「私、結婚するんだ」
 彼女の言葉に僕の世界は凍りついた。





    LAST…

                                by  scarlet





 三年前、僕の十六回目の誕生日にアスカから告白された。

「あたしはずっとあんたを見てたのに何で気がつかないのよ!!バカシンジ!!」

 そう言って彼女は僕の首に手を回し身体を引き寄せ、
 そして…唇を重ねた。
 
 十秒ほどそうしていただろうか、僕から離れたアスカが話し掛けてきた。
 …いつもの口調で。

「あたしが、このアスカ様がココまでしたのよ!!返事は!?」

 当然、僕の答えは決まっていた。

「僕はアスカが好きだ。付き合ってほしい」

 アスカは僕の胸に顔を埋め泣き出してしまった。
 普段からは想像も出来ない弱弱しい姿。
 でも僕はそれもアスカの姿という事を知っていた。

「…遅いよ、あたしがどれだけ待っていたとおもっているのよ?」

「…ゴメン。でも僕もずっとアスカを見ていたんだよ?」

「…本当に?」

「本当だよ。ぜんぜん気がついてくれなかったもんだからてっきり…」

「アンタバカァ!!?」

「へっ???」

 顔を上げ、僕の顔を睨んでいる姿はいつものアスカだった。

「だったら何で今まで言ってくれなかったのよ?」

「え、だって振られたらどうしようとか考えると…」

 僕は慌てて言い訳しようとしたが、
 そこまで言って僕はアスカの目が怒っていないことに気づいた。

「ふふ…」「あはは…」

 僕らは笑っていた。

「やめようよ。こんなことで時間を無駄にするのは」

「そうね。もう終わったことだもんね」

 アスカを抱き寄せる。石鹸の匂いが仄かに漂うアスカ。
 僕はアスカしか見えなくなっていた。瑠璃色の瞳、赤みを帯びた髪。全てが愛しかった。
 アスカが目を閉じる。驚いたことにその時僕は自然に、アスカとの距離を縮めていた。
 そして僕らはお互いの気持ちを確かめた後、初めてのキスをした。



 2020年 3/15


 入学試験。未だ存在し続けている日本の制度。
 僕は学力の壁にぶつかってしまった。
 
 ドイツの大学を飛び級で卒業したアスカが僕と同じ失敗をするはずも無く、
「何落ち込んでるのよ、まだ来年があるじゃない」
 明るく話し掛けてくるアスカの声すら煩わしかった。
「アスカは天才だからそんなことが言えるんだよ、所詮凡人の僕にはこの大学は無理だったんだよ」
 何を言ってるんだ僕は?アスカが悪いわけじゃないのに。
「な…何言ってるのよ?そりゃ一度は落ちたけどチャンスはまだあるのよ?」
「もういいよ。何度受けたって同じさ。どうせネルフで働くんだ。早いか遅いかだけだよ」
 実際そうなるだろう。何処まで行っても監視される身。
 そう、どうせ未来は決まっているんだ。
「ちょっと待ってよ。じゃあ三ヶ月前の約束はどうなるの?
 大学に入って最初のシンジの誕生日に結婚するって言ったじゃない?」
 左手に輝くターコイズの指輪。
 瑠璃色に映えるその指輪が、輝きを失ったように覚えた。
「別に…いいじゃないか。大学に行かなくても結婚は出来るよ」
「…逃げるの?自分で決めたことじゃない」
 逃げる?僕が?     目の前にいる愛すべき人の瞳に悲しみが浮かんでいた。
 逃げているのか?    困惑していた僕にまともな思考が出来るわけも無く、
「うるさいな」
「私は昔と変わったわ。シンジは変われないの…?」
 やめろ。それ以上言うな。アスカの涙が見えないのか?
「そうだね、アスカは素晴らしいよ。僕とは違ってね」
「ちょっ…そんな意味で言ったんじゃ」
「じゃあどんな意味なんだい?僕を軽蔑してるだろ?」
「お願い、アタシの話も聞いてよ」
「もう何だっていいよ!!ほっといてくれ!!」
「シンジ…」
 頼む、止まってくれ、もう、
「なんだよ?」
「私達って結局傷つけあうだけの存在だったの?」
「・・・」
 違う違うちがう違うチガウ否定しろ否定しろ否定しろ否定するんだ。声を出せ。引き止めるんだ。
「…ありがとう、この五年間楽しかった」
 そんなこと言わないでくれ、お願いだ、頼むから、壊れるコワレル。壊レテユクンダネ?
「さよなら…」
 動け、動いてくれ、頼む僕の身体よ動け、大切な人をまた無くすのか?お願いだ!動け!!!!!!!!!

