クリスマス・イヴなんだから

 

Written by take-out7

 

 

夕食時の一コマであると思っていただきたい。

テーブルを挟んでミサト、反対側にシンジとアスカの二人。

今日のメニューは、煮魚がメインの純和風。

来日当初、アスカは魚料理はあまり好きな分野ではなかったのだが、シンジの作ってくれる焼き魚料理、刺身、そして煮魚料理を食べつけるに及んで、今では何の抵抗もなく食するようになった。

もっとも、魚料理が三晩続いた夜は、さすがにブチブチこぼしていたが……。

 

さて、問題は何も今日のメニューについてではない。

 

つい今しがた、食事の最中にミサトが発した一言が、このたびのお話の発端である。

 

 

「何ですってぇーーーっ?!」

食事中にも関わらず、アスカが大声を上げながら椅子から腰を浮かせ、ミサトに詰め寄る。

 

「ど、どういうことよ、ミサト?!」

 

「どういうも何も、今言った通りよん。」

缶ビールを片手に、軽く受け流すミサト。

「い、言った通りったって…。」

「そ、言った通り。」

ミサトはそこで、ぐいっとビールを飲み干した。

 

まじまじとミサトを見つめる、いや、睨みつけるアスカ。

 

「…何で……何でよ……?」

彼女は喉の奥から声を搾り出した。

「何で……何で………12月24日の午後に……こともあろうに………その日に……シンクロテストなんてしなくちゃなんないわけ………?」

 

 

そうなのだ。

ことの発端……それは、ミサトがたった今シンジとアスカの両名に、3日後の12月24日の午後はネルフ本部でシンクロテストがあるのでそのつもりでいるように、と伝えたことによるのである。

12月24日……ほぼ全世界的に『クリスマス・イヴ』という名称が与えられた日……。

 

「何でったって……特別理由なんてないんじゃない…?

いつもの定時試験ってやつよ、アスカ。」

ミサトが次の缶ビールの封を開けながら言い放つ。

 

「……だから………だから…何でその日なのよ……?

なんで、その日の午後からなの………?

せめて午前中じゃなくて……なんで…午後なのよ……?」

立ち上がったまま話し続けるアスカであった。

 

「……午前中は、計器のメンテナンスがあるとか、どうとか言ってたわ……。」

ミサトがビールを口に含みつつ、答える。

 

「……言ってた……てことは、これは……ミサトじゃなく…他の誰かの発案ね……。」

 

……スルドイわね……アスカ、さすがよ……。

妙なところで感心するミサトであった。

 

別に隠す必要もない、そう思ってミサトは言った。

「そうよ、リツコが言い出したことよ。」

 

リツコの名を聞き、アスカは右手の拳を握り締め、その蒼い瞳を宙へ向けて燃え上がらせた。

……あの嫁かず後家がぁーーーーーーーっ!!!

……自分が…自分がクリスマス・イヴのその日に何の予定も入れられないからって……他人の幸せまで踏みにじるつもりかぁーーーーーーっ!!!

………許さんっ!!!

 

当たらずとも、遠からず……かも知れない。

けれど、いくらなんでも“嫁かず後家”……は、言い過ぎではないだろうか……?

 

しばし空中に視線を向けていたアスカだが、すぐにそれをミサトの面へ戻すと、言った。

「嫌よ!!

何で、何でクリスマス・イヴの日に、そんなことで時間をつぶさなくちゃなんないのよ!!

冗談じゃないわ!!

アタシはご免だわ!!」

 

……おお、よく言ったわ、アスカ。

……でも、ねぇ…。

ミサトは、一拍間を置いてから、少し楽しげな声色でアスカに尋ねた。

「なぁーーに、アスカ?

イヴの日の予約、もう入っちゃってるってわけ?」

 

ここで初めてアスカは、ハっと我に返った。

そして、思わず隣に座っているシンジの方を見る。

……正直な少女である。

 

シンジは、先ほどから何も言わず、ただ黙って二人の会話に耳を傾けているようだった。

今、アスカが視線をシンジに向けた時も、彼は自分の手元にある料理の皿に視線を落としているのみで、アスカの方を振り向こうとはしなかった。

 

僅かな間、アスカはシンジの横顔を見ていた。

けれど、すぐにその視線をミサトに戻すと、幾分気弱な調子で言った。

 

「……べ、別に……今はまだ……何も予定なんて………。」

 

「ふーーーん、今はまだ…なのね…?」

ミサトがからかうように念を押す。

 

悔しそうに俯くアスカ。

 

そう、彼女には、12月24日のハッキリとした予定など、今のところは入っていない。

だが、彼女は、ある意味で確信めいたものを持っていたのだ。

…この日…シンジは必ずアタシのことを誘ってくれる……と。

…クリスマス・イヴのこの日…シンジは絶対にアタシに……何かイベントを持ちかけてくれる……と。

 

それは、一方的な思い込みではあった。

自分から何かそれらしいことを彼に伝えたわけでもなく、また、彼から何かそれらしいことを言われたわけでもない。

まして、イヴは3日後である。

今日の、たった今まで、お互い12月24日のことについては何も口に出したことのない二人なのだ……。

だが、彼女は、ある意味で確信めいたものを持っていたのだ………。

 

「……で、でも……でも、アタシなんて……イヴの日にはさ……あっちこっちの男達から、そりゃあもう、誘いの声が引く手あまた……なんだから……。」

言わいでものことを口にするアスカであった。

その瞬間、シンジの肩がピクっと跳ねたのを、ミサトは見逃さなかった。

 

「ふんふん……つまり、アスカはその日はデートの掛け持ちで忙しいから、シンクロテストなんてやってる時間はない、ということね?」

からかうような口調で、ミサトがアスカに念を押す。

 

「………べ、別に……誰かと…デートするって……決めてるわけじゃ……無いけど…。」

シンジ同様、自分の手元にある料理の皿に視線を落として、常の彼女には似つかわしくない歯切れの悪さで、つぶやくように答えるアスカ。

 

……素直じゃないわね……ま、あなたたち二人の場合は、今はまだそれも仕方ない…か…。

 

ミサトはそう思うと、缶ビールをテーブルに置いて、アスカだけでなくシンジにも伝えるべく、答えた。

「そ、特に予定が入ってるってわけじゃないってことね。

なら、さっき伝えた通り、24日の午後はシンクロテスト、いいわね?」

 

……シンちゃん……アスカがここまで頑張ってんだから、あなたも私に向かって、何か一言言ってごらんなさいな……。

 

 

アスカは、まだ何か言いたげに顔を上げ、ミサトを真正面から見つめた。

しかし、すぐにその視線をシンジの方へと向ける。

 

……何も言わないのね、シンジ……。

……やっぱり、アンタ、別にイヴだからって……何も特別なこと、考えてなかったってこと?

……アンタがそいういつもりなら……ア、アタシは別に……ど、どうってことないけど……さ……。

…………。

 

「……どうなのよ、シンジ……?」

 

アスカはシンジに尋ねざるを得なかった。

シンジの口から、答えを聞きたかった。

もっとも、彼女はこの時、シンジが答える内容をある程度予測していたのだが。

 

……どうせ、アンタのことだから……修学旅行の時みたく、あっさりとミサトの命令に従うんでしょうけど……。

……ミサトには頭上がんないんだもんね……アンタは……。

 

“分かりました、ミサトさん”

アスカには、シンジがそう答えるのが聞こえるような気がした。

 

だが、現実は少々異なる場面を彼女に提供した。

 

「……そのシンクロテスト……通常の定時試験と考えて良いんですか?」

これまで一言もしゃべらなかったシンジが、そうミサトに問いかける。

 

一瞬、何を訊かれたのか分からないミサト。

アスカも、シンジが何を言おうとしたのか分からず、目をしばたかせながら彼を見つめる。

 

「……えーーと……そうね……通常の定時試験と捉えてもらって、差し支えはないわ。」

数瞬の後、ミサトがシンジに答えた。

 

シンジが、静かに、だがある決意を含んだ口調で話し続ける。

 

「そうですか……。

じゃあ、その日、シンクロ率等の、テスト結果に特に問題が無ければ、テストそのものはすぐに終わりますよね。」

 

「……そういうことになるわね。」

 

「………絶対ですね。その時点で何も問題が出なければ……テストはすぐに終わりですね。」

ミサトに向かって念を押すシンジ。

「……そういうことになるわね。」

ミサトとしては同じ答えを口にするしかなかった。

「…その点、リツコさんにも念を押しておいてください……。」

 

ミサトは、シンジと一緒に暮らすようになって以来この時初めて、彼から一種の圧迫感のようなもの感じていた。

それは、彼が心のうちに『絶対譲れない』何かを持って、ミサトに語りかけている証拠であった。

 

「……オーケー、シンちゃん……。

リツコにもその点は、私が責任を持って了解させるわ。

……お姉さんに、まっかせなさい……。」

 

ミサトは心の底から嬉しそうな笑顔を見せながらシンジに答えた。

……こっちの方は私に任せなさい…。

……で、あなたは、そっちの方を何とかなさいよ……。

 

「…有難うございますミサトさん。

……24日の午後、シンクロテストですね…?

了解しました。」

シンジも、にこっと笑ってミサトに答える。

 

 

「な……ち、ちょっと……。」

 

アスカである。

彼女としては二人の話の展開に着いて行けなかったのだから、当然の反応であろう。

あっさりと“YES回答”をするかと思ったシンジが、口答えとまではいかないにしても、ミサトに何やら念を押す。

それ自体が意外だったのに、加えてわけの分からんことをミサトに承諾させた後、今度はあっさりとテストの実施を受け入れたシンジ。

……要するに、この場合、彼女の存在は蚊帳の外であった。

少なくとも、アスカはそう感じたのだ。

 

「ちょっと待ちなさいよ!

アンタは、アンタはそれでいいかもしれないけど……。

アタシは……アタシは了解なんてしてないからね!!」

 

アスカは、顔だけでなく、身体も隣のシンジの方へ向けてそう怒鳴った。

 

椅子に座ったままアスカを見上げるシンジ。

見下ろすように彼を睨みつけるアスカ。

ビールを飲みつつ、我関せず、のフリをするミサト。

 

おもむろにシンジが立ち上がる。

一瞬、僅かに身を後方へ引くアスカ。

「アスカ、ちょっと………。」

そんなアスカの左手首を掴むと、シンジは彼女を引っ張って、スタスタとダイニング・ルームを出ていった。

 

……な、何よ、何よ?!!

突然のことに驚きつつ、声も出せずに引っ張られて行くアスカ。

 

……頑張ってねーーーん、シンちゃん。

廊下に消えた二人の後姿に向かって、手にした缶を振ってみせるミサトであった。

 

 

シンジはアスカを自分の部屋に連れて入ると、襖を閉めた。

 

そこで、アスカの手を離すと、自分の机の所に行ってなにやらゴソゴソし始める。

 

……な、何よいきなり……い、いきなり……へ、部屋に連れ込んじゃったりしちゃって……なんだってのよ……?

今まで掴まれていた左手首を、右手でそっと撫でながらそう思うアスカ。

……い、いきなり……手……掴んだりしちゃって……さ……。

 

シンジがアスカを振り返り、彼女の元へ戻って来る。

アスカもはっとして、少々身構える。

 

シンジはアスカの前に立つと、落ち着いた口調で話し始めた。

 

「アスカ、さっきのことだけど。」

 

シンジの話し方がとても静かなものだったので、アスカは幾分緊張を解きながら、やはり静かに答えた。

 

「さっきのことって…?」

「……24日に……デートで引く手あまただってことだけど。」

「……それが……?」

「……でも、特別に予定は入ってないって言ったよね?」

「……今のところは…て、言ったのよ。

その気になれば予定の十や二十…。」

 

シンジがアスカの言葉を遮る。

「僕と。」

 

「は…………何……?」

訊き返すアスカ。

 

「僕と……デート………して………くれないかな……24日……?」

ほんの少し詰まりはしたが、ハッキリと言うシンジであった。

 

 

アスカは、呆けたような顔をしてそんなシンジを見ていた。

 

……や、やっぱり………やっぱり、誘ってくれたわね!!!

……も、勿論……勿論、答えは“イエス”よ!!

……シ、シンジ…アンタも言うようになったわね。

……今日まで教育してきた甲斐があったってもんだわ……。

 

何をどう、教育したというのだ……。

 

 

アスカの顔が笑顔に綻ぶ。

いや、綻ぶかに見えた……。

 

……ま、待ちなさいよ、待ちなさいよ、アスカ……。

……大事なことを見落としてるわ……。

……デート…?

……デート……?

……24日に……デート…?

 

アスカは表情を締め直すと、シンジに言った。

 

「……ま、まあ、せっかくのお誘いですけど………ワタクシとしては、お受けいたしかねますわ。」

 

……どっと落胆の表情を見せるんでしょうね、アンタ。

……けど、仕方ないのよ。

……アンタがそうさせたんだから……。

……アンタがたった今、ミサトに答えたんだから……。

……24日の午後、シンクロテストを受けるって…………。

 

だが、アスカの予想に反して、シンジの表情は変わらなかった。

まるでアスカがそう答えるのを予期していたかのように、むしろ微かに笑顔さえ漂わせながら、彼は言った。

 

「どうして?」

 

アスカには、そんなシンジの反応が意外であった。

 

「ど、どうしてって………。」

思わずどもってしまうアスカ。

なんだか、いつもと逆の立場になってしまった二人…。

 

「どうして、駄目なの、アスカ?」

再びシンジが尋ねる。

「だって……だって……アンタ…。」

精神的優位に立つはずだったアスカは、シンジの予想外の落ち着き振りのために、却って劣勢に立たされてしまっている。

 

「だって……何?」

「だって……アンタ、たった今……24日の午後はシンクロテスト受けるって……ミサトにそう言ったじゃない……。」

「うん。そうだね。」

「そうだねって………だったら……。」

「僕だって嫌だったよ。

24日なんて日にシンクロテストなんて……。

でも、リツコさんやミサトさんたちにも、その日にコレをやらなきゃならない事情があるんだろ……多分……。

だから、オーケーしたんだ。」

 

アスカはシンジのこの答えに、顔を覆いたくなる気分であった。

……だぁーーーーっ、何たるお人好し!!!

……こんなの単なるリツコの嫌がらせよ、嫌がらせ!!!

……世界中の幸せなカップルたちに対する全面的宣戦布告以外の何物でもないじゃない!!!

……そんなことも見抜けないなんて……アンタ、馬鹿ぁ?!!!

…………再教育が必要だわ………。

 

だから、何をどう、教育するというのだ……。

 

 

アスカは反論の気力も失せたようだ。

何も言いそうにない彼女を見て、シンジは話し続ける。

 

 

「あのさ、アスカ……。

アスカは、僕の小遣いがどの程度かってこと、それなりに知ってるよね?」

何を言い出すんだ、この男は……そんな感じでシンジを見るアスカ。

だが、口に出しては何も言わない。

「でさ……この前のアスカの誕生日で……プレゼント買って……。

正直言って、クリスマスのプレゼント……大したもの準備できる状態じゃないんだ。

……はははははは………正直過ぎるかな、僕?」

 

……正直過ぎるわよ、バカシンジ……。

……でも、そういうとこ…アタシは……。

 

「でね、準備できたものが、コレなんだ。」

 

そう言って彼は、先ほど机へ行って取って来たらしいものを、アスカの前に差し出して見せた。

 

……何…?

 

アスカはシンジが手にしているものをじっと見つめた。

 

それは、二枚の紙。

細長い、二枚の紙。

 

「一緒に行ってもらいたいんだ、アスカに。

24日に……イヴの日に……。」

 

 

それは、チケット。

ドイツから来日する、世界的に超有名なオーケストラの、第三新東京市での公演チケット。

あまりの人気のため、発売開始後、僅か八分で三千席を完売したというコンサートのチケット。

そのコンサートのB席券が二枚。

B席とはいえ、けっして安価なものではない。

これが国内のオーケストラだったら、S席を四枚買ってもまだお釣りが来るだろう。

…そんなチケットが二枚。

 

「ど、ど、ど、どうしたの、コレ?!!」

これでは、ホントにいつものシンジ状態である。

それほど、アスカは驚いていたのだ。

 

「うん、これはさすがに手に入れるのに苦労したよ。

発売開始と同時に電話かけまくって……やっとつながって………ごめんね、時間かかったもんだから、あまり良い席残ってなくて……。」

 

アスカはそう言うシンジの顔を見、またチケットに目をやる。

 

……ドイツ国内の演奏会だって、そうそうこのオケのチケットは手に入るもんじゃないわよ……。

……アタシもドイツにいた頃、アタシが十歳か十一歳だったか…ママに無理やりせがんで……何とか一回だけ聴きに行ったわね……。

……ママと二人で……。

……良かったな…あの時のコンサート………。

 

そんなことを思いながらじっとチケットを見つめるアスカ。

その券面には、こう示してあった。

 

『月日:12月24日

 開場:18:00

 開演:18:30  』

 

……むっ…18:30……6時30分開演…。

 

「コンサートへ行ってさ、終演はだいたい8時30分頃だろうからさ、それから食事して来ようよ。

ちょっと帰りが遅くなるけど、翌日は学校があるってわけでもないし……それに……クリスマス・イヴなんだから……。」

 

シンジが言う。

アスカはシンジの顔を見て考えていた。

 

やがて、穏やかな口調でこう言った。

「……アンタさぁ…こんなモンがあるならあるで……何でもっと早く言わなかったのよ……。

アタシが、他に予定入れちゃったらどうするつもりだったの……?」

「あはははは……ホント、そうだね。

なかなか、切り出すタイミングが掴めなくって……。

そもそも、アスカがこういうクラシックのコンサートに興味があるかどうか、確信がもてなかったし……。

でも…。」

シンジはそこで一度言葉を切った。

「でも…何?」

アスカが先を促す。

「でも……アスカがその日誰かとデートする、なんて考え……思い浮かばなかった……。」

 

かぁーーーーっと、一気に顔を赤くするアスカ。

本当に、いつもと逆の立場の二人である……。

 

……な、何よ、それ…?!

