シンジが絵の師匠である出羽の元を去ってから八ヶ月近くが経ち、2014年12月を
示したカレンダーは今にも破り去られそうな時期、出羽はソファーの上で一冊の冊子に眼を
通していた。

「おい カヲル……来てみろよ」 単なる暇つぶし的に冊子の選評に眼を通していたが、
覚えのある名前を発見して、部屋の掃除を控えめにしていたカヲルに話しかけた。

「はい 何でしょうか?」 シンジが去ってすぐ、喋れるようになった事を出羽に告げた
時も、さしたる感慨も無くそれは受け入れられ、カヲルは自然に出羽と話していた。

「これ、見てみろよ 38Pの右下だ」 出羽の手渡した冊子には第14回ルーベンス杯
新人絵画大賞受賞作 と書かれていた。 カヲルは出羽の機嫌が悪く無いのを伺ってから
冊子を手に取り、冊子に眼を通した。
”124番 碇シンジ 「港町にて」 入選 第三新東京市”
冊子には見紛う事無く、シンジの名が記されており、書評と共にシンジの描いた写真が
掲載されていた。

色白の美しい少女の絵はカヲルの心を魅了した。
そして、出羽の元を離れて間も無いシンジがここまでの絵を書いた事にカヲルは感動した。

「本当にやる気がある奴なら、どこでだって絵は描けるんだ……おまえも頑張れよ」
そう言った出羽の表情は始終いらついている事が多い普段とは違い、
少し厳しいが優しい眼をしていた。
様々な柵に捕われ続け、自分の思うように書きたい絵を書けなくなって来ていた
出羽が自由な心をシンジに託したのでは無いかと、後にカヲルは回想した。

その翌年、出羽が出羽の住む街のオフィサーと揉め、交通事故で他界し、
カヲルは居場所を無くした。

そして、シンジと別れる時に交わした約束を思い出した

「それじゃ……元気でね だけど……絵描きとして一人前になったらこの街は出た方がいい
いつか……また一緒に絵を描こうね」

カヲルはシンジのその言葉を胸に秘めて、出羽のいた街から去る事となった。
シンジの行方を知るかも知れない絵に描かれた少女を探しに第三新東京市に向かう事となった。


*最低でも本編(アスカを探して三千里)4話まで読まないと理解出来ません


アスカを訪ねて三千里
外伝1遠い約束 上

作:尾崎貞夫


 収容所と言う名の地下牢の通路の天井に切れかけた水銀ランプが揺れていた……
する事も無く通路の薄暗がりを見つめていると、通路の向こうから話し声が響いて来た。

「当局はいつまで彼等にこんな扱いを続けるんです? 彼等には罪は無いんですよ?
セカンドインパクトさえなかったら今ごろは温かい家の中で過ごしていた筈なんです」

「それは分かりますがねぇ……第三新東京市の治安の面を考えると放置する訳には
いかないんですよ……実際の所 早く一掃しろと言う声も議会では出てますしねぇ」
10代後半と思われる女性と20代半ばの男性が話しをしながら通路を歩いて来ていた。

「それなら今すぐ彼等をきちんと保護して、学校に行かせるべきでしょう!
臭い物に蓋をした所で現実は何も変わらないんですよ!」
水銀灯の下に先程から話していた女性が姿を現せた

 カヲルは何度となく見た冊子に書かれていた絵と彼女が同一人物である事に気づいて
立ち上がった。

「君 どうかしたのかね?」
20代半ばの男性の方が女性の追求から逃れる為か、カヲルの方を向いて言った。

「僕 シンジ君に会いにここに来た……その人 シンジ君の絵に描かれてた人!」
喋れるようになったとは言え、人見知りする性格は変わっておらず、
カヲルは一所懸命に自分の意思を伝えた。

「あなた、碇君を知ってるのね?」
「孤児院で一緒だったし、同じ所に引き取られました……けどその人が死んでしまって……
シンジ君の絵を見たからシンジ君がここにいると思って あなたあの絵の人でしょ?」

