○月×日
こんにちは。綾波レイです。
・・・挨拶をしても仕方ないわね。今日から日記をつけます。最近、奇妙な形のプラグスーツが支給されはじめたの。何でもセカンドインパクト前から続いている怪獣映画の中に出て来るおっきな怪獣の子供の怪獣の形をしているらしいわ・・・。今日、エリカ先生やみんなと一緒に、その怪獣映画を見に行っての。昔、親怪獣の相手をしていたのは戦略自衛隊の前身や国連の秘密機関だったそうだけど、こないだみんなで見に行った最新作ではNERVがその役をやっていたわ。そして、その映画の中で出て来た子供の怪獣を、私はとっても気に入ってしまったの・・・。
(零号機専属操縦者、綾波レイの日記より抜粋)
Evangelion Remember 14外伝のそのまた番外編(マダマニアウサさん公認)
着ぐるみレイちゃん大行進!1
さかぐち周太郎
その日、レイは親友、保護者、担任教師、その他もろもろの人達に連れられて、生まれて始めて映画館なるものに足を踏み入れた。
アスカ達と出会ってから急激に広がり出したレイの世界に、また新しい1ページが加わろうとしている。自然、胸が高鳴った。
この企画を提案したのは、怪獣映画とは全く縁の無さそうなリツコだった。モデルとなっている怪獣の子供が出て来る映像を見る事で、W型プラグスーツとその装着者との親和性を高め、高いシンクロ率を獲得するのが狙いだとか。
券売所で自分の見る映画名を告げて入場券を購入し、それを入り口で係員に半分に切ってもらう。この何とも面倒な手続きは、セカンドインパクト後の世界でも健在だった。
目的の映画が上映される館に入ると、そこは既に満員近くの人でごった返しており、スクリーンを見やすい席は全て占拠されて今っている。
だが、このNERV御一行様は、この程度で事で良い席を確保するのを断念するほど、諦めの良い人間の集団ではなかった。
「ちょっと〜ん。アンタ達〜。映画見るときゃ、前から6列目か7列目に座んないと面白くないのよ〜ん。とゆーわけで、ココ譲ってくんな〜い?ぷっはあっ!」
「うわっ!酒くせえっ!」
「か、関わり合いになると怖いわ。あっち行きましょう!」
ドドドドドド・・・
「あなた、その席を人類の未来と科学の発展の為に譲る気はない?あらそうなの。どうやらその健康そうな体を改造してほしいようね・・・。ヒッヒッヒッ!!」
「ぎゃーっ!た、助けてぇーっ!!」
「ママー!あの金色の髪のオバサンが怖いよーっ!」
ドドドドドド・・・
「あのぅ・・・。すみませんけど席を譲って頂けませんか?友達が始めて映画を見るので、いい席で見させてあげたいんです。お願いします。」
「あーん?なに寝ボケた事いってんだぁ?この偏平胸女がぁ!」
「そーだ、そーだ。とっとと失せろ。この茶髪オカマ野郎が!」
「ぬ、んわんですっってぇーーーっっ!!だぁれに向かって、そんなクチきいてんのよおおおっっ!!」
バキッ!ゴキッ!ベキッ!バキッ!
「「ぎゃああああああーーーっっ!!」」
「ひ、人殺しだーっ!」
「逃げろーっ!」
ドドドドドド・・・
こうして、この一行の周囲の席は無人地帯となってしまった。
この後、主賓のレイを挟んアスカとシンジが座り、後の者も好きな所に場所に陣取った。
ビーーーッ!
ブザーの音と共に照明が暗くなるとスクリーンを覆っていた暗幕が開き、例によって映画の内容からはかけ離れた宣伝が次々と流れ出した。
「映画って、大きな画面で化粧品や車の宣伝をするものなの?」
「違うわよ!これはただのコマーシャル。」
「暗幕が開き切ったら始まるんだよ。」
暗幕が完全に開き、映画の本編が始まる。先ずは映画の配給元や主要なスタッフ、俳優の名前が表示されて行く。始めて映画を見るレイに、アスカとシンジが色々と解説してやる。
●配給:(株)The Epistles
2000
「ここの作る映画って面白いの・・・?」
「ここなら間違い無いわ。安心していいわよ。」
「個性的な作品をたくさん出してるよね。」
『秘密の心』、『Flat
Asuka』、『善玉人生』等、数々の名作を手がけてた映像製作所である。
●原作:MADまにあうさ
「知ってる・・・。名作家ね・・・。」
「あ、アタシもこの人の本、持ってるわ!シンジは読んだ事ある?」
「うん。でも、作中に出て来る“狂暴茶髪オカマ”って言う登場人物、マナにそっくりなんだよね。知り合いなのかな?」
代表作は『覚えていますか、14歳』、『狂暴茶髪MANA』の2シリーズ。現在はThe
Epistles
2000に脚本家として所属している。
●監督:逆愚痴しゅーたろー
この名前が画面に表示された途端、劇場中から轟々たるブーイングが湧き起こった。
「このヒト、何か悪い事でもしたの・・・?」
「コイツはどんな名作品もブチ壊しにしてしまう究極のへっぽこ監督なのよ!なんでコイツがこの映画の監督になれたのよ!」
「前の監督が行方不明になっちゃたらしいんだ。」
なにしろ担当した作品を全て中途半端な形でで投げ出し、まともに完成した作品が今だ1つも無いと言う、いわく付きの監督だ。ブーイングが起きても、さほど不思議ではない。
本編が開始され、最新のCG技術と特撮技術を駆使した映像がスクリーン狭しと展開される。2次元映像と3次元映像を合成した画面だけあって非常にリアルだ。多方向に配置されたサラウンド・スピーカーから発せられる立体的な音響が、臨場感を盛り上げる。
「凄い・・・。」
レイは呆けたように大画面を見ていた。
話は、寡黙で神秘的な美しさを持つ少女レナが、3年ぶりに母親のユリに呼び出される所から始まる。
この場面を見ていたアスカが、小声でレイに話し掛けた。
「なんかこの主人公、レイに似てない?」
「そうかしら・・・?」
言われて見れば、表情を余り変えない演技や常識外れな奇行、血の気を感じさせないほどの白い肌や赤い瞳、プラチナブロンドのロングヘヤーがダブルしっぽなのを除けば、レイと非常に近い印象を受ける。
「き、奇麗な女の子だな・・・。」
確かに完璧な美少女だ。劇場内からも低いどよめきが起きた程だ。スクリーンに写るレナに見とれるシンジに対し、レイとアスカの視線が突き刺さる。
「・・・・・・(怒)。」
「なによ!鼻の下伸ばしちゃってさ!このスケベ!」
「いててててててっ!!」
2人につねられてシンジの頬っぺたは真っ赤になってしまった。
『ギャオオオオオオーーーーーー!!!!』
悪の結社“是江霊(ぜーれ)”によって現代に蘇った究極生物“G”なる怪獣が第3東京市へと進行した。これを防ぐ為に残された手段は、国連の特別機関“NELF”で秘密裏に建造されていた決戦兵器、人造人間“EBA”に適格者たるレナが乗る事だけであった。
「これってNERVのことかしら・・・?」
「この配給元と原作者と監督、ヤバイんじゃない?ここまでバラしたら、NERVの諜報部に拘束されてリツコさんの実験台にされるわよ。」
「そう言えばここの制作所、よく行方不明になるスタッフがいるんだって。」
母親に捨てられたと思い込んで心を閉ざし、EBAに乗る事を頑なに拒否し続けるレナ。先程の戦闘で負傷したEBAの壱番席に座るパイロット、シンイチはそんなレナを気遣い、怪我をおして出撃しようとする。動こうとするシンイチをレナは必死になって制止した。
『あなたケガしてる・・・!そんな体でそれ以上動いたら死んでしまうわ・・・!』
『僕が行かなきゃ、キミも、ここに居る人達も、この街に住んでいる人達も、みんな死んでしまうんだ!!』
アスカはニヤニヤしながらシンジの脇を肘で小突く。
「あ〜あ、シンジもあれくらいハンサムでカッコ良かったらね〜。」
「・・・悪かったね。どうせ僕はカッコ良くないよ。」
アスカのそんな言葉にシンジはムスッとしてしまう。
「・・・私はシンジ君の方がいい。」
「そ、そうかな?ありがとう、レイ。」
「む〜。」
レイに慰めの言葉をかけられ照れるシンジを見て、アスカは不機嫌になってしまう。
『私・・・、私が乗ります・・・。』
傷ついても自分達を守ろうとするシンイチの姿に、レナは決意を込めてそう言い放つ。
レイの脳裏に、初めてアスカと出会った時の事が蘇った。痛みでぼやける視界に写るのは、自分の為に涙を流してくれたアスカの姿。強く、強く抱きしめてくれた。
「アスカ・・・。」
「なに、レイ?」
「あの時はありがとう・・・。」
「いいのよ・・・。」
レイの柔らかな微笑みに、アスカは照れたように応えた。
『ギャオオオーーーーーーッッ!!』
『目標に高エネルギー反応!」
『いけない!よけてレナちゃん!』
『ピシャアアアーーーーーーーーーッ!!』
“G”ことゴ○ラの口から必殺のプラズマ光線が吐き出される。
『ガキーーーン!』
『EBA、フィールドを展開しました!』
『そんなバカな!?訓練を受けていない人間が、どうして!?』
EBAもゴジ○の攻撃に呼応してフィールドを張り、接近して格闘戦を展開する。
『ドドドドドド!!バキバキバキ!!』
『バリバリバリ!!ドシャアアアーーー!!』
鉄橋を破壊しビルを薙ぎ倒しドーム球場を叩き潰して戦い続ける2体の巨神。結局、EBAの活動停止と同時に○ジラも力尽き、戦いはひとまず引き分けに終わった。
ごきゅごきゅごきゅ・・・
「ぷっはーっ。酒飲みながら映画見るのってサイコーよねー。そろそろ私達の出番ってとこじゃないかしら、リツコ。」
床に山の如く缶ビールを並べて飲み続けていたミサトが隣のリツコに語り掛けた。
「・・・それはそうなんだけど、すっごく嫌な予感がするのよね・・・。」
無事に生還してのち、レナはNELFの作戦部長にしてアル中三十路女ミサと同居する事となる。戸惑いながらも温かい家族の絆に次第に心を開いてゆく。
「な、なんで私のキャラは三十路なの〜!私はまだ29なのよぉ〜!こんなの無しよ〜!ヒドすぎるわ〜!」
悲痛な叫び声をあげながらも、自我崩壊の1歩手前で何とか踏みとどまったミサトだったが、悪の秘密結社“是江霊”の首領である髭面のゲドウとの間でロマンスが展開され、挙げ句の果てに熱烈なキスシーンが映し出されると、一気に精神崩壊を起こしてしまった。
「け、けけ・・・、くけけけけけけけけけ・・・。」
バタンッ!
