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悪魔と天使と
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BY たっちー



第12話 「ココロ揺らす者」








「・・・ま、シンジ君もがんばってくれ。俺も世界が滅びるなんてことには実はあまり賛成してなかったんでね。
 健闘を祈ってるよ」

そう言い残して加持がレリエルに飲み込まれた瞬間にもシンジは微動だにしなかった。動かなくなったミサトを抱きし
めつづけていた。
やがて宙に浮かぶ球体が唐突に姿を消す。
そして――

「隠れてないで出て来い」

シンジのものとは思えない低い声が神社の境内に響いた。
地の底から聞こえてくるようなシンジの声にそれまでうるさいほど鳴いていた蜩の鳴き声が急に途絶える。

「・・・バレてたみたいね」

そう言って姿を現したのはマナ。そして、マナに続いてマユミが現れる。
シンジはそれまで二人に背を向けてミサトを抱きしめていたのだが、二人が姿をあらわしたことを感じたのか、ミサトを
抱いたまま立ち上がり振り返った。
そして二人の姿を見て微かに驚いた表情になった。

「まさか、君達が「ゼーレ」、・・・いや「ゲヒルン」か」

「まあね、そういうこと。わたしたちの心でも読んだの?一応、「壁」は作っておいたつもりなんだけどな」

マナの問いをシンジは無視した。

「君達も僕を殺す気?」

そう呟いたシンジの周りで殺気が渦巻いた。
マユミはその気配におびえた表情を見せたが、マナはシンジのその様子にも動じることなく、むしろ笑みさえ浮かべて
返事を返す。

「さっきまではそのつもりだったんだけどネ。さっきのあなたを見てちょっと気が変わったの。
 ・・・シンジ、わたし達の仲間にならない?」

「なんだって?」

「だから、わたし達の味方になってほしいわけ。」

ニコニコと無邪気な笑みを浮かべるマナの突然の申し出にシンジは困惑した。

「今度のことであなたと「ゼーレ」が敵対することになったのは間違いないし。わたし達と「ゼーレ」は元々敵なんだし。
 わたしとシンジが敵対する理由はないじゃない?敵の敵は味方ってわけネ」

一方的に喋り捲るマナの言葉にシンジは一瞬納得しそうになった。
しかし、すぐにそこにある論理のすり替えに気付く。

「・・・確かに僕は「ゼーレ」を許すことができない。つまり、敵になったわけだ。
 でも、だからといって君達の味方になったわけじゃない」

「それは・・・」

「アスカと綾波を誘拐し、そのアスカを使って僕をここに呼び出し、殺そうとした。そんな連中の味方になる気は無いよ」

「その点については悪いと思うけど。でもシンジは「ネルフ」の一員だから当然「ゼーレ」側の人間だと思ってたわけだ
 し。 あ、もちろん、綾波さんも帰すわよ。彼女も「ゼーレ」の企みは何も知らなかったみたいだし」

弁解するマナの顔からはいつのまにか笑みが消えていた。
厳しかったシンジの表情がわずかに動く。シンジが動揺していると見たマナがさらに言葉を続けようとしたとき――

「何をしている!早くこいつを抹殺しろ!!」

その声とともに突然シンジは後ろから羽交い絞めされた。
その声にシンジはそれが親友であるはずのケンスケであることに気付く。
一瞬、困惑したシンジだったが、すぐにケンスケが洗脳されていると悟った。アスカのときと同じだ。
そして、シンジはマナに怒りのこもった視線を向ける。

「くそ!アスカと綾波だけでなく無関係のケンスケまで!」

しかし、マナとマユミはシンジ以上に混乱していた。
シンジの殺意の篭もった視線にさえ気付かず、マナがマユミに噛み付く。

「何やってるのよ、マユミ!」

現在ケンスケはマユミの支配下にあるはず。
そのケンスケが交渉の邪魔をしたということはマユミがそう命令したということ。

シンジを殺ることにアレほど反対してたくせに!

しかし、マナの怒声を聞くまでもなく一番当惑していたのはマユミだった。

「わ、わたしは何も・・・。ケンスケさん、やめて!碇さんと敵対する気は無いのよ」

おろおろとしながらもケンスケにシンジから離れるよう、マユミは命令した。
いや、命令というよりはもはや懇願といったほうが正しいかも知れない。
しかし――

「何甘いこと言ってんだ!こいつは人類の敵、世界に破滅をもたらす者だ。消せるときに消すんだ!!」

そう言うケンスケがもはやマユミのコントロールから離れていることは明らかだった。

「駄目!!赤木さんが直接コントロールしている!!」

元々マユミにはヒトの心を操る能力など無い。いや、直接的に何か作用する力は皆無といってよかった。
彼女の「力」は他の能力者の力を増幅する力。
時として「力」の作用は距離や対象の大きさに影響される。
例えばミサトはテレポーテーションを得意とし、自分が跳ぶだけでなく離れた場所にあるものを「引き寄せる」ことがで
きる。拳銃を手元に出現させたように。しかし、その作用は引き寄せる物との距離や物の大きさ、重量に影響される。
リツコのマインドコントロールも距離の影響を受ける。もちろん人の心に作用する力だから操られる者の意志の強さも
影響する。
誰かのそんな力を中継、増幅することでより遠くまで、より大きな物体にまで「力」を作用させる。
それが、マユミの力だ。
今はリツコのマインドコントロールを中継していたのだが、中継する際に多少はマユミ自身の思考が影響する。
リツコからの直接の命令がなければその代わりに操ることも可能だ。
リツコも複数の人間を同時に操ることは消耗が激しいこともあって、ケンスケの操作はマユミに任せたはずだった。
しかし、消耗することさえ無視すればマユミによる中継無しにリツコが直接ケンスケを操るのは難しいことではない。
そして今、ケンスケはマユミのコントロールを離れ、リツコの制御下にあった。

「お前達、ゲヒルンを裏切るつもりか!?目を覚ませ!お前達はシンジと接触したせいでその「力」で魅了されている。
 こいつの力を防ぐために心に壁を作れ。そして早くこいつを始末しろ!!」

ケンスケはシンジを羽交い絞めしたまま喚き続け、ケンスケの声に答えるようにマナがシンジに向かって一歩踏み出
した。しかし、マナはそこで一瞬足を止める。そしてシンジの頭の中に直接マナの声が響いた。

『これから、攻撃する振りをするから避けて。とりあえず相田さんを眠らせるから。殺りはしないから安心して。話はその
 後で』

シンジが答えるより前にマナはシンジに突進を始めた。そして、シンジの心臓を貫こうとでもするかのように貫き手を突
き出す。
しかし、シンジは避けようとしなかった。マナの言葉を信じなかったわけではない。
少なくとも自分に危害を加える気が無いことに関しては。
しかし、ケンスケを殺す気が無い、ということに関しては確信が持てなかった。
そして、シンジは親友に害が加えられることを看過できる性格ではなかった。

ケンスケを傷つけられるくらいなら自分が・・・。

しかし、マナの手がシンジに触れる直前、シンジとシンジに抱きかかえられていたミサトの体が掻き消える。
そして次の瞬間、バチッという音を発してマナの指先とケンスケの体の間に火花が散り、ケンスケは、

「ぎゃっ!!」

と一言発してその場に倒れた。

「ケンスケさん!!」

マユミが倒れたケンスケに慌てて駆け寄る。

「大丈夫よ。死んではいないわ」

そんなマユミにマナはどこか疲れたような声をかけた。
いや、マナは実際疲れていた。

マナ独特の「力」は一種の衝撃波とでもいうべきものだった。あるいは人間スタンガンとでも表現した方が正しいかもし
れない。瞬間的に大電流を触れた物に流す。その威力は並みの人間なら先ず確実に即死するほどだ。
そして、力のコントロールが非常に難しい能力でもあった。
マナが疲労したのは能力を使ったこと自体よりも無理に威力をセーブしたことによる。

「どういうつもりですか、マナさん!」

普段はおとなしいマユミがそう言ってマナを睨みつける。
ただし、マユミが怒っているのはケンスケに電撃を浴びせたせいではなかった。
シンジと和解しようとしたはずのマナがケンスケの――正確にはリツコの――言葉に従うようにシンジを攻撃したよう
に見えたからだ。

「ちょっと待って、今説明するから。それより相田は気絶してる?」

「意識を失ってるみたいですけど・・・」

マナを睨みつけながらも素直にケンスケの状態を話してしまうあたりにマユミの性格が現れていた。
そして、心配そうに膝に乗せたケンスケの顔を覗き込む。
マユミに尋ねなくても一目見ればケンスケの意識がないのはわかっていた。
それでもあえてマユミに確認したのはマユミとケンスケの意識がつながっているからだ。
さらにはケンスケとリツコの意識もつながっている。
マナがケンスケの状態を確認したのはリツコに話を聴かれたくなかったからだ。

「なら、大丈夫ね。あれはシンジを狙ったんじゃないの。相田に離れてもらおうと思ってネ」

マナの「大丈夫」という言葉にケンスケを心配するマユミの表情が一瞬険しくなった。
しかし、続くマナの言葉を聞いてマナの考えを理解した。

「リツコさんに聞かれないようにケンスケさんを気絶させて・・・」

「そ。その上で改めてシンジを説得するつもりだったのよ」

「でも、シンジさんはテレポーテーションでどこかに行っちゃいましたよ?」

マユミの言葉にマナは苦笑を浮かべて頬を掻いた。
確かに説得しようにもシンジがどこに行ったかわからない。

でも、シンジは避けようとはしてなかったのよネ。もしかして・・・。

「? 何か言いましたか、マナさん?」

小首をかしげるマユミの言葉にマナは考えを中断された。

「ううん、何にも。とりあえずゲヒルン本部に戻りましょ。赤木親子が何考えてるのか探らないとネ」

そう言うとマナはマユミの膝の上からケンスケを抱き起こした。

「何してるの、マユミ?わたし一人で抱えてるのは大変なんだからマユミも肩を貸してよ。
 ・・・だいたい、こいつはマユミの彼氏でしょ?」

呆けたような表情を自分に向けたまま動こうとしないマユミにマナは声をかけた。
最後には明らかにマユミをからかっているとわかる笑みまで浮かべて。

「あ、はい。ごめんなさい」

そう言ってマナと反対側からケンスケを支えながらもマユミにはマナの行動が信じられなかった。
マナにとってケンスケはシンジと接触するための道具に過ぎないはず。
マユミの知っているマナならば用済みになったケンスケなど捨てていくはずだった。
少なくとも自分からケンスケを連れて行こうとするわけがない。
それに最後にマナが見せた表情。
ああいう茶目っ気のある表情をマナはよくするが、それが演技であることをマユミは知っていた。
しかし、先ほどの表情は演技とは思えない。

そういえば、シンジさんの顔を初めて見たときからマナの様子はどこか変だったわ。
もしかして本当にシンジさんの「力」が影響しているの?

マユミはこの時初めて碇シンジという存在に恐怖を感じた。

「何考え込んでるの、マユミ?一気に跳ぶから「力」貸してよね」

「あ、はい」

そして、境内から3人の姿は消えた。
後に残っているのは蜩の鳴き声とミサトが落した拳銃だけ。
その拳銃もやがて消える。それを見たものは誰もいなかった。






続く



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後書き

どーも、たっち―です。

マナは極悪路線から脱出しました。とりあえず、ですが。
ま、ケンスケもその内にフォローしようかと考えてます。え、別に必要ないですか?(^^;
次回は久々にアスカとレイが登場の予定。

それでは。

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マナ:極悪マナちゃんじゃなくなったわ。

アスカ:やっとって感じね。

マナ:『とりあえず』っていうのが気になるけど・・・。

アスカ:性根が悪魔ってことよ。

マナ:いやぁぁ。そんな役はいやぁぁ!

アスカ:次回は、悪魔に変わって天使が登場よっ!

マナ:天使・・・綾波さん?

アスカ:アタシよっ!!
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