「ええ、そうよ じゃ、あなたはシンジ君を探しにここに来たのね……」
そこまで言ってから絵に描かれていた蒼い髪の女性は脇にいた男性の方を向いた。
「彼、何日目なの?」
「えーと この房だと2日目ですね 明日引き取り手がいなかったら施設行きです」
「施設って、三食お粥で浄水器の組み立てを休み無しにやらせる所の事?」
「そうです……」

「碇君と連絡はまだついて無いけど、私の所にいれば会えると思うわ……私の所に来る?」
彼女の問いかけに異存のある筈も無く、カヲルは首を縦に振った。

「じゃ、彼は私が預かるわ」
「分かりました 手続きをしてから上に連れて行きますので、応接室で待っていて下さい」

 その後、カヲルは収容服を脱がされ、シャワーを浴びせられ第三東京市に来た時着ていた
服を身に付けてレイの待つ応接室に連れて行かれた。

「暫定の身分証明書を発行しましたので、落ち着いたら期限の切れる前に正式な手続きを
して下さい」 カヲルを連れて来た職員が蒼い髪の女性に紅いカードを手渡して言った。

「じゃ、行きましょ」カヲルは黙って頷いて 蒼い髪の女性の後をついていった。
第三新東京市の中央区の外れにあるこの施設の駐車場には、綾波クリンリネスと描かれた
バンが一台止まっており、蒼い髪の女性はそのバンに向かって歩いていった。

「おまたせ 碇君の孤児院の頃からの友達を連れて来たわよ」
蒼い髪の女性は僕に後部座席に座るように指示してから助手席に座った。

「ほんまでっか? ワシもシンジには世話になった口なんや フンケーの友なんや
シンジのダチやったら、ワシのダチや よろしくな おっとワシは鈴原って言うんだ」
運転席に座っていた少年が口早に言葉を並べた。

「それを言うなら刎頚の友でしょ…… そういえば私の事も説明して無かったわね……
私は綾波レイ……この町で元孤児ばかりを集めて清掃会社をやってるの」

「渚カヲルです……宜しくお願いします」

「じゃ予定通り、ブティック ロ・マ に経理で行ってるケンスケを拾って帰りましょう」
鈴原と名乗った少年はエンジンを始動させて言った。

 三人を乗せたバンは駐車場を出て、中央区の南北を貫く幹線道路へと向かっていた。
先程の施設は中央区の外れだったので、幹線道路までの道程は空いていた。
そして幹線道路に入る為の信号機の前で車を停車させた。

「ここの信号長いんだよなぁ…… あ、ケンスケに10分ぐらいで着くって連絡しといて
貰えます?」
鈴原トウジはハンドルに腕と頭をもたせかけてリラックスした体勢で信号を待っていた。
その時、風船から空気が抜けるような音が二度したかと思うと、車が僅かに後ろに傾いた。

「な、何や?」信号機を見ながら惚けていたトウジは慌てて身体を起こした。

「後ろに二人……黒い服を着た人がいます」 カヲルは助手席側のドアミラーを見て言った。

「もしかして、後輪に穴を開けられたのかしら」綾波レイは緊張した面むきで呟いた。
「ドアはロックしてますけど……どうしましょう」
車を出す事は出来ないので逃げ場など無く、三人は事の展開を見守る事しか出来なかった。

その時、カヲルの側を通って一人の黒服の男が助手席の方にゆっくり歩いていった。
手には消音器が付けられた拳銃が黒光りしていた。

「そこのお嬢さんにだけ用があるんだ……素直に出てくればお友達に危害を加えたりはしないよ」 黒服の男は消音器の部分でコンコンと助手席の窓を叩いて宣告した。

「糞っ 少し先には これだけ車が走ってるのに誰も気づかんのかい……」
「鈴原君……開けて頂戴 多分危害を加える気は無いと思うの……その気ならもう私たち死んでるわ」

「そやけど、女のレイさん一人差し出す訳にも……」
「これは命令よ……開けて!」レイは強い口調で鈴原トウジに命令した。
「おいっ早くしろ!」その様子に焦れたのか助手席の脇にいる男が窓を叩いた。

「ロック……外します」 鈴原トウジは唇を噛み切りそうな程歯軋りをしながらロックを外した。

 次の瞬間 カヲルは手をかけていた助手席の扉を思いっきり開けて、助手席の横に立って
いた男に背後からドアをぶつけた。

「ぐあっ」 思いもよらぬ所からの反撃に黒服の男は前のめりに倒れ、その際にアスファルトで頬を傷つけていた。

思いっきり開かれたドアからはカヲルが飛び出して、倒れた男から拳銃を奪おうとしていた。
黒服の男の背中に被さり、右手で首を羽交い締めにしながら、左手で男が取り落とした拳銃を
手に取ろうとしていたが、男が倒れた際、少し離れた所に落ちた為、拾うのは難航していた。

「おいっ 何をしている! 女以外なら殺してもいいんだぞ!」 運転席の横に立っていた男が車の前を横切って格闘しているカヲルと黒服の男の前に歩いて言った。

 あまりに突然の事態で訳が分からなくなっていた鈴原もさすがに見逃す事は出来ず、
運転席の扉を開けて男に背後から掴み掛かった。
「レイさん! 落ちてる銃を奪えっ」 トウジはもう一人の男に背後からしがみつき、
銃を向けさせないようにしながら叫んだ。
その時には助手席から飛び出していたレイが、格闘している二人の脇を通り、落ちていた拳銃
を拾う為にダッシュしていた。

「離せっ 撃つぞ!」鈴原がしがみついている男が銃を無理やり下に降ろしながら威嚇の為か
一発発射した。 消音器の為、近くにいた鈴原には風を切る音がしたが、
それでは音を聞きつけて助けが来る気配は無かったのだが、運良く信号機に弾が命中し信号が
止まった為、何台かの車が急停車していた。

「あなた達の負けよ 銃を離して」
レイはカヲルが組み伏せている男の首筋に銃を押し当てて言った。

「くっ……」 鈴原がしがみついていた男は諦めて銃を手放した。
それをトウジは足で蹴った。

ようやく事情を知った人達が集まって来て、二人を取り押さえる事が出来た頃、
NERVのマークを付けた車が二台幹線道路からバンを止めている道路に入って来た。

NERVの警察権の担い手である部隊が2丁の銃を回収し、男二人を拘束した時、
もう一台のNERVの車がやって来た。

「こんな所で銃撃戦なんて本当にあったのかしらね 物騒よね」
車から出てきたのは真紅の服装に身を包んだ葛城ミサトであった。
その脇には恐らく副官であろう日向マコトが付き従っていた。

「あら、レイちゃんじゃ無いの あなた達がトラブルにあったの?」
シンジによってトウジとケンスケが第三新東京市に来てからは、
レイは勿論トウジもケンスケも葛城家にはよく食事に呼ばれる間柄
であり、彼等がこんな物騒な事件に遭遇した事にミサトは驚いていた。

「犯人の拘束も済んだ事だし、本部で話を聞くわね」
ミサトは懐から携帯端末を取り出し、どこかに連絡していた。
数分後 二台の大型セダンが到着し、レイ達はNERV本部に向かう事になった。

「いや〜これが中央区で良かったわよ 西区だったら誰も通報しないしねぇ」
事情聴取が終わった後、葛城ミサトが缶コーヒーを手にレイ達の元にやって来た。

「いや、ホンマ カヲルが機転を効かさなかったらレイさん連れていかれてましたわ」
第三新東京市では警察権を持っているNERVの中と言う事もあり緊張しているカヲル
の背を叩いてトウジが言った。

「僕の方に注意向けて無かったから……けど二人を危険な状況に……勝手な事して……」
カヲルは最後の方は可哀想な程おどおどしてどもりながら謝った。

「カヲル君…… あなたはあなたにしか出来ない事をしたのよ 私たちが行動起こそうと
してたら多分撃たれてたわ……だから胸を張っていいのよ」レイは今にも泣き出しそうな
カヲルの背に手を置いて言った。

「その子 新入社員? 調書には書いて無かったけど」
ミサトはカヲルが落ち着いた頃を見はからって口を開いた。

「彼は碇君の孤児院からの友達で、碇君を探してここに来たんです
身分を証明する物も無くここに来たから収容されてたんです」
暗にNERVのやり方に異を唱えるかのようにレイは呟いた。

「あっちゃぁ……そうだったの……カヲル君って言ったっけ……ごめんね?」
口に持っていきかけた缶コーヒーを置いてミサトはばつの悪そうに謝った。

「ワシらの新しい仲間っちゅー事ですわ ミサトさん」

「じゃ、落ち着き先もまだ決まって無いの?」

「寮の方は今一杯で、第二寮の建設中ですんで、私の家のゲストルームに
泊って貰おうと思ってたんですが」

「あら、そうなの けどカヲル君の性格じゃ召し使いに囲まれた生活だと
余計に緊張しちゃうんじゃ無い? シンジ君の使ってた部屋空いてるし、
新しい寮が出来るまで、私の家に来ない? シンジ君の親友だったら大歓迎よ」

「あなたの……家に?」 カヲルはまだ少し戸惑っていた。

「葛城さん一家は碇君が家族と言って憚らない程の人だから 安心していいわよ」

「そうですか……それじゃお願いします」 カヲルは椅子から立ち上がり頭を下げた。

「もう4時半か……5時には上がれるから今日は私の家でカヲル君の歓迎パーティー
やりましょ あなた達も当然来るわよね?」ミサトは懐から携帯端末を出しながら言った。

「ミサトさんのお誘いやったら、そりゃぁもう」
「今日の所は予定も無いですし、お邪魔させて貰います」

「あ、私だけど 今日お客さん連れて行くから御馳走の用意してね 何か足りない物ある?
鶏肉と卵と牛肉ね わかったわ」 ミサトは夫であるリョウジに電話で連絡を取っていた。

「あ。何か忘れてる 思うたら、ケンスケの事忘れとったわ」

「どうせ通り道だから遅くなるけど拾って行くって電話しておくわ」
レイは懐から携帯端末を取り出して言った。

カヲルにとっては激動の半日と言ってよく、未だ カヲルは戸惑っていた。
だが、シンジの友達だと言うだけで何の疑いも無く受け入れてくれるミサトや
レイ・トウジ達にカヲルは言い表しようの無い安心感を感じていた。


後書き
「”ザクとは違うのだよザクとは”作戦」賛同作品。
ロートルの癖して若手に張り合って結果自滅する と言う意味もあるかも(笑)
実際はEpistles 第一期生の卒業制作みたいなものです(卒業しないとの声もあるが)

以前掲示板でちょろっと書いた作品(マナが主人公の奴)の完全版にしようかと思いましたが、
以前にレイとカヲルの補完物を書くと約束してましたので、この作品にしました。


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onlineの時に上のフォームで感想を送ればすぐ返事が届くかも(^^;

どうもありがとうございました!


外伝1 上 終わり

外伝1 中(もしくは下) に続く!


マナ:あの、アス訪の外伝だわっ!

アスカ:思い出しただけで、泣いちゃう・・・。

マナ:今回はあなたの話じゃないの。渚くんと綾波さんの補完物語よ。

アスカ:しっかし、ファーストってしっかりしてるわねぇ。

マナ:そういう境遇で育ったんだもん。

アスカ:ATフィールドもないんでしょ? なのに、銃を持った相手も、もろともせずって感じじゃない。

マナ:それくらいじゃなきゃ、孤児の子達を守っていけないのよ。

アスカ:うーん・・・そう聞くと悲しい世の中ね・・・。

マナ:渚くんの扱いなんか、見てたら腹が立ってくるわ。

アスカ:みんなで仲良く暮らしていけたらいいのにね。

マナ:臭い物には蓋をしろか・・・目先の利益に大人達は走っちゃったのね。

アスカ:そんな大人達に負けず、渚もファーストもがんばんなくちゃ。

マナ:この外伝で幸せになるといいな。
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