ミサトは奇声を上げてブッ倒れてしまった。ゲンドウの再婚相手と間違われた上に胸にむしゃぶりつかれたと言う、過去に受けた悲惨極まりない深刻なトラウマが蘇っのだろうか。
続いて登場したのは、邪悪な笑みを浮かべた金髪ばーさんだった。既に老年に達しているリカコの創り出す発明品は、ことごとく欠陥品であり、彼女の頭には実験失敗の爆発で飛んできた注射器が刺さったままになっている。
「金髪ババアだー!金髪ババアだー!」
「わはははっ!金髪ババアだー!」
「「「「「「金髪ババア!金髪ババア!金髪ババアアアァーーーっっ!!」」」」」」
何故か湧き起こる金髪ババアコール。このバカ受けからすると余程に人気のあるキャラクターと見える。
「き、き、金髪ババア・・・。ひ、ひひ・・・、ひひひひひひ・・・。」
バタンッ!
劇場にこだまするババアコールにリツコも目を回して卒倒してしまった。流石はミサトの親友、実に仲が良い。
そうこうする内に、海の彼方からEBAの弐番席に座るべく、エスカがやってきた。天災的な頭脳と抜群の操縦センスを持つ一方、勝ち気で高飛車な性格をした少女だ。
『アンタ、バッカァ!?話し掛けないでって言ってんでしょう!』
『う、うん。ゴメンね。でも、何か困った事があったら、いつでも言ってよ。』
『・・・バカ。』
『シンイチくん、喋りたくない人は放っておきましょう・・・。私、シンイチくんの為にお弁当作って来たの。あっちへ行って2人だけで食べましょう。』
『ウ、ウッサイわね!アンタ、シンイチを独り占めにしようったって、そうはさせないんだからね!』
邪険にしても突き放しても自分を気遣い庇ってくれるシンイチに、いつかしらエスカは惹き付けられていく。シンイチにほのかな恋心を抱くレナはこれを察知して猛反撃を開始し、泥沼の3角関係が展開される。ゴ○ラを倒すべく提案された、3人共同でEVAを動作させることで可能となるユニゾン攻撃も、こんな調子で全く上手く行かない。
(・・・こ、この子、カワイイわね。アタシ、負けてんじゃないかしら?)
少し年齢は上なのだろうが、自分より彫りの深い西洋的な美貌と完成された肢体に、アスカはチョッピリ敗北感を感じてしまう。
横を見ればシンジはじっとスクリーンを見ている。
(シンジってあんな感じの子がいいのかな?)
取り敢えずシンジに話を振って反応をうかがってみる事にした。
「し、しんじぃ?き、きれいなヒトねぇ?」
ギクシャクとしたアスカの問いかけに、間髪入れずに返事が返って来た。
「そう?アスカの方がずっと奇麗だと思うけど?」
シンジは特に気負った風も無く、のほほんと言ってのける。
ボン!
真っ赤になったアスカは心臓が急停止したように硬直し、ぷっしゅーと頭から湯気を出して
椅子に倒れ込んでしまった。
「ど、そうしたの?大丈夫?」
「だだだ、だいじょおおおぉぉぉぶうぅ。」
「む〜・・・。」
今度はレイが膨れっ面になってしまう。
場面は変わって学校内である。
『みんな、おっはよー!愛してるわよー!』
生徒に向かって投げキッスをしている女性の担任教師は、下着と見間違える程のキワドイ服を着て教壇に立っている。よくこの場面を映倫が許したものだ。
「あ、あれ、もしかして私がモデルなの?私、あんな恥知らずな真似や格好なんてしてないわよ」
憮然とした表情で呟いているのは、レイ達のクラス、2ーAの担任を勤める片山エリカ。しかし、映画に負けず劣らず、どっかのオネーさんみたいな露出度120%、体のライン出まくりの服を着ているので説得力はない。
『おう!霧鳥!男の癖にそんな軟弱な格好しとったらアカンで!ワイみたいにジャージを着いや!』
恐らくトウジに相当する役者は、角刈りの頭に顔面を斜めに走るヤッパ傷と言う凶悪なツラ構えに加え、“じゃーじ命”と背中にでっかく刺繍が施されたジャージを着て鉄下駄を履いている。
「おおっ!なかなかナイスなデザインやんけ!ワイも明日からあんな感じでいったろ!」
ジャージが登場した為にトウジは大喜びしている。
『ウルサイわねぇ〜ん!ワタシの趣味にゴチャゴチャ文句つけないでよぉ〜ん!』
マナに当たる役者は、関東平野の如き胸に筋骨隆々の体格、顔にはケバい化粧を施し、これでもかと言わんばかりの異様な風体で、のべつ絶え間なく不気味な空気を振り撒いていた。
そんなイカツい “カレ”がウインクしてシナを作る。
「うおっ!?なんだアレはっ!!」
「うおええっ!!」
「ゲロォっ!!」
観客の驚愕した叫びと嘔吐する音が劇場中から一斉に聞こえ始めた。
「ああああああ、あれは、いいいいいい、一体、なななななな、なにぃ!?????」
余りといえば余りな扱いに、マナは体を震わせ顔の筋肉は完全に痙攣してしまっている。
「ぎゃーっはっはっはっはっっ!!なにって、マナぁ!まるっきりアンタそのモンじゃないの!」
アスカの容赦無いツッコミにブルブル震えながも、マナは必死に反論しようとする。
「ちちちちちち、ちが・・・。」
「違うわっ!」と言いたい所なのだが、茶髪のショートカットがどう見てもマナをイメージしている事は明白である。
更にスクリーンでは世にも恐ろしいこの人物が、セクハラ校長や問題教師に対して凄まじいまでの暴行を加え、その狂暴さを遺憾無く発揮していた。
「なんでよぉーーーっ!!なんで私があんな風に描かれなきゃいけないのよぉー!」
「それは霧島が狂暴茶髪オカマだから・・・。」
ぶちっ!!
現実世界の狂暴茶髪オカマは、命知らずな発言をしたケンスケをとっ捕まえ、一瞬にしてキャメル・クラッチを極めてしまった。
「どおおおおおおりゃあああーーーっっ!!」
バキバキバキッ!!
「モガァーーーーーーーーー!!(止めてくれ、霧島ーーーっっ!!)」
「アンタなんか現実通り隠し撮りマニア君のまんまじゃないのーっ!!」
スクリーンではケンスケとおぼしきキャラが、女子更衣室に潜入して着替えを隠し撮りしている。
『クックックッ・・・。売れるぞ〜、売れるぞ〜!ヒッヒッヒッ・・・。』
「あ、相田君ってやっぱり隠し撮りマニア君だったのね・・・。」
ヒカリが救いの無い絶望的な視線でケンスケを見る。
「違うんだ〜!誤解なんだ〜!」
「何が誤解なの、隠し撮りマニア君?あなたの犯罪行為を知らない人間なんて、学校中探したって1人もいないわ!ネタはとっくにあがってるのよ!」
必死に弁明するケンスケに、エリカが袋にぎっしり詰まった盗撮写真を突き付けて無情なトドメを加えた。しかし、なぜケンスケの盗撮写真をこんな所まで持って来ていたんだ、片山エリカ?
「エ、エリカ先生まで〜。」
「さあ洞木さん。今日こそは、この人間失格隠し撮りマニア君を徹底的に更正させるわよ!」
「はいっ!」
言うやキャメル・クラッチを極められているケンスケに、エリカとヒカリの2人は嵐のようなストンピングを見舞い始めた。これでケンスケは、しばらくの間は盗撮をする意欲が出なくなってしまうだろう。
スクリーン上では現実と同じく、盗撮現場を押さえられたマニア少年にクラスの担任教師と茶髪オカマと委員長の女の子が、血の雨が降るほどの暴行を加えている。
観客から一斉に歓声やヤジや怒号が飛び出した。
「わははっ!いいぞ、もっとやれー!!」
「警察呼べー!警察ーっ!」
「蹴りが甘いぞ!もっと腰を入れて蹴れー!」
「誰かアントニオ猪○のテーマ曲をかけろー!」
そんなこんなで騒いでいる内に、話の方は佳境へと入って行く。
南極で発見され、NELFで研究されていた古代の卵から子供の怪獣が生まれた。各種の検査でゴジ○の子供である事が判明し、処分される事が検討されるが、これを知ったレナがミサに頼んでこの子供の怪獣を引き取ってしまう。レナは自分を慕うリトル・ゴジラとの対話の中で、自分と母親の関係を見詰め直し自分を取り戻していく。そしてこの小さな怪獣はその活躍で、レナ、エスカ、シンイチを繋ぐ絆となる。
「・・・カワイイ。」
レイはこの場面を身じろぎもせず、じっと見ていた。心はリトル・ゴジラの愛らしい一挙手一投足の虜となっており、その相手をしているレナを自分自身と重ね合わせていた。
最強生物○ジラとの最終決戦、苦しい訓練を乗り越えたレナ達の三位一体ユニゾン攻撃が炸裂し、遂に宿敵ゴ○ラは大地に倒れ伏した。最後の一撃を加えようとするEBAの足に親を助けようとして泣きながらしがみ付くリトル・ゴジラ。その姿を見た3人は止めを刺せなくなってしまう。
結局、ゴラ○親子は人の住まない南極大陸に移送されることとなった。別れの刻が訪れ、レナとリトル・ゴジラを精一杯抱き締めあう。
「そう・・・。よかったわね・・・。」
レイの視線は海の彼方へ親怪獣と共に去って行くリトル・ゴジラの小さな後ろ姿に釘付けになっていた。
余談ではあるが・・・。
次の日になって、この映画の配給元であるThe
Epistles
2000の撮影所に、山のような一升瓶を背負った紫ロングヘアーの女性、第壱中学の女子用制服を着た茶髪のオカマ、撲殺釘バットを持った白衣の金髪女性と言った珍妙な一行が乱入し、驚天動地の大騒ぎとなった。
撮影所長のT氏(仮名)は無理矢理10本の一升瓶を飲まされて瞬時にして病院送りとなり、原作者のMADまにあうさ氏は狂暴茶髪オカマにキャメル・クラッチ地獄変を極められて再起不能、そして監督の逆愚痴しゅーたろーは撲殺釘バットでメッタ殴りにされ、脳天を叩き割られた挙げ句に拉致されてしまったそうだ。その後の彼の行方を知る者は誰もいない。
○月△日
リトル・ゴジラの形をしたプラグスーツは、正式名称をW型プラグ・スーツと呼称するそうです。シンジ君はこれを着るのを嫌がっているみたいだけど、私はとっても気に入っています。あの映画を見て以来、私は片時もこのプラグスーツを手放せなくなりました。どうしてもどうしてもリトル・ゴジラそのもののプラグスーツが欲しくなったから、赤木博士にお願いして特別仕様のプラグスーツを作ってもらったの。外部から無線で操作できるので、ラジコンの様に楽しめる利点もあわ。前は何所へ行くにも学校の制服を着ていたけど、今はずっとリトルの着ぐるみを着ています。そして今日、私はこのプラグスーツの思いがけない使用方法を発見したの。
「それにしても、よっぽど気に入っちゃったのね〜。ずーっとそのプラグスーツを着てるじゃない。」
「ほんと。最近、その格好してないレイを見たことが無いよ。」
「うん・・・。とってもカワイかったから・・・。」
