2-Aの教室では、一人の少女が激しい自己嫌悪に襲われていた。

(あ゛〜〜〜、何であの時何も言わずに逃げちゃったんだろ……)

 彼女――霧島マナは、今朝、登校途中に起こったちょっとしたハプニン
グのことを思い出していた。

 朝、学校へ向かっていると、ガラの悪い三人組にからまれた。自分がひ
どい目に遭っているのに、誰も助けようともしてくれなかった。そんな時、
一人の少年が三人組の一人にぶつかった。尻餅をついた男がかなりインチ
キくさい関西弁で少年を呼び止めていた。四人がなにやらやりとりをして
いる隙に逃げ出したのだ。

(きっと助けてくれるつもりだったんだろうな…。お礼くらい言っとけば
よかったな……)

 そんなことを考えながら、自分の机で悶々としていると、そんなマナを
心配して、一人の少女が声をかけた。

「どうしたの、マナ?元気ないわね」

「ああ、ヒカリ?実はね……」

 おさげの少女――洞木ヒカリに、マナは今朝の事件について話した。

「う〜〜〜ん、そんなに気にする必要は無いと思うけど…」

「なんで?」

「だって、その人が本当にマナを助けようとしてたかどうか分からないじゃ
ない」

「いいえ、絶対私を助けようとしたのよ!!彼は白馬に乗った私の王子様
なのよ!!!」

「ど…どういう理屈でそういう結論が導き出されたのかよく分からないけ
ど、確かに助けてくれたのなら、お礼を言わないとね。だけど、どこの誰
かも分からないんでしょ?」

「そ…それは、そうだけど…」

「なにか他に、彼について覚えてないの?」

 ヒカリに言われ、マナは必死に記憶の糸を手繰り寄せる。

「そういえば……ウチの学校の制服を着てたような…」

「けど、サングラスをかけた生徒なんていたかしら?」

「転校生かもしれないじゃない?」

「そうかもね」

「あ〜〜、このクラスに来てくれないかなぁ…」


       リアルバウトエヴァンゲリオン               第六話「転校」(後編)
 一方、職員室では、件の少年、碇シンジが校長と話していた。 「碇シンジ君、市立第壱中学校へようこそ。……少し疲れているようですが、 どうしました?」 「遅刻しそうだったので全力疾走してきました」 「転校初日なんですから、あまり気にしなくても良かったのに。ただし、明 日からは気をつけるように」 「はい」  シンジが返事をすると、校長が話を続ける。 「ええっと、君のクラス、2-Aの担任は……」  校長が言い終わる前に、シンジは後頭部のあたりに何かが降ってくるよう な気配を感じた。 パシッ!!  シンジは振り返らずに、その物体を受け止めた。それは特殊警棒だった。 「み…御剣先生!!一体何のマネですか!!」  慌てふためく校長とは対照的に、シンジはいたって落ち着いた様子でゆっく りと振り返る。  そこには、一人の女教師が立っていた。スラリとした長身、艶やかな長い黒 髪を、時代劇のくの一風に高い位置で結ってポニーテールにしている。そして 何より目鼻だちのはっきりした顔立ち。美人と呼ぶにふさわしい美貌の持ち主 だった。いや、美人というより、ハンサムと言う表現のほうがいいかもしれな い。 「生徒をいきなり攻撃するなんて、随分と物騒なマネをするんですね?御剣涼 子さん?」 「この程度の攻撃は通じないか。腕は鈍ってないようね?碇シンジ君?それは ともかく……」  言いながら女教師――涼子は、シンジに近づいてくるニコニコと笑っている が、目が笑っていない。 「あたしのことは『先生』と呼びなさい」 「ははは、生徒を特殊警棒で攻撃するような人間を『先生』と呼べだなんて、 無理な注文ですよ…」  笑いながらもシンジの心中は穏やかではなかった。シンジは、この御剣涼子 という人間の性格をよく知っている。気さくで人当たりはいいのだが、少々怒 りっぽく、口より先に手が出るタイプなのだ。つまり、これ以上の挑発は命に 関わるということだ。 「碇シンジ君……」  シンジがこの場をどう穏便に切り抜けるか考えていると、涼子が不意に口を 開いた。 「諸手突きと唐竹割り、どっちがいい?」 「………、どっちも遠慮します。御剣先生……」  シンジは、考えうる最善の方法を実行した。 「わかればよろしい。それじゃあ、教室に案内するわ」 「あ…あの、僕のクラスの担任ってまさか……」 「あたしよ。文句ある?」 「………ありません」  シンジは疲れた口調で答え、涼子と共に職員室を後にした。事態を飲み込めて いない校長を放っておいて。ちなみに、この一件で涼子の給料が一か月分減額さ れたというのは、また別の話である。 「それにしても驚きましたよ。涼子さ……御剣先生がここの教師だったなんて」  教室へ向かう道すがら、シンジが口を開いた。 「あたしも今年の4月に赴任したばっかりなんだけどね」 「いや、教員免許を持っているという事実の方に驚いてるんですけどね」 「……何か言った?」 「いえ、何にも」  シンジの呟きはどうやら聞こえていなかったようだ。 「あの、御剣先生。まさかとは思うんですけど、あの人まで教師になっ てるとか、ここに赴任してるなんてこと無いですよね?」 「あの人?……ああ、あいつなら…」 「往生……せえやぁぁぁぁぁ!!」  ゴウッ!!  涼子が言い終わる前に、廊下の突き当たりから声がした。その次の瞬間、炎の 塊がシンジに襲いかかる。 「〈龍勁掌〉!!」  バチィィッ!!  シンジは、咄嗟に龍気を両手に集めて盾とし、炎を防いだ。 「………こう言うはた迷惑な攻撃を仕掛けてくるのって……」  ゆっくりと顔を上げると、そこには一人の男が立っていた。ジャージの上下と いう格好から、恐らくここの体育教師だろう。南国の漁師を思わせる赤銅色の肌、 伸びすぎて元の髪型がわからなくなってしまったボブカットに虎柄のバンダナを 巻いている。一応色男に属する容貌なのだが、平均以上に発達した犬歯と、内側 からにじみ出る暑苦しさがそれを完璧に打ち消している。 「お〜、よう防いだな〜。腕は鈍って……」  男が言い終わる前に、涼子が無言で彼に近づいた。そして…… ドゴスッ!!  持っていた特殊警棒で力いっぱい殴りつけた。 「痛いやないか!!何すんねん涼子!!」 「いきなり生徒を〈神威の拳〉 で攻撃するってのはどういう了見なんですか?草薙 先生?」  かなり嫌みったらしい口調で、草薙先生こと、市立第壱中学体育担当教師、草薙 静馬に言った。自分が職員室でやったことは完全に棚に上げている。 「自分だって攻撃したくせに……」  シンジの呟きは、涼子の耳には届かなかった。 「別に防いでんからええやん。それより、ワイの苗字の漢字間違っとるやないか!! 『くさなぎ』の『なぎ』っちゅう字はSM○Pの草○剛と同じ字やぞ!!」 「しょうがないでしょ、変換できなかったんだから」 「そらしゃあないなぁ…」  などと、よく分からない会話をしてるかと思いきや、やがて『この赤ザル!!』 だの、『やかましいわデカ女!!』だのと、限りなく低レベルな口喧嘩を繰り広げ ていた。二人とも、高校時代からの腐れ縁のせいか、遠慮というものが無い。  一人取り残されていたシンジが不意に口を開いた。 「まあまあ、夫婦喧嘩はそれくらいに……」 「「誰が夫婦なのよ(やねん)!!」」  ユニゾンして答える二人はサングラスをはずしたシンジと目が合った。 「「………あ゛」」  気が付いたときにはもう遅い、二人はシンジの邪眼にかかってしまった。  シンジは二人にそれぞれが苦手とするものに襲われるという暗示をかけた。静馬 なら、関西人が苦手とする納豆に、涼子なら、学生時代苦手だった英語の問題集や、 物理の数式に襲われる――と言ったぐあいである。  ……1分後、シンジが心底疲れた口調で言った。 「……ユメは見れました?」 (………何でこんなアホらしい事に使わなきゃならんのだろう)  シンジは、今までで一番くだらない使い方をしたことを心底後悔していた。 「し…シンジ君…いきなり邪眼はないでしょ!!」 「僕だって使いたくなかったですよ!時間がないんだからしょうがないでしょ!!」 「時間?」  オウム返しに聞いてくる涼子に、シンジは黙って腕時計を指差した。涼子は、自分 の腕時計を見て愕然とした。 「大変!!もうすぐ朝礼の時間じゃない!!」 「だから急いでるんです!!」 「それもこれも、静馬!!アンタがくだらないちょっかいをかけてくるから……て、 静馬?」  何のリアクションも起こさない静馬を不審に思ったのか、涼子が顔を覗き込んだ。 すると、静馬は頭を抱え込んで、『納豆は嫌、納豆は嫌、納豆は嫌……』などと呟い ていた。どうやら邪眼のショックからまだ回復できていないようだ。 「………どうします?」  こういう事態を引き起こしたことに、少し罪悪感を覚えたシンジが問うた。 「ほっときなさい。そのうち立ち直るわよ」  そう言って涼子は、スタスタと歩いていく。シンジも後につづく。 「起立!!礼!!着席!!」  2-Aの教室に学級委員長洞木ヒカリの声が響く。 「朝のホームルームを始める前に、今日は転校生を紹介します。入ってらっしゃい」  涼子がそう言うと、サングラスをかけた少年――シンジが入ってきた。 「「…………」」  クラスメートの反応はいまいちパッとしないものだった。一見少女と見間違えるよ うな素顔の持ち主のシンジだが、サングラスのせいでせっかくの美形も影をひそめて いる。  おかげで、一部の男子からは『ケッ、グラサンなんかかけてカッコつけやがって』 などという声や、女子からも、『怖い人かも…』だの、『不良っぽいよね』などといっ た声がちらほらと聞こえてくる。しかし、約二名他とは全く違った反応を見せた女子 がいた。レイとマナである。レイは、シンジがこのクラスに転校することを知ってい たので、表情にこれといった反応を見ることは難しいが、少しだけ顔がほころんでい る様にも見える。マナは、真っ赤になった顔を机につけたまま顔を上げようとはしない。 しかし、心の中でこ踊りをしているに違いない。  シンジもこういうリアクションには慣れているので、さっさと自己紹介を始める。 「碇シンジです。特技は一応格闘技と家事全般です。よろしくお願いします」 「なんでサングラスをかけてるんですかぁ?」  シンジが自己紹介を終えると同時に、一人の女子が質問をした。それを皮切りに、 あちこちから似たような質問が相次ぎ、教室内は一時騒然となった。 「はいはい静かに!碇君は生まれつき目に障害があって、光の刺激に極端に弱いの。 