アンタの未来は、アタシのモノよ!!
Written by take-out7
12月である。
第3新東京市立第壱中学校は期末テストも終わり、冬季休みを迎えるまでの“空白”の1週間に突入していた。
さて、2年A組はいま、今年最後の国語の授業中である。
テストが終わってしまった以上、カリキュラムを進めるような授業は不要であり、今日の授業は「作文」に当てられていた。
お題は「私の将来」……。
これが先生の口から発せられた時の、2年A組のかしましかったことといったら……。
曰く、「小学生の卒業作文じゃあるまいし!」
曰く、「大体、冬休み直前の授業を何で真面目にやらんとあかんのや?!」
曰く、「ふ、僕の将来なんて、今更語るまでもないけどね…。」
曰く、「寝不足なのーーー。」
曰く、「晩ご飯のメニューを考えるのにぴったりの時間だったんだけどな…。」
曰く、「…………。」
……………。
もっとも、大騒ぎも一瞬のこと、“2−Aの母”洞木ヒカリの一喝で、無事、授業は進行したのである……。
で、口で何と言おうと彼らは夢も希望もある中学生、自分の将来・未来を語り始めるのに、何の支障があろうか。
各々ノートPCに向かって、いつしか真剣に自らの未来を描き始めていた……。
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『ワイは、医療関係の道へ進もうと思うとります。
ワイの妹は、ずっと入院したままや。
そうなった原因は……・。
いや、今はもう、そんなことは問題やあらへん。
とにかく、ワイは妹の病院へ何度も何度も足を運ぶうちに、ワイ自身の非力を痛感させられましたんや。
妹だけやない、ぎょうさんの人達がこの街でひどい目に遭うて入院してるんや。
ワイは、そんな人達を見るにつけ、自分に出来ることって何やろう……そう考え続けてきました。
シンジや綾波、惣流らは、みんなオノレに出来る精一杯のことを毎日やっとる。
アイツらのあんな姿を見っとたら、やれ味方のせいで怪我したやの、やれ戦い方が素人やの、口先だけで文句並べ立てとるヤツらのことが腹が立って、腹が立って……。
……せやけど、ついこの間までワイも同じように思っとったんや……。
今は違います、ワイはワイに出来ることでアイツらを助けたらなアカン、今はそう思てます。
ワイは頭、良うない。
せやから、医者なんかにはなられへん、それくらいのことは分かっとります。
けど、医者になることだけが、医療の道やない、て思うんや。
ワイにかて出来ることは絶対あるはずや。
ワイはまだまだこれからです。
自分のこの足でしっかりと自分の道を歩いていこう、そう思てます。』
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『僕は、絶対、自衛隊に入隊るするね。
自分の力で自分を守り、大切な人を守る、当たり前のことさ。
……もっともこれは今、この時を生き延びたら、の話しだけど。
そして、今を生き延びることが出来たら、きっともうその時には僕達には自衛隊なんて必要なくなってる、そんな時代になってるんだろうなぁ。
だから、今、自分のために、自分の大切なもののために戦うことが出来るシンジが羨ましいよ……。
まぁ、自衛官になる必要がない時代がきたら、僕はカメラマンになるね。
今でも、カメラぶら下げて歩く僕のことを、変な目で見るヤツは多いけど、ま、いつの時代にも、芸術・芸術家を理解でいない輩は存在するものさ。
僕が撮りたいもの。
それは、愛するもの全て。
結構キザなこと言ってるけど、これ、僕の本心なんだ。
ファインダーを覗いて見れば、きっと皆分かるはずだよ。
ファインダーを通して見れば、きっと皆分かるはずだよ。
知ってる人も、、知らない人も、動物も、風景も……この街も……。
どれだけ素晴らしい表情を持ってるかってことに。
どれだけ愛すべき存在であるかってことに。
きっと分かるはずだよ。
……。
ま、せいぜい修行を積むことにするよ。』
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『私は、福祉関係を目指すつもりです。
高校へ行ったら、まずボランティアの団体に登録して、いろんな人達のお手伝いをしたいと思っています。
もう、いくつかの団体のパンフレット、取り寄せてあるんです。
私、三人姉妹の真ん中だから、時に姉に甘えたり、時に妹に甘えられたりしてきて、“頼りになる身近な人”がいることが、どれほど大切なことなのか、身をもって学びました。
自分が他人の役に立てるなんて自信、全然ありません。
でも、一生懸命その人のことを思って、その人の身になって、考えてあげれば、手伝ってあげれば、何かの足しにはなるんじゃないかって……そう思うんです。
甘いですか……?
……甘いかもしれません。
結局、私、仲の良い姉妹に恵まれて毎日を過ごしてるんですもの。
アスカ……惣流さんなんて、一人でドイツからやって来て、自分のためなんかじゃなく、私達のために命を賭けて戦ってるんですものね。
私には、とてもそんなこと出来ないと思います……。
だけど、いえ、だから、私、せめて自分の出来る範囲ででも良いから、頑張ってみたいんです。
自分がどこまで頑張れる人間なのか、見極めてみたいんです。
高校、そして大学にいっても、ボランティアを続けて行くつもりです。
出来れば就職も福祉関係の仕事に従事したいとも思います。
でも……やっぱり……いずれは………好きな人と結婚して、幸せな家庭……父親がいて、母親がいて、子供がいて…………そんな家庭を築きたいと思います。』
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教室には何の雑音も聞こえなくなっっていた。
14歳の少年少女にとって、自らの未来を思い描いてみること、それはある意味、とてつもなく神聖な行事なのだ。
国語を担当している老教師は、満足げにクラス中を見渡し、静かに教卓の前に座っていた。
まあ、中にはこんな作文を書いた者もいるのだが……。
『将来………?
未来………?
………よく、分からないわ。
………関係、無いもの………。』
……………。
さて、碇シンジの場合、である。
『僕には将来なりたいものなんて何もない。
夢とか希望のことも考えたことがない。
14歳の今までなるようになってきたし、これからもそうだろう。
だから、何かの事故やなんかで死んでしまっても別にかまわないと思ってた。』
おいおい…………。
『………思ってたこともあったけど、今は違う。
僕はいらない人間なんだってずっと思ってた。
僕は必要とされてない人間なんだってずっと思ってた。
……でも、そうじゃないかもしれない……て、この頃思えるようになってきた。
……僕は間違ってたのかもしれない……て、この頃考えるようになってきた。
あの人と出会ってから、そう思うようになってきた。
あの人のために、僕はいたのかもしれない。
あの人のために、僕はいるのかもしれない。
あの人が僕を必要としてくれているかどうか、そんなことは分からない。
けれど、僕はあの人が必要としてくれる人間になりたい。
あの人とずっと一緒にいてもいい人間になりたい。
あの人のために生きられる、そんな人間になりたい。
僕は……僕は生まれて初めて、“こうなりたい”って思える自分を見つけた。
他人が聞いたら、笑うかもしれない。
他人が聞いたら、変に思うかもしれない。
……でも、僕は、“こうなりたい”って本気で思うんだ。
だから、いいじゃないか。
僕のこの気持ちがあの人にいつか伝わる時が来る、そう信じて、僕は僕の思った道を歩んで行くんだ……。』
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惣流・アスカ・ラングレーは外国籍である。
14歳にして地元ドイツの大学を飛び級で卒業してきた天才少女。
しかし、そんな彼女も日本語、すなわち国語の授業は苦手であった。
会話はともかく、“漢字”“カタカナ”“ひらがな”の入り混じる文章を突き付けられて、
………ううーーーーーーっ。
と、唸り声を上げたこと、二度や三度ではない……。
そんな彼女ではあるが、今回の作文、彼女なりに一生懸命構想を練っていた。
……構想さえまとまれば、後はドイツ語でインプットして、翻訳ソフトで日本語に変換してしまえば楽チンよっ!
という、彼女の声が果たして教卓のところにいる老教師に聞こえたかどうか……。
『アタシの将来?
そんなモン、決まってんじゃん!!
ネルフの指導者よ、指導者!!
……ネルフの指導者って言えば………
シンジの親父サン……。
………やっぱ、止めとく……。
それは、シンジに譲るわ。
親子二代でネルフをまとめる、それも悪くないんじゃない?
さぁて、そうなったら、アタシはアタシで行く末を考えなくちゃね。
こんな、使徒との戦いなんてとっとと済ませちゃって……そうね、アタシ、アメリカへ行こうかしら。
ドイツに戻ってもいいんだけど、せっかく親離れし始めたんだから、この際、ママには我慢してもらって、アタシ一人でもう少し自分に磨きをかけようかな、なんて。
……別にアメリカに何かがあるってわけじゃない。
ま、今でも世界の中心にあるぞって、言い張ってるからさ、行ってやろうじゃんって感じかしら。
…………。
一人で行くのもつまんないわね。
この際、誰かルームメートになりそうヤツを調達していこうかしら?
…………。
アメリカ行って、何するかって?
そうね、アタシ、やってみたいことがあるんだ。
ゲージュツってやつ?
この間、アイツがチェロを弾いてるのを聴いたの。
結構イケてたわ、あれ。
本人は謙遜してたけど、かなりなもんよ、あれは。
……その時さ、自分を振り返ってみたの。
自分には、アイツみたいな、人に見せられる、聴かせられるモノが何かあるかって……。
…………思いつかなかった……・。
で、でも、ちっちゃい頃にさ、アタシ、絵描いてさ、ママにもパパにも誉めてもらったこと、あるの。
……親バカだろうけどさ……。
けど、冗談じゃなく、アタシ、絵描くの、嫌いじゃないんだ。
絵を描くことの基本を学ぶ、そのためにアメリカに留学するっていうのは、どう?
勿論、食べて行くためにはお金を稼がなきゃならないわよね。
調達して行ったルームメートに働かせて、食費を入れさせるか。
四の五の言ったら、その時には、アタシのファーストキスを奪った責任とりなさいって……。
…………。
無茶苦茶よね……。
ハイハイ、分かりました。
アタシはゲージュツなんかとは縁のない人間ですよ、認めまーす。
やっぱりアタシは世界のビジネスシーンを股にかけて飛び回るビジネスウーマンってとこかしら?
世界的大企業のコンサルタントとして、それはもう引く手あまた……。
家にいるより、飛行機に乗ってる時間の方が長いってくらいのバリバリのやり手。
そう!これだわ!!!
天才の名に相応しい姿よ!!
………家にいるより、飛行機に乗ってる時間の方が長い……か。
ママみたいに、家族とのコミュニケーションも大事にする大人になりたいな、アタシ……。
そうか、家族を連れて行けばいいのよ!!
簡単じゃーーん。
最初は、とりあえず同伴者は一名でいいわね。
この際だから、アイツはアタシの秘書ってことで……。
“アスカ、今日は朝10時からシリコンバレーで、マ××ロ・ソ×ト社の会長と打ち合わせ、午後はハリウッドで21世紀フォ××スの社長と昼食を兼ねてミーティング、夜は大統領の晩餐会に出席だよ”
“えーー、夜の行事は全部キャンセルしなさいっていつも言ってるでしょう、どうしてそんなもん、OKしちゃうのよ!!”
“大統領の誘いを断れるわけないだろう、聞き分けてよ、アスカ。”
“ぶーーーっ。せめて夜だけはアンタと二人っきりで過ごしたいのにぃ……。”
“ア、アスカ……。”
“……もう…ホントにバカね………。”
なんちゃってなんちゃって……。
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おほん……、ま、これも一つの可能性ってヤツ?
で、でも案外、こんなアタシこそ、専業主婦ってヤツが、に、似合ってたりして。
旦那様の帰りを待ちながら、夕飯の支度にいそしむアタシ……。
………うん、これも、決して想像できない未来じゃないわ……。
“お帰りなさーーい、あなた。”
“ただいま、アスカ。”
チュッ。
“ご飯にする?それともお風呂?”
“うん、先にお風呂に入るよ、汗かいちゃった。”
“毎日お疲れ様ね。”
“うん、何せ上司があのミサトさんだからね、苦労は計り知れないよ……。”
“それ、よく分かるわぁーー。”
“でも、家へ帰ればアスカが待ってくれてる、そう思うと頑張れるんだ、僕。”
“イ、イヤだ、あなたったら……。”
“アスカ……。”
“……もう…ホントにバカね……。”
なんちゃってなんちゃって……。
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え、えへん……こ、これも、いわゆる一つの可能性ね……。
あと、考えられるアタシの未来ってのは……。
そう、何だかんだ言ってもやっぱり、故郷ドイツへの帰還だわ!
アタシは住み慣れた家に戻り、戦いに疲れた体と心を癒してる。
昔と変わりなく、ママがいる。
ママとアタシ、食事や家のことを分担しながら毎日を穏やかに過ごすの。
パパも毎日決まった時間に帰ってきて、夕餉の食卓を囲むの。
もちろん、そこには新しい顔ぶれも見られるわ。
アタシが日本から連れてきた同僚。
ドイツのことを学んでみたいって言うもんだから、仕方なくウチにホームスティさせるの。
初めのうちこそ言葉が通じないもんだから、ギクシャクするかもしれないけど、アイツのことだから、きっとすぐに日常会話くらい出来るようになるわよ……。
結構頑張り屋だもんね、アイツ。
継続は力、これよ、これ。
で、アタシはアイツを色々な所へと連れ出し、ちょっとした観光旅行をアイツに味わわせてやるの。
ドイツ国内だけじゃなく、オーストリア、フランス、イタリア、オランダ……。
そしたら、アイツのことだから、きっとこんなことを言うでしょうね。
無意識のうちに……。
“こんなに色々な国を訪れることが出来るなんて……。”
“訪れることができるなんて?”
“まるで、新婚旅行みたいだね……って……ゴメン……。”
“も、もう、いちいち謝んなくったっていいて、言ってるでしょう?”
“う、うん……ゴメン……。”
“……もう…ホントにバカね……。”
なんちゃってなんちゃって……。
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………はぁ、アタシ、何考えてんのかしら……。
確か、作文のタイトルは、「私の将来」だったっけ?
まあ、将来っていうか、未来を思い浮かべてみたんだけどさ……。
そもそも、アタシ達、まだ14歳よ、14歳!!
そんなアタシ達にハッキリとした未来なんて見通せるわけないじゃん!!
今、感じること、今、思ってること、それは、今のアタシ達だから感じる何か、今のアタシ達だから思える何かなのであって、それが、この先ずっと同じだなんて保証、どこにも無いわよ!
そりゃ、アタシにだって、こうなりたいっていう未来像、いくつか無くもないわよ、今まで思い浮かべてみた通りにね。
けどさ、それはそれとして、アタシは、アタシ達には、今やらなきゃならないことがあるのよ。
誰のためでもない、自分のために、やらなきゃならないことがあるのよ。
……アイツも、それにファーストだって、きっと同じだと思うわ……。
…………。
だから……ちょっと寂しい気もするけど、アタシは、アタシの未来ってヤツ、今は敢えて考えない。
ううん、自己犠牲とか、そんなんじゃない。
だって、アタシにはこの先まだまだたくさん、いっぱい、充分な時間があるんだから!!
焦る必要なんて、何もないの。
アタシはアタシの未来を、いつだって自分で手にいれることが出来る、そう信じているんだもの。
…………………。
うん、今回の作文の構想はこれでおしまい、完璧だわ。
……でも……他人事ながら……。
シンジ、少なくともアンタの未来は、どうやら決まったようよ。
……ふっふっふっ………アンタの未来は、アタシのモノよ……。』
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さて、アスカが果たして自らの構想通りに作文をインプットし、日本語に翻訳して提出したのかどうかは定かではない。
ただ、冬季休みの直前、彼女が国語の老教師に職員室に呼び出された、という事実だけ付け加えておこう。
Fin
作者注:シンジの作文冒頭部は、コミックス第1巻より引用させていただきました。
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