「それだ! 君のその笑顔……この絵を描いた人は君の笑顔を……いつも……
……すまないけど……今日は帰ってくれないか……」
トウイチは 絵筆を握りながら私の方を見ようともせずに言った。

「え?」 私は彼の豹変に驚いていた。
これまで彼がここまで感情を見せた事が無かったのだ。
「あの……さっきの絵を返して貰えます?」
私は彼に話しかけた。
「ごめん……これ少し借りるよ」

これで話は終わりとばかりに、私が何度話しかけても、それ以降は無視された。
私は不吉な何かを感じつつ、三島邱を後にした。


アスカを訪ねて三千里

第19話「虚実」


「トウイチ様は現在部屋に篭って絵を描いていらっしゃいます
 誰も入れるな……との事ですので……すみませんアスカお嬢様ぁ」
あれから三日……シンジの描いてくれた絵が気になったので、
二度も三島家の門を叩いたけれど、執事長のジョセフにやんわりと断られてしまった。

私は二階の三島トウイチの部屋を一度見上げて、三島邱を後にした。


そして数日後 学校が終わり、校門を出た処で、執事長のジョセフに声をかけられた。
「アスカお嬢様……トウイチ様がどうしても来て欲しいとの事なのですが、
今から宜しいですかな?」 ジョセフは校門の近くの駐車場に止めている黒塗りの高級車を指差して言った。

「え? どういう事ですか?」
私はわけがわからず問い返した。

「理由までは聞いていないのですが、最近絵の方で煮詰まってらしたですからぁ
恐らくは絵の事だと思いますが……」

「……わかりました」 嫌な予感がしたので正直な処あまり行きたく無かったのだが、
シンジの絵を取り返さないといけない事を思い出して私は了承した。

数分後 ジョセフの運転する車で私は三島家に到着した。

「二階のトウイチ様のお部屋でお待ちになられてます」
私はジョセフと別れて邸内に入り、階段を上がった。

「アスカ……行くわよ」
私は深呼吸をしてから2回ドアをノックして室内に入った。

「やぁ いらっしゃい アスカさん」
私が入った時もキャンバスに向かっていたが、私の足音に気づいて振り向いた。
振り向いた三島トウイチの顔は数日前とは見違える程に痩せ細っていた。
室内には反故紙や空になった絵の具や油の缶が散乱していた。

「ようやく満足の行く作品に仕上がったんだよ……これなら君も満足してくれると思うと
いてもたってもいられなくなって、ジョセフを迎えに出したんだよ」
三島トウイチは微笑みながら私に絵を見るように手招きした。

以前私が見た時とはかなり絵が変容していた。
完成度と言う点でも前回の物とは比べものにならなかった……
だが、私はその絵に違和感を感じ続けていた……
この絵はまるで……シンジが描いてくれた絵のようで……
何の屈託も無く全てを預けるような笑顔の私が描かれていた。

私ははっとして、三島トウイチを見つめた。

「気に入って貰えたかな? 僕はね……この絵がルーベンス賞で賞を取ったら、
フランスに絵の修行をしに行こうと思ってるんだよ……賞さえ取れば父さんだって……
その時は……一緒に行ってくれるよね」 トウイチは恍惚とした表情で私に言った。

「あの……この間の絵を……返して貰いたいんですけど……」

「この間の絵? それは何の事かな」 トウイチは顔色一つ変えずに言った

「返して下さい! あれは大切なものなんです」
シンジの描いた絵を取り戻す為、私は勇気を振り絞って言った。

「君は僕の婚約者だろ? 他の男が描いた君の絵なんかもういらないじゃ無いか……
私はこれでも寛大な方なんだよ……あの絵のような笑顔を君が私に見せてくれないから……
だから盗作じゃ無いんだよ……そう 君があんな表情をしてくれないからいけないんだ……」
三島トウイチは私の方に擦り寄りながら言った。

「ところで、さっきの返事が貰えて無いけど……婚約者だったら当然一緒に
フランスに行ってくれるよね……聞くまでも無い事だとは思うけれども……」

濁った眼で私に擦り寄るトウイチを見て、私は生理的嫌悪に陥った。

どうやら締め切った部屋で油や薬品の臭いを嗅ぎすぎて少しおかしくなっているようだ。

私はこの場を離れる為、じりじりと後ろに下がっていった。

「どうしたんだい さっきから……」 トウイチは逃げようとする私の手を素早く掴んで言った。

「あの……断っておきますけど、婚約の件は義父様が勝手に進めているだけで私はまだ承諾してません」

「そんな筈無いのにな……君は絶対承諾する事になるよ……だって君と僕との婚約が前提で、
あの診療所の土地家屋全てを三島家が用意したんだから……」
トウイチは誇らしげに私の腕を撫でながら言った

