第3新東京の詩
〜今夜は五目寿司〜
written by 右京
これといってする事もない、日曜日の気だるい午後。
シンジさんは、煩わしい家事やお勉強も午前中にあらかた済ませ、後は閉店間際にスーパーに行くのみ。
今はリビングのソファに座って、何となく雑誌を眺めておられます。
アスカさんはというと、やっぱり何をする事もなく、リビングでシンジ君の隣にちょこんと座って、やっぱり何となくテレビの画面を眺めているところ。
もう一人の同居人、年増嫁き遅れ自称&名目上の家主殿はというと、「たまのお休みなんだから」ってんで、自室で爆睡中。いつでも呑気なお方です。
なんということもなく過ぎていく、リビング内の時間。
アスカさんも、いつの間にかシンジさんの肩にもたれかかったりなんかして。どうやら無意識にみたいですけど。
シンジさんも雑誌に集中してて気がついてない様子。
気が付いたら、お互い真っ赤になってぱっと離れちゃうんでしょうね。本当に初々しいお二人です。
……平和、ですねえ。
ええ、本当に。
こんなのんびりとした時間を過ごせる。何もしない時間が流れる。
そんななんでもないこと、簡単なこと。
それが『平和』ってこと。
そう、思いませんか?
私は、そう、思います。
…しかし、です。
ええ、しかし。
『平和』であることと『平穏』であることは違うのですね。
平和でない平穏はありませんが、平穏でない平和は存在します。
ええ、皆さんよく御存知のとおり。
この家に『平穏』なんてこと、めったにないんですよ。
そう、そのとおり。
だから、こうゆう時間―――本当に静かな時間は、相当に珍しいんです。
例え、偽りのない『平和』が訪れた、今でもね。
私の愛する、この家の住人は……。御婦人方を中心に、騒がしいですから。ええ。
「五目寿司」
は?
……今のは……。シンジさんですか?
…………………五目寿司?
アスカさんもちょっと呆けていますね。突然耳元で五目寿司って言われれば、まあ普通そうなります。
あ、シンジさんにくっついてた事に気が付いた。
やっぱり、真っ赤になって離れましたね。
でもシンジさんは、まだ雑誌に目がいってて気付かなかったみたい。
ちょっと予想が外れましたね。ちっ。
……そんなことを言っている場合ではありません。シンジさん、家事疲れでとうとう気が狂われましたか?
「五目寿司…。食べたくなったな。今度作ってみようか…」
?
……ああ、シンジさんが読んでた雑誌の記事。
「第3新東京の美味い店・夏のちらし寿司・五目寿司特集!」ですか。一年中夏なのに。
きっと物凄く美味しそうなお店の紹介でもあったのでしょうね。なるほどなるほど。
アスカさんもそれでやっと分かったみたいですね。『納得』って感じの顔です。
……………………いえ、違います。
あれは。あの「チャ〜ンス♪」って感じの顔は。アスカさんが何かしょうもないこと名案を考えついた時のお顔です。
……猛烈に嫌な予感がします。びんびんに、します。
『平穏』とは…。やっぱりこの家には無縁の物なのでしょうか…。
……ともあれ、私には今の所どうする事も出来ません。
もう少し、事態の推移を見守りましょう。嫌だけど。
「五目寿司?」
「そう、五目寿司」
「食べたいの?」
「うん」
「分かったわ。あたしに任せて」
「うん………………」
何だ、そんなことですか。
シンジさんが五目寿司を食べたいって言ったからそれを聞いたアスカさんが自分で五目寿司を作ろうと……。
………………………………………………………………………………。
え?
…アスカさんが…。料理?
「ええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」
叫ぶシンジさん。私も叫びたいです。
でも私が叫んだところで、この恐るべき事態は何も変わらないのですね。あう。
「ま、任せてって……。アスカ、料理してくれるの!?」
「なによう。あたしだって料理くらい出来るわよ!」
「え、あ、いや、そうじゃなくて、え、その、あの、アスカ?」
シンジさんパニック。
「最近ちょっと体がなまってるからね。たまにはあたしが買い物に行って作ってあげようって言ってんのよ」
そう言って立ち上がって、さっさと外出の準備を始めるアスカさん。
ああ、おーるうぇいず鬼娘なアスカさんが今日は菩薩に見えます。拾い食いでもしたのでしょうか。
「それに…」
「それに?」
「そ…。それに……」
「?」
「あ……あんたには……。
元気でいてほしいからね!」
「アスカ……」
あらら、アスカさん、真っ赤になって慌てて出て行ってしまいました。
……シンジさん、泣いてますね。いくらなんでも大袈裟な。
…………でも良かったです。はい。思っていたほどのの波乱は起きませんで。
どうやら今日は、珍しくも平穏でなおかつ平和な1日が過ぎていくみたいですね。
しかしまあ、この二人は何でこういつまで経ってもうぶなのでしょうかね。
夜になったらうぶなんてもんじゃないのに。
……すみません、失言でした。
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さて、時は流れて既に夕食時。
アスカさん、手伝うって言うシンジさんの言う事も聞かずに、一人で台所で頑張っています。
シンジさん、気が気じゃないようですね。
さっきから、ずっとリビングでそわそわしてます。
無理もないですね。アスカさんが始めて自分のために作ってくれる料理ですから。
微笑ましいです、見ていて。
しかし……。
何でしょうか、この感じは?
たいした事ではありません。
でも…。私は、何かとてつもなく重大な事を忘れているような気がするのです。
そして、シンジさんも。
「さあ!出来たわよ、シンジぃ!」
「え、もう出来たの?はやいね」
……あ、考えてるうちに出来たようです。
どれどれ、見てみましょう。
「さあ、召し上がれ!アスカ様特製五目寿司よ!」
「…………」
…………。
「どうしたの?早く食べなさいよ」
「……………………」
……………………。
「…………アスカ」
「?何、シンジ?」
「五目寿司…。ひょっとして、見た事、なかった?」
「え……」
そう言って、昼間自分が読んでいた雑誌を手渡すシンジさん。
そこに載っている写真を見て、一気に顔面蒼白になるアスカさん
……そういうことですか。
ダイニングの机の上には、丼に盛られたご飯。
そして、その上に……。
DHAがたっぷり含まれ、頭と体にいい健康食品。
マグロの目。
マグロの目が、五個。
アスカさんはドイツ生まれ→ドイツに五目寿司はない→ドイツでスシのイメージは魚
↓ |
五目寿司は五つの目と書く |
↓ ↓
結論:五目寿司とは、魚の目を使ったスシである。
このアスカさん脳内華麗なる連想フローチャートによって、誕生したのが目の前の代物。
……鮪目丼な訳ですね。駄目じゃん。
さて、シンジさんとアスカさんです。一体どうなさるのでしょうか。
「ごめん、シンジ…。あたし…何にも知らないで勝手にこんな物作っちゃって……」
「いいよ、アスカ」
「でもっ!でもあたし……」
「アスカ」
そう言って、アスカさんの瞳をじっと見つめるシンジさん。
この人は、こういうことを素でやるから怖いです。
「……僕は、怒ってなんかいないよ?」
「……ホント?」
「本当だよ。アスカが僕のために頑張って作ってくれたんだもの。怒るわけないだろ?」
「……ぐすっ。シンジぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
「今度、また……。次は一緒に作ろう、ね?」
「……うんっ」
ふう。収まったかな?
「……でも、どうするの、今日の晩ご飯?この時間じゃ、スーパーも開いてないわよ?」
……嫌な予感。
「ああ、それならね…」
「んっ!?」
「「んんん…。ん……。」」
「……僕の唇。じゃ駄目かな?」
「……唇だけじゃ駄目ね。シンジを全部食べさせてもらわないと♪」
「アスカぁ(はぁと)」
「シぃンジ(はぁと)」
あらら、二人してシンジさんの部屋へ……。やっぱりこうなっちゃいましたか。
毎晩毎晩こうだから、自称保護者のあのお方が、睡眠不足で休日寝溜めする羽目になるんですがね。
……そういえば、あの人はまだ寝てるんでしょうか。
徹夜で寝る気かな?
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……ええ、確かに。
この家は、毎日の生活が波乱に満ちています。
“平穏”に心休まる時なんて、ほとんどありません。
……でもね。
あの下らない戦いに身を置いていた頃に比べれば。
あの、作られた笑いしかなかった頃に比べれば。
自然な生活。
自然な笑い。
なんでもないことに思いっきり笑える。
もう一度、言います。
こんなのんびりとした時間を過ごせる。自然に笑える時間が流れる。
そんななんでもないこと、簡単なこと。
それが『平和』ってこと。
そう、思いませんか?
Fin
今回の騒動で、生じた実害が一つだけ。
例の鮪目丼が、私のごはんに回ってきた事です。
シンジさん、あなた、ペンギンを舐めていますか?
も一度Fin.
私のSSを最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
今回の話ですが、これ元ネタがあります。
結構有名な作品なので、知ってる人もいると思います。
わかったと言う方は、メールで御連絡ください。特典は何もありませんが(爆)
しかし、偉そうな性格のペンペンだなあ(笑)
それでは、縁があればまたお会いしましょう。チャオ。
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |