アスカを訪ねて三千里

第24話「二つの絵


12月3日……そう 義父様と約束をした日の前日になったと言うのに、
私の心は未だ定まらず、まるでバランスの取れてない振り子のように揺れていた。

「アスカちゃん 電話がかかってるわよ」
その時、お母さまが私の部屋のドアをノックした。

「は、ハイっ」
私はベッドから飛び起きて部屋を出た。
シンジかしら……もう……最後までヒヤヒヤさせて……シンジの声さえ聞けば……
あの話を断る勇気が……

私は小走りで電話を置いてある受け付けに飛んでいった。

「はい アスカです!」 今日は土曜日で休診なので人がいないので、
私はつい大きい声で電話に出てしまった。

「あ……三島トウイチです……この間は……その……ごめんなさい……

今日……駅前の美術館で君を描いた絵を応募したルーベンス杯の発表と展示があるんだ

月内まで展示してるそうだけど……その 今日 一緒に行って貰えないかな?」

シンジだと信じていたのに、電話の相手はあの三島トウイチであった。
私は嫌悪感を必死に押さえて彼の話を聞く事にした。

”だが、世間体もある……会って欲しいと言う要望があれば出来るだけ受けてやりたまえ”
断りたいのはやまやまだったが、義父様のこの言葉を思い出して、私は受ける事にした。

待ち合わせ場所や時間を決めて電話を切った時、
私は深いため息をひとつついてしまった。


「あら、アスカちゃん どうかしたの?」
通りかかった義母様が私のため息を見て問いかけて来た。

「トウイチさんが応募した絵の発表会があるので、来て欲しいって言われて……
11時に待ち合わせだからもう出ようかと思ってるんですけど……」

「あら、そんな格好でデートするつもり? さ、いらっしゃい」
デートのつもりなぞ0.000000001%も無かったが、
私は義母様に逆らえなかった。

恐らくは亡くなった娘さんの服だとは思うけれど、
私がこれまで袖を通した事の無いような素材(絹)の、
レースのフリル付きのドレスを私は身に纏わされた。

「あ、遅れちゃう…… 義母様 いってまいります」
私はフリル付きのドレスを身に纏ったまま走り始めた。
私はもう少し活動的な服が好きなんだけど……こういうのも悪く無いかも……


普段の服と違い、走りにくいので私は時間に大幅に遅れて、
待ち合わせ場所の駅前のロータリーに辿りついた。

「ごめんなさい 義母様に着替えて行けと言われてしまって」
私は律義に待っていた三島トウイチに一言詫びを入れた

「いや……今来たばかりだよ……」
三島トウイチはドレス姿の私を見て口ごもった。

今来たばかりの筈は無いのだが、私は無視する事にした。

「もう発表は終わったと思うけど、展示はしてるから」
三島トウイチは駅前の美術館を指差して歩きだした。


チケットはすでに三島トウイチが用意していたのか、
二枚を受け付けの女性に差し出し、私はパンフレットを受けとった

「入選していたら……入選していたら……」
展示室への通路を歩きながらトウイチは小声で呟いていた。

以前、入選していたら私を連れてフランスがどうとか言っていたのを
私は思い出して、背筋に冷たいものを感じて入選するなと念じながら後をついていった。

展示室はちょっとした体育館並の広さで、所狭しと絵が展示されていた。
「ここに展示されているのは、佳作以上の作品なんだ 今年のルーベンス杯は
日本各地から2000人以上が応募したけど、佳作以上は例年だと50人しかいないんだ」
トウイチはもう自分の絵が展示されていると信じ込んでいるようだ。

「これだけ広いと、絵を探すだけで時間かかりそう……」
私は周りを見渡しながら呟いた。
抽象画や風景画 そして人物画など、ジャンルごとに分けてはいるようだが……

「人物画はA−5周辺か じゃ向かい側の壁側かな」
トウイチはパンフレットを見て向こうに見える壁を指差した。

「入選してるかは、このパンフレットを読めばいいんじゃ……」
トウイチが展示場所の部分しかパンフレットを見なかったので、
私は不審に思って呟いた。

「…… さぁ行こう」 トウイチは私の問いに答えず目的の場所へと歩を進めた。

「入選してれば、この辺りにある筈なんだけど」
人物画のコーナーに差しかかり、トウイチは自分の絵を探して視線をさまわせていた。

「あ、あれじゃ無いかな 奥の端の……」
少し離れているが、一度見た事のある私の絵に間違い無いようだった。

「やったぁ 佳作にはなった事があるけど入選は初めてなんだ」
トウイチは喜色を満面に浮かべて絵に近づいていった。

だが…… 絵の下には 佳作 三島藤一 北海道○○市と書かれた札がかかっていた。

「ま、まぁ……佳作以上で50人しかいないんでしょ? 凄い事だと思うわ」
あまり励ます義理も無かったが、私は一言 トウイチに言う事にした。

だが、トウイチは私の言葉も耳に入っていないようで、手にしていたパンフレットを広げた。
どうやらパンフレットには選評が掲載されているようで、私も目を通してみた。

「あ、あった」
139番 三島トウイチ 「佳人」 佳作
選評 「前回も選出された氏の作品ではあるが、今回は彼のタッチや画風では無く
第三者の画風やタッチを意識して描いたようであり、彼らしい繊細さを失っているようだ
だが、執念とまで思える描き込みはモデルの美しさを一片足りとも損ねてはいない。
本来なら入選となる程のレベルではある。
ちなみに彼が意識したと思える者からの応募もあり、こちらも選出されています。」

このコメントを見た時、最初はシンジの絵を盗作した事が分かっているようで、
心の中で喝采をしたが、意識したと思える者からの応募と言う処で呼吸が止まってしまった。

「まさか……」 私は人物画の索引のページに目をやった。
その中に私の想像した通りの人名を見つけた時、
私はトウイチをその場に残してその絵が展示している場所に駆けつけた。

「アスカさん 気分でも悪いの?」 少しして追いついて来たトウイチが囁いたが、
私は一枚の絵を凝視し続けていた。

ベッドの上に腰かけている色白な同年代の少女…… その少女は至福の笑みを浮かべていた
私はハッとして、綾波レイと名乗る女性からの手紙を思い出した。

絵の下には、 124番 碇シンジ 「港町にて」 入選 第三新東京市
と書かれた札がかかっていた。

「そう……私の絵はもう描いてくれないのね……」
私は義父様から連絡が無いと言っていた事の意味に気づいた。
信じたくは無い……だが目の前に証拠と言えるものがある真実……
私は気分が悪くなって来てしまっていた。

「ごめんなさい……気分が悪いの 今日は失礼するわ」
私は隣にいる三島トウイチに話しかけた。

「ああ……うん」 トウイチはシンジの描いた絵から視線を外さずに答えた。
盗作しようとしていた人が入選で自分が佳作ではショックを受けるのも無理無いだろうと
私は理解してその場を去った。

もう12時半……急いで帰ってもお昼の時間は終わっていると思い、
私は小さな喫茶店に飛び込み、サンドイッチとコーヒーを注文した。


2時近くになって私はようやく家に帰り着いた。

「あら、アスカちゃん 遅かったわね お友達が来てるわよ
あなたの部屋で待って貰ってるから」
玄関を開けると待合室を掃除していた義母様が私を見つけて言った。

「は、ハイっ」 私は駆け足でその場を離れ二階へと急いだ。

シンジだわ……きっとそうよ……間に合って良かった
私は自分の部屋のドアを押し開けた。

「シンジっ」 私は前もろくに見ずにジャンプして人影に抱きついた。

「きゃっ」 その人影は悲鳴をあげて私に押し倒された。
ふにっ 私の顔に何か柔らかいものが……きゃっ?
顔を上げると確か前いたクラスでシンジに時折近づいていた霧島とか言う女の
驚いた顔が見えた。

「なんだ……あなただったの」 私は霧島さんから離れて言った。

「北海道まで訪ねて来た人になんだは無いでしょっ」
霧島マナは頬を膨らませながら言った。

「あなただけ……来たの?」 私はまだ希望を捨てきれなかった。
「シンジは来てないわよ おあいにくさま……その代わり……ペンペーン」
彼女は意味不明な言葉を投げかけた。

するとベランダから一羽(?)のペンギンがとてとてと私の部屋に入って来たのだ

「紹介するわ シンジ君と一緒に旅をしていたペンペンよ
シンジ君があなたに会う為仙台にまず向かう時に第三新東京市の葛城さんって処に預けたの
だけど、北東の方を見ては悲しそうに鳴くんだって……シンジ君に会いたいのね」

「じゃ……シンジは私に会う為、こっちに来てるの?」
綾波レイを描いた絵を見てから、シンジを信じきれなくなってた私は彼女の一言に驚いた

「シンジ君を追いかけたんだから、もう着いてると思ったんだけどまだみたいね……
途中でトラブルでもあったのかしらね……」

「もう……シンジは私に会いたく無いのかと思ってた……」
私は思わず涙を零してしまっていた。

「どうしてそんな事思ったのよ……」 霧島さんは少し怒った顔で答えた。

私はシンジが綾波レイの絵を描いてルーベンス杯に応募した事などを霧島さんに伝えた。

「あなたって人は!」 言いおえた瞬間、私は霧島さんに頬を打たれた

「あなたが信じてあげないでどうするのよ!
 シンジがどんな思いをして旅を続けたか分かってるの?」
霧島さんが涙を目尻から流しながら言った言葉は私の心に響いた。

「ごめんなさい……そうかも知れないわね……ありがとう……霧島さん」

「シンジに会いたかったけど……もう帰らないといけないの……
ペンペンの事……お願い出来るわね?」

私は喋る事も出来ずに、ただこくこくと頷くだけだった。



「ペンペン……あなたはシンジと一緒に旅をしていたのね……
私の知らないシンジを知っているのね……少し妬けちゃうわね
一緒に……シンジが来るのを待とうね」
霧島さんは帰り、私はペンペンを抱きしめて呟いた。


そして翌日……私の誕生日……
私は義父様と義母様に三島トウイチとの婚約を断る事を告げ、受け入れられた……&&
義父様と義母様にその事を話す間……私はシンジのビー玉を握り締めていた。
義父様が終始無言だったのが気になるけど、認めて貰えたのだろう……



12月23日 PM8:00
「良かったな 間に合いそうだぜ シンジ君」
僕たちを乗せるバスは駅前のスペースに急停車した。

「藤田女史 時刻表とあれ頼むな」
「了解!」 藤田さんは駅の窓口へと駆けていった。

「これで全部だよな」 大田さんは僕の荷物をバスから担ぎおろしてくれた。

「ええ、これで全部です」 僕はリュックサックを背負いながら言った。

「それじゃ元気でな!」 北神さんは僕の背中をぽんと叩いていった。

「また、来年も北海道を回るからどこかで会ったらよろしくな」
団長の大田さんは僕の手をがっちり握り締めて終始笑顔のまま僕に接してくれた。

「○○市まで夜行列車で14時間……
ほんとうはもっと近くまで連れていってあげたかったけど」
藤田さんが窓口から戻って来て僕に列車の切符を手渡した。

「団長の持ってた時刻表から変わって無かったですよ あと3分です」
安田さんは時刻表を見て来てくれたのか僕たちの元に小走りで駆けて来た。

「それじゃホームまで行くぜ」
皆入場券を買って駅のホームまで見送りに来てくれて、僕は感激していた。

「今度はその子を離すんじゃ無いぞ!」
団長の大田さん……
「そんなにまでして貰えるなんて、その子 幸せね」
紅一点の藤田さん……
「シンジ君……元気でな」
北神さん……
「彼女を連れて見に来てくれよな」
安田さん……

「皆さん…… どうもありがとうございました!」
僕はニヶ月の間世話になった劇団の皆と別れを告げた。

座席に移動すると窓の向こうでも僕の後をついて窓際まで皆来てくれていた。

感傷に浸る間も無く発車を告げるベルが高らかに鳴り響いた。

車窓が空かないので反対側の席に移り、僕は手を振る皆をなんとか視野に入れる事が出来た

「アスカ……もうすぐだからね 明日になれば……」
僕は明日のアスカとの再会を夢見て、
アスカが残していった紅い髪止めをそっと掌で包み込んだ。




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どうもありがとうございました!


第24話 終わり

第25話 に続く!


アスカ:アッハッハッハッハっ! シンジの絵にかかれば、あんな奴なんてこんなもんよっ!

マナ:あなたねぇ・・・結局、自分のこともシンジに助けて貰ったんじゃない。

アスカ:うっ・・・。

マナ:それはともかく、さすがはわたしね。いい所で登場するわねぇ。

アスカ:まぁ、アンタもアタシを応援してくれたんだから、良しとしましょう。

マナ:仕方ないでしょ。ここまできたら、今回はわたしも身を引くわよ。

アスカ:へへぇぇ。

マナ:そのかわり、またシンジのことを信じてあげなかったりしたら、許さないわよっ!

アスカ:もう大丈夫っ! アタシはシンジを信じて待つわっ!

マナ:はぁ・・・わたしもつくづくお人よしねぇ。帰ったら、綾波さんとやけ食いよっ!
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