……つまり、アンタ…アンタ……その日はアタシはアンタと当然デートするもんだって……そう思ってたってワケ……?

……他の男のことは、ハナから念頭に無かったってこと………?

……い、言うようになったわね、シンジ。

……き、教育した甲斐があったってもんだわ…………。

 

だから、何のどんな教育なのだ?

 

 

「……い、いいわよ………。」

 

ポツリ、とアスカが答える。

真っ赤な顔のまま、しかしシンジをまっすぐ見つめて答える。

 

「……いいわよ…その日……デ、デートするわ……し、したげるわ……。」

 

シンジはにっこりと笑って言った。

「ありがとう、アスカ。

よかった。

楽しみだな、三日後。」

 

そこで、彼は笑いを引っ込めて、真剣な表情でアスカを見る。

その、雰囲気の変わりように、アスカも少し表情を引き締めた。

 

「で……シンクロテストの件だけど……。」

「うん……。」

 

そうなのだ。

いくら、こうしてデートの段取りが整っても、24日の午後にはシンクロテストがある。

そのテストで、リツコが目標としている通りの数値結果が出せなければ、いつものようにテストが繰り返され、場合によっては夜までかかってしまう可能性が充分にある。

 

「ミサトさんには、さっき確認した。

これは、いつも通りの定時試験だってこと。

アスカも聞いたよね?」

「うん……。」

「だから、特別新しい要素は今度のテストには何も加わらない。

いつも通りのシンクロテストってことだよね。」

「うん……。」

「そしてこのテストで、普段通りの結果が出せれば、その日のテストはそれでおしまい……ミサトさんはその件も請け負ってくれた、そうだったよね?」

「うん……。」

「……だから、後は僕たちの問題だよ……。」

「アタシたちの問題……?」

アスカが尋ねる。

「そう、僕たちが、普段通りの結果さえ出せば、それで良いのさ。

テストは即時終了。

…コンサートまでに、アスカがショッピングするくらいの時間、作れるかも、ね?」

 

……この男はーーーーーぁっ!

……そういうことだったのね。

……さっき、ミサトに念を押したのは……そういうことだったのね!!

……ミサトをこっちの側につけたってことは……そう、アタシたち、もう勝ったも同然よっ!!!

……よくやったわ、シンジ!!

……アタシも今日まで教育した甲斐が(以下略)

 

だから、一体どんな教(以下略)

 

 

「やるわ、シンジ。

今度のシンクロテスト、一発で決めて見せるわ。」

決意も新たに両手でファイティング・ポーズをとるアスカ。

 

ちょっと、気合入り過ぎじゃない…?

そんな気持ちでアスカを見つめるシンジであった。

 

 

二人はダイニング・ルームへ戻った。

そこでは、ミサトが文字通りシンジの手料理たる煮魚を肴に、一人ビールをチビチビやっている最中であった。

 

「ミサト、24日のテスト、アタシも了解したわ。」

アスカが席に着くなりそう言った。

「あらん?

これはまた、アッサリと。

ま、何はともかく、じゃ、そういうことでヨロシクねん。」

 

ミサトはアスカに向かってそう言うと、その隣に腰を降ろしたシンジに笑顔を送った。

ミサトと目があったシンジは、一瞬恥ずかしそうに視線をそらしたが、すぐにそれをミサトへと戻すと、にこっと笑い返した。

 

……うんうん、頑張ったようね、シンちゃん。

……後は、私に、まっかせなさい………。

 

この夜のビールは格別に美味かったと、後にミサトは語っている。

 

 

…………………………………………………………………………………………

 

 

12月24日、ほぼ全世界的にクリスマス・イヴである。

 

ここはネルフ本部、今まさにシンジ、アスカそしてレイの、三人のチルドレンのシンクロテストが行われていた。

 

データを計測していく伊吹マヤ。

その他、それぞれの持ち場で作業を行うスタッフたち。

ミサトはモニターを通して三人の様子を見ている。

全世界に宣戦布告した(?)リツコがマヤの背後に立ち、細かい指示を与えている。

 

順調に推移するテスト。

いや、順調過ぎる、と言うべきか。

 

「先輩、見てください、この数値。」

マヤが背後のリツコに声をかける。

リツコがマヤの肩越しにモニターを覗き込む。

少し離れた位置で、そんな二人のことを見るともなしに見ているミサト。

 

「……この数値……間違いないのね?」

モニターから目をそらさずリツコがマヤに問うた。

「はい、MAGIによる測定誤差、認められません。」

「……これは……。」

 

「どうしたの?」

ミサトが近付きながらリツコに尋ねた。

……何か、まずい計測値が出たのかしら…?

……だとしたら……。

 

「これを見なさいよ、ミサト。」

リツコが身体を半分ずらし、ミサトがモニターを見やすいように場所を空ける。

 

……ついてないのね、二人とも……。

そんな思いを引きずりつつ、ミサトはモニターを覗き込んだ。

 

「………何、これ?」

それがミサトの第一声であった。

 

「……見ての通りよ……。」

リツコである。

 

ミサトがそこに見たもの……。

 

レイのシンクロ数値は、平常通りの、特にこれといった問題のないものだった。

しかし、シンジとアスカの二人の数値は………。

 

二人の数値は。

 

これまでの試験・実戦のどれを通じても、それらの数値を遥かに上回る最高のレベルを記録していた。

しかも、二人ともほぼ同じ数値を弾き出している……。

 

「……凄いわね…。」

「……そうね……。」

モニターから目が離せず、つぶやく二人の美女。

 

だが、観察者の目を有する者・リツコはすぐさまマヤに次の指示を与える。

 

「マヤ、今夜は徹夜になるかもしれないわよ。

覚悟よくって?」

「はい。」

間髪いれずマヤが答える。

が、すぐにミサトが割って入った。

「ちょっと待って。

それ、どういうことかしら?」

 

マヤの背中で、ミサトとリツコが向かい合う。

 

「もちろん、レイはともかく、シンジ君とアスカの二人には引き続きテストを継続してもらうってことよ。

この数値が、一体何によるものなのか…。

何が二人のシンクロ率を、一気にここまで引き上げさせたのか…。

しかも殆ど同じ数値にまで…。

…………。

徹底的に調べる必要があるわ。

たとえ徹夜してでもね。

……こんな凄い数値……私も初めてですもの……。」

 

………あっちゃーーー、シンジ君とアスカのやる気が……裏目に出ちゃったってことか…。

ミサトは心の中で舌打ちした。

だが、表情にはそんなことおくびにも出さず、リツコに対してこう言った。

 

「……確かに、この数値は凄いわね。

けど、これを調査するのは何も今日でなくてもいいんじゃない?

本来、今日のは単なる定時試験なんだから……。」

リツコが即座に切り返す。

「何言ってるの、ミサト?

この数値の原因を今調べなくてどうするのよ?

この原因が解明できれば、我々のエヴァに対する考え方が根本的に変わるかもしれないのよ?!

チャンスだわ!!」

「……そうかもしれないけどさ……。

今日じゃなくても、いいじゃん……。」

「どうしてよ?

ミサトともあろう者が、言うセリフ?

本来ならあなたが率先して、この実験の継続を命じるべきところでしょう?!」

「本来ならね!!

でも、今日は駄目よっ!!!」

「な、何ですって?!!」

「駄目なのっ!!!」

 

マヤは職務上、モニターから目を離さなかった。

しかし彼女は、背中に二人の女性の火花散る視線のぶつかり合いをひしひしと感じて、思わずその額に汗をにじませていた……。

 

 

対峙する妙齢の美女二人。

 

リツコは思った。

……一度言い出したら、ミサトは絶対に後には引かないわ。

……本気で、今日の試験、これで終わりにさせるつもりのようね。

……何故……?

……ミサトにとっても、これがエヴァの新たな可能性を手に入れられる機会であることは、分かってるはずなのに。

……何故……?

 

ミサトは思った。

……今ここで私が折れたら、冗談じゃなく、シンジ君とアスカは一晩中でもエントリープラグの中に、閉じ込められちゃうわ。

……あの日の二人の雰囲気……絶対にこの後、二人でどこかでイヴを過ごす計画を立ててるのよ……。

……普段ならいざ知らず……今日は、今日だけはあの子達をリツコに付き合わせるわけにはいかないわ……。

……だって……だって……今日は、クリスマス・イヴなんだから……。

 

マヤは思った。

……ううう……せ、せんぱ〜〜い……葛城さ〜〜ん……どっちでもいいですから……早く、早くなんかしゃべってくださーーい……。

……私……間がもちませーーーん……。

 

リツコは思った。

……ホント、噛み付きそうな顔しちゃって……。

……ここで私が突っぱねたら、本気で殴りかかってきそうな勢いね……。

……今のあなた……ネルフの作戦本部長としてでなく、二人の十四歳の子供の保護者としての顔をしてるわ……自分では気づいていないのでしょうけれど……。

……さて…どうしたものかしら…ね…?

 

ミサトは思った。

……私はネルフ作戦本部の部長として、シンジ君とアスカの直接の上司に当たる。

……従って、二人の行動については私の権限において決定権があるわ。

……けれど……一方でリツコはE計画の責任者……チルドレンの定時試験、パイロットとしての彼らの健康上の管理監督、シンクロ率の日常的把握については、彼女の責任においてチルドレンに対して命令を下す権利を有する……。

……それをタテに指示を出す、てなことになったら……少々厄介なことになるわね……。

……さて…どうしたものかしら…ね…?

 

マヤは思った。

……ううう……せ、せんぱ〜〜い……葛城さ〜〜ん……どっちでもいいですから……ホントに…ホントに早く、早くなんかしゃべってくださーーい……。

……私……ホントに……間がもちませーーーん……。

 

 

やがて、リツコが大きく溜息をついて、話し始めた。

「……理由を聞かせてもらえるかしら、ミサト?

何故…今日、これ以上の試験の中止を唱えるのか…?」

 

ミサトは、一瞬にして顔を綻ばせた。

長年の付き合いから、今、リツコが自分に対して譲歩してくれる、そんなメッセージを受け取った気がしたのだ。

正直に理由を言えば、リツコは譲歩してくれる……と。

 

彼女は、むしろ照れるような表情になって言った。

「え……いやぁ………それはさぁ……。

わ、私と……私とリツコにはあんまり関係ないことだけどさ……。

今日って……クリスマス・イヴじゃん……私とリツコにはあんまり関係ないことだけどさ……。

世間一般的には……そうじゃん…。」

彼女はそこで一旦言葉を切る。

 

リツコは、その時、ポカンとした表情をして見せた。

彼女にしては珍しいことである。

 

……クリスマス・イヴ……?

……12月24日……今日が…?

……ああ……そう言えばそうだったかしら………すっかり忘れてたわ……

 

彼女にとって、決して珍しいことではない……。

 

「で、ね。

あの二人……今日、この後……二人で何か……予定あるみたいなのよん……。」

 

明敏で知られるリツコ女史には、この時ピンと来るものがあった。

 

 

……そう……そういうこと……。

 

彼女は、ミサトの顔を見て、ふっと笑い声を漏らした。

 

「……分かったわ。今日の試験、これまでにしておきましょう…。」

 

心の底からホッとしたミサトは、右手を顔の前に上げ、拝むような格好をしてリツコに言う。

「サンキュ、リツコ。」

 

「でも……。」

「でも……何、リツコ?」

「あなたと私には、クリスマス・イヴがあんまり関係ないって……どういう意味よ?」

「……そのまんまの意味よ……。」

 

再び対峙する二人の美女……。

 

伊吹マヤはこの後しばらく、じっとモニターを見詰めたまま汗を流し続けていたという……。

 

 

…………………………………………………………………………………………

 

 

試験の終了が伝えられ、チルドレンたちは更衣室へと引き上げた。

 

着替えを終えたレイが、何気なく背後のアスカを見る。

そこには、モス・グリーンのワンピースを身に纏ったアスカがいた。

彼女も今着替え終わったばかりで、ロッカーの扉を閉めようとしているところであった。

 

……ここへ来た時は……違う服装だったはず……?

レイは、ふとそう思った。

 

彼女は正しい。

午後、ネルフへ来た時のアスカはTシャツにジーンズスカートというラフな格好だったのだ。

アスカとシンジは、少しでも時間を節約しようと、デートのための服装を本部まで持参していた。

試験が終われば今度はこちらの服に着替えて、そのままデートに直行、というわけだ。

 

「フンフンフン……。」

そんな鼻歌めいたものが、アスカの口からこぼれる。

それを不思議そうに見ているレイ。

 

アスカがそんなレイの視線に気付いた。

 

これからのデートのことを思い、上機嫌だったアスカが言う。

 

「へっへっへっへ……これからお出かけなの…アタシたち!」

思わず、“アタシたち”と言ってしまうアスカ。

言った後で、しまった、と思ったがもう遅い。

 

「………お出かけ……あなたたち……そう……そうなの…。」

レイが静かに言った。

 

言ってしまったものは仕方がない。

アスカも敢えて否定せず、答える。

「……そ、クリスマス・イヴなんだから……ね。」

「……そう…。」

「そ。」

 

ここへ来る時に着ていた服は、ロッカーの中に置いて行く。

今、アスカは小さなポシェットを肩からぶら下げ、更衣室を後にしようとした。

 

「じゃ、お先。」

レイに一言そう言って。

彼女は扉を開けた。

そして外に出て行こうとした時、背後からレイの声が聞こえた。

 

「……あの……。」

 

足を止め、振り返るアスカ。

 

……何…?ファーストから話しかけてくるなんて、珍しいこともあるものね…。

 

アスカの視線の先、レイがポツンと立っていた。

しばらく、じっとアスカを見つめるレイ。

アスカもまた肩越しにレイを見つめる。

 

やがて、レイが小さく、囁くような声で言う。

 

「……楽しいのね……あなた……今…。

……幸せ……なの……?

よく分からないわ、私には……。

でも、そうなのね……?」

 

 

アスカは、じっとレイを見つめたままだった。

なんと答えて良いのか分からなかったから……。

 

 

だが、レイに向かって一つ大きく頷くと、アスカは部屋を後にした。

再び彼女に一言残して。

「……じゃ、お先……。」

 

 

扉が閉まった。

 

レイはその扉を見つめていた。

そして、誰に言うでもなく、つぶやいた。

 

「……そう……良かったわね……。」

 

 

…………………………………………………………………………………………

 

 

リツコは自分の研究室にいた。

今日のシンクロテストのリポートを片手に、コーヒーを飲んでいる。

 

ミサトから、今日のシンジとアスカにはこの後どうやらデートの予定があるらしいと聞いた時、彼女には閃くものがあった。

結局、それが彼女を引き下がらせた最大の理由なのだが、ミサトもそこまでは気付いていまい。

 

……そういうことか…。

……あの二人ときたら……まったく……。

 

リツコはコーヒーを飲みながら、笑みすら浮かべていた。

 

……エヴァとパイロットとを結ぶ脳神経結合。

……その最も重要なA10神経接続……。

……恋人や親子がいだく、お互いに対する愛情というものについて、重要な作用を及ぼすと言われるもの……。

……今回の計測値が決して誤りでなく…そして二人が……今日、この後のデートのために、二人して頑張ろうって感じでシンクロテストに取り組んでいたのだとしたら……。

……A10神経を通して、エヴァにその思いが伝わるとしたら……。

……ふふ、まったく……。

 

リツコはマグカップをテーブルに戻し、時計を見た。

あと、三十分もすれば約束の時間になる。

今夜は、ミサトと二人で久しぶりに飲みに行くことにしたのだ……。

 

……よりによって、クリスマス・イヴの夜にミサトに付き合わされるのか……。

……ま、たまには…いっか……。

 

そして、再び彼女はシンジとアスカ……今頃、目一杯デートを楽しんでいるに違いない幼いカップルに思いを馳せる。

 

……可愛いものね、二人とも……。

……よっぽど、楽しみにしていたんでしょうね、今日のデート……。

……さっきの私の考え…誰にも……ミサトにも…碇司令にも……取り敢えずは黙っておくわ。

……司令には、今日の試験は誤差が著しく、正式に記録として残せない、とでも報告しておこうかしら…。

……ふふふ……二人とも……今日だけは、大目に見ておくわ。

……何たって……。

 

リツコは椅子から立ち上がり、リポートをシュレッダーにかけながら思う。

 

……何たって……今日は、クリスマス・イヴなんだから。

 

Fin

 


マナ:(し〜ん)。

アスカ:(し〜ん)。

マナ:(し〜ん)。

アスカ:(し〜ん)。

ん? コメント係は? あぁ、今日はX’masか・・・。代理を依頼しなくては・・・。

リツコ:どうして、私が呼ばれたのかしら? まぁいいわ。

リツコ:コメントはいいけど、相手のミサトはいつ来るのかしら。

リツコ:待ってる間、リポートをシュレッダーにかけておきましょう。

リツコ:それはそうと、今ごろシンジ君とアスカはうまくやってるかしら?

リツコ:それにしても遅いわねぇ。あの娘の時間にルーズなところ、いいかげん直さないといけないわね。

リツコ:(プルルルルルルル)あら? 電話かしら? もしもし。

ミサト:ごっめーーんっ! 加持に誘われちゃったぁ。今日は、そっちに行けないわぁ。

リツコ:な、な、何を今更言ってるのよっ!!(ーー# 私の立場はどうなるのよっ!!(ーーメ

ミサト:そいじゃ、そういうことで。じゃねん。(ブチッ)

リツコ:ムカムカムカ!! クリスマスイブだからって、クリスマスイブだからってみんなして!!(ーー#

リツコ:来年から、スケジュール変更よっ! MAGI直結電子手帳は・・・(ガサゴソ)あった。(ピッピッピボピ)

リツコ:12/31〜1/3,2/14,3/14,6/6,12/4,12/8,12/24〜25は、来年から徹夜でテストする日に決定よっ!!(ーーメ

リツコ:フフフフフフ・・・クックックックック・・・。(/ー\)
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