ガラッ・・・ガタガタッ!

朝、いつものように下駄箱を開けると中からリボンに包まれた小さな箱が足下にぽてっと落ちる。

下駄箱と上履きの隙間に無理矢理押し込んであったようだ。

僕はそれを見て思わず動揺し、足下に落ちた箱を拾い上げると素早くカバンへ押し込んだ。

キョロキョロと周りを見回すも今日は偶然にも早めに登校してきた事もあり、誰にも見られてはいないようだ。

こんなところをクラスメイトにでも見られてしまえば大変な事になってしまう。

僕はできるだけその場から早く立ち去ろうと、落ち着かない足取りで玄関を後にした。










「よぉ、碇くぅ〜ん。」

教室に座るなり、背後からねっとりとした口調で呼びかけられる。

思わず背中に悪寒が走る。

「今日はバレンタインデーだな。碇はいくつチョコを貰えんだ?」

人をバカにしたような物言いに僕はムッとする・・・ところだが今年は違う。

「ハハハ、そんな事は聞いても無駄だって。なぁ、碇?」

教室の隅で見ていた生徒が僕らの方に歩み寄るなりこう吐き捨てようとも、それがあまりに滑稽に思えておかしい。

「あぁ、そうだったな。碇なんかにチョコ渡すような女が地球上にいるといいんだけどよ。」

その言葉を聞いた僕は何だか勝ち誇ったような嬉しさがこみ上げ、吹き出しそうになるのを必死でこらえる。

「「ハッハッハ・・・」」

笑い声を響かせて二人が教室から出て行く。

「・・・ふふふ。」

二人の姿が視界から消えると思わず笑い声が口をついて出てしまった。

あいつらが何を言ってきたところで僕にはそれがおかしくてしょうがない。

どうせ今年もチョコ貰えないのはあいつらのほうなんだから。

他のクラスメイトに背を向けて見えないようにしながらカバンの中のチョコレートの箱をちらりと見る。

紅い箱に結ばれたリボンには白い紙の付箋が挟まっている。

「好きです。放課後に教室にきてください。」の文字に思わず顔が緩む。

僕はその箱を大切にカバンの奥深くにしまいこんだ。










今日の授業は殆ど身が入らなかった。

気になるのは放課後の予定の事ばかりで、ノートもほぼ真っ白なままだ。

でも、とうとうこの時がきた。

キーンコーンカーンコーン・・・

放課後のチャイムを聞きながら、僕の心臓の鼓動はピークに達そうとしていた。

ほとんどのクラスメイトはいつも授業が終わると帰宅したり部活にいったりと、教室から出て行ってしまう。

普通はマジメな生徒が残って勉強していたりする事があるんだろうけど、

このクラスでの「マジメな生徒」というのはまさに僕の事であって、他にはいなかったりする。

それが祟ってか、僕は何かとイジられたりイジメられたりしてしまっている。

だから今日、このバレンタインデーという日に僕の身にこんな出来事が降りかかろうとは全く考えてもいなかった。





ふと静けさに気付いて辺りを見回すと、周りには誰一人としていなくなっていた。

いつもはダラダラと教室で駄弁る生徒がいる事もあったのに。

今日ばかりはクラスメイト達に感謝したい。

「あ、碇くん・・・。」

僕が声のする方に振り向くと、そこにはユカの姿があった。

ユカとは隣の席だというだけの間柄で・・・いや、隣の席なのにも関わらず特別話したりした事もあるわけではない。

だから僕は彼女があまり得意ではなかったし、ましてやここに呼び出したのがユカだなんて思ってもいなかった。

「箱・・・開けてくれた?」

少しはにかみながら僕に近寄ってくるユカ。

「いや、まだだけど・・・あ、じゃあここで開けるね。」

「碇くん。」

ユカは僕の言葉を遮って続けた。

「私と付き合ってくれない?」

「え!!」

僕はその意味を理解したと同時にこう答えた。

「あ、うん、いいよ。」

僕は何でこんな答えを返してしまったんだろう。

特別好きでもないのに。ただ女の子から告白されたからって。軽はずみだった。

「ありがとう・・・。ね、箱開けて。」

ユカは恥ずかしくなってしまったのか、うつむいて横を向いてしまった。

言われたようにカバンから紅い箱を取り出し、丁寧に包装を解いていく。

カサカサ・・・

「え?」

僕は言葉を飲み込んだ。中にあるはずのチョコはおろか、何も入っていない。

何が何なのかわからない僕がユカを振り向くとユカは小刻みに肩を震わせている。

「碇サイコー!!ハハハ!!」

彼女が突然大笑いを始めたのをぽかーんとして見ていると教室の扉が勢いよく開かれ、

そこから大勢のクラスメイト達が笑いながらなだれ込んできた。

「ハラいてぇ〜!!!」

「碇、おめー面白すぎ!!ユカも名演技だな!!」

放心状態の僕に向かって浴びせられるクラスメイトの一言一言が僕を現実に引き戻す。

(ダマされた・・・。)

