Catch up

 

Written by take-out7

 

 

 

「アンタさぁ、catch upっていう言葉知ってる?」

「キャッチ・アップ…?」

「そう、catch up。

どう……?」

「…………。」

「…………。」

「…追いつく…てこと、かな…?」

「……そうよ。」

「…………。」

「…………。」

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「この所、調子良いわね、シンジ君。」

チルドレン三人のシンクロテスト状況を今まさにモニターしながら、リツコが後ろに立つミサトに話し掛けた。

 

「そう?

そうね。」

そんなリツコの声に、あまり気の乗らない返事を返すミサト。

 

「そうねって…。

まあ、相変わらずトップはアスカだけれど、シンジ君もよく頑張ってるわ。

何と言うか、まるでアスカに離されないように必死で付いて行ってるって感じ…。」

リツコは、ここ連日のデータをも参照しながらそう言った。

 

そしてそのことは、ミサトも何となくこの頃感じていることではあった。

「リツコもそんなふうに感じる、やっぱ?

私もこの所…なんとなく、ね。」

ミサトは腕組みしたままそうつぶやいた。

 

「ええ、もちろんシンジ君は何も言わないけれど。

このデータの推移を見てるとそんな気がするのよ。

アスカが率を伸ばせば、シンジ君もそれに負けないように同じくらいの伸び率を示してる…。

最初は偶然かとも思っていたけれど、ここまではっきりとデータが続いてはね。

ホント、シンジ君が意識的にアスカに負けないようにって思っていると考えても不思議ではないわ、これは。」

 

「そう…。」

やはり、気の無いような返事のミサト。

 

ようやくリツコも怪訝な顔をして後ろを振り向く。

 

「……どうかして…?」

 

「いえ……ね。」

 

そのまま二人は、何も言わなかった。

 

 

テストは終った。

 

三人のチルドレンは着替えを済ますと、それぞれが帰宅の途についた。

と言っても、アスカとシンジは同じ家へ帰るのだから、一緒なのだが。

 

何も言わずに黙々と歩を運ぶ二人。

 

どちらも相手に話しかけることなく、黙って並んで歩いて行く。

 

時折、シンジがアスカを、そしてアスカがシンジを、チラッと窺ったりはしているのだが、どちらもその時は何の反応も示さずに、無言で、微妙な間を空けたまま、それでも二人並んで、歩いていた。

 

近頃は学校でもそうだった。

 

どちらも必要最低限のこと以外は、積極的に相手に話し掛けたりはしていない。

かと言って、別段険悪な雰囲気が漂っている、ということでもないのだ。

その証拠に、今もこうして二人並んで帰っているくらいだから。

 

学校では、ヒカリがそんな二人の今までとは少し違う雰囲気を敏感に感じ取り、アスカにそれとなく“どうかしたの?”と尋ねたりもしたのだが、アスカは“べつにぃー”と一言言ったきりで、その件には触れさせなかった。

 

ともかく、これで誰かが迷惑を蒙っているわけでもない。

二人を取り巻く日常は、平穏に過ぎて行くのであった。

 

家に戻った二人は、そのまま自分の部屋へこもると、しばらく出てこない。

 

シンジは音楽を聞いたり、宿題に手をつけ始めたりしながら、夕食の時間までを有効に活用しようとする。

 

アスカもまた“日本語習得のために”と称して本を読んだり、それに疲れるとベッドの上で雑誌をめくったりしながら、時間を潰している。

 

 

そろそろ夕食の準備をしなければならない時刻となった。

シンジは、宿題を切りの良い所で一段落させ、部屋を出た。

 

キッチンから物音が聞こえる。

シンジが廊下からキッチンを覗いて見ると、そこには既にアスカが立っており、夕食の準備を始めていた。

 

……あ…今夜の当番はアスカだったっけ…。

 

シンジはそう思いダイニングの壁に貼ってある当番表を見る。

確かに今日の夕食当番の欄は“アスカ”となっている。

ついでに翌日の所を見ると、明日朝の当番もアスカだった。

 

彼はもう一度キッチンの方を窺う。

こちらに背を向け、アスカがなにやら野菜を刻んでいるのが見える。

 

シンジは黙って部屋へ戻った。

 

 

部屋へ戻ったものの、シンジは再び宿題に取り組む気にはなれなかった。

どうも気持ちが削がれてしまったようだ。

 

彼はしばらく所在無げにベッドに腰を下ろしていたのだが。

 

……せっかく出来た時間だから、久し振りに…。

 

そう思って彼は長年愛用のチェロを手にするのだった。

 

 

アスカはふっと料理を準備しているその手を止めた。

 

……シンジが…弾いてる…。

 

彼の部屋からチェロの音色が届く。

 

何と言う曲なのか、アスカには分からない。

 

どこかで聞いたことのあるような気もする。

今初めて聞くような気もする。

 

彼女はほんの少し、立ったまま廊下の方を眺めていたのだが、やがてシンクを向き直り料理を再開した。

 

僅かに頬に笑みを浮かべながら。

 

 

………………………………………………………………………………………………

 

 

「…今日も二人とも…。」

 

「の、ようね…。」

 

再びネルフ。

定時試験。

リツコとミサト。

 

「ま、この調子で二人揃ってシンクロ率が向上して行ってくれるのは願ってもないことなんだけれど。

文字通り切磋琢磨っていうことでね。

でも。」

「でも、何、リツコ?」

「でも、こんなペースでのシンクロ率向上がそうそういつまでも続くわけも無いわ。

何よりもアスカ…。」

「…………。」

「彼女の方は、そろそろ上限に近付いてるんじゃないかしら…。

もし、彼女の伸びが止まった時…。」

「…止まった時?」

「シンジ君の率はどうなるのかしら?

一緒に止まってしまうのかしら?

それともアスカは止まってもシンジ君は伸ばし続け、アスカに追いつき、追い越してしまうのかしら…。」

「…………。」

 

 

テスト終了後、ミサトはシンジを呼んだ。

レイとアスカが更衣室へ去った後、ミサトがシンジに話しかける。

 

「最近、調子良さそうね、シンジ君。」

「え?」

一瞬キョトンとするシンジ。

 

「シンクロ率のことよ、シンジ君。

順調に伸ばしてるじゃないの。」

ミサトが笑顔で説明する。

 

「ああ、シンクロ率の事ですか…。

はい、近頃は自分でも割と良いかなって思うこともあります。」

シンジにしては珍しい言葉を口にする。

リツコの目が、眼鏡越しにキラリと光る。

 

「やっぱりアレ?

“アスカには負けらんない!”って気持ちで取り組んでるのかしらぁ?」

努めて軽い口調でそう尋ねるミサトであった。

 

シンジはそんなミサトの顔を見上げ、そしてその隣にいるリツコの顔を見る。

ふっと笑みを漏らし、彼は答えた。

 

「……はい…。

アスカに“勝つ”ことなんて僕にはとても敵いっこありませんから、せめて“負けない”ようにしなくちゃって思っています。」

 

その言葉を聞き、ミサトとリツコは顔を見合わせる。

 

ミサトはシンジに向き直り、話し始めた。

 

「そうね、シンジ君。

そうして、自分自身に明確な目標を持って物事に取り組む事って大切よ。

今だから言うけれど、ここへ来たばかりの頃のあなたは正直言ってただ私たちの言うまま、命じるままにエヴァに乗り、動いてきた。

それと比べれば、今あなたが言ったことって、あなた自身があの頃と比べて格段に進歩した証拠だとも思うの。

…でもね。

あなたとアスカ、そして無論レイもだけど。

あなたたちは同じチームを組む仲間。

仲間うちで競いあうことってお互いを高めていくのにはとても大切で、そして必要なことだけれども。

でもね。

…シンクロ率っていうのはね…。

競い合うものじゃないのよ。

これはあなたに言う以上に、アスカに言って聞かせなければいけないことなんでしょうけれどね。

シンクロ率はそういうものじゃないの。

自己のベストを少しずつ、少しずつ伸ばしていけばそれで良いのよ。

誰かの率を上回るために、誰かに勝つために、誰かに負けないために伸ばしていくものではないの。

…………。

いつもいつも、やれ“シンクロ率が大幅に低下した”だの、やれ“こんな率で、やる気あんの?!”だの口やかましく言ってる私たちがこんなこと言うなんてあなたには意外かもしれないけれど……。

分かってくれるかしら、私の言いたい事?」

 

ミサトの言葉を、ポカンとした表情で聞いていたシンジ。

 

彼は、彼女の言葉が一通り終ると、その顔を改めて見、リツコを見、少し笑顔になって答えた。

 

「スミマセン、ミサトさん。

どうも僕…言葉が足りないって言うか…。

自分の思ってることを上手く伝えられないって言うか。

その…。

ごめんなさい。」

そう言って、シンジはぺこりと頭を下げる。

 

慌てたのはミサトと、リツコである。

 

「ちょ、ちょっとシンジ君?

謝らなくてもいいのよ?!

そ、そのさ、別に私たち…あなたの事を怒ったり叱ったりしてるわけじゃ…。」

ミサトの言葉を、リツコの言葉が遮る。

「そうよ、シンジ君。

私はここ数日のあなたのシンクロ率向上をむしろ頼もしく思っているくらいよ。

ただ、私たちはね。

心配なの。」

 

リツコの言葉に顔を上げるシンジ。

 

「シンクロ率というものは、パイロットの精神状態があからさまに反映されるものだから。

今は二人ともかなり安定した状態でシンクロを続けているけれど、これがもし…。

これがもし単なる相手に勝った負けたのレベルで、率の上下動が見られるようなことにでもなりだしたら…。

何よりも自分自身にとって決して良い影響を及ぼさないわ。

シンジ君。

あなたはまだ良いのよ。

あなたは追いかけてる方だから…。

もし。

もし、追いかけられてるアスカが…。

あなたに追いつかれて、追い越されて…。

今度は自分がそれに追いつけない、としたら…。

プライドの高い彼女は…多分……。」

リツコはそこで言葉を切った。

 

シンジは黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

そして、リツコの話が終ると、リツコ、ミサトの顔を均等に見やって、言う。

 

「さっきも言いましたが、僕の言葉が足りませんでした。

僕は何も…アスカに勝とう、アスカを追い抜こう、アスカを蹴落とそうなんてこと、これっぽっちも考えていません。

ただ、アスカに“負けない”ように頑張ろうって思ってるだけです。

ああ、この“負けない”って表現が拙いんですよね…。

何て言えばいいんだろう…?

…………。

とにかく、ミサトさん、それにリツコさん。

僕は、そんなつもりはありませんから。」

 

笑顔でそう言うシンジの顔を見つめる二人。

 

「…そうね。

あなたは…大丈夫ね…。」

 

“でも、アスカは”とは、この際言わないリツコであった。

 

 

シンジも更衣室へと去った。

 

残った二人は、お互いに顔を見合わせる。

 

「確かにシンジ君にはそのつもりは無いでしょうね。」

ミサトである。

 

「そうね。

でも、アスカはシンジ君にシンクロ率を抜かれて“はい、そうですか”で済むタイプじゃないからね。」

リツコである。

 

「そう…ね。」

「やっぱりそうなる前に…。

ミサト、あなたから今の話、アスカにもしておくべきよ。

例え、無駄でも。」

「む、無駄ってあんた…。」

「アスカのプライドを考えたら、そう簡単に納得するとは思えないし…。」

「ぷ、プレッシャーかけてくれるじゃない…。」

「それで潰れるあなたでもないでしょう?」

「ちぇっ…。」

 

 

シンジはプラグスーツから学生服に戻ると、鞄を手にして更衣室を後にする。

更衣室のドアを開けて廊下に出ると、向かい側の壁にもたれかけたアスカが立っていた。

 

「あ…。」

彼女の姿を見て思わず声を上げるシンジ。

 

「待っててくれたんだ…?」

 

「うん。」

 

さも当然、といったように返事するアスカ。

 

「ごめん、知らなかったから、結構のんびり着替えちゃった…。

待った…?」

 

少しバツが悪そうにそう言うシンジに、アスカは笑顔で答えた。

 

「ううん、今来たところよ。

アンタたち男と違って、アタシたちは着替えも念入りでなくっちゃね。

ホント、殆ど待ってないわ。」

 

「そ?

だったら、良かったけど…。」

 

「さ、帰ろ。」

 

「うん。」

 

二人は並んで歩き出した。

 

 

このところ、あまり会話を交わす事もなく通学したり下校したりする事が多かった二人だが、今日は久し振りに会話が弾んだ。

 

そのきっかけは、先ほどシンジがミサトに呼びとめられたことによる。

 

シンジはアスカに、ミサトやリツコに言われた事を話した。

 

「へぇーー。

あの二人、それを心配してんだ?」

アスカが、意外そうにそう言う。

 

「うん、僕もそう言われるまで全然気にしてなかったんだけどさ…。

なんか、僕が必死になってアスカに追いついて追い抜こうとしてるみたいに見えてるらしいんだけど…。」

シンジが少し困ったような笑顔でそう言った。

 

「で、このアタシは、そんなアンタに“負けてなるもんか!”って感じでこれまた必死で先行しようとしてるって見られてる……てわけね。」

アスカが可笑しそうに言う。

 

「うん、どうもそうみたい…。」

そう言ってシンジは隣のアスカを見た。

アスカもニコニコしながらシンジの方を見る。

 

「ふふふふふふ。」

「ははははははは。」

「あははははははは。」

 

二人は立ち止まって、明るく笑い出した。

道行く人は、何事だろう、という顔をしながらそんな二人の横を通り過ぎる。

 

ひとしきり笑った後、二人は肩を並べて再び歩き始める。

 

「勘違いもいいところねぇ、まったく。」

愉快そうに言うアスカ。

 

「うん、僕も上手く説明できなかったから…多分まだホントのところは分かって貰えていないんじゃないかな…。」

シンジである。

 

「いいって、いいって。

勝手にそう思い込んでんだから、放っときゃいいのよ、うん。」

しれっとしてそう言うアスカであった。

 

そして彼女は横のシンジを覗き込み、続ける。

「アタシたちは、そんなんじゃないんだもん、ね?」

 

シンジも笑顔を返して答える。

「そうだよ。

違う。」

 

彼は真顔になって話し始めた。

 

「僕は確かに、アスカに負けないようにってことでこのところシンクロテストとかを頑張るようにしてる。

ミサトさんに言われた通り、以前の僕はただそこにいるだけだった…。

言われるままに。

でも、今は違う。

アスカ…。」

 

彼は足を止めて身体ごと彼女の方を向き直る。

アスカもまた、足を止め、シンジの方を向き直り、笑顔を見せる。

 

「アスカ。

僕は君と出会ってから、自分を変えたいと思い始めた。

変えられるのなら、変えたい、そう思った。

そして…変えられる…そう思ってる。

どこをどう…ってことは正直まだよく分からないところもあるんだけど…。

でも、君と一緒にいられるように頑張ろうって…。

そう、思った。

だから、エヴァのこともこれまで以上に真剣に取り組もうって思った。

君に勝てるなんて思った事はないさ。

でも、なんとか追いつけるように努力する事は無駄じゃないって思ったから。

だから、プラグの中にいる時はいつもそれをまず思って。

そうしていつもテストに臨んでる。

……今の僕にとって、君を追いかける事が……。

その…君に追いつこうとする事が…大袈裟な言い方かも知れないけれど…。

生きる目的…なんだ…。」

 

シンジの言葉は終った。

 

そして今度は。

 

笑顔でそれを聞いていたアスカが話し始める。

 

「シンジ。

アタシはアンタと一緒に暮らすようになってから自分を変えたいと思い始めた。

今からでも変えられるのなら変えたい、そう思った。

そして…変えられる…そう思ってる。

アタシにとってここへ来るまでは。

日本へくるまでは。

アンタに会うまでは。

エヴァに乗る事がすべてだった。

でも、アンタのこと知って、見て、話して、暮らして。

アタシもアンタと一緒にずっといられるようになりたいって…。

だから、自分に出来る事から、自分にも出来るはずの事からキチンとやってみようって…。

そう、思った。

アンタがきちんとやってるのに、アタシがやってない事…。

夕食の準備とか、お弁当の準備とか…。

とてもまだまだアンタには敵わないけれどさ。

でも、こういうことも努力すれば無駄にはならないって思ったから。

やってみると、結構面白いものもあったりするし…。

アタシは、そう思って毎日を過ごしてる。

……今のアタシにとって、アンタを追いかける事が……。

その…アンタに追いつこうとする事が…うん、た、確かに大袈裟な言い方かも知れないけれど…。

生きる目的…かもね…。」

 

アスカは話し終えた。

 

笑顔で見交わす顔と顔。

 

何人もの人が彼らの脇を通り過ぎて行くが、彼ら二人には今、彼ら自身以外のものは見えていなかった。

 

 

やがて、シンジが言う。

 

「……って話しを…この間したんだよね、僕たち…。」

 

アスカも答える。

 

「…そう。

お互いがお互いに追いつけるように頑張ろうねって…。」

 

「うん…。」

「…………。」

 

シンジとアスカは、ニッコリと微笑を浮かべ、また歩き出す。

 

アスカはわざとおどけた口調になって言った。

 

「でもでもぉ!

言っちゃあなんですけどね、碇シンジ君!

このアタシのシンクロ率に追いつこうなんて、百年はやーーい!!

えっへん!!」

歩きながら胸を張るアスカであった。

 

そんな彼女の明るい横顔を見ながら、シンジは言う。

 

「そうだろうね。

そう簡単に追いつけるわけなんて、ないさ。

僕は、そう簡単にアスカには追いつけない。

でもね。」

 

彼は笑顔で言った。

 

「でもね、アスカ。

百年だろうと、千年だろうと、僕は追いかけ続けるから。

そのつもりだから。」

 

「…え…は……え……?」

 

シンジのその強烈とも言えるストレートパンチをモロに受け、一瞬にしてシドロモドロになるアスカである。

 

「な…な…何言い出すのよ…ば、馬鹿ね……。」

 

いつものお決まりのセリフも、一向に迫力が無い。

 

「本気だよ。」

 

とどめの一撃。

 

 

その後しばらくは無言で歩くアスカとシンジ。

 

アスカは顔を真っ赤にして俯き、でもその表情からは隠そうとしても隠しきれない幸せそうな笑顔が見えていた。

 

 

ミサトのマンションまで後少し、というところでようやくアスカが口を開いた。

 

「で…さ…。」

 

どうも何を言ってるのか分からないので、シンジが問う。

「何、アスカ?」

 

やっと顔の火照りも納まったアスカが、シンジを見て尋ねる。

「…で…さ…。

ど、どう…?

さ、最近の…ア、アタシの料理とか…その、お弁当とかの…出来は…?」

 

「え…?

ああ、お、美味しいよ…。

う、うん、と、とても、美味しいよ…。」

 

どもったのがまずかった…。

 

「…ちょっと待ちなさい、シンジ…。

なんで、そこで言葉に詰まるわけ?」

 

少し睨むような表情でシンジを見るアスカである。

さもありなん……。

 

「いや、ホント…美味しいよ。

美味しい…ん…だけど…ね…。」

奥歯にものが挟まったような物言いをするシンジ。

 

「これ、シンジ。

なによその中途半端な褒め言葉は?

この間、お互い言ったじゃない?

お互いがお互いに追いつけるように頑張ろうねって。

そのためには、気がついた事があったら、ちゃんと相手に伝えて理解し合えるようにしようって。

変に気を遣って隠し事するよりは、その時は少々気まずい思いをする事になるとしても、ちゃんと伝えようって。

伝えられた方も真摯にそれを受け止めようって。

難しいかもしれないけれど、そうして行こうって。

あの時そう言ったじゃない?

そうでしょ?」

 

そして、アスカは少し笑った。

それを見て、シンジもまた少し笑う。

 

「そうだったね。

アスカの言う通りだ。」

 

シンジは足を止めた。

アスカも自然、その隣で立ち止まる。

 

「あのさ、アスカ。」

真面目な口調で言うシンジ。

 

「はい?」

答えるアスカもまた真面目。

 

「今日のお弁当のソーセージに塗ってあったケチャップ…。」

「はい?」

「タバスコ、混ぜた…?」

「はい。」

「混ぜたんだね…。」

「はい。」

「手加減って言葉、知ってる…?」

「はい?」

「…………。」

「……はい…。」

 

シンジはしばらく右手で自分の鼻の横をポリポリと掻いていた。

 

が、意を決したかのように言う。

 

「あれは…酷い……。」

 

「……はい…。」

 

 

アスカが素直なのには訳がある。

彼女自身あのソーセージを一口、口に含んだ後…文字通り口から火を吹いたのだから……。

 

これは絶対言われるぞ、そう覚悟を決めていた彼女だったのだ。

だが、これまでのシンジだったらアスカに遠慮(?)して敢えて何も言わなかったかもしれない。

それを、これからはお互い気のついた事は言い合おうと約束したのだ。

そしてそれを実行したのだ。

アスカは、そのことが妙に嬉しかったりもした。

 

けれど、負けず嫌いな性格もまた彼女を形作る重要な構成要素の一つ。

 

言わいでものことを、つい口にしてしまう。

 

「で、でもあれは失敗じゃなくって…。」

 

「…………。」

アスカの言い訳に耳を傾けようとする、優しいシンジ。

 

「そ、その……う、うん…。

そ、そうよ、刺激…。

刺激よ、刺激!

わ、若いんだからさ、あれくらいの刺激物に驚いてちゃダメよ、うん。

若いうちはあれくらいの辛さなんてへっちゃらなの!!」

 

せっかく言い訳に耳を傾けようとしたシンジも、言い訳にすらなっていないアスカの言葉に、思わずがっくりと頭を垂れた。

 

そして、今一度顔を上げると、その右手をアスカの左肩に乗せ、言うのであった。

 

「……あのねぇ、アスカぁ。

僕はねぇ、アスカ……君と一緒に暮らしてるんだよ…。

世の中で、これ以上刺激的な事って無いと思うんだけど…。」

 

ニッコリと微笑むシンジ。

 

アスカ、しばし口をあんぐり開けて茫然自失……。

 

 

 

二人はようやく歩き出し、ミサトのマンションへと向かう。

そのほんの僅かの道程。

アスカの顔は、それはそれはもう…緩みっぱなし…。

とてもその表情はここには描写しきれないものであった。

 

ゆえに、このお話は、これでおしまい。

 

 

と、忘れる所であった。

 

ミサトである。

 

この夜、帰宅したミサトは、アスカを掴まえて、今日シンジに話したようなことを懇々と諭そうと思っていたのだが…。

 

アスカがあんまり幸せそうなので……。

 

やめた。

 

Fin

 

 


マナ:あなたが、家事のことで努力しようとするなんて思わなかったわ。

アスカ:失礼ねぇ。アタシだっていろいろな面で努力するわよっ。

マナ:でも、まだまだね。

アスカ:どうしてよぉ。

マナ:だって、シンジはシンクロ率を追い抜かんばかりでがんばってるのに、あのタバスコな何?

アスカ:あれは、 ちょっとした失敗でしょっ!

マナ:失敗だったのね?

アスカ:誰にだって失敗くらいあるわよっ。

マナ:それなのに、刺激だとかなんとか、いいわけしちゃってたわけね。

アスカ:うっ・・・。あれは・・・その・・・。

マナ:いいこと教えてあげましょうか?

アスカ:何よっ。

マナ:タカノツメって知ってる?

アスカ:何それ?

マナ:あのねぇ。間違えて辛くしちゃった時には、それを混ぜると辛さがやわらぐのよ。

アスカ:えっ!? そうだったの?

マナ:だから、今度失敗したらそれを細かくして、かけてごらんなさい。

アスカ:アンタもたまにはいいこと言うわねっ! 今度やってみるわっ!(^^v

マナ:フフフフフフフ。(/ー\)
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

ご意見・ご感想の

メール

お待ちいたしております。

inserted by FC2 system