僕は切符を渡してホームへ出た。
遠くに見える鈍色の列車にはまだ人影も少なく、列車に向かって歩いていく途中に
等間隔に灯された照明の光がぼんやり見えるのは涙のせいだろうか……

僕は涙とこれまでの臆病だった自分を振り払って 列車に乗った。
実際 北海道まで行けるのかもわからない……けど僕の胸には不安など無く、
ただ勇気と希望だけが胸に詰まっていた。

これからが、本当の旅立ちなのだと……



アスカを訪ねて三千里

第18話 「誘惑



僕は列車に5時間揺られて、本州の北の果ての地 仙台に辿りついた。
セカンドインパクトの際、仙台以北の地は数度に渡る地殻変動により海面に没してしまった
のだと言う……

「取り敢えず北海道へのフェリーの事を調べなくちゃ」
僕は駅にある案内カウンターへと歩いていった。

カウンターには5人程が並んでいたので、僕はその最後尾についた。

少しして、自分の番が来たので、僕はカウンターにいる職員に話しかけた。
「あの……北海道行きのフェリーはどこから出てるんでしょうか?」

「気仙沼フェリーの事かい? 気仙沼港なら、ここから車で30分って処だけど、
今はフェリーは運休中だよ」 職員はカウンターに張りつけてある地図の一点を指差した。

「いつごろ運行再開するんですか?」
運休と聞いて少しショックを受けたが、僕は気を取り直して話しかけた。

「んー並んでる人はいないしいいか…… じゃ説明するからね
仙台以北がセカンドインパクトの際の地殻変動水没した事は知ってるよね……
その地殻変動だけど、今でも時折起ってるんだよ だから、これまで安全だった航路が
地殻の隆起によって座礁の危険のあるコースになってしまう事が良くある訳だ……
だから、安全なコースを魚探とかで探し当てて初めて運行を再開する事が出来るんだよ
最新の情報は気仙沼港に行かないと分からないけど、あとニ月はかかるだろうねぇ」

「カーフェリーじゃ無くてもいいんですが、北海道に渡る方法は他に無いんですか?」
僕は二ヶ月と言う言葉に驚き、慌てて問い返した。

「そうだねぇ 遠洋漁業の船が出るには出てるけど、危険な北東には行かないし、
北海道に寄るなんて事は無いねぇ……小舟を出せば座礁の危険は無いかも知れないけど、
地殻が複雑に隆起してるから、波が不安定でね 大きい横波受けたら終わりだからね」

「そうですか……」 僕は気落ちを隠しきれずに下を向いて呟いた。

「ま、気長に待つしか無いよ 飛行機なら行けない事無いけど、私の年収の半分ぐらい
するからねぇ……セスナ一機を借りるのに200万円だからね……」

「はぁ……ありがとうございます」
後ろに人が並んだので、僕は礼を言ってカウンターから離れた。


「取り敢えず、今晩寝る処を用意しなくっちゃ……」
夕日を眺めながら僕は駅を後にした。

二ヶ月の間逗留する間の宿泊費 そして船の運賃……
大目にケンスケのお父さんが渡してくれて無かったらと思うと、寒気がした。

ペンペンを連れて来なかったのは正解だと僕は思った。
ペンペンも今ごろは葛城家でエミコちゃんのいい遊び相手になってる事だろう。

僕はそんな事を考えながらぶらぶらと市街を歩いていた。
さすがに肌寒いので野宿と言う訳にはいかないだろうから、僕は安宿を探していた。

数時間後……日がどっぷりと暮れても、まだ宿泊する処は決まってはいなかった。
仙台駅付近には観光用のホテルやビジネスホテルしか無かったのだ。
そのどちらも二週間も泊まれば運賃まで無くなってしまうのだ。

気仙沼港付近なら港湾労働者が泊まるような宿があると聞いて、僕は約30Kmの道のり
を一人で歩きだそうとしていた。
気仙沼港付近にいれば、運行が再開すればすぐ乗る事が出来ると言う事も考えての判断
ではあったのだが、気仙沼港に着く頃には深夜近くになるだろうから、
今夜はどこかで野宿するしか無さそうであった。

「あまり治安よさそうじゃ無いし……こんな処じゃ野宿出来ないな」
僕は駅で貰った薄っぺらな地図を頼りにひたすら、気仙沼港を目指していた。

「これじゃいつ着くのか分からないな……」
まばらにしか街灯が無い為、僕は半ば迷いながらも気仙沼港に向かっていた。

そして、いつしか街灯も消え、僅かな月明かりの元で不安感を押し殺しながら歩いていると
後ろから二筋の明かりが差しこんで来た。

僕は道路の脇に寄って振り替えると、一台のトラックがこちらに向かって走って来ていた。

トラックの荷台には港湾労働者らしい風体の男が2人、
運転席と助手席にも1人づつ乗っているようだった。

僕は天の助けだと思い、手を振った。
トラックは僕の目の前を通過し、行きすぎるのかと思いきや、少しして停止した。

「坊や どうしたんだい?」
後ろの荷台に乗っていた港湾労働者風の男が話しかけて来た。

「あの この道をずっと行けば気仙沼港に着くんでしょうか?
街灯が無くなって良く分からないんですけど……」

「車で40分ぐらいこの道を進めば気仙沼だけどもよぉ
お前さんまさか歩いて行こうってのかい?」

「ええ 仙台駅から歩いて来たんですけど……」

「気仙沼ならこれから俺達も帰る処だからよ のってけや」
助手席に乗ってた男の人が僕に向かって叫んだ。

「いいんですか?」 僕はまさか乗せて貰えるとは思わなかったので驚いた。

「ああぁ〜いいともさ」4人はほぼ同じイントネーションで笑いながら言った。

僕は助手席と運転席の間のシートに座らせて貰った。

「ぼんず どこから来たんだ?」
さっき乗るように声をかけてくれた人が話しかけて来た。

「第三新東京市から来ました」

「っかーたった一人でか? 偉いのぉ〜」
「んだんだ」 

「ところで泊まるあてはあるんかい?」

「いえ……北海道行きのフェリーが運行するまで、気仙沼に安い旅館があるそうなので、
そこに泊まりたいと思って来たんですが、今日は多分…………」

「なんだ 気仙沼の安宿っつったら俺達のいる処しかねぇよ こんな時間だろうが、
金さえ払えば泊めてくれるから心配すんね」

「そうですか……ありがとうございます」
僕はこの陽気な港湾労働者達と話をしながら気仙沼に到着した。

「よーし降りるべ」
運転者を残し僕たちは古ぼけた旅館の前で車から降りた。

「んじゃ、返してくっからよ」 運転席にいた人はそう言って車を発車させた。

「あの車はよ 気仙沼漁協から借りて来たんだわ 月に一度浮き世の垢を流しに行く時は
いつも借りてんだ」 少し酒が入っている助手席に座っていた男は僕の肩を叩いて言った。

僕は連れられるままに古ぼけた旅館の中に入っていった。

「おーい おかみ いるかい?」 助手席にいた男が叫んだ。
「何だべ こんな時間に うちはチェックインなんかするようなホテルとは違うべ」
テレビでも見ていたのか、ぼさぼさの髪の毛のおばさんが出てきて言った。

「このぼんずが泊まりたいんだとよ フェリーが出るまで泊まるっちうから、
俺達と同じ料金で泊まらせてやってくれや」
「んじゃ、前金で10日分貰うよ それで良けりゃその条件でいいわ」
旅館のおかみは僕に向かって手を差し伸べて言った。

僕はおかみの言う代金を差し出した。
普通のホテルの二日分の料金で十日泊まれる事が分かり、僕は安心した。

「んじゃ、2階の隅っこの二人部屋 あそこが空いてるから使えばいいべや
じゃけんど、客が増えたら合部屋になるけど、いいが?」
宿帳に名前や連絡先を書いた後、旅館の主人らしき男の人が二階への階段を指差して言った。

「んじゃ、俺達は一階の大部屋にいるから、何かあったら来なよ じゃな」
僕は先程の港湾労働者達と別れて、二階へ上がっていった。

「二階は食堂とか風呂場があるから客室はここだけだけんどな」
そう言ってこの旅館の主人は僕を客室に案内してくれた。

「この部屋は下の部屋に比べたら上等だから本当は高いんだけどさ、
下の連中に事情ちらっと聞いたから、さっき言った条件でな」
そう言って旅館の主人は去っていった。

確かにこの部屋だけは安っぽいホテルといった感じで、下の部屋よりかは上等なようだ。

僕は窓際にあるベッドに腰を下ろして、服を脱ぎ 下着になって薄い毛布をかぶった。



「今度仕送りする時に、ぼんずに送ってやるんだ ありがとな」
今日の最後の客となるだろう男は嬉しそうに似顔絵を折り畳んでいた。

「ありがとうございました」

5日経ち、この辺りで働いている港湾労働者の殆どの似顔絵を描いて順調に小金を
稼ぐ事が出来たが、運休になっていると分かって気仙沼港に訪れる人は少なく、
明日からの仕事について悩みながら僕は宿に帰り着いた。

