〜Stay here〜 後編

            presented by旅人




無限とも思えるような時間。
マナとシンジは、互いの体温と鼓動とを感じていた。

 「シンジ・・・」

やがて、かすかな声でマナが呟く。

 「あの時、なんで助けてくれたの?」
 「え?」
 「私は、最後の最後でムサシを選んだのに・・・」
 「・・・」

消え入りそうな声。
その声につられるようにして、シンジの脳裏にあのときの情景が思い浮かぶ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


N2爆雷が投下される寸前。
シンジはマナとムサシを内部電源の切れた初号機の中に逃がした。

 ”なんで!?”

ムサシも、マナも、アスカも。
その場にいた全員がシンジの行動に驚きを隠せなかった。
マナはともかくとして、シンジはムサシの命までも救ったのだ。
シンジにとって、憎しみしか感じないはずであるムサシを。

 ”どういうつもり?”

弐号機の中で問い詰めるアスカに、シンジはただ彼らを助けることを望んだ。

 ”・・・ばっかじゃないの、アンタ”

それでも、アスカはシンジの言葉を聞きいれてくれた。
彼女は弐号機を使って、二人を現場から遠く離れた場所に運んだのだ。
そして、その場所を加持に伝え、何食わぬ顔でNERVに戻ったのだった。
アスカのムサシへの攻撃を妨害した罪で、謹慎させられたシンジにかわって・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「・・・よく、わかんないよ」

シンジは力なく微笑んだ。
シンジの胸に顔を押し付けているマナの表情は、シンジからは見えない。

 「でも、相手が誰でもさ、誰かが死ぬのを見るのはイヤだから。
  それがマナの知り合いなら、なおさらだよ」
 「・・・シンジ」

呟き声と共に、シンジの背中に回されたマナの手に、ぎゅっと力が入る。

 「私ね、怖かったの」
 「え?」
 「ムサシとはね、小さい頃からずっと一緒に育ってきたわ。
  ケイタっていう子と三人、いつも一緒だった。
  そして、それが私の全てだった・・・」
 「・・・」
 「あの時、シンジが私のことを呼んでくれたとき、とっても嬉しかった。
  だけどね、あのとき、私はどうしても思い切れなかったの。
  シンジへの気持ちが嘘だったからじゃない。
  これまでの生活、これまでの私を捨てるのが怖かったから」

消え入りそうな声で、マナはそう呟くのだった。





改札口の柱の後ろで、アスカは二人の会話を聞いていた。

マナがシンジに言っていることは、分からないではない。
いや、むしろ共感できるといってもいいだろう。
マナにとってのこれまでの生活・・・それは、アスカにとっていえばEVA。
アスカが『EVAのパイロット』である自分を捨てて生きることを考えられないように、
マナもこれまでの『霧島マナ』を捨てて生きる勇気がわかなかったのだろう。
その気持ちは、痛いほどわかる。

 (・・・アタシも、アンタと同じなのかしら)

アスカの頭を、ふとそんなことがよぎった。





シンジの胸に押し付けられていたマナの顔がゆっくりと上がった。
潤んだ瞳が、シンジを貫く。

 「でも・・・この世界から消えるのよ。霧島マナは。
  私ね、別の名前を貰って、新しい部屋に住んで新しい学校に通うの。
  ずっと遠く・・・誰も知らない町」 
 「そうなんだ」
 「霧島マナはもういない。
  ムサシやケイタと一緒に暮らしてきた霧島マナは、もういないの。
  ここにいるのは、シンジを好きな一人の女の子・・・」
 「ま、マナ?」
 「あなたが好き」
 「!」

もう、彼女はうつむきはしない。
はにかみながらそう言ったあと、シンジに熱の篭った視線を向ける。

 「言いたかったコト、二個目。私と一緒に行こう?」
 「え・・・」
 「私と一緒に、ここから逃げようよ。
  加持さんに頼めば、きっと戸籍だって・・・」

すがるような目。
マナはシンジの目を捉えて離さない。

 「知ってるよ?シンジがこの街に来てからの事、全部」
 「・・・」
 「EVAに乗って、戦って、傷ついて。
  いっぱい、いっぱい痛い思いをして。
  それは、シンジが望んだことじゃないでしょ?」
 「・・・」
 「人類のための戦い。そんな立派なこと、ムリしてしなくていいじゃない。
  NERVは大丈夫。シンジがいなくても、大丈夫だよ」

その言葉に、シンジは以前ミサトに言われたことを思い出した。

 “あなたが乗りたくないなら、それでもいいの”

まだ、パイロットがレイとシンジしか居なかったときの言葉だ。
あの頃でさえシンジは『パイロット』として必要不可欠とはいえなかった。
それに引き換え、今はアスカがいる。
昔より、レイもずっと戦力になっている。

 「そうかも、しれないね」

パイロットとして、自分は『有用』であっても『必要』ではない。
―――ムリしなくても、いいのかもしれない。
マナが言葉を続ける。

 「シンジ。確かに最初は任務として、だった。
  でもね・・・とっても楽しかった。
  生まれてはじめて、ほんとうに楽しいと思えたの。
  それはきっとシンジと一緒よ?」
 「ぼくと、いっしょ?」
 「そう・・・怖がりだった『霧島マナ』は、自分の気持ちから目をそらしてたけど。
  『私』は逃げない。もう、逃げないわ。
  『私』には、シンジが必要なの!」

マナの、必死の言葉。
嘘じゃない、それはきっと、本心からの言葉。
まごころの言葉。

 (必要だって、言ってくれた)

シンジの瞳が揺れる。
マナが言葉を続けた。

 「私、勝手過ぎるかもしれない。
  いまさら、シンジにこんなこと言えないのかも知れない。
  でも・・・私は、シンジのそばに、居たい・・・」
 「・・・マナ・・・」

 (そばに居て欲しいって、居ていいって、そう言ってくれた)

目の前に、潤んだ瞳。
自分だけを映す瞳。

 (初めての・・・僕の・・・)

シンジは、大きく息を吸い込んだ。





息が詰まった。
マナの言った言葉が、かってのアスカの言葉と重なったからだ。

 “本当はアタシ一人で十分なのよ”

かってアスカはシンジにそう言ったことがある。
NERVに、使徒殲滅に、シンジは必要ない。
それは言葉を変えれば、

 “NERVは大丈夫。シンジがいなくても、大丈夫だよ”

ということになるだろう。
そして、今でもアスカにはその自信がある。
彼女一人でも使途を殲滅できる、その自負がある。
・・・だが。

 海の上で。
 ユニゾンで。
 火山の火口で。

彼女を助けたのは誰だったろうか。
EVAの操縦技術だけでない、なにかを補ってくれたのは誰だったろうか。
日常生活のなかで、学校の中で、そばにいたのは誰だったろうか。

 (シンジ)

彼は、使徒との戦いにとって必要不可欠というわけではないかもしれない。
しかし・・・アスカにとってはどうなのだろうか?
今の生活からシンジがいなくなったら、どうなるのだろうか?
アスカはがらんとした寒々しいアパートを想像して、身を震わせた。

 (やだ)

だが、彼女はそれを意識したことなどなかった。
いつも一緒にいる、それが当たり前だと思っていた。
それを言葉にしたことなど、なかった。

その一方で、マナはシンジが必要だと言い切った。
『好き』だと、気持ちを伝えた。
あのシンジが、そういわれたらどう感じるか・・・アスカには手に取るように分かる。
そして、マナはシンジを誘っている。
一緒に逃げようと、新しい生活を送ろうと、そう誘っている。
シンジは・・・どう応えるだろう?

 (アイツなら・・・きっと・・・)



そう思った瞬間。 アスカは思わず、柱の陰から飛び出していた。 視線の先に、抱き合って視線を合わせる二人の姿。
 「シンジッッッ!!!!!!」 叫んだ、その瞬間。 ゴォッッッ・・・・!!! ホームを電車が通り過ぎた。  通り過ぎる電車の巻き起こす風。 そのなかで、シンジはかすかな声を聞いたような気がした。  (・・・これ・・・) 電車の音にかき消されて、誰の声かはわからない。 だがそれは、その声の響きは、ある風景を彼に思い出させた。  『ずっとひとりで暮らしてたし   仕事がおわって夜遅く帰ったとき   出迎えてくれる誰かが・・・家族が居ればいいなって思ったのよ』 思い出す、あの時の言葉。 それに繋がるようにして、様々な場面が頭の中を駆け巡る。    『碇!ワシを殴れ!』  『俺、すっげー羨ましいよ』  『こういうとき―――どんな顔をすればいいか分からないの』  『よくやった』  『馬鹿シンジ!』 思い出す、通り過ぎた日々。  『アスカが自分で来たいって言ったのよ』 生まれて初めてのパーティー。  “こんなに楽しいと思ったのは、生まれて初めてだった” 耳に残って離れない言葉。  『・・・ママ・・・』 寂しそうな言葉。 それがシンジに・・・言葉を、無くさせた。 ゴトンゴトン・・・ゴトンゴトン・・・ 電車が通り過ぎる。 ドクドクと高鳴る心臓を抑えながら、アスカは柱の陰で息を殺していた。  (アタシ・・・なんで・・・) 自分の声は、おそらく届いてはいないと思う。 電車の立てる音は思いのほか大きかったので、ホームにいる二人には気づかれてはいないだろう。 それでも、アスカは自分の取った行動に自分で混乱していた。 ・・・シンジの名前を叫んだ意味が、自分でもよく分かっていたから。  「なにやってんのよ、アタシ。   行かせればいいじゃない、あんな奴なんか・・・」 小さく呟いてみる。 だが、それは彼女の精一杯の虚勢だったのかもしれない。 あのとき、シンジを呼んだ彼女の頭の中にあったのはただ一つ。 『行かないで』 ただ、それだけだったのだから。 やがて、彼女の耳にシンジの言葉が届く。 それは・・・  「ごめん。僕・・・行けないよ」  「!」 驚くマナの肩に両手を置いて、シンジは小さな声でそう言った。 今にも泣きそうな顔で、ゆっくりとマナを引き離す。  「マナ・・・マナはさ、やっぱり『霧島マナ』だよ」  「!」  「今までの自分を、過ごしてきた時間を、消すことは出来ないんだ。   名前が変わっても、戸籍が変わっても、君は『霧島マナ』。   ムサシ君やケイタ君と育ってきた、君なんだ。   そして、僕も・・・『碇シンジ』なんだよ」 確かめるように、一言一言をゆっくりと呟く。  「僕の代わりなんて、誰でもいいのかもしれない。   パイロットとしての僕も、大して必要じゃないのかもしれない。   ミサトさんも、アスカも、僕じゃなくてもいいのかもしれない。   だけど、いま、みんなと一緒に居るのは僕なんだ。   たまたまそこにいた、他の誰でもない、僕なんだ。   僕は、そうやって作ってきた『僕』の場所を、精一杯守りたいと思う」 たどたどしいシンジの言葉。 その言葉を、マナは唇を震わせながら聞いていた。  「・・・わたし、は?」 マナが呟く。  「わたしじゃダメなの?新しい場所、いっしょに作れない?」  「・・・ゴメン・・・」  「そんなこと、聞きたいんじゃない」  「・・・」  「なんで?なんで私じゃダメなの!?」 マナがシンジの両腕を掴んだ。  「私は―――シンジの居場所に、なれない?」 小さな、弱弱しい言葉。 マナのまっすぐな視線と言葉に耐えられなくなった様に、シンジが視線をそらす。 それにつれて、シンジの頭が横を向く。 そうやって空いた隙間から、シンジの後ろの風景がマナの目に入った。 その風景のなかに、マナはあるものを見つける。  (あれ・・・?) 駅の改札口を出てすぐのところにある柱。 その横にかすかにはみ出している赤い髪・・・ 長い、長い、赤い髪。  (あれって) 短い付き合いではあったけど、マナにはその持ち主がすぐにわかった。 命の恩人。 ライバル。 弐号機パイロット。惣流・アスカ・ラングレー。  (あの娘・・・シンジを、追いかけて) マナは、驚きを隠しきれなかった。 アスカがどんな少女か、彼女はある程度理解しているつもりである。 今までマナが見てきたアスカは、一言で言えばプライドの塊。 そんな彼女がここにいることが、マナには信じられなかった。 他の女の子に好意を抱く少年を追いかけてきたアスカ―――  (アスカさん) 隠れているのは、彼女のプライドの故だろう。 シンジを連れ戻しに来ないのは、自分の気持ちに整理がつかないからだろう。 ・・・それでも、そうだとしても。 彼女はここに来た。 きっと、彼女とシンジの間にある「何か」に動かされて。  (・・・) マナはもう一度シンジの顔に目をやった。 悲しそうな、やるせない横顔。 そんな表情をしてまで、彼がこの街にとどまろうとする理由。 それは・・・  (・・・そっか) 胸の中に広がる感情を押し込めて。 マナは小さく、ため息をついた。  (今までのシンジが生きてきたなかに、あなたが居る。   それはきっと、今の私じゃ消せないんだね・・・) マナにも、痛いほど分かる。 シンジがこの街を離れられない理由。彼女を消しきれない理由。 それは、マナがあの時にムサシを選んだ理由と同じ。              積み重ねてきた日々         同じ時間を過ごしてきた人々に感じる感情                  絆  (私はまだ、かなわなかったんだね・・・シンジのなかの、思い出に) マナの手が、シンジを離す。 そして・・・ゆっくりと後ろに下がった。  「マナ?」  「・・・もうちょっと前に会えてたらな・・・」  「え?」  「ううん。なんでもない」 溢れそうになるものを、深呼吸して飲み込んで。 嫌になるくらい晴れた空を見上げたあとで。  「なんでもない、よ♪」 パチリ! マナは、軽く片目をつぶってみせた。  「あーあ、フられちゃった!   霧島マナ、一世一代の告白だったのになぁ」  「ごめん」  「謝らなくていいよ・・・って、さっきと立場逆転だね?」 くすっ、マナが小さな笑い声を立てた。 つられて、シンジの顔も緩む。 それを見たマナが、にっこりと笑った。  (やっぱり・・・そうやって笑ってる方がいいよ、シンジ) ガタンガタン・・・・ その時、電車がホームに入ってきた。どうやら、今度はこの駅で止まるようだ。 プシュッ! マナの前で電車のドアが開く。 それを見た彼女が、シンジに向かって小首を傾げて見せた。  「ねぇ。最後に一ついい?」  「ん?」  「キス」  「!」 有無を言わさず、マナがすばやくシンジに駆け寄る。 チュッ・・・ 柔らかな感触がシンジの唇に触れる。 シンジがそれを認識したときには、マナはもう数m先で悪戯っぽく笑っていた。  「ま、ま、ま・・・」 シンジが口をぱくぱくと動かす。 マナがぺろっと舌を出してみせた。  「シンジが私を忘れないように。おまじない、ね♪」 悪戯っぽく微笑むマナ。 それをぼんやりと見つめるシンジ。 シンジの赤くなった顔に満足して、マナは電車の中に乗り込んだ。 ドアをくぐったところで、思い出したように振り返る。  「ね、シンジ。アスカさんにアドバイスしてあげれば?」  「え?アスカに?」  「うん。長い髪には気をつけるように!ってね♪」  「?」 首をかしげるシンジ。 マナがおかしそうに笑う。 その目の先には、慌てて柱の後ろに隠れた赤い髪。    (ふふ・・・『次』は負けないからね、アスカさん) マナが微笑む。 そして、くるりと背を向けた。  「頑張って・・・シンジ。私も、頑張るから」  「うん」  「生きてさえいれば、きっといいこともあるから。   全部おわったら、また、きっと、会おうね!」  「うん。楽しみにしてるよ」  「私も・・・楽しみに、待ってる」 プシュッ・・・ ドアが閉まった。 もう、声は届かない。 シンジは見つめる ゆっくりと動き出す電車 遠ざかっていく彼女 そう その後姿が 見えなくなるまで シンジは黙ってその電車を見送り・・・踵を返した。 ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・ 肩を落とし、重い足取りで改札を出るシンジ。 と・・・ シンジは、突然突き出されたなにかにつまづいた。  「!?」 なすすべも無い。 シンジは見事にすっ転んでいた。  「・・・ったぁ・・・」  「ぷっ!アハハハハッ!」 大きな笑い声がシンジに振ってきた。 顔をしかめたシンジが頭を上げたそこには・・・  「あ、アスカ?なんでここに・・・」  「とっろいわねぇ、シンジ。訓練まじめにやってる?」 腰に両手をあてたいつものポーズで、アスカが笑っている。 いつもより、嬉しげな表情。 そんな彼女を訝しげに思いながら、シンジはやれやれとばかりに立ち上がった。  「・・・アスカ。僕いまそういう気分じゃ・・・」  「うるさい!」 ペチィッッッ! アスカのデコピンが、シンジの額に命中。  「イタッ!」  「なんだか知んないけど、馬鹿シンジの分際で勝手に落ち込んでんじゃないわよ。   いっつもいっつもうじうじしちゃって、男の風上にも置けないわね!」 アスカがおでこを抑えて涙目のシンジに言葉を叩きつけた。 すると。 パーーーーッッッ!!! 彼女の後ろから、クラクションが鳴り響いた。 同時にその方向に目をやる二人・・・その先には、加持がいた。  「「加持さん!!!」」  「おやおや、休憩している間にそんなことになってたか。   こりゃ、アスカにふられちまったな」  「か、加持さん!なに言うのよ!」  「ハハハ、まぁいいさ。中学生は中学生らしく電車で帰るんだな」  「「!」」  「じゃ、またな。アスカ、シンジ君」 含み笑いを残して、加持は車で走り去っていった。 ぽかんとする二人。 そして先に口を開いたのは、アスカだった。  「・・・しょうがないわねぇ。電車で帰るしかないじゃない」 まんざらでもない様子で、アスカはスタスタと切符売り場に向かっていった。  「おとな二枚、第三新東京、と・・・」 ポンポン、っと硬貨を放り込んでボタンを押す。 切符を二枚買って戻ってくると、その一枚をシンジに向かって差し出した。  「帰るわよ」 いつものようにぶっきらぼうな口調。 だけど、そのまなざしはすこし柔らかいような感じがする。 ユニゾンが成功したとき、浅間山の火口にいたとき、見せていたような瞳・・・ それが、シンジの中のやるせない感情を少しだけ軽くしてくれた。  「・・・アスカ。もしかして、僕を、迎えに?」 そっと聞いてみる。 アスカの眉がピクンと跳ねた。  「じょ、冗談じゃないわよ!誰が・・・」 アスカの口がそこまで動いたとき。 彼女の頭の中に、先ほどの場面が浮き上がった。  “『私』には、シンジが必要なの!” マナのあの時の言葉が耳に蘇る。 それを聞いたときの後悔が、不安が、胸に蘇る。 『行かないで』 あのときの気持ちが、溢れる。  (・・・しょうが、ないわね) 胸の中で高鳴る鼓動。 それを誤魔化そうと、アスカは半ば睨むようにしてシンジを見据えた。 その強い視線に気圧されて、シンジが目をそらす。 そんな彼に、アスカは低い声をかけた。  「一度しか言わないわ」  「え?」  「だから、よく聞いておきなさいよ」 意外な言葉に驚き、シンジがアスカの方に向き直った。 じっとりと汗ばんでくる手のひらをぐっと握り締めて、 アスカは言葉を続けた。  「アンタはどうだか知らないけどね。   少なくとも、アタシの居場所はあそこにしかないわ」  「?」  「アンタがいて、ミサトがいるあの家。   アタシがこの街に来て見つけたあの場所が、アタシの居場所。   いつまでアタシ達があの場所で暮らしていくのか分からないけど・・・   少なくとも今は、あの場所を絶対に壊したくない。離れたくない」 いつになく真剣な目でアスカが語る。  「だから、行かないで」  「え!?」  「EVAがどうとか、使徒がどうとか、そういうことじゃない。   アタシとミサトにはアンタが必要なの。だから・・・   アタシは、ここに来たんだから」 これまでは言えなかった、言おうとも思わなかった言葉。 この出来事の中で、目覚めた気持ち。 それを、アスカは精一杯の勇気を持って口にした。 自分の言葉、告白とも取られかねない台詞に頬を染めながら、 アスカはシンジをじっと見つめる。  「アンタは、どうなのよ」  「・・・」  「答えなさいよ!」 アスカの声がすこし大きくなった。 その声に、驚きに目を見開いていたシンジがぴくりと震えた。 そして、少しずつ、少しずつ、シンジの目が細められていって・・・ ふっと、潤んだ。  「同じだよ、アスカ。僕も、同じだよ・・・」 胸が一杯になる。  (僕を必要・・・だって・・・) 自分が選んだ場所が、自分を受け入れてくれる・・・必要としてくれる。 EVAのパイロットとしてじゃなく。 “碇シンジ”、として。  「ありがとう」 泣き笑いのような表情を浮かべるシンジ。 それを確認して、アスカはくるりと背中を向けた。  「以上、終わり!さっさと帰るわよ、馬鹿シンジ!!!」 その声がすこし大きめだったのは、それだけ照れていたからだろうか。 アスカは振り返りもせずに、スタスタと改札を通っていった。 その後姿を眺めるシンジ。  (マナ・・・僕はやっぱり・・・)  「こら!なにぼやぼやしてんのよっ!」 アスカの怒鳴り声。 それは、これまでに何度も聞いていて・・・ きっとこれからも数限りなく聞くであろう台詞。  「うん・・・すぐ行くよ!」 シンジは早足で改札に向かった。 腰に手を当てて待っていたアスカと二人で歩き出す。 肩を並べて・・・二人で。 そしてその顔には、安らかな微笑みが浮かんでいた。
今までも これからも 何もいいことはないかもしれないけど 僕はそこに帰る ・・・そこが僕の 居場所だから・・・
Fin.


アスカ:やっぱり、シンジの心安らげる場所はアタシにあるってことね。(^^v

マナ:あんな風に言われたら、ひとまず身を引くしかないわ。

アスカ:アタシにとって何が本当に大事なのか、よくわかった気がする・・・。

マナ:わたしも・・・。

アスカ:そういう意味じゃ、アンタにも感謝しなくちゃね。もう会うことも無いでしょうけど。

マナ:あら? また会いに行くわよ。

アスカ:(ーー# なんでくんのよっ!

マナ:だって、シンジはわたしのことずっと覚えててくれるから。

アスカ:もう、シンジにはアタシしかいないのよっ!

マナ:忘れない、おまじないしたもーん。

アスカ:そういえばっ! アンタっ! よくもよくもっ!

マナ:シンジとキスしちゃったぁっ!(^O^*)

アスカ:アンタっ! そのキス返しなさいっ!

マナ:もうぉ・・・わかったわよ・・・。

アスカ:よろしいっ!

マナ:シンジぃぃ、キス返すから、またお口かしてぇ。(^O^*)

アスカ:わーーーーーっ! やっぱり返さなくていいっ!!!(ーー#
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