責任、とりなさいよ

Written by take-out7

 

 

…またアイツ、思いつめた顔しちゃって……。

 

1時限目と2時限目との間の休み時間、ふと目をやった先にいた彼、碇シンジを見て惣流・アスカ・ラングレーはそう思った。

 

彼女がそのことに気付いたのは3日前だった。

その時も、彼が思いっきり深刻な顔をして何か思い悩んでいるのが手に取るように分かったと言う……。

 

…まったく、何をそんなに深刻そうに考え込んでるのかしらねぇ……。

 

勿論彼女には、彼の心の内まで見透かすことなど不可能である。

 

お互いに何となく相手のことが気になりだし、お互いに何となく“もしかして、自分のことどう思ってるのかしら?”などと考え、お互いに何となく“自分は相手のことどう思ってるんだろう?”などと、傍から見れば「勝手にどうぞ」というシチュエーションにはまりつつある二人であった……。

 

…まったく、陰気くさいったらありゃしない。どうして人生、もっと明るく生きられないのかしら、あの男は……。

 

常に前向き、これをモットーにして生きている彼女にしてみれば至極もっともな意見であろう。

そんな彼女からすれば彼、碇シンジは、じれったくてしょうがない存在なのかもしれない。

だから、“ひとつ気合入れてやるか!!”的な乗りで声を掛けようかと思った瞬間に、彼がタイミングを見計らったかのように席を立ち教室を出て行った時には、文字通り肩透かしを食った気分であった。

 

…むう…せっかくこのアタシが声を掛けてあげようとしたのに、いい度胸してるじゃない!

 

などと、ある意味では見当違いな怒りを体内に沸き立たせるアスカ、その脇で声も掛けられずに顔を引きつらせている洞木ヒカリこそ、いい迷惑であったろう……。

 

時は過ぎ、早くも放課後である。

帰り支度を終えたアスカがまたしても目をやった先に彼、碇シンジが3バカトリオの残り2人と一緒に教室を後にする姿が見えた。

 

…昨日、1昨日ともアイツ1人だったけど、今日は3人つるんで道草ってわけね。

ま、今日はネルフに用事もないことだし、好きにすればいいけどさ……。

 

「アスカ、帰りましょう。」

ヒカリが声をかけてきた。

「そうね。」

アスカはそう言ってカバンを持って席を立つ。

そして今しがた彼が出ていった方をチラッと見、すでにそこに求める者の姿が無いことを確認すると、ヒカリと並んで教室を後にした。

 

…何を思いつめてるか知らないけど、エヴァパイロットの同僚としてチームの和を乱されるようなことがあっちゃあ困るのよねぇ……。

 

ほとんどこじつけであるが、そうした理由を無理やり当てはめて、彼女は彼女なりに彼のことを気にかけているようであった……。

 

この日シンジの帰宅は遅く、アスカは家で彼と顔を合わすことはなかった。

 

 

 

翌日の教室、アスカはシンジの表情が昨日までのものとは違っていることに気づいていた。

何か、肩の荷が降りたような、或いは懸案事項を一つ無事解決したような安堵感、そんなものを感じさせる表情をしていたのである。

(もっともそれはごく小さな変化に過ぎなかったのかもしれない。そんな、小さな変化に他の者はともかく、アスカが気付いたことにこそ重大に意味が隠されているのだが、このことについては彼女自身、全く自覚症状が無いのであった・……。)

 

…ほお、取り敢えずは解決したってことかしら?

それにしてもこのアタシに心配かけさせたんだから、その理由はハッキリ聞かせてもらうわよ…。

 

勝手に心配していたのだろう、というセリフは決して誰も言えない……。

 

放課後となった。

教室からは三々五々、生徒が帰宅の途に着く。

そんな中でアスカは、巧みにシンジに話しかけて3バカの2人たちが近づき難い雰囲気を作り、一方で洞木ヒカリの意味深な微笑に冷や汗を流しつつも、最終的に教室に残ったのはシンジと自分の二人だけ、という状況を作るのに成功したのである。

 

「そろそろ帰ろうよ、アスカ。」

シンジがそう言ってカバンを手にして立ちあがろうとした時、

「ちょっと待ちなさい。」

シンジの席の横に立っていたアスカが答えた。

「…え、何?」

浮かしかけた腰を席に落として彼は尋ねる。

 

「何、じゃないでしょうがアンタ。」

「…え?」

「しらばっくれるんじゃないわよ。」

そう言われても何のことを言われているか全く見当がつかず、落ち着かない表情をするシンジであった。

そんな彼にジロリ、と迫力ある一瞥をくれてアスカは話を続けた。

 

「あのねぇ、アタシの目は節穴じゃないわよ。

ここ2、3日一体何をあんなにウジウジと悩んでたのよ?」

「えっ……。」

シンジは思わず目を見開いてアスカを見上げた。

それはそうであろう。

この3日ほどの彼の葛藤を彼女が見抜いていたとは、まるで想像していなかったのだから。

 

アスカは少々得意げに、ほんのわずかではあるが微笑すらたたえて言った。

「ふん、図星でしょう。ま、その悩みらしきもの、このアタシが特別の配慮を持って相談に乗ってやろうかな、なんて思ったりもしたんだけど、どうやら片は付いたみたいじゃないの。

結構、結構。」

「ええっ……?」

つい数秒前、きっちりと両目を見開いたばかりだというのに、律儀にも再び目を見開くシンジ。

それはそうであろう。

この3日ほど彼を悩ませていた“ある事”が昨日無事解決したことを、アスカが見抜いていたとは、まるで想像していなかったのだから。

 

「で、片が付いた以上、話せるわよね。」

 

立て続けに驚いていたシンジは、ただ彼女の顔を見るのみで、今の言葉を聞き落としてしまった。

いや、聞こえはしたが意味を理解するには及ばない状態であったと言うべきか。

当然、返事など出てこない。

 

「は・な・せ・る・わ・よ・ね・っ!」

アスカが顔を覗き込むようにして念を押す。

 

「えっ……て、な、何?」

慌てて後ずさり口篭もるシンジ。

いきなりのアスカのアップは、彼にとっては時として息の根を止めるほどの威力を持つのだ。

 

顔を赤らめつつ、彼は言った。

「は、話せるって?」

「当然でしょ!

アンタこのアタシに心配かけたんだから、わけを話すのは義務ってもんよ!」

腰に手を当て、胸を張り、高らかにそう言うアスカをシンジは見つめる。

殆ど言いがかりに近いような一方的な論法なのだが、彼はそんなことより、彼女の言ったある一言にのみ、心が向いてしまっていた。

 

(……心配?アスカが、僕を?)

 

この時の彼の表情は何とも形容しがたいものだった。

嬉しそうであるのは間違いないのだが、一方では困ってしまっているのもまた明白なような……。

 

アスカはと言えば、わりと軽い気持ちで今のセリフを口にしたのであったが、彼のそんな姿を見て、

(なんて顔してんのよ。アタシ、何か変なこと言ったかしら……。)

と、自らの言葉を反芻してみる。

 

で………。

 

「い、いやあの、し、心配っていうのはつまり、エ、エヴァ・パイロットの同僚として、てことよ!変なふうに考えんじゃないわよ!!」

と、いきなりこちらもしどろもどろ。

最初の勢いもどこへやら、シンジの横に立ったままもじもじし始めたりする……。

 

そんな彼女を見ながらシンジは、

(アスカ、心配してくれてたのか……。そうか……。

……本当は話すつもりはなかったけど。

心配させちゃったんだったら、やっぱり話しておくべきなのかな…。

でも……)

と、こちらもこちらで考え込んでしまっている。

 

何となく居心地の悪い雰囲気が二人に漂い、しばしどちらも沈黙を守ってしまった。

 

 

「……どうなのよ……。」

ようやく、アスカがボソッと言った。

さっきまでのような元気溌剌とした口調ではなく、実に冷静な声で。

「…アタシに言えないようなことなの?

だったら無理にとは言わないけどさ…。

ま、誰にだって悩みの一つや二つはあるもんね。」

 

「いや……。話すよ、アスカ。」

シンジが答えるその声も、落ち着きを取り戻した静かなものだった。

 

「……ケンスケのことだったんだ。」

 

「はぁ?相田ぁ?」

想像外のシンジの言葉に、アスカは素っ頓狂な声を上げる。

「何、アンタ、相田のことで悩んでたっての?」

アスカにしてみれば、“あんなヤツのことで何を悩むってのよ!”といったところか。

先程とは一転して声のトーンが高くなる。

 

「うん、正確に言うとケンスケのことでって言うんじゃないかも知れないけど…。」

 

次の言葉を畳み掛けようとしていたアスカだったが、彼のこのセリフを聞いて思いとどまった。

 

……とりあえず話してみろって言ったのはこのアタシだから、まあ、聞くだけ聞いてやるか……。

 

アスカが何も言わないのを見て、シンジは話し始めた。

 

 

「ケンスケのことっていうより、ケンスケの趣味のことでちょっと……。」

「あ、相田の趣味ぃ?!」

とりあえず黙って聞いてやろう、と思ってたのも束の間、いきなり口を挟んでしまうアスカ。

「あいつの趣味ってば……ミリタリーオタクの追っかけのことぉ?!」

ついつい声が大きくなってしまう。

が、彼女にしてみればそれも無理からぬことであろう。

どういう理由にせよ心配してやっていたシンジの悩みのタネが、“ケンスケの趣味のこと”などと言われては、彼女にしてみればとても納得いくものではない。

…ケンスケにとっては大変失礼なことかもしれないが……。

 

まあ、どれだけ大きい声を出しても今は教室に二人きり、誰に聞かれるわけでもないので、シンジは特にうろたえもせず話を続けるのであった。

 

「いや、そっちの趣味じゃなくて……もう一つの方の…。」

「もう一つ?」

そう言われてアスカは考えた。

……相田のもう一つの趣味……?

…ミリタリー追っかけじゃなく……もう一つってったら……。

アスカはすぐにそれに思い当たった。

しかし、それがなぜシンジをして悩みを抱えさせることになったのか、という点についてはまるで想像が及ばなかったが。

 

「もう一つと言ったら、アレでしょ。カメラ……。」

「……うん……。」

それまでアスカの顔を見て話をしていたシンジだったが、この返事とともに目を伏せ、自分の手元を見つめながらことの成り行きを語り始めるのだった……。

 

「カメラ…そう、写真だよね。

ケンスケは写真に凝ってて、四六時中シャッターを切りまくってるんだ。

色んなものを撮ってるけどさ、ウチの学校の生徒や先生たちも事あるごとに写してる。僕は写真のことってよく分からないけど、ケンスケ曰く、どんなもの、人にも絵になる瞬間ていうものがあるから、いくら撮っても撮り足りないんだって……。

それはそれで、彼の立派な一つの趣味っていうものだから、僕もこのことについては何も文句をいう筋合いは無いと思うよ。

でも……。

……その……アスカの写真は……。」

「ア、アタシの写真?」

話がどういう展開になるのか読めなかったアスカは、今度こそとりあえず黙って聞いていようと思っていたのだが、自分の名前を出されてはそれも叶わず、思わずシンジに訊いてしまった。

 

「………うん……。」

 

「ちょ、ちょっと、アタシの写真が何よ?!」

 

アスカもケンスケがよく写真を撮っていることは、実際に見たこともあるのでよく知っていた。

また、自分やレイ、ヒカリなどのクラスメートの女子や、別のクラスあるいは別の学年の女子の写真を“盗撮”まがいの方法で撮っていることも薄々知ってはいた。

これについては、他の女子はともかく、自分のものについては

“ま、アタシの美しさからしてみれば、トーゼン起こりうるべき事態ではあるわね。有名税ってとこかしらね。まったくしょうがないヤツ”

程度の認識で黙認していたのである。

 

「・……アスカの写真が……その…………。」

非常に言いにくそうに言葉に詰まるシンジ。

そんな彼の姿を見て少しずつ不安になってゆくアスカ…。

 

……ま、まさか……アタシ、どこかであいつにとんでもない写真を撮られてたってことは……無いでしょうね…。

えーーーと、えーーーと………と、特に何も思いつかないけど、あのオタッキーなヤツのことだけに、ま、まさかとは思うけど……。

え?ま、まさか……。

シンジがこれだけ言いにくそうにしてるってのは……。

ど、どうしよう、も、もし……その……。

 

“その”の先を考えないようにしようとする賢明なアスカであった…。

 

そんなアスカの一大葛藤には気付くべくもなく、シンジは何とか言葉を継ぎ始めた。

 

「……ケンスケ、アスカの写真も一杯撮ってるんだ……。」

 

「!!!」

 

このセリフに、アスカは考えないようにしていた“その”の続きを一瞬にして思い描いてしまった。

 

や、やっぱり!

やっぱりそうなのね!!

あんなヤツにこのアタシの玉の肌を盗み撮りされていたなんてぇーーーーーっ!!!

 

 

(あれ?)

いくら自分の手元を見ていたとはいえ、身近にいる人物から発せられる“気”を感じ取れないほどシンジは鈍感ではない。

そこで彼がふと顔を上げたその真正面には、“鬼神もかくや”たるアスカの怒気溢れる姿があった……。

 

「ア、アスカ……。」

思わずどもってしまうシンジ。

今彼の前にいるアスカは怒りのためか、或いはそれ以外の理由によるのか、目尻に涙さえ浮かべて自分のほうを睨み付けていた。

 

(コ、恐い……。)

 

この時思い浮かんだ言葉はこれただ一つであったと、後に碇シンジは語っている。

 

 

「あ、あのさ……。」

 

「………。」

 

アスカの方はといえば、あまりの事に声も出ない状態に陥ってしまったようである。

それも無理からぬことであろう、なんと言っても1415歳の少女にとって、自分の裸が盗み撮りされたなどとは、想像するだけで恥ずかしいやら、悔しいやら、腹が立つやら、情けないやら、その他諸々の感情が入り混じり、とても冷静でなど、いられはしない。

 

両のコブシを握り締め、真っ青な顔をしてプルプルと震えるそんなアスカを見て、こちらも青ざめてしまうシンジ。

 

…ぼ、僕なんかまずいこと、い、言ったかな。

……い、いや、そんなことないはずだけど。

大体、具体的な話はこれからのはずじゃなかったっけ……。

 

そんなことを考えつつ、きっとアスカはなにかを誤解している、それを解くにはとにかくその“具体的な話”をせねば、と焦る彼であった。

 

「そ、その……アスカの写真のことで…その……ここ2、3日ずっと考えてたんだけど、昨日、思いきってケンスケに話をしたんだ……。」

 

……ん……?

 

まさに怒り爆発寸前(もっとも今この場に、その怒りをぶつけるべき張本人はいなかったはずだが)だったアスカは、このシンジの言葉を聞いて思考力を取り戻した。

 

…ん……?アタシの写真のことで悩んでた?シンジが?

ん……?相田と話をした?思いきって?

……えっと……?

それと、ア、アタシのハ、裸とどういう関係が……………?

ん……?

んん……?

 

一度沸点を超えた脳で、思考のパズルを組みたてようとするのは並大抵のことでない。それは14歳にして既に大学を飛び級で卒業してしまった天才アスカとて、例外ではない。

今は自分の中では結論が見出せない、そう感じたアスカは、何はともあれ怒りの鉾を収め(誰に向けるつもりであったのだろうか?)、シンジの話の続きを聞くことにした。

 

「……それで……?」

 

ぶっきらぼうなアスカの声に

(やっぱり話すべきじゃなかったかな……?)

と、後悔の念しきりのシンジであったが、今話を止めてしまうことは、自らの死を意味することくらいは彼にも分かる。

腹をくくって話すしかないのだ……。

 

「うん……昨日、放課後、ケンスケと、それにトウジにも一緒にいてもらって話をしたんだ。

つまり、僕が……僕がケンスケに言いたかったのは……。」

 

「…………。」

 

アスカは黙ってシンジの言葉を待った。

彼女には、まだ彼が何を言おうとしているのか、昨日彼らが何の話をしたのか、予想がつかなかった。

 

「……言いたかったのは………ア、アスカの……アスカの写真を……。」

「…………。」

「……アスカの写真を、い、色んな人に、その、う、売るのをやめてくれってこと………。」

 

…ん……?何?

……それって…どういうことよ?

 

「……アスカの写真、売るのをやめてほしいって頼んだんだ、昨日……。」

 

「……それは今聞いたわ……。どういうこと、それ?」

結局アスカは口を挟まざるを得なかった。

シンジは小さな声でこう言った。

 

「……イヤだったんだ……。」

 

「は…?何……?」

 

「…イヤだったんだ、アスカの写真が色んな人に買われるの。

僕、イヤだったんだ……。」

 

「…………。」

 

「そ、そりゃ、アスカは、か、可愛いし、美人だからさ、色んな男たちが憧れるのは分かるよっていうか、当然かもしれないけど……。

でも、以前トウジが(別の意味で)言ったことあるけど、“写真に性格は写らない”んだから、そこに写ってるのは本当の意味でのアスカじゃないんだ…。言ってみれば、偶像ってやつだろ?

アスカの本当のこと分かってない人たちに、アスカの写真なんて持っててほしくなかったんだ……。

それに……あまり気持ちの良いもんじゃないし…………その……自分が…………。」

 

ようやく話が見えてきたアスカは、言葉に詰まってしまったシンジに対しその次の言葉を期待しつつ、またしても口を挟んでしまったのである…。

 

「……アンタが、何よ……?」

 

「えっ……だから、その……。」

 

しかしその一言が逆効果になり、ここで完全に固まってしまったシンジ。

 

 

そんな彼をみてため息混じりにこう思うアスカであった。

 

…まぁ、これ以上のことをアンタに今言えってったって無理でしょうね。

ま、か、可愛いだの美人だの言ってくれたから、今日はこのへんで許してやらないこともないけど…。

 

そして、あえて話をずらしてやる心優しいアスカであった……。

 

「で、相田はすんなりOKしたってわけ?」

 

話がそれたので、ホッとしてシンジも答える。

その声は幾分明るさを含んでいた。

 

「いや、“需要があるから供給してるんだ。商売上の信義ってものもある、駄目だね”て。」

「なぁーーにが“信義”よ!!

人の肖像権を何だと思ってんの、あの男は!!」

つい先ほどまでの“有名税云々”という考えはアッサリ捨て去ったようだ。

 

「それで、どうしても駄目かって訊いたら……。」

「訊いたら?」

 

「……“今あるアスカの写真の在庫とそのネガの一切を買い取るなら”いいって。」

 

「……なんぼで?」

 

時として妙な日本語を駆使するクォーター、惣流・アスカ・ラングレーであった……。

 

「法外な値段で……。」

「………そういうのを、“恐喝”っていうのよ………。」

 

 

「うん、で、それもとても出来ないって言ったんだ。

そしたら、トウジが間に入ってくれて、話をつけてくれた……。」

「へ?あの熱血バカが話をつけた?」

アスカにとってこれは意外なことであったろう。

彼女にしてみれば、トウジもケンスケと一緒にその写真で稼いでいる側にいるのではないか、と思っていたのだ(そしてそれは正しい推理でもあった…)。

 

「うん……僕たち2人の前で、もうアスカの写真は売らないってハッキリそう言ったよ、ケンスケは。」

「…………。」

 

疑り深そうな目でシンジを見つめるアスカ。

シンジの方はと言えば、何とか笑顔を作ろうと努力しているのだが、如何せん根が正直である、引き攣った笑いを片頬に張り付けるのが精一杯であった。

 

 

「……正直に言いなさい。どうやって“売らせない宣言”をさせたわけ?」

「………言えない……。」

 

根が正直であるとともに、少々強情でもある。

シンジは“片頬引き攣らせ笑い”のまま、しかし意外に力強くそう言った。

 

けれどアスカとしてもここは気になるところであった。

だから、本人としては目一杯優しく微笑んでやりながら(ただシンジから見れば、やはり彼女の笑顔も片頬にのみ乗っかっているとしか言いようがない、不自然なものであったが)、繰り返した。

「……言いなさい……。」

「……言えない……。」

「…………。」

「…………。」

 

……中途半端な笑顔で向かい合う少年と少女の間に、再びしばしの沈黙が横たわる……。

 

シンジとしては、これだけはアスカには言えないことなのだ。

あの時、トウジがからかうように言った内容は…。

 

 

………………………………………………………………………

 

 

「なぁ、センセ、なんでセンセがそんなにイヤがらなあかんのや?

惣流本人やったらともかく、なんでや?

それとも惣流にそうしてくれって頼まれたんか?」

「違うよ、アスカは何も知らない。僕の意思なんだ。」

「センセの意思ねぇ。せやから、なんでセンセの意思で、惣流の写真を売ることをケンスケに止めさせたいんかって訊いとるんやんか。

センセと惣流と、他人やないか。何も惣流の写真がどこの誰に売れようと売れまいと、センセにはなーーんも、関係ないこっちゃで。」

「そうだな、僕もそのへんの所、ハッキリと聞かせてもらいたいね。」

ケンスケもニヤニヤしながら言った。

「その答えによっちゃあ、残念だけど、惣流の写真の宣伝・受注ならびに販売を止めてもいいんだけど…。」

「ホ、ホント、ケンスケ?」

「ああ、男に二言はない!」

「ちゅうこっちゃで、シンジ。どないする?」

 

「……………。」

 

シンジは2人を代わる代わる見て、しばし考えているふうだった。

そして彼は意を決してあることを2人に言った……。

 

 

それまでからかうような口調だった2人だが、シンジがその言葉を口にした時は、実に真面目な顔つきで聞き入っていた。

そしてシンジの短い、だが、今の自分が持ちうるありったけの勇気を総動員して振り絞ったかのようなその言葉を聞き終え、先ほどまでとは全然違う穏やかな笑顔を見せて、こう言った。

 

「物好きなやぁ、センセも。自ら好んで苦労をしょい込む、ちゅうわけや。

けど、そういう気持ちっちゅうもんは他人がどうこう言うもんでもないさかいな。

ま、せいぜい頑張るこっちゃな。」

「ああ、お似合いって言えるかどうかは正直なところ、今は俺たちも何とも言えないけどさ、そういうのって、じっくり時間をかけて作っていく関係だからな。

少なくとも俺はそう思ってる。

とりあえず、頑張れよ、シンジ。」

 

何の事はない、要は2人の誘導尋問まがいの話の展開に乗ってしまったようなものである。

それについてはかなり悔しい気もするシンジではあったが、何はともあれ初期の目的を達するため念を押すことを忘れはしなかった。

そこで、写真のことについて改めて触れようとした時、先にトウジが口を開いて言った。

 

「ほな、ケンスケ、写真のことはすっぱり片をつけるっちゅうことで、ええな。」

「ああ、分かってるよ。

シンジ。惣流の写真は今後一切売らないようにするよ。

全く残念だよ、稼げる被写体だったんだけど、約束は約束だからな。

これからは、欲しいって言ってくるヤツらを丁重にお断りしなくちゃならないってことか。」

 

そこでケンスケは眼鏡の奥で、瞳をいたずらっぽく光らせ、こう付け足した。

「まあ、シンジが今俺たちに言ったことをオープンに宣言してくれればさ、多分もう惣流の写真が欲しいなんて言うヤツ自体、激減するとは思うけど……。」

「おお、せやせや。手っ取り早よう皆の前でそう言うてまえや、シンジ。」

トウジも真面目くさって相槌を打つ。

 

「じょ、冗談じゃないよ!

ふ、2人にだから、やっとの思いで言ったんだ。

……第一、アスカにもまだ、何も………。」

そう言ってシンジは顔を赤らめ、俯いてしまった。

そんな彼を見て、トウジとケンスケは顔を見合わせて肩を竦め合い、微笑むのみで、敢えて何も言わなかった

 

 

………………………………………………………………………

 

 

アスカとシンジ二人の妙な見詰め合い(睨み合い?)も、そう長くは続かなかった。

これは口を割りそうにない、と判断したアスカが、さっさと引き下がったのである。

 

「そ、ならいいわ。訊かないであげるわ。」

そう言って彼女はくるっと体を回し、シンジに背中を向けた。

 

そして、

「その代わりに、こ、これだけは正直に答えなさい。」

と、少々震える声で小さく言った。

 

アスカがあっさりと引き下がってくれたので、やれやれ、と思ったのも束の間、一体次にどんな質問が来るのかとシンジは身を硬くしてアスカの背中を見る。

 

「な、何、アスカ…?」

「そ、その、相田の撮った写真だけど……。」

「写真?」

「そ、そうよ。……その写真だけどさ………。」

「うん……?」

シンジにはアスカの表情は窺い知れない。

 

「それってさ……その……ど、どんな写真なわけ……。」

「え………?」

普段のアスカとは思えないような小さな声にシンジは戸惑いつつ、今の言葉の意味を理解しようと頭を働かせていた。

 

「どんなっていったて……。」

「……どんな写真だったの……?」

アスカが再び同じことを訊く。

「どんなっていわれても……。」

アスカの質問の意図が掴みきれないシンジもまた、同じ言葉を繰り返す。

 

もともと気が長くないアスカが、じれったくなるのはこの際当たり前。

何しろ、自分のあられもない姿の写真が出回っていたかどうかの瀬戸際なのだ。

 

「だからっ!

アタシが何してるところの写真なのかって訊いてるのよ!!」

もう一度体を180度ターンさせ、シンジの方を見てアスカは怒鳴った。

 

突然の剣幕に身を後ろに反らせつつ、シンジは慌てて答える。

 

「と、登校中とか、休み時間や放課後に友達と話してるとことか、そ、それから授業中のもあったし、体育の時間のとか、あ、あと、お昼休みの食事中のとか、い、居眠りしてたのも確かあったし、な、何故か私服姿のもあったような…それって特に売れ行きが良かったとか言ってたけど…あはは、は………ほ、他には……。」

 

「他には?!!」

乗りかからんばかりの勢いで畳み掛けるアスカ。

 

「ほ、他のも、だいたい似たり寄ったり……だったと思うけど……。」

「ホント?!!」

「う、うん、ホント…。」

 

アスカはシンジから少し身を離し、またくるりと背中を向けてしまった。

シンジにしてみれば何が何だか分からない。

 

……良かった!!シンジは嘘がつけるようなヤツじゃないから、どうやらホントみたいね。

最悪の写真だけは存在しないようだわ!!

