季節は春から夏にむかい、今は穏やかな気温の日に混じって何もせずとも汗をかいてしま
うほどの暑い日が出てくる頃。


「ねぇ、シンジは今幸せ?」

「え?なんでそんなこと聞くの?」

「いいから、聞かせて…。」

「ん〜…幸せの定義が難しくてまだ僕には判らないな、って言うかその人にとっての幸せ
ってのは時とともに変わっていくものだと思うしね。…でも、今僕は一緒にいたいと思う
人と時間を共にすることが出来てるのだから幸せなんだと思うよ。」

「そう…」

「アスカは?」

「大体はアンタと同じ考えよ、アタシの気持ちは3年前にも言ったでしょうが。」

「何だよ、3年前になら僕も言っただろ?信用無いなぁ…」

「アンタのこと私は世界で一番信用してるつもりよ。でも…それでも、アタシだって人間
だもの、不安になることくらい有るわよ。言葉にして欲しいときくらいあるわよ。」

「色々、あったもんね…」

「色々ね…」

アタシの価値、そしてアンタの価値
                                   作:沙賀


サードインパクトはEVA初号機により発動した。しかしその後の真相を知る者は今はこ
こにいない。
ただ、その事件から一年近くが経った今人々は何事も無かったように平和を楽しみ、何事
も無かったように現実と戦っていた。そして過去にチルドレンと呼ばれた少年、少女もま
た過去の狂った現実と今の中で戦っていた。

 アタシは今アイツに会って何を言うのだろう?どんな態度で、どんな表情で会うのだろ
う?分からない、でも会わなきゃいけない。ドイツに帰る前に一度は会ってけりをつけな
きゃいけない気がする。ナニニ?……アタシハアイツノココロガシリタイノ?ソンナノワ
カラナイ。

彼女の名前は惣流・アスカ・ラングレー。彼には赤い海の目の前の浜辺で会ってから一度
も会っていない。いや、彼女自身本当に浜辺で彼に会ったのかどうかの真相は分かってい
ない。


「201号室…ここか。」

彼女は一人でそうつぶやくとノックをしてその部屋に入って行った。

 …ホントにこいつ意識無いんだ。苦しそうな寝顔してんのね…

どこかホッとした自分に気づくことはなく、ここにくる前に立ち寄ったナースセンターで
髪の短い小柄な看護婦さんが言っていたことを思い出していた。


「…シンジ。」

「…バカシンジ。」

「バカはアタシか。何で意識の無いやつに話し掛けてんのよ。」

手近にあった椅子に腰掛けて彼女はずっと苦しそうに眠る少年を見つめていた。どれくら
いの時間が流れたのだろう?ここに来た時彼女の真上にあった太陽はもう西の空にかなり
傾いていた。

 アンタはアタシにすがってきた時どんな気持ちだったの?アタシが言ったように誰でも
良かったの?独りが嫌だからアタシにすがったの?…それとも…アンタはホントにアタシ
を、アタシ自身を見て一緒にいたいと思ってくれてたの?いや、それは無いか…あの時ア
タシ達はどうかしてたんだものね。
アタシ2週間したらドイツに帰るから

「じゃあ、アタシ帰るから。」

なぜそうしたかは本人にも分からなかったが彼女はそれから毎日のように病室を訪れ少年
を見つめ続けた。そしてドイツに帰国する3日前に事は起こった。いつものように部屋で
食事をしようとすると携帯のメロディーが流れ出した。

 ん?誰だろう?植山小夜、あの看護婦さんだ。

「はい、惣流ですが。電話くれるなんてびっくりしたじゃ……「大変よ!!!201号室の彼
氏が目を覚ましたの!!!!面会時間は終わってるけど入り口あけて待ってるか
ら!!!!」ブチッッ、ツーツーツー」

 だからアイツは彼氏じゃないって何回言えば…ん?目を覚ました??ウソ??
アイツが目を覚ました!?行かなきゃ!

上着を手にした彼女は自宅の出口に向かって走り出した。…が足を止めてしまった。

 アタシ目を覚ましてるアイツに会ってなんて話し掛けたら良いんだろう。幾度となく繰
り返した心の中での自問…いや、行かなきゃ。アイツに会うことでアタシは何かを越えら
れる気がする…

止まった足にもう一度力をこめ病院へと向かった。

「惣流さん!!!早く早く!!!!!」

小夜に言われるがままに彼女は病室へと急いだ。「私はナースセンターにいるから、何か異
変があったらナースコールするのよ!!」と言って小夜は途中で違う方向へと走って行っ
た。

バンッッ!!大きな音を立てて201号室の扉が彼女によって開けられた。

「シンジ…」

「ア…アスカ…」

顔を合わせた二人の間に一瞬の沈黙が訪れた。
そして、その一瞬の間に二人の心に今までの記憶が鮮明によみがえってくる。

 コイツがアタシを傷つけた。

 コイツが僕を拒絶した。

 いや、アタシがコイツを拒絶したんだ…

 いや、僕がコイツを傷つけたんだ…

二人がそんな思考の迷路に迷いかけた時、彼女が何かに気づく。

 アイツがどう思ってるかなんてまだ分からないじゃない!こんな今までの印象を確認し
にきたんじゃない!コイツと話をしなきゃ!

