2015年、すでに……
二十世紀末から続く少子化傾向は歯止めが効かず、
世界人口は20世紀最後の年に比べて六割にまで減少していた。
俗に言うセカンドインパクトである。
問題は少子化だけに治まらず男女が己の意思で結婚まで運ぶ事が希になり、
超遅婚がはびこり、それによる高齢出産により赤子の生存率までも下がった。
こと、ここに至り日本政府は種の存続の為、恐るべき法案を提出する事になった。
政府与党が提出したその法案は衆議院・参議院共に満場一致で可決された。


2015

作:尾崎貞夫

その一 「ロ○ット」


時間は5時15分を少し廻った所で、碇産業のオフィスに詰める20人程のスタッフは
ただ一人 オペレーターの女性一人を除いて時計を気にしながら仕事のまとめをしていた。

毎日帰る前に机の上を片づける事が厳命されているので、
退社時間を迎えて自分のやるべき事を済ませたスタッフは机の整理と帰り支度をしている横
で、唯一の女性オペレーターは脇目もふらずにパソコンのキーを叩いていた。

「惣流さん 今日も残業?」 いつも仕事に集中しているせいで背後から声をかけると
飛び上がって驚く惣流アスカに気をつかい、事務員の洞木ヒカリはアスカの机の横に
移動して驚かせないように注意して話しかけた。

「あ、ヒカリ? ごめんね ケーキ食べに行くのはまた今度にしてよ」
話しかけられたアスカは OAグラスを外して眼筋を揉みながら答えた。

「昼間は別の仕事やってるのに、顧客名簿管理の残業があるなんて大変ね」
ヒカリは最近体重に気をつけてるせいか一人でケーキに食べに行くと歯止めが効かない事
を知っているので、出来るだけアスカを連れて行くのが毎週水曜の日課となっていたのだ。

「残業代はちゃんと支給されてるし、顧客名簿の管理で社長に一言言ったのは私だし……」

「あの碇社長の面と向かって要望言えるのはアスカぐらいのものよ」
今日は出張の為空席になっている社長席を見てヒカリは呟いた。

碇産業を一代で築き上げた立志伝中の男 碇ゲンドウはその仕事に対する厳しさでも
部下が愚痴を本一冊かける程のものであった。

全国に支社があり、総社員数は1000人を越えている碇産業の本社ビル
それも社長室のあるフロアに詰めている人間は皆エリートと言ってもいいだろう。
だが、アスカはその傷一つ無い経歴を別段たいした事だとは思っていなかった。

だが、社長室のあるフロアに移動になった時は内心快哉していた事は知られていない。

「じゃ今度の金曜日にでも埋め合わせするから」
アスカはOAグラスをかけてヒカリの方をちらっと向いて言った。

「はいはい 期待せずに待ってるわよ じゃお疲れ」
ヒカリはハンドバッグを手にオフィスから出ていった。


一時間後 オフィスにはアスカ以外誰もいなくなっていた。
アスカの指が打ち鳴らすキーボードの音だけがこのフロアに響いていた。

「急に静かになったわね……」
アスカは席を外してコーヒーサーバーのあるコーナーに歩いていった。
静かとは言っても一階上のフロアにはラックマウントに20台ずつ収められたサーバーが
ざっとフロア一帯を埋めているので、その騒音たるや人声の無いこの時間にとっては
騒がしいと言ってもいい程であろう。

コーヒーサーバーコーナーに辿りついたアスカは手近なサーバーにマイカップを入れて
ボタンを押した。
「出てこない……どうして?」
緊急の来客が訪れる事もあるので二十四時間いつでもコーヒーが出せるようにしている筈
なのでアスカは当惑した。

「あれ、惣流さん まだいたの?」
その時、コーヒーサーバーのある喫茶室の透明なドアを空けて碇ゲンドウ社長の一人息子
でもあり、秘書課長でもある碇シンジが入って来た。

「あっ 碇課長 お疲れさまです」
アスカはマイコップを乱雑にテーブルに置いて挨拶した。

秘書課長と言う事にはなっているが、父ゲンドウのすぐ側で仕事を覚えさせているのは明白
である為、次期社長になる事は明白であった。

「お疲れさま 父さん……いや社長に全国から集まる顧客データのデータベース化の事で
提言したのは聞いてたけど、てっきり専任の人を雇うと思ってたよ」
年齢はアスカと同じ21歳ではあるが、快活さと慎重深さを合わせ持っていた。

「いえ……自分で言い出した事ですから……」 
アスカは出来るだけ表情を崩さないように意識して答えた。

「ところで、コーヒー飲みに来たんじゃ無いの? 僕も喉が渇いちゃって」
シンジはアスカのコップを見て言った。

「ええ……ですがコーヒーが出てこないんです」
「そっか……じゃ5分後にでも社長室の脇の応接室に来てよ」
シンジは気さくにアスカに話しかけた。

「えっ? あっはい わかりました」
アスカは内心ドキドキしながらシンジの言葉を飲み込んだ。


ドイツの大学を14歳で卒業し、本来なら高校を卒業する18歳の頃には博士号を
取っていたアスカは日本に残留する事を決めた途端 教授からの人づてでかなりの
オファーが舞い込んだ。 恩師である冬月が碇社長と昵懇の仲だったので、
特に希望も無かったアスカは 碇産業への就職を決め、入社式に赴いたのであった。

その入社式の日に高校を卒業してすぐ家業を継ぐ為碇シンジも入社したのであったが、
アスカはシンジの事を社長の一人息子だなどとは知らずに偶然出会い、
そして二人の立場の違いに気づき、それ以上の接触は出来ずにいたのであった

普通ならこういうケースだとセクハラを意識してしまうものだが、
アスカはこのフロアに転属して来て初めてシンジとまともに話せる嬉しさが先走っていた

アスカはシンジに言われた通りに5分後に社長室の横にある応接室の扉をノックした。

「どうぞ」 シンジの爽やかな声がドア越しに聞こえ、アスカは汗ばんだ手でドアを開けた。

足元ばかり気にして部屋に入ったアスカは趣味の悪い真っ赤な絨毯を視野に収めた。

「どうしたの? ささ、早く座ってよ」 シンジはトレイの上にティーカップを載せていた。

「来客用の紅茶なんだけど、惣流さんは紅茶も飲めたよね?」
シンジは二人分のティーカップに湯気の出ているティーポットから紅茶を注いだ。

アスカはシンジが自分の為に紅茶を入れてくれた事に感動していた。

「ちゃんとレモンとミルクもあるから」 シンジは今にも笑いだしそうな表情で言った。

「ドイツではそういう飲み方する人もいるんですっ」
アスカは立場を忘れて瞬間的に答えていた。

「ふふっ そうだったね……あれから3年かぁ……こうして話すのは初めてだね」
シンジはアスカに座るようにジェスチャーをした。

「あっ……いただきます」 
アスカは差し出された紅茶にレモンを浮かべその上にミルクを流し込んだ。

ゆらゆらと浮かぶレモンにミルクが漂うのを見てアスカは三年前の事を思い出していた。



入社式を終えて、一息つく為に本社近くの喫茶店に入りレモンティーを注文した時の事で
あった……

「はい、レモンティーお待たせしました
ウエイトレスは優雅な身のこなしでテーブルにレモンティーを置いた。
砂糖はテーブルの中央にあり、ティーカップにはレモンが添えられていた。

「あの、ミルクがついてないんですけど……」
アスカは不審そうにティーカップを見つめて言った。

「は? レモンティーですよね……レモンティーにミルクをですか?……お持ちします」
ウエイトレスは釈然としない顔で下がっていった。

「ぷっ……いや失礼」
隣の席に座っていた若い男性が苦笑を漏らした。

「何よ 何か文句あるの? ドイツじゃこうやって飲む人もいるのよ
日本の常識は世界の非常識なのっ わかる?」
アスカは笑われた事に激昂して言い返した。

言い返した相手が今日の入社式で眼をつけていたシンジだとも知らずに……

その後 少しは付き合いらしきものもあったのだが、
次期社長のシンジに近いてると思われるのも嫌でアスカは本心を隠して身を引いていたのだ。


「けど、ドイツ人のスタッフが3人いるけど、誰もそんな飲み方しないって言ってたよ」
シンジはアスカが回想に耽っているのを知ってか知らずか楽しげに話しかけた。

「うっ…… だって大学の学食でそう先輩に教わったのよ?」

「それ、もしかしてからかわれてたんじゃ無いかな? 大学入学が12歳だったんだろ?」

「……言われてみるとそうかも知れない」 アスカは顔を真っ赤にして答えた。

すでに上司と部下などと言う概念からは二人の関係を推し量る事は出来なかった。

「けど、良かったな……」

「何がです?」

「てっきり嫌われちゃったんだと思ってたから……」
シンジは少し寂しそうな笑顔で呟いた。

ずっきゅーん!
現在のアスカの心象を表現するとこんな感じだろうか
アスカはシンジの寂しそうな笑顔にいかれてしまいかかっていた。

「(駄目……気づかれちゃ……駄目なのに)」
アスカは知らず知らずの内に両手を握り締めていた。

その時、キャタビラのような音がどこからともなく響いて来た。

「この音は……まさか」
シンジは嬉しさと共に驚きの表情でキャタビラの音が近づいて来る方向を凝視していた。

各オフィスのフロアーに一台強制的に設置されたロボットが応接室の扉を空けて入って来た

「日本政府発令 第二種特例法案により、お二人の好意度が規定値をオーバーシマシタ
 タダチニ任意の上市役所に婚姻届けを出して下さい。 ナオ、拒否権はありません。」
人間の腰までの高さしか無いロボットには様々な計器やアンテナが取りつけられており
口にあるスピーカーから器械音が漏れ出ていた。

その法案が可決されるや否や、オフィスや学校に設置されたロボットには
そのオフィスや学校で働く者の脳波が登録されており、恋愛感情が双方に一定レベル
以上感知されると法案を実行するようにセットされていたのだ。

「惣流さん……」 シンジはこれまで嫌われていたと信じていたのが一転してそうでは無い
どころか政府命令の器械に検知される程自分の事を慕ってくれているのを知り驚いた。

「シンジ……」 とうとう自分の恋心を知られてしまったアスカは泣きそうな顔をしていた。

「もう離さないっ 絶対に!」
シンジは泣きそうな顔で呆然としているアスカを抱きしめていた。

「本当に私でいいの?」 しゃくりながら答えるアスカにシンジは唇を重ねた。

アスカの流す涙のきらめきがロボットの計器に映っていた。
ロボットがコ○バインオッケイ コンバ○ンオッケイ と言ったかどうかは定かでは無い。




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onlineの時に上のフォームで感想を送ればすぐ返事が届くかも(^^;

どうもありがとうございました!



はい 渡辺浩弐氏原作 ブラックアウトが元ネタです って言うまで無いですね(笑)
偶然書店で原作本を手にした時、2015年、すでに と言うフレーズを思いつき、
何かネタに出来ないかと考えている時にこのネタが浮かび上がりました。



その二 に続く!(かも)


マナ:第二種特例法案って何よっ!?

アスカ:こうなるのが、やっぱり運命ってやつなのねぇ。

マナ:そんなのっ! 早い者勝ちじゃないっ!

アスカ:世の中そんなもんよぉ。

マナ:紅茶の飲み方も知らない娘なんか選ぶなんてぇぇぇっ!

アスカ:失礼ねぇ。美味しいんだからいいじゃん。

マナ:飲み方と、美味しいのは別でしょ。

アスカ:ウッサイわねぇ。

マナ:ところでさぁ。最後が、よくわからなかったんだけど。

アスカ:うーん、アタシもセカンドインパクト前のロボットは・・・ちょっと。

マナ:どういう意味だったのかしらぁ?

アスカ:そりゃ、尾崎さんに感想メールで問い合わせて貰うしかないわねぇ。(^^;;;
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