「シンジとアスカの鋼鉄の赤い糸?(後編)」
些細な出来心から、手錠で繋がれてしまったシンジとアスカ。
今、その事から生じる様々な諸問題の中でも、最大級の難関「シャワータイム」を迎えている最中だ。
「じゃあまず、あんたから入って。」
「えぇー・・・別にいいけどさ。」
「さあさ、早く早く。」
「じゃあ服脱ぐから、目隠ししてよ。」
「え、ああ、そうだったわね。」
(シ、シンジとお風呂・・・・・こ、これって・・・・・)
ニヤニヤと笑みを浮かべながらのアスカが、目元をタオルで鉢巻きして目隠しをする。
「はい、出来たわよ。」
「・・・・・本当に、見えてないよね。」
「もっちろん。」
目隠しをしていると言っても、その顔を向けられていると結構気になってしまう。
「本当に?」
「もう!早くしてよ!あたしだって早く入りたいんだから!」
「わ、分かったよ。」
疑心暗鬼は捨てきれないので、一応、シンジはアスカに背を向けて服を脱いでいく。
バサッ、バサッ。スルリ。
ドキドキドキドキドキ・・・・・
シンジの脱ぎ捨てる衣類の音に、なぜか動悸してしまうアスカ。この夢のようなシチュエーションに、顔をまっ赤にして俯いてしまっている。
(こ、この目隠ししているタオル1枚の向こうに・・・・・シンジの、シンジの・・・・・)
「あッ!」
心の中でグヘヘと妄想を拡大させていたアスカだが、シンジの声にはっと現実に戻された。
「ど、どうしたの?」
「あの・・・手を繋がれてるからさ、上着が脱げないんだ・・・。」
「あ!そっか。」
下半身の衣類は脱げるものの、手を繋がれた状態では上着は完全に脱衣できず、繋がれた左手に引っかかってしまう事になるのだ。
「あ、じゃあ、一応、あたしが持っててあげるわ。」
「うん、それなら何とかなるね。」
左手に引っかかっているTシャツをアスカへと渡し、これでシンジの入浴準備は完了である。万が一に備えて腰にはタオルが巻かれているので、万事に置いて抜かりは無い。
「じゃ・・・・・入るよ。」
「う、うん。」
ガラッ
風呂場に入るシンジの後を追うアスカだが、目隠しされている為、足下が不安である。
「きゃっ!」
するとそんな不安通り、風呂場のドアの仕切りにつま先を引っかたアスカが、前のめりに倒れてしまった。
どさっ
「うわっ!」
(こ、ここ、これは・・・!!)
シンジの裸の背中に身を預けるような形になり、アスカは初めて触る「ナマ」のシンジの背中に、一気に顔が燃え上がる。
(シ、シンジの背中・・・・・あったかい・・・・・。)
「ア、アスカ、大丈夫?」
「えへへへぇ、大丈夫よぉ。」
(な、なにがそんなに面白いんだよ!?)
すっかり顔が緩んでしまい、酔っぱらったような声を出すアスカに、何か良からぬ事を企んでいるのではないかと、シンジはゾッとしてしまう。
「じゃ、じゃあ体洗うから。」
「え、ええ。」
バシャバシャバシャ、ゴシゴシゴシ・・・・・
(シンジって、ど、どこから洗うのかな・・・・・手かな、足かな、首かな・・・・・)
またしても悶々と妄想世界を広げていくアスカ。体を洗うシンジの後ろでニヤニヤと口元を歪ませながら、どんどんターボをかけていく。
(か、顔からかな、胸かな・・・・・そ、それともっ・・・・・!!)
最後の方でアスカの妄想が臨界点に達した。
「もーーーう!シンジったら!!!」
ドン!ガンッ!
「うぐッ!」
アスカに背中を突き飛ばされ、目の前の壁に頭から激突してしまったシンジ。当の目隠ししているアスカはそんなシンジの様子が分かるはずもなく、空いている手を顔にやり、恥ずかしそうにいやいやをしている。
「ちょっと、アスカ・・・・・なんだよ急に・・・・・。」
「だってシンジが・・・・・ごにょごにょ。」
身をかがめて風呂場のタイルに「の」の字を書いているアスカ。
「なんなんだよ、もう。」
ぶつけた頭をさすりながら、しっかりしてくれよとシンジ。誰だって、勝手な妄想で突き飛ばされてはたまらないだろう。
「じゃあ、頭洗うから、じっとしててよ。」
「う、うん。」
ワシャワシャワシャ・・・・・
(シ、シンジが頭を洗ってる・・・・・)
ただ頭を洗う事のどこがそんなに気になるのだろうか。妄想ターボのかかりすぎているアスカには、もうシンジの行動ひとつがたまらないほどドキドキである。
ザーーーーガシャガシャガシャ・・・・・
(お、男らしいわ・・・・・)
シンジは適当に洗っているだけなのだが、頭を洗い流すガシャガシャという音がワイルドさを感じさせるらしい。
ピシャッ、ピシャッ
「ちょ、ちょっと!お湯が飛ぶわよ!」
降り注ぐシャワーの湯が、シンジの体に跳ね返ってアスカの服にかかって来るが、頭を洗っているシンジには聞こえないらしく返事が無い。
(ま、まさか・・・・・)
とどまる事を知らないアスカの妄想世界がさらなる拡大を見せる。
(あ、あたしの服が濡れた事を口実に、脱がそうって魂胆なの!!?)
もう、誰にも止められない。
「シンジったら!!もーーーう!!!!」
ズドンッ!!ガコーーーンッ!!!!
「げふッ!!」
アスカが自分の妄想の恥ずかしさのあまり、シンジの後頭部を突き飛ばした為、シンジは再び壁に頭を打ち付けてしまった。アスカ本人は恥ずかし紛れに軽くこづいたつもりなのだが、その手は見事に掌底の形をとっており、その出力も本人が思っていた以上で繰り出されていた。
「もう!シンジったら、まだ早いわよ!」
「・・・・・・・・」
「いくらあたしの裸が見たいからって・・・・・!」
「・・・・・・・・」
「ねぇシンジ、聞いてるの?」
「・・・・・・・・」
返事が無い。降り注ぐシャワーの音だけが聞こえている。
「シンジ?」
様子がおかしいので、チラッと目隠しのタオルから目を覗かせて見る。
「シンジ!!」
アスカの目に映ったのは、空しく降り注ぐシャワーの下で、ぐったりとうつ伏せに横たわっている無残なシンジの姿であった。
「シンジ!どうしたの!シンジ!」
皮肉にも、加害者に心配されているシンジ。どうやら延髄にめり込んだ掌底の当たり所が悪かったらしく、すでに意識が働いていない。
「ちょっと!冗談はやめてよ!起きてよ!目を開けてよ!」
「・・・・・・・・」
「いや!!死なないで!!あたしを独りにしないでよ!!」
「・・・・・・・・」
「いやぁぁーー!!シンジぃぃーーーー!!!」
シンジの肩を揺さぶるアスカは、今にも泣き出さんばかりだ。心臓発作、あるいは急性心筋拘束。今のアスカの頭の中には、そんな場違いな病名があげられているのだろう。
「う、うーーん・・・・・」
「シンジっ!!!」
ガバッ
「ア、アスカ・・・!?」
ようやくシンジの意識が戻り、その胸に飛び込むアスカ。
「ちょ、ちょっとアスカ!!」
「なによ!あたしがどれだけ心配して・・・!」
「目隠し!目隠し!」
「あっ!」
全裸のシンジの事をようやく思いだし、アスカの顔が思い出したように赤くなる。慌てて後ろを向くと目隠しのタオルを急いで巻き付けた。
「ご、ごめん、だって・・・・・」
「いいよ、アスカは心配してくれたんだから。」
「ホント、心配したんだから・・・・・。」
「でも、何で急に意識を失っていたんだ・・・・・僕は。」
シンジも記憶に無いらしく、訝しげに首をひねっている。いや、衝撃で消し飛ばされたと言う方が正しいかもしれない。
「でも何か、妙に頭が痛いな・・・・・。」
そして、いつの間にか頭に植え付けられていた痛みに、不思議そうに頭をさすっている。
結局、この一件の真相は闇に葬られ、その後は何事も無く、無事に風呂をあがれたシンジであった。