「やぁ、シンズ君おかえり」
旅館の主人が少しなまったイントネーションで僕を迎えてくれた。

「今日の夕飯はしょっつるだべ、出来たら呼ぶから待ってな」
「ありがとうございます」
「あ、そうそう 今日から相部屋になったから、同室の人と仲良くな」

「同室か……どんな人だろう……」
僕は同室になる人の事を考えながら階段を上がった。

こんこん 僕は自分の泊まっている部屋の扉をノックした。

「どうぞ」 中から声が聞こえて来たが、階下にいる人のような荒い声では無かった。

「失礼します」若い人なのかなと思いつつ僕は扉を開けた。

「あ……綾波さん……」 僕は室内に入って、僕が使ってるベッドの隣にあるベッドに
腰かけている綾波さんの姿を見て仰天した。

「どどど……」 僕は続きの言葉を出せずに口をあんぐりと開けてしまっていた。

「どうしてここにって言いたいの?」 綾波さんはくすりと笑って言った。

「…………」 僕は首を上下に振った

「碇君を訪ねて来た……それだけ」

「りりゆ……」 僕は動転のあまり口がまともにきけなくなっていた。

「理由を聞きたいのね……碇君がここで困ってるって知ったからよ……
碇君がアスカさんと会わない事には前に進めないから……
碇君がアスカさんと会えるように協力する事にしたの……
葛城さん経由であなたがここに来ている事を知り、部下に調べさせたら
とうぶん北海道行きのフェリーが出ないって聞いたから、
飛行機をチャーターする事にしたんだけど、碇君を探さないといけないから
私自らここに来たの……多分フェリーの近くにいると思って調べたら、
5件目の旅館で見つかったわ……異母兄弟って事にしてここに泊まらせて貰ったの
明日の昼までに空港に行けば、夜までには北海道に行けるのよ」
綾波さんは動転している僕にゆっくりと話してくれた。

「僕の為に飛行機を?」
夕方駅にて飛行機を1日チャーターするのに200万円だと聞いてた僕は驚いた。

「アスカさんの家の電話番号も調べたわ……北海道に着いたら連絡したらいいわ」
そう言って綾波さんは一枚のメモを取り出した。

「そこまでして貰う理由が……嬉しいよ……とっても嬉しいけど……」

「そのかわり……条件があるの……今夜は私と一緒にいて欲しいの」
綾波さんは僕の目の前にアスカの家の電話番号が記されているであろうメモを差し出した。

このメモを手に取れば……明日には北海道へ……でも……
綾波さんの言わんとしている事が分からない程僕は子供でも無かった。

いつ運行を再開するか分からないフェリー…… 明日をも知れぬわが運命……
僕はそれらを天秤にかけ、

悩んだ末に…… 僕は綾波さんの手からメモを受け取った。




御名前 Home Page
E-MAIL
作品名
ご感想
          内容確認画面を出さないで送信する


オンライン確認  ICQUIN:7169444
クリックすれば尾崎のICQに今すぐメッセージを送る事が出来ます(onlineなら)
onlineの時に上のフォームで感想を送ればすぐ返事が届くかも(^^;

どうもありがとうございました!


第18話 終わり

第19話 に続く!


アスカ:なんで、そこでレイからメモを受け取んのよっ!

マナ:誘惑っていうサブタイトルからして、怪しいわっ!

アスカ:シンジのバカぁぁぁぁぁっ!

マナ:シンジめぇぇぇ。

アスカ:珍しく気が合うじゃない?

マナ:そりゃそうでしょ。この場合。

アスカ:そう簡単にアタシのシンジを、レイに取られてたまるもんですかっ!

マナ:やっぱり、危険なのは綾波さんただ1人・・・。

アスカ:ん? 何? その1人って?

マナ:ライバルの話よ。

アスカ:アタシは?

マナ:へ? あなたがぁ? やっだぁぁ。あなたなんか、最初っから相手にしてな・・・はっ! 殺気っ!

アスカ:(ーー#)(ドバキ! グシャーーー!)

マナ:口は災いの元って、おばあちゃんが言ってたの思い出したわ・・・。(沈黙)
作者"尾崎貞夫"様へのメール/小説の感想はこちら。
uraniwa@ps.inforyoma.or.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system