「シンジ、寝起きのところ悪いけどアタシの話、聞ける?」

数瞬の間を置いて彼も思考の渦の中から帰ってくる。

「…うん。」

「椅子…借りるわよ?」

「…うん。」

「アンタ、アタシがエヴァシリーズと戦った後の記憶…ある?」

「…大体は…ある」

「アタシの首を絞めた時は?」

ビクッ、っと体が反応してから彼は黙り込んでしまった。

 そうか、やっぱりあれは夢なんかじゃなかったんだ。やっぱりアンタはあの浜辺でアタ
シを殺そうとしたのね。

「そう…で、どうしてかどうしてか理由は言える?」
・
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・
・
・
「…怖かったんだ。アスカも、父さんも、綾波も、ミサトさんも、リツコさんも、みんな
………………。その後、自分で会いたいって、アスカに会いたいって願ったのに、横で寝
ているアスカが怖くて仕方なかったんだ。僕が臆病だから、傷つくのが怖いのに人に触れ
て欲しくて、かまって欲しくて。…でも自分を見せることは怖くて出来ない。自分から触
れに行くのはもっと怖かったんだ、拒絶されるのが怖かった。だから自分から触れに行か
なくても他の人から自分の所に来てくれるだけの価値が欲しかった。エヴァに乗ることで
その価値が得られると思ってた…なのに何も得ることが出来なかった、だから、怖くて、
怖くて…」

 え、何それ……?あぁそっか、アンタも一緒だったんだ。だからアタシはアンタ見てる
と自分を見てるみたいで、自分の心を映されてるみたいで嫌だったんだ。

「分かったわ、アリガト。アタシだっておんなじようなもんね。シンジも、ミサトも、フ
ァーストも、リツコもみんなうっと−しかった。自分で本当の私を見てって願ってたのに
本当のアタシ、弱いアタシを見せるのが怖かった。弱いアタシを拒絶されるのが怖かった
から。だからアタシは価値が欲しかった、エヴァのエースパイロットになれば誰からも見
てもらえると思ってた、それが例え強がってる虚像のアタシでも。でも、その強がってる
虚像のアタシをもアンタが叩き潰した。シンクロ率で抜かれたアタシは自分の価値が脅か
されたからアンタが怖かった、周りのみんなが怖かった。」

 え、何それ……?あぁそっか、アスカも一緒だったんだ。僕はアスカのこと何にも見て
あげれてなかったんだ、あんなに近くにいたのに。やっぱり僕はバカだな。

 アタシ、自分が特別優れた女だと思ってた、けど、そんなの幻。

 僕は、自分が特別不幸な男だと思ってた、けど、そんなの思い込み。

 そう、シンクロ率が一番高くたってアタシの価値なんて上がらない。

 そう、エヴァに乗っていなくたって僕の価値は下がらない。

お互いの思いを打ち明けた後黙り込んでいた二人、その沈黙を破ったのは彼女だった。

「アタシ、3日後にドイツに帰るの。」

「え?あ…そう…なんだ。」

 アスカが行っちゃう、遠くに行ってしまう。あんなに怖かったアスカが遠くに行くのに
…なんで、こんなに嫌な気持ちになるんだろう。…行って欲しくないのか?

 アタシを殺そうとしたやつに別れを告げてるのに、いつもならこれでせーせーするはず
なのに…なんで、こんなに嫌な気持ちになるんだろう。…シンジから離れたくないの?





あぁそっか、アタシは(僕は)シンジの(アスカの)事が好きなんだ……




「その後しばらくしてからだったよね、二人で住み始めたのって?」

「そうなるわね、急に帰国をとりやめたから怒られたわぁ〜、あの時は。ねぇシンジ、二
人で住み始めた時に言ってくれた台詞もう一回聞かせて?」

「えぇ、あんな台詞恥ずかしくて今は言えないよぉ〜…」

「じゃあ何?あの台詞はウソだったぁってぇのぉ〜?」

「ウソな訳無いだろ!じゃあアスカもあの時の台詞言ってくれる?」

「う″っっ……、分かったわよ!じゃあ二人同時にね!」

「「アタシは(僕は)シンジに(アスカに)くっついてる肩書きなんかでアンタを(アスカ
を)見たりしない、肩書きが変わってもシンジ(アスカ)自身の心が変わらない限り愛し
てる。ホントのシンジ(アスカ)を見てる。大好きよ(だよ)。」」


FIN.


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