※これは全くのオリジナルな設定です。
  使徒、エヴァ、ネルフ、セカンドインパクトその他もろもろは存在しません。



『あの夏の日』 後編 〜喪失〜

それは、確かにチェロの音だった。・・・でもシンジが出すような音色じゃない。 シンジのチェロは、たおやかで、伸びやかで、穏やかで・・・。いつも私の心を心地よく 包み込んでくれる。 でもこのチェロは違う。もっと張りつめていて、苦しそうで、私の胸を締め付けてくる。 何かを叫んでいる。そして、欲している。・・・少し前の私のように。 私は止めていた足を動かし始めた。チェロの主を確かめるため。そして見たものは・・・ (シンジ) 川のほとりで狂おしげにチェロをかき鳴らしているのは、紛れもなくシンジだった。目を 強く閉じ、口を一文字に結んで、何かを振り払うかのように弓を動かし続けている。 私は鬼気迫るシンジの様子に圧倒されていた。いつもの彼とは違う、妖気に似た彼の雰囲 気に。私は、シンジまであと5歩という所でどうしても先に進めなくなった。 唐突にシンジが演奏をやめた。辺りを静寂が包む。 でも、まだだ。シンジの周りの空気は変わってはいない。 私の直感は正しかった。シンジの手の弓が再び持ち上がったからだ。目をつむったままの シンジが持つチェロから、一拍おいて旋律が流れ始める。 さっきの曲とは似ても似つかぬ静かなメロディー。でも、張りつめた、苦しげな様子はち っとも変わらない。いや、むしろ増してきている。 (これが、シンジの心?私にも見せたことのない、アイツの本当の・・・素顔なの?) なんて寂しげな音色なんだろう。これが、シンジが抱えているもののおおきさ? 雨の中にうち捨てられて震えている子猫、我が子を亡くし悲嘆にくれる夫婦、頼るものを なくし彷徨う戦場の孤児・・・、脈絡のない映像が頭の中でフラッシュバックを繰り返す。 そして、シンジが低く吟じ始める。その事実に、私はかすかな驚きを覚えた。シンジがチ ェロに合わせて歌うなんて、これまでになかったことだったからだ。
希望はいつも ずっと遠くで微笑む 届かぬ女の 悪戯に似ている
そんなこと、ない。 希望は届かないものなんかじゃない。 それを私に教えてくれたのは・・・あんたでしょ、シンジ・・・
誰かの名を 喉が枯れるまで 叫び続けたことも あったのに
「シンジッ!」 アイツの名前を呼ぶ。切なさに耐えきれない私の心を守るために。同時にどうしても詰め られなかった距離を縮めていく。 一歩、二歩 「・・・あす、か・・・」 三歩、よん、ほ・・・ あと少しでその細い肩に辿り着く。そこまで来たとき。衝撃と共に不意に視界がとぎれた。 「!?」 チェロが立てる不協和音。 体が動かない。息が苦しい。でも、暖かい? (シンジ、なの?) 私はシンジに抱きすくめられていた。昨日のように優しくはない。強く、きつく・・・ま るで私が逃げ出すのを恐れるかのように、しっかりと。 「ちょ、ちょっとぉ・・・」 私は抗議の声をあげようとして、あることに気づいた。 (震えてる) 強い力が込められている腕も、押しつけられた胸板も、私の肩に当たっているらしい彼の 頭も・・・。私はシンジに身を任すことにした。 「・・・いいわ。好きなだけこうしてて。そのかわり、昨日の貸しはチャラよ。」 いつもと同じ強がり。でも、何でこんなに優しく言えるんだろう?それは多分、私が今感 じている充足感のせい。私だってシンジを支えてあげられる、と言う喜びのせい。 彼の腕の力が少し弱まって、私の呼吸は楽になった。でもシンジはこのまま動こうとしな い。震えたままで私を強く求め続けている。 永遠というものが、今この瞬間であったらいいのに。 夕日が地平線に消えようとする頃、シンジが私の耳元で囁いた。 「ごめん、アスカ」 「何言ってんのよ、バカ。これでチャラって言ったでしょ!・・・でも、どうしたの?」 私の問いかけに、シンジは少しためらってから答えた。 「・・・父さんの仕事の都合で、明日、日本を離れなきゃ行けないかもしれな」 「なんですって!?」 私はシンジの体を押しのけ、襟を掴んだ。 「どういうことよ、それ!それじゃ、もう・・・」 「そう、もう、アスカに会えなくなるかもしれないんだ・・・」 「べ、べつに会えなくても、電話は?手紙は?そうだ、いつ、帰ってこれるの!?」 「そこには、電話も手紙もないんだ。そして、行くとしたら、僕はもう二度と帰ってこれ ない・・・。でも」 「でも?」 「行かなくてもいいかもしれない。それは明日決まるんだ。でも、明日はここに来れない し、出発は明後日の朝早くだから、君に会えるのは今日が最期になるかもしれなくて。」 「それで・・・」 「アスカには前に話したよね?僕にはこれまで友達ができなかったこと。それは、僕が作 ろうとしなかったせいもあるんだ。いつか、こういう日が来るのがわかってたから。」 シンジが泣き顔のまま私を見つめる。 「でも、僕は見つけちゃったんだ。たとえ心の傷が血を流すことになっても、惜しくない。 そんな、大切な人を。」 シンジの視線が私をまっすぐに捉える。 「アスカ。今まで、ありがとう。君に逢えて、よかっ・・・」 「・・・この、ばかシンジィッ!」 私の平手がシンジの頬をならした。シンジはぽかんとこちらを眺めている。 「『ありがとう』ですって?ふざけんじゃないわよ!!!まだ、行くことに決まったわけ じゃないんでしょ!?そんなしけたつらであたしを見ないでよっ!そんな、あきら、めた みた、い、に・・」 熱いものが両目からあふれ出る。ぼやけて見えるシンジに私は飛びついた。 「行くんじゃないわよ!行かないでよ!!私を残していくなんて、そんなのない!」 私がなおも言葉を続けようとしたとき、急に顔を上げさせられた。沈んでいく夕日を背に してシンジが私を見てる。私の目は、その目に光る涙と透き通った瞳に吸い寄せられた。 瞬間、私の唇に柔らかい物が触れた。 (!?) ・・・私にとって初めてのキスは、ほんの三秒ほどの、唇が触れ合うだけのものになった。 キスと言うよりも、くちずけと言う言葉が似合いそうなファースト・キス・・・ シンジの唇が離れたとたん、私は顔から火が出るような気分に襲われた。シンジの顔を まともに見られなくて、私は彼の腕の中でうつむいたまま固まっていた。 「アスカ、君の気持ちは凄く嬉しいよ。・・・でも、もしかしたら、ホントにこれでお別れ かもしれないから。だから、せめて、僕を、忘れないで・・・」 「女はね、ファースト・キスを奪われた相手のことは一生忘れられないもんよ。あんたがあ たしのことをすっかり忘れてしまっても、あたしは絶対にあんたのことを忘れたりしない。 ・・・その言葉、そっくりあんたにお返しするわ。」 言葉とは裏腹に、私はまだ顔を上げることができなかった。シンジの手に力が入る。 その力が、私にはいとおしかった。絶対に離したくはない。 その想いが私の口を開かせる。 「シンジ。もし明日あんたがここに来たら、御褒美として私の家に招待して上げる。」 「アスカの、家に?」 「そう。ママもあんたに会いたいんだって。・・・だから、ぜぇったいに来なさいよ。明日 の、一時。ここに。」 ぶっきらぼうに言った私の気持ちにシンジは気づいていただろうか。 その言葉が私にとってどのような意味を持つものなのか、分かってくれただろうか。 ゆっくりと、シンジがうつむいた私の目をのぞき込む。 「・・・夢について、話したことがあったよね。僕の夢は、今、決まったよ。僕の夢は、碇 シンジの夢は・・・誰よりも大切な、アスカの側にいること」 瞬間、彼の瞳がさみしげな色に染まる。 「それが出来なかったとしたら・・・僕という人間が、確かにここにいた。それでいいか ら、それだけでいいから、アスカに覚えていて貰うこと。これが僕の夢だ。」 シンジはそう言って、はにかんだように、笑った・・・ 次の日、シンジは川に来なかった。覚悟は決めてたけど、シンジがいないという現実に私は 込み上げてくるものを押さえ切れず、少し泣いてしまった。誰もいない川原で。 その夜。落ちこんだままの私に電話がかかってきた。 受話器を取った私の耳に飛び込んできたのは・・・
夏は、終わった