ふーーー、これでやっと一息つけるわ……。

 

文字通りホッと胸を撫で下ろすアスカであった……。

 

 

 

「でさぁ、さっきの話に戻るけど。

アタシの写真を売られるのがイヤだって言ったわよね、アンタ。

それがどういう意味か、自分で分かって言ったんでしょうね。」

「い、意味って……?」

 

しばらくの沈黙の後、背中を向けたまま再び話し始めるアスカと、まだ落ち着きを取り戻せていないシンジ。

 

「そうよ、“アスカの写真が他の男たちに買われるのが我慢できなかった”ってことでしょ、アンタがここ3日間ほど悩んでた理由ってのは。」

 

「……う、うん……。」

 

「はぁ、アタシも迂闊にもたった今まで気がつかなかったわ。」

 

大げさにため息をつき、天に両の掌を向けて嘆くポーズをとり、そう言うアスカ、しかしシンジはまだ話しについて行けないのであった。

 

「な、何に気が付かなかったって…?」

「……つまり、アンタ、シンジがさ……。」

 

思わせぶりに言葉を切るアスカ。

シンジとしてはもう、鸚鵡返しに訊くしかなかった。

 

「ぼ、僕が?」

 

 

「シンジが、こんなに、独占欲が強いヤツだった、ってことに。」

 

 

「……え、ええーーーーーーーーっ?!!」

 

今日、この教室では何度か大声が炸裂していたが、今のシンジの叫び声こそ、そのトリを取るに相応しい大音量のものであったといえるであろう。

 

「ぼ、ぼ、僕が、ど、ど、独占……な、何……?」

 

自分自身を振り返って、およそ縁のないと思われる言葉を浴びせられ、我を失ってしまったシンジ。

それでもアスカは彼の方を振り向こうとはしなかった。

 

 

動揺しまくっているシンジだったが、もし彼に“背中越しに人の表情を読み取る術”とでもいったものの心得があったならば、アスカの表情を窺い知ることができたであろう。

だが残念なことに、彼は未熟にしてまだそのような技を手に入れてはいなかった。

 

……この時のアスカの表情……。

 

それは、彼女自身のこれまでの人生の中で、果たして1度、或いは2度も見せたことがあっただろうか、というくらいの、快心の笑顔であった……。

 

 

肩越しにチラッとシンジを見、いまだ彼がアタフタしているのをしっかり確認してからようやく振り返り、小悪魔っぽい笑みを浮かべながら彼女はこう言った。

 

「責任、とりなさいよ。」

 

Fin

 


マナ:take-out7さん、投稿ありがとうございました。

アスカ:もう、シンジもじれったいわねぇ。さっさとアタシのことを「好きだー」って言えばいいのに。

マナ:あなたねぇ、写真を売らないようにシンジが交渉してくれたのに「責任とれ」だなんて、独占欲が強いのはどっちよ。

アスカ:あっらー、当然でしょ。他の男の子には写真も見せない様にして、独占しようとしてるんだから。

マナ:シンジは、あなたの為を思ってやってくれたのよ!? 責任なんか取る必要無いわ!

アスカ:そんなの関係無いわよ! 独占しようとしたことには変わりは無いわ!

マナ:そんなに嫌なら「独占しようとしないで!」って言えばよかったじゃない!

アスカ:うっ・・・わかったわよ・・・。じゃぁ、シンジに責任追及はやめるわ。

マナ:ようやくわかってくれたようね。(適当な理由つけてシンジを独占されてたまるもんですか!)

アスカ:その代わりにぃ・・・。

マナ:へっ?

アスカ:代わりに、シンジにそこまでしてもらったんだから、アタシが責任を取ってシンジに独占されてあげることにするわ。

マナ:なっ!! な、なんてこと言うのよ!!

アスカ:それなら、文句無いでしょ?(ニヤリ)

マナ:うぅぅぅぅ・・・・。

アスカ:何唸ってるのよ! さって、責任を取りに行ってこよっと。(アタシに勝とうなんて100万年早いってのよ!)

マナ:・・・・・・・・・・負けるもんですか・・・次こそは逆襲してやるんだから・・・。
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

 

ご意見・ご感想は take-out7@geocities.co.jp までお送り下さい。

 

 

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