「これで、よし」

僕はすっかり空っぽになった室内の、最後の持ち物を詰めたバッグをぽんっと叩いた。
昨日までそこにあった物、ほとんどを捨てた。
そんなことをする必要はなかったかもしれない、でも・・・
それが僕の、訣別だから。




また、次の場所へ
written by 旅人 全てが終わったのは、もう一年も前のことになる。 苦しい戦いだった。そして、吐き気がするほどおぞましい戦いだった。 戦自の介入により、たくさんの血が流れた。 そして最後の最後に現れたEVAシリーズ・・・量産機達。 内蔵電源ギリギリまで戦い、僕とアスカは何とかその全てを倒した。 ただ、その代償として、EVAを、失った。 後から教えて貰ったんだけど、EVAにはチルドレンの肉親の魂が封入されていたらしい。 だからだろう。整備する者もなく”死んで”行く弐号機を見て、アスカは泣いてた。 泣いてたんだ、アスカが。 綾波は、死んだ。 いや・・・いなくなったと言ったほうがいいかも知れない。 彼女はアダムを、父さんを拒絶したんだ。 アダムを取り込むことなくリリスと一体化した綾波は、光と共に消えていった。 その時、プラグスーツのままで駆けつけた僕とアスカの前で。 綾波は、静かに・・・寂しそうに笑ってた。 ”さよなら” もう、言わないって、約束したのに。 父さんは片腕を失った。 そしてネルフの犯してきた闇の部分、そしてゼーレに荷担していた罪、全てを背負って自首した。 ・・・戦争犯罪人として、ある条件付きで。 戦略自衛隊まで出し、ネルフをテロ組織として扱っていた日本政府は父さんの自首に驚喜した。 スケープゴートを求めていた政府は条件を呑み、以下のような見解をメディアに流した。 ”特務機関ネルフは使徒を殲滅後、碇ゲンドウ指令の独断によりテロ活動に走ったものであり、 その罪責は全て碇司令個人に属する” 警官に両脇を挟まれて連行されていく父さん。 それを呆然と見送っていた僕の前で父さんは立ち止まり、あのサングラスを、外した。 「すまなかったな、シンジ」 父さんのまっすぐな目に、僕の泣きそうな顔が映っていたのを覚えている。 最初で、最後の、父親としての言葉だった。 僕達チルドレンは経歴を抹消された上で、政府の保護下で奨学金を受けながら通学することになった。 第三東京の機能が復活するまで、学校は再開されないらしいけど。 その他のネルフの職員は、全員が各政府機関に配属されていった。 ただ、ミサトさんはもう・・・ ・・・全てが終わって、僕達はコンフォートに戻ってきた。 そう・・・アスカも一緒に。 アスカはしばらくの間情緒不安定だった。 何時間もぼぉっとテレビを見ているかと思えば、急に家を飛び出して何日も家を空ける。 何でもないことで怒りだして部屋をめちゃめちゃにして、その後で泣きながら僕にすがりついたり。 お風呂場が血に染まっていたのも一度や二度じゃなかった。 精神科のお医者さんの話では、長期間の心理的圧迫が無くなった反動による突発性の行動で、 納まるかどうかは本人次第だということだった。 僕は、そんなアスカを心配したり、なじったりすることで精神のバランスを保っていた。 彼女のことを気遣ったり、ケンカ相手をしたり、話し相手になったりすることで、 自分の中にある空虚な気持ちを少しでも埋めようともがいていたんだ。 アスカが落ち着くまでの半年、僕とアスカはお互いを傷つけ合い、癒し合い・・・ 少しずつ、本当に少しずつ、自分を取り戻していった。 僕達は出逢ったときから、互いを必要としていたのかも知れない。 陰と陽・・・だけど表裏一体の僕等は、魅かれ合う運命だったのかも知れない。 何もかも無くした僕にアスカを、何もかも無くしたアスカに僕を・・・ それは神様が僕等に与えた、せめてもの恩寵だったのかも知れない。 そして、一ヶ月前だった。 ここが取り壊されることになったのは。 「シンジ?」 ふすまの向こうからアスカの声。 僕は考え事を止めた。 「あ、ごめん。今行くよ」 バッグを片手に提げる。 この小さなバッグ一つに入っているのが、僕が次の生活に持っていく全て。 それは笑っちゃうぐらい小さくて、泣きたくなるくらい軽かった。 ふすまを開けると、アスカが僕より少し大きいくらいのボストンバックを足下に置いて テーブルの上の一輪挿しに花を活けている姿が目に入った。 その一輪挿しには、銀色のロザリオが掛けられている。 「・・・これ、残していくんだ?」 「うん・・・」 花を活けているアスカ。 彼女は本当に変わった。 あの強烈な自己主張、溢れるほどの自信が、まるで憑き物の落ちたように無くなっている。 今の彼女は、ちょっとだけ意地っ張りで、ちょっとだけ泣き虫な・・・そんな女の子。 この半年、僕は誰よりも深く彼女と触れ合い、彼女も誰よりも深く僕と関わった。 その年月は、二人を以前の張りつめた雰囲気の中でのもろい『家族』としてじゃなく、 本当の意味での『同居人』−−−−パートナーに変えていた。 そうなるようになって初めて、僕のこれまでの曖昧な気持ちは、変わっていったんだ。 そう、僕はアスカを・・・ アスカがゆっくりと腰を上げる。 僕はその横に並び、花瓶のロザリオに向かって手を合わせた。彼女もそれに倣う。 僕達二人はしばらく、そのロザリオの持ち主に思いを馳せながら、黙祷を続けた。 長い黙祷の後、僕等は示し合わせたようにテーブルから離れ、玄関に向かった。 靴を履き、荷物を手に外に出る。 そして改めて、僕は中に向き直った。 戦い。 暮らし。 『家族』。 全てが詰まっていたその住み慣れた家に向かって、僕は深く頭を下げた。 ”シンちゃん、今度は上手くやるのよん♪” 一輪挿しの向こう、いつもの席。 僕にしか見えないミサトさんは、いつものようにビールを飲みながら、そう言って笑ってた。 笑って、たんだ・・・ 「ミサト、なんて言ってた?」 タクシーの中、アスカがぽつりと漏らした。 「・・・今度は、上手くやりなさい、って」 「そう・・・」 そうだよな・・・ミサトさんは僕と、そして、アスカの『保護者』だったんだもの。 みえたんだ、アスカにも。 きゅっ・・・ 温かくて柔らかい物が僕の手に重ねられる。 僕はそれを優しく握って、ゆっくりと引き寄せた。 あの頃より少しだけ大きくなった彼女の体が、あの頃より少しだけ大きくなった僕の体に重なる。 「・・・」 アスカが僕の胸に顔を埋めた。 僕はじわりと暖かく・・・そして湿ったものをTシャツに感じながら、彼女の頭に軽く手を置いた。 今はいいさ、好きなだけ泣こう? 熱くなっていく目頭をそのままに、僕たちはそのままじっと動かないままで。 しょっぱいモノが数滴、頬を伝って、落ちた。 新しいマンションは、コンフォートより少しだけ狭かった。 部屋に数箱の段ボール箱がぽつんと置き去りにされている。 「アスカ、荷物は?」 僕の問いに、彼女は静かに首を振った。 「置いてきたわ・・・ほとんど、全部」 「なんで?服、あんなにいっぱいあったのに・・・」 「服なんてまた買えばいいじゃない」 アスカはそう言って段ボールの前に座って、紐解き始めた。 その中にちらりと見えたのは、お皿やコップと言ったものばかり。 ぺたんと座り込んだ背中から、ぽつりと言葉が洩れる。 「辛いの・・・あの服一着一着に、想い出が透けて見えるから・・・」 寂しげな背中。 掛ける言葉は、なかった。 「じゃ」 「うん、いってらっしゃい」 アスカが玄関先で見送ってくれた。 これから僕はアルバイトの面接に行く。明日がアスカの面接の日。 職場は近所のレストラン。最近になって人が戻り始めたから、なかなか繁盛している。 学校が始まるまで、僕等はそこでアルバイトをすることにしたんだ。 別にお金に困ってるわけじゃない。 銀行の預金口座を見れば、普通の人が一生かかっても稼ぎきれないほどの金額がほとんど手つかずで残っている。 だけど・・・僕は何かを始めたかった。 昔の財産、昔のものに寄りかかったままで生きていくのは、いやだったんだ。 「・・・はい、わかりました。明日からお願いするよ」 「よろしく、お願いします」 面接は合格だった。 人手に困っていたらしいそこは、ろくな審査もせずにあっさりと雇ってくれた。 この分だと、アスカもきっと合格することだろう。 「ただいまぁ・・・」 「お帰り、シンジ」 部屋から声が聞こえる。迎えてくれる人が、いる。 僕はそんなほのかな幸せを感じながら、靴を脱いだ。 「アスカ、今日の御飯どうしよう?まだ何にも揃ってないからどこかに・・・」 食べに行かない? その台詞は、居間のテーブルを見た瞬間に喉に詰まっていた。 「ふふ、驚いた?」 してやったり、と言わんばかりのアスカの表情。 テーブルの上には、御飯、味噌汁、卵焼き、おひたし・・・つつましい料理の小皿が並べられている。 「ただ待ってるのも暇でしょ?だからアタシが直々に作って上げたの」 「アスカ・・・料理・・・」 「ふん!このアタシにかかれば料理くらいちょろいもんよ!!!」 久しぶりの、昔のアスカの台詞。 僕は戸惑いと、少しの嬉しさを感じながら食卓に着いた。 「それにしても、どうしてこういうおかずにしたの?」 アスカ、僕がこんなおかず作ったら不機嫌になってたのに・・・ 「・・・アンタ、こーゆーの、好きでしょ?」 言った後で恥ずかしくなったのか、アスカは箸を取ってあたふたと食べ始めた。 ・・・かわいい、よな。 僕はきちんと手を合わせて、料理に取りかかった。 ぱくっ・・・ずずず・・・ 「・・・どう?」 心配げな声。 「美味しいの、不味いの?」 あすかの、こえ。 「ちょっとシン・・・」 間。 「アンタ・・・泣いてるの?」 ・・・だって・・・うれし・・・かったん・・・だ・・・ 夜。 がらんとしたリビングに、毛布だけを掛けて寝転がる。 僕達はごく自然に、寄り添うような位置を取っていた。 互いの体温が、呼吸が、肌にじかに感じられる距離。 もちろん自分の部屋は用意してある。でも、今晩だけは・・・ 「シンジ・・・」 じっと息を潜めていたアスカが言った。 「覚えてる、ユニゾン?」 「うん・・・」 「あの時も、こうして寝てたんだよね」 「アスカったら、あの時は寝ぼけて・・・」 そう、”ジェリコの壁”を越えて僕の側で寝てたんだっけ。 「ううん、違う」 「なにが?」 「ねぼけてなんかない・・・」 え? 「寝ぼけてなんか、なかったの・・・」 アスカの蒼い瞳が、少し潤んでこちらを見ている。 僕は、その引力を断ち切る術を持たなかった。 「「・・・」」 互いに息を止め合った数秒間。 甘い味の残る唇に、彼女の残していった体温を感じながら、僕は大きな安らぎを感じていた。 「キス・・・うまくなったね?誰かと練習、した?」 頭の中に、一瞬の記憶。 だけど、僕はそれを頭から振り払った。 「まさか」 「・・・ファースト、とも?」 小さな声。 「シンジ、本当はあいつを・・・」 「好きだよ」 アスカがびっくりしたように顔を上げる。 「アスカが、だよ?僕は、君のどんなところだって愛せる。自信を持って、そう言える」 言葉が口を衝いて出てくる。止まらない。 日頃は気恥ずかしい言葉も、この一年間暖めていた想いも、みんな流れ出していく。 だって今日は、僕の・・・そしてアスカの、第一歩だから。 「・・・」 返事はない。 でも、彼女がしがみついている腕が、その力が、その震えが、何よりも雄弁に答えを返してくれる。 「・・・幸せに、なろうね」 そう、今度こそ。 「ミサトさんの分も、綾波の分も、父さんの分も・・・絶対、幸せに、なろう?」 明日はどうなるんだろう? 僕にそれはわからない。 でも、ただ一つ・・・これだけは言える。 僕の側には、アスカがいる。アスカの側には、僕がいる。 それはきっと、神様の決めたsystem program 昨日までの日々は、流した涙の欠片達は、切れ切れの過去は、空に消えた慟哭は・・・ 時の狭間に、置いていこう。 また始まる、明日からのぼくらのために。 Fin <あとがき> どうも、お久しぶりです!駄作者旅人です。 読み返してみると・・・暗いですねぇ・・・ 何か最近軽いモノしか書いてなかったんで、どうもベクトルがこっちに向かっちゃいました。 初めて呼んでいただいたみなさん、私は本当はこんな話書く奴じゃないんですよ〜〜〜 ・・・あ、でも『あの夏の日』って・・・やっぱり暗め・・・ 私って、本質はどちらなんでしょうか?自分でもわからなくなったり。 ともあれ、お読みいただいて有り難うございました! (一週間ほどの遅れはありますが)感想には必ず誠意をこめて返事を出します! と言うわけで皆様のお声をお待ちしております。


アスカ:残ったのは、アタシとシンジだけ・・・。(・;)

マナ:どうしたのよ。珍しくしんみりしちゃって。

アスカ:なんだか、悲しくて・・・。

マナ:葛城さんに、また会えたら会いたい?

アスカ:そりゃぁ・・・。今度は、もっとちゃんと話をしてみたい。

マナ:綾波さんは。

アスカ:そうねぇ。ファーストともね。でもシンジ、本当にファーストのこと好きじゃなかったのかしら?

マナ:どうして?

アスカ:だって、最後の方のセリフとかねぇ。

マナ:あぁ、大丈夫よ。キス上手くなったのは、葛城さんと濃厚なキスしたからだからっ。(^^v

アスカ:ぬっ! ぬわんんですってーーーーーーーーーーーーっ!!!!

マナ:あの時、あなた弐号機の中で意識なかったもんねぇ。

アスカ:ミサトーーーーー帰ってきやがれーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!(ーー###
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