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『姫君アスカ』   作:WARA

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ここはドイツの惣流家です。
大変大変由緒正しく、大変大変大金持ちの惣流家です。

「ええ〜〜〜〜〜〜。どうしても日本へ行かなくちゃ駄目なのぉ?」

一人娘のアスカ姫の声が、大変広い屋敷内に響き渡りました。

「はい姫。」

静かに執事の加持が答えました。

「何度も申し上げておりますが、姫にはNERVへ出向いていただき、
 EVAというものにお乗り頂いて、
 世界を救っていただかねばなりません。」

「ぶぅ〜〜〜。」

アスカ姫はご機嫌が斜めのようです。

「どうしてもアタシじゃ無いと駄目なのぉ?」

「はい。世界で適正が合ったのは姫だけですので。」

「ぶぅ〜〜〜。」

「ですが、世界を救うことができましたら、
 世界の人々が姫に感謝することでしょう。」

「感謝なんていらないもん。
 それよりドライブでも連れていきなさいよ。」

世界の平和など、アスカ姫には興味ないようです。

「世界の人々が姫に尊厳の眼差しを送ることでしょう。」

「尊厳の眼差し?」

少しアスカ姫が興味を持ったようです。

「ええ。さらに、人々は姫に平伏すでしょう。」

「そ、そう?」

全世界の人々が自分の前に平伏す姿をアスカ姫は想像しました。

ん〜。
結構快感かも。

アスカ姫は人の上に立つのが好きなのかもしれませんね。
執事の加持もここがチャンスと攻めたてます。

「はい。世界の羨望の眼差しを姫は手中にするのです。」

「そう?悪く無いわね。
 ねぇ、加持。NERVには可愛い男の子がいるかしら?」

「惣流家の後継者たる姫が何と言うことを。」

「だって、今まで男の子と遊んだこと無いんだもん。
 いないんだったら、行くの止めるぅ〜〜〜。」

ここでご機嫌を損ねると大変です。

「い、いますとも。全世界から集まった技術者が揃っております。
 年齢性別関係無く集めておりますので、お気に召す男の子もきっと……。」

「そう。じゃ、仕方ない。」

「ご了承頂けましたか?」

「ねぇ。面倒だから、NERVをドイツに呼び寄せなさい。」

「いえ……。日本に使徒が来るので、ドイツにNERVを構えても
 意味が無いのです。ご理解下さい。」

「ぶぅ〜〜〜。ほんっとに仕方無いわねぇ。分かったわよ。
 行きますよ〜〜〜だ。」

ふぅ〜

加持がようやく胸を撫で下ろしました。





日本へ飛行機で移動する最中も加持は大変でした。
椅子が硬いだの、食事がマズイだの、
スチュワーデスの態度が気に入らないだの、機内が煩くて寝れないだの、
休む暇も無くアスカ姫は不平をこぼし、その度に帰ると言ってききません。
なんとかかんとかなだめすかし、ようやくNERVに到着しました。

「姫。お待ちしておりました。」

眼鏡をクイッと左手で持ち上げつつ、男がアスカ姫を迎えました。

「何、この髭?」

「ひ、姫。NERVの碇ゲンドウ総司令ですよ。」

加持が慌ててフォローします。

「こんなのが総司令?世も末ねぇ。」

「ハッ。申し訳ありません。」

ゲンドウが頭を下げました。
心の中では『帰れっ』と言いたかったゲンドウですが、
アスカ姫の性格は知っていましたので、我慢しました。

勿論、この日の為に予めゲンドウに対し、
加持が大金を積んでいたのでした。





アスカ姫は作戦部に案内されました。

「あなたがアスカ様ですね?お待ちしておりました。」

作戦部長のミサトが挨拶します。

「姫とお呼びなさい!」

「ハッ。申し訳ありません、姫。」

「そう、それでいいのよ。」

アスカ姫は名前を呼ばれるのを嫌っていました。
名前を呼ばせるのは白馬に乗ったアタシの王子様だけ……
と、アスカ姫は決めていたのです。

「姫。こちらは作戦部長の葛城ミサトさんです。
 NERVでの姫の保護者役も兼ねております。」

「え〜〜〜。こんなおばんが保護者ぁ?嫌よ。」

アスカ姫はすねてしまいました。
おばさん呼ばわりされたミサトの心中は穏やかではありません。
それを察した加持が慌ててフォローに入ります。

「葛城さんは、NERVの切れ者です。
 きっと姫のお目がねに適うでしょう。」

「ぶぅ〜〜〜。」

勿論、この日の為に予めミサトに対し
加持がエビチュを積み上げていたのでした。





「こちらは技術部の赤木リツコ博士です。」

「何よ、この厚化粧の金髪がぁ!」

ピクピク

こめかみが痙攣しているリツコですが、
我慢して丁寧に挨拶しました。

勿論、この日の為に予めリツコに対し
加持が実験用モルモットを積み上げていたのでした。





その後もあちこち案内されましたが、アスカ姫は
ご機嫌が斜めどころか真横になっていました。

「帰るわ。仕度なさい、加持。」

「はい?」

「こんな辛気臭いところ居たく無いの。」

ぶすぅ〜っとした表情です。
ヤバイです。
マズイです。

こうなると加持でも手をつけられません。

「姫。是非ともこれに乗っていただかないと……。」

今、アスカ姫が乗る予定のEVAの前です。

「嫌っ。」

「姫!」

「嫌ったら嫌っ。」

駄目です。
どうにも駄目です。
非常にマズイです。

プイっと横を向いてしまいました。

「あっ。」

ん〜〜〜?
アスカ姫が何かに気が付いたようです。

「あの男の子は?」

加持がアスカ姫の視線の先を追います。
どうやら整備士のようです。
恐らく技術部の誰かでしょう。

「整備士ですね、EVAの。」

「ちょっと行ってくるわ。」

「姫。危のうございます。」

加持が呼ぶのも構わず、アスカ姫は走り出しました。

「ちょっとアンタ。何やってるの?」

アスカ姫は整備士の男の子に話しかけました。

「僕?」

黒い髪の黒い目をした男の子。
年はアスカ姫と同じくらいでしょう。

綺麗な目……

アスカ姫はそう思いました。

「そうよ。何やってるの?」

「EVAの整備だよ。」

「ふ〜ん。アンタの名前は?」

「碇シンジ。」

それだけ言うとシンジは作業を再開してしまいました。

「ちょっとぉ。このアタシが話しかけているのよ。
 こっちを向きなさい。」

「引っ張ったら危ないよ。離して。」

「アンタが向こうを向くからでしょ!」

「でも、これを整備しないと、パイロットに危険が伴うしぃ。」

「アタシがそのパイロットなのよ。」

「ええ〜?っていうと、君があの姫?」

「そう。アタシが惣流・アスカ・ラングレーよ。」

「ハッ。失礼しました、姫。」

シンジもアスカ姫のことは聞いています。
丁寧にお辞儀をして失礼を詫びます。

「ん〜〜〜。その姫って言うのやめなさい!」

「はい?でも、姫とお呼びするように申しつけられているんですが。」

「アタシがいいって言ったらいいの。アスカよ。」

「はぁ……じゃぁアスカ。」

「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

アスカ姫がシンジの方を見ています。
シンジは何だろうと悩んでいます。

「……様、よ」

「はい?」

一瞬何か分かりませんでしたが、ややあって

「はい。アスカ様。」

「ええ、それでいいわ。」

姫と呼ぶのと何が違うのだろうとシンジは疑問に思いました。
でも、アスカ姫は大変満足されたようです。

「ねぇ、加持。シンジをアタシの小間使いにしなさい。」

「は?」

「小間使いよ!」

「いえ、姫のお目付け役は葛城さんに一任しております。」

「あんなのクビよ。シンジに改めて一任するわ。」

「いや、しかし、彼は整備士ですので……。」

正確に言うと、技術部整備士長です。
しかも仕官クラスの三慰です。

「用が空いている時に整備させなさい。
 小間使い兼整備士よ。主に小間使いね。」

アスカ姫には逆らえません。
ここで問題があると、また帰ると言いかねません。
結局シンジは小間使いに昇格しました。

……いえ、降格ですね。

せっかく勉強して、やっとNERVの技術部に入れたのにぃ……
ようやく掴んだ整備士長なのにぃ……。
どうして僕はこんな悲しい運命に遭うんだろう。

シンジは嘆いておりました。





EVAの整備もそこそこに、その後シンジはアスカ姫の
NERV本部のご案内役を命じられました。
一通り回った後、アスカ姫の部屋を最後に案内しました。

「というわけで、加持。ドイツに戻りなさい。
 仕事もいろいろあるんでしょ?」

普段は加持に気を使うなどということは一切しないアスカ姫です。
明らかに邪魔だと言っています。

「ですが、姫が落ちつかれるまでは、
 ご同行するように命ぜられておりますので。」

「大丈夫よ。シンジがいるし。」

「そうですか?ではお言葉にお甘えさせていただきます。」

多少心配はありましたが、久しぶりにアスカ姫から開放される……
その気持ちの方が上回ったようです。

フフフ、これでドイツに帰って久しぶりにナンパに精を出せるってもんだ。

う〜ん、実に不埒なことを考えてますねぇ。

「では加持、お疲れ。」

「姫にお気使いいただくとは、
 姫も成長されましたな。ハッハッハ。」

「これも加持のおかげよ。フッフッフ。」

社交辞令・大義名分の二人の笑いがNERV本部に木霊しました。





アスカ姫の部屋にはシンジとアスカ姫の二人になりました。
広い部屋です。
50畳はあろうかという広さです。

部屋は赤を基調にした作り。

大きなベッド。
3人は寝れそうです。

立派な机。
大変高価な応接ソファー。
有名な画家の絵。

クローゼットも沢山あり、中も勿論洋服がギッシリです。

全ての装飾品が赤を基調にしています。

「ふ〜ん。少し狭いけど、ま、仕方無いわね。」

「これで狭いのですか?」

シンジは驚いています。
決して、NERVスタッフの個室も狭くはありませんが、
アスカ姫の部屋と比べると雲泥の差です。

「ええ。ドイツのアタシの部屋と比べるとね。
 でも、雰囲気は悪く無いわ。」

それもその筈です。
アスカ姫がNERVに移ると決まった時から、
加持が直接やって来て、全て指示して改装したのですから。

「今日はアタシ何もしなくていいの?」

「ハイ。そう聞いてます。」

「そう。」

「では夕食までゆっくりして下さい。」

「そん時は、アンタも来るのよ!」

「え?」

「当然でしょ。」

「いや、でも……給仕の人が来るとか聞いてますけど。」

「それでも来るのよ。一緒に食べるのよ。」

「ええ〜〜〜〜〜〜〜っ?!」

「ええ〜じゃ無いわよ。
 光栄でしょ。このアタシと食べれるなんて。」

「……ハイ。」

食事の時ぐらい一人で静かに過ごしたかったな。

内心そう思いつつも逆らえ無いシンジでした。





夕食も済みました。
シンジは急いでEVAまで戻って作業を再開しました。
技術部長赤木リツコにくれぐれも遅延の無いように命ぜられていたのです。

別にサボった訳じゃ無いのに。

自分の立場を悲しく思っていました。
しかし、作業再開30分後。

ピーピーピー♪

アスカ姫に持たされたポケベルが鳴りました。

もう、何だって言うんだよ。
まだ作業が残ってるのに。

でも逆らえません。





「一体どうしましたか、アスカ様?」

既にアスカ姫は眠る準備が整っています。
一体何の用事でしょう。

「寝るのよ。」

「それは見れば分かります。」

「添い寝なさい。」

「…………。ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!」

「じょ、冗談よ。ホホホ。」

「い、い、一体何なんですか?」

シンジの声も大きくなってます。
多少我慢の限界を超えつつあるようです。

「ご本を読んで頂戴。」

「はい?」

「寝る前に、本を読んでっていってるの。
 毎日の習慣なのっ!」

「はぁ……。」

それくらい、自分で読んでよ……

泣きたい気持ちでしたが、先ほど作戦部長のミサトからも

「くれぐれも姫のことヨロシク頼んだわねん。」

と念を押されています。
正確にいうと、完全に押しつけられたのです。
しぶしぶ、シンジは本を読み始めました。

「ちょっとぉ。電気を消さないと寝れないじゃ無いのぉ。」

「でも、そうすると本を読むことが……。」

「そこのスポットライトがあるでしょ〜が。」

スポットライトを頼りにシンジは本を読み始めました。

読み始めて5分後。
アスカ姫は眠りについたようです。
慣れないドイツからの移動で疲れたのでしょう。

早く寝てくれて良かった。

シンジは安堵しました。

パタン

本を閉じ、蹴飛ばされたアスカ姫の布団を整えます。
アスカ姫の顔がスポットライトに照らされて
何とも幻想的な美しさを醸し出していました。

寝てると……可愛いんだけどな。

思わず見とれそうになってしまいましたが、
部屋から出ようと立ちあがりました。

「誰かアタシと遊んでよ……。」

急にアスカ姫が喋ったのでシンジはビックリしました。

でも、スヤスヤと寝ているようです。

「なんだ寝言か……。」

スポットライトを消し、シンジは部屋から出ました。





EVAの整備をその後再開したシンジが寝たのは
午前3時を超えてからでした。




ピーピーピー♪

「う〜ん……誰だこんな朝早く。」

シンジが目を擦りながら時計を見ると7時です。

ピーピーピー♪

「ハッ。アスカ様か。」

慌てて着替えてアスカ姫の部屋に駆けつけます。
待たせるとまた雷が落ちてしまいます。

「どうしました?」

「朝食よ。」

「朝食ですか?」

「一緒に食べましょ。」

食べるより寝ていたいシンジですが、
しぶしぶ付き合います。

「今日はぐっすり眠れて快適な朝だったわ。
 ベッドが変わったんで心配してたけど、良かった。
 シンジは良く寝れた?」

「いえ……4時間と寝てません。」

さすがのシンジも睡眠不足で機嫌が悪いようです。

「どうして?何をしていたの?」

「アスカ様のEVAの整備ですよ。」

「な、なんて酷いの。
 シンジをこき使うなんて、このNERVは鬼ね!」

こき使ってるのはアスカ様でしょ!

心の中でシンジは突っ込むのでした。





初めてのシンクロテストが始まりました。

「では、姫。テスト行います。」

リツコが主導で行っています。

「嫌よ。」

「は?」

「嫌ったら嫌よ。どうしてアンタに命令され無くちゃいけないの。」

「命令っていうか……従っていただかないと。」

「それが嫌だって言うのよ。
 シンジ。そこにいるんでしょ。早くどっかに遊びにいきましょ。」

発令所後方にいたシンジは突然呼ばれてビックリしています。

「駄目ですよ、アスカ様。」

「だってぇ〜。ちゃんと動くのかどうかも妖しいものに乗ってらんないわよ。」

「そんなことありません。」

威信をかけたEVAなのでリツコはムキになりました。
しかしアスカ姫は無視しています。

「僕が整備したのに……。」

つい、シンジも愚痴をこぼします。

「え?そ、そう。シンジが整備したの。じゃ、大丈夫ね。」

「……では、赤木博士に従って下さい。」

「なんで、あんなマッドに命令されなきゃいけないないのよっ!」

はぁ〜

シンジは溜息をつきました。

「アスカ様。早くテストを終了させて、一緒に昼食にしましょ。」

ピクン

一緒に昼食?

ピクピクン

「し、仕方無いわねぇ。」

ようやくアスカ姫はやる気になったようです。

「シンクロ開始。」

「LCL注水。」

「何よこれ〜ぇ?」

「LCLです。息を我慢せずに肺に満たして下さい。」

リツコが説明します。

「嫌。気持ち悪ぅ〜い。」

「我慢して下さい。」

「嫌よ。」

息を止め、懸命に逆らいます。

「アスカ様。我慢して下さい。」

シンジも懸命になだめます。

「し、仕方無いわねぇ。」

ようやくアスカ姫は我慢する気になったようです。

「では、レバーを少し動かして下さい。」

リツコが再び指示します。

「嫌よ。」

「アスカ様。レバーを引いて下さい。」

シンジがもう一度繰り返します。

「し、仕方無いわねぇ。」





以後、リツコが言ったことを、まるで通訳するかのように
シンジがアスカ姫に伝え、なんとかテストが終わりました。





そして、テスト終了後の発令所。

「ただ生意気なお嬢様って訳では無いのねぇ。」

リツコが資料を見ています。

シンクロ率91%

予想を遥かに上回っています。

「凄いですねぇ。」

シンジも感心しています。

「これなら、アレが使えるわ。シンジ君準備して。」

「ハイ。」

ピーピーピー♪

「あ、リツコさん。すみません。
 アスカ様からの呼び出しです。」

「何なの?」

「さあ、ポケベルなんで何とも。
 でも、多分昼食では無いかと……。」

「どうして携帯じゃ無いの?」

「僕も言ったんですけど、『黙って来ればいいのよ!』
 の一言で片付けられてしまいました。」

「シンジ君も大変ね。」

「はい……。」

シンジはうなだれながら答えました。

「でも、私達も時間が無いのよねぇ。
 ま、いいわ。今回はマヤに頼んでおくから。
 姫のご機嫌を損ねると碇司令も煩いし。」

「有難うございます。助かります。」





急いでシンジはアスカ姫のところへ駆け付けました。

「遅ぉ〜いっ!ぶぅ〜〜〜〜〜。」

少しご機嫌が斜めのようです。

「そんなこと言ったって……発令所にいたんですから。」

シンジも我慢がならないのか不平を言います。

「そう。悪いかったわ。」

「え?」

「悪かったっていってるのよ。感謝なさい!」

感謝って……

でも、アスカ姫が謝ったという事実の方がシンジには驚きです。

「あ、お気を使っていただき、すみません。」

「さ、食べるわよ。」

ジオフロント内部の人工的に作られた緑の中で昼食が始まりました。

「地下なのに自然の中か……何か変な感じね。」

「そうですね。」

言葉が途切れます。
昨日の夕食や今朝の朝食はとりあえず、
ドイツの暮らしなど話していたアスカ姫ですが、
さすがにネタが尽きたようです。

「何か喋りなさいよ。」

「はい……。」

しかし、もともと口下手のシンジは会話を見つけられません。

「ねぇ、シンジは友達いる?」

静寂に耐えかねたのか、アスカ姫から話しかけました。

「いますよ。地上にですけど。」

「どうせ男の子でしょ?ガールフレンドなんているわけ無いもんねぇ。」

「……まぁ、確かに男の友達ですけどね。」

「でも、いいわねぇ。」

「アスカ様は?」

「も、勿論、い、いるわよ。」

「学校の友達ですか?」

学校の友達……
飛び級で進学したアスカ姫は同年代の学校の友達はいません。

「学校にはいない……かも。」

「じゃ、近所にはいますよね?」

ドイツの大きな屋敷。
近所の者は近寄り難く、アスカ姫の父親も近所付き合いはしないので
一緒に遊んだことはありません。

「近所には……い、いない……かも。」

「そ、そうですか。あ、アスカ様のことですから、
 きっと世界中にいらっしゃるんですね。羨ましいですね。」

マズイ雰囲気だと察知したシンジが懸命にフォローしました。

ひょっとしたらお嬢様っていうのも大変なのかもしれないな。

シンジはそう思いました。

「アスカ様と友達になれたらいいんですけど……。
 あ、いや、僕じゃ釣り合いが取れないですね。ハハハ。」

何となく不憫に思って出た言葉でしたが、
言い出した後、アスカ姫が承知する訳無いと思っていました。

アスカ様はお金持ちのお嬢様。
シンジも碇司令のご子息という立場ですが、
ほとんど捨てられた息子だと思っていたのです。

僕とじゃ立場が違うよな。
きっとアスカ様も嬉しくないよな。

「アタシと友達になりたい?」

「え?」

「なに?友達になりたく無いってぇ〜の?」

「い、いえ。勿論なりたいです。」

「じゃ、握手。」

「はい?」

「と、友達になってあげるって言ってんのよ。」

「ア、アスカ様……。」

「ん〜〜〜友達なんだから、その『様』も止めね。」

「で、でも。」

「なに?アタシのいうことが聞けないってぇ〜のっ!」

「わ、分かりました。アスカ。」

「違うでしょ。”分かったよアスカ”でしょ〜が!」

「じゃ……分かったよ。アスカ。」

「それでいいのよ。」

二人は握手しました。
シンジは少し幸せな気分でした。
アスカ姫は大変幸せな気分でした。

「ほらお茶!」

「うん。」

「お手拭!」

「はい。」

「はい、じゃ無くて”うん”でしょ!」

「う、うん。」

「よろしい。」

言葉使いが変わっても結局今までと変わらないじゃないか……

シンジは心の中で突っ込んでおりました。





夜、昨日と同じくアスカ姫に本を読んで聞かせます。

本の内容は少し悲しいお話でした。
その為かアスカ姫も聞き入っていまい、なかなか寝ついてくれません。
30分かかってようやく眠りについたようです。

「はぁ〜。やっと寝てくれたか。」

アスカ?

アスカの寝顔を見ると涙がありました。

アスカの涙か……貴重なモノを見てるのかも。

そう思いながら、シンジは頬をそっと拭ってあげました。

今日読んだ話、結構泣けるもんな。

シンジはそう思いました。
しかし実はそうでは無かったのです。
その涙の本当の意味はシンジには分かりませんでした。





翌日。今日は朝から戦闘訓練です。

「いいですか?目標をセンターに入れてスイッチ押して下さい。」

リツコが説明します。

「アスカ。目標がセンターに入ったらスイッチを押して。」

相変わらず、通訳係のシンジです。

テスト終了後、リツコが資料に目を通しています。

「ふ〜ん。ただの口の悪いお嬢様って訳では無いのね。」

なかなかの反射神経、運動神経です。

「そうですねぇ。」

「シンジぃ!」

アスカ姫が発令所に戻って来ました。

「アスカお疲れ。なかなか凄い成績だったよ。」

「当然よ。」

腰に手を当て得意そうです。

「ね、シンジ。今日の午後は?」

「午後は非番なんだ。ですよね?」

アスカ姫に答えつつ、リツコに確認します。

「ええ。テストも順調だし、問題無いわ。
 久しぶりにゆっくりなさい。」

「有難う御座います。」

「じゃぁシンジ。地上を案内してよ。」

「うん。分かったよ。構いませんね?」

今度はミサトに確認します。

「ええ。午後は特に予定無いから、構わないわ。
 ただ、昼までは姫には少しEVAの説明がありますので。」

「ぶぅ〜〜〜〜〜。」

「どうせ、僕も午後までは仕事だから、ね。アスカ?」

「し、仕方無いわねぇ。」





そんなこんなでEVAの前までシンジとアスカ姫が歩いてきました。
後ろからリツコとミサトも付いてきています。

真っ白のEVAです。
現在はたった1体です。

「もうちょっとセンス無いのかしらねぇ。
 ねぇ、リツコ。
 このEVAって初号機って言うの?」

「はい。これが1体目ですから。」

「う〜ん、初号機ねぇ。なんかピンとこないわねぇ。」

「では、まだ実験タイプっていうことで零号機っていうのはどうですか?」

「零号機。嫌。嫌。絶〜〜〜〜〜っ対、嫌よ。」

「どうしたのさ、そんなに拒否反応起こして?」

シンジが尋ねます。

「な〜んか分かんないけど、嫌なのよねぇ。」

「じゃ、初号機でいいんじゃ無いの?」

「そうだわ。弐号機よ。弐号機に決定!」

「へ?だってまだ1体目なんだよ?」

「いいの。なんかピンと来たの。文句あんの?」

「ありません。」

「じゃ弐号機ね。それと……この色なんとかなさいよ。」

「色?白じゃ駄目?」

「アタシの好きな色はなんでしょう?」

「赤……かな?」

部屋を見れば分かります。
来ている服を見れば分かります。

「リツコ。弐号機を赤に塗り直しなさい。
 でないと以後乗らないからね。」

「は、はい……。」





午前中の残りの時間は技術部は大忙しでした。

MAGIやその他に登録してあるデータの内、”初号機””TYPE −1”
を全て”弐号機”や”TYPE−2”に修正です。

その上カラーリングの変更。

EVA直接にも”TYPE−1”とも書かれているので
それも変更。
全く無駄な作業に技術部は嘆いておりました。





昼過ぎ。

イライライラ

イライライライラ

イライライライライラ

文字通りアスカ姫はイライラしておりました。

「ごめん。遅くなったよアスカ。」

「アンタ午後は非番って言ってたじゃ無い。来んのが遅いわよ!」

「それはアスカのせいだろ?」

「どうしてよ。」

「機体の色の変更を命令しただろ?
 あれの作業をやって残業になったんだよぉ。」

「あっ……。」

そうです。
指示したのは他ならぬアスカ姫自身です。

「な、何もアンタがやんなくても。」

「僕が機体整備担当なんだよぉ。当然だろう?」

「わ、悪かったわね。」

「別に僕はいいけど。」

「さぁ、昼食にしましょ。」

「え?アスカまだ食べて無かったの?」

「アンタが来るまで待ってあげたのよ。
 感謝なさい。」

「そ、そう。ありがとう。」

元はと言えばアスカ姫のわがままから始まったのですが、
少し嬉しく思うシンジでした。

「さ、待ってあげたんだから、後でいいところを案内なさい。」





アスカ姫はお嬢様です。
大層大事に育てられたお嬢様です。

いくらアスカ姫と友達付き合いを始めたといえ、
危ない場所に案内できません。

繁華街を避け、箱根山を案内しました。

「いい眺めね。」

「うん。嫌なことがあるとここに来るんだ。」

お日様ギラギラ、天気は良好。
遠くには虹が見えています。

アスカ姫は日傘の影で第三新東京市を眺めています。

ただ、日傘は彼女が差しているのではありません。
シンジが持ってあげています。

……いえ、失礼しました。アスカ姫の命令で持たされていました。

「ねえ、アンタはどうしてNERVにいるの?」

「僕?そうだなぁ。父さんに認められたいから……かな?」

「ファザコン?」

「ち、違うよ。でも今まで一度も誉められたこと無いんだ。」

「そう……」

「アスカはどうしてNERVにきたの?」

「え、え〜と。」

シンジの前では世界の人々が平伏する姿を見たいから、
とは言えませんでした。

「きっと……。」

「きっと、何?」

「何でも無いわ。秘密よ。」

「教えてくれてもいいじゃ無いか。」

「駄目ェ。」

きっと、シンジと同じね。
周りの人に認めてもらいたいだけなのかもしれない、アタシも。

「闘うのは恐く無い?」

「え?」

「どうしたの?」

「ちょ、ちょっと考え事してたの。」

「そう。闘うのは恐く無いのかなって聞いたんだ。」

「別にぃ。」

「アスカって強いんだね?」

「そう思う?」

「そう思うけど……」

いつもと違う調子にシンジは戸惑っていました。
アスカ姫は何か考え事をしているようです。

アタシはシンジの何処が気に入ったのだろう?

目?
真っ直ぐ見つめられる目かしら?
きっとアタシを見てくれていると思うからかしら?

「ねぇ、アスカってば。」

考え事をしている間、シンジが呼んでいたようです。

「え?なになに?」

「そろそろ帰ろうか?」

「え〜〜〜。もう?」

「暗くなっちゃうよ。」

「ぶぅ〜〜〜〜〜。分かったわよ。
 そのかわり、次の非番の時絶対どっかに連れて行ってね。」

「うん。」

「約束よ。」

そういってアスカ姫は小指を出しました。

「どうしたの?トゲでも刺さった?」

「アンタバカァ?指きりに決まってるでしょ〜がっ!」

「あ、ああ。ごめん。」

「必ず次の非番の時もどこかへ連れていくこと。」

指きりしました。

「約束破ったら絶〜〜〜〜〜〜っ対許さないからね。」

「分かったよ。」

「あと……もう一個約束。」

「なに?」

「アタシと友達でいること。
 アタシがドイツに戻ってもずっと友達でいる……
 じゃ無くてぇ、いてあげるわ!感謝なさい。」

「ハハハ。ありがとう。」

もう一度、二人は指きりしました。

「じゃ、僕にも約束。」

「なに?」

「もし、使徒と戦うことがあっても、必ず無事に帰ること。
 でないと、どこにも連れて行けないじゃないか。」

「へ〜え。アンタも結構キザなこと言うわねぇ。」

少しシンジは照れています。

「ま、いいわ。約束してあげましょ。」

三度目の指を切りました。





夜。

アスカ姫が夕食を摂っているところに、ミサトがやって来ました。

「姫。明日のご予定を説明させて頂きます。
 10:00に発令所へ。
 シンクロテストを行います。
 13:00より、開発中の武器を使用して戦闘テストを行います。
 それから……。」

「ちょっとぉ。今シンジと食事中なの。
 あっち行ってなさいよぉ。」

「ですが、重要なことなので……。」

「うっさいわねぇ。なんでアンタに指図されなきゃいけないのよ。」

「アスカ。ミサトさんも忙しい中、わざわざ出向いてくれてるんだよ。」

シンジが助け船を出します。

「何よ。ミサトの味方なの?
 アタシと友達じゃ無かったの?」

「も、勿論友達だよ。でも、やるべきことはやらなくちゃ。」

「どうしてみんなアタシに指図するのよぉ。
 ちっともアタシの言うことなんか聞いてくれないのにぃ!」

「そんなこと無いよ。みんな聞いてるじゃ無いか。」

「うるさい。今は食事中よ。黙って食べるの!
 ミサト、下がりなさい。」

「……はい。」

退出する際、ミサトはシンジに

「あとでこの予定表を説明して。
 私じゃ駄目みたい。」

と耳打ちしました。





今日も本を読んで聞かせます。
昨日に続き少し悲しい話です。

「どうして悲しい話ばっかりなのよっ!」

そうは言っても、読むように指示したのはアスカ姫です。

「あ、だったら他のモノにしようか?」

「そうして頂戴。」

しかし別の話を読んでもなかなか寝ついてくれません。
どうも、アスカ姫はイライラして眠れないようです。

シンジはその後も1時間ほど、本を読みつづけました。

「アスカ?」

スースースー

「ようやく寝たのかな?」

寝顔を見ます。
アスカ姫は今日も涙を流しています。

どうしてかな?
今日の話はちっとも悲しくないのに……。

今日もまた、そっと涙を拭ってあげました。

「明日は笑顔だといいね。」

ポツリと言葉を残し、シンジは部屋を出て行きました。
アスカ姫の頬には再び涙が伝っていました。





翌朝。

今日もアスカ姫と一緒にシンジは朝食です。
給仕係が用意してくれます。。

「何よこれぇ!」

「はい?トーストですけど?」

「アタシはEVAのパイロットなのよ!
 厳しい訓練もあんのよ。
 こんなんじゃ、栄養が足りないじゃ無いのよぉ。
 どうしてハンバーグが出ないの?!」

「あっすみません。ですが、昨日軽めの
 朝食が良いとおっしゃられたもので。」

「問答無用。作り直し。」

「ハ、ハイィィィ。」

そのやり取りをポカ〜ンとシンジが見つめていました。

「何よ。文句あるの。」

「だってあんまりじゃ無いか。
 昨日トーストかサンドイッチがいいってアスカが言ってたのに。」

「昨日は昨日。今日は今日よ。」

「でも、いくらなんでも……。」

「我侭言っちゃ悪いの?」

「じ、自覚はあるんだ?だったら……」

「へ〜え。シンジもアタシに色々言うようになったね。」

「べ、別に……。でも、そんなことしたって得しないだろう?
 損はしてもさぁ。」

「フン。別にいいじゃ無い。
 どうせあいつら、後で陰口叩くだけよ。」

分かってるんだ。
裏で言われていること。
じゃ、どうしてそういう態度取るんだろう?

じぃーーーーーーーーーーとアスカ姫を見つめています。

「な、何よ!」

心なしか、アスカ姫の顔が赤いようです。

「べ、別に。」

「きっと加持も今ごろドイツで羽を伸ばしているに違い無いわ。」

「そっそうかなぁ?」

「分かっているわよそれぐらい。
 それにミサトやリツコだって今ごろ何を言ってるか。」

「だったらもうやめろよ。」

「命令する気?」

「そんなつもりじゃないよ。」

「何よ。み〜んないっつも命令ばっかり。
 誰が言うこときくもんですか!」

アスカ……

少しシンジは寂しい気持ちになっていました。

「僕は友達として忠告しただけだよ。」

「それが余計なお節介だってぇ〜のよっ!」

「もういいよ。僕は結局アスカの本当の友達じゃ無かったんだ。
 悪かったね。」

温厚なシンジも声を荒げ怒ってしまいました。

「フン。どうせアタシは一人で生きていくのよ。」

う〜ん。
そういえば、アスカって友達居ないみたいだなぁ。
お嬢様も大変だなぁ。
きっといろいろ縛られるんだろうなぁ。
誰とでも遊んでいい訳じゃ無いんだろうなぁ。

でも……

「それじゃあ寂しいよ。」

「アンタバカァ?アタシに限ってそんな訳あるはず無いでしょお〜が。」

そうかなぁ。
お嬢様でもお姫様でも……一人は寂しいよね、きっと。

じぃーーーーーーーーーーとアスカ姫を見つめています。

「な、何よ!」

心なしか、アスカ姫の顔が赤いようです。
でも、少し先ほどとは様相が異なっているようです。

「どうせみんな、惣流の名前が恐くて
 アタシの言うことを聞いているだけよ。
 そのくせアタシに命令するなんてやってらんないわ!」

「そんな……。」

「シンジも仕方なくアタシの傍にいるんでしょ。」

「違うよ。僕はアスカの友達だから……。」

「さっきアンタは友達じゃ無いって言ったじゃない。フンッ。」

その後、アスカ姫はぶすぅっと膨れっ面でした。





朝食後、シンジは弐号機の塗り替えの最後の仕上げをやっていました。

今日はアスカに言いすぎちゃったかなぁ。

そんなことを考えながら、塗装していました。
その為、なかなか作業は進みませんでした。

「ふぅ〜。やっとできたな。」

真紅の弐号機。
ようやく完成です。

やっぱりアスカには赤だな。
気に入ってくれるかな?喜んでくれるかな?

やはり、アスカ姫が気になるようです。

「あ、そうだ……。」

思い出したように、弐号機に向かって何かをしています。

「これで完成だ。」

シンジは満足そうです。





フィーフィーフィーフィー

その時NERVに警報が鳴り響きました。

『旧市街の方面より使徒発見。
 総員第一種戦闘態勢。繰り返す……。』

「使徒?!」

急にNERVの動きが慌しくなりました。
特に発令所は一気に緊張が高まっています。

「碇。ついに現れたな。」

「ああ。」

「では、EVAの発進準備を進めます。
 宜しいですね?碇司令」

「ああ、勿論だ。」





「姫。発進準備をして下さい。」

アスカ姫に向かってミサトが指示を出します。

「嫌よ。」

「今はそんなことを言っている場合ではありません。
 お願いですから発進準備をして下さい。」

「嫌って言ったら嫌!」

「遅れてすみません、葛城一慰。」

シンジが息を切らして発令所に来ました。

「もう、何をグズグズやっているのよ。
 姫がお冠でしょ!」

そんなこといったって……
EVAの整備をしていたに決まっているじゃないか……
そもそも本来はEVAの傍に居なきゃならない筈なのにぃ……

悲嘆にくれるシンジでした。

「アスカ。発進準備して。」

「…………」

いつものように通訳係を買って出たシンジですが、
今日はアスカ姫が言うことを聞いてくれません。

「ちょっとシンジ君、どうしたのよ?」

ミサトが耳打ちします。

「実は喧嘩をしてしまいまして。」

「こんな時に?あちゃ〜。全く困ったわ。」

ミサトは頭を抱えてしまいました。

なんとかしなくっちゃ……

「ね、アスカ。一緒に闘おうよ。」

「一緒に?」

アスカ姫が口を利きました。

「そう。僕もここで戦うからさ。」

「フンッ。裏切り者と一緒には戦いたくないわ。」

なかなかアスカ姫のご機嫌が直りません。

「裏切り者はそっちだろ?」

「なんですってぇ?!」

「僕と約束じたじゃ無いか、箱根山で。
 ず〜っと友達だって。
 あれは嘘だったの?
 僕は信じていたのに。
 僕は本気で約束したんだよ!」

静寂に包まれました。
NERVのスタッフも固唾を飲んで見ています。

命令されるのは嫌。
縛られるのはもう嫌。
でも、一人ぼっちなのはもっと嫌。
嫌、嫌、嫌、嫌ぁぁぁぁ……

「アスカ?」

「……悪かったわ。」

「アスカ……。」

「そうね。アタシが友達で無いと、ア・ン・タ・が、かわいそうだもんね。