「碇にチョコあげようなんて女は地球上にいないって朝いったばかりだろ!!」

教室は爆笑の渦に包まれ、僕は目の前が真っ白になった。






今日見た夢は
〜2016.2.14〜 written by ryu-bi

ピリリッ、ピリリッ・・・ 「・・・・・・。」 朝から暗く落ち込んだ気持ちを抱えながら、沈むようにベッドに張り付いている体を無理矢理引き剥がす。 カチッ、と僕はやかましく騒ぎ立てる目覚ましをそっと止めてやる。 バレンタインデーになるといつもこの事を決まって思い出してしまう。 今年はとうとう夢にまで見てしまった。 あの時とは学校も周りのクラスメイトも変わってはいるけれど、 バレンタインというイベントへの恐怖と僕自身への苛立ちが時として思い出される。 僕の心にどんより暗雲がたちこめる2016年2月14日の朝。 「いってきま〜す・・・。」 すっかりダウナーな気分で玄関を出る。 「シンちゃん、どしたの?」 ミサトさんが玄関から顔を覗かせて僕に尋ねたけれど 「何でもありません・・・」 もはやまともな返事をする気力はなかった。 チカチカ・・・ 授業中、僕の机のノートパソコンの画面が点滅する。 誰かが僕にメールを送ってきたようだ。 思うにトウジかケンスケだろう。 今日はゲーセンに新しい機種が入る日のはずだったからたぶんその事だろうと思い、 画面のタスクバーをクリックしてメールを開いた。 (あ・・・。) 送信者名の欄には「asuka」の文字。 アスカの席に目を向けた瞬間に視線が合う。 とそれも束の間、アスカは少し驚いてすぐに正面を向きなおした。 それ以上視線を戻してくれる気配もないので僕は画面に目を戻す。 「放課後、校舎裏の倉庫前に来て!」とだけ書いてある本文。 時計の針は既に15時半をまわり、放課後が近づいている。 あまりにも突然に降って湧いた出来事に僕の胸は高鳴るばかりだ。 アスカの今の何かそわそわした態度。 2月14日の放課後に「人目につかない」体育倉庫に僕を呼び出すという事は・・・。 (もしかしたらアスカにチョコをもらえる!) キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン 授業終了のチャイムが鳴る。 僕がアスカの席の方を横目で窺うも、アスカの姿はそこになかった。 約束の時間になり、僕は校舎裏に向かっていた。 体育倉庫への角を曲がる。そこにアスカはいた。 「来てくれたのね。」 アスカの顔がほんのり紅くなっているのを見て、僕もこれから何をしようとしているのかは流石に察しがつく。 こちらまでどうしても全身がこわばってしまう。 「シンジ、はい、あげる。」 アスカは視線を逸らしつつも僕に小さな包みを差し出した。 「あ・・・ありがとう!」 踊りだしたいほどの気持ちを抑えつつ、中身を開けていく。 「え・・・・・?」 中身は空だった。 僕はもはや何も考える事ができなかった。 「クククク・・・。」 アスカが横で吹き出しているのを見て僕は「まさか」と思った。 「ざ〜んねん。アンタなんかじゃアタシがチョコをあげるにはまだまだ数億年早いわねぇ。」 からかうように笑みを浮かべてそう言い放ったアスカの言葉が僕の胸を突き刺した。 本人はそんな気はまったく無かったのかもしれない。でも・・・ (それが本心だったなら?) ふと脳裏に浮かんだそんな恐怖が僕を押しつぶす。体中が崩れんばかりにガクガクと震える。 「あははは!!今のアンタの顔、サイコー!!」 「・・・・・ひどいよ。」 「え・・・?」 「ひどいよ。ひどいじゃないか!!」 「あっ、ちょっとシンジ!!待って!!」 アスカの制止ももはやどうでもよかった。 押さえきれず溢れ出す涙を見られまいと僕は駆け出していた。 何処へというわけでもなく。ただアスカから逃げ出してしまいたかった。 「また裏切られた」というあまりにも苦しい事実が胸を締め付ける。 走るほどにミリミリと食い込む矢を引き抜きたくて、僕はどこまでも走った。 (アスカなら大丈夫だ。) そう信じて疑うことすらしなかった。それなのに、僕は見事に裏切られた・・・ その事実。浅はかで愚かな自分に嫌気が差す。 