・
・
・
再び脱衣場。
次に風呂に入る番を迎えたのはアスカだ。
「はい、目隠し出来たよ。」
「ホント!?ホントに見えてないでしょうねぇ!!」
「大丈夫だよ、何も見えないって。」
「・・・・・じゃあ、服脱ぐわよ。」
「う、うん・・・。」
バサッ、バサッ
ドキドキドキドキドキドキ・・・・・
(うっ!い、今、アスカが脱いでるのは・・・・・)
手が繋がれている為、服を脱ぐアスカの右手と同じ動きをするシンジの左手。その動きから、アスカが今なにを脱いでいるかが分かってしまう。
(心頭滅却!心頭滅却!心頭滅却!・・・・・)
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせるが、顔が赤くなってしまうのはどうしようもない。
「あれれぇ?なーに赤くなってんのぉ?」
先ほどの自分と同じシチュエーションに立たされているシンジなので、だいたいの心裏が分かるアスカ。ニヤニヤと意地悪っぽい笑みを浮かべている。
「べ、別に、赤くなんかなってないよ。」
「ふぅーーん、ならいいんだけどぉ。」
(ぷぷぷっ、意地張っちゃってっ。)
こんなシンジの反応にアスカは吹き出しそうになってしまうが、もちろんこれはシンジが自分を意識しているというのが分かる状況下だからこそ、アスカはご機嫌なのである。もし、同じ状況下でも、他の女子相手にシンジがこのような反応を見せたなら、八つ裂きは避けて通れないだろう。
「さ、お風呂に入るから、足下に気を付けてね。」
「う、うん・・・」
目隠しされているので、ソロソロと慎重にアスカの後を歩くシンジ。そして、風呂場のドアの仕切り辺りにその足が近づくと、アスカの目がギラリと閃光を放った。
(チャーーンス!今だ!!)
ドカッ
いきなりアスカがヒールキックを繰り出し、後ろのシンジの足を払った。
「うわっ!!?」
ドサッ
すると、先ほどのアスカと同様に、シンジが前のアスカの背中に倒れ込む形となった。
「いやーーーーん!!なにすんのよぉ!!」
「ごごごごごごめん!」
生アスカの背中に抱きついてしまい、心臓が飛び出すほど動揺しているシンジ。だが、これだけで終わるほどアスカは甘くなかった。
「きゃ!押さないでよ!」
「え!?押してないよ、うわっ!!」
シンジが体勢を立て直す前に、さらにその足を払い、アスカはわざと自分も前のめりに倒れる。よって、シンジはアスカを押し倒すような格好を取る事になった。
「キャーーーーーー!!襲われるぅぅぅーーーー!!」
わざとらしく声に色をつけて叫ぶアスカ。
「ちちちちち違う!アスカが倒れたんじゃないか!!」
弾かれるように立ち上がり、緊急離脱するシンジ。すでに顔がまっ赤に染まっており、あたふたと足踏みをしている。
(ぷぷぷぷぷっ!お腹いたーーい!!)
シンジが目隠ししているのを良い事に、その慌てぶりを、口を押さえて笑い転げているアスカ。全て予想通りのリアクションをしたシンジが、面白くて面白くてしょうがない。
「ア、アア、アスカ、誤解だからね。」
「はいはい、でも、もう襲うんじゃないわよ?」
「わ、分かってるよ。」
「じゃあ、体洗うわね。」
「う、うん。」
まだ笑いの余韻が捨てきれず、ヒーヒーと息を漏らしながらのアスカが石鹸とタオルを取って、体を洗い始めた。だが、これだけで終わると思ったシンジは大間違いである。
バシャバシャ・・・ゴシゴシ・・・
「あはん・・・」
「!!!」
なんと、今度はイロっぽい声を出し始めたアスカ。再びシンジの緊張が一気に張りつめ、あらぬ妄想の世界へと駆り立てられそうになってしまう。
「んふぅ・・・」
「なな何、変な声出してんだよっ!!」
「だって、お風呂の熱気で息苦しいんだもん・・・・・うふん・・・。」
「ぜ、全然息苦しくないよっ!!」
「それは変ねぇ・・・・・いやぁん・・・。」
「ななななにがイヤなんだよっ!!」
「ウッサイわねぇ、あんたが勝手に変な想像してるだけでしょ。」
「してないよぉっ!!」
「じゃ、問題ないじゃない。・・・・・あぁん・・・。」
ごもっともである。反撃が封じられたシンジは言葉を詰まらせてしまった。
(ぐぐぐ、くそっ!心頭滅却!心頭滅却!心頭滅却!)