だからサングラスをしてるのよ。そうよね、碇君?」 「え!?あ、はい。そうです」  いきなり涼子に話を振られ、シンジはうわずった声で返事をした。  無論、シンジの目に障害などあるわけはないのだが、こういったほうが何かと都合 がよいのだ。 「でも、サングラスをはずした顔をみたいなぁ」  さっきの話を聞いていたのかいないのか、またしても一人の女子が言った。クラス 全員がまたも同調し、教室に『はずせコール』があがった。グラウンド側の窓にはきっ ちりとカーテンがひかれていた。 (どうする?シンジ君?) (どうするって、ここまでされちゃあ、はずさないわけにはいかないでしょ。なんと か目を合わせないようにしますよ…)  そう言って、シンジは意を決したようにサングラスをはずした。素顔が明らかにな ると、女子から『キャー』といった黄色い声があがり、男子からは『くっ負けた』だ の、『売れるぞー!!』だのと言った声がした。 (何よ何よ!!彼には私が先に目をつけてたのよ) (ダメ……お兄ちゃんは、私のもの……)  約二名ほどベクトルのずれた思考をしている者もいるようで…… 「ほらほら、もういいでしょ!聞きたいことは休み時間にでも聞きなさい。それじゃ あ、碇君は綾波さんのとなりに座ってもらおうかしら」  そう言って涼子はレイの席を指差した。 「これで朝のHRを終わります」  そう言って涼子が教室を後にした。 「隣の席だね。よろしく、レイ」  そう言ってシンジが席につく。レイも顔を真っ赤にしながらコクリと頷いた。  それと同時にクラスメートが一斉にシンジに質問を始める。 「どこから来たの?」 「どこに住んでるの?」 「今、綾波さんのこと『レイ』って呼んでたけど、まさか…」  などと様々である。 「順番に答えると、僕が来たのは第2東京から。住んでいるのは郊外のコンフォート17 マンション。レイとの関係は僕達兄弟なんだ」 「兄弟?それにしちゃあ苗字が違うけど」 「いろいろと家庭の事情があってね……」 「ご…ごめんなさい」 「いいよ、気にしなくて。それより、レイとも仲良くしてあげてね」 「も…もちろん!!」 「ありがとう(ニッコリ)」 「「…………」」  シンジ必殺の笑顔に女子の大半が沈黙。そんな中、1人の女子がシンジに声をかけ た。 「あ…あの、碇…君?」  声をかけてきたのはマナだった。 「ええっと、君は?」 「私、霧島マナ。あの、今朝のことなんだけど……」 「けさの?」  そう言ってシンジは考え込む。やがて、思い出したのか、 「ああ、登校途中に不良に絡まれてたのって君だったの!?」  シンジがそう言うと、周りから『大丈夫だった?』といった声がした。 「ええ、あの時はロクにお礼も言わないで逃げちゃってごめんなさい」 「いいよ、いいよ、気にしなくて」 「で…でも、碇君は私の代わりにひどい目に遭わなかった?」 「ああ、大丈夫。結構穏便に済ませたから」 「そう、良かった〜〜」  シンジの言う『穏便な解決』がどういうものか分っていないマナは素直に安心した。  午前最後の授業、数学が何故か『担当教師のセカンドインパクト体験談』に変わっ た頃、シンジのパソコンに一通のメールが届いた。 『君があのロボットのパイロットというのはホント?                        Y/N』  シンジは、少し考えてからYESと入力した。  すると、周りの生徒が一斉にシンジの周りに集まりだし、再び質問攻めを開始した。  「どうやって選ばれたの?」 「あのロボットの名前は?」 「必殺技とかあるの?」 「あの敵の正体は?」  もう様々である。 「企業秘密だから教えられないよ」  さすがにネルフのことを教えるわけにもいかないので、シンジは適当にはぐらかす。 「ちょっと授業中よ!!静かにしてください!!」  学級委員長であるヒカリの注意も生徒達には届かない。こんな状況下で、延々と自 分の体験談を語りつづけることのできるこの老教師は意外と大物かもしれない。  昼休み、一人のジャージを着た男子生徒がシンジに近づいてきた。 「転校生、ちょっとええか?」 「あなた、お兄ちゃんに何の用?」  レイが口を挟む。 「ちょっと話があんねん。屋上までついてきてくれるか?」 「……。わかった」  そう言ってシンジは、男子生徒の後に続く。その後を、一人のメガネをかけた男子が 追う。  屋上では、シンジと男子生徒が対峙している。 「それで?僕に話って?」  シンジが口を開くと、男子生徒はいきなり頭を下げた。 「ホンマにありがとう!ワイの妹を助けてくれて!!」 「え?」 「あん時、避難勧告がでてて、ワイらもシェルターに避難にててんけど、妹の奴が火元の 確認すんの忘れた言うて飛び出したんや。確認し終わってシェルターに戻る途中でああなっ てもうて…」 「そうだったの…」 「あとで妹を助けてくれた人が言うててんけど、あのロボットのパイロットがあのバケモ ンを遠くに追いやったおかげで救助できたって」 「別にたいした事はしてないよ。ただ…今度もこううまくいくとは限らないって言うのだ けは覚えておいて」 「なんでや?」 「ああいう化物と戦ってる以上、周りに気を回す余裕がないんだよ」  口ではこんなことを言っているが、今のシンジなら、周りを気にしつつ夕食のメニュー を考えながら戦闘をするくらいわけない。 「はぁ、そういうもんか……。わかったわ。お前の邪魔にはならん」  そう言って素直に頷くジャージ君。 「まぁ、この話はこれでええんや。ワイがもう1つ言いたかったんは、妹助けてくれたお 礼っちゅうたらアレやねんけど、お前のこと助けたるわ。なんでも言うてや」 「それじゃあ……」 「ちょい待ち!!」 「なに?」 「『金貸してくれ』とかそういう類のもんは却下や」  金銭面に関して厳しいのは、さすが関西人というべきか。 「そんなんじゃないよ。ただ、ここに来てから友達っていないから、友達になってよ」 「そんなんでええんか?よっしゃわかった!!ほんなら自己紹介せなな。ワイの名前は鈴原 トウジ。トウジって呼んでくれや」 「じゃあ僕も改めて自己紹介を。僕は碇シンジ。シンジって呼んでよ」 「わかったわ。シンジ」 「それと……」  そう言ってシンジは屋上への出入り口のわずかに開いた隙間に向かって言った。 「いい加減出て来たら?デバガメなんていい趣味とはいえないと思うよ」  しかし、返事はない。  仕方ないのでシンジは、ズボンのポケットをまさぐり、何か取り出すと、コンクリートの壁 に向かって指パッチンのような仕草をした。  パンッ!  爆竹が破裂したような音と共に、壁の一点からコンクリートの粉が飛び散った。 「……次は当てるよ…」  特別脅しを含んだ様子もなく、ただ決定事項を淡々と述べるようにシンジは言う。 「ははは……」  乾いた笑いを浮かべ、両手を上げて出て来たのは、二人の後をつけていたメガネの少年だっ た。 「け…ケンスケ、お前何してんねん」 「い、いやぁ、トウジが転校生に何かイチャモンつけるんじゃないかと心配で…」 「アホ、ワイがそんなことするワケないやろ!!それに、シンジとはもう友達やしな」 「え?そうなのか?」  そう言ってシンジの方に目をやるとシンジも、 「そうだよ。ええと……」 「ああ、自己紹介がまだだったな、俺の名前は相田ケンスケ。ケンスケって呼んでくれ」 「うん、わかったよ、ケンスケ」  こうして、ケンスケまでがなし崩し的にシンジの友人となり、3バカトリオが『再』結成され た。 「けどシンジ、さっきお前何したんや?」  コンクリートの壁に近づいたトウジは、そこに、直径1.5センチメートルほどの穴が穿たれ ていたのを見つけ顔を強張らせた。 「もしかして、さっきのは指弾っちゅうやつか?」 「我流だけどね。試したことはないからはっきりとは言えないけど、多分、車のフロントガラス くらいなら簡単にブチ貫けると思うよ」 ((そんなもんを何の躊躇もなく人に使うな!!))  トウジとケンスケはユニゾンして心の中でつっこんだ。 「と.ところでシンジ、お前特技は格闘技だって言ってたよな」  話題を変えようとケンスケがシンジに聞いた。 「そうだけど?」 「トウジも空手とかやってるんだけど、シンジは何をやってるんだ?」 「ええっとね、全部かじった程度なんだけど、空手に柔術、中国武術、ムエタイに骨法あとは……」  指折り数えながら答えるシンジに、 ((こ…この一人多国籍軍が!!))  またも心の中でユニゾンする二人。しかし、二人はわかっていない。シンジには『一人多国籍 軍』ではなく、『人間凶器』という異名の方がふさわしいということが。 「そ…そういえば、シンジってあのロボットのパイロットなんだよな?」  再びケンスケが話題を変える。 「そうだけど?」 「いいよなぁ。あんなのに乗ってバケモノと戦うなんて、かっこいいよなぁ…俺も乗りたいなぁ」 「………これでも?」   「………え?」  ケンスケは、サングラスをはずしたシンジと目が合った。  