いつしか僕はすっかり疲れきって、気付けばこの公園のベンチに座り込んだまま時間が過ぎていた。 「シンジ!!!」 聞きなれた声がした。今一番聞きたくなかった声が聞こえた。 ベンチに座る僕を見つけたアスカが息を切らしながら走ってくる。 街灯の下なんかに座らなければ良かった。見つけられてしまった。もういいってのに。 「なんだよ。」 「待って!ごめんなさい!!誤解なのよ!!!」 「何がだよ!!!もうやめてくれよ!!!」 耐え切れなくなって叫んだ声は泣きじゃくったせいですっかり枯れていた。 アスカの顔を見れば見るほどに自分への悔しさがこみあげる。 「僕は、僕がイヤなんだ・・・。 僕を好いてくれる人なんていないし、僕自身そんな人間でもない!・・・わかってるんだ。 わかってるのに・・・わかってるのに・・・。」 高ぶった感情に溢れた涙が地面を潤した。そしてそれを合図にするかのようにぽつり、ぽつりと雨が降り出してきた。 「また変な期待までして、喜んだ僕がアホみたいだ・・・もう・・・。」 うつむいたアスカは黙ってそれを聞いていた。 アスカと僕との間にしばらく沈黙が流れる。 ただ聞こえるのは僕がしゃくりあげる嗚咽と、段々と激しさを増していく雨の音。 僕は肌寒い雨にうたれるアスカの肩がわなわなと震えている事に気付いた。 「アスカ、帰ろう。もう、いいからさ。」 「よくないわよ。」 「帰ろう。」 アスカが呟いた言葉を受け流し、僕はベンチから腰をあげて公園の出口へと向かう。 「よくないって言ってるじゃない!!!」 アスカの叫びは僕を震わせた。僕はそれ以上一歩として歩く事が出来なかった。 僕の前に回りこんだアスカは僕の肩を乱暴に鷲掴みにすると、僕を引き寄せた。 「アンタを好いてくれる人なんていない?アンタそう言ったの?」 「・・・・・・。」 返答の代わりに視線を泳がせる僕に構わずアスカは続けた。 「アタシは!アンタが好きよ!!!」 僕は、この言葉を期待していたのかもしれない。 もう諦めようと言い聞かせつつ、諦めたフリをしていただけだったのかもしれない。 諦めたフリでイジけて、逃げて、もう少しだけアスカに構って欲しかったのだ。 そうやってまで僕は、確かにこの言葉を待っていた。心の底から、欲しがっていた。 僕は・・・こんなにも卑怯で最低な人間だ。 それでも僕は・・・・・ 次の瞬間僕の唇はアスカによって塞がれていた。 舌がアスカのするがままに踊らされた。 長いキスが終わった後に、アスカは呼吸を整えながらポケットをゴソゴソと探り出した。 「あっ・・・もうびしょびしょ。」 照れくさそうにはにかんで笑うアスカの仕草が可愛い。 「好きよ、シンジ。これは、本当だから。」 アスカはそう言って僕に紅い小箱を差し出した。 「あ・・・ありがとう。」 ぶよぶよにふやけてしまった包装紙をところどころ破りながらも開けていく。 箱を開けた中にキレイに並んだ、いろいろな形の小さなチョコ。 僕がそれらを眺めていると、不意に横から指先が伸びてきて一粒のチョコを摘み上げる。 「はい。」 口先に小さなチョコを一つ、差し出すアスカ。 僕は口を開けるとアスカはチョコを放り込もうとした手を少し止めて、 「フフッ・・・ちょっとマヌケな顔ね。」 そう言って微笑みながら僕の口の中にチョコを入れた。 チョコを口に含むとアスカが問いかける。 「おいしい?」 僕は腫れぼったい顔を精一杯の笑顔に変えて答えた。 「おいしい。」 雨は相変わらず弱まる気配もなく降り続けていた。 体中がびしょびしょに濡れ、張り付いたシャツの冷たさが全身を刺す中、 アスカと取り合う右手のほのかな暖かみが嬉しい。 「今日はごめんねシンジ。ちょっと、驚かそうと思って。それで・・・。」 「アスカ。」 アスカが言いかけた言葉を言わせたくなくて、僕はそれを遮った。 それに今まで忘れていたけれど・・・。。 「ん?」 「好きだよ。」 アスカに、返事がまだだったから。 僕の意図を察してくれたのか、アスカは苦笑いを浮かべ答えた。 「バカ。」 Fin.


作者"龍尾"様へのメール/小説の感想はこちら。
shu-a@cameo.plala.or.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system