

アスカ:前話はあの引きで、今回はなんかアタシが連絡もしないひどい娘になってない?

マナ:そのまんまじゃない。

アスカ:ちょっとっ! 何よその言い方っ!

マナ:それに比べて、わたしはシンジの為に・・・泣けるわねぇ。

アスカ:ちょっと今回良い役貰ったからって、何よっ!

マナ:このままシンジは、わたしの良さに気付いて。うるうる。

アスカ:そんなことになるわけないでしょっ!

マナ:あら? そうかしら?

アスカ:なによ・・・。

マナ:作者はあの尾崎さんよ?

アスカ:うっ・・・。

マナ:続きが楽しみだわぁ。

アスカ:いつになったら、アタシはピンチから脱出できるのかしら・・・。
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