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エヴァ学園は大騒ぎ!
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BY たっちー



11時間目 「球技大会で一騒ぎ(後編)」







アスカ×マナ、シンジ×ムサシの対決の前日



球技大会でのペアを決める勝負まで2日間、シンジは練習らしい練習ができなかった。
ムサシがトウジ並には運動を得意としていることはこの2ヶ月の間の体育の授業などでわかっている。自分か
ら名乗り出るということはもちろんテニスも得意だろう。ただでさえ、シンジの勝ち目が薄いのに練習できなか
ったのだ。しかし、シンジとしては負けること自体はさほど気にしていなかった。もともとテニスで球技大会に出
たかったわけでもない。そもそも、運動というもの自体苦手という程ではないがそれほど好きなわけでもない。
ただ、自分とペアになって出場することを願っていたマナとアスカには申し訳ないと思っていた。

そんなことを考えていて少し重い足どりでシンジは同好会「ネルフ」の部室に向かった。

部室のドアを開けたシンジ達の鼻に香ばしい香りが漂ってきた。部室の奥には簡単なキッチンのセットがあり、
これまでにもマヤが料理を作っていることがあった。もちろん、泊り込みでなにやら実験しているリツコのためだ。
その他にも青葉が金欠になったときにカップラーメンなどを作ったりするのにも利用していた。

今日もマヤさんが何か作ってるのかな?

一瞬そう考えたシンジだったが、すぐその考えを否定した。
漂ってくる香り――カレーの匂いの中に何故か危険なものを感じたからだ。

部室の中には一足先に来ていたケンスケが一人、複雑な表情をして座っていた。他には誰もいない。

「おー、やっときたな」

入り口のところで中を見回しているシンジ達にケンスケが片手を上げて声をかけた。

「うん。今日は日向さんたちまだ来てないの?」

「いや、いたんだけどな。ミサトさんが料理をはじめた途端、『バイトが・・・』とか言って3人とも出て行っ たよ。
 リツコさんだけは研究室の方が忙しいのか、今日は来てないけど」

ケンスケの言葉にシンジは半分だけ納得した。
ミサトの料理。
かなり、ひどい味だとの噂は聞いていた。しかし、逃げ出すほど不味いのだろうか?
噂を聞いただけで実際に食べたことのないシンジやマナはそんなふうに思っていた。
納得できなかった残り半分は、「教育実習生がさっさと部室に来てカレーなんか作っていていいのだろうか?」
という疑問だ。
なお、アスカはミサトの料理に関する噂をこのとき初めて聞いたのだが、

「確かに料理が上手なようには見えないわね」

そんなちょっと失礼な感想を漏らしただけだった。シンジ達ほどもミサトの料理を脅威と感じなかったらしい。

ケンスケが言うには、「明日、勝負する3人にがんばってもらうため」に作っているのだそうで、それを聞いて
はシンジ達も逃げるわけには行かなくなった。まあ、カレーだし、ちょっと匂いに嫌な感じはあるけど食べれな
いほどではないだろう、というわけだ。
しかし、その認識が甘かったことをシンジ達は直後に思い知らされることになる。
と、待つほども無く、

「あら、3人とも来たのねん」

部室の奥から出てきたミサトがシンジ達三人の姿を見かけて、にっこりと笑顔を浮かべた。

「3人には、特にシンちゃんには明日は我が同好会のためにも頑張ってもらわなきゃ」

ミサトのその言葉にシンジは曖昧な笑みを浮かべただけだった。
マナやアスカが自分に期待しているものとは違う、ある意味邪な目的のためのもののように感じたからだ。
もっとも、アスカやマナがシンジを応援しているのも純粋なものとは言い難いような気がするのだが・・・。

「ちょっち待っててねん。もう少し煮込まないといけないから」

そう言ってミサトはキッチンの方に戻っていった。鍋の様子を見にいったわけではない。実はシンジをドーピン
グするためにリツコから入手した薬をカレーに投入しにいったのだった。



やがて、カレーもできあがり。

目の前に置かれたカレーを見てマナは思わず唾を飲み込んだ。食欲を刺激されたから、ではない。
キッチンから匂ってきていた「危険な匂い」が目の前に置かれたカレーからその数十倍の勢いで鼻腔に流れ込ん
できたのだ。

・・・大丈夫、大丈夫。この前失敗したアレよりはマシなはずよ。

マナは自分にそう言い聞かせた。一人暮らしを始めて約2ヶ月。家事はそれなりにできるつもりだが新しい料理
に挑戦して失敗することもたまにはある。当然、その始末は自分でつけるしかないで、独り涙を流しながら失敗
作を食べたこともこれまでに何度かあった。
ミサトの表情を見ると作り損ねたという感じはない。ならば、自分の「失敗作」よりはマシなはずだ。
そう自分を納得させてマナはカレーをほんのちょっとだけスプーンですくうと口に運んだ。ほぼ同時にシンジ、ア
スカ、ケンスケもスプーンを咥える。そして、

☆◇※△○◎〜〜〜!!!!

言葉にならない悲鳴の四重奏が部室に響き渡った。

こ、これは何!?

とても食べる物とは思えない味。

こ、これは逃げないと死ぬ・・・。

4人とも同じことを考えていた。そして、

「あ、そ、そういえばヒカリとお買い物の約束してたんだっけ!」

真っ先にそう言って立ち上がったのはアスカだった。さらに、

「あんたもいっしょに行く約束だったでしょ!?」

そう言ってマナの腕を掴む。

「え? え、えっ?」

マナが状況を理解できない内に、そしてミサトが口をはさまない内にアスカはマナを引きずるようにして部室
を飛び出していった。マナが最後に見たのは、

「相田二等兵、突貫します!」

とか叫んで悲壮な表情でカレーを掻き込むケンスケと、脱走をあきらめたのか涙を流しながらおずおずとカレ
ーを口に運ぶシンジの姿だった。





「ちょ、ちょっと、いいかげん、手、離してよ!」

マナがようやく我に返ったのは校門を出てからだった。

「ま、ここまでくれば、ミサトも追いかけて来ないでしょ」

そう呟いてアスカも歩調をゆるめた。アスカがミサトの一瞬の隙をついてあの場から脱出した理由はマナにも
わかっていた。あれ以上、あのカレーを食べたら死ぬ。死なないまでも明日のテニスなど絶対無理だ。
しかし、何故、自分も連れ出したのか? マナがその疑問をアスカにぶつけると、

「確かに自分ひとりで逃げ出せば、明日の勝負はあんたに圧勝できたでしょうね。でも、そんな形で勝つのは
 アタシのプライドが許さないのよ。やるからにはあんたにも万全の体調・・・は、もうお互いに無理そうだから
 せめて五分の状態で来てもらわないとね」

という返事が返ってきた。
確かに一口食べただけで、ここまで走ってくるのもかなり辛かった。アスカに手を離すよう言ったのはもう走れ
なかったからでもある。一皿完食でもさせられた日には立ち上がることさえできなくなるかもしれない。明日、
五分の状態で勝負するにはいっしょに逃げるしかなかったわけだ。
しかし、マナは明日の勝負よりもシンジを置いてきたことの方が気になっていた。

「そんなことどうでもいいわよ! シンジ置いてきちゃったじゃない!」

「シンジを連れ出すのは不可能だと判断したからあんただけを引っ張ってきたんじゃない。それとも、何? あ
 んた、これから戻ってシンジを救出する?」

確かにシンジを連れ出すのをミサトが見逃してくれるとは思えない。さらに今戻った場合、再度の脱出はおそら
く不可能だろう。シンジには悪いがせっかく逃げ出せたのだ。今さら、あの部室には戻りたくない。
黙ってしまったマナに対してアスカは自信たっぷりにこう言い切ってみせた。

「ま、シンジなら大丈夫よ。昔から、最後にはなんとかする奴だから」





翌朝、つまりは決戦の土曜日

「おはよ〜ございま〜す」

マナはシンジを迎えに喫茶店「六分儀」にやってきた。

「あら、マナちゃん、おはよう。ごめんなさいね、シンジ、まだ寝てるのよ。・・・どうしたの、マナちゃん?
 顔色悪いわよ」

「え? ええ、ちょっと」

出迎えてくれたユイの質問にマナは言葉を濁した。顔色が悪い原因はわかっている。昨日食べたミサトのカレー
のせいだ。

一口だけ食べて逃げ出してきたもののその「一口」でこの体調だ。
腹痛は思っていたほどではなかったが、倦怠感が酷いし、時々悪寒もする。眩暈もする。

逃げ出せなかったシンジがどうなっているのか。マナが遠回りしてまで「六分儀」に来た理由はそこにあった。と、

「・・・おはようございます、おば様」

マナの後ろから幽鬼のような声がした。マナが振り返ってみるとそこにいたのは案の定、アスカだ。

「おはよう。アスカちゃんもシンジを迎えにきてくれたの? こんなかわいい女の子二人に迎えに来てもらえるな
 んて、シンジも幸せ者ね。・・・・・・でも、大丈夫? 二人とも顔色悪いわよ?」

ユイの言葉に思わず、顔を見合わせるアスカとマナ。

マナ(アスカ)の方がアタシより顔色がよさそうね・・・。

自分の体調が分かっている二人は相手の方が自分よりは調子がいいように見えてならなかった。

あれを食べて平気だなんてどういう胃袋してんのかしら・・・。

もはやお互いに相手を人間扱いしていなかったりする。
黙って睨みあいを始めたそんな二人の様子に気付いているのか、いないのか、ユイが割って入った。

「そうそう、シンジだったわね。悪いけど、二人で起こしてきてくれる?」



「シンジ〜、おはよ♪」

「起きなさいよ、バカシンジ!」

シンジの部屋の戸を開けると同時に二人がそう声をかけた。
しかし、シンジからの反応がない。布団から顔を出そうとさえしない。

「どうしたの、シンジ?」

そう言ってマナが布団の中のシンジの顔を覗き込んだ。
シンジはそんなマナに気づいた様子も見せず、脂汗を流してうなっていた。

「!? 大変! き、救急車!」

そう叫んで飛び出そうとするマナの手首をアスカが掴んだ。

「ちょっと待った!」

「何が『ちょっと待った』よ!? とりあえずお医者さんに連れて行かないと!」

そう言って睨むマナにアスカは真剣な目つきでこう言った。

「で、『勝てそうにないからシンジは逃げ出した』ってクラスの連中に言わせたいわけ?」

「え?」

一瞬、アスカの言っている意味がわからなかったマナだったが、その意味を悟ると憤然と食ってかかった。

「言いたい事はわかるけど、今はそれどころじゃないでしょう!?」

最初からシンジの勝ち目が薄い勝負だ。ここで体調不良を訴えたりすれば、「戦って負けるのがいやで仮病を
使った」と口さがない奴に言われかねない。しかし、今のシンジの状態はそんなことを気にしているレベルでは
ないようにマナには思えた。しかし、アスカの認識はマナとは違っていた。

「アタシはシンジの名誉のために言ってるのよ!」

「わたしはシンジの身体のことを気にして言ってるんです!」

当のシンジのことを忘れたかのようにその枕もとで言い争いを始めるアスカとマナ。

「・・・もういいよ」

ほとんど意識が無いように見えたシンジがそう言って二人の争いを止めた。そして、

「悔しいけど、僕は男なんだな。逃げ出すわけには行かないよ」

と、苦笑さえ浮かべてどこかで聞いたようなカッコをつけたセリフを吐き、ゆっくりと起き上がった。

「は?」

「へ?」

およそシンジが発するとは思えないそのカッコつけのセリフにマナとアスカの二人は呆然となった。

もしかして、ミサトカレーの毒が脳にまで廻ってる!?

しばらくして再起動を果たした二人はどこかうつろな表情でお互いの顔に視線を向けた。

「ちょ、ちょっと。やっぱり止めた方がいいんじゃない?」

「・・・アタシもそう思ったところ」

「・・・・・・あれ? シンジは?」

マナが周囲を見回すとすでにシンジの姿は無かった。
どうやら、二人が呆然自失になっている間にシンジは着替えて学校に向かってしまったらしい。

「「大変! 追いかけないと!」」

そう叫ぶと二人はシンジの部屋を飛び出した。







「それでは、霧島対惣流の試合を始めよ、思います〜」

審判役を仰せつかったトウジが試合の開始を宣言した。
結局、アスカとマナはシンジに追いつくことができず、さらに学校に着くなりミサトに、

「二人とも何やってたのよ? すぐに試合、始めるわよん」

と急かされたため、シンジの状態を確認することも出来ずにコートに立つことになってしまった。
そんな二人はトウジがルールを説明している間もシンジの様子が気になって仕方ないわけで。
チラッ、チラッとシンジの様子を窺うが、シンジは俯いたまま微動だにしない。
近くによってみれば、

「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ・・・」

と虚ろな目をして呟いているのがわかっただろう。

「・・・・・・勝負は1セット取った方の勝ちや。最初は霧島のサービスゲームやったな」

トウジのその言葉に二人は我に帰った。

今はシンジのことより、目の前のこの女に勝つこと!

一瞬、アスカとマナの間に火花が散り、二人はそれぞれのコートに散った。

「ほな、始め」

何とも気の抜けるトウジの声とともにマナはトスアップすると、きれいなフォームでサーブを放った。
ボールはサービスラインぎりぎりに飛んでいく。アスカのラケットはわずかに届かず、サービスエースでマナが
先行。

「・・・思ってたよりやるじゃないの」

わずかに笑みさえ浮かべてそう呟くアスカ。
しかし、表面的には冷静を装いながらも内心かなり驚いていた。
サーブの時のフォームといい、球の速さといい、明らかに素人ではない。

・・・これはちょっと、厄介かもね。でも、アタシは負けないわよ!

そして、マナが2本目のサーブを放った。



数十分後

勝負は一進一退の攻防を繰り返していた。
ミサトカレーの影響でお互い体のキレは今一なのだが、それでも高レベルの勝負をしていることは間違いない。

アスカが積極的に前に出てボレーを繰り出すのに対して、マナはベースライン上を移動して長いストロークで応
戦する。

お互い1ゲームずつをブレイクし、ここまでのゲームカウントは5−4でマナが1ゲームリード。
マナの先攻で始まったから事実上、互角の勝負だ。
ここでマナがアスカのサービスゲームをブレイクすればマナの勝ちだ。
現在このゲームのカウントは40−30でアスカがリード。アスカとしてはここでポイントを取ってこのゲームを取り、
ゲームカウントを五分にしておきたいところだ。しかし、

「もらった!」

アスカの打ったボレーが決まるかと思われたのだが、必死で追いかけたマナのラケットがかろうじて届き、そのボ
ールを掬い上げた。そして、前に出ていたアスカの後ろへとフラフラ飛んでいく。

「チッ!」

そのボールを追おうと身体を捻った瞬間、アスカの左足首に激痛が走った。それでもかろうじてボールを打ち返
すことはできたが、ボールはあさっての方向に飛んでいき、カウントは40−40のデュース。そして、アスカは足
首を押さえてうずくまった。

「アスカ、大丈夫!?」

ヒカリやトウジがあわててアスカに駆け寄る。マナもすぐ傍まで近寄っては来なかったがネットのところまで来て
心配そうに見ている。

「問題ないわよ、これくらい!」

アスカはそう強がってみせたが、足首は見る見る赤く腫れあがっていく。

「これは駄目ね。アスカ、保健室に行きなさい。保険の先生、いるはずだから」

そう宣告したのはミサト。

「でも・・・!」

「その足でどうしようっていうの? おとなしく、保健室に行きなさい」

厳しい表情でそこまで言われてはアスカとしても受け入れるしかなかった。

「・・・・・・ということはアスカの棄権でアスカの負けですか?」

「そうなるわね」

ヒカリの問いにミサトが淡々と答える。
その言葉にアスカの肩がピクッと反応したが、結局アスカは何も言わずに保健委員の肩を借りて保健室に向か
った。



約10分後、足首に包帯を巻いたアスカもテニスコートに戻ってきた。どうやら、軽い捻挫ですんだらしい。
球技大会本番までに直るかどうかは微妙なところだ、というのが保健の先生の診断だった。
そして、いよいよシンジとムサシの勝負が行なわれようとしていた。


「・・・そういえば、相田君はどうしたの?」

ふと、辺りを見回したマナは隣に座っているヒカリに尋ねた。
さっきまではアスカとの勝負のことしか頭になく、またアスカの怪我の状態が気になっていたのだが、勝負は決
着がつき、アスカの怪我も思ったより軽かったことで多少は余裕が出来たらしい。

「私はよく知らないんだけど、昨日、鈴原のところに電話がかかってきたらしいわ。『体調が悪いから明日は行け
 そうにない』って」

ミサトカレーにやられたのね・・・。

マナとアスカ(ヒカリを挟んで反対側に座っていた)はヒカリの言葉から正確にケンスケに起こった事態を推測で
きた。しかし、そうなるとケンスケと同じくらいはカレーを食べさせられたはずのシンジはどうなのか。
心配そうな視線をアスカとマナがシンジに向ける。
シンジは相変わらず俯き加減ではあるが、足取りは普通に見えなくも無い。

もしかしたら、脳に廻った毒で感覚が麻痺してるのかしら?

アスカは自分でも冗談としか思えない推測を立てていたが、それが事実に限りなく近いとはさすがにわからなか
った。

どうせなら、この勝負が終わるまでその状態が続いてほしい。

アスカはそんなある意味危険なことを願っていたが、神様はそんなにやさしくはないらしく。
トウジがルールを説明しているときに急にシンジがキョロキョロと周囲を見回しだした。

「・・・ここは、学校のテニスコート?」

どうやら試合開始直前になって正気に戻ってしまったらしい。
そして、それは同時に自らの体調にも気付くことを意味するわけで。
意識の回復の直後に襲ってきた強烈な倦怠感にシンジは思わず膝をつきそうになった。
しかし、ここまできて今さら逃げ出すこともできない。
そして、試合が始まった。

勝負は初めから見えていたと言ってよかった。
もともとシンジの運動神経はムサシに劣る上に、思うように体が動くわけでもない。それでもシンジは必死でボー
ルを追いかけるが、1ポイントも取れないまま、ついにムサシのセットポイントを迎えた。
マナは、

シンジの身体のためにはこのまま負けたほうがいい。

と考え始めていたが、アスカは、

こんなあっさりとシンジが負けるなんて認めないわよ!

と考えていた。ここでシンジが負ければ、球技大会では自分とシンジがペアになれるわけだが、そんなことより
もシンジが負けることのほうが気に入らない。

何かいい手はないかしら?

アスカは必死でシンジの一発逆転の方法を考えていた。

小さいころにシンジは実力以上の力を見せたことがあった。あの時のきっかけは何だったんだろう?
アタシが何か言って・・・。

アスカがその手段を思いつかない内にシンジが力ないサーブを放った。もちろん、それはあっさりとムサシに打
ち返される。シンジは必死に追いかけ、かろうじて届いたラケットで高々と球を打ち上げた。しかし、ムサシはシ
ンジのロブを予想していたのか、素早く下がるとボールが落ちてくるのを待ち構えていた。一方のシンジはすで
に膝からくずれそうになっており、ムサシが打ち返すであろうボールに対応できるようには見えなかった。

アスカは必死にシンジに喝を入れる方法を考えていた。
そして、ムサシがスマッシュを打とうとした瞬間、アスカの頭の中で何かが閃いた。

「シンジ! 負けたらミサトのカレー食べさせるわよ!!」

「シンジ!!」

アスカの叫び、マナの悲鳴、そしてムサシがスマッシュを打つ音が重なった。

次の瞬間、ボールはムサシの頬を掠めるように飛ぶとムサシサイドのベースラインぎりぎりに落ちた。
一瞬の静寂。
何が起こったかはわかっている。シンジがみごとにムサシのスマッシュを打ち返したのだ。
しかし、どう考えても間に合いそうになかったボールをどうやって?

「ふう。ぎりぎり、間に合ったわね」

思わずアスカは額の汗をぬぐった。
ぎりぎりまで追い詰められた時にシンジが見せる限界を超えた力。最終手段、シンジの「暴走」。
幼いころ、いじめられっ子だったシンジが一度だけいじめっ子を返り討ちにしたことがあった。
そのとき、アスカがシンジに放った言葉は、

「シンジ! 負けたら婚約解消よ!」

だったような。その時とは内容がかなり異なるが、シンジの秘められた力を覚醒させるキーワードになったという
点では同じだ。もちろん、暴走を始めた時点でシンジの意識ははじけている。その証拠に目は一点を見詰め、そ
の口は、

「食べちゃ駄目だ、食べちゃ駄目だ、食べちゃ駄目だ、食べちゃ駄目だ、食べちゃ駄目だ、・・・」

と呟きつづけているだけだ。
そして、暴走を始めたシンジにとってムサシは敵ではなかった。
さらに前日に投与されていたリツコの薬の効果も加わって、人間離れしたスピードとパワーでムサシを圧倒する
シンジ。
あと1ポイント取られれば負け、という状態からあっさりと逆転しムサシとシンジの勝負は後半だけ見ればシンジ
の圧勝に終わった。

「え、え〜と、この勝負はシンジの勝ち・・・で、ええんやな?」

審判のトウジは振り返ると妙に自信の無い口調でヒカリに確認した。

「・・・たぶん」

力ない笑みを浮かべて、こちらも自信なげに答えるヒカリ。

「・・・なんなんだ、いったい。何が起こったんだ?」

何が起こったのか理解できず、膝をついてブツブツと呟いているムサシ。

クラスメートのほとんども呆然としている。そんな中、一人大はしゃぎしているのはミサトだった。

「シンちゃん、よくやってくれたわ! お姉さんはうれしいわ〜!」

そう言ってシンジに駆け寄り、思わず抱き締めたりしている。そして、顔に当たる柔らかい感触にシンジはようや
く正気を取り戻した。

「え? ど、どうしたんですか、ミサトさん?」

ムサシがスマッシュを打ったところまでしか、シンジの記憶にはない。あれで自分は負けたはずだが・・・。

「勝ったのよ、シンジ! あんたがね!」

複雑な表情をしたアスカがシンジに結果を伝える。シンジを勝たせることができたのは誇らしいが、その結果、
自分はシンジとペアで出場することはできない。

・・・ま、この足じゃ、どうせ球技大会には出れなさそうだし。

そう、自分を納得させたアスカはくるりとシンジに背を向けて、妙にさばさばした声で言った。

「やれやれ、結局シンジとマナが組むことになっちゃったか。な〜んか無駄な時間を過ごしたような気がするわ。
 ・・・さ、帰ろっかな」

そう言ってアスカはその場を立ち去ろうとする。

「ほやな、帰ろか」

トウジが同意し、他のクラスメートも帰り支度をはじめた時だった。

「ちょっと待って!」

その声にクラスメート全員が振り返った。
声を発したのはマナだ。マナは一瞬アスカを睨みつけると、

「シンジが勝てたのはアスカの一言のおかげ。だから、シンジとはアスカが組めばいいわ」

とそっぽを向きながら一気にそう言った。

「はあ?」

その言葉にアスカの眉が跳ね上がった。

「なに、かっこつけてんのよ! アタシとの勝負に勝ったんだからあんたがシンジとダブルスに出ればいいで
 しょ!?」

「だから、シンジと組む権利を譲るって言ってるのよ!」

「譲られる理由なんかないって言ってんのよ!」

「あ、あの、二人とも・・・」

クラスメートが呆然としている中、一方の当事者とも言うべきシンジが宥めようと間に入ったが、その行動は
完全にやぶ蛇だった。

「「シンジ! どっちを選ぶの!?」」

「アスカと出てあげるんだよね?」

「あんたの彼女はマナでしょうが!」

先日とは逆に相手を押し付けようとしているようなマナとアスカの言葉にシンジは途惑った。

この間と言ってることが逆じゃないか・・・。僕にどうしろって言うんだよ。

どちらの言葉に従ってもろくな結果にはならないようにしか思えない。
あんなことを言っているが、マナを選べば「結局、彼女を選ぶわけね」とかアスカが嫌味を言いそうだし、逆な
らマナが怒るだろう。
だからといってここから逃げ出せば、もっと悪い結果になるような気がする。

逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ、・・・でも、逃げたい。

あるいはそんなシンジの願いが通じたのだろうか? シンジは急に自分の意識が薄れていくのを感じた。
暴走したことで頭も身体も忘れていたミサトカレーの影響がぶり返してきたのだった。

・・・あれ? なんだろう? 何だか目の前が暗く・・・。

そして、シンジはその場にぶっ倒れた。





そうしてシンジは救急車で病院に運ばれ、2日ほど入院することになった。シンジの隣のベッドにはすでに前日
の夜から入院していたケンスケが横たわっていた。シンジが病室に連れて来られた時、彼はこう呟いたと言う。

「・・・・・・ミサトさんのあのカレー完食して、まがいなりにも今まで動けただけでもシンジ、お前は大したもんだよ」





2日後にシンジは退院したが、退院後も自宅で安静にしているよう医者に言われて球技大会に参加することはで
きなかった。アスカはひねった足の状態が良くないため結局応援だけとなり、テニスはマナがムサシとペアを組ん
で出場し、あっさりと優勝した。さらに他の種目でもトウジ、ヒカリにより活躍で上位に入り、1−Aは総合優勝を飾
ったのだが。マナ、アスカ、そしてムサシは素直に喜ぶことが出来ず、一日中ずっと複雑な表情をしていたという。
また、シンジに負けたためか、ムサシがマナに告白することは無かった。
閉会式でトウジが誇らしげにトロフィーを掲げるのを見ながら、彼は小さな声で呟いた。

「まあ、まだチャンスはあるさ。・・・時間はあまりないけどな」







続く

6月6日
その日の喫茶店「六分儀」は異様な熱気に包まれていた
集まってくる妙な大人達
それは数年ぶりに集まった「ネルフ」のOB達だった
ミサトでさえ可愛く見える大人達の暴走ぶりにシンジは困惑する
さらにその日はマナがシンジの家に泊まることになって・・・

12時間目

「OB会は大騒ぎ」

次回は大宴会よん

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後書き

ムサシ「ちょっと待ってくれ。何で俺があっさり負けるんだ?」
レイ 「どうしてわたしの出番が無いの?」
ムサシ「今回はほとんど描写もされてねえし」
レイ 「名前さえ出なかったの」
ムサシ「しかも、最初は一話かぎりのゲストの予定だっただと〜!?」
レイ 「アスカやマナに比べて扱いが悪すぎるわ」
ムサシ「俺はあきらめないぞ! いつか主役をこの手に!」
リツコ「全然、会話がかみ合ってない、というか会話になってすらいないわね。はっきりいって無様だわ」


どーも、たっち―です。
今回はタイトルに偽りあり、です。だって球技大会本番の描写がまったくといっていいほどない(^^;
アスカとマナの全面抗争第1ラウンドはとりあえず引き分け、といったところでしょう。
ムサシ君は刺激剤程度にはなったのでしょうか?
最初はこのエピソード限りのゲストのつもりでしたが、面白そうなので彼にはもう少し登場してもらうことにしました。
さてさてこの先どうなりますやら。
まあ、次回はそれどころじゃなくなるかも知れません。
外伝で大暴れしているOB達(もちろん、シンジ・アスカ・レイの両親含む)が大挙登場しますから(くすくす)
ってそんなたいした事にはならないかもしれませんけどね。

それでは。

ご意見・ご感想をお待ちしております。

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マナ:ミサトカレー、強烈だわ。

アスカ:あんなの食べて試合に出ただけで、凄いことよ。

マナ:毒の方がまだマシね。

アスカ:この天才のアタシが一口食べただけで、アンタなんかに負けるんだもん。

マナ:弱いのを、ミサトカレーのせいにするのね。

アスカ:体調が良かったら、アンタなんか相手じゃないわっ!

マナ:はいはい。でも結局、シンジのことは決着つかずだったわ。

アスカ:いずれアンタとは、決着をつけなくちゃいけないようね。

マナ:次は、ミサトカレーの早食い大会?

アスカ:マジで言ってるの?

マナ:嘘でーす。(^^;
作者"たっちー"様へのメール/小説の感想はこちら。
tachiy@sannet.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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