レイは着ぐるみを着たままアスカ、シンジの2人と一緒に下校していた。
あの映画を見た直後、レイはリツコに頼んで自分専用のW型プラグスーツを制作してもらい、食事の時も学校にいる時も、寝ている時までもこのプラグスーツを脱ぐ事が無くなってしまった。
レイはアスカ、シンジとは住んでいる場所が違うので、帰り道も途中からは違うのだが、今日はいつも別れる場所を過ぎても2人と一緒の道を歩いている。ミサトが4人で外食に行こうと言い出したので、レイもアスカ、シンジと一緒の方角へ帰っているのだ。
「みんな揃っての外食なんて、ホント久しぶりね〜。なに着て行こっかな〜。レイは着替えないの?」
「いけないかしら・・・?」
「ちょっと目立ち過ぎるんじゃ・・・。」
よもやこの後、急転直下、地獄への直通列車が待っていようなどとは夢にも思わぬ3人は、楽しげに会話をしながら家路を辿っていた。
「ごみーん!帰りに事故っちゃって、罰金払ってお金が無くなっちゃったのよ!」
帰るやいなや、3人を待ち受けていたのはミサトの謝罪であった。
「そうだったんですか・・・。じゃあ、私達で何か作って・・・。」
「いえいえ。心配は御無用よん!」
言い出したアスカを制したミサトは、あろう事か3人を地獄へ叩き落す様な発言をのたもうたのである。
「悪いと思っったから、今日はこの私が特別にスペシャルブレンドした“カレー”を食べて貰う事にしたしたわん!」
カレエエエエエエエエエェェェ・・・
かれえええええええええぇぇぇ・・・
KAREEEEEEEEeee・・・
3人の頭の中に“か・れ・い”の三文字が、ぐわーんぐわーんと反響する。
言うまでもない事だが、ミサトの作った自称カレー料理は、地獄の1丁目への特別招待券である。
これを一口食べたが最後、「レイ〜。カレーを食べたらカ・レイわね!なーんちゃって〜。」などと言う様なアホなギャグを飛ばす事は絶対不可能になってしまう。
ミサトカレーは、意識不明は言うに及ばず、痙攣、発作、下痢、嘔吐、悪寒、痔、抜け毛、水虫、じんましん、幽体離脱、臨死体験、その他ありとあらゆる病状を発生させる恐るべき猛毒物質なのだ。これ以外にも、モーホーやズーレーになってしまうと言う報告さえある。
しかも今回はスペシャルブレンドだ。一体、どれほど恐ろしい物が登場するのか・・・。
ミサトカレーに関して、アスカ、レイ、シンジの3人の間では、固く誓い合ったある取り決めが存在する。それは、不測の事態に陥って3人ともがミサトカレーを食べなければならなくなった場合、誰1人として裏切ったりせずに、3人でこの難局に立ち向かおうと言うものである。
もっとも、今までに脱落者が出なかった訳ではない。アスカとシンジは1度ずつ脱走した経験があり、その事に対して当然厳重なペナルティが課せられた。アスカは1週間の間、レイとシンジの荷物を全て持たなければならず、シンジは財布の中身がカラッポになるまでアスカとレイに奢り続けなければならなかった。
加えて、ミサトカレーの餌食となった2人からの「よくも逃げたわね〜。この裏切り者〜。」と言った感じの視線を浴び続け、しばらくの間は口も利いてくれなくなるので、凄く寂しい思いもする。
こんな事はほんの序の口に過ぎない。それよりも何よりも真に恐ろしい罰則は、後日、鍋いっぱいのミサトカレーを残さず食べなければいけないと言う事だ。
しかし、それでも逃げ出してしまいたくなるのがミサトカレーなのである。固い絆で結ばれた3人をぐらつかせると言う一事をとっても、ミサトカレーの恐ろしさが理解できよう。
「アスカ。レイ。僕たちはどこまでも一緒だよね!」
「そうよ、シンジ!私達はどこまでも一緒よ!」
固く手を握り合って、お互いの信頼と友情を確かめ合うアスカとシンジ。だが、レイは1人で宙に視線をさ迷わせ、何事か思案している。
「・・・?レイ、どうしたの?」
レイの様子がおかしい事に気が付いたアスカが声をかける。
「アスカ、シンジ君・・・。聞いて欲しい事があるの。」
「なに?なんか名案が浮かんだの!?」
「早く聞かせてよ!」
アスカとシンジは藁をも縋る思いでレイの言葉を聞こうと耳を澄ませる。コホン、と小さく咳払いをしてレイは語り始めた。
「私の着ているW型プラグスーツは赤木博士に頼んで新しく作ったもらった特別仕様品なの。普通の物と違って、着ぐるみの頭部を開けておかないと、リミッターが働いて鳴き声を発するだけになってしまうわ。会話する事が出来なくなるのと同時に、動作までもがリトル・ゴジラそっくりになってしまうの。この頭を被った瞬間から、私はリトル・ゴジラであって綾波レイではなくなってしまうのよ。」
ミサトカレーへの恐怖からか、レイの赤い瞳は虚ろな光をたたえている。
「???結局、何が言いたいわけ?」
「レイ・・・。君が何を言いたいのか、僕には分からないよ・・・。」
「つまり・・・。」
「「つまり?」」
そこまで言った途端、レイは着ぐるみの頭部をすっぽり被ってしまった。
かぽっ!
「がおーーーーーー!」
綾波レイ改めリトル・ゴジラは一声鳴くと、クルリと背を向けて脱兎の如く逃走した。
「ああっ!こら、レイ!待ちなさいよっ!」
「レイ〜!僕たちを置いて行かないで〜!」
言い終わった時には目の前の自動ドアは閉まってしまい、レイが外からロックしてしまった。
(ごめんなさい・・・。でも約束を破った事にはならないわ。今、私はリトル・ゴジラであって綾波レイではないんだもの・・・。シンジ君獲得競争でのポイントを失うのはツライけど、死んでしまったらラブラブはっぴーな新婚生活も出来なくなるわ。ふふ・・・。ふふふふふふ・・・。生きてるって、こんなにも素晴しいことなのね・・・。)
生き残った喜びからか、着ぐるみの中で晴れやかに笑うレイはスキップしながら去って行った。
一方、玄関先にはアスカトシンジの2人だけが取り残される格好となった。
「う、裏切り者!うらぎりもの〜!」
「う、う、裏切ったな!僕たちの気持ちを裏切ったんだな〜!」
予想外の事態に動転したアスカは、顔面蒼白になっているシンジにすがり付く。
「シ、シンジ〜、どうしよ〜。このままじゃ確実にミサトさんのカレーを食べる事になっちゃうわよ!カレーはイヤ、カレーはイヤ、カレーはイヤ・・・。ぶつぶつ。」
「そそそそそ、そうだね。いいいいい、一緒に逃げよう!」
「え・・・?」
次の瞬間から、アスカの頭には「一緒に逃げよう」のフレーズが幾度も反復されていた。
「一緒に逃げる・・・。許されぬ恋・・・。駆け落ち・・・。シンジと駆け落ち・・・。うふ。うふふふふふふ・・・。」
どうやら完全に勘違いしてしまったらしい。
「・・・あの、アスカ?アスカ?アスカさーん?」
何度呼びかけても、いやんいやんと身をくねらせるだけである。
そうこうしている内にミサトが鍋を持ってリビングから出てきてしまった。
「みんな何してんのよ?早く食べないと冷めちゃうわよ。あれ?レイはどこへ行ったの?」
ずいずいずいとカレー鍋を持ったミサトが接近して来る。その光景にアスカは堪えていた悲鳴を上げてシンジに抱き着いてしまう。
「いやだよぉー!ミサトさんの作ったカレーだけは食べたくないよぉー!」
アスカの禁断の発言に、ミサトは顔面崩壊を誘発しそうな表情になる。
「ななな。何ですってぇ?こここ、この私が愛情を込めて作った、こここ、この神々しいまでの完璧な、カカカ、カレーの、どどど、どこが気に入らないってのよーーーっ!!」
瘴気を放つそのカレーを見れば、10人が10人とも禍々しいと思うであろう。
「くっくっくっ・・・。わかったわよぉ〜。そーか、そういう事か・・・。くけけけ・・・。」
憤怒の表情だったミサトは、突如として不気味な薄ら笑いを浮かべ始めた。
「アンタ達、外食がフイになったのを根に持って、私のカレーをボイコットしよってのね〜。そうはさせないわよ!ぜっっったいに残さず食べてもらうんですからねっっ!!」
恐るべし、葛城ミサト。ここまで言われても自分のカレーが不味いのだと言う可能性を考慮しないとは!それとも自分の作ったカレーがはっきり不味いと言われたショックで脳の働きに狂いが生じてしまったのか?
「くっくっくっ・・・。ひっひっひっ・・・。食わす・・・。絶対に食わす・・・。」
ミサトは不気味な蛍光色に輝き、ゴボゴボと泡立って異臭を放つカレーの入った鍋を2人に突き付けた。2人は一層きつく抱きしめあう。
「わーん、シンジぃ!死にたくない!死にたくないよぉ!!」
「ミサトさーん!お願いですから止めてくださーい!!」
「だぁんめ!!死んでも食べて貰います!!」
ミサトの決意に満ちた表情で死の宣告を下した。その言葉にアスカとシンジは、はらはらと落涙した。
「しんじぃ・・・。アタシ達、ここで死ぬのね・・・。でも、例え死んでもずーっといっしょよぉ・・・。」
「ウン・・・。この世で幸せにしてあげられなくてゴメンね・・・。」
目の前で繰り広げられるラブラブ劇場に、ミサトの怒りゲージがMAX値を突破した。
「気分出してんじゃねーぞ、このガキャアッッ!!食えったら食えーーーっっ!!」
飛び掛かったミサトによってシンジは床に引きずり倒され、足で両腕を押さえつけられ上半身の自由を奪われた。食べる事を拒否しようと口を閉じると鼻を摘まれ、息をしようと口を開けた所を無理矢理にミサトカレーがタップリと乗せられたスプーンをねじ込まれてしまった。
「〜〜〜〜〜〜!!!!」
声にならない叫びをあげた後、四肢を痙攣させたシンジは意識を失ってグッタリとしてしまう。
「シ、シンジーーーっっ!!」
「余りの美味しさに気を失ってしまったよーね。・・・さぁて、アスカ。次はあなたの番よぉ〜。」
「ひいいいっ!!」
ゆら〜りと向き直ったミサトの表情にアスカは悲鳴をあげた。
ピーポーピーポーピーポー
レイからの通報を受けたリツコが葛城家に急行すると、そこには目を回して倒れているアスカとシンジ、そして自分の作ったカレーを食べて泡を吹いてブッ倒れてしまったミサトがいた。自分の作った物に免疫が出来上がっていたミサトにも、今回の超スペシャルブレンド・ミサトカレーは効果を及ぼしてしまった様だ。
○月△日
昨日は本当に助かったわ・・・。でも、このプラグスーツの威力はこれくらいのものじゃなかったの。今日は、このリトルのありがたさを改めて知ったわ。
綾波レイはリトル・ゴジラの着ぐるみの上から割烹着を着て席に座っていた。
ここは第壱中学の家庭科室。この時間は調理自習をする事になっている。
「今日の家庭科の課題は“にくじゃが”です。」
担当の家庭科の教師が本日の課題をそう告げると、レイの表情が見る見る曇った。
(肉じゃが・・・。お肉・・・。お肉嫌い・・・。)
「私、食べたくない・・・。」
ボソッと言ったその言葉を同じ班にいるマナとヒカリが聞き咎めた。
「駄目よ、レイ!そんな事じゃ、いつまで経っても好き嫌いが治んないよ!」
「そうよ。好き嫌いしてると、体にも良くないわ。」
本来ならこういう役目はアスカとシンジが受け持っているのだが、生憎と2人は別の班でラブコメを演じるのに夢中だ。
結局、作るのだけは手伝ったのだが、皿に入れられた肉じゃがを見ると、もういけない。全身に湿疹が出て、悪寒で体がガタガタ震えてくる。
もう限界だ。反射的に着ぐるみの頭部を被ってしまう。
カポッ!
「がおーーーーーー!!」
ペッタンペッタンペッタンペッタン!!
「あっ!レイ!一体、どこ行くのよ!1人だけで授業をズルけるなんて、そんな子に育てた覚えは無いわよ!私もサボリたいんだから連れて行きなさい!」
逃がしてなるものかと、多分に不埒な動機からマナは着ぐるみのシッポに飛びつく。
「レイ!授業中よ!ちゃんと席に着かなきゃ駄目っ!」
流石は委員長のヒカリ。マナとは正反対の純粋な義務感からシッポにしがみついた。
「がおー!がおー!がおー!(はなして・・・。お肉はイヤ・・・。お肉はイヤなの・・・。)」
ずるずるずる・・・
2人がかりでシッポを押さえつけられている為に、ちっとも前進できないリトル・レイ。他の生徒もマナ達の加勢に加わろうとしたので、レイは強硬手段に打って出た。
ぶんっ!ぶんっ!
ぺし!ぺし!
「わわっ!」
「きゃあっ!」
レイはリトル・ゴジラのシッポを左右に振り、シッポパンチでまとわり付く2人を弾き飛ばすと、脱兎の如きスピードで逃走してしまった。
うお〜ん♪がお〜ん♪ぎゃぎゃぎゃっ♪
音楽室から何とも形容し難い音声が響いて来る。もちろん、自動車のエンジンを回転させている訳でも、動物園から動物を借りてきて放し飼いにしている訳でもない。これはれっきとした人間の歌声なのである。
「はい・・・。き、霧島さん、もういいですよ・・・。」
新任の音楽担当の女性教諭は、憔悴し切った顔で何十曲目かのマナの歌を聞き終えた。腸捻転をおこしたアシカの様な声で歌われる歌を、何十分にも渡って聞かされ続けたこの女性教師は、音楽の教諭になった事をほとほと後悔し始めていた。
シンジの歌うドナドナ替え歌・葛城家バージョンを聞いて笑ったり、アスカやヒカリの歌に聞き惚れている内は良かったのだが、怒号と変わらないトウジの歌の辺りから変になりだし、騒音と変わらないマナの歌が登場すると教室内は一挙に死の世界となってしまった。
マナの背後には、脳細胞破壊の歌を強制的に拝聴さされたクラスメート達が死屍累々となって横たわっていた。頭痛を訴えて寝込む者や、ノイローゼ気味の者、中には発狂寸前の者までいる。
「ええ〜?もっと歌いたいのに〜。」
マナの不満そうなこの言葉に、クラスの全員が真っ青になってしまう。
これ以上マナに歌われては級友達の生命に危険が及ぶと判断したヒカリが、必死にマナを制止した。
「ね、ねえ、マナ。まだ後に歌う人もいるんだし・・・、このくらいで良いんじゃないかしら・・・。」
「・・・はーい、わかりましたぁ・・・。」
しぶしぶと言った表情でマナが退場すると、クラスの誰もが安堵のため息を漏らした。
「では・・・、次は綾波さんね・・・。前に出てきて歌って下さい。」
青息吐息の音楽教師に指名されたレイは、相変わらずの着ぐるみ姿のまま、ピアノの傍までペタペタと歩いて行く。
この時、レイの顔は恥かしさの為に赤くなっていた。無論、着ぐるみを着ている事に対してではない。
あまり人前で何かをやると言った事を好まないレイにとっては、大勢のクラスメートの前で歌う事など地獄の責め苦にも等しい行為だった。歌おうとすると緊張で声が詰まり、かすれたような小さな声しか出なくなってしまう。
加えて滅多に表情を変えない美少女が、恥かしそうにプルプルと震えるその姿に、クラスの男子の食い入るような視線が突き刺さり、その事で更に緊張してしまうと言う悪循環を生み出していた。
かぽっ!
赤くなった顔を見られるのが嫌なので、着ぐるみの頭部を被ってしまう。
「じゃあ、綾波さん。大きな声で歌って下さいね。」
音楽担当の女性教諭にそう言われて、着ぐるみを被っていると言う安堵感から、レイは半ばヤケクソ気味に声を出した。
「がおー!がおー!がおー!がおー!がおー!がおーっっ!!」
バリーン!ガシャーン!
リトルの口から発せられた怪音波が、教室のガラスを全て粉砕した。後ろでレイの歌声に耳を澄ましていた生徒達も泡を吹いてブッ倒れてしまっている。
「あ、綾波さん、叫ぶんじゃなくて歌うのよ・・・。」
耳元で大音響を炸裂させられた音楽教師は、生命の危険を感じて目を渦巻きにしながらも必死でレイに訴えた。
「がおー!がおー!がおー!」
カポッ!
「・・・ごめんなさい。」
リトルの頭部を被ったままでは怪獣の叫び声しか出ないので、やむを得ず顔を出して歌う事にする。
ボソボソ・・・
ざぁーんこーくなてんしのように・・・♪
ボソボソ・・・
しょーおねんよ、しんわになれ・・・♪
ボソボソ・・・
やっぱり歌えない。恥かしさで咽が絞め上げられ、全くと言っていいほど声が出ないのだ。
レイは顔を真っ赤にしたまま俯いてしまった。
「あ、綾波さん・・・。も、もーちょっとでいいから、大きな声を出してくれないかしら・・・?」
何とか大きな声で歌う楽しさを体験してもらいたいとレイに声をかける音楽教師だったが、彼女はその行為を数秒後に心底後悔する事になる。
もうこれ以上、赤くなれない所まで赤くなったレイは、一世一代の大きな声で歌おうとした瞬間、恥かしさの余り反射的にリトルの頭部を被ってしまったのだ!
かぽっ!
「がおおおおおおーーーーーーっっ!!」
バキバキバキッッ!!バーン!バーン!バーン!
教室の天井が崩れ、床が抜け落ち、窓枠が全て吹き飛び去った。音楽教師以下、教室の中にいた人間は全員、床に倒れて痙攣していた。
静まり返った音楽教室の惨状を確認したレイは・・・、
「がおーーーーーー!」
ペタペタペタペタペタペタ!!
やっぱり逃げ出した。
ずるずるずる・・・
放課後、レイは帰り道の途中にあるラーメン屋でニンニクらーめんチャーシュー抜き大盛りを食べていた。この店はレイのお気に入りで、店員ともよく言葉を交わしたりする。
ずるずるずる・・・
既にレイのテーブルには、空になったドンブリが山のように積み上げられている。一体、どこまで食べるつもりなのか。この食いっぷりのおかげで、レイはこの店の看板少女になってしまった。
ずるするずる・・・
事情を知っている店員や常連客は涼しい顔でこの光景を眺めているが、始めてレイを見る客は、怪獣の着ぐるみをまとった怪奇な少女がブラックホールよろしくラーメンを吸い込んで行く様子を、宇宙生物を見るような目でみていた。
ずるずるずる・・・
何十杯目かのドンブリを持って来た顔見知りの店員が、
「レイちゃん、たくさん食べるのはいいけれど、お腹だけ壊さないようにね。」
と忠告されると素直に頷きはずるのだが、すぐに次のラーメンを注文する。
ずるずるずる・・・
「っぷ・・・。」
どんぶりがテーブルから溢れそうになった辺りでやっと限界が来たのか、可愛らしく小さなゲップをして椅子の背にもたる。満足そうに着ぐるみの上からお腹をさすった後、会計を済ませるべく立ち上がってレジへ向かった。
「ごちそうさま・・・。」
「いつもアリガトね、レイちゃん。えーっと、ニンニクらーめんチャーシュ抜きの大盛りが56杯だから、合計で2万8000円になります。」
大盛り一杯が500円とは随分と良心的な店であるが、食べた量がケタ外れなので支払いの額も大きい。
(お金は・・・。・・・!!!!)
支払いを済まそうとしたレイは、ポケットから出した財布の中を見て仰天した。札入れには1枚の紙幣も入っておらず、小銭入れには1円玉が3枚入っているだけだった。
(しまった・・・。銀行から引き出すのをうっかり忘れていたわ・・・。)
幸いNERVのクレジットを持っていたのでこれを店員に渡す。
ブブー!ブブー!
カードの読取装置が警告音を発した。
「あれー?有効期限が切れちゃってるよ?」
(・・・いけない。カードの期限は先週までだったんだ・・・。どうしよう・・・。)
支払不能と言う不測の事態に、彼女の聡明なはずの頭脳は完全にパニックを起こしてしまった。アスカ達がレイの奇行を止めさせようと懸命に教えた社会常識の中には、「お金が払えなくなったら家へ連絡する。」と言う項目は含まれていなかった。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐる
どうしようかと思案して焦るあまり、その場でぐるぐると回転し始めてしまう。
レイの余りの狼狽ぶりに気の毒になった店員が、「いつも来てくれるから、また今度でいいよ。」と言いかけたその時だ。
かぽっ!
「がおーーーーーー!」
「あっ!ち、ちょっとレイちゃん!まってよ!」
シッポにしがみ付いて追い縋る店員をシッポパンチで撃退し、あっと言う間に逃走してしまう。
綾波レイ、14歳にして食い逃げと言う犯罪に手を染めてしまった。
この後、連絡を受けた学校とNERVから、青くなったエリカとミサト、それにアスカとシンジがラーメン屋へ急行し、平謝りに謝って謝罪した。もっとも店員はレイの性格をある程度知っていたので、「気にしないでまた食べに来てくれるように言っておいて下さいね。でも今度から食べるのは2〜3杯だけにしといた方がいいって言ってあげて下さい。」と言っただけで特に咎める事も無く、ミサト達はホッと胸を撫で下ろした。
このことで完全に味を占めたリトル・レイは、数週間に渡って各地に出没しては狼藉の限りを尽くしまくったのだった。
着ぐるみレイちゃん大行進!1 終劇
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