顔をゆでだこにして何やらぶつぶつと念仏を唱えているシンジを見て、必死に息を殺して笑っている小悪魔アスカは、たいそうご満悦の様子だ。
(ここまでにしておいてやるか。本当に襲われちゃうかもしれないし♪)
さんざんからかわれた挙げ句に、やっとこシンジに平穏が訪れそうな感じである。
「じゃあ、今度は頭洗うから。」
「な、なるべく早くね。」
ザーーーーーワシャワシャワシャ・・・
今度のアスカは特に何もする様子は無さそうなので、シンジはほっと胸を撫で下ろしている。
ピシャッ、ピシャッ
「うっ。」
やはり先ほどのアスカ同様、体に跳ね返ったシャワーの湯がかかってしまうので、シンジは一歩下がろうと足を上げた。
ツルッ
「うわっ!!」
が、その着地地点に置かれていた石鹸に足を滑らせ、アスカの背中へと倒れ込んでしまう。
ガバッ
「キャーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
いきなり後ろから抱きつかれたアスカは、我慢出来なくなったシンジが襲いだしたのだと勘違いし、大きな悲鳴を上げてその平手を振り上げる。
そして。
「エッチバカ変態ドスケベ!!!!!!!」
バシィィーーーーーーーーーーーーーーン!!!
「がふッ!」
こうしてシャワータイムは、シンジの2回目の気絶を持って幕を閉じたのであった。
・
・
・
・
・
リビング。
「う、うーーーん・・・」
しばらく気絶していたシンジが、目を覚ました。
「あ、やっと気が付いたわね。」
「あ、あれ?」
見ると、隣りでアスカがテレビを見ている最中だった。あの後、気絶したままリビングに連れてこられたらしい。
「あんた、いきなり襲ってくるんだもん。びっくりしちゃったわよ。」
可愛らしく頬を膨らませて言うアスカ。まんざらでもなさそうだが、シンジにとっては誤解以外の何ものでもない。
「ち、違うって!あれは石鹸で足が滑っちゃって、その・・・。」
「分かってるわよ、シンジはそんな事しないもんね。ただ、驚いて叩いちゃったけど。」
「うん・・・。良かった、やっぱりアスカだ。」
「あったりまえじゃん、シンジの事は何でも分かるんだから。」
「僕だって、アスカの事は何でも分かるよ。」
「・・・うん。」
結局、いい雰囲気になってしまった2人。
「じゃ、そろそろ寝ましょ。」
「あ!もうこんな時間じゃないか!」
見ると、すでに11時を回っており、自分の気絶していた時間にシンジが驚いている。
「あんた、結構長い間気絶してたのよ。」
「そ、そうなんだ・・・。」
「その・・・ごめんね。大丈夫?」
さすがにやり過ぎたと、アスカが申し訳なさそうな顔で上目使いにシンジを見る。
「え?ああ、大丈夫だよ。僕も悪かったし。」
「あ、あたしも、からかっちゃって、ごめんね。」
「あ、ああ、べ、別にいいよ。」
「むぅっ。シンジのエッチ。」
顔を赤くするシンジに、アスカがジト目になる。
「ア、アスカが可愛いからいけないんだよっ。」
「え!ほ、本当!?」
すっかり顔をまっ赤にして破顔のアスカ。もっとも、当のシンジもすでに赤い顔である。
「う、うん。」
「もう!特別に許してあげる!!」
本当に嬉しそうな笑顔で胸に飛び込んでくるアスカを、シンジも優しい笑顔で受け止めた。
「じゃあ、もう寝ようか。」
「うん!」
「あ、でも、繋がってるからなぁ・・・。」
「大丈夫よ。リビングに布団持ってきて一緒に寝ましょ。」
「え、うん。」
・
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・
・
深夜。
リビングに並べた布団に、それぞれ横になっているシンジとアスカ。2人共、先ほどから天井を見続けている。
(そう言えば、シンジと同じ部屋で寝るのって、ユニゾンの時以来ね・・・)
(そう言えば、アスカと同じ部屋で寝るのって、ユニゾンの時以来だな・・・)
・・・・・・・・
「ねぇ、シンジ。」
「うん・・・?」
「今日、大変だったね。」
「そうだね・・・。」
「でも、あたしは楽しかったな。」
「僕もだよ。」
「ホント?」
「うん。最初はどうなっちゃうのかと思ってたけど、なんだか楽しかったよ。」
「・・・あたしと居たから?」
「そうだと思う。」
「・・・・・ありがと。」
・・・・・・・・
「ねぇ、シンジ。」
「なに?」
「あたし達、手錠なんか無くったって、ずっと一緒よね。」
「僕は、そうしたいな・・・。」
「うん・・・。あたしも・・・。」
・・・・・・・・
「ねぇ、シンジ。」
「なに、アスカ。」
「そっちの布団に入って、いい?」
「いいよ・・・。」
隣りの布団へと移動したアスカは、シンジの背中にそっと身を寄せ、その体温を心地よさそうに確かめている。
「あったかいね・・・。」
「アスカも、あったかいよ・・・。」
「ありがとう・・・。」
こうして、2人の甘酸っぱい夜は更けて行く・・・。
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・
・
そして、迎えた朝。午前7時。
「たっだいまーーー。」
「クェーーー。」
急務を済ませ、帰って来たミサトだが、いつものように出迎えの声がせず、ペンペンだけがその足下に駆け寄ってきた。
「あんれぇ?誰も居ないのぉーー?」
しかし返事が無いので、おかしいなと首を傾げながら、ひとまずリビングへと向かってみる。
「・・・・・なーるほどねぇ。まったく、なにやってんだか。」
リビングで、ひとつの布団に仲良く眠っているシンジとアスカ。その手にかけられた手錠に、ミサトはやれやれと苦笑していた。
「ほらほら、シンちゃん、アスカ。起きて起きて。」
2人の肩を揺さぶっていると、突如、ビクッと体を振るわせ、その4つの目が大きく見開いた。
「ミ、ミサトさん!」
「ミサト!こ、こんな早くに帰ってたの!?」
ニヤリと笑みを浮かべているミサトに見下ろされ、2人の顔がみるみる内に同じ速度で赤くなっていく。
「まーーったく。あたしが居ない時って、いつもこんなラブラブなのぉ?」
「「そ、それはっ・・・!」」
お互いが好き同士の仲なのは、すでにミサトも知っている事なので、なんと反論すればいいのか分からず言葉を詰まらせてしまう2人。仲良く赤い顔で俯いている。
「まぁまぁ、いい事じゃあないの。それより、その手錠はどうしたのよ。」
「あっ、そうだ。ミサトさん、スペアキーあります?鍵を無くしちゃったんですよ。」
「あるけど、なんでまた?」
「ちょっとした事があって・・・」
チラリとアスカの方を一瞥するシンジだが、鍵を捨てた張本人は目を逸らして口笛を吹いている。お気楽なもんだ。
「まぁ・・・だいたいは分かったわ。」
苦笑しながら、ミサトが自分の部屋へと向かって行く。
「じゃあ、チョッチ待っててね。」
腕まくりをしながらそう言い残すと、ミサトは自分の部屋へと消えていき、気合いを引き締めるかのように戸を閉めてしまった。
「まさかミサト、あの部屋の中にあるって言うの・・・?」
「そ、そうみたいだね・・・。」
それは無理だろうと揃って嘆息するシンジとアスカ。
ミサトの部屋。
そこは別名、「夢の島」。毎日散らかり具合が変化することから、またの名を「不思議なダンジョン」とも言う。
ガラクタはもちろん、ビール瓶やコーヒーの缶が山積みされ、大量のコード類が、ブチまけた七色そうめんのように、そこかしこにのたうちまわっており、さらにはカラの化粧品類、衣類、雑誌、ビニール袋、CD、書類、etc・・・。細かく挙げたらキリが無い。つまり、それほどまでに凄い空間なのであり、「部屋」という表現は絶対に間違っている。「KEEP OUT」という張り紙があってもなんら違和感ないだろう。
つまりシンジとアスカは、こんな状況下の部屋の中から小さな鍵を見つけだすのは不可能だと言いたいのだ。
だが、そこはさすが「主」の葛城ミサトである。それにはそれなりの、「やり方」というものがあるのだ。
「とおおりゃあああぁぁーーーーーーーーー!!!」
ドンガラガッシャァァァーーーーーーーーーーーーン!!!!!