 僕の意思とは裏腹に身体は動かず、アスカは去っていった。僕の元から…


  6/1

 三ヶ月ぶりにアスカが僕の――三ヶ月前までは二人でいた――マンションにやってきた。

「上がってもいいかな?」
 他人の家のような言い方。
「…どうぞ」
 素っ気なく答えてしまう。
 僕の向かい側に腰掛けるアスカ。
「紅茶でいいかな」
 まともにアスカの顔が見れなくて、理由を作って立とうとする。
「いらない」
「そう」
 場が沈黙に支配される。
「今日は大事な話があって来たの」
「・・・」
「私、結婚することになったの」
 結婚…?誰が?
「…誰と…?」
 蚊の鳴くような声で、辛うじて、一言だけ、
「日本のネルフの人。私、ドイツには帰りたくないんだ。だから…」
 ネルフ…僕に戦いを強制し、未来を決めてアスカまでも     
 どうして、どうして、どうして、               
 思考の迷宮にはまり込んでいた僕は、
 アスカのもう一つの言葉の意味を考えることが出来なかった。
 最も気づいたのは全てが終わった後だったのだが。
「その人は優しくて、料理が上手で、私のことを大切に思ってくれているらしいの。」
 微かな違和感。
「…いつ?」                         
「…六日」
 もうすぐ、アスカが手の届かないところへ行ってしまう。
「シンジ」
 キス、アスカの髪を眺めながら、時が止まることを望んでいた。
 どれほどそのままでいたのだろう?実際には数秒だったのだろうか?
 僕から離れたアスカが立っていた。
 蒼天より零れ落ちる水晶の欠片。
「さよなら」
 そういって微笑んだ。
 この三ヶ月、いつも夢見ていた笑顔。
 でもそれは僕の知っている明るい笑顔ではなく、別れを告げる悲しい笑顔だった。
  
 アトニノコサレタノハ、クチビルニノコルアスカノカンショクダケ




  6/2

「碇君。…あの人のところへ行かなくていいの?」
 誰…?あの人?

「あの人は、アスカはあなたを待っているのよ」
 ア…スカ…?

「あの人があなた以外の人と本気で結婚すると思っているの?」
 もう、終わったんだよ

「そんなことであなたに想いを寄せていた人たちが納得すると思っているの?」
 僕に想いを…寄せる?

「いつまでそうしているの?」
 いつ…まで?

「…私は昔人形だった」
 綾…波?

「でも今のあなたよりはまともだったわ」
 冷たい声だね

「少なくても、いるだけで周りを傷つけるようなことは無かったわ」
 傷つける?誰が?誰を?

「碇君。私の声が聞こえているなら、さっき話したことを考えて」
 

 何を、考えるのだろう?


  6/3
 
 口の中に生暖かく、甘く、赤黒い液体が広がる。

 痛い。
 
「シンジィ!!!!ワレどうゆうつもりや!!!」
「落ち着けよトウジ」
「そうよ鈴原落ち着いて」
 トウジ…ケン…スケ…洞木さん?
 
「お前が惣流支えたらんでどないすんのじゃ!!」
 トウジに、殴られたのか

「お前以上にアイツのことわかっとる人間なんかいる思うとんのか!!」
「トウジ!!こっちへ来い!!」
 僕以上にアスカを…分かっている…人間

「ふうっ。ゴメンね碇君痛かったでしょ?でも私たちも鈴原と同じ考えなのよ」
 洞木さん

「あなたよりアスカに似合う人なんていないと思うわ」
 アスカ


「シンジ。いつまでも逃げんなや」
「俺達はお前達に幸せになってもらいたいんだよ」
「私達待っているからね」
「殴ったことは謝らへんぞ。決着ついたら返しに来い」
 トウジ、皆。

 ありがとう。でも、もう…


  6/5

「何なの?その姿は?」
 誰?ミサトさんか… 

「…来なさい」
 どこへ?
 引きずられてゆく感覚。頭から浴びせられる熱めのお湯。

「熱い」
 お風呂?
「明日はアスカの結婚式なのよ?どうあろうとあなたは行く義務があるの」
 義務?
「さぁ早く身体を洗いなさい。それとも私にやってもらいたいの?」
「…自分でやれます」
 しばらく流れ続けるお湯に身を委ねていた
「一人になりたい」
 そのためにはミサトさんの言うことを聞くのが良いと判断した僕は、
 濡れた服を脱ぎ身体を洗った。


「さぁ早くこれを食べなさい」
 食事?

「なに黙って突っ立ってんのよ。はやく食べる!」
 食べる。あぁ、そういえばアスカが来てから何も食べた覚えが無いな。
 
「あ〜心配しなくてもいいわよ。これは洞木さんとレイが作ったものだから」
 心配?何を?

「私は手を出してないからちゃんと食べられるわよ」
 そういえばミサトさんは料理が下手だったな…

「食べたら…一人にしておいてくれますか?」
「…全部食べるのを見届けたらね」
 口に入れられたものは咀嚼され嚥下された。唯それだけ。


  6/6

「久しぶりだね卒業式以来かい?シンジ君」
 カヲル君…?

「どうしてアスカ君を迎えに行かないんだい?今日で彼女は結婚してしまうんだよ?」
 もう僕なんかにはアスカを愛する資格なんて無いんだ。

「今の君はまったく好意に値しないね」
 そう、やっぱりこんな僕は嫌いだよね。

「違うね」
 え?

「全てをアスカ君の所為にしている君にはその価値すらないということさ」
 アスカの所為にシテイル?

「君は人生の壁にぶつかってしまった。そしてその責任をアスカ君に押し付けて逃げた」
 アンナ僕にアスカは相応シクナイ。

「それこそがアスカ君の天分の所為にして逃げているってことだよ」
 そんなコトハ

「才色兼備のアスカ君には自分はふさわしくない、そう思っているのだろ?」
 …ソウダヨ僕ナンカハ彼ジョのチカクニイテハイケナイんだ。

「やはり今の君は好意に値しないね。」
 ・・・・・・・・・・・・・・・

「アスカ君は君に何を求めていたと思う?」
 …アスカの…求めていたモノ?

「君はアスカ君に家族の大切さを教えてあげたんじゃないのかい?」
 僕ガ?

「では質問を変えよう。君はアスカ君の何処が好きなんだい?」
 人一倍努力してイル姿。
 厳しい言葉ノ裏ニアル優しサ。
 怒りながらモ僕のことを大切にしていてくれた。
 人一倍甘えん坊で、
 意地っ張りで、

「それだけかい?」
「…笑顔。」
 そう、僕はあの笑顔に惹かれたんだ。

「今まで言ったことに一つでも学歴や能力が関係あるのかい?」
「…ない。」
「彼女をどう思っているんだい」
「頑張っているアスカを支えたい。僕のことを大切にしてくれる以上に僕は彼女を大切にしたい。
 甘えん坊で、意地っ張りで、僕はそんなアスカが好きなんだ」
 それは世界が一度終わったときに誓ったこと。
 何故そんなことを忘れていたんだ。
 一度大学に落ちた。それがどれほどの意味を持っているて言うんだ。
 そんなことで、僕はなんてことをしていたんだ。

「やっと現実を見てくれたね」
「カヲル君…」
 いつもの微笑みを称えたカヲル君の顔に今気づいた。

「これは最後のプレゼントらしいよ。君の誕生日だからね」
「最後の…プレゼント?」
 カヲル君が取り出したのは綺麗にラッピングされた小さな箱だった。
 受け取った途端に視界が歪む。とめどなく溢れる涙。
 アスカがいない。
 皮肉なことに自分の誕生日すら思い出せなかったことでアスカの大切さを改めて思い知る。
「…もう、間に合わないのかな…カヲル君?」
「何故そう思うんだい?」
「…もうすぐ…結婚式、なんだよ…?」
「アスカ君は最後にどんな表情をしていたんだい?」
 記憶の糸をたどってみる。
 不思議なことにこの数日で訪れた人の中でアスカの行動だけがやけに鮮明に甦った。
「悲しい顔、迷子の子供のような淋しそうな顔で…笑ってた。いや、多分泣いていたんだ」
「もう気づいているんだろう?彼女自身そんな結婚を望んでいないことに」
 その通りだった。もう迷いは無かった。
「シンジ君はどうしたいんだい?」
「アスカを迎えに!そして」
 もう迷わない。もう二度とアスカを離さない。たとえネルフを敵に回しても構うものか。
 もう…大切なものを見失わない。例え何があろうと、後悔はしたくない。

 (不思議なものだ、ほんの数分前まではいつ死んでもおかしくないような状態だったのに。
 これがリリンの力…心の強さであり弱さなんだね)

「ちょっと待ってよシンジ君」
 部屋から出ようとしていた僕をカヲル君が呼び止めた。
「その格好で花嫁さんをさらいに往くつもりかい?」
「え?」
 改めて自分の格好を見てみると昨日から着替えもしていなかった。
「ふふ、これを着てゆくといいよ。」
 そう言って差し出してくれた紙袋には白いタキシード一式が入っていた。
「着替えたらミサトさんが下で待っているよ。急いで」
「カヲル君。ありがとう」
「お礼はいいよ。その代わり二度と今の気持ちを忘れないでね」
「もちろんだよ」
 僕はカヲル君に微笑みを返し、ミサトさんのところへと走った。
 

 足を前に出す。その一瞬の動作すらもどかしかった。
 視界に飛び込む懐かしい青のルノー。五年前と変わらぬ笑顔がそこにはあった。
「ミサトさん!!」
「おっそーい。そんなんじゃアスカに逃げられても文句言えないわよ?」
「いえ、絶対に捕まえて見せます」
 助手席に乗り込みシートベルトをしながらはっきりそう言うと、
 ミサトさんは嬉しそうに、そして少し淋しそうに微笑んだ。
「飛ばすわよ!!」
 後ろにゴムの溶けた匂いとタイヤの後を残しながら走り出す。
 いつもなら目を回してしまうミサトさんの運転ですらやけに遅く感じてしまう。
 (アスカ…)


「いぃぃやっほーい!!!!」
 ガンッッッッ!!キュキュキキッッー!!!
 鈍い音をたてて策を弾き飛ばし教会の前に停止する。
「さ、行ってらっしゃい!」
「ありがとうございますミサトさん」
 教会の階段を駆け上がる。一歩踏み出すことがもどかしい。
 足と靴が地面に張り付いたかの様な錯覚。あと少し、
「アスカ!!」
 僕は鉄の塊のようなドアを押し開けると同時に力いっぱい叫んだ。
「…シ…ンジ…?」 
 アスカの顔は驚きで占められていた。
「シンジ君」
 アスカに近付こうとした瞬間、乾いた音と共に頬が熱くなった。
 それがリツコさんに張り手をされたと気づくまでさらに数瞬懸かった。
「無様ね。今さら何しに来たの?」
 冷たい視線。正直言って今までなら間違いなく逃げていただろう。だけど、
「アスカを迎えに来ました」
 人を傷つけないようにしていた今までの僕の行動がさらに人を傷つける。
「彼女は結婚するのよ?今のあなたに彼女を幸せにできるの?」
「そんなことは分かりませんよ」
 再び乾いた音が響く。
「そんな気持ちで「でも、」
 ならば、逃げないのならば前に進むんだ。
 前に進む。
 それはいかなる結果が出ようとも自分の気持ちを曝け出すことだろう。
「幸せに出来るかどうかなんて僕には分かりません。
 でも、少なくてもアスカを幸せに出来る確立は僕が一番高いはずです。
 いえ、自惚れかも知れませんが僕以外ではアスカを幸せになんか出来ない!!」
 最後は殆ど叫んでいた。
「…あなたは彼女を一生妻として、共に生きることをこの場で誓えるの?」
「はい」
「ふぅっ」
 リツコさんが微笑んでいた。何故かとても懐かしい。
「無様なのは私だったみたいね。いいわ、行きなさい」
 一歩一歩アスカに近付いてゆく。
「アスカ」
 びくっとアスカの肩が震える。
 もう二三歩のところで立ち止まり、カヲル君から渡された小箱を取り出した。
「もう二度と同じ過ちは犯さない。もう一度やり直そう。
 この小さな箱で最後なんて言わないでよ。僕はアスカに一緒にいて欲しいんだ」
「私…は、もう、結婚する…のよ、遅…いわ…よ…」
 泣き声で語尾が聞き辛かった。
「関係ないよ、今からだって…」
 一歩を踏み出す。もう手を伸ばせば届くところにアスカはいた。
「遅いのよ!!!!」
 アスカが振り向き叫ぶ。
「この三ヶ月ずっとシンジを待っていた。最後の望みを掛けてシンジに会いに行った。
 でも、シンジは何も言ってくれなかった。もう、遅いのよ…」
「アス「い〜や、まだ間に合うさ」
 どこかとぼけたような声、初めてアスカの横にいる人物に気がついた。
「加持さん」
 振り向いたその人は、きちっとした服装をしているが無精ひげは相変わらずだった。
「アスカ、さっきから聞いてると君は間に合わないっていってるけど?」
「そうよ、もう遅いのよ」
「結婚するときに一番大切なのはなんだい?契約かい?」
 諭すような口調、その言葉はアスカだけでなく僕にも向けられていた。
「それは…」
 アスカは口篭っていた。
「もっとも大切なのはお互いの気持ち、そうだろ?」
「で、でも相手の人に失礼じゃ…」
「ふむ、じゃ相手が納得してくれたらいいんだね?」
「そ、それは…」
「僕が説得するよ。例え何年懸かろうとも」
「アスカ、シンジ君は確かに間違っていた。でも、大切なのは過ちを正していくことじゃないのかい?」
「私は、私だって…あたしだってシンジと一緒に居たいよ!!」
 アスカの声、今一番聞きたかった言葉がそこにあった。
 加持さんは安心したような笑みを浮かべていた。
「さ、二人の気持ちは決まったみたいだし、後は当事者同士で話し合って貰おうか」
 そう言って去ってゆく加持さんを慌てて呼び止める。
「ちょっと待ってくださいよ、何処にいるんですか?アスカの相手は」
 当然の疑問だった、さっきから教会中見回してみたが、新婦らしき格好をしている人など一人もいない。
 加持さんは振り向くと悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「おいおい、この教会で新婦の格好している人間なんて一人しかいないじゃないか?」
「何処にも見当たらないから聞いてるんですよ」
 少し語尾が荒くなる。
 『くすくす』『あはは…』
 あちこちから笑い声が聞こえる。
「何が可笑しいんですか!!」
『センセまだ気ぃつかへんのかぁ?』
 何処からか聞こえた親友の声で教会は笑いの渦に飲み込まれた。
「???どうなってるんだ???」
 周りの状況がまったく把握できていない
「あ…」
 アスカが何かに気づいたように呟いた。
「アスカ、見つけたの?どこ?一体誰なの?」
 唖然としていたアスカの肩を揺すりながら聞いてみる。
「シンジ…」
「え?なんだって?」
「だからシンジ」
「僕はここにいるよ」
 再び笑いが起こる。何がそんなに面白いんだよ?
「もう、自分の服を見なさいよ!!」
 真っ赤になりながら腕を振り上げ叫ぶアスカ。
「服…?」
 白い、タキシード。
「へ?」
 これって、つまり、
「もしかして、新婦って僕?」
 おそらく人生で最も間抜けな顔をしていただろう僕の呟きに一際大きな笑いが巻き起こった。
「さて、式を続けていいかね?」
 笑いを堪えるかのような神父の声に前に向き直る。
 よく見ると神父は冬月副指令だった。
「何でもっと早く教えてくれナかったんだよ」
 隣にいるアスカに囁く。
「私だって知らなかったのよ」
「顔も知らない相手と結婚しようとしてたの!?」
「シンジの笑顔を見たら他の人間なんてみんな同じよ」
「え!?」
「すまないな、二人とも、この計画の都合上相手を教えるわけにはいかなかったものでな」
 冬月神父の謝罪の言葉に現実に引き戻された。
「計画…?」
 僕の質問には答えず、冬月神父はことばを続けた。
「さて、今度こそいいね。式を再開しよう」
 はじめから仕組まれていたことを知った僕達は真っ赤になりながら頷き、冬月神父の言葉を聞いていた。
「シンジ君達のの誓いの言葉はもう聞いたが、もう一度問うとしようか」
「汝、碇シンジは・・・」
「誓います」
「汝、惣流・アスカ・ラングレーは・・・」
「…誓います」
「では指輪の交換を」
「「あ…」」
 久々にユニゾンする僕達。
「どうしたのかね?」
「あの、指輪用意してないんです」
「ちょっとなんで持ってこないのよ!?アンタは花嫁をさらいに来たんでしょ!?」
「だって仕方ないじゃないか。そこまで考えてなかったんだから!」
「あぁ、それなら、さっきの箱を開けてみるといい」
「箱?アスカからのプレゼントをですか?」
「ちょっとまった。さっきから気になってたんだけどアタシプレゼントなんか知らないわよ?」
「へ?だってカヲル君が最後のプレゼントだって…」
「シンジ君、開ければはっきりするんよ」
 止めなければいつまでも続くと思ったらしく、冬月さんが割り込んできた。
 包装を解き、中に入った小箱を開けると、
 僕達が高校時代に将来を夢見ながら見ていた指輪が入っていた。
「「どうしてこれが…」」
「碇からの息子にしてやれる最後のプレゼントだそうだ」
「「!!父さん(指令)が…」」
 (とうさん、ありがとう)
 この場にいない父に感謝した。
「それじゃあ、改めて指輪の交換を」
 指輪を一つづつとり、お互いの指にはめる。
「アスカ、ゴメンね、僕が情けないばかりにこんなに手間取っちゃって」
「もう、いいのよシンジ…いえ、あなたがいてくれるんだから」
「…来年は、一緒に大学へ行こう」
 どちらからともなく、同時に抱き合う。
 この世で最も愛しい存在。僕は今日のことを一生忘れないと誓いながら、
 僕とアスカを重ねた。至福の時。しばしの静寂。
「私はまだ何も言っていないんだがね」
 困ったような神父の言葉を合図に起こる拍手。
 僕らは、その後もしばらく幸せを噛み締めるように離れなかった。
























 









「指令、これでよかったんですか」
 煙を燻らせながら加持が近づいてくる。
「問題ない」
 教会の壁にもたれ、腕を組みながらながらいつもの科白を吐く男。
「しかし三ヶ月も二人を離す必要があったんですか?」
 計画が発案されたときからの疑問だった。
「シンジにはいい薬だ。愛するものを失った悲しみは忘れられない。
 責任が自分にあるのならば尚更だ。だが、一時的にとはいえ、愛するものを失ったんだ。
 愚かな過ちは二度と犯さないだろう」
「そうですか」 
 発案者であるゲンドウ自身が最も計画が失敗することを恐れていたことを知っている加持は
 素直じゃないなと苦笑しつつも簡潔に返事を返す。
「それに、アスカ君には悪いことをしたが、あのまま終ったのでは、後悔が残っただけだろう。
 三ヶ月は、冷静になるための期間としては長くはあるまい」
「確かに…」
 (いつに無く雄弁だな…指令も人の子、か)
 軽い驚きを感じていた加持の素直な感想だった。
「ところで指令、二人の晴れ姿を見なくていいんですか?」
 それはゲンドウに対する心遣い。しかしあっさりと拒絶された。
「今さらどんな顔をしてあいつに会えるというのだ?」
 ゲンドウは答えるとサングラスを押し上げた。
「それに今回のことは私の、」
「贖罪…てところですか?」

『フッ』
 
 と含み笑いをこぼすと、隣で煙草を燻らす男に話し掛けた。
「加持君、煙草を一本くれないか」 
 今までゲンドウが煙草を吸っているところを見たことが無い加持は一瞬驚いたが、
 納得した表情を浮かべると、懐から煙草を取り出し渡した。
「…自己満足だよ」
 肺まで深々と吸い込んだ紫煙を吐き出し、自嘲気味に呟いた。
「いつから煙草を?」
 しばらく続いた沈黙を破ったのは加持だった。
「あれが、妻がシンジを身篭ったときに、な」
 (シンジは今日から新たな人生を歩んでいく…大事な日だ。
 一本だけなら、許してくれるだろ?ユイ…)
 もう決して帰ってこない妻を捜すかのように天を見上げ、
 微笑んだその表情は無理に作った笑いでも、全てに絶望した嘲笑でもなく、
 人生の伴侶を手に入れた息子を祝福する、


       
       ―――父親だった―――
 
 


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 はじめましてscarletといいます。
 処女作、しかもありきたりのネタということで
 お目汚しさせてしまったのではと冷や汗を流しております。
 腕が未熟なうえに、最初から最後まで皆様を偽るという目的でしたので
 非常に見苦しい冒頭部分となってしまいました。
 気分を害された方も多いかと存じます。お許し下さい。
 最後になりましたがこのような駄作を読んで頂いて本当にありがとうございました。


マナ:あら。アスカ、シンジを振って結婚するのね。おめでとう。

アスカ:違うわよっ! あれは加持さん達に騙されて。

マナ:ふーん。騙されたの。じゃ、今回のことは無かったってことね。

アスカ:あったりまえでしょ。

マナ:シンジとの結婚も、取りやめよねっ。もち。

アスカ:こっちは、膳は急げってヤツよっ!

マナ:そんなのズルイじゃない。

アスカ:みんなが、こーんなに祝福してくれてんだもん。結婚するしかないわっ!

マナ:マナちゃんが、祝福してないもんっ!

アスカ:(ディンゴーン♪ ディンゴーン♪)鐘がアタシを呼んでるわ。今日からアタシは、碇アスカになるのよぉっ!

マナ:いやーーーーーーっ! わたしも連れてってぇっ!

アスカ:なんで、アンタを連れてかなきゃなんないのよ。(ーー)
作者"scarlet"様へのメール/小説の感想はこちら。
scarletazureeyes@msn.com

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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