気が付くと、ケンスケはロボットに乗っていた。  エントリープラグに備え付けてあるスピーカーから声がする。どうやら歩けといってるらしい。    どうすればいいのか尋ねると、意識を集中しろと言ってくる。このロボットは、パイロットの イメージした通りに動くようだ。頭の中で歩く姿をイメージすると、ロボットが足を一歩踏み出 した。次に右足を前に出そうとする。しかし『歩く』という行為は、元々無意識にやってること なので、意識してやるのはなかなか難しい。結局、バランスを崩し倒れてしまった。  スピーカーから声がする。早く起きろといってるようだ。後頭部を押さえながら上を見上げる と、あのバケモノと目が合った。バケモノは、左手でロボットの頭を鷲掴みすると、そのまま高 く持ち上げる。そして、右手でロボットの左腕をつかむと、力いっぱい引っぱりだした。左腕に 激痛が走り、やがてバケモノがロボットの腕を握りつぶすと、自分の腕も潰されたような激痛が 走った。次にバケモノは、左手から槍のような物を出しロボットの右目を貫こうとしている。外 野はよけろと言っているがパニックを起こしたケンスケには無理な注文である。やがて右目は貫 かれ、その勢いで、後ろの高層ビルまで吹っ飛ばされてしまった。ビルに叩きつけられたショッ クで気絶寸前のケンスケの目に、瓦礫の下敷きになった少女の姿が飛び込んできた。 (俺…女の子一人助けることができないのか……)  バケモノがゆっくりと近づいてくる。能面のように無表情なその顔(?)が何故か笑ってるよ うに見えた。光の槍がロボットの首を吹き飛ばた、その時―― 「――ジャスト、1分だ」  パアァァアンッ!!  ガラスの割れるような音と共に、世界が変わる。今回はさらに羽根も舞っている。気が付くと、 いつもの屋上だった。 「ユメは見れたかい?」 「し…シンジ?今のは……」 「な…なんや?何があったんや」  キツネにつままれたような顔をして、ケンスケが尋ねる。トウジも同じことが聞きたいようだ。 「今のは、僕が邪眼で見せた幻だよ」 「「じゃがん?」」 「そ。僕は目を合わせた人間に1分間幻影を見せることができるんだけど……」  シンジがすべてを言い終える前に、トウジとケンスケは首を横に向けた。 「いや…そんなにはっきりと目をそらさなくても……。大丈夫だって。一度邪眼にかかれば、24 時間はかからないし、それにやたらと邪眼をかけないために、こうしてサングラスをかけてるんだ から」 「そ…そうか」 「ほ…ほんなら、目に障害があるっちゅうんは…」 「そんなのあるわけないでしょ」 「「なぁんだ…」」  なにやら二人して安堵の声を上げている。 「お兄ちゃん……」  しばらく三人でダベっていると、レイがやって来てシンジに声をかける。 「どうしたの?レイ……と、霧島さん?」  シンジが顔を向けると、レイの後ろにマナが立っていた。 「あはは……碇君が心配で…」  何故かバツが悪そうにマナは答えた。 「お兄ちゃんって、シンジと綾波って兄弟だったのか!?」 「そのわりには苗字が違うようやけど」 「…………」  ケンスケとトウジ、2人の質問にレイは黙りこくってしまう。 「ま、いろいろと事情があるんやろうから、これ以上は聞かん」  気まずい雰囲気を察知してトウジが言った。 「それで?どうしたの?レイ」 「非常召集がかかったの……」 「わかった。レイは先に行ってて。三人はシェルターに避難するんだ」  そう言うとシンジは階段とは逆に、フェンスの方に向かって歩き出す。 「し…シンジ!!どこ行くんや!!」 「どこって、階段下りるの面倒くさいから……」  シンジはフェンスを乗り越えると、何の躊躇もなく飛び降りた。 「「「!!!!!!!」」」  慌ててフェンスに駆け寄るトウジ、ケンスケ、マナ。レイはとっくに階段を下りている。三人の目 には、ゆっくりと降下するシンジの姿がうつっていた。 (あ…あいつ、ホンマに人間か…) (舞○術って、ホントにできるんだ…) (か…カッコイイ!!)  同じ物を見ても、感じ方は人それぞれのようで……。    シンジはネルフ本部に着くと、プラグスーツに着替えケイジへと向かった。 《目標を光学で捕捉!領海内に侵入しました》 「総員第一種戦闘用意っ!」 《第3新東京市、戦闘形態に移行します。兵装ビル、現在対空迎撃システム稼働率48%!》  ミサトから確認の通信が入ってきた. 「シンジ君!用意はいい!?」 『いいですよ』 「……それにしても、碇司令達の留守中に第四の使徒襲来か……思ったより早かったわね」 「前は15年のブランク、今回はたったの3週間ですからね」  日向が愚痴をこぼす。 「こっちの都合はお構い無しってわけか。女性に嫌われるタイプね」  設置された迎撃システムが使徒に攻撃をかける。しかし、全く効果は無い。 「税金のムダ遣いだな」 「…………」  ゲンドウとユイが不在のため、代わりに陣頭指揮を執る冬月の一言にミサトは何も言い返せ なかった。 「葛城一尉!委員会から、エヴァンゲリオンの出動要請が来ています」 「うるさい奴らね。言われなくても出撃させるわよ」  ――第334地下避難所―― 「ちっ、まただよ」  ビデオカメラのモニターを見ながら、ケンスケは愚痴をこぼす。 「なにがや?」 「見ろよ、ほら」  聞いてくるトウジに、ケンスケがモニターを見せる。モニターには、特別非常事態宣言が発令さ れた旨のテロップが映し出されていた。 「また文字ばっかし。僕ら民間人にはなんにも見せてくれないんだ。こんなビックイベントだってい うのに〜〜〜」 「おまえ、ほんっまに好っきゃなあ、こーゆーの」  トウジが呆れ顔になった.。 「うう〜、一度だけでいいから見たい〜〜。今度はいつ敵が来るかわかんないし。けどなぁ……」 「どないしたん?」 「いや……」  そういうケンスケの脳裏に、先程シンジが邪眼で見せた光景がよぎった。自分の友人があんな 大変な目に遭いながら戦っている。それを考えると、とても『こっそり抜け出して現場をカメラに収 めたい』などと言う気にはなれなかった。だが一方で、『本当にあれほど危険な目に遭ってるのか』 という思いもある。 (本当は俺達を驚かせるためにあんな幻を見せたんじゃないのか…それに、離れて見るだけなら…)  こうして自分勝手な理論武装を済ませたケンスケが、トウジのほうを向き口を開いた。 「トウジ」 「なんや?」 「ないしょで外出ようぜ」 「あほかっ!!外出たら死ぬやないか」 「バカッ!し〜〜〜〜〜」  大声をあげたトウジをケンスケは慌てて静かにさせる。 「ここにいたってわかりゃしないさ」 「けど……お前、シンジがロボットの中でどんな目に遭っとんのか見せられたんやろ?なんや、モビ ルスーツみたいなんで」 「それはジ○ガ○。シンジが俺にかけたのは邪眼だよ、じゃ・が・ん」 「そ…そんなことはどうでもええねん!!とにかく!ワイはシンジの邪魔にはならんて約束したんや」 「大丈夫だって。遠くから離れて見るだけなんだし…それに…」 「それに、なんや?」 「俺達には、友人としてシンジの戦いを見守る義務があるんじゃないのか」 「う……」  ケンスケの一言にトウジは絶句した。ケンスケの言ってることが単なる方便であることは十分にわ かってはいた。だが、シンジの戦いを見たいと思っていたのはトウジも一緒だ。 「お前……、ホンマ自分の欲求に正直なやっちゃな」 「……とか言っちゃって、ホントはお前も見たかったんだろ?」 「う……うるさいわい!!」  図星をつかれ、トウジは思わず声を荒げてしまった.。 「委員長、僕達ちょっとトイレね」 「んも〜〜〜、ちゃんと済ませときなさいよ」  マナ達とダベッていたヒカリが呆れ顔で言った。 「それにしても……」  ケンスケ達を見送ったヒカリが呟く。 「なに?」  マナが鸚鵡返しに聞いてきた。 「碇君、大丈夫かしら」 「だ〜いじょうぶよ。彼、カッコイイもん!!」 「ま…マナ、それとこれとは関係ない思うけど……」 「そんなことないもん!!シンジ君は格闘技とかやってるからきっと強いもん!!どんなバケモノ だっ て、こっぱ微塵のミジンコちゃんなんだもん!!」 「…………」  自信たっぷりに、どこぞの二世超人のセリフを吐くマナに、ヒカリはもはやつっこむ気も失せて いた。 「準備はいい?シンジ君」 『いつでもどうぞ』 「エヴァ初号機!発進!」  ミサトの号令と共に、初号機が発進した。  一方、シェルターを後にしたトウジとケンスケは、街を一望できる小高い山に来ていた。  第3新東京市についた使徒は、低空で飛行していたが、やがて立ち上がった。その姿はどう見ても 烏賊である。 「す…すごい。苦労して来たかがあったァ」 (あれが使徒っちゅうやつか……気色悪う…)  カメラ片手に嬉々とした表情を浮かべるケンスケとは対照的に、トウジは使徒の姿にゲンナリした 様子だ。 「おっ…」  兵装ビルから紫色の巨人が姿を現す。エヴァ初号機だ。 「待ってましたァ」  お目当ての物が出て来て、ケンスケの顔はますますほころぶ。 「それじゃあ、行きますか」  シンジはレバーを握りなおすと、使徒に向かってパレットガンで攻撃を開始した。 タタタンッ!タタタンッ!タタタンッ!  しかし、煙が上がるばかりで、ダメージを与えた様子はない。   「……冗談だろ」  一旦攻撃を中断したシンジが呟く。シンジの人並みはずれた動体視力は、劣化ウラン弾が当 たる前に光の鞭で弾をはじく使徒を捉えていた。 シュシュッ!  シンジが気を取られていた一瞬の隙を突き、攻撃を仕掛けた。 「!!」  何とかかわしたシンジだったが、パレットガンが破壊されてしまい初号機もバランスを崩し 倒れてしまった。 「なんやもうやられとるで、あいつ」 「大丈夫っ、まだだ!」 「予備のライフルを出すわ。受け取って!」  兵装ビルのシャッターが開き、パレットガンが出てきた。 「………ナメたマネやがって……」  シンジはミサト達に聞こえないような小さな声で呟くと、ゆっくりと立ち上がった。 「あ〜〜〜も〜〜〜、なにモタモタしてんのよ!」  初号機のあまりにもゆっくりとした動きに、ミサトは苛立ちを隠せなかった。  その間にも、使徒は初号機に近づいていた。そして、光の鞭で攻撃を加えようとしたその時――  プンッ!!  初号機が姿を消し、使徒の背後に姿を現した。使徒は痙攣したように震えていたが、やがて完全 に動かなくなった。 「も…目標、完全に沈黙……」   水を打ったような静けさの中、青葉の報告が響き渡る。しかし、誰一人、シンジが何をしたのか わからなかった。 「………あ!!」 「ど…どうしたのマヤ!?」  リツコがマヤに問う。 「し…初号機の右手に…」  モニターを良く見ると、初号機が右手に何かを握っていた。   初号機が握っていた物――それは、使徒のコアのかけらだった。  使徒を見てみると、コアのまんなかあたりに、抉られたような痕があった。 「な…なんで」 「恐らく初号機は目に見えないほどの高速移動で目標に接近。そしてコアの一部を抉り取ったと考 えられるわ……」  ミサトの呟きに、律儀にもリツコが解説を加えた。 「マジ?」 「マジ」   リツコの一言に、リツコ自身やミサト、それにこの場にいた全員が思った――シンジ君って、ホント に人間?――  翌日、シンジが教室に入ると、やたら暗い顔をしたトウジとケンスケの姿が目に入った。 「ねぇ、霧島さん。あの二人、どうしたの?」  とりあえず近くにいたマナに聞いてみる。 「う〜ん、詳しいことは聞いてないんだけど、あの二人、シェルター抜け出したのがバレて、御剣先生 と草薙先生にお仕置きされたみたいよ」 「な…何をされたの?」 「それがわからないんだけど…、こうすると…」  そう言ってマナは掃除道具の入ったロッカーの戸を開けた。そして、 バンッ!  乱暴にしめた。すると、トウジとケンスケはガタガタと震えだし、『お仕置きは嫌…お仕置きは嫌… お仕置きは嫌…』などと呟いている。 「ねっ面白いでしょ♪」 (二人ともやられたんだね……〈アイアンメイデンの刑〉を…)  シンジは〈アイアンメイデンの刑〉の犠牲になった二人に心の中で十字を切った。  数時間後、ショックから立ち直った二人は、泣きながらシンジに謝ったという。
 ……無駄に長い話になってしまった。  さて、前回、今回と若干キレ気味のシンジ君がでてきましたが、とりあえず、後二回こういう怖いシンジ 君が登場します。(でも予定は未定)この二回で確実に死人、もしくは廃人が出るでしょう。(この場合、 死人と廃人、どっちが問題があるんだろう)  きな臭い話はさておき、シンジ君〈神威の拳〉の属性ですが、〈天〉です。〈雷〉はフォースチルドレン (誰かはナイショ。でも、マナではありません)の予定。


マナ:なんだかとっても恋の予感。

アスカ:アンタが1人で舞い上がってるだけでしょ。

マナ:出会いって、いつも突然なのね。

アスカ:顔見せても、シンジにすぐ思い出して貰えなかったくせに。

マナ:シンジったら、照れちゃって。(*^^*)

アスカ:忘れてただけよっ。

マナ:でも、シンジと2人でロッカー前でアバンチュールする仲になったもん。

アスカ:震えてる2バカ見て、なんか楽しいわけ?(ーー)
作者"シェルブリット"様へのメール/小説の感想はこちら。
akaxc405@tcn.zaq.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system