「一機しか無い飛行機も今日は予約されているわ……私にね」
綾波さんはどうするの?とでも言いたげに僕を見つめて言った。

「飛行機の事なら今日は私の一存でどうにでもなるけど、
北海道に行く? 救助活動に使う? どうするの? 碇君」
綾波さんは僕の眼を見て言った。

アスカを訪ねて三千里

第21話「電話


「綾波さん……お願いがあるんだ……」 僕は唾を飲んで言った。
「アスカさんに会いたく無いの? 次の予約はいつ取れるか分からないのよ」
「アスカには会いたい……でもあの人たちを見殺しになんか出来ないよ」

僕は出会った日からずっと面倒を見てくれた皆を見捨てる事は出来なかった。


「碇君ならそう言うと思って、もう空港に連絡したわ」
綾波さんは微笑みを浮かべて言った。

「ありがとう! 綾波さん」
僕は立ち上がり、思わず綾波さんの手を握ってぶんぶんと上下に振った。

「私たちの出発は先の事になりそうだし、今回の代償として、私の絵を……描いて貰いたいな」
綾波さんは恥ずかしいのかもじもじしながら要求を突きつけて来た。

「そんな事でいいのなら、喜んで書かせて貰うよ」
昨日の事もあり、内心ヒヤヒヤしていたが綾波さんの控えめな申し出に僕はほっとしていた。
勿論自分の絵に200万円の価値などあろう筈も無い事は分かっている……
だけど、綾波さんが僕が気にしないようにそういう心づかいをしてくれたのが嬉しかった。

「みんな漁協に駆けつけてるみたいだけど、碇君も行く?」
「うん そうするよ」

「その格好で……来ないでね」
綾波さんは恥ずかしそうに顔を背けて言った。
「ご……ごめんっ」 下着だけでベッドに入っていたのだから立ち上がれば……
さっきから綾波さんが恥ずかしそうにもじもじしていた訳を僕はようやく理解した。

「旅館の表で待ってるから……」 そう言って綾波さんは部屋を出ていった
僕は慌てて服を身につけて部屋を出た。


「もう飛行機は30分前に出発してるから現場附近に着いてる筈よ」
漁協に向かう途中、綾波さんが話しかけて来た。
「帰りの燃料が無くなりかけるまで探してくれるとしてどれぐらい捜索出来るのかな……」
「さぁ……だけど漁協長が一緒に乗り込んだそうだから、ある程度の見当は着くと思うけど……」
そんな事を話している内に僕たちは漁協に到着した。

「シンジ君……来てくれたんだね」 はんてんを着た風邪を引いている四人組みの一人が話しかけて来た。
「ここは関係者以外は立ち入り禁止だ 出て行きなさい」 漁協に詰めている一人の壮年の男性が僕たちを見つけて叫んだ。
「あのなぁ吉谷さん……シンジ君達が北海道に渡る為にチャーターした飛行機を無償で救難の為に回してくれたんですよ
当然この場所にいる権利がある筈ですよ」

「そうだったのかい……わかったよノブアキ すまなかったなぼうや達よ」
吉谷と呼ばれた壮年の男性は一変して柔和な顔つきで僕たちに話しかけて来た。
海難事故でピリピリしていただけで本来は優しい人なのだろうと僕は推察した。

「シンズ君……女房とも話したんだけどもよ……北海道への便がチャーター出来るまでの間の宿賃は貰えねえわ……
そこまでして貰って何もしねえんじゃ北国の男がすたるっぺ」 宿の主人は僕の肩に手を置いて話しはじめた。

「そ、そんな……」 僕は突然の申し出に驚いてしまった。
「碇君……あの人達がそうしないと気が済まないのなら、そうさせてあげたら?」
すかさず綾波さんが小声で話しかけて来た。

「御好意ありがとうございます……ですが、今はそれより救出の方が先です……もう飛行機は現場に着いてるんですか?」

「船の予定航路の真上を飛んで貰うように無線で指示してある……
波でよほど流されない限り飛行機でなら発見出来ると思う……今は待つだけしか出来ん……」

「そうですか……」

「さ、こっちゃ座れ」 旅館のおかみがストーブ近くの木製のベンチを開けてくれたので、僕たちは好意に甘える事にした。


待つ事4時間……通常より低速で飛んでいるので燃料は帰りの分を別にすると後20分程度しか残っていない……
漁協に詰めている人達は祈るような思いで吉報を待ち望んでいました。

「ザッ えー非常に微弱な出力ですが、無線でのSOSを探知しました この辺りを数度旋回します
それで見つからない場合はもう燃料が持ちませんので帰投します」
漁協の無線機からセスナ機のパイロットの声が聞こえて来た。

皆、一瞬顔を上げたが、もう残り時間が少ない事を知り、皆俯いてしまった。

「ザッ えーそれらしき漁船を発見しました 波に流されて座礁した模様で船体の半分が水没している模様です
えー座標は21,47の地点です これより帰投します」
パイロットからの無線は皆を沸き立たせた。

「皆!聞いたな! 繰り返す! 座標は21,47だ みんな急行してくれ!」
吉谷と呼ばれた男性が、無線機を操作してがなりたてた。
すでに十数隻の漁船が救助に出ている為、救出するのはもう時間の問題であろう。

そして二時間後 三隻の船に救出された乗員が分乗し、三隻でスクリューの壊れた漁船を曳航して、
一人の死者も出す事無く、無事気仙沼港に辿りついた。
僕達が飛行機を回した事を知り、三人組は涙を流しながら僕に抱きつき、
僕はもみくちゃにされていた。

「碇君……車の準備が出来たわ」
そんな喧騒が少し治まった頃、少しの間姿が見えなかった綾波さんが現れた。

「え? 車?」
「今日の飛行機代の支払いと次の予約に行かないといけないから……それに他にも用事があるから」
「わかったよ」
僕は綾波が用意したハイヤーに乗り込んだ。

40分後 僕たちは仙台空港に辿りつき、ハイヤーを待たせて窓口まで歩いて行った。
「今日、飛行機をチャーターした綾波です 料金を支払いに来ました」
綾波さんは手さげ鞄から小切手帳を出しながら言った。

「綾波様ですね……えー少々お待ち願えますか?」
そう言って窓口の女性は受話器を取り上げた。
「恐れいります、あちらの応接室へどうぞ 当社の社長がお会いしたいそうで」
窓口の女性は受話器を置いて、奥の部屋を指差して言った。

「どうかしたのかな……」
僕は少し不安になりながらも、綾波さんと応接室に歩いて行った。

応接室にはすでに背広を着た壮年の男性が立ったまま待ち構えていた。
「わざわざご足労恐れ入ります どうぞ、おかけ下さい」
壮年の男性は僕たちを座らせてから席についた。

「支払いに来たのですが、何か問題でも?」
綾波さんがまず口火を切った。

「いえいえ、問題などではございません。 今回……北海道へ行く為にチャーターしていらっしゃったのに、
海難救助に回して頂いた事は当方も感謝している所存であります。
本来、緊急時の為に二機所有していますが一機しか飛ばして無いのですが、
一機が故障の為整備中でして、人道上では救難の方に飛行機を回したかったのですが契約がありますので、
正直困り果てていた時にお申し出がありまして、その御厚意を賜った訳でして

それでですね……すでに当該地区の漁協からはこういう時の為に毎月料金を頂いている訳でして、
今回の料金は受け取れない訳なんですよ」この空港の責任者らしき壮年の男性はゆっくりと言葉を選んで説明してくれた

「そういう事ですか……ですけど、料金の事より、次の予約の事の方が……」
綾波さんは堂々とした態度で受け答えをしていた。
僕がいなくなってからは綾波クリンリネスの社長として会社の経営をしているのだから当然の事かも知れないけれど……

「当然、優先的に回させて頂きます 今の処、二ヶ月先まで埋まっておりますが、キャンセル等が出たらすぐに
連絡致しますので」
「了解しました それでは失礼させて頂きます」
綾波さんが立ち上がったので、僕も慌てて追従した。

「次はどこに用事があるの? 綾波さん」
空港から出て、ハイヤーに向かいながら僕は綾波さんに話しかけた。
「ちょっと……ね」 だが、綾波さんはあまり語ろうとはしなかった。

僕たちは再びハイヤーに乗った。
「市街までお願いします」 綾波さんは運転手に告げた後、

十分程して、仙台駅の近辺に車は到着した。
「ニ時間ぐらいで戻ります」 綾波さんは運転手に一言言って車を降りた。
「どこに行くの?」 僕は綾波さんの後をついて歩きながら問いかけた。
「あそこよ」 綾波さんは駅前で一番大きいデパートを指差して言った。

そのデパートに一歩 足を踏み入れた途端、僕は始めて見るものばかりで雰囲気に酔いそうになっていた。
「二階ね」 綾波さんは案内板を見てエスカレーターに足を進めた。
綾波さんの後をついて歩いて行くと紳士服やカジュアルな服を置いてあるコーナーに辿りついた。

「彼に会うサイズの防寒のジャケットとスラックスを見繕って貰えます?」
何故ここに来たのか疑問に思った途端、綾波さんは店員を呼び止めて言った。

「それじゃ採寸しますね」 僕は綾波さんに話しかけようとしたが、すかさず店員がメジャーを持って僕に近づいて来た。
「Mサイズの……ではこちらにどうぞ」 僕達は店員の後をついていった。

「防寒ジャケットですが、このコーナーのものは全てお客様のサイズのものを取りそろえております」
店員はコーナーに展示されている10着程のジャケットを指差して言った。

「この紺色のジャケットなんかどうかしら……ポケットも多いし裏地も暖かそうだし」
綾波さんは4万円の値札が付いたジャケットをハンガーごと手に取った。
「宜しいと思いますよ 後スラックスと一緒に試着されてみてはいかがですか? ではスラックスコーナーへ」
「このスラックス厚手だし暖かそうね 動きも制限しないし、このジャケットに合うわね」
綾波さんは薄い紺色のスラックスを指差して言った ちなみに値札には3万円と書かれていた。

その後、僕は問答無用で試着させられた。
綾波さんと店員が二言三言話していたかと思うとすでにレジに向かっていた。

「裾を直すのに30分程お時間かかりますが」 「他の階にも用事があるから後で寄ります」 「ありがとうございます」

あれよあれよと言う間に僕はジャケットを着せられて店内を再び歩いていた。

「こんな格好で行くつもりだったの? アスカさんの処に辿りつくまでに凍死すると思う」
僕が話しかけようとすると綾波さんは先手を打ってジャケットの下に着ているワイシャツを指差して言った。

「次は……4階ね」綾波さんはエレベーターを見つけて小走りでエレベーターに向かった。

そして辿りついたのは画材のコーナーであった。
僕が物珍しそうにコーナーを見ている内に、綾波さんは白いキャンバスと油絵を描く為のセットが詰まった、
とってのついた木箱を購入していた。

「絵描きを目指してるんなら油絵にチャレンジする必要があるんじゃ無い?」
僕が慌てて話しかけようとすると綾波さんは涼しい顔で僕に答えた。
その後、背中に背負う少し大きめのリュックサックや非常食をキャンプ用品コーナーで買い、
僕たちは最上階に上がって来ていた。

右手にキャンバス 背中のリュックサックには木箱を入れた状態で、僕は豪華なレストランに連れていかれた。
その店のお薦めのスペシャルハヤシライスを食べた僕たちは、直しの終わったズボンを受けとり、
駅前で待たせているハイヤーに辿りついた。

あれから三日……僕は綾波さんをモデルに始めての油絵に取り組んでいた。
ようやく完成した綾波さんの絵を進呈すると、綾波さんは恥ずかしそうに微笑んだ。

そして、四日目の朝……微睡んでいる処をおかみさんの激しいノックでたたき起こされた。
電話は空港からで、事情を知った人が北海道に行く為にチャーターしたセスナの席が一つ空いてるので、
同乗しないかとの申し出があるとの連絡であった。

「一人と言う言葉を聞き一瞬躊躇したものの、綾波さんの寂しげな紅い瞳がさよならを告げているのを感じた僕は
その申し出を受ける事にした。

僕は宿の主人やおかみさん そして四人の陽気な仲間に別れを告げ、綾波さんがチャーターした車で空港に向かっていた。
「綾波さん……本当にありがとう……これまでの恩は忘れないよ」
もうすぐ車が空港に着く頃、僕は綾波さんの手を握り話しかけた。
「何か困った事があったら……連絡してね」 綾波さんは気丈にも涙を堪えながら囁いた。
「葛城さんの家に、僕の大事な友達のペンペンがいるんだ……一度会ってあげてよ
トウジとケンスケの事も……お願いするよ」
「アスカさんとどうなったとしても……私 待ってるから」 綾波さんは僕の服の裾を強く掴んでついに涙を零した。

空港に着いた時、僕はその場で綾波さんと別れを告げた。

そして、僕はついにアスカがいる地 北海道に辿りついた。
思えば長い道のりであった……僕だけの力では到底辿りつけなかったであろう。
僕はこれまで支えてくれた皆の事を思い出しつつ、財布からメモを取り出し、
空港の公衆電話から、アスカの家に電話をかけた。

TRRRR 数度の呼び出し音の後、誰かが受話器を取ったので、僕は緊張を必死で押さえながら口を開いた。
「あの……初めまして……僕 碇シンジって言います」




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どうもありがとうございました!


第21話 終わり

第22話 に続く!


マナ:いよいよシンジ・・・北海道へ着いたのね。

アスカ:レイもいいとこあるじゃん。

マナ:わたしもシンジに絵を描いてほしかったなぁ。

アスカ:そうよっ! レイの絵を描くなんて、ちょっと気に入らないわねぇ。

マナ:あそこまでして貰ったんだから、いいじゃないの。それくらい。

アスカ:まぁ、そうだけどねぇ。

マナ:それに・・・。

アスカ:なによっ!?

マナ:まぁいいわ。さぁ、わたしは、今頃何をしてるんでしょうねぇ。

アスカ:決まってるでしょ。勉強ができなくて、補習でも受けてるのよ。

マナ:あ、あなたねぇ・・・。

アスカ:他に何があるのよ。

マナ:さぁて・・・。フフフ。

アスカ:なんか、嫌ねぇ・・・。
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