アスカを訪ねて三千里

最終話「邂逅


12月24日……午後7時

シンジは猛吹雪の中 未だ一人でさまよっていました。
こんな吹雪の中出歩く人は他にはいません。

意識が未だ朦朧としているシンジはふらふらとした足取りでした。
アスカの住む家の方向すらわかりませんでした。
ですが、彼は何かに突き動かされるように歩き続けていました。

「このままうろついていても……体力が消耗するだけだ……だけど、ここがどこかも……」
シンジはジャケットの首のすき間を手で押さえて呟いた。

その時、吹雪の音とは違う音がかすかにシンジの耳に届いて来ました。

「ん?」
シンジはふと足を止めると、聞き覚えのある音が段々近づいて来るのに気づきました。

シンジは良く見えない眼を細めて目の前を凝視しました。

クェェ」 音の主はペンペンでした。
ペンペンはシンジを認めるや、
シンジの元にぺたぺたという足音を立てて駆け寄って来ました

「ペンペン! どうしてここに……それとも……これは幻?」
シンジはペンペンを抱き上げて呟きました。

だが、ペンペンはシンジの手でもがいたので、シンジは下に降ろしてあげました。

ペンペンは元来た道へ数歩歩いてからシンジの方に振り返りました。

「僕について来いって言うのか?」
シンジは唯一の希望であるペンペンに従う事にし、
ペンペンの後をついて歩いて行きました


二時間後……


「まだなのかい……ペンペン」
シンジはよく見えない眼でふらつきながらペンペンの後をついて行きました。

そして、丘の上に建つ診療所らしき建物をようやくシンジは見つけました。

「この丘を登れば……」 シンジは僅かに残された体力で必死に丘をよじ登りました。

そして……診療所の玄関の前で彼はついに力尽き、膝をつきました。

「一目だけでも……君を見るんだ……こんな処で……」
シンジは僅かに残された体力を振り絞り立ち上がりました。

その時、奥の方で話し声がするのにシンジは気づきました。

シンジは気づかれないようにそっと窓に近づいて行きました。

そして、シンジはようやくアスカの後ろ姿を見つけました。

だが、さっきから膝が笑っていて、これ以上立っていられませんでした。

シンジはついに力尽きたのか、降り積もっている雪の中に身体を委ねました。

「アスカ……ごめんよ……約束……破っちゃったね……
 君に……せめて……祝福をしてあげたかったのに……
 だけど……僕がいちゃ、君の幸せを壊してしまうから……
 でもいいんだ……アスカ……君が幸せなら…………」
雪の中、段々と体温を奪われ、意識が朦朧としているシンジを、
ペンペンが起こす為にくちばしで突っつきました

「ペンペン……僕はもう疲れたよ 今度産まれ変わる時は……アスカと……」
シンジはそう言い残して、顔を雪のベッドの上にうずめました。
ペンペンも体力の限界なのか、いちど……悲痛な泣き声をあげた後、
そっとシンジに身を寄せて眠りにつきました。

シンジは意識の続く限り指で雪にアスカの名を描きつづけました。

描いては雪にかき消され……描いては雪にかき消され……
だが、シンジは何度消されても意識ある限り描きつづけました。
指しかもう動かせないのでしょう……

そして彼はいつしか指を動かす事を止めてしまいました。
そんな彼に雪は静かに降り積もっていきました。

            *
            
            *
            
            *
            
            *

「ん?さっきペンギンの泣き声が聞こえたような……」
圭一郎は耳をそばだてて言った。

「本当ですか?お父様」 アスカは慌てて玄関に駆けて行こうとしました。

アスカのただ事ならぬ様子に驚いた養父も養母も後に続きました。

「あら、誰か倒れてるわよ」
アスカの養母は玄関に向かう途中、窓の向こうを指差した。

「えっ?」
アスカと、養父は玄関を出て、養母が指差した場所にそっと近づいていきました。
なんとそこにシンジはうつぶせになったまま、ペンペンと共に眠りについていました。

シンジの右手の前には、
雪の上に何度も何度も指で描かれたアスカの名前がかすかに残っていました。

「シンジ!」 倒れているシンジの横顔を見てアスカは悲痛な叫びをあげました。

「どうかしたの?アスカ」 薄着なので家の外にまで出て来なかった養母がアスカの叫びに驚いて言いました。

「彼がシンジなんです……私と同じ孤児院にいたんです……ここまで来てくれたのに……

どうして……目を覚ましてよシンジ! せっかくここまで来たんじゃ無いの!」

アスカは倒れているシンジの身体に覆い被さって、嗚咽を漏らしながら泣き続けていました。
「済まない……私があの時……あんな事を言わなければ……
会うななどと言わなければ玄関の扉を叩いただろうに……」
アスカの養父 圭一郎は跪き後悔の涙を流しました。




*       *      **エピローグ**      *       *





あれから……14年の歳月が流れました。

今日は、日本にも再び雪が降るようになって12回目のクリスマスイブです……

私は 主人と10年前に結婚し、子供も一人授かりました……

でも、14年前のあの時の事はいまだに忘れる事が出来ません……

だって……


「ねぇ、お母さん この絵 誰を描いた絵なの?」
一人息子のシンイチは、暖炉の上に今朝置いた私の幼い時の肖像画を指差しました。

心ない人に破かれ、
つぎはぎだらけになった後でもこの絵を捨てる事など……出来る筈ありませんでした。

「これはね……私をもっとも愛してくれた人が……描いてくれた私の絵よ」
私は絵の中で微笑んでいる、幼き頃の自分を思い出すと、つい涙がこぼれそうになります。

「へぇ〜 で、その絵を描いてくれた人は、今どこで何をしてるの?」
シンイチは食い入るように私の絵を見てから振り返りました。

「それはね……」私はシンイチの頭を撫でながら、昔話を始めました。

ですが、その時扉が開いて、主人が部屋に入って来たのです。

「アスカ……そんな絵を飾らなくても、去年ルーベンス絵画大賞を取ったアスカの絵もあ
るじゃ無いか……」

「私は……初めてシンジに描いて貰ったこの絵が一番好きなの……」

「え?あの絵お父さんが描いたの?」 シンイチは眼を輝かせました。

「うん そうだよ 僕が10歳の時かな……」
シンジ……いえ私の愛する主人は遠い目をして、
肖像画とは名ばかりのチラシの裏に書かれた私の似顔絵を見詰めていました。

「あれから……12年ね……」 「うん……」

多分……私と同じ事を考えているんでしょう……


                  ---12年前---

「シンジ! 目を覚ましてよシンジ! せっかくここまで来たんじゃ無いの!」
雪の中に埋もれかけていたシンジの肩を掴んで私は揺さぶりました……
でも、シンジは目を覚ましてくれませんでした……


「アスカ 取り敢えず中に入れるんだ 母さんはお湯を沸かすんだ 最初はぬるま湯から
だぞ」

「あなた……アスカちゃん 僅かに息があるみたいよ」
養母さまの声に私の胸は激しく鼓動しました。

「取り敢えず凍傷にはまだなって無いから、壊死の心配は無いが、衰弱しきってるようだ」
養父さんはお医者様だった事がこれほど頼もしく思えたのは初めてでした。

「ペンペンちゃんは取り敢えず暖炉の前に寝かせておくわっ」
アスカの養母は冷たいペンペンを抱きかかえて言った。

「アスカ バスタオルを持って来て、早く濡れてる場所を拭くんだ」

「シンジ!私が待ってるんだからねっ 絶対死んじゃダメよ」
私はシンジの冷え切って濡れている手をバスタオルで拭いながら温めようとしてました。

「アスカちゃん お湯が来たわよ 服を脱がせてっ」
私は養母に言われるまま、シンジの服を脱がせて凍傷になりかけてる露出した肌を、
お湯につけて軽くしぼったタオルを載せて温めました。

2時間程の治療で、シンジの呼吸もかなり安定して来て、脈拍も安定して来たと、
養父様に聞いて、私は胸を撫で下ろしました。

養父様がぶどう糖の大きい注射を何本も打ってくれたので、
シンジの血色もだいぶ良くなってました。

残念ながらシンジと一緒に雪の上に倒れていたペンペンはすでに息がありませんでした。
アスカの養父が言うにはシンジがなんとか死なずに済んだのは、
ペンペンが己の僅かな体温をシンジに与えたからでは無いかと言いました。

今、シンジはストーブが二台置かれた、一室しか無い病室のベッドで横になってるので、
私も無理を言って隣のベッドに寝かせて貰って、寝ているシンジの横顔を見ていました。


ですが、夜更けの頃に、シンジは眠ったまま、寒い寒いとうわごとを言いだしました。
私はシンジと同じように服を脱いでシンジのベッドに入り、シンジを温めてあげました……

翌朝のシンジの驚いた顔と言ったら……やだ はしたない

結局シンジの眼の異常は後頭部を殴られた事による一時的な障害で、数ヶ月で治りました


「アスカ……」
物思いに耽っていた私はシンジに肩を叩かれて少し驚きました。
「シンイチも……10歳になった事だし……」
「うん……家族は多い程いいわよ……あなた」私はそっとシンジの手を握りました。


「ねぇ、ママぁ まだ七面鳥焼けないの?」

「そうねぇ、そろそろかしら」 私はシンイチに見えないようにウインクを一つしてから、
キッチンの方に駆けて行きました……

これからも……もっともっと私たちは幸せになっていけるわ……
だって……あんな大きな苦難を乗り越えた私たちですもの……

私はオーブンから七面鳥の丸焼きを火傷しないように注意して取り出し、
大皿に載せてテーブルに持って行きました。

「あ、ママ 雪だよ 雪が振ってる」
「ほんと……奇麗ね……」

私は雪が降るのを見る度に、あの時の事を思い出す事が出来る……
雪が振る度にシンジとの愛を確認する事が出来る私は幸せなのかもね……
来年のクリスマスは4人で迎える事が出来るのかしらね

私は降りしきる雪を見ながらそっと呟いた。

「ママぁ〜早く切り分けてよ」

「はいはい」私は振り向いて、愛する 主人と息子の為に七面鳥を切り分けてあげた。




アスカを訪ねて三千里 完




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二年越しになってしまったこの連載……
その間にいろいろな事がありました……
発表の場を与えて下さったターム氏……
ともするとくじけそうになった私を感想と言う形で支えてくれた読者の皆様……
本当にありがとうございました

今の時代 風化し始めている”情”と言うものを
若い人にも知って貰いたいと思い書きはじめたのですが、
思惑以上に大勢の皆様からの熱いメッセージを頂けました
情無くして人間の信頼関係は築けません。
熱い涙の迸りから何かを学んで頂けたら幸いです。




次書く小説も……マナ出そうっと(爆)

最終話 終わり



マナ:尾崎さん、すばらしい全26話にも及ぶ名作、ありがとうございました。

アスカ:今から思えば、シンジや人を信じることって大切だと思うわ。

マナ:そうよぉ。あなた達は、みんなの暖かい気持ちの上で結ばれたんですからね。

アスカ:アタシ達の子供にも、そういう心を伝えていきたいわね。

マナ:ところで、4人目は?

アスカ:まだ、予定よ。

マナ:伝えるのはいいけど、10人も20人も伝えないでよ?

アスカ:いいじゃん、みんなで幸せになれば。

マナ:そうねぇ。あなた達の子供なら、みんな暖かい心を持った人に育つでしょうね。

アスカ:世界中の人が、そういう気持ちになってくれたら、きっと世の中は幸せに満ち溢れるんでしょうね。

マナ:情かぁ・・・本当に貴重なメッセージを伝えるすばらしい作品ありがとうございました。
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