「つまり、僕にその「ゲヒルン」とかいう組織のヒト達を排除しろ、というわけだね?」
カヲルは目の前に座っている「ゼーレ」の幹部達の顔を見回して微笑を浮かべたままそう言った。
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悪魔と天使と
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BY たっちー
第10話 「狂信者たち」
話はシンジとマナの出会いから少し遡る。
「レイを探しに行く」と言ってコンフォート17を出たカヲルはゆっくりと第3新東京駅に向かって歩き始めた。
別に綾波レイの居場所の当てなどない。あればこの3日の間に探しに行っている。
ならばどうするか?
レイをさらった金髪女はどうやら超能力の使い手らしい。となれば、その本当の狙いはおそらく自分とシンジだ。
ならば、こうして身をさらしていれば向こうの方から接触してくる。
そう読んでのカヲルの行動だった。
もっともカヲルの考えていることはある意味暢気ともいえるものだった。
しかし、シンジ君が本当に心配しているのはレイなのか、あの惣流という女なのか、僕にもはっきりわからないのさ・・・。
そんなことを考えながら当てもなく歩くカヲル。
傍目にはのんびりとウィンドウショッピングをしているように見えなくもない。
しかし、使徒が現れてからまだ3日しか経っていない。
第3新東京市から避難した人たちはほとんど戻ってきていない。
まだシャッターを下ろしたままの店舗や灯りの消えたショーウインドウを覗き込むカヲルの姿は胡散臭いと言うか、シュールと言うか。
そして敵をおびき出すというカヲルの目論見は半ば成功し、半ば失敗した。
そう。確かにカヲルに接触してくる者はいた。しかし。
「渚カヲルだな?」
そう言ってカヲルの前に立ち塞がったのは黒のスーツにグラサンの屈強そうな3人の男達。
「そうだけど・・・。君達は誰だい?君達の態度は実に失礼だね。好意に値しないよ」
「失礼。我々は「ゼーレ」調査部の者だ。君の身柄を保護するよう命令を受けている」
微笑を浮かべたままのカヲルに内心途惑いながらもリーダー格の男ができるだけ事務的にそう答える。
「保護ね。それで僕をどこに連れて行くつもりだい?」
男達の言葉を信じたわけではない。
そもそも、「ゼーレ」に調査部などという部署が存在していることなど聞いたこともない。
それでもこの男達におとなしくついて行こうとカヲルは決めた。
この男達の話が事実であろうと嘘であろうと何らかの情報が手に入ることは間違いなさそうだったからだ。
いざとなれば「力」を使って逃げるなり何なりすればいい。
カヲルの態度に気分を害したのか男はわずかに眉をしかめながらもカヲルの質問に答えた。
「もちろん、「ネルフ」の本部だ」
男の言葉通りカヲルが連れて行かれたのは「ネルフ」本社だった。
男の言葉を信じていなかったカヲルは内心驚いていたが表情には出さなかった。
ここに連れて来るということはほんとに「ゼーレ」の関係者だってことだね・・・。
ということは僕達の「力」のことを冬月先生やシンジ君のお父さんは前から知っていたのかい?
もしかして僕達は誰かの掌の上で踊らされているのかい?
気に入らないね。
カヲルが案内されたとある一室にはすでにキールをはじめとする「ゼーレ」の幹部連中が待っていた。
「ネルフ」のトップであるはずの碇ゲンドウが端のほうに座らされているのを見て、
目の前の老人達が本当に「ゼーレ」の中心にいる者たちであることを認識する。
裁判の証言台のようなところに立たされたカヲルに対して、
「よく来た。「適格者」よ」
そう語りかけたのはカヲルの正面、男達の真中に座っているバイザーで目を隠した老人。キール・ローレンツだ。
「「適格者」?なんだい、それは?」
まるで裁判を受ける罪人であるかのような扱いにカヲルは気分を害していた。
自然と受け答えがぞんざいになる。
「貴様!なんだ、その態度は!!」
カヲルに向かい合って座る男達の誰かが怒声をあげるが、カヲルは冷笑を浮かべただけだった。
「・・・その態度、万死に値するが・・・。まあ、いい。教えてやろう。
「適格者」とは天使、あるいは子羊となる素質を持つ者の事だ。能力を持つ者、と言ってもいい」
「子羊?」
「救世主、と言い換えても良い」
「それは・・・、僕があのナザレの男の生まれ変わりだとでも言うつもりかい?」
肩をすくめるカヲルの問いにキールは酷薄な笑みを浮かべた。
「実際に我々が君に期待しているのはそちらではない。我々は君が終末のラッパを吹くことを期待しているのだよ」
「終末のラッパ?もしかして黙示録にでてくるヒトに災厄をもたらすというラッパのことかい?」
「災厄ではない。浄化だよ」
「何だって?」
「人類は堕落した。もはや救いようがない。だから、愚昧なる人類を粛清し、神に選ばれた者だけの世界、楽園を作るのだ」
老人達が本気であることは心を読むまでも無くその表情を見ればわかる。
おそらく1週間前にこの話を聞いていたならばカヲルは鼻で嘲笑っただろう。
しかし、この1週間の出来事を考えれば、老人の単なる妄想とは思えない。
僕やシンジ君の持っている力はそれほどのものなのかい?
とんでもない話だね・・・。
だからといって自分の力がどれほど大きなものであろうともこの老人達の妄執とも言うべき願いをかなえてやる気はカヲルには無かった。
少なくともこの時点では。
「それはそれとしてだ」
キールの口調がだんだんと昂奮したものとなり、脇に控える老人達の表情が陶酔したようなものとなったとき、
その声はまるで冷水でも浴びせたかのような効果を示した。
老人達の表情がハッと現実に戻り、キールが声を発した男――ゲンドウを睨みつける。
もっとも、ゲンドウはそんなキールの視線など意に介せず言葉を続けた。
「我々の目的を邪魔しようとしている者たちがいるのだ」
そんなこと当たり前じゃないのかい?あなた達の目的を知れば阻止したくなるのは当然のことさ・・・。
「それで?」
一応、ゲンドウにそう問いただしながらもカヲルには彼の言いたいことはわかっていた。
「言わなくてもわかるはずだ。その者達を排除せねばならんのだ」
「それはあなた達の都合であって僕には関係ないことさ」
そう言ってカヲルは老人達に背を向けた。
「無駄な時間をすごしてしまったようだね。帰らせてもらうよ」
そう言って立ち去ろうとしたカヲルの足をゲンドウの一言が止めた。
「彼女達に綾波レイがさらわれたと聞いてもかね?」
振り向いたカヲルの顔からは笑みが消えていた。
「本当かい?」
「嘘を言っても仕方あるまい。そして彼らの真の狙いは君とシンジだ」
狙いが自分とシンジであることはカヲルも予想していた。しかし、レイをさらっていった組織の正体がわかってなかった。
それを知っていながら行動を起こさないこの男達は・・・。
そんなカヲルの心を読んだかのようにゲンドウが言葉を続ける。
「もちろん、「普通」の相手ならば「ゼーレ」の力でどうとでもできる。
こう言っては何だがこの国の警察など比べ物にならない戦闘力を有しているからな。しかし、今度の相手には通用せん。
かなりの超能力を持った者たちの集団だからだ」
いつに無く饒舌なゲンドウだったが、カヲルにそんなことを気にする余裕は無かった。
「随分とよく知っているのですね」
内心の焦りを悟られることを恐れてカヲルができるかぎり皮肉をこめた口調で言う。
「当然だ。元々「ネルフ」で「使徒」の研究をしていた者を中心に結成されたのだからな」
苦虫を噛み潰したような表情でそう口をはさんだのはキールだった。
機密をしゃべりつづけるゲンドウを苦々しげに見ていたのだが、この件では一言言わずにはすまなかったようだ。
赤木ナオコ博士が「ネルフ」を裏切ったのは、ゲンドウ、貴様が原因ではないか!。
内心でそう毒づきながらもキールは言葉を続ける。
「奴らのような背教者を許すわけにはいかん」
キールの吐き捨てるような言葉を聞いているうちにカヲルは冷静さを取り戻していた。
それは、キールたちの意識が頭に入ってきて敵の正体がわかったからでもある。
結局、僕やシンジ君の推測は大体当っていたってことだね。
後はそいつらからレイを取り戻すだけさ。
この狂信者達をどうするかはその後のことだね・・・。
カヲルは微笑を浮かべ、軽く肩をすくめるとあっさりと言い放った。
「つまり、僕にその「ゲヒルン」とかいう組織のヒト達を排除しろ、というわけだね?
だけど、期待していただけるのはありがたいですけど、僕にはそんなことはできそうにないですね」
「何だと!?」
「残念ながら僕にはそんな「力」はないからさ。それでは、失礼」
カヲルはそう言うとさっと身を翻し、老人達の怒声を無視してその場を立ち去った。
カヲルが立ち去って数分後、老人達はようやく落ち着きを取り戻しかけていた。
もっとも、その場には一人だけずっと冷静だった男がいる。
あの程度の挑発で冷静さを失うとは・・・。この老人達と手を組むのもそろそろ終わりにすべきか・・・。
口元に浮かぶ嘲笑を組んだ手で隠し、状況を観察しているのはもちろんゲンドウ。
そんなゲンドウの考えなど気付いていない老人達が口を開く。しかし、その口から出てくるのはカヲルに対する罵声だけ。
「青二才がふざけおって!」
「あやつの言動、万死に値するぞ!」
話している内に感情が再び激してきたのか、自然と声が高くなる。
「そうだ!奴には我々の計画を知られてしまった。早急に排除すべきだ!」
「そうだ、渚カヲルに死を!」
口々にカヲルの死を叫ぶ老人達。
その様子をゲンドウは苦々しく見ていた。
この無能な老人どもめ。死を与えられるべきはお前達だ。
「お待ちください」
内心の罵倒など毛ほども感じさせず、ゲンドウは何の感情もこもっていない機械的な声で「ゼーレ」の幹部達を制した。
「貴様ごときが我々に意見するつもりか!?」
「「父親」として渚を庇うつもりか?あやつを創り出すのに確か貴様の遺伝子が使われていたのだったな!?」
「そのようなつもりはありません。ただ、せっかくの「適格者」をただ処分するのではこれまでの苦労が水の泡になると申しているのです」
あくまで冷静に答えるゲンドウの態度はまさに火に油を注いだようなものだった。
「やはり、庇っているではないか!」
「そもそも、貴様の息子の覚醒など我々の計画には無い。貴様、新たなシナリオを勝手に書いているのではあるまいな?」
「それに渚カヲルはまだ覚醒していないようではないか。そのような失敗作を残しておく必要は無い。処分すべきだ。」
老人達の言葉はカヲルを罵倒するものからゲンドウを非難するものへと代わっていた。
そんな中、比較的冷静だったキールが老人達を制する。
「まあ、待て。碇、貴様の発言の根拠を聞かせてもらおう」
「・・・。カヲルは覚醒を始めています。我々は敵対組織の名前は口にしていないのに彼ははっきりと「ゲヒルン」と言い当てました」
「確かに。それは私も気付いていた。しかし、奴の態度を見る限り我々の計画に同意するとは思えんぞ」
「別に我々に賛同している必要は無いでしょう。調べによれば、彼が人類という存在に失望と怒りを持っていることは確かです。
完全に覚醒すればその力で堕落した者どもに鉄槌を下すでしょう」
ゲンドウの言葉にキールは頷いた。しかし、ゲンドウの意見に同意したかどうかはわからない。
バイザーで目を隠したその表情からは何の感情も読み取ることはできなかった。
「貴様の言いたいことはわかった。しかし、奴を野放しにしておくことはできん」
「すでに調査部のものが影ながら見張っておりますが・・・」
老人達の誰かの発言にキールは首を振った。
「どれほど巧みに姿を隠そうとも常人では覚醒した能力者には通用せん。能力者には能力者を」
「では、ついに「試作品」の能力を試すつもりですか?」
「そうだ。カヲルの尾行には「ガギエル」をつける」
続く
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後書き
どーも、たっち―です。
ええと、前回と直接のつながりがない話になってしまいました。
前回の後書きでミサト登場とか書いてたんですが。
すいません、時系列的にここに入れるしかなかったんです。
次回はマナちゃんが再登場・・・なんですけどねぇ。
それと、アスカさんとレイちゃんが再登場するまで2、3話かかります。
アスカの登場を期待している皆さんごめんなさい。
それでは。
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感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |