「フッ。そうです。冬月先生のおっしゃるとおりです。新しく同好会を創ればよいのですよ」

「何だと?」

「ですから、新しく同好会を創るのです。名前は・・・「ネルフ」というのはどうでしょう?」

六分儀ゲンドウはそう言うとニヤリと笑った。



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エヴァ学園は大騒ぎ!外伝 その壱 「ネルフ誕生」
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BY たっちー







私立エヴァ学園
総生徒数15,900人を誇る、初等部・中等部・高等部・大学から成るマンモス学園である。
これはシンジ達がエヴァ学園に入学する二十数年前のお話。



エヴァ学園大学形而上生物学第1研究室の助手である冬月が警察に呼ばれたのは雪が降りしきる2月の中頃のこと
だった。
彼が所属している研究室の教授である葛城博士のゼミの学生が盛り場で乱闘騒ぎを起こして警察に捕まり、身元保
証人として彼の名を告げたためだ。

「いいかげんにしないか、六分儀。毎度毎度騒ぎを起こしよって」

すでに顔見知りになってしまった警官から代わり映えのしない注意を受けて警察署を出た冬月は問題の学生、六分
儀ゲンドウを叱った。
ゲンドウが問題を起こしたのはこれで何回目だろう?その度に冬月が警察に迎えに行くことになってしまっていた。
こういう場合、本来ならば身内が迎えに行くべきだなのだろうが、ゲンドウはすでに六分儀家から勘当同然の身であ
り、ゲンドウのために警察まで顔を出す身内はいない。また、ゲンドウ自身親兄弟に連絡しようともしなかった。

「私だって別に騒ぎを起こしたいわけではありません」

ゲンドウの冷静というか、まるで人事のような口調が冬月をいらだたせる。

「ならば、何故あんな問題を起こすのだ!?」

「そうですね。冬月先生には聞いていただいておいたほうがいいかも知れません」

「・・・ふむ、聞かせてもらおうではないか」



冬月はゲンドウを行き付けの居酒屋に連れて行った。正確に言うと「葛城教授行き付けの店」である。
冬月は元来酒は嗜まないのだが、ボスの葛城教授は恐ろしいほどの酒豪である。
冬月は葛城に付き合ってこの店に何度か足を運んだことがあった。

「・・・どうした、六分儀?早く来い」

居酒屋に一歩入ったところでゲンドウが立ち止まってしまったことに気付いて冬月は振り返った。
冬月の言葉にゲンドウは一瞬何か言いたそうなそぶりを見せたが、結局何も言わずに冬月のあとについて店に入っ
てくる。

六分儀ゲンドウ、このとき19歳。
別に酒が嫌いなわけではない。いや、好きな方だといっていい。しかし、一応は未成年だ。
冬月も居酒屋の店員もそのことをまったく気にかけていないのがゲンドウには不満だった。
例えどんなに贔屓目で見ても25歳以下には見えないのだと自分でもわかっていたにしても。



「それで、問題を起こす理由とは何だ?」

自分とゲンドウのお猪口に酒を満たすと冬月はいきなりそう切り出した。
事ある毎に面倒を起こすこの男のことが好きなわけがない。
いや、どちらかといえば自分に面倒を押し付けてくるゲンドウの存在は迷惑だった。
話を聞くだけは聞いてこのような場はとっとと終わらせてしまおうと考えていた。
そもそも冬月は研究を続けたいから大学に残っただけであって学生の指導は得意とするところではない。

しかし、ゲンドウはわざと冬月をいらだたせるかのようにゆっくりとお猪口を干した。
仕方なく再び酒を注いでやる冬月。
そしてようやくゲンドウが口を開いた。

「面白くないのですよ」

「何?何が面白くないのだ?」

突然、「面白くない」と言われても何のことやらわからない。

「何もかもです」

「つまり、世の中が面白くないということか?・・・だから、暴れていると?」

「暴れているという意識はありませんが・・・。
 胸の中に何かモヤモヤとわだかまっている物があって気が付くと誰かと衝突しているのです」

なんと迷惑な奴。

冬月はそう思ったが口には出さなかった。そして、

自ら望んだわけではないが一応は自分も教育者の端くれだ。

そう思い直してそれらしいことをアドバイスしてみることにする。
それに――こちらの方が本音だったが――このまま放置しておくといつまた自分がトラブルに巻き込まれるかわかっ
たものではない。

「そういうときは運動とか何かをして発散してみてはどうだ?
 何のクラブにも入っていないのだろう?どこかの運動部にでも入ってみたらどうだ?
 やってみれば案外面白いものだぞ。
 別に体育会系の本格的なところでなくてもいい。半ばお遊びのような同好会でもいいだろう?」

しかし、冬月の言葉にゲンドウは首を横に振った。

「既存の組織に入ることなどごめんです」

ゲンドウのこの言葉に冬月のこめかみに青筋が走った。

「何をわがままなことを言っている!!それならば自分で同好会でも何でも創ればよかろう!?」

切れた冬月は思わずゲンドウを怒鳴りつけた。しかし、次の瞬間呆けたような表情になり、呆然とゲンドウを見つめる。
冬月の言葉を耳にした次の瞬間、ゲンドウの目が爛々と輝きだしたからだ。

「ろ、六分儀?」

恐る恐るゲンドウに声をかける冬月。

頭に血が上った状態で怒鳴りつけたため、自分の発言をはっきりと覚えていない。
しかし、ゲンドウがこんな反応を示すような不味いことを言った記憶は無いのだが・・・。

と、目を輝かしていたゲンドウが不意に冬月に目を向ける。
普段どこか斜に構えているようなゲンドウだが、この時ばかりは見ていて怖くなるほど興奮していることが冬月にはわ
かった。

「フッ。そうです。冬月先生のおっしゃるとおりです。新しく同好会を創ればよいのですよ」

「何だと?」

「ですから、新しく同好会を創るのです。名前は・・・「ネルフ」というのはどうでしょう?」

ゲンドウはそう言うとニヤリと笑った。

「「ネルフ」だと?」

「はい。ドイツ語で<神経>と言う意味ですが」

「そ、そんなことは知っている。だから何故、同好会「ネルフ」なのだ?」

「フッ。何となく、です」

ゲンドウの言葉に冬月はあんぐりと口をあけたまま何も言い返すことができなくなった。
そんな冬月の様子に気付いているのかいないのか、

「そうと決まれば、さっそく発足に向けての準備を開始せねば。
 先生、適格なアドバイスありがとうございました。用事ができましたのでこれで失礼します」

呆然としたままの冬月の前でお銚子を取り上げると直に口をつけて一気に中身を飲み干す。
そしてゲンドウはそのまま居酒屋を出て行った。
その背中を呆然と見送りながら冬月は思わず内心で呟いた。

もしかして私はとんでもない間違いを犯したのではないか?



「・・・というわけなのです。葛城先生、このまま放っておいて良いのでしょうか?」

ゲンドウが立ち去ってしばらくしてからようやく自分を取り戻した冬月は慌てて大学に戻り、葛城研究室に顔を出した。
ノックもそこそこに駆け込むようにして教授室に入ると葛城教授に経緯を説明したのだが。

「なるほど」

真剣な表情で冬月の話を聞いていた葛城は一言そう言うと頷いた。

「・・・」

「・・・」

「あの、葛城先生?」

何も言わない教授に冬月がわずかにいらだった声をかける。

「冬月君の言いたい事はわかる。しかし、どうしようもあるまい?」

エヴァ学園は学生の自主性を重んじる校風だ。
初等部や中等部ならまだしも高等部や大学の学生が同好会を作りたいといえば大抵はすんなりと認められてきた。
確かにゲンドウはいささか問題のある学生ではあるが、あの程度ならば同好会設立は認められるだろう。
それに考えてみれば、

『自分で同好会でも何でも創ればよかろう!!』

と言ったのは冬月だ。ここで下手に同好会設立阻止に動いてそのことが周囲に知られれば信用を失うのは自分だ。

「わかったかね?」

黙り込んでしまった冬月に葛城が声をかけた。

「ま、後は勝手にやらせるしかあるまいよ」

どこか無責任ともいえる葛城の発言に冬月は愕然として伏せていた顔を上げ葛城の顔を見つめた。
いや、内容以上にそのあまりにも軽い口調が冬月を驚かせていた。
冬月の知っている葛城教授は酒こそ好きだが生真面目、謹厳実直、人付き合いは苦手な方。
また酒好きといっても静かな酒で飲んで騒いだところを冬月は見たことがない。
若くして教授になった優秀な研究者だが、どちらかといえば近づきがたい雰囲気を持っていたはずだ。
それが今はどうだ。無責任な発言をしただけでなく、その言葉にはどこか面白がっているかのような響きが感じられた
のだ。冬月が呆然としている中、葛城はさらに言葉を続けた。

「あのゲンドウがどんな同好会を創ってどんな連中が集まるか楽しみだわい。ブワッハッハッハッハ!!」

ついには大笑いし始める葛城教授。冬月はそんな葛城を呆然と見詰めながらもその激変の理由を何とか見つけ出そ
うとしていた。そうやって何か考えていないと自分までいっしょに笑い出してしまいそうだった。

そういえば、教授はこの年になって若い奥さんをもらったのだったな。ヒトとは結婚すればこうも変わるものなのか?

もちろん結婚はきっかけにはなったのだろうが、おそらくこれが葛城の本性だったのだろう。
冬月は後にそのことを嫌というほど思い知らされることになる。







時は移って4月となり、桜が咲き乱れる季節となった。
今日はエヴァ学園初等部、中等部、高等部の入学式。

式は滞りなく終了し、学内は今年入学した新入生で溢れていた。
まっすぐ帰るもの、学内をぶらぶらと散策する者、学食に向かって駆け出す者などさまざまだ。
そんな中、一際注目を集めていたのは――

「何かいい雰囲気の学校よね」

「そうだね、お姉ちゃん」

「でも、あの学長の話、つまんなかったわね」

碇ユイ、ルイの双子の姉妹と惣流・キョウコ・ツェッペリンの美少女トリオだ。
幼馴染である3人はこの日そろってエヴァ学園中等部に入学、入学式の後こうして校内を見学して廻っていたわけだ。
お昼時ということもあって多くの学生が学食の方に向かっておりユイたちも自然と流れに乗って学食まで来たのだが、

「・・・すごい人の数ね」

「これじゃ、いつ食べれるかわからないネ」

「う〜、ここのハンバーグおいしいって聞いて楽しみにしてたのに!!」

溢れんばかりの人が集まっているその中に入っていく気にはなれなかった。

「しかたないわね。空くまでもう少しその辺を廻ってみましょう」

ユイの意見にあとの2人も賛成し、3人は再び歩き始めた。



「あの辺になんか人が集まってるよ」

ルイが指差した場所にはいくつかのテントが立ち並び学生が集まっていて、妙に活気が感じられた。

「なにかしらね?」

ユイはちょっと警戒心を持ったようだが、

「おもしろそ〜。行こ行こ」

「ちょっと、待ちなさいってアンタ!」

ルイとキョウコはそちらに向かって走っていってしまった。

「しかたないわね、あの娘達は」

ユイは苦笑すると二人の後を追って走り出した。

「あ、お姉ちゃん、ここって部活の勧誘やってるみたいだよぉ!」

遅れて走ってきたユイに気付いたルイが大声で呼びかける。
そのかわいらしい声は周囲の注目を集めるには充分だった。

周囲の目が、声を上げたルイ、駆け寄ってきたユイ、二人の近くにいたキョウコに集まった。

カ、カワイイ!!!!

おそらく、その場にいた男どもの全員がそう思ったことだろう。
そして、部活の勧誘をしていた連中は続けて、

ぜひとも、我が部に!!!

と考えた。
次の瞬間、ユイたち3人は周囲360度隙間なく取り囲まれていた。

「「「「「君たち!!ウチの部に入らないか!!!???」」」」」

期せずして、男達(女性も何人か混じっていた)の声がユニゾンする。
野球部、サッカー部、陸上部、バスケ部、バレー部、テニス部、水泳部、相撲部、プロレス同好会等の体育会系。
演劇部、吹奏楽部、茶道部、華道部、写真部、天文部、化学部、生物部、お料理クラブ等の文化系。
校内のほとんど全ての部活、クラブ、同好会が3人を取り囲んでいた。

これに対する3人の反応は、

「・・・ふ〜ん」

平然と周囲を見回すユイ。

「こ、怖いよ、お姉ちゃん」

思わずユイの腕にしがみ付くルイ。

「な、何よ、アンタ達!?」

一歩引きながらも喚くキョウコ。

しかし、三人の反応などおかまいなく包囲の輪はじわじわと縮まってきていた。
ユイとキョウコは死角ができないように背中合わせに立ち、周囲に目を配る。
一瞬でも隙をみせればどうなるかわからない。
ただの部活の勧誘ならば適当にあしらっていればいいのだが、この状態はきわめて危険だ。
そう判断したキョウコが双子の姉妹に声をかけた。

「・・・どうやら強行突破するしかないみたいね」

「そうね」

キョウコの言葉にユイが答える。ルイはユイの腕にしがみついたまま何も言わなかったが、二人の考えに異を唱える気はないらしい。

「じゃ、2時方向、OK?」

「了解」

「Gehen!!」

キョウコの言葉を合図に3人は包囲網の一角に突撃した。キョウコが指示した方向、ちょうど文化系のクラブが集中し
ていたポイントだ。
キョウコが突き飛ばし、ユイが押しのけ、そしてルイは体当たりするようにして3人は無事包囲網を突破した。

後には無理に3人を追いかけようとしたがもつれて将棋倒しになった人の山が残されていた。



「あ〜もう、何なのよ、あいつら!!」

無事脱出できたはいいがキョウコはかなり不機嫌だった。脱出方向は学食とは正反対の方向であり、学食に行くには
先ほどの連中の間を再び抜けていかなければならない。
つまり昼食を食べに戻ることは事実上不可能になってしまったからだ。

「私達を自分の部活に入れたかったんでしょ。私達ほどの美少女なんてそうはいないでしょうから」

平然とそう言ってのけたのはユイ。キョウコももちろん自分の容姿に自信はあったが、ユイほど平然と言葉にするのは
躊躇われた。もっとも、ユイの場合は別に自慢しているとか言うわけではなく、冷静かつ客観的に分析した結果を口に
しているだけなのだが。

「でもでも、相撲部とかいたよぉ」

それまで、おどおどと周囲をうかがっていたルイが口をはさんだ。どうやら追っ手はかかっていないと知って落ち着いて
きたらしい。

「ったく、何考えてんのかしら!?」

「何も考えてないんでしょう」

憤然とするキョウコと平然と結構きついことを言うユイ。

「でも、これで部活とか入りにくくなったわね」

「確かにそうね」

3人とも特にやりたいクラブ活動とかがあったわけでもないが、帰宅部というのも何か寂しいものがある。
面白そうなところがあれば入りたいとは思っていたのだ。

「あんな連中じゃなくてもっとマシな奴がいる所ってないのかしら?」

そう言って、キョウコは周囲を見回した。

中心部に比べればまばらになってはいるが、まだ部活勧誘のためのテントがいくつ立っている。
しかし、そこには誰もいなかった。先ほどの人の山に埋もれているのでなければ勧誘もせずに昼食でも食べに行って
いるのだろう。

「こんな隅っこのほうで勧誘しているような部活にやる気のあるところなんかあるわけないか」

キョウコの呟きにユイが答えた。

「あそこに誰かいるわよ」

ユイが指差したところ。そこにあったのは長机一つ。そこに一人の男が座っており、その脇には女性が一人立ってい
た。そして、机の脚には一本の竿が括りつけられておりその竿の先では何やら旗らしき物がはためいていた。

「何か妙な雰囲気だねぇ〜」

ルイの言う通り、そこからというかその男から漂ってくる雰囲気はなにか禍禍しいというか、近寄りがたいものだった。
普通の人間にとっては。そう、普通の感性の人間には。
しかし、ここには普通とは違う感性の持ち主がいた。

「何か面白そうじゃない?行ってみましょ!!」

それまで常に冷静だったユイの昂奮した声がルイとキョウコの鼓膜に響いた。

そう、碇ユイという少女は「怪しげな雰囲気」というものが大好きだった。
しかもそれを「怪しい」とは認識していないのだから困ったものである。
ユイ曰く、

『なんで、キョウコもルイもあの楽しそうな雰囲気を「怪しげ」なんて言うのかしら?(マジ)』

だそうだ。

(・・・やっぱり)
(またか・・・)

ユイの性癖を知るルイとキョウコの内心の嘆きにも気付かず、二人の手首を掴むとユイはそちらに向かって半ば走る
ようにして近づいていった。近づくにつれてディテールが見えてくる。
旗にはイチジクの葉の図案とNERVの文字。
そしてその下に孤を描くように書かれた文字”GOD'S IN HIS HEAVEN. ALL'S RIGHT WITH THE WORLD.”

「神は天に在りて世は全てこともなし、か。何か怪しい宗教団体の文句みたいね」

それを読んだキョウコが呟く。一方、ルイはというと、

「キョウコちゃ〜ん、何かあの人達怖いよぉ」

涙声でキョウコに訴えかける。その声にキョウコは旗から男の方に視線を移し――、次の瞬間キョウコの頬が引きつっ
た。

黒い詰襟の服を着て、顔の前で組んだ手はなぜか白い手袋に包まれている。濃いグラサンで隠された目元は良くわ
からないが、眉間にはタテジワが刻まれその顔立ちはどう見ても善人にはみえない。
その斜め後ろに立つ女性も美人ではあるがなにか不機嫌そうな顔といい、近寄りがたい雰囲気がある。

さて、その女性、赤木ナオコは身じろぎ一つせずにゲンドウの斜め後ろに立ってはいたが頭の中では、

私はこんなところで一体何をしているのかしら?

と、ボヤくことしきりであった。
そもそも、1年前の新歓コンパでゲンドウと知り合ったのが全ての誤りの始まりだった。
どういう経緯かまったく記憶にないのだが翌朝目が覚めるとゲンドウと同じベッドに全裸で寝ておりズルズルと今まで
関係が続いている。今回の同好会設立にしても、ナオコとしてはそんな同好会に参加したくなかったのだが、

『参加するのが嫌ならば帰れ!!』

とゲンドウに言われ、本当ならば分かれるチャンスであるはずなのに、同好会に加わることになってしまった。
こうして誕生した同好会「ネルフ」ではあったが、部員はゲンドウとナオコの二人だけ。
六分儀ゲンドウという男はその素行の悪さから学園内でも有数の有名人であり、そのゲンドウが立ち上げた同好会に
参加する者などいるわけがない。後は新入生を捕まえて入部させるしかない。そのために今日こうしてここに立ってい
るのだが・・・。
やはりここでもゲンドウのどう贔屓目に見ても善人には見えない風貌が問題となっていた。
しかもわざわざサングラスまでしていては怪しさ大爆発だ。
もともと、部活勧誘の列の一番端に位置し、人通りも多くはない。
たまに通りかかる学生も明らかにゲンドウとナオコを避けるようにできるだけ二人から離れたところを足早に通り抜け
ていく。

私も帰ろうかしら・・・。

ナオコがそんなことを考え始めたとき、

「ここも部活の勧誘してるんですよね!?」

弾むような明るい声。
その声にナオコが視線を動かすとそこに立っていたのは美少女が1、2、3人。
もっとも、やる気を出しているのは真ん中の一人だけで後の二人はできれば逃げ出したいと考えていることは明らか
だった。

「そうだ」

少女の問いにゲンドウが答えるまでに随分間があったようにナオコには感じられた。

さすがのゲンドウさんもこんな美少女に声をかけられるとは思っていなかったようね・・・。

ナオコがそんなことを考えているとは知らないゲンドウは冷静さを取り戻し、

「入部したいのかね?」

とその少女、ユイに尋ねた。
自分を引き込んだときの『嫌ならば帰れ!!』とは全然違うゲンドウのやさしい言葉。
ナオコの機嫌は一気に悪くなった。

「いや、入部するしないの前にさ、何やってるクラブなのか教えてくれない?」

キョウコの不機嫌な声にゲンドウがいつもの口調で答える。

「うむ、我が同好会はその名を「ネルフ」という」

「・・・」

「・・・」

「・・・(ーー♯」

「・・・」

「だから、何をやる同好会なのかって訊いてんのよ!!」

同好会の名前だけ言って口を閉ざしたゲンドウにキョウコがキレた。

「フッ」

「あんた、ふざけてんの〜!!!」

口をゆがめて笑うだけのゲンドウにキョウコはますます怒る。

そ、そういえば何をやるための同好会なのか私も知らないわ・・・。

今までそのことに気付かなかった自分のマヌケさにナオコは大きなショックを受けた。

「まあまあ、キョウコちゃん。そういうことは入部した後でゆっくり聞けばいいじゃない」

そう言ってキョウコをなだめようとしたユイだったが・・・。

「ユイ〜?あんたねぇ、こんなわけわかんない怪しげな組織にどうして入る気になれるのよ〜!?」

「わたし、怖い」

キレたキョウコと泣き出しそうなルイの言葉にもユイは首を傾げただけだった。

「何怒ってるのキョウコ?こんな楽しそうなところ入らなきゃ損よ。・・・というわけで私達3人入部しますね」

ユイの言葉の後半はゲンドウに向けてのものだ。

「フッ。問題ない」

「問題は大有りよ〜!!」

こうして大騒ぎになれば自然と周囲の注目を集めるわけで。

「おい、あの女の子達、あの同好会に入るらしいぜ」

「あの娘達と一緒なら俺も入ろうかな」

「バカ。あの会長見ろよ。俺、あんな奴とお近づきにはなりたくないぜ」

「ああ、確かにそうだな」

周囲ではヒソヒソとそんな会話が交わされていたが、キョウコはそんなことなど気付きもせずに喚いていた。

「だから〜、あんた何考えてるのよ!?」

キョウコがそんなふうにユイに噛み付いていると、

「お、なんかどえりゃあかわいい女の子が3人もおるがね〜」

突然後ろから聞こえてきた声にキョウコ達3人が振り返る。
そこに立っていたのは金髪碧眼の男だった。
いささかたれ目気味ではあるが美形といっていい白人の男だ。
しかし、3人の顔を代わる代わる見る彼の口から出てくる言葉は、

「あんたら、この同好会に入りゃあすのかね?それなら俺も入らせてもらうでよ」

聞きなれない訛りの言葉だった。

「関西弁?」

思わずそう呟いたルイの言葉にその男は突然不機嫌になってボソリと答えた。

「名古屋弁だがね」

どうやら関西人と同一視されるのは嫌らしい。

「名古屋弁だろうとホカ弁だろうと関係ないわよ!何よあんた!?」

男の容姿と言葉使いのギャップに呆然となっていたキョウコがようやく我に返って詰め寄る。

「何って、今年ここの高等部に入学した学生だがね〜。見てわからんかね?」

「そんなこと言ってるんじゃなくて!!」

「ああ、名前なら、ミハエル・フォン・ラングレーっていうんやわ」

「別に名前なんか訊いてないわよ!」

「ああ、ここにおる理由かね。さっきも言ったがね。あんたらがここに入部するんやったら俺も入れてもらうつもりなんや
 わ」

「何でアタシたちが入ったら、なのよ!?」

「もちろん、あんたがかわいいからやがね」

「!? ☆※◎○×※◎☆!!」

面と向かってカワイイと言われてキョウコは真っ赤になって何か言おうとするが、意味をなす言葉にならない。
完全にパニクっているキョウコを見かねてかユイが口をはさんだ。

「じゃ、これからは同じ同好会の仲間ですね。よろしくお願いします」

「ああ、こっちこそよろしく頼むわ」

にこやかに挨拶を交わすユイとミハエルのセリフを聞いたキョウコが喚いた。

「ちょっと、ユイ!アタシはこんなところ入るなんて言ってないわよ!!」

「それじゃ、キョウコは入らないの?」

小首をかしげて尋ねてくるユイにキョウコが答えようとしたとき、誰かが後ろからキョウコの服を引っ張った。
振り返ったキョウコが見たのはウルウルと目を潤ませているルイだった。

「キョウコちゃ〜ん。一緒に入ってくれないの?」

おそらくルイもこんな怪しげな同好会など入りたくはないのだろう。
しかし、ルイにはユイと違う部活に入るという選択肢は初めからなかった。
ユイが入るというならどんな部活だろうと同好会だろうといっしょに入るつもりだったのだ。
しかし、顔の前で手を組んだままほとんどしゃべらない凶悪そうな男や妙なイントネーションでしゃべる怪しい外国人の
いる同好会には入りたくはない。入らざるを得ないならせめて普通に話せる友達もいてほしい。
長い付き合いでルイの考えていることはキョウコにもわかる。

「・・・しかたないわね。ルイをほっとくわけにも行かないし」

「やっぱり入るんじゃん。よろしく頼むわ」

「あんたとなんかよろしくしたくなんかないわよ」

「まあまあ、そんなこと言わんと」

そう言ってミハエルがキョウコの肩に手を置いた。

「馴れ馴れしく触らないで!!」

次の瞬間、ミハエルの体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。

「キョウコちゃん。合気道というのは身を守るためのもので人を傷つけるためのものじゃないのよ?」

ユイが厳しい表情でキョウコをたしなめるが、

「まさに身を守るために使ったんだけど?」

キョウコは倒れたミハエルを睨みつけたままだった。
と、ミハエルが平然と身体を起こした。

「おみゃあさん、結構やるがね。ますます、気に入ったがや」

「チッ」

キョウコはミハエルが平然としていることが気に入らないようだった。
どうやら、彼が上手く受身を取ったことがわかっていたらしい。

一瞬、視線をそらせた後、再びミハエルを睨みつけるキョウコ。
しかし次の瞬間、何かを見つけて、訝しげにその眉をしかめた。
その目は身体を起こしかけたミハエルの背後の空間をみつめていた。
その視線に気付いたミハエルが振り返ってみると、そこには妙に顔が丸い小柄な男が立っていた。

「なんやね、あんたは?」

ミハエルがそう尋ねるとその男は、右手をミハエルの目の前に突き出し、指をカギ状に曲げながら後ろに引いて見せ
た。

「がちょ〜〜ん」

「「「は???」」」

その場にいる全員が呆然としている間にその男が、自己紹介を始める。

「僕はね、鈴谷ケイって言うんだな」

「今年、大学に入ったんだけど、何か部活をやろうと思っていたんだな」

「でも、運動は全然駄目だし、普通の文科系の部活もあまり入る気がしなかったんだな」

「そしたら、何か面白そうなことをやってる人達がいたんでここに来てみたんだな」

「僕もこのネルフとかいう同好会に入れてほしいんだな」

瞬きを繰り返しながらそこまで言ったところで鈴谷はようやく自分を包む白々とした空気に気付いた。

「おや?・・・お呼びでない。・・・お呼びでない。・・・お呼びで、ない。こりゃまた失礼しました」

ハラホロヒレハレ、ハラホロヒレハレ、ハラホロヒレハレ、ハラホロヒレハレ。

鈴谷のボケぶりに思わずゲンドウまでも踊りだしてしまうのだった。





気を取り直した一同はネルフに割り当てられた部室に移った。
とりあえず、全員が適当に椅子に座ったところでゲンドウがおもむろにコーヒー豆を挽き始めた。
ナオコがため息を一つついて人数分のコーヒーカップを持ってくる。
新入部員が呆然と見詰める中、ゲンドウは無言でコーヒーを入れると、やはり無言でコーヒーカップをみんなの前に置
いていく。

「い、いただきます」

張り詰めた空気に絶えられなくなったルイがそう言ってカップを持つ。
その声に我に返ったみんながそれぞれのカップを手に取るとコーヒーを飲み始めた。

「・・・おいしい」
「うそ、こんなおいしいの初めて」
「どえりゃあ、うまいがね」
「いや〜、たいしたものですな」

「うむ」

感嘆の声にゲンドウが満足そうに頷く。

よかったわ。『飲め。飲まないなら帰れ』とか言い出さなくて。

ナオコ一人が安堵の溜息を漏らしていた。

「それでは自己紹介でもして貰いましょうか。あ、それと、これから廻す紙に名前と連絡先を書いてくださいね」

例によって何も話そうとしないゲンドウに変わってナオコがその場を仕切る。

「その前に、私達から自己紹介しておくわ。この人が同好会ネルフの会長の六分儀ゲンドウさん。大学の2年生ね。
 で、私は赤木ナオコ。私も大学の2年生。ゲンドウさんとは同じゼミです。
 それでは、こちらから順に自己紹介してくれるかしら」

ナオコから指名されたミハエルが立ち上がった。

「え〜、ミハエル・フォン・ラングレーです。
 見てのとおりドイツの生まれやけど小さいころから名古屋に住んどったんで日本語も普通に話せます」

普通に?

キョウコは心の中でそう呟いた。

「それじゃ、次は僕ですね。僕は鈴谷ケイっていうんだな。今年、大学に入ったばかりです。
 まあ、何のとりえもない男ですがよろしく」

あいかわらず瞬きを繰り返している。

「碇ユイです。今年中学に入学しました。ルイとは双子の姉妹です」

「い、碇ルイです。よろしくお願いしますぅ」

ルイはそう言ってぺこりと頭を下げた。

「最後はアタシね。惣流・キョウコ・ツェッペリンよ。
 このきれいなブロンドの髪と白い肌を見てもらえばわかると思うけど日本人とドイツ人のハーフよ。
 ユイとルイとは小学校からの幼馴染ね」

キョウコの自己紹介が終わるのを待ってナオコは立ち上がると一同を見回した。

「それじゃ、何か質問はあるかしら?あ、質問される前に言っておくけど、参加メンバーはここにいるので全部よ。
 この同好会は2月に設立したばかりなの。昨日までゲンドウさんと私の二人しかいなかったわけね」

「は〜い、質問」

そう言って手を挙げたのはキョウコだった。

「さっきも質問したんだけど、何をやるのが目的なの?」

「むっ」

ナオコにはゲンドウが何をやりたくて同好会を創ったのかわからない。
ゲンドウは一言うなっただけで答えようとしない。というか、創るのが目的であって設立後何をやるかなどまったく考え
ていなかったのだ。

ゆっくりと秒針が一回りした。

「・・・もしかして、目的なんか考えとらんかったってことかね?」

そういうミハエルの声にもどこか呆れているような調子があった。
困ったゲンドウとナオコ(ゲンドウが困っているかどうかは定かでないが)に助け舟を出したのは鈴谷だった。

「それなら、今ここで目的を決めるってのどうでしょうか?」

「は〜い♪それならいい案があります!」

そう言って元気よく手を挙げたのはユイだった。
キョウコは嫌な予感がした。普段物静かというかおだやかなユイだがテンションが妙に高いときには突拍子もないこと
を口走る。

「なにかしら?」

藁にもすがる思いでナオコが尋ねる。

「もちろん、世界征服です!!」

ググッと握りこぶしに力を込めてユイはそう断言した。

・・・なにが、「もちろん」なのかしら?

なかなか、ユニークな発想をするお嬢さんですな(やがね)。

お姉ちゃん(ユイ)らしい発想だわ。

「面白い」

みんなが呆れている中、ゲンドウだけがユイの言葉に賛意を示した。

「あ、あの、ゲンドウさん?」

「ちょっと、マジ?」

ナオコやキョウコが反対しようとするが、

「ふ、問題ない」

ゲンドウのその一言で同好会ネルフの活動目的は「世界征服」になったのだった。





「やれやれ、ユイ〜、あんた何考えてんのよ?」

学校からの帰り道、キョウコがユイに問いかける。
怒っているというよりは呆れているといった口調だ。

「目的は大きい方がいいから」

「そういう問題じゃないと思うんだけど」

「決まったことだから仕方ないよ、キョウコちゃん。それに実際そんなことやれるわけないし」

まあ、確かにルイの言う通りだけどね・・・。

とりあえず、そう考えることで無理やり自分自身を納得させるキョウコだった。

「同好会ネルフも事実上今日から活動が始まったわけね、世界征服に向けて」

そんなに世界征服したいの、お姉ちゃん?

ルイもユイの言葉に呆れてしまっていた。しかし、気を取り直すように前向きの発言をする。

「まあ、面白い人が集まってるのは確かだよね。8人も集まれば何かできそうだよ」

「8人?」

キョウコはルイの言葉に首を傾げた。ネルフのメンバーといえば、

碇ゲンドウ
赤木ナオコ
鈴谷ケイ
ミハエル・フォン・ラングレー
碇ユイ
碇ルイ
惣流・キョウコ・ツェッペリン

の7人のはず。

ま、ルイが数え間違えたんでしょ。

この時キョウコはルイの勘違いと思ってこの人数のことを大して気にしていなかった。

いや、その件に関してはナオコもそしてゲンドウでさえも気付いていなかったことがある。
ルイ達が名前を書いた紙の裏には誰も知らないうちに8人目の名前が書かれていたのだ。
そこには目を凝らさないと見えないような小さい字で、

高等部2年 綾波ユウ (男)

と書かれていた。







続く?





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後書き

どーも、たっち―です。
エヴァ学園は大騒ぎ!の外伝を書いてみました。それも同好会ネルフ設立時の話です。
もちろん、アスカさんもマナちゃんもレイちゃんもシンジ君も出てきません。
出て来るのはその親の世代です。主人公はゲンドウ・・・のはずだったんですけど。
本編にはまだ登場していない人物も何人か出ていますが、機会があれば彼らも本編に顔を出すでしょう。
しかし、アスカのパパ。ちょっと設定に問題あったかなあ。いきなりキョウコさんとの仲が険悪になってるし。
方言をしゃべる外国人というコンセプトは最初からあったんだけど・・・。妙に軽い性格になってしまいました。
そうそう、一応お断りしておきますが、作者は一応名古屋語圏の生まれです。
しかし、かなり関西よりの位置に居住していたので名古屋弁と関西弁のミックスになっているところがあるかも知れま
せん。その辺はご容赦ください。
あと、非常に古いギャグを使ってしまいましたがわかる人少ないだろうな〜。
この外伝もいずれ続編を書くことがあるかもしれません。
このままキョウコさんとミハエルの仲が悪いとアスカさんが生まれないことになってしまうので(^^;

それでは。

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マナ:ど、どうして? どうして、みんな入部しちゃうの?

アスカ:アタシなら、あの凶悪な顔があった時点でパスだわ。

マナ:前からずっと思ってたけど、ユイさんって趣味が変!

アスカ:そっちより、ちょっとパパの昔の姿が・・・チョックかも。

マナ:キョウコさんとは、なんだか似てるわよ?

アスカ:そりゃ、ママだもん。

マナ:輪をかけて、綾波ユウって人・・・怪しいわよ?

アスカ:アタシ達の親って、怪しい人間の集まりだったのね。(ーー;
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