アスカを訪ねて三千里

第25話「死に至る病……その名は絶望


12月24日……午前10時……シンジは夜行列車を降り、
アスカのいる○○市にその一歩を踏み出した。

彼には最早語る言葉すら無かった 感慨無量……達成感と到達感……
そして一抹の悲しみを噛み締めながらシンジは歩きはじめた。

アスカと別れてもう一年が経過しようとしていた……
それは彼の探求の旅の歴史でもある。
駅前に一つだけ設置された公衆電話に、彼は残り少ない硬貨を放り込んだ。

アスカの父に連絡をして、診療所への道とそしてアスカを一目見る為の打ち合わせの
為であった……この時間ならアスカももう学校に行っている……
彼はそう信じて、ダイヤルを回した……アスカと話したら……アスカの父との約束を
忘れてしまいそうな自分が恐かったのだろう


TRRRR

診療所は10時の診療開始と共に風邪を引いた大勢の患者の対応に窮していた。

「おい 電話が鳴ってるぞ」 圭一郎は聴診器を外して、姿の見えない妻に声をかけた。

「私も今、手が離せないんです」 通いの看護婦が一人いるが、今日は手が足りないので、
自主的に手伝っているのだろう……

「義父様 私が出ます」 
二階から寝間着の上に義父の厚手のコートを羽織ったアスカが現れた。

「おい 寝てなくていいのか? まだ熱は平熱まで下がっちゃおらんだろう」
急激に訪れた寒波のせいで寒さになれていないアスカはここ三日風邪で寝込んでいたのだ。

「もう37度よ……平熱みたいなものよ」
そう言ってアスカは鳴りつづけていた電話を黙らせる為に受話器を取り上げた。

「はい 神凪診療所です 今日の診療は午前中はもう予約が一杯ですが……」
アスカは相手が何も言わない内から風邪の診療と判断したようだ……

「っ!……」 アスカが喋った途端、電話の向こうでうめき声が聞こえた。

「あのー相当悪いようでしたら、こちらまで来て貰えば……」

「…………」 だが電話の向こうからはもう声は聞こえなかった。

「もしかして……シンジ? シンジなのね!」 アスカがふと気づいてその言葉を発した
次の瞬間には電話は切られてしまっていた。

「どこにいるの……どうして返事をしてくれないの シンジ……」
アスカは寒いのか、コートを身体に密着させたまま二階の自室へと上がって行った。

       *       *       *


「おい、君……どうかしたのかね?」
シンジが電話機の前で声を殺して泣いているのを見て、駅員が声をかけた。

「あ……いえ 何でも無いです」 シンジは涙を拭って言った。

「ところで、凄い荷物だね 山登りでもするのかね? ここらにゃ高い山は無いんだが」
駅員はシンジが背負っているリュックサックや他の荷物を見て言った。
「いえ、絵描きです 今は似顔絵しかやってませんけど……」

「この町でルーベンス杯って言う日本の絵画展があるんだが、それを見に来たのかね?」

「ルーベンス杯? いや、ルーベンスは知ってますけど、展覧会なんて知りません」

「ま、絵描きなら見ていきなよ ほら、真向かいに見える大きいホールでやってるよ
そうだ……もうすぐ期限切れるから、このチケットさしあげるよ」
駅員は胸ポケットから一枚のチケットを取り出し、シンジに手渡した。

「ありがとうございます 早速見させて貰います」 シンジは頭をぺこりと下げて言った。

「おっと気を付けなよ 夕べ雪が降り積もってね、今一番滑りやすい時間なんだ
滅多に雪なんか積もらないんだけど、寒波のせいでね…… じゃ」

シンジはもう一度頭を下げてから駅を出た。

あちこちに今朝使ったらしい木製の雪かきが放り出されているのを見て、
シンジは自分が雪国に来たのを実感した。

シンジは早速ルーベンス杯の展示会場に赴き、
少しぼろぼろになっているチケットを手渡し、パンフレットを受けとった。


「すごいな……」 シンジは多数の絵に圧倒されていた。

「僕もいつかはこんな展示会に……」 シンジは時間をかけてゆっくりと絵を見ていった


「ん?」
一時間ぐらい経った時、シンジは一枚の絵を凄い形相で見つめつづけている青年に出会った
シンジはよほど凄い絵なのだろうと思い、立ち止まって青年が見ているの絵を凝視した。

「何故……ここに……」 そこに展示されていたのは、綾波レイに進呈した肖像画であった

シンジは思わず絵に近づき、絵の下のカードに目をやった。

「僕の名前になってる……綾波さんが応募してくれたのか……入選?」

シンジが囁いたその一言が……
自らの運命を変える事になるなど、彼には知る由も無かった

「君がこの絵を描いたのかい?」 背後から震える声で問いかけられてシンジは振り向いた。

「うん……友達に進呈した絵なんだけど、応募しちゃったんだろうね……
僕が連絡付かないからだとは思うけど……」

「君は……油絵は長いのかい?」 その青年は自分の胸をきつく押さえながら言った。

「この絵が始めてだよ そんなに見られると恥ずかしいなぁ……」
シンジは照れ臭そうに笑った。

だが、話していた青年は何も言わずに走り去ってしまった。

「何だったんだろう……まぁいいや……入選かぁ……」
シンジはふとパンフレットを開いた。

選評「この絵ほど審査員の審議が長引いた絵は無かった……最優秀賞の審議よりもだ
技術的には稚拙とまで言えるが、見る人を引き込む迫力のようなものを感じる。
モデルの美しさも審査員を惑わせる事となった。 本当にこのような少女が実在するのか
もし、しないのであればこのような少女を幻想的に描いた彼は天才だと言える
尚、本来は最優秀賞への特典ではあるが特例でこの作家には来年、
フランスで行われるルーベンス絵画大賞への参加権を与える事に
審査員は全会一致で賛成となった。 まだ15才との事であり将来が楽しみである」

「そうか……さっきの人はフランスのルーベンス絵画大賞に参加したいから、
あんなに睨んでいたのかな……だけど……もうアスカ以外は描きたく無いよ……」
シンジは先程まで胸が割れんばかりに喜んでいたが、ふと現実を思い出して胸を痛めた。

アスカ以外は描かない……それはアスカと会えない自分は筆を折るしか無いとまで、
シンジは思いこんでいた。

入選の喜びと筆を折る失意の双方を胸に抱えてシンジは会場を出た。

「外は眩しいな……」 曇り空の切れ目から差し込んだ光のせいで、
シンジは背後からの攻撃に気が付かなかった。

死んじまえ!」 怒声に気づき、振り向こうとした瞬間、
シンジは背後から棒のようなもので後頭部を殴られてしまった。

「ぐっ」 シンジは苦痛に呻きながら道路に倒れ込んだ

おまえのせいで おまえのせいで おまえのせいでぇ!
シンジを殴打したのは三島トウイチであった。
彼は手にした雪かき棒で地面に倒れ込んだシンジに二度、三度と殴りつけた

「うぐっ な、何をするんだ」 シンジは顔をかばって丸くなるが、攻撃は止まらなかった

「アスカが婚約を拒否したのも 俺の絵が入選しなかったのも
 すべておまえのせいなんだよ」
トウイチは叫びながら殴打し続けたが、ついに雪かきの先端が壊れてしまった。

「このおっ」 思い余ったトウイチは倒れているシンジにのしかかり、首を締めようとした


「おい! 何をやってる!」 騒ぎに気づいた駅員が数人駆けつけて来た。

トウイチはもうあまり長く無い雪かき棒を振り回していたが、
駅員に三人がかりで押さえつけられては、もうどうしようも無かった。

「警察を呼んでくれ!」 展示会場の受け付けの女性が飛び出して来たので、
駅員はトウイチを押さえつけたまま叫んだ。

その時、シンジは意識が混濁しかけていたが、のろのろと起き上がった。

「アスカの処に行かなきゃ……アスカが待ってる……」
シンジは後頭部に血を滲ませ、ふらふらしながら駅前を立ち去った。

三人の駅員はトウイチを押さえつけるのに精一杯でシンジを止める事は出来なかった。

「おかしいな……よく見えないや……」
シンジは後頭部を殴られたせいか、視野が異常に狭窄していた。
だが、厚めの防寒ジャケットを着ていたせいか、棒で殴打された他の部分は
骨が折れてはいないようだが、無論無傷では無かった。

アスカの家の住所や電話番号を記した紙もトウイチに殴打された際、
ポケットから落としてしまい、彼にはもうどうする事も出来なかった。

駅の周辺以外は家と家との距離が数キロ離れている○○市で、
シンジは誰にも見とがめられずに朦朧とした意識でふらふらと歩きつづけていた。

まだ午後一時を少し回っただけだと言うのに、いつしか雪が降り始めていた。

そして午後三時を迎える頃には猛吹雪が○○市を席巻していた。

「アスカ……僕の眼が……見える内に……」
シンジはアスカの家の場所すら分からず放浪し続けていた。

だが、服の合間から雪が入り込み解けて、段々とシンジの体温と体力を奪っていった。

「吹雪が止むまで……休んで行こう」
シンジは吹雪が小やみになった時、使われていない納屋を見つけてそこにはいずりこんだ。


その頃……神凪診療所では……あまりの吹雪に、午後の診療を停止していた。

「アスカちゃん……警察の方が見えてるけど……」
少し熱が下がったので、アスカは起き上がって身体を拭いていると、
養母がドアの向こうから話しかけて来た。

「警察? わかりました」
アスカは寝間着を着て義父のコートを羽織り、階段を降りた。

受け付けには帽子や肩に雪を纏わせている警官が一人訪れていた。

「あの……私に何の用でしょうか」
アスカは何の事か分からず、寒そうにコートの前を合わせて問いかけた。

「実は今日の正午過ぎに駅前の美術館前にて、三島トウイチ容疑者が、
美術館を出てきた人物を背後から雪かきで殴打し、その人物が倒れた後も
一方的に殴打を続けているのを、駅員が発見しまして、
暴れる三島トウイチ容疑者を取り押さえている内に、
その被害者が姿を消したらしいんですよ……後頭部など数ヶ所を殴打され、
かなりふらふらとしていたようなのですが……その被害者らしき少年が
落としたのでは無いかと思われる紙片が見つかりまして……
その紙片にこの診療所の住所と電話番号が書かれておりましたので、参った次第です」
警官は警察手帳を開き、アスカにゆっくりと話しはじめた。

「14〜16歳ぐらいで、 えーと駅員が少し前に偶然話しかけていて、
その少年は絵描きだと言ったそうなんですが、そのような少年に心当たりありませんか?
三島容疑者は未だ黙秘を続けていまして……」

警官の言ったその一言は、先程からシンジでは無いようにと内心祈り続けていた
アスカの心に止めの一撃を与えていった。

「で、シンジは保護されていないんですか 今どこにいるんですか?」
アスカは悲痛な表情で警官に問い返した。

「シンジと言う名前ですか? 名字は?」

「碇です……碇シンジです お願いです シンジを見つけて下さい」
アスカは警官に縋り付いて懇願した。

「現在も附近を捜索しております 発見次第連絡しますので では」
警官はアスカから離れて言った。

「シンジが来てた シンジが来てた…… シンジを……助けなきゃ!」
アスカは立ちすくんだままうわごとを繰り返していたかと思うと、
急に二階へと駆け上がっていった。

「アスカちゃん……」 養母は上を向いて見て……そして、夫 圭一郎を見つめていた。

数分後には、アスカは寝間着を脱ぎ、厚手の服に着替えて義父のコートと帽子を着て
一階に駆けおりて来ていた。

「シンジを探しに行って来るっ」
アスカは一言言い残して玄関に向かい、ドアを半分開けた時養父と養母に押し止められた。

「離してよ シンジを助けにいかなきゃ シンジが死んじゃう!」
アスカは身体を押さえつけられ、涙を流しながら哀願した。

「駄目よアスカちゃん 警察が探してくれるわ」
「それにまだこの辺りの地理もよく分からんだろう こんな猛吹雪じゃ前も見えんぞ」
「連絡が来るまで、電話の近くで待ちましょう」

アスカ達がそんな押し問答をしている時、
二階からペンペンがひょこひょことと階段を飛び降りて来て、
半開きになっているドアから外へと走り出して行ったが、アスカ達は気づいてはいなかった。

先程のアスカの顔を見て事態を知ったのであろうか、
ペンペンは猛吹雪の中をぺたぺたと音を立てて走り続けた。

こんな猛吹雪の中でシンジを見つける目算があろう筈も無く、
シンジに殉ずるつもりなのかも知れなかった。




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onlineの時に上のフォームで感想を送ればすぐ返事が届くかも(^^;
シンジが後頭部を殴られるシーンは手塚治虫著「ベートーベン」のパクリです(公言)
<あんた それ言ったらフランダースや母をたずねて はどうなる

どうもありがとうございました!


第25話 終わり

最終話 に続く!


アスカ:シ、シンジーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

マナ:あの馬鹿ぁっ! シンジになんてことするのよぉっ!

アスカ:あんな奴なんかどうでもいいわよっ! シンジはっ! シンジは何処っ!

マナ:今、警察が捜してくれてるわっ!。

アスカ:ンなもんあてになるかぁぁぁっ! シンジーーーーーーーーーーっ!!!

マナ:落ち着いてっ! あなたが取り乱したら、見つけられるものも見つからなくなるわっ!

アスカ:そうだけどっ! そうだけどっ!!!!

マナ:はっ! ペンペンはっ?

アスカ:シンジっ! シンジっ! シンジっ!

マナ:お願い、アスカ取り乱さないでっ!

アスカ:シンジーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!
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