・・・私は今、10年ぶりにあの川に来ている。そこは、あの頃と何も変わっていなかっ た。全てがあの日のまま、ただ一つ抜け落ちたピースを除いて。 あの日、電話をしてきたのはシンジのお母さんだった。そして、私はシンジの隠された秘 密を知った―彼は、先天性の心臓疾患を抱えていたのだ。時限爆弾のように、成長するに 従って彼の命をむしばんでいく悪魔を。 その日、シンジは手術を受けたという。その手術を受けなければ、シンジは1年以内に必 ず死ぬ状態にあった。しかし成功率が30%にも満たないというその手術に、シンジはひ どく怯えていたらしい。リラックスさせるために与えていた外出許可も、彼に余命の短いガ ン患者に対する処置を連想させただけで、全くの逆効果だったと言う。 ”でもね、あなたに会ってからシンジは変わったわ。目を輝かせてあなたのことを話すの。 凄い子がいる、太陽のように輝いていて、勇気に満ちあふれた子が、って。手術を受ける気 になったのも、あなたが怖がらずに自分の問題に向かっていったからみたい。僕も、逃げる わけにはいかない。逃げちゃ駄目なんだ、って呪文のように繰り返してたわ。” ”あの子、手術室の前で、私にこの番号を書いた紙を渡してこう言いました。 『もし、手術が失敗したら、アスカに電話して欲しいんだ。そして、僕が言うつもりだっ た言葉を僕のかわりに彼女に伝えて。・・・大好きだよ、って・・・』” そして、彼は帰らぬ人となった。 私は、泣かなかった。だって、シンジは私の心の中で生きているのだから。彼の夢を、彼を 忘れないと言う約束を、果たすのは私しかいないのだから。 私は、ママの誘いを断って医学の研究を希望した。専攻は内科―そう、シンジが患ってい たあの忌むべき心臓病。 今、私はその分野では第一人者となった。後少し、もう少しであの病気は克服できるよう になる。そう思うと無性にここに来たくなって、車を走らせてきたのだ。 「シンジ・・・、もうすぐよ。あんたと同じ子供達が、もう、助かるようになるの・・・」 成長した私の、あの頃と変わらない亜麻色の髪を秋風がなぶる。その冷たさは、冬の訪 れが遠くはないことを告げていた。 帰ろうとした私は、誰かに呼ばれたような気がした。振り向いてみる。 そこには誰もいなかった。でも、私には見える。あの頃のように、背筋を伸ばし、目をつ ぶって、愛おしむようにチェロを弾くアイツの姿が。 私は、忘れない。 この記憶は、薄まったりしない。 この想いは、消えることはない。・・・永遠に。
君がいた、あの夏の日
【あとがき】 「喪失編」いかがでしたか?相も変わらず冗長なものになってしまいましたが・・・ 最初に思いついたのはこちらのラストでした。他にもいろいろ書きたくはあったのですが、 なにぶんにも才能が欠如しておりまして・・・(汗) 大体、チェロで弾き語りなんかできるんでしょうか?ああ、なんて適当・・・ ここまで読んでくれた方(特に感想メールを送ってくれた方)、拙作におつきあいいただ き、本当に有り難うございました。読んでない方(happyendが好きな方)は、 「ふたりで」編も是非どうぞ! それでは・・・ P.S この中でシンジ君が歌っている曲の名前が分かったそこのあなた! 先着一名様に旅人の小説への参加権をプレゼント!!!(誰もいらん?そ、そんな事言わずにぃ) メールに氏名、希望するストーリー・役柄を記入の上(大雑把でいいっす)、 旅人までメールを送って下さい。 かなり難しいです。分かった人はすごい!


マナ:大丈夫?

アスカ:アタシを助けてくれたのに・・・逝ってしまうだなんて・・・。

マナ:やりきれないでしょうね。

アスカ:こんな想い・・・もう誰にもして欲しくないわ。

マナ:だから、がんばったの?

アスカ:そうよ。シンジの分まで前向きに生きていかなくちゃ。

マナ:強いわね。

アスカ:・・・違う・・・。

マナ:え?

アスカ:そうしないと、押し潰されそうだったから。

マナ:そう・・・かもね。でも、きっとシンジは喜んでるわよ。

アスカ:そうだといいけど。

マナ:沢山世の中にいるそういう人達の為にがんばんなきゃ。

アスカ:そうね! うんっ!
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