悪役人生外伝すぷれんでぃっど

 

 

Written by take-out7

 

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作者注:この作品は、タームさんの傑作『悪役人生』の外伝であり、

     また拙作『悪役人生外伝・全四話』の続編にあたります。

 

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世の中とは、えてして理不尽なものなのである。

なんでそんなことが、と思えるようなことが現実に起こってしまう…それこそ

日常茶飯事のように。

ちなみに、茶飯事とは永遠に茶飯事であって、いくらこの国の生活様式が

欧米化し続けようと、“こーひー・ぱん・さむしんぐらいくざっと”という表現に

変わることはないだろう。

…何を言っている?

ともかく、世の中には理不尽と思われる出来事も往々にして起こりうる、という

ことだ!

例えば、十四歳のいたいけな少年少女がその身を世界のために犠牲にした

挙句に、神様の御前に召されるなどということだってそうだ!

加えて、その場で神様に楯突いてもういっぺん人生やり直させろと食ってかかる

ことだってそうだ!

更に、じゃあ、ということでこの世に送り返されちゃったりすることだってそうだ!

しかも、その際前世とは違って彼らが“悪役”としてこの世に復活することだって

そうだ!

そのくせ、現世でそんな彼らがかつての仲間たちにこてんぱんに負け続けること

だってそうだ!

だが、しかぁし!!

そんな彼ら、悪役三人組が!!

苦難の道程を歩み続けて、ついに、ついに、嗚呼、ついに!!

天下を取ってしまったことだって!

そうなのだ!!!

……。

そうなのだ…。

ついにと言うか、やっとと言うか、とうとうと言うか、まさかと言うか、そんな馬鹿なと

言うか、ちょっと待てと言うか…。

アスカは、シンジは、そしてレイは。

悲願を達成した。

ちなみに、これはもう悲願であって、決してお彼岸ではない…縁起でもない。

…何を言っている?

あ、いやいや。

ともかく、彼らはネルフを凌駕し、かつての流刑地…じゃなくってヒミツの使徒生産

工場であるミッドウェー島からその根拠地を第三新東京市・ネルフ本部へと移した

のである。

この時、彼らがこの現世に舞い戻って全人類に宣戦布告してから、十五年の歳月

が流れていた……。

もはや、少年少女は、少年少女ではなかった。

無論、女の子の数の方が多いから、少年少女ではなく少女少年だと言っている

のではないぞ。

あ、いやいや。

彼らは二十九歳になっていた、と言いたいわけだ、うんうん。

二十九歳…。

…どうするよ、一体?

 

 

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「…はあ、どうしようかしらねぇ?」

呟く妙齢の美女一人。

そこは、かつてのネルフの司令席。

背後には以前はその組織のでっかい葉っぱマークがあったのだが、それは既に

上から白いペンキでベタベタと塗り隠されている。そこに、“悪役天国!”なる

四文字とイクスクラメーション・マークがでっかくぶっとい黒文字で…かつ、

ヘタクソにガツンと書かれている。有難くも、総帥の直筆によるそれが、

軽々しく…あ、いや、重々しくそこに飾られているのである。

「はあ…。」

溜息を吐く彼女こそ、今や地上最強の支配権を持つ“悪役天国!”の総帥、

当年とって二十九歳の水も滴るイイ女・アスカである。

「うーーん…。」

眉間に皺寄せ、司令席で物思いに耽るアスカである。

無理も無いのだ。

十四歳で一旦その人生を終わらせた彼女は、再びその歳から復活して悪役人生

を歩んできた。そして苦節十五年、とうとう念願果たして世界制覇を成し遂げた

のである。

もはや人生の半分以上を悪役として過ごしてきた彼女なのだが、こうして世界を

手に入れてしまった時点で、目標を失ってしまったのだ。

よくある話である。

ある目標に向かってわき目も振らずに邁進し続け努力し続け戦い続け、やっとの

思いでそれを成就する。そして、気付く。自分にそれ以外の何も残っていない

ということに。

憐れなるかな、企業戦士よ…。

あ、いやいや。

まあ、規模の大きい小さいの別はともかくとして、今のアスカもその心境に陥って

しまっているのであった。

「どうしようかしらねぇ…これから…。」

ホント、どうします?

「いずれ世界がアタシにひれ伏すのよぉって…言って頑張って来たんだけど…

あはははは、ホントに世界がひれ伏しちゃったわ…。マジ?」

む、手にした権力が余りにも巨大過ぎたので、それを持て余してしまったという

ことか?

