外からは、雨音が聞こえてくる...

室内には端末の叩く音だけが響いていたが、その音が突如として止まる。

 

シンジはふと作業の手を休めて、右手で目を押さえ窓の外を眺めた...

雨の雫が、小さな水滴となって、窓を流れる...

「夕立か...」

鉛色の空を眺めて、シンジは小さくため息を吐いた。

デスクの上には、冷めたコーヒーと殴り書きされた原稿の山...

そして、小さなフォトフレームが乗っていた...

 

「あの日も...こんな天気だった...」

 

シンジは、引き出しから煙草を取り出すと、口にくわえて火をつけた。

 

Huuuu....

 

吐き出される白い煙...

たなびく紫煙...

煙草からたなびく紫煙は、先に行けば行くほど細くなり、やがて空に消える。

それはまるで、彼の思考を過去へと遡らせるかのように...

 

「其処には...あの頃の僕等がいる...」

 

照れながらも寄り添う二人の少年と少女...

 

 

 

「アスカ...」

 

 

 

シンジは静かに...はっきりと言葉に出して呼びかけた....

 

 

 

 

彼に腕を絡めて、嬉しそうに微笑む少女へ向けて...

 

 


とみゅー Presents....

 

 

Rainyday...Moonlitnight...

 

 

 


 

 

第三新東京市...

旧箱根町仙石原地区を再開発して誕生したこの街に、シンジ達家族が転居してきたのは、西暦2014年の7月の事だった...

首都遷都を10年後に控え、第三新東京市はその規模を徐々に拡張していたが、まだまだ、辺りは山を切り開き整地したばかりの原野が広がっていた。

第三新東京大学で、人工進化研究所に教授として招聘された碇ユイは、その原野に一棟の屋敷を建築して、夫ゲンドウ,一人息子のシンジと共に暮らし始めた。

「シンジ...今度の学校はどう...?」

シンジに味噌汁の入った椀を渡しながら、ユイは一人息子に尋ねた。

「...別に...」

思春期特有の愛想のない返事をしたシンジだったが、暫く考えてから、絞り出すようにしてユイに尋ねた。

「ねぇ、母さん...今度は何時まで居られるの?...」

シンジの不器用な問い掛けに、ユイは優しく微笑んだ。

 

シンジは生まれてから、既に4回の転校を経験している...

友達が出来ても、直ぐに引っ越し...

そう...彼には、親友と呼べる人間が今までに存在したことがなかった。

 

『折角仲良くなっても...直ぐに別れなきゃいけない...こんなに悲しい思いをするくらいなら...僕は友達なんて要らない...』

 

ふとしたことで、ユイはシンジの日記を読んでしまった...

嬉しいことは何一つ書いておらず...寂しい思い...苛められた事ばかりが書き記されていた...

シンジは5歳の時、実験中の事故の影響でメラニン組織を構成する力が2/3に減少してしまっている...

つまり、肌の色は白く、髪の毛と瞳は黒から褐色へと変化してしまったのだ。

国際化...グローバル・スタンダードが叫ばれるようになって久しいが、地方の学校では、その波が十分に届いていなかった...

均一化を求める日本の旧態然とした教育制度の前には、シンジの存在は単なる異分子だったのだ...

異分子の受ける攻撃は、当然排除...

ユイは、静かなる一人息子の状況に胸を痛めた...

ユイとて、生物学を十分に極めた科学者である...

突然変異的存在が、群からどういう扱いを受けるのかは、十分考えられた。

生物は、自らの生態系を守るため集団を形成し、過酷な自然を生き抜いていく...

それが、群だ....

そこに、突然変異の個体が非常に低い確率で発生する...

その個体は他の個体とは異なる色つきをしているとした場合...その個体は、群から追い出されるように攻撃を受ける...

...自分達の出来上がった生態系が、イレギュラーケースによって、浸食されないように...

だからこそ、ドラスティックな進化が、行われることはない...

悠久の時の中で、少しずつ変化...進化...していくものであるとユイは考えた...

そんな、ユイの心痛に比して、事故を引き起こした当事者の夫は、至って暢気なものだった。

「別に、命に拘わる事ではない...問題はない...」

実験中に手を滑らせて、シンジを精製中のLCLがたっぷり入ったケージに落としてしまったゲンドウは、新聞を広げながら、ユイに応える。

彼とて、動揺しなかった訳ではない...

それなりに慌て、どうにかシンジを拾い上げようとしたのだが、何の弾みかケーブルに躓いて転倒してしまい、弾みでスタートボタンを押してしまったのだ...

撹拌を開始するLCL精製器...中にシンジを閉じこめたまま...

緊急停止ボタンを押し、急いでシンジを救助したものの、数日後には、彼の頭髪と瞳は紅茶色に退色していき、肌もさらに白くなっていった...

そして、幾ばくの歳月が流れ、当時の事件がシンジに少なからず悪影響を残している事を知ったユイは、家族が安住できる地を求めて、第三新東京へやってきた。

彼女の友人...惣流キョウコの紹介で...

 

「そうね...今度ばかりは、期間限定じゃないから...かなりの長期戦になるわ...だから、シンジもそのつもりでいて。」

「...うん...」

興味なさそうに呟くシンジではあったが、それでも、シンジが心なしかソワソワしてる事に、ユイは気付いていた。

『友達...出来たのかしら...それとも...あの子とうまくやってるのかな...?』

「今日...練習...だから...」

食器をガタガタと片づけたシンジは、言葉少なにユイに伝える

「そうだったわね。 父さんと母さんは、明日の学会の準備で今日は第二のホテルに泊まるから、夕飯は要らないわよ。」

「...うん...行って来ます。」

シンジはぼそぼそとユイに応えると、バッグを抱えて学校へと出かけた

「相変わらず、言葉足らずね...仕方のない子...」

食器の洗いを始めたユイは、朝食に手をつけず、新聞をじっくりと読むゲンドウを一瞥した。

『仕方のないのは...この人譲り...か...?』

ユイは両手に腰を当てて溜め息を吐くと、ゲンドウから新聞を奪い取って声を上げた。

「ほら、あなた! 新聞ばっかり読んでないで、さっさと支度して下さい!」

「ああ...」

「会議に遅刻して、冬月先生からお小言頂戴するのは私なんですよ!」

「君はもてるからな...」

「バカな事言ってないで! さっさと支度して下さい!」

「君は...良いのか...?」

「ええ! いつでも!!」

「ああ...判ってるよ...ユイ...」

ゲンドウが動き出したのは、それから15分後の事だった...

 

 


 

 

「ハロー! シンジィ! グーテンモルゲン!」

快活な声がバス停に佇むシンジの後方から届いた...

その声に慌てて振り返ったシンジの近づく少女がいた...

惣流アスカ...

ユイの親友である、キョウコの一人娘...

シンジにとっては、幼馴染み...

シンジは、自分と同じ髪の色と肌の色をしたこの少女に、親近感を持っていた。

 

 

シンジと10年ぶりに対面したアスカは、10年前とは異なる髪と瞳・肌の色をしたシンジの顔をしげしげと覗き込んで、小さく尋ねた。

「あんた...本当にあのバカシンジ...?」

シンジは、自分のシャツの胸元を広げ、身につけていたトルコ石のペンダントを取り出してアスカに見せた。

「これ...引っ越しの朝...アスカから...」

 

《バカシンジ! これをちゃんともってるのよ!》

 

それは、アスカの宝物...

キョウコから、貰った小さなトルコ石のペンダント...

 

アスカは、それをシンジに持たせると、そのまま家の中へ駆け戻っていった。

 

幼い日の記憶が、アスカの中に甦ってくる...

一緒に、ままごとをしたこと...息を殺して、トンボを捕ったこと...土手に座ってレンゲ草の花を摘んだこと...

いつも、シンジが一緒だった...

「そんな安物...いつまでも、持ってんじゃないわよ! バカシンジ...」

口振りとは裏腹に、アスカの顔は照れたように真っ赤になっていた...

 

『シンジがアタシと同じ髪の色になってくれてる...何か嬉しい...』

 

アスカは、シンジの存在を素直に受け容れていた...

 

 

アスカはシンジとは異なり、ドイツ系のクォーターで遺伝から受け継いだものであったが、その蒼い瞳が、彼女の美しさを際立たせていた。

「グ...グーテンモルゲン...」

「何朝っぱらから、辛気くさい顔してんのよ! このアタシが声を掛けてあげてるのよ! チッタァ嬉しそうな顔しなさいよ!」

そう言うと、アスカはシンジの鼻面を指で弾いた。

「イテッ!」

碇家と惣流家は隣同士である...

実の所、この二軒以外、周りは原野ばっかりで家はポツンポツンとしか建っていない...

20世紀末に起きたセカンドインパクトで、主要大都市は壊滅状態に陥り、人口は激減...

それでも、人々は必死になって立ち直る努力を続けている...

第三新東京市は、市街地を中心に建設ラッシュが始まり、かつての都市を彷彿とするような佇まいを催してきた。

しかし、キョウコやユイは、静かな場所での生活を求めて郊外に居を構えている...

そのため、学校へは歩いて40分はかかり、シンジとアスカはバス通学を余儀なくされていた。

「ねぇ、シンジ! 今日はとことん付き合ってもらうからね!」

バスを待ちながら、アスカはシンジに話しかける。

「何がだよ?」

「決まってんじゃない!?...アタシの練習の相手よ!」

アスカは手にしたラケットケースをシンジに突きつけた。

「へっ...?」

「『へっ...?』じゃないわよっ! もうすぐ試合なんだから、ちゃんと混合の練習しとかないと負けちゃうでしょ!?」

「えっ...僕って、エントリーされてるのぉ!?」

アスカの発言に驚きを隠せない様子で、シンジは素っ頓狂な声をあげた。

「あんたバカァ!? 決まってるでしょ! ウチの部はただでさえ部員少ないんだから、登録されてる人間は全員参加よ!」

シンジは、アスカと同じ硬式テニス部に所属していた。

シンジ自身は、別にテニスにはそれ程興味はなかったのだが、一人娘の身を気遣うキョウコの依頼とユイの説得...そして何よりもアスカの強引な勧誘(脅迫というべきか...)に屈した形で、部員名簿に名を連ねていた。

『あんた下手クソだから、このアタシが使える状態になるまで特訓よ!』

入部した直後からのアスカの地獄の特訓の成果か、シンジは日に日に力をつけていった...

「でも...混合なんて...驚いたな...」

「何よ! アタシだって、シンジじゃ役不足だけど、他に人がいないから仕方なく付き合ってあげてるのよ! 感謝して欲しいわ!...ああっ、アタシって何でこう出来た女なのかしら...」

「そこまで、自分を美化できれば大したもんさ...『鬼の副部長は、鬼より怖い』ってね...」

「フィーレン・ダンケッ!!」

言い放つや、強烈なハイキックがシンジの身体をクリーン・ヒットする。

「ごふぅ!!」

もんどりうって倒れるシンジ...でも...これも、毎朝の光景...

二人だけの時に、何かとアスカを茶化して粉砕されるのを、シンジは楽しんでいるようにも見えた。

 

 


 

 

ふわりと上がったロブ...

シンジは、ボールを視界に収めるとラケットを持つ右腕を高々と振り上げた。

 

「せいっ!」

 

シンジから繰り出されたアスカ直伝のスマッシュは、テニスボールを正確に捉え弾き出した。

レモンイエローのボールは、相手コートの左奥ライン際で、凄い速さで跳ね返った。

「ゲーム。 マッチ・ウォン・バイ・碇アンド惣流!」

「やれば、できるじゃない!」

ガッツポーズをとりコートから出るシンジに、アスカは駆け寄って声を掛けた。

陽の光に微笑むアスカの紅茶色の髪がキラキラと輝き、白いテニスウェアに映える...

思わずアスカに見惚れていたシンジは、ドギマギしながらアスカの横に並んだ。

「アスカのリードが良かったからだよ...僕はただ、打ち返してただけだし...」

「当たり前でしょ! 今頃気付いたの? バカシンジ...」

アスカは、バックからスポーツタオルを取り出すと、それをシンジに手渡した。

「あはは...そうかも...」

タオルのお返しに、シンジはキーンと冷えたスポーツドリンクの入ったポットを取り出し、カップに注いでアスカに手渡した。

「...バカシンジにしては...上出来ね...」

クスリと笑ったアスカは、そのスポーツドリンクを一気に飲み干した。

そんなアスカを見つめるシンジの顔も、和んでいた...

「おーお...碇夫妻は今日もラブラブやで! ここら辺暑うて適わんな!」

「ホント...いやーんな感じぃ!」

並んでベンチに腰掛けるアスカとシンジを見て、同じテニス部で、シングルス代表の鈴原トウジと相田ケンスケは、コートに向かう通りしなに冷やかしの言葉を掛けていく...

「「ち、違う(わ)よっ!!」」

真っ赤になって、声を上げるシンジとアスカだが、そんな抗弁に聞き耳を持つ者は、テニス部はおろか、第三新東京学院高等部には一人も居なかった...

「はいな...ほな、そーゆー事にしときまひょ...」

「じゃ、記録直しておくか...碇夫妻...夫婦喧嘩中っと...」

「トウジッ!」

「相田ッ!!」

途端に、シンジとアスカの声が響いた。

「よ、よっしゃ...アップ始めるで...ケンスケ!」

「ああ、早く始めよ! 次が待ってるし!」

シンジとアスカから逃げるように、トウジとケンスケは一目散に走り去っていった。

「...ったく、あの2バカにも、呆れるわね!」

アスカが椅子から立ち上がり、軽く流して打ち合いを始めるのを、仁王立ちして睨み付ける...

その後ろ姿を、シンジはボーッと眺めていた...

 

『アスカと夫婦...か...?...考えた事もなかったな...幼馴染みって感じが強くて...』

 

その時、ふと視線がアスカの脚に注がれた。

十分な日焼け止め措置を施しているのだろう...

テニス部員にありがちな、“テニス焼け”を起こしていない、白く長い脚がスコートの下から伸びている...

シンジは、急に恥ずかしくなって視線を逸らした。

 

『アスカって...考えてみれば...凄い美少女なんだ...』

 

「...なさいよ...」

アスカの声が、遠くから聞こえてきたような気がする...

「えっ...?」

シンジは顔を上げ、アスカの顔を見た。

間近に見えるアスカの顔...

「ちょっと! 聞いてんの!?」

アスカの拳骨が、シンジの頭に振り下ろされた。

「ふぎゃ!」

 

 


 

 

制服に着替えて、帰宅の途につくシンジとアスカに夕陽が長い陰を差す。

「悪かったよ...ごめん...アスカ...」

自分の話を聞き漏らされたアスカのご機嫌は非常に悪かった...

シンジは、女子更衣室のドアの前でアスカを待って、謝り続けていた。

「どうだか...信用できないわ...あんた、自分が悪いって思ってなくても、すぐ謝るからね...」

「そんな事ないっ!」

シンジは、アスカの両肩を掴んでアスカの顔を見つめた。

「今度は、本当に悪いって思ってる...ちょっと、考え事してたから...」

「シンジ...痛いよ...」

アスカはシンジに両肩を抱かれ、見つめられて息苦しさを感じた...

けど、それは決して不快ではない...

「えっ...あ...ああっ! ごめん!!」

シンジは我に返り、自分のした行動に大いに混乱し、手を肩から離した。

 

「「........」」

 

絡み合う瑠璃色の瞳と琥珀色の瞳...

『どうして...謝るの? アタシ...ちっとも、嫌じゃないのに...』

そんな乙女心が解るほど、シンジは人生経験を積んでいる訳じゃない...

二人は、真っ赤になって俯いてしまった...

 

「ちょ、ちょっと買い物していくわよ! ちゃんとついてくるのよ!!」

先に復活し、スタスタと歩き出したアスカと、その後を慌てて追いかけるシンジ...

その姿は、どこから見ても、恋人同士にしか見えなかった。

 

 

 

 

「ねぇ、一体何買うのさぁ〜!」

スポーツウェアのショップに入って、脇目もふらず物色するアスカに、シンジは情けなく声を掛けた。

「あんたバカァ!? 試合用のウェアに決まってるじゃないっ! プレーヤーが不揃いのウェア着てたら格好悪いでしょ!?」

「そ、そんな...そこまで、拘らなくても...」

「うっさいわねぇ! バカシンジの癖に、アタシに口答えするの!?」

アスカの迫力の前にシンジは完全に沈黙...主導権は完全にアスカが掌握していた。

アスカは、鼻歌を歌いながら、シャツとスコートをピックアップし自分の前に当ててみては、シンジに意見を求めた。

「アタシもあんたも髪の毛茶色いし、色白いから、ウェア白だけってのは...間延びするよね...?」

「う...うん...」

「シャツは、ブルーやピンクのワンポイントボーダーがいい感じだと思わない?」

「うん...」

一方的に喋りまくるアスカと、文字通り一言だけ返すシンジ。

「あっ、これ! 男女ペアよ! これにしましょ!」

シンジの返事も待たず、イタリア製の有名カジュアルデザイナーのロゴが入ったウェアをゲットしたアスカは、アクセサリーコーナーへとシンジを連れ込む...

「ねぇ〜、アンダースコートどれがいいと思う♪」

シンジにフリルのいっぱいついたアンダースコートを広げて見せて、クスクスと笑うアスカ...

「しっ、知らないよっ! そんな事っ!!」

ついつい真っ赤になってなってしまうシンジだった...本当は、興味津々の筈なのだが...

「つまんない男...」

クルリとそっぽを向いたアスカは、シンジに気付かれないように笑っていた。

アスカに完全にからかわれている事は、シンジ自身十分判っているのだが、あの蒼い瞳で迫られると、ドギマギしてしまう自分に気が付いてしまう...

 

『そっか...僕...アスカが好きなんだ...』

 

アスカに抱く思い...

それは複雑で、濃い霧のようにはっきりとしなかった...

でも...シンジはアスカから貰ったペンダントを、今でも大切にしている...

 

それが、シンジのアスカへの思いの結論だった...

 

『でも...アスカは...僕のこと...どう思ってるんだろ...?』

 

人生経験が豊富ではないシンジにしてみれば、一番身近な異性が一番理解の範囲を超えているような気がしてならなかった...

ショップで、揃いのウエアを購入したアスカは、シンジの気持ちを知ってか知らずか、市街地を散策する。

「ねぇ、今日叔父さまと叔母さま...家のママと一緒に第二新東京行くのよね?」

「うん...そうだけど...って! キョウコ叔母さんも...?」

「当たり前でしょ!? ユイ叔母さまとママは共同研究者なんだから...」

呆れたようにシンジを見つめるアスカ...

「そっか...どうしよう...このまま、ここで夕飯食べて帰る?」

シンジが時計を気にしながらアスカに尋ねた。

「バスの時間もあるし...」

「..............」

シンジが、盛んに時計を見はじめ、アスカの口数も、次第に少なくなってきた。

 

 

『なんで、こんなに寂しい気持ちになるの...シンジが時計を気にしてるだけなのに...』

 

 

アスカもまた、自分自身の気持ちに気付くわけでもなく、持て余している感すらあった。

そんな、心の中を表すかのように...空には夏特有の積乱雲が広がっていた...

「シンジ...二人で、夕飯作って、一緒に食べない?」

暫くして、アスカはようやく口を開いた...

「いいの?...僕も一人で食事するの...つまんないなって、思ってたんだ...」

「ご、誤解しないで! アタシはただ、家の食材が痛むのが勿体ないって思っただけよ!」

照れを隠すように、アスカは声を上げた。

「そ、そうだよね...夕立が来そうだから...帰ろう...」

アスカに強く否定されたと感じたシンジは、乾いた笑いを浮かべながら、バス停に歩き出した...

 

 

『そうだよね...何期待してんだ...バカシンジ...』

 

 

『何で、あんな事言っちゃうんだろ...』

 

 

二人は、バスを待ってる間、口もきかず...ただ黙ってバス停の標識を眺めていた...

バスに乗り込むと、雨はポツポツと降り始め、シンジとアスカが住む地区に向かうに連れ、次第に雨足は強くなってきた。

「シンジ...あんた傘持ってる?」

「折り畳み傘だけさ...この雨じゃ、無いも同然だね...」

バスの窓を大粒の雨が叩き、雷鳴が轟いていた。

アスカの顔色が、青ざめていくのに、シンジは気が付いた。

「そうだった...アスカって、雷が大嫌いだったよね...?」

「そ、そんなこと、あるわけないでしょ! なんで、このアタシが雷なんか!?」

 

ピカッ! ゴロゴロゴロッ!!

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

バス停に降り立った、二人に待ち受けたのは、落雷の轟音だった。

誰もいないバス停...雨の中...アスカはシンジにしがみついた...

細く華奢な身体が、ガタガタと震える...

シンジは、アスカを抱きしめた...

「大丈夫...怖くないから...」

『アスカは...こうやってれば安心してたよね...』

フラッシュバックする幼い頃の記憶...

シンジの記憶に間違いはなかった...

「うん...ありがと...」

アスカはシンジがとても頼もしく思えた...

『肝心な時には...シンジが必ず助けてくれた...』

泣き叫ぶアスカを追いかける野良犬を、叫びながら蹴散らすシンジ...

突然の雷鳴に腰を抜かしたアスカを背負って、家に連れ戻してくれたシンジ...

今...シンジに抱かれ...アスカは、自分の気持ちをはっきりと理解した...

 

『アタシ...ずっと...シンジが好きだったんだ...』

 

「アスカッ! 走るよ!!」

シンジの声で、アスカの意識は現実に戻る...

この、雨量で、傘をさすのは無意味と判断した、シンジはアスカの手をしっかりと握りしめ猛然とダッシュした。

バス停から、二人の住む家までは約5分程度...

しかし、シンジとアスカは一気に駆け抜け3分程度で玄関前に到着した。

「じゃ、着替えて僕の家においでよ! 夕飯の準備して置くから。」

シンジは声を掛けたが、惣流家のドアの前で当惑しているアスカを見て不審に思った

「どうしたの?」

「ドアが...開かない...」

「えっ...?」

惣流家も碇家も、ホームセキュリティを第三新東京大学内に設置されてるスーパー・バイオ・コンピューターMAGIシステムに依存している。

それも、受益側の電気があって初めて保証されるものである。

先程の落雷は、双方の家の機能を停止するに、十分な力を持っていた。

「開かない...!?」

シンジもまた、碇家の電気式ドアロックを開錠しようとしたが...結果はアスカと一緒だった...

「何で、機械式ドアロックオープナーがついてないんだよ!」

片田舎の母子家庭...防犯上の対策から、鍵穴式の開錠器をつけていないのは、キョウコにしてみれば当然の選択だったし、ユイは惣流家の図面をそのまま何も考えず流用したため、2軒の作りは全く同じである...

今回は、それが仇となった...

シンジは、さっと家の周りを一周し、どうにか入る方法を考えたが、内側から鍵が掛かっており開ける手段はなかった。

「こうなったら...」

雨に打たれ続けて、ずぶ濡れになっているアスカを見て、シンジは雨樋を伝って、2階の窓までよじ登った...

停電していなければ、センサーによってセキュリテォシステムが作動する所だが、今日は何の反応もなかった...

「父さんはズボラだから、鍵を掛けてないはず...!」

シンジは、2階のゲンドウの書斎の前の窓を引くと、予想通り窓が開いた。

「行ける... アスカ! こっちへ!」

シンジはアスカを呼び、アスカは急いでシンジの後に続いて雨樋をよじ登っていく。

シンジはゲンドウの机の上に立つと、両腕を伸ばしてアスカを抱き寄せ、内側へと引っ張り込んだ。

「きゃ!」

勢い余った二人の身体は、机から落ち、床へと転がる...

「ごめん...勢い余っちゃったね...」

「ううん...いいの...ありがと...」

いつになく、素直な反応のアスカにシンジは驚いた。

いつもであれば、往復びんたの連打は必至の状況である。

なぜなら、シンジがアスカを押し倒しているようにみえるから...

「と、とにかくリビングへ行こう...下の方はエアコンつけっ放しだから、少しは温かいかも...」

二人は靴を脱いで、碇家のリビングルームへと向かった。

停電のためか、リビングの明かりはつかない...

シンジは懐中電灯と蝋燭を準備し、風呂場からバスタオルを持ってくる...

「髪...濡れちゃってるから...拭きなよ...」

アスカの肩に、バスタオルを掛けるシンジ...しかし、シンジとアスカが身につけている制服がずぶ濡れになってる以上、余り意味は無さそうだった。

そして、シンジは気が付いた...

濡れたブラウスがアスカの身体にぴったりと纏わりつき、アスカの身につけている下着がはっきりと浮かび上がっている事に...

慌ててアスカから手を離し、地下倉庫から暖炉に使えそうな木材を取りに行った。

第三新東京市は、標高が高い...

日が沈めば日中の暑さを忘れるかのように、気温は下がる...

ましてや、今日は雨模様...

雨でずぶ濡れになった制服は、二人の体温を容赦なく奪っていく...

降りしきる雨の中...抱きしめあった結果、こうなってしまったのだけれど...

「さ...寒いね...」

アスカは身体をがたがたと震わせた...

「僕の服...貸してあげるから...着替えたら?...このままじゃ...」

エアコンが機能を停止させてから、室内温度はどんどん下がっていく...

シンジは、いつもは使わない暖炉に、キャンプ用の木材を入れて火をおこした。

アスカの髪をタオルで拭きながら、シンジは声を掛ける...

「アスカ...?」

アスカが黙ってシンジを見つめた...

 

「「...............」」

 

二人の間に走る気まずい沈黙...

シンジは自分の鼓動が破裂するくらいに高鳴っているのを感じた...

 

 

 

「...スカ...」

「...ンジ...」

 

 

 

 

「「.......!!........」」

 

 

 

 

重い衝動が、シンジの身体を駆け巡る....

 

 

 

気が付いたとき...シンジはアスカを抱きしめていた...

 

 

 

「僕が...アスカを...温めてあげたい...」

 

 

 

 

辛うじて呟くシンジにアスカは小さく頷いた...

 

 

 

 

「...いいよ....シンジなら...」

 

 

 

 

しゅる....

 

 

ドサッ...

 

 

衣擦れの音がして、足下に落ちる二人の制服...

アスカは、恥ずかしそうに俯き....シンジは緊張しながらアスカのブラウスの胸元をはだけていく...

雨に濡れ、ピッタリとアスカの身体に纏わりついているスリップを脱がし、身体をバスタオルで拭き上げた。

「ん...」

アスカが身体の力をフッと緩め、シンジにその身を預ける...

シンジはアスカを抱きかかえて、リビング奥のソファへと連れていった。

途中にある鏡に映る姿を見て、アスカはシンジに抱かれていることを実感した。

「...シンジ...」

「うん?」

「...アタシを....温めて...」

「...アスカ...」

毛布ですっぽり包まれるシンジとアスカ...

全身にお互いの温もりが広がっていく...

寒さと緊張の余り強ばっていた筋肉が、ゆっくりとほぐされていくような温もり...

身体を密着させ、互いの腕は、相手の背中へと回される...

アスカは改めてシンジに抱かれていることを実感した。

「アスカ...」

「...何...」

「こんな時に、こんなこというの反則かもしれないけど...僕はアスカが好きだ...」

アスカの瑠璃色の瞳は、暖炉の炎に照らされ朧気に揺らぐ...

 

「幼馴染み...だけじゃ、嫌だ...僕の傍にずっと居て欲しい...一人の男として...僕を見て...」

 

 

「..............」

 

 

沈黙の時が流れていくが、シンジの身体を掴むアスカの手がゆるむことはなかった...

 

 

「....アタシ...いつか...こんな日が来るって思ってた...」

 

 

アスカのか細い声が、リビングに広がった。

「僕は...こんな日がくればいいって...そう...思ってた...」

シンジの胸に顔を当てているアスカは、シンジの胸のペンダントを右手で触りながら、シンジに応えた...

「シンジ...」

「うん?...」

「温かい...シンジの身体...」

「アスカも...温かい...それに...良い匂い...」

「シンジ...」

「え...?」

「キスして...」

「うん...」

シンジは、瞳を閉じたアスカの唇に、そっと口付けする。

それを合図に、アスカからの想いがシンジ目掛けて迸った。

「10年ぶりに...シンジを見たとき...アタシは...胸がキュンってなったの...それが何故だか...判らなかった...でも、一つだけ判ってた...シンジと幼馴染みだけの関係は嫌だったの...それで、今日...シンジに守ってもらった時...やっと判ったわ...アタシはシンジが好きって気持ちに...」

「アスカ...」

「シンジ...アタシだけを見て...アタシだけを好きでいて!!...だって、アタシは!!」

「うん...」

室内に訪れる静寂...

雨音は、更に激しくなっていたが...二人の耳にはお互いの息遣いと鼓動しか聞こえなくなっていた...

 

 

 

 

「好きだよ...アスカ...」

 

 

 

 

「好きよ...シンジ...」

 

 

 

 

「もう...離さないよ!」

 

 

 

 

「もう...何処へも行かないで...」

 

 

 

 

 

 

 

 

幼馴染みから恋人へ...

雨は、何時の頃か止み...月明かりが、窓辺から射し込む...

「綺麗な月ね...とても素敵だわ...」

窓辺に並んで、シンジとアスカは月を眺める...

アスカの肩に左手を掛けているシンジは、その腕に力を入れてアスカを抱き寄せた。

「何時の時も、こうしてアスカと空を眺められたらいいな...」

「うん...そうしようよ...」

アスカはポソリと呟いた...

「えっ...?」

「アタシ...ママに話してみる...シンジとずっと一緒に居たいって!」

月明かりに照らされるアスカの笑顔...

シンジもつられて笑い出す...

「じゃ、僕も母さんに話してみる...アスカとずっと一緒に居たいって!」

 

 

 

二人の唇は何度も何度も重なった...

 

 

 


 

 

 

『雨の日は...気分が沈む...でも...僕にとっては楽しい日だったのかも知れない...』

シンジは、すっかり短くなった煙草を灰皿にもみ消した...

 

10年前の写真...全国大会で混合ダブルスで優勝した時のもの...

シングルスでは、本来持つ力を発揮できずに、予選敗退していたシンジも、アスカと組んだ時は最高の力を発揮できた...

『アスカがいたから...今の僕が居る...』

シンジは、フォトフレームを机の上に置いた...

 

「シンジ...今、お義母さまから電話があったわ...今からこっちに来るそうよ...」

ドア越しに響く、妻の声...

「うん。判った...雨足強いから、駅まで迎えに行かないとね...」

シンジは書斎のドアを開いた。

廊下には出かける準備万端の、紅茶色の長い髪が二つ...彼を出迎えていた...

「じゃあ、みんなで迎えに行こう...準備は良いかい...アスカ!」

10年前と変わらぬ容姿を維持しているアスカは、愛娘と手を繋いでシンジを見つめていた。

「もちろんよ! ねぇ! アリサ!」

シンジとアスカの良いトコ取りしたような、二人の娘...碇アリサは、にっこりと両親に微笑んだ。

「ごちそう!! 食べても良い?」

シンジとアスカに連れられて外出するときは、必ず一食は外食になると言うことを、経験則から把握しているアリサは無邪気にはしゃいでいた。

「そうだねぇ! ゆーちゃんにいっぱいおねだりするんだよ! アリサ!」

シンジは、アリサの頭を撫でると、ひょいと肩車をしてから、アスカの腰に手を回し抱き寄せた。

「ちょっと、シンジ! 危ないわよ! アリサ落とさないでね!」

「当たり前だろ!...僕の大切な家族だもの...アリサも...そして、アスカ...君も...!!」

「シンジィ...」

 

 

chu....

 

 

 

「あー! パパとママァ!
          またなかよしてるぅ〜〜 
                      アタシもぉ〜!」

 

 

 

Fin...

 


後書き....

 

みなさん今日は!

MOONLIGHTLOUNGEというサイトで、LAS小説を執筆してる とみゅー と申します。

これはチャットルームで日夜繰り広げられているチャットSSを小説化したものです。

最近LAS人の溜り場と化しておりますので、皆さんも是非、足(指か!)を運んで頂いて、チャットSSを楽しんで頂きたいと思い、作品化致しました。

この作品は、自分の運営しているサイト名MOONLIGHTLOUNGEから思いついて、即興で仕上げたチャットSSに修正を加えて、短編小説に仕上げたものです。

<LAS度の高い人には、お勧めできる自信作です。(爆)>

 

それでは、また何処かでお会いしましょう!

 

Jul.11th ‘99

とみゅー


マナ:とみゅーさん、投稿ありがとうございましたぁ。

アスカ:アタシと同じ髪の色のシンジかぁ。ちょっと、いいかも。

マナ:良くないわよ。やっぱり、日本人は黒髪じゃないと。

アスカ:何言ってんのよ。今時、そんなの流行らないわよ。

マナ:日本人が、そんな色だったら絶対変よっ!

アスカ:へ、変ですってーーーっ! どこが変なのよっ!

マナ:シンジは、わたしと同じ髪の色じゃないと駄目なのっ!

アスカ:アタシと同じ方がいいに決まってるでしょっ!

マナ:やだーーーっ! もう、ださださーーーっ!

アスカ:むーーーっ! そんなにダサイんなら、シンジにこんりんざい近付くんじゃないわよっ!

マナ:えっ・・・。そ、それは・・・。

アスカ:なに焦ってるのよっ! 嫌なら近寄らなかったらいいじゃないっ!

マナ:誰も、そんなことは・・・。

アスカ:言ってるでしょっ!

マナ:やっぱり、髪の色なんて関係ないわね。

アスカ:まったく、調子いいんだから。

マナ:やっぱり、髪の色なんか関係無いわ。シンジはシンジよ。うんうん。

アスカ:そうよ。髪の色くらいで、うだうだ言ってんじゃないわよっ!

レイ:碇君の髪・・・青く染めたわ。(*^^*)

アスカ&マナ:変な色に染めるなーーーーーっ!!!!<やはりこだわってる2人
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tomyu.s@unsnerv.com

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