「な、なに?」
引き戸越しに聞こえるミサトの大声と、もの凄い物音にびっくりしたアスカがシンジの腕にしがみつく。
「さ、さあ?」
シンジも一体何をしているのだろうと、冷や汗をかいているが、ミサトの部屋からは依然と轟音が響きわたって来る。
「うりゃああああーーーーーーーー!!!!」
ガシャーーン!ドガーーン!!バンッ!バンッ!ゴリゴリッ!
ズギュン!ズギュン!ピピピピピピ!グシャッ!ドーーーーン!メキョッ!グキャッ!
ガラガシャーーン!ギュイイィィン!ドルルルルルルルッ!バサバサバサ!ズドーーーーーーーーーーーン!!!
途中、銃声や正体不明の音が聞こえ、シンジとアスカはミサトの部屋の戸を見つめたまま、無意識の内に一歩二歩と後ずさりしていた。いったい中で何が起こっているというのか。
そして、しばらくの後。
「・・・・・・・・」
嵐の後の静けさのように静まったミサトの部屋。
「ど、どうしたのかな・・・ミサトさん。」
「し、死んじゃったんじゃないの?」
ガラッ
スペアキーを手に、ズタボロになったミサトが片手で腹を押さえて苦しそうに出てきた。
「う、うわ!」
「ミ、ミサト、どうしたのよその格好!?」
「大丈夫・・・・・・たいしたこと、ないわ・・・・・。」
「ミミミサトさん!お腹から血がっ!」
はあはあと呼吸を荒げて戸に寄りかかっているミサトの、腹部の辺りに付いている赤い液体を見たシンジが目を剥いて驚いている。
「え?ああ、これね。ケチャップよ。置いてあった所に倒れちゃって・・・。」
「「・・・・・・・・」」
舌をちょろっと出しているミサトに、シンジとアスカは心底呆れた顔だ。
「部屋・・・片付けた方がいいですよ。」
「そう?じゃあ、一応心にとどめておくわね。」
一応じゃなくて、絶対片付けて欲しいシンジとアスカ。この生活不能者の異常ぶりに、口の端っこがピクピクと震え出す。
「ほらほら、それより手を出しなさい。外してあげるから。」
「え、あ、はい・・・。」
「う、うん・・・。」
いざ外すとなり、少し躊躇を見せるシンジとアスカは、名残惜しそうな顔で、お互い確認するかのように顔を見合わせている。もちろん、そんな2人の様子をミサトがみすみす見逃すワケがない。
「あんららぁ?外したくないのぉ?」
悪戯っぽく言うと、スペアキーを顔の前でプラプラと振っている。疲れも吹っ飛んでしまったようだ。
「べ別にそんなんじゃないわよ!それに、こんなの無くったって、いつも一緒だし。ね?」
「うん。見えるものだけが、全部じゃないよ・・・。」
「も、もう!シンジったら・・・。」
「あはは、ごめん。ちょっと調子に乗っちゃったかな。」
「シンジのくせにぃぃ!こいつぅぅ!」
「・・・・・・・・。」
冷やかしたつもりが、逆に目の前でラブラブをかまされ、ミサトはべらぼうめと口を尖らせるのだった。
「ケッ。おらおら、早く外すわよ。」
「あ、はい。」
カツン
「あ。」
ポトッ
慌てて出されたシンジの手にミサトの手がぶつかってしまい、その手から鍵を落っことしてしまった。
「クエエ?」
そして、足下のペンペンがそれをくわえ・・・
ゴクッ・・・
飲んだ。
「「あああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」」
・
・
・
シンジとアスカの鋼鉄の赤い糸が解かれるのはいつの日か。
もっとも、2人の心の赤い糸が解かれる事は、この先、永遠に無いだろう。
おしまい。
多くのみなさん、初めまして。シンクロウと申します。ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
そして、この作品を掲載して下さった、我らが「The
Epistles」のタームさんに、心よりお礼申し上げます。
ちなみに、「NEON GENESIS EVANGERION Gehen wir ! 」にも拙作の他作品がありますので、
よろしければ、お時間のある時にでもご覧になって見て下さい。
一言でも感想頂けると、とても嬉しいです!
それでは、また。 by.シンクロウ
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |