天に向かって伸ばした

  右腕は裂かれ

  私の意識は

  降り注ぐ
  
  槍に貫かれ

  眠りについた



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               失楽園

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  最初に目に入ったのはアイツの顔だった。

  ムカツク男。周りばかり気にする男。自分の意見をもたない男。

  だけど、あまりに哀しい顔をしていたから、思わず手を伸ばしていた。

  冷たい頬。

  アイツは泣きだした。何がそんなに哀しいのか…

  そういえばアイツが本気で感情を見せたのは始めてかも知れない。

    逃げ出す理由を探して泣くのではなく、深い哀しみと…

  そこで初めて自分が首を締められていたことに気づいた。

  こみ上げる吐き気。


 「気持ち悪い」


  どうにか口にした言葉がソレだった。








  「一体どうなったの」  

  私の横で泣き続ける男は何も答えなかった。

 「一体どうしたらこんな世界になるの」

  不思議と首を絞められたことに対しても、

  泣き続ける男を見ても怒りは湧いてこなかった。

  それどころか、悲しみ、喜び、楽しみといった感情すらどういったものかも分からなくなっていた。

  そんなことより周りの状況を知ることの方が大事に感じたのかもしれない。

  世界の様子がまったく変わってしまっていたのは一目で分かったが、

  何が起きたかまでは分からなかった。

  薄々感じてはいたが、それについて深く考えなかった。

  目の前に横たわるファーストの亡骸がやけに恨めしい目で私を見ていた気がするが。






 「…サードインパクトが起こったんだよ」 

  海を見ていた。紅い、血のような海と空と月。

  何することが無かったから、何もする気が起きなかったから。

  既に時間の感覚も無く、どれほどそうしていたのかすら分からなくなっていた。

  アイツが話し掛けてきたときも声を認識するまで時間が掛かった。

 「詳しいことは何も分からない。人類がATフィールドを失ってLCLの海に溶けたんだって綾波は言ってた」

 「ファーストはどうしたの」

 「もうこの世界にはいない。多分、この世界にいるのは僕とアスカだけだと思う」  

 「…何でアタシとアンタだけなの」 

 「僕がそう望んだから…たとえ傷つけ合うとしても人が人として存在する世界をアスカのいる世界を」

  コイツの望んだ世界…冗談じゃない。こんな主体性の無い奴の望んだ世界なんて。
  




  違う。





  …世界は元々誰かが望んで、それにあわせて創られて来た。

  そして世界を変えたものは例外なく強い意志を持った者たち。

  つまり傷つけあう世界を創ったコイツは強い意志があった事になる。

 「どうしてアタシの首を絞めていたの」

    質問に意味は無かった。 

  意志。私にそんなものがあったのだろうか?

  あったのは怯えた心だけ。全てを拒絶した。

 「僕はアスカがいる世界を望んだ。だけどこの世界には僕達しかいない。
  そんな孤独を味あわせたくなかったんだよ!!」

  私に孤独を味あわせたくなかったから?

  孤独を味わうのが嫌で私を求めたんじゃないの?

 「…じゃあアンタはどうするつもりだったのよ」

 「僕は、僕は…この世界を作り出したんだ。だから最後まで見届ける義務があるんだよ」

    呆れた。コイツはひとりで生きて行けると思っているのだろうか?

  何も無いこの世界で。エヴァの無い、力の無い唯の子供が。

  …独りでは生きて行けない。

  何も今に限ったことではないのではないだろうか?

  そんなことは分かっていたはずなのに。

  アタシは独りで生きていけると思っていた。

  実際はあらゆることを周りに依存していた。

  衣服、住い、そして食事を始めとするあらゆるものは他人より与えられたもの。  

  もちろん私も【エヴァのパイロット】を提供していた。

  人はお互いに依存して生きるもの。

  そう、人は弱い。だからお互いに依存しなくては生きてゆけない。

  事実を認める。

  唯それだけのことなのに。

  何だか楽になってきたな…



 「何でアンタの勝手で殺されなきゃいけないの」 



  食事…いや、それに限らず私にあらゆるものを提供していたのはシンジだった。

  私は彼に何かをしてやれたのだろうか?

 「ゴ、ゴメン…」


  怯えた声。アタシの声を聞くのが怖いのだろう。


 「誰が謝れって言ったのよ!!」

  始めから分かっていた。

 「アンタはこの世界を創った。自分の我侭で。ここまではいいわね?」

  私とシンジはコインの裏表。

 「う…うん」

  どちらも等しい可能性。

 「そして、また自分勝手な理論を持ってアタシを殺そうとした。そうね?」

  シンジは私に尽くすことで、

 「ゴメ「また勝手に話を自己完結させるつもり?」

  私はひたすらシンジを突き放すことで、

 『じゃあ、どうすればいいんだよ!!』

  相手に依存していた。


  


  ならば何故私はシンジを嫌っていたのだろう?

  
  実際は嫌ってなんかいなかったんだ。











 「なんでアタシに我侭言わないの?」

  シンジが落ち着くのを待って話し掛ける。

 「だって…」

  今まで突き放してきたのは私。

 「アンタねぇ、いったん壊れた世界を自分の望み通り創り直すなんて最高の我侭よ?」

  私のいる世界を望んだシンジ。

 「…うん」

  にも関わらず全てを背負い込むつもりでいる。

 「だったらどうしてアタシに一緒に生きてくれって言わないの?」

  そう、アンタだけに格好はつけさせないわよ。

 「!?」

  驚き、喜び、そして僅かな恐怖、それらの複雑に入り混じった表情を浮かべるシンジ。

 「い…いの?僕しか…いないんだ…よ?」

  恐る恐るといった様子で言葉を紡いでいた。

 「アタシは認めるのが怖かったのよ。
  シンジに惹かれている自分を。
  エヴァに乗れなくなったのは自分の所為だってことを。
  本来なら仲間が強くなったのは喜ぶべきだったっててことを。
  シンジとアタシが周りとの接し方が違うだけで本当はよく似ていたってことを」

  こんな世界にならなかったらこんな言葉は出てこなかったかも知れないわね…

 「アタシはシンジから与えてもらうだけで何も返してない。
  これからも与えてもらうだけになるかも知れない。でも一緒に生きていくことはできるわ」

  私の考えは言ったわ。あとはシンジ次第。

 「アスカ…」

  何かを探すように視線を彷徨わせた後、私の目を正面から見つめてきた。

 「僕達の他には誰もいない世界だけど、それでも、僕はアスカと一緒に生きていきたい」

 「さっきからそう言ってるじゃない。でも幾つか約束して欲しいの」

 「約束?」  

  この世界は私が望んだのかもしれないわね…

 「そう、まず悩みはお互いに打ち明ける。そして勝手に死なない。以上よ」

  エヴァのパイロットを必要としない世界。

  競う者の無い世界。

  唯、お互いを必要とする世界。  

 「うん…わかった。ありがとう、アスカ」

  ありがとう…か、今まで人から言われたことあったのかな…

 「二人っきりの世界かぁ…アタシ達がアダムとイブって訳ね」

 「そう…かもね」  

  コイツは言ってる意味を理解しているのかしら?

  まったくからかってやろうとした私の方が赤くなるじゃない。

  ま、先のことは分からないわ。

  分かるのは、今、私とシンジはお互いを必要としているってことね。



  さて、いつまでもこうしてる訳にはいかないわね。

 「さぁ行くわよ!」

  よし。やる気が…
 
 「どこへ?」

  …失せたかも。 

 「あんたバカァ?そんなことも分からないの?
  とりあえず食料を探すのよ。後は風の向くままってやつよ」

 「ははっ、アスカらしいや」

 「文句在る?」

 「ううん。そんな生き方もいいなぁって思っただけだよ」

  何真面目な顔して恥ずかしいこと言ってんのよコイツは。でも…

 『プッ』

 『アハハハハハハハハ』































  笑い方を忘れた少女が、

  笑うことを避けていた少年が笑う。

  唯それだけのこと。

  それが人とのふれあいの第一歩。

  この何気ない、簡単なことによって

  人はお互いに歩み寄る。

  少しづつ、ゆっくりと。


  ふたりが少し近付いた

  この瞬間に

  新たな神話が始まったのかも知れない

  ここで終わったのかも知れない

  知識によって創りだされた楽園《パラダイス》は滅び

  二人だけの新たな楽園《エデン》が生まれた

  神はいない    

  蛇もいない

  良くも悪くも孤独な世界

  願わくば

  少年達に幸あらんことを


アスカ:シンジともわかりあえたし、頑張って生きて行かなくちゃ。

マナ:食べ物、どうするの?

アスカ:それが問題なのよねぇ。

マナ:やきいもあるわよ? あなたの黄色いワンピースと交換してあげるわ。

アスカ:ほんと? ありがとーっ!

マナ:お風呂どーするの?

アスカ:うーん。シャンプーとかもないし、困ったわねぇ。

マナ:お風呂セットと、インタフェイスヘッドセットと交換してあげるわ。

アスカ:ほんと? ありがとーっ!

マナ:寝るとこどーするの?

アスカ:お布団ないと、お腹冷えるのよねぇ。

マナ:寝袋あるわよ? シンジと交換してあげるわ。

アスカ:ほんと? ありがとー・・・って。ちょとっ!

マナ:いっただきーっ!(*^^*)

アスカ:マテーーーっ! シンジを返せーーーーーーーーっ!!
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