「どいつもこいつも情けないったらありゃしない…。

“世界中の海水を塩味から砂糖味に変えてやるぅ!”って言ったら、世界の

四分の一が降伏しちゃった…。

あのねぇ、そんなことしたらアタシだって困るじゃないの。お魚が不味くなっちゃう

もんねぇ。ミッドウェー島でお魚を主食に暮らしてたアタシらがホントにそんなこと

するわけないのに。」

さもありなん。

「んでもって…“オゾン層を破壊して、地球全土に紫外線を降り散らかしてやるぅ!”

って言ったら、また四分の一が降伏しちゃった…。

あのねぇ、そんなことしたらアタシだって困るじゃないの。紫外線は乙女の素肌の

大敵なんですからね。アタシらがホントにそんなことするわけないのに。」

…さもありなん。

「んでもって、んでもって…“反・空気清浄器で地球の空気をぜーんぶヤニ臭く

してやるぅ!”って言ったら、またまた四分の一が降伏しちゃった…。

あのねぇ、そんなことしたらアタシだって困るじゃないの。ウチのオフィスはそもそも

禁煙なんですからねぇ、タバコ臭いのってアタシ大っ嫌いなのよね。アタシらが

ホントにそんなことするわけないのに。」

…さも…あり…。

オフィスって…何?

「んでもって、んでもって、んでもって…“チョモランマのてっぺんに、アタシ好みの

リゾートホテルを建ててやるぅ!”って言ったら、最後の四分の一が降伏

しちゃった…。

あいつら…降伏する口実を待ってたんじゃないの?やる気無しってことで…。

建てたろか、ホンマに…。」

…やめた方が…良いと思うけど。

そもそも、そんな所で暮らして行く気もないくせに。

「ふん、建てないわよ!アタシ、寒いの嫌い!」

さもありなん、さもありなん。

「はあ…どうしようかなぁ…こ・れ・か・ら…。」

通信カラオケの商標ではない、念のため。

まあ、悩みの尽きぬ年頃ではある。

そもそも二十九歳などという年齢は、当然ながらまだまだ隠居するような歳ではない。

生命力が溢れんばかりに満ち、人生はまさにこれからの自分のためにあるとでも

言えそうなちょうどその頃。その時点で、アスカは人生の一大目標を成し遂げて

しまったのだ。

これから先の長い人生を、ただただ遊んで暮らして行く…というには、彼女は

真面目過ぎたのである。それがまあ、彼女の彼女たる所以でもあり、長所でも

あり、時に短所ともなる。

…誉めているのだ、勿論!

 

「これが、長編モノの連続ビデオドラマとかだったら…。」

アスカは物憂げな表情で考え込んだ。その所作、顔つき、雰囲気…何をとっても

まごうことなき世界で一、二を争う“飛びっきりの”美女である。だが、元来

質実剛健を旨とする彼女は、服装もいたって地味なOL風のツーピース・スーツ、

化粧だって必要最小限の薄さにとどめ、とても“地上の支配者”然とはしていない。

「ドラマとかだったら…。当然、ここで新たなる敵ってのが、登場してくるんで

しょうねぇ。でも…。」

彼女はしかめっ面を作って、わざとらしく片手で頭をポリポリ掻いて見せる。

「でもねぇ…世界の砦とかなんとか言っていたネルフが…一番最初に降伏

しちゃったんだもんねぇ。ミサト、リツコの両雄既にこの世に亡く…か。酒量が

過ぎたのよ、二人とも。

歳のことをちゃんと考えないから…。ああ、嫌だ嫌だ。

アタシらの代わりにチルドレンに選ばれてた三流以下のヤツラも、とっとと

ご退場あそばしたし……メッキが剥がれるとはまさにこのことよ。

本物しか残らない!…ってまるで何かのCMのキャッチコピーじゃんか。

結局、真の実力者たるアタシらに歯向かえるヤツラなんて存在しないのよね。」

そこで彼女は腕を組む。ほっそりとした手首がスーツの袖から垣間見える。

この手が今、世界の首根っこを“ぎゅう”と掴んでいるのだ。

「ドラマ的には…そうなると……。外部からの敵がいなくなったとなると…。

……うむ。筋書き的にはこうね。

世界制覇を成し遂げた三人組。しかしその平和は長続きなどしなかった。何故

なら、今度はその三人の間で内紛が起きたのである。彼らは決裂し、更に世界の

覇権を賭けて騒乱の時代が続くのであった……。」

棒読み、そんな感じで独り言を呟くアスカ。

「波瀾万丈の第二部の始まり、始まりぃ……てか。

内紛、ねぇ。」

溜息交じりに言葉を継ぐ彼女である。

「んなもん、起こらんわ。どう考えても。

手下一号、同二号…あいつらがこのアタシに楯突くなんてことは……はあ…。

ないもんなぁ……。」

断言するアスカ。その気持ち、良く分かる。

彼女は司令席のテーブルの上に、くてっとその上半身を折って倒れ込む。そして

その左頬をぴたりとテーブルにくっつけ、突っ伏すのであった。

「…これから先の長い、ながーい人生を…どうやって過ごせっちゅうのよ…?

縁側で日向ぼっこしながら猫の背中を撫でつけてやりつつ…遠くから聞こえる

“風鈴売り”とか“金魚売り”とか“豆腐屋”の呼び声に耳を傾ける…そんな生活

に入れっちゅうの?」

いや…いくら何でもその例は…極端に過ぎると思うのだが。

そもそも、この第三新東京市にその類のモノ売りはやって来るのか?

聞いたこと無いのだが。

「……。」

アスカはしかし、じっと机の上に突っ伏したままであった。さらさらの長い金髪を

優雅に広げたまま。

「…張り合いの無い人生を過ごすのかぁ…これから…。

やっぱ、この十五年間は何だかんだ言っても気合に満ちた毎日だったわ。

次から次へとこのアタシの天才的頭脳が思いつく悪事、次から次へとこの

アタシの天才的頭脳が送り出す恐怖兵器の数々、次から次へとこのアタシの

天才的頭脳が生み出す脅威の戦略……。

生きてたって感じよね、うんうん…。

はあ…それもこれも、世界制覇を成し遂げるまでのこと…か。

……。」

先にも彼女自身が述べた通り、ネルフがしっかりしていたうちはまだそれで

良かったのだ。

それが、ネルフ・スタッフの相次ぐ引退の中、最初に悪役三人組の軍門に

下ったのが他ならぬそのネルフだったのであり、それ以降の世界戦略は彼ら

三人にとって四分の三拍子、あ、いやいや、とんとん拍子に進んだのである。

「ろくな敵が残ってなかったもんなぁ…。」

ぶつぶつと、今となっては贅沢な愚痴をこぼすアスカであった。

そんな彼女がふと、口をつぐむ。三十歳目前になってもいまだ愛らしいピンク色の

唇を、ふとつぐむ。

「……。」

頬っぺたをぴったりくっつけたまま、彼女は宙を見詰めた。

その蒼い瞳は何を射るのかぁっ?!

「……敵…。

…敵……。

敵…ねぇ……。」

 

さて、この後何が起きたかは、賢明なる読者諸氏には既にお気づきのことと思う。

そう。

響き渡ったのだ。

あれが、響き渡ったのだ。

かつてミッドウェー島の洞穴でさんざん聞かされた、あれ…。

あ、いやいや、有難くも度々拝聴させていただいた、あれ。

あれが響き渡ったのだ。

「おほほほほほほほほほほほほほほほほほほほっ!!!!

これよ、これだわぁっ!!!

アタシはやっぱり、天才よーーーーーーーーーぉっ!!!」

 

この時、シンジは地下第十三層にある男子トイレのお掃除をしている最中だった。

だったにも拘わらず。

彼は自分の背中に悪寒が走るのを禁じ得なかったという。

「…な、何かまた……いやなことが……。」

 

この時、レイは地上出口脇のゴミ捨て場で可燃ゴミと不燃ゴミの分別に専心して

いた。

していたにも拘わらず。

彼女は自分の背中に悪寒が走るのを禁じ得なかったという。

「…私ともあろう者が…昨日のお弁当の発砲スチロールの空箱を可燃ゴミ袋に

入れてしまっていたわ…。駄目なのね、もう……。」

 

いえ、あのですねぇ…。

 

 

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「よく来たわ、手下一号、同二号!!」

本部作戦司令室。

そこに今、世界を牛耳る三大英傑が結集した。

…どっちに転んでもこの三人しかいないのだが。

「よく来たって…アスカが呼んだんじゃないか、館内放送で。」

二十九歳、立派な大人になったシンジが不満げに答える。

その両手はゴム手袋のまま、右手には依然トイレ掃除用のモップを掲げ持って

いる。

「…そうね。ただ一言…“来なさい!”っていう、馬鹿でかい声が全施設内に

響き渡ったわ。電気代の無駄よ、あれは。」

二十九歳、立派な大人になったレイも不平っぽく答える。

その両手には“燃えるゴミはこっち!”“燃えないゴミはこれだってば!”と

書かれた半透明の大きな袋をぶら下げている。

「うっさいわね、レイ!!このだだっ広い施設であんたらを捜すのが大変だから、

館内放送で呼び出したんじゃないの!!」

アスカの返答に、レイは冷静に切り返す。

「捜すって……。私も碇君も、今週の予定表は提出済みじゃないの。

私は朝一番にゴミを出して、それから建物の回りの掃き掃除…これだけでも

午後三時までかかるわ。それから入り口…いえ、玄関の拭き掃除とワックス

がけ。これが今日の予定。

碇君だって、確か…第十三層の男女トイレ全部のお掃除を朝からずっと…これは

たしか三日掛かりになる予定よね、碇君?」

レイにそう話しかけられ、シンジも憮然とした表情で答える。

「そうだよ、大変なんだから。

まったくネルフの皆は、どうしてこう、昔から施設を綺麗に使おうとしなかったの

かなぁ。

ゴミの分別だって前々から全然出来てなかったし。自分の家だったら、ここまで

汚さないだろうにって…ホント、そう思うことばっかりだよ。」

「碇君…人間なんて所詮そんなものなのよ。自分さえ良ければいいのよ。」

「…それは悲しいことだよ、綾波。僕は嫌だな、そういう考え方。」

「知っているわ、碇君がそんな人じゃないことくらいは。あなたは、違う。

他の人とは違うのよ。」

「綾波…。」

「あなたは違う。あなたは大丈夫。あなたは…。」

彼女はそう言いながら彼の右手をチラッと見てから、言った。

「あなたは、立派に家事がこなせる人だって、私昔から知っていたもの。」

「うんうん、そうなんだよ、綾波!僕はそうなんだ!!僕は、出来る!!」

「碇君…。」

「綾波…。」

 

「こらあぁっ!!!!!」

 

そらまあ、普通はここで雷の一つも落ちるわな。

 

「あんたたち、何を二人だけの世界に浸ってんのよ!!」

アスカが肩怒らせて大声を上げる。

「あら、だって…。」

レイはしかし、そんなアスカの怒りなどものともせずに答えたのである。

「だってあなたは…家事全般が出来ない人じゃないの。」

 

それを言っちゃあ、おしまいだってば。

 

「はっ…ぐ…け…かっ…た…ぬぅ…と…。」

言葉に詰まり、意味不明の言語を用いようとするアスカ。

世界の頂点に立つ彼女も、この点に関してはハッキリ言って“弱い!”

「綾波。それは言わない約束だろ?アスカが可哀想だよ。

仕方ないじゃないか、彼女にはその能力が欠落してしまっているんだから。今更

どうこうしろと言っても無理なんだってば。それは、もう十五年も一緒にこうして

暮らしてきた僕たちが誰よりもよく知っていることじゃないか。

いいんだよ、アスカはあのままで。彼女も含めて僕らの身の回りのことは君と

僕とが分け合ってやっていけば、大丈夫なんだから。

欠落した能力を取り戻せと言ったって、それは所詮無駄なあがきさ。

アスカはあのままで良いんだよ、欠落したあのままで良いんだよ、アスカは

あれで良いんだよ、あのままで、ああ、あのままで、あのままで…。」

「黙らんかーーーーーいっ!!!!」

シンジのセリフに対し、ぜいぜいと肩で息をしながらアスカが怒鳴り返した。

「シンジっ!!アンタったら、すごく陰険な言い草だわ、今の!!

いつからアンタってばそんな男になっちゃったのよぉっ?!!」

「え、いつから?

そりゃあもう、この十五年間というもの、事あるごとにアスカが僕のことを

“病室でのイ・ケ・ナ・イ・イ・タ・ズ・ラ!”ネタでからかい続けてくれたお蔭で…。

目出度くこんな性格になっちゃいました!ぱちぱちぱち。」

最後のぱちぱちぱちは、彼が口で拍手音を擬したのである、念のため。

「だっ…と…て…な…ちゃ…ご……!」

言葉に詰まり、意味不明の言語を用いようとするアスカ。

要するに、しっぺ返しを食ったということだな、うんうん。

「そうね、でもそれは碇君のせいじゃないわ。

大丈夫、私が直してあげる。」

レイがそっとシンジに寄り添いながら言う。

「有難う、綾波。

でも…直してあげるって…僕、別に病気じゃないんだけど……。」

「あ、そうだったの?」

「あ…綾波ぃ……。」

「黙れっつっとんねん!!!」

アスカ、爆発。

 

 

さて。

「あんたたちを呼んだのは他でもないわ!!」

とにかく、二人を“第二作戦会議室”へ押し込み…いや、連れ込み、アスカが

切り出した。

そこは十畳程度の広さの何もない部屋。ただ一つ、中央にテーブルと椅子が

置いてある部屋。

そのテーブルはミッドウェー島から彼らが持ち込んだもの。それは三角形の

テーブルだった。きっちりと図った、正三角形のテーブル。

これを考案・実用化したのはアスカであった。そこに、彼女の理念がある。

即ち、“支配者たれ、されど、独裁者たらず”という理念。

このテーブルには上座も下座もない、右に出る者もいない。

三人はこの会議室にいる限り、このテーブルについている限りは同等の立場

である。

重要な案件は、彼らは必ずここでお互いに忌憚無く意見を述べ合い、議論し合い、

話し合って決する。

この十五年の中で彼女がいつしか手にした教訓はこれだった。

自分は支配者となるが、決して独裁者にはならない…他人の意見に耳を貸さない

などという者にはならない、という思い。

最初から三人で始めた。

最後まで三人だけだった。

誰が何と言おうと、自分たち三人は。

同等の仲間。

…口にこそ出して言ったことは一度もないのだが、それがアスカの本当の本当の、

ホンネ。

自分は形としては(そして実際問題としても)お山の大将に治まってはいるが、

ホンネはそう。

この円卓ならぬ三角卓に、今、地上の支配者三名が打ち揃う。

 

「他でもないって…何、一体?」

シンジが左手で頬を軽くぽりぽりこすりながら尋ねる。

「…シンジ…いい加減そのゴム手袋…外しなさいよ。」

アスカが嗜める。

「そうね、碇君。私もその点についてはアスカに賛成するわ。

あなた、酸性の洗剤を使っていたでしょう?その洗剤の付いた手袋で頬っぺたに

触ったりしたら、かゆくなるわよ。」

レイが付け加える。

「そーゆー問題じゃなくてぇっ!!!」

アスカ、半分泣き声…。

その気持ち、分からんでもないぞ…。

「まあまあ、アスカ…落ち着いて。」

のほほんとした口調でシンジが言う。両腕を上げて、彼女を宥めるように揺らして

見せるその手には、相変わらずのゴム手袋…。

「うううっ!!」

歯噛みしながら悔し涙を流すアスカであった。

その気持ち、分からんでもないぞ…。

「と、とにかく、よ!!

他でもないのよ!!」

それでもさすがは“支配者”アスカ!!

気を取り直して本題に入ろうとするあたりは、もう管理者の鏡!!

その気持ち、あまり分かりたくないけど…。

「せ、世界はアタシたちの前に跪いたわ!

アタシたちは遂に頂点を極めたのよ!!」

アスカのセリフに、何を今更と思いつつも、敢えてうんうんと頷いてみせる手下一号、

同二号。彼らだって、アスカのことを“単にからかうだけの対象”などとは思って

いないのだ。…多分……。

「で、問題はこれからよ!!」

アスカのそのセリフに、頷く態度をぴたりと止めるシンジ。

「これから…?これからって…?」

「そう、問題はこれからのことよ!

シンジ、あんたこの先のビジョンはどんなモノを持っているの?!!」

真正面にアスカから問われて、急にもじもじし始めるシンジであった。

「い、いやあ…そんな、そんなこと急に言われてもなぁ…あははは。

そもそも、正直に言ってしまえば、僕はこれでもう充分幸せな身分だとは思って

いるからねぇ…。」

「何よ?!アンタ、これでもう隠居するってえの?!!」

「隠居って…アスカ…き、君がそれをさせてくれないくせに…。」

「へ?」

「大体、僕はその…こんな、二人の美女に挟まれてずっと暮らしてるんだ…。

ははは…そ、それを…それをこの上…ははは…。」

シンジ、妙に赤くなりながらぼそぼそと言う。

何か、何か勘違いしてるぞ、この男は…そんなことを思うアスカ。

「それをこの上…この先、どんな美女を持つかってったって…。は、ハーレムを

作れってことかい、この僕に?まいったなぁ…。

はは、アスカったら、嫌だなあ…僕の好みは知ってるくせに…。」

ガチンっ!!!

拳が落ちる音、である。

拳が頭のてっぺんに落ちる音、である。

アスカの拳が落ちる音、である。

アスカの拳がシンジの頭のてっぺんに落ちる音、である。

「痛ぅっ!!!!!」

「この色ボケ野郎!!!」

頭を抱えて三角卓の一辺に蹲るシンジと、拳を震わせて目を血走らせている

アスカがそこにいた。

で、レイはと言うと。

黙して語らず。

ただ、いつものこととて、呆れるのみである。

「美女じゃなくて!ビジョン!!この先をどういう風に過ごして行くかっていう、

計画よ、計画!!」

涙目になったシンジを睥睨しながらアスカが改めて問うた。

「どうなの?!!」

「そ…そうだね…。

この先ってば…うーん…。」

依然頭をさすりながらも、シンジはしばし考え、そして口を開く。

「世界を制覇した…目的は達した以上…後は静かな余生を過ごすことになるの

かなぁ。

縁側で日向ぼっこしながら猫の背中を撫でつけてやりつつ…遠くから聞こえる

“風鈴売り”とか“金魚売り”とか“豆腐屋”の呼び声に耳を傾ける…そんな生活

かな?」

繰り返し尋ねたいところである。

この第三新東京市にその類のモノ売りはやって来るのか?

聞いたこと無いのだが。

「えーい、情けないことをぉっ!!

二十九やそこらの若さで、よくそんな爺むさい発想が生まれて来るわね!!」

ついさっき、自分も全く同じ発想を持っていたことなどどこ吹く風…アスカは

シンジを怒鳴り飛ばした。

「駄目ね、アンタは!!

レイ、あんたはどうなの?!」

アスカは卓のもう一辺についているレイに視線と問いを同時に送りつける。

「私?そうね。

…世界を制覇した…目的は達した…。

でも、私のイメージは完全に損なわれた。永遠に。

もう、いいわ。もう、いいの…そう、もういいのね…?

…さよなら……。」

そのまま沈黙するレイ。

しばしの時の経過の後、アスカが地響きよりも低い唸り声を上げる。

「…寝るなっつうのよ、レイ…!」

 

ホント、よくこの顔ぶれで世界制服を成し遂げられたものだ。

世の中とは、えてして理不尽なものなのである。

なんでそんなことが、と思えるようなことが現実に起こってしまう…それこそ

日常茶飯事のように。

ちなみに、茶飯事とは永遠に茶飯事であって、いくらこの国の生活様式が

欧米化(以下略)。

 

「夜明けとともにゴミ出しとお掃除…。午後もお掃除…夕方もお掃除…眠くも

なるわ。」

目を開けたレイが平然と呟く。

「うんうん、しかも夕べは遅かったもんね、綾波。」

シンジも相槌を打つ。

彼ら二人、顔を見合わせて“ぽっ”と頬を赤らめ合う。

「…おほん!!

夜は夜!!昼は昼なの!!」

アスカが言う。

「大体がレイ、アンタが寝不足になる夜っていうのは、毎月0のつく日だけで

しょうが!!

それくらいは我慢なさいよ!!」

「…よくおっしゃいますこと…。そう決めたのはアスカ、あなたでしょう?」

「まあまあ、二人とも。」

「そうよ!アタシが決めたのよ!あんたもそれに対しては否やはなかった

はずでしょう?!」

「ええ。」

「まあまあ、二人とも。」

「シンジがアンタの寝室に行くのは毎月0のつく日、つまり10日、20日、30日。

それで充分だって、あんたも納得したんでしょうが!!

寝不足くらい平気でしょう!!」

「…で、それ以外の日の夜は碇君はあなたの寝室へ行く…と。」

「まあまあ、二人とも。」

「そうよ!!寝不足っていうんなら、アタシの方が五倍も六倍も寝不足になって

当然なのよ!!」

「お盛んね。」

「まあまあ、二人とも。」

「アタシは心の広い、ひっろーーい女なんですからね!!

三人で共同生活を続けるに当って、この男を独占しようなんて思わなかった

わよ!!

やれば出来たんでしょうけど!!

だからちゃんとルールを決めたんじゃないの!!」

「誰もそれに文句なんて言っていないじゃないの。」

「まあまあ、二人とも。」

「そうね!それを良いことに、この男ときたら…何、ハーレムだぁ?!

僕の好みを知ってるだぁ?!

何を言い出すのかと思ったら!!」

「…再教育が必要だわ、彼には。」

「ま、まあまあ…二人とも。」

「世界中駆けずり回ってもこれ以上の者は見つけられないっていうくらいの美女

二人と、適宜交互にベッドをともにしながら、何をふざけたこと言ってんのよ!!」

「舐められたものだわ。」

「…ま、まあまあ……ふ、二人とも。」

「レイ!!あんたもしかして、最近この男の相手をするのに、手ぇ抜いてるって

ことは…ないでしょうね!!」

「何を言うのよ?あなたと違って、私が彼と同衾するのは十日置き…あ、そう

言えば今月は二月だから30日はないのね…酷い話だわ…。

あ、いえいえ、ともかくその十日ごとの夜を私が手を抜くなんてことはないわ。

例え彼が疲れていようと、眠たかろうと…。とことんまでつき合わせるわ。」

「…ま、まあまあ……。」

「さすがね、レイ!!そうよね、男なんてあの瞬間は自分のことしか考えてないん

だから、こっちとしてはてってーてきにイタブッテやらなくっちゃ気が済まないわ!!」

「あなたもそうなのね、アスカ。」

「…ふ、二人とも。」

「同士!!」

「友よ!!」

「……。」

 

“支配者たれ、されど、独裁者たらず”という理念。

それがここにも活かされている。

アスカはシンジを独占することなく、レイと“分け合う”生活を送っていたのである。

その分量はかなりアンバランスではあるが…。

ま、それはそれとして。

アスカとレイの二人が勝手に盛りあがって、がっしり握手なんかしているのを傍目に

見ながら、シンジはぼそぼそ呟いていた。

「…何だか、勝手なこと言ってるよなぁ…。

美人は三日見れば飽きるって…世間ではそう言うんだけどなぁ。

僕、もうこの二人を十五年間見て来たんだけどなぁ。

そりゃ、何も僕は二人に飽きたなんてこと…言うつもりは毛頭ないさ、絶対。

うんうん、ないない…。

だけど、それはそれ…これはこれなんだよなぁ…。」

彼は、視線を上げると、遠くを見詰める目になった。

「ミサトさーん…どうして、僕を遺して逝っちゃったんですかぁ…。

続きをしようって…言ったじゃないですかぁ…。

続きは…どうなっちゃったんですかぁ…ミサトさーーん…。」

 

おいおい。

 

「…シンジぃ…。」

「碇君…。」

どきぃ。

 

だから。

そういうことは、声に出して言っちゃ駄目だってば…シンジ君よぉ。

 

ま、若いんだから仕方がない。

色々あるさ、うんうん。

と、いうことで。

 

この後しばらくの間、第二会議室にか弱い男の悲鳴が響き渡り続けていた

という…。

 

 

 

Fin

 

 

 

「こらあっ!!なんでまた、こんな終わり方なのよぉ!!

前から言ってるじゃないの!!これは一体何なんだって!!」

「まあまあ、アスカ……。」

「これのどこが“悪役人生”なのよ!!

アタシの活躍はどこよ?!!」

「……いや、その。」

「ビジョンはどうなったの?!この先のビジョンは?!!

まさか、それを引っ張って、まだこの話の続きがある、なんて言うんじゃない

でしょうね!!

アタシ、確か何かを思いついてたはずなのよ!!」

「さあ、どうだろうねぇ。」

「あったのよ、アタシには!!ビジョンが!!

そう、敵よ、敵を作るのよぉ!!」

「…何を言ってるんだい、アスカぁ…。」

「敵をどっかから連れてきて、そいでもってアタシは再び知略を巡らして闘いを

挑むのよぉ!!血湧き肉踊る日々が、帰って来るのよ!!」

「平治に乱を起こしてどうするんだい。第一、もう僕らに歯向かう者なんてどこにも

いないんだよ。」

「いるはずよ!世界中捜し回れば、どっかに一人や二人、骨のあるヤツがいる

はずよ!!

採用試験をしましょうよ、シンジ!!採用試験!!敵を採用する試験よ!!

新聞広告の手配をして!!ネットにはアタシが!!」

「…敵を採用する試験…って…。あのねぇ、アスカ、落ち着いてってば。」

「いるはずよぉ!!どこかに一人くらい!!

…もしも、もしも応募してくるヤツが一人もいなかったら…その時…その

時は!!」

「…はあ…その時は…何?」

「その時は、ミッドウェー島でアタシらの敵となる使徒をうんとこさ製造・生産

して!!で、ここに攻め込ませる!!」

「あのねぇ。」

「で、アタシらがまた昔みたく、エヴァに乗ってそいつらを撃退するっていうの、

どう?!!どう、シンジ?!!」

「そんな猿芝居打ってどうするんだよ…。」

「失礼な!!アタシ、お猿さん、好きなんだもん!!」

「そういう問題じゃなくて…。第一、僕はもうエヴァには乗りたくもないんだってば。

アスカだってそうだろう?綾波も多分同じ気持ちでいると思うよ。」

「……。」

「ね、アスカ。もういいじゃないか。僕たちは念願を達成した。そして平和になった。

悪役三人が世界を支配して、統一して、平和な世の中が訪れた…。それで

いいじゃん。」

「…どこが“すぷれんでぃっど”だったのよ……この話のどこが?!」

「…それは僕の生活が…人も羨むような(ホントは大変なんだけど…)もの…

ということで、多分…。」

「舐めてんのかぁ!!

やる!!次もやるわ!!アタシ、宇宙を征服してやるぅ!!!」

「無理言わないでよ、アスカ。」

「悪役人生外伝えくすとら!!アタシらがついに外宇宙に進出するのよ!!」

「ないない…。」

「そこで敵対する高等宇宙生物と全宇宙の支配権を賭けて、一大バトルを展開

するのよ!」

「ないない…。」

「嫌ぁっ!縁側で日向ぼっこは、まだ嫌ぁっ!!」

「…そりゃそうだね…そういうのは、孫のいるおじいちゃん、おばあちゃんにこそ

似合う。

アスカや僕や綾波にはまだまだ似合わないよ。」

「…孫…?」

「うわっ、レイ!!あんた、いきなり飛び出して来るんじゃなーい!!そもそも、

その左手のゴミ袋は何なのよ?!」

「碇君。あなた、言ったことの意味、分かっているのでしょうね?

孫よ、孫。孫を持つためには、まず子どもがいなきゃ始まらないのよ。」

「そ、そりゃあそうだけど…。」

「そう、分かっているのね…。

じゃあ、碇君、行きましょう、すぐ、行きましょう。」

「こらこら、レイ、アタシを無視するんじゃない!!それに…シンジの手なんか

とって…どこ行こうってのよ?!」

「私の寝室。」

「こらあっ!!今日は0の付く日なんかじゃ無ーーーいっ!!」

「だって、今月は二月……30日の無い月なんですもの。」

「んなこと知るか!!」

「アスカ…一度言おう言おうと思っていたのだけれど。

あなた、もう二十九歳なのよ。じき、三十歳になるのよ。

その口の効き方…考えた方が良いわよ。」

「ウルサイーーーっ!!」

「あの…。」

「何よ、シンジ!!」

「なあに、碇君?」

「“Fin”が出てから…尻尾が長過ぎるんだけど…。」

「あら、そうね。じゃ、そういうことで。行きましょ、碇君。」

「あ、こら!!待て、待てぇーーーっ!!

こんなん、ありかぁっーーーーーーーー!!」

 

Fin・です

 

ご意見・ご感想は

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まで。


マナ:出たわね。悪役アスカ。

アスカ:それにしても・・・どうして、いきなりミサトの歳なのぉぉぉ?

マナ:どうしてかわからない?

アスカ:うーん・・・なんとなくわかる気も・・・。

マナ:そんなことより、世界制覇したのに地味な生活してるわね?

アスカ:だって、他にやることないでしょ?

マナ:シンジは、美女を漁ろうとしてるみたいだけど?

アスカ:世界の頂点を極めるアタシ達以外に、何がいるってのよ?

マナ:誰か忘れてない?

アスカ:ヒカリ? うーん、ヒカリには鈴原がいるじゃん。

マナ:ちがうちがう。わたしがいるじゃない。わたしδ(^^

アスカ:あっ、三流以下のヤツラは相手にしてないから。

マナ:むぅぅぅ。ひっどーーーーいっ! シンジを1人占めしちゃ駄目なんだからねっ。

アスカ:0の付く日はレイにあげたわ。

マナ:そうそう。綾波さんにプレゼントしたものがあるの。小数点付きカレンダーっての。

アスカ:は?

マナ:日付けがね、1.0,2.0・・・31.0って書いてあるのよ。綾波さん、喜んでたわ。

アスカ:そんなカレンダーあるかぁぁぁっ!

マナ:1の付く日は、わたしに貸してくれるってことでトレードしたのぉ。(^^v

アスカ:阻止してやるっ! 阻止してやるっ! 阻止してやるっ!(ーー#
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