結果としてトウイチの元に足繁く通うアスカを見て、
アスカの父はシンジにウソをついてしまう。
娘の為と思ってついたそのウソは一人の少年の心を打ち砕いた。

アスカを訪ねて三千里

第23話 「春を告げる者

作:尾崎貞夫

「取り敢えず今晩寝る場所を確保しなきゃ……」
僕は始めて北海道の寒さを味わい 身を震わせながら、
あまり整備のされていない道路をとぼとぼと歩いていた。

「幸い雪は振って無いけど……寒いな」 僕は凍てついた大地と肌を刺す
外気に侵され、一歩歩くごとに自分の体温……
そしてアスカへの熱き思いまでが失われて行くかのように感じた。

「ここまで来たのに……だけど アスカを一目だけでも……
口に出しては言えないけど、おめでとうって言わなきゃ……幸せになってねって……」
冷え切った僕の頬に熱いものが一筋流れた。

「身体はこんなに冷たいのに……涙はどうしてこんなに熱いんだろう……」
僕は涙を拭う事にも及びがつかず、一人 北の街をさまよっていた。

数時間後……すっかり日も暮れ 街灯も無いこの街を僕はさまよい続けたすえ、
防風林に囲まれた公園の中にベンチが沢山並んでいるのを見つけた
灯が無いのでその公園の全貌は掴めなかったが、僕は取り敢えずベンチに横になった。

公園を囲む防風林と幾重にも連なるベンチのおかげか、寒風に晒されずに眠る事が出来た。


周りが騒々しくなったので、僕は眼を覚ました。
何故か身体に毛布がかかっており、僕は困惑した。

暗かったので昨夜は分からなかったがベンチだと思っていたのは客席で、
前方には野外舞台らしきものがしつらえていた。

舞台では数人の男女が打ち合わせをしており、客席には次から次へと
観客が連れ立って座っていった。

「こんな朝から何をやるんだろう……」
僕は身体にかけられていた毛布を畳みながら前方を見据えた。

客の入りからして、もうすぐ始まるだろう事は想像に難く無かった。

「お金……払わないといけないよね……」
僕は入って来る観客の様子を見たが、入場券のようなものを買う人や
財布を出している人は見当たらなかった。

「やあ、起きたのかい」 きょろきょろしていると、背後から誰かが声をかけた。
後ろを振り向くと、僕より5つぐらい年上の青年が微笑んでいた。
目鼻立ちが整っており、一見 彫りの深い彫刻のような顔をしていたが、
そのひとなつこそうなキラキラとした眼が印象的だった。

「あの……もしかして、これ」 僕は折り畳んだ毛布を持ちあげて言った。

「雪こそ振って無いとは言え、こんな寒い所で寝てるんでびっくりしたよ
ここに来たのは朝の4時ぐらいだったかな……君は寒さで振るえてたよ……
家出かどうか……君の事情は分からないけど、もうこんな事はよした方がいい」

「行く当てが急に無くなっちゃって……途方にくれてたんです
ここが野外劇場だなんて知らずに、ベンチがあるからつい寝ちゃったんです
すみません」 僕は立ち上がって毛布を差し出した。

「わざわざ どうもありがとうございました」
僕は一礼してベンチから離れようとした。

「ねぇ君……せっかくだから僕たちの芝居見ていかない?」
背後から先程の青年がすかさず声をかけて来た。

「あの……おいくらでしょうか……」
毛布の恩もあるので、僕は無下には断れずに財布の中身を思い出しながら呟いた。

「そんな事気にする事無いよ 他の人だって皆が皆お金を払う訳じゃ無いさ」
青年は僕の肩をぽんぽんと叩きながら言った。

「どういう事です?」 僕は彼の真意が掴めかねた。

「僕たちはこの北国で必死に働いている人達を励ます為に芝居をしながら旅を続けてるんだ
もっとも、今年はここが最初だけどね……だからお金はある人が気持ちだけ払ってくれれば
それでいいんだ……ひとときでも苦しい現実を忘れさせ、夢を見せてあげたいんだよ
もっとも……これは団長の口癖だけどね」 青年は舌を出して笑った。

「是非……見させて下さい……僕 碇シンジと言います」 僕は青年に握手を求めた。

「ありがとう……前の席が空いてるから移るといい 僕の名は北神シンヤ よろしく」
北神さんは僕の手を取り、握り締めた。

「そうか……今日は日曜日か……」
僕は薦められるがままに最前列の席に座り、開演を待った。

開演まで少し時間があるようで、舞台では団員達がかきわりに釘を打っていた。

「うわ……すっかり色が剥げてる……」
塗られたペンキも色あせたカキワリを見て僕は呟いた。
「それにあまり上手でも無いや……こんな舞台で大丈夫かな」
僕は要らぬ心配までしていた。

そして、芝居は始まった。
第一幕は恋に落ちた男女が家を捨て、新天地に身を任せるまでを描いていたが、
割合 淡々と話は進んで行き、少し物足りなさを感じていた。

そして、第二幕から舞台は生命を持ったかのように、熱い芝居……いや演劇が
始まり、観客の興奮が最前列の僕の所まで届いた。

「ピエール……こんな家じゃ冬が越せないわ……今からでも遅く無いわ……
帰ってお父様に謝りましょう……子供も出来た私たちに無理やり別れろなんて……」
ヒロインのカトリーヌ役の女性が詰め物をした腹を撫でながら言った。
%マスターオブマサルの某作品は関係無いっす(笑)%

「確かに君の言う通りかも知れない……だけど、それじゃ僕たちが一緒になった意味が
無いじゃ無いか……僕たちを縛りつける親から離れ、真に自立する為に家を出た事を
忘れないで欲しい…… 勿論 一所懸命働くさ! 冬将軍が訪れるまでには
暖かな暖炉のある家で親子三人で暮すんだ!」 先程の北神さんの熱演だった。

「ごめんね ピエール……私 子供が出来てから 臆病に……」
「いや、僕の方こそ気配りが足らなくてごめんよ……」
そして二人はそっと抱き合った。

第三幕……

ピエール役の北神さんはは港で小麦の大袋を必死に運ぶパントマイムをしていた。
震える足首 辛そうに腰に手をやる姿 荷物を降ろすジェスチャーの後に見せる表情
それはまるで本当に重い荷物を担いでいるように僕には見えた。

カトリーヌ役の女性は暖炉こそ無いものの、火の焚かれた部屋で子供の為に服を編んでいた。

第五幕……

そして、急変…… ピエールが慣れない力仕事で病に倒れ、ピエールの薬代の為に
寒風が吹く中 カトリーヌは花を売り続けた。

蝶よ花よと育てられたであろうカトリーヌは寒風の中
身重の身体を引きずりながら道行く人に花を差し出した。
「どうか……花を買って下さい……」

第六幕……

無理をしたためカトリーヌはお腹の子を流産してしまい、
家賃の安い隙間風の吹く部屋の中でカトリーヌは横たわり、
ようやく元気になったピエールがその手を握っていた。

そして、カトリーヌの父親役の恰幅のいい青年が現れた。
「カトリーヌ……おまえの事を分かってやれなくてすまなんだ……
怒らないから、私と一緒に帰ろう……な」

「ピエール……」 だがピエールはカトリーヌの身体の事を思ってか、
止めようとはしなかった。

そしてカトリーヌは決意して半身を起こして父に宣言した。

「どんなに辛くても……私はピエールと共にこの北国で暮します……
それに……ここは死んだ私の子供の魂が眠る場所……
たとえこの地に春が訪れなくても……私はピエールと一本の蜀で暖を取る事でしょう」

そこで、客席から鼻を啜る音や 堪え切れずに嗚咽を漏らす音があちこちから
聞こえはじめた。

この地にいる人は皆、ピエールやカトリーヌのような苦労をしてきた……
だから彼らの為に芝居をしているんだと言う事を僕は初めて理解出来た。

そして、最終幕

「カトリーヌ……ほらごらん……春の伊吹がここまで届いて来たよ」
ピエールは野原に生えているつくしを手に取った。
「また、冬は訪れる……だけど あなたと一緒なら……恐く無いわ」
そして二人が抱き合い、幕がするすると二人を包んだ途端に、
万雷の拍手が巻き起こった。

僕も思わず両手の皮がはちきれんばかりに手を叩いていた。

そして、再び幕が開き両手を上げたピエール役の北神さんと、
カトリーヌ役の女性が現れた。

そして、カトリーヌの父親役だった恰幅のいい青年が現れ、
端役を勤めた人たち……と言っても2人だが……が現れた。

「来年もまた来てくれよおっ」
「ありがとなぁっ!」
観客席から大勢の観客が舞台にいる役者達に感歎の声を浴びせた。

そして、音楽が流れ 役者達が箱を手にして、観客からの自主的な
観劇料を受け取っていった。

「こっちにも早く取りに来い!」 観客席の後ろの方からは
財布を手にした恰幅のいい壮年の男性が叫んだ。

「ほら、これでも使えよ!」 一人の男性が牧童がかぶるような帽子を放り投げた
「じゃ、これも使ってくれ!」 別の列でも帽子が乱れ飛び、最後列にいた人間が
お金を集めて、半ばまで来た役者に代表して手渡していた。

そして、観客は興奮さめやらぬ間に連れ立って帰っていった。

僕はいかに感動したかを北神さんに直接言う為、客席に他に誰かいなくなった今も
作業が終わるのを待っていた。

「ありゃ〜もうこのカキワリは使えませんぜ 団長」
端役を勤めていた男性が、ピエールとカトリーヌの部屋のカキワリを指差して言った。
「ペンキならあるから、おまえ塗ってくれよ」
団長と呼ばれた恰幅のいい青年が答えた。

「無茶言わないで下さいよ 団長……もう色が薄れてて境界線が曖昧になってるから
私にゃ塗れませんよ」
「そうか……なら捨てるかな……」

「あの……」 僕は思わず立ち上がって叫んだ。

「ん?何だい ぼうや ぼうやって年でも無いか……」

「僕……絵描きを目指してるんです……お金あまり無くてさっきは料金も払えなかったし、
夕べの毛布の事もありますし、御恩返しがしたいんです」

「……そうか じゃ頼むよ おい安田!ペンキ持って来い」
団長と呼ばれた男は僕を一瞬 まじまじと見ていたが、ふと表情を緩めて言った。

「へいへいっと」 安田と呼ばれた先程の端役を勤めていた男性はバスの方に走って
いった。

少しして5色程のペンキが並べられ、僕は慣れないハケで色を塗っていった。

30分後 カキワリは見違える程奇麗になり、僕は額の汗を拭いた。

「君……せっかくで悪いんだけど、もちっと汚してくんない?」
先程の団長がちらっとカキワリを見て言った。

「は? 汚すんですか?」 僕は訳が分からず問い返した。

「君も絵描きを目指してるんなら、自分で考えてみなよ……
もう、それ古いから失敗してもいいからさ」
少し突き放した団長の言葉に僕は胸を突かれた。

確かに奇麗にはなった……だけどこのカキワリには生活感が滲んで無いという事に
僕は気づいた。
「そうか……ピエールとカトリーヌが 粗末な部屋で冬を過ごすのに、こんな色じゃダメだ」

僕は白いペンキや茶色いペンキを使い、白い壁は汚れて綻んだ感じに、
屋根の部分には穴が空いているかのように白いペンキを使って修正していった。

「よくヒントも無しに 俺の気づいた失敗点を全部カバーしたもんだ」
団長が先程とは打って変わりにこにことしながら僕の方に歩いて来た。

「そういや、自己紹介して無かったな 俺はこの劇団の団長 大田タイゾウって言うんだ
よろしくな」 「僕は碇シンジって言います」
「いい仕事をしてくれたな ありがとう 君はきっといい絵描きになれるよ」
「ありがとうございます!」 僕は大田さんと握手をした。

「ところで君 一人でどこまで行くつもりなんだい? あてはあるのかい?」
北神さんが作業を終えて僕の元にやって来た。

「一応○○市まで……あては……あってないようなものですが」

「一番北の街じゃ無いか…… 一人でそんな格好で行ける程北海道は甘く無いよ」
「そうだそうだ なぁ、俺達は北海道を公演して回ってるんだ……
最後には○○市で公演をやるんだ……少し遠まわりになるかも知れないけど、
俺達と一緒に来ないか? なあに芝居をやれって言うんじゃ無いが、
今回みたいな仕事や舞台の裏方をやって欲しいんだ なにせ人数少なくてね
給金が出せるかは儲け次第だけど、食事と寝る所は確保するよ」
団長がこれ以上無い好条件を持ちかけてくれた。

「お願いします……正直言って 途方にくれてたんです……」

「まぁ、事情は道々聞くとするか さぁ撤収だ! バスに先に乗ってなさい」

僕は荷物をまとめて、団員達の家のようなバスに乗り込んだ。

10分程して、荷物の積み込みが終わり、バスは動きはじめた。


「次はちゃんとした劇場を使うんだ……前回・今回と予想以上に儲かったからだけど」
団長の大田さんは誇らしげに僕に告げ、手にした缶ビールを喉に流し込んだ。

耳まで赤くしても嬉しそうにしている所を見ると、
これまでは設備の整って無い野外劇場ばかりだった事が伺えた。
そして、その事に素直に喜んでいる大田さんに僕は好意を抱いた。

「前日入りだから、あまり手の込んだ事は出来ないけど、一応体裁の整った劇場
だから、半日で設営出来るだろうし、残り半日で舞台練習すればいいわ」
劇団の紅一点 藤田ミチコさんが資料を見ながら言った。

大田さん率いる 劇団 春(はる)のメンバーは皆嬉しそうにビールを飲んでいた。
本格的な冬を迎えようとしているこの北海道に春を伝える旅をする彼らが
僕はとても気に入っていた。

そして、いつしか僕の心には再び勇気が根を下ろそうとしていた。




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どうもありがとうございました!


第23話 終わり

第24話 に続く!


マナ:うっうっうっ・・・。いい劇だったわねぇ。心に染みるわ・・・。(;;

アスカ:劇もいいけど、シンジのことを考えてくれて、こういう人達もいるのよねぇ。

マナ:人の繋がりって、大切にしなくちゃいけないわね。

アスカ:こういう人達に支えられて、シンジもここまで辿りつけたんですものね。

マナ:あんなすばらしい劇を演じることができるっていうのも納得できるわね。

アスカ:凍える冬に、春を配って歩いてるんでしょうね。

マナ:これで、シンジも寒さに凍えることもなくなったわね。

アスカ:後は、アタシがシンジを迎えてあげるだけねっ!

マナ:ところで、あなたの方の問題はどうなってるの?

アスカ:うっ・・・。

マナ:何もしてないでしょうがっ!

アスカ:うぅぅ・・・。

マナ:これだから・・・まったく。
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