「そんなっ そんな事私聞いてません!」
私は腕を振り払いながら言った。

「だって、あのごうつくばりの親父が何も無くてあんなに金出す訳が無いじゃ無いか……」

「そんな……」 私は義父様と義母様の顔が交互に浮かんだ。

「だからさ……君はもう僕のものなんだよ……だから……はぁ……はぁ……」
トウイチは私を床に押し倒しながら言った。

「止めてっ お願い…… シンジ……助けてっ」
私は押し倒され、もがきながら叫んだ

「またそれだよ……シンジって誰だよ……不貞な女だな この僕がいると言うのに……」
トウイチは私の制服のジャケットのボタンを外しながら言った。

私はトウイチから逃れようともがいていると、手に何か固いものを触った。
どうやら筆を洗う為の壺のようだが……私はそれを片手で自分の方へと手繰り寄せた。
%火曜サスペンスドラマみたいだな%

もう少し……もう少しで持ち上げる事が出来る……
私は必死になって手繰り寄せていたが、
いつしかトウイチの手はブラジャーに包まれた私の胸に伸びていた。

「やめてって言ってるでしょう!」 私は壺を振り上げながら言った。

その時、ドアを開け誰かが走りこんで来たが、トウイチは私の胸に夢中で気づいてはいなかった。

中に入って来た人が私を押し倒しているトウイチの首筋に手刀を一撃当てると、トウイチは気を失った。

「あなたは……ジョセフ……」
私の危機を救ってくれたのはこの家の執事長ジョセフであった。

「声が聞こえまして……ご主人様には私から言っておきますので……
なにぶん……この事は御内密に……」 ジョセフはトウイチを背中から担ぎ上げてベッドに寝かせた。

私は着衣の乱れを整えてから立ち上がった。
幸いジャケットのボタンが飛んではいなかったので、しわになったブラウスは見えないので気にしない事にした。

「あの……これぐらいのサイズの 私が描かれた絵を知らないでしょうか……トウイチさんに貸したんですが、
そんな物は知らないって言われて……」

「それでしたら、捨てるように言われたごみ箱の中から発見出来ました……
破られていたので……修復をしておきましたが……」
ジョセフはすまなさそうにポケットから取り出して私に手渡した。

「ありがとうございます……でも、あなたにとって主人であるトウイチさんに手をあげて……大丈夫ですか?」
私はジョセフの事を思い、彼に問いただした。

「大丈夫ですよ……トウイチ様は知らないと思いますが、
俊郎様が若い時イタリアに留学した時に出来たのが私でして、イタリア人の母とこの家の当主三島俊郎さんとの
間に産まれた庶子でして……トウイチ様の兄にあたるんです……俊郎様もうすうすは分かってるようですが、
知らないふりをしてくれているのですよ」 ジョセフは流暢な日本語で私に話しかけた。
普段の怪しいイントネーションの日本語は身元を隠す為だと言う事に私は気づいた。

「それじゃ、後の事はお願いします」
「ご安心下さい」
私はジョセフに送られて三島邱を出た。

一縷の不安は残るものの、私は虎口を脱する事が出来てほっとしながら家路についた。


汗をかいたからと義母様に言って私は熱いシャワーを浴びていた。

私はトウイチに触られた処を重点的にせっけんで洗っていた。

「今後の事もあるし……一度きちんと義父様と話しなきゃ……今シンジどこにいるんだろう……」
私は蛇口を閉めながら呟いた。


「今回はジョセフさんが助けてくれたけど……」
私はバスタオルで身体を拭きながら夕方の事を思い出していた。

「もう三島トウイチに会いたく無い……だけど……あの話がほんとなら……」
私は自分が道具に使われているのでは無いかと言う疑問に突き当たった。

「あの優しい義父様と義母様が……信じられない……
けどもしそうだとしても所詮孤児上がりの養子に過ぎない私には…………
シンジ……早く来てよ……いつものように”心配ないさ”って笑ってよ」
私は脱衣所で身体を震わせながら呟いた。


そして数日後……アスカが学校に行っている午後0時……


「午後の診療時間は今日は何時だったかねぇ」 アスカの養父である神凪圭一郎は、
午前中の診療開始から付けつづけていた聴診器を外して妻に話しかけた。

「嫌ですよ おとうさん 今日は金曜だから1時半からですよ」

「そうだったか……昼飯の準備は出来たのかい?」
圭一郎は顎をさすりながら言った。

「もう茹で上がりますよ 今日のお昼はそうめんよ あなた」

「そうめんか 久しぶりだな……」
圭一郎は診察室を手早く片づけながら答えた。

「頼もう!」
その時、鍵をかけている玄関を叩く者がいた。

「やれやれ……」
圭一郎は立ち上がり、玄関に向かった。

「午後の診療は1時半から……なんだ三島じゃ無いか」
圭一郎は玄関の鍵を開けながら旧友である三島俊郎に話しかけた。


「急にどうしたんだ 何か用か?」
圭一郎は診療室に三島俊郎を招き入れた。

「この度はトウイチのバカが大変な事をしでかして……すまん」
薦められた椅子に座るや否や俊郎は圭一郎に頭を下げた。

「おいおい そりゃ一体何の真似だい プライドの高い君が頭を下げるのを見たのはこれで二度目か……
で、一体何の事を言ってるんだね?」 圭一郎は首を傾げながら問い返した。

「君は聞いて無いのか……そうか……いや、実はな 先日家のバカ息子がアスカちゃんを無理やり……
その……押し倒したらしいのだ……親同志では婚約の話などしとるがまだ決まっちゃいないのに……
無論婚約者だと言っても相手の意向を無視するなどと……執事長のジョセフが後始末してくれたので、
表沙汰にはなって無いんだが……アスカちゃんが何も言わんと言う事は黙っていてくれるんだと思う……」

「そんな事があったのか……それでここ数日ふさぎこんでいたのか……」

「慰謝料の事など考えたが、いっそ二人を正式に婚約させるべきでは無いかと……
無論、まだアスカちゃんはまだ中学生だ……結婚は先の事になるだろうが……」
三島俊郎は頭を下げたまま圭一郎に話し続けた。

「それと……息子が大変失礼な事を言ったようで……アスカちゃんとの婚約が前提で
この診療所を建てたとバカ息子が勘違いしておって……その事でアスカちゃんを傷つけたんじゃ無いかと……」
三島俊郎は椅子から下りて土下座をしながら言った。

「お話は良く分かりました……アスカと早急に話し合いますので、今日の処は……」
圭一郎は少し混乱しつつも俊郎を立ち上がらせながら言った。

「すまんな……ありがとう……また出張なもので、来月の頭にでも飲もう じゃ失礼するよ」
三島俊郎は頭を何度も下げながら帰っていった。

「あら、おとうさん 急患かしら? おそうめん出来たんだけど……」

「いや……違うよ……」
圭一郎は腕組みをしながら言った。

TRRRR

その時、電話のベルが鳴り響いた。

「はい 神凪診療所です」 圭一郎は素早く受話器を取り上げた。

あの……初めまして……僕 碇シンジって言います
電話の向こうからは緊張しているのか語尾が震えた声が聞こえて来た。




御名前 Home Page
E-MAIL
作品名
ご感想
          内容確認画面を出さないで送信する


オンライン確認  ICQUIN:7169444
クリックすれば尾崎のICQに今すぐメッセージを送る事が出来ます(onlineなら)
onlineの時に上のフォームで感想を送ればすぐ返事が届くかも(^^;

どうもありがとうございました!


第19話 終わり

第20話 に続く!


マナ:み、みて見なさいよぉっ! シンジの絵が盗まれちゃったじゃないっ!

アスカ:アタシだって、酷い目にあってんのよっ!

マナ:そんなの知らないわよっ! トウイチの絵っ、破いちゃってよっ!

アスカ:できるわけないでしょっ。

マナ:わたしは、いつ再登場するのかしら・・・。絶対、あの絵破いてやるんだからぁ。

アスカ:今回は、アタシの話なんだから、ちょっとはアタシの心配もしなさいよねっ!

マナ:どっかのバカは、読んで血を吐いてたみたいだけど、わたしはそんなの興味無いわっ!

アスカ:どっかのバカが血を吐いても、わたしは救われないのよっ!

マナ:シンジの絵を渡した人は、救われなくていいのっ!

アスカ:なんですってぇぇぇっ! ちゃんと取り返したじゃないっ!

マナ:今更取り返しても、意味無いでしょうがぁぁぁっ!

アスカ:うぅぅ・・・。

マナ:反省しなさいよねっ!

アスカ:あの絵のせいで、最近言われっぱなしだわ・・・。(TT
作者"尾崎貞夫"様へのメール/小説の感想はこちら。
uraniwa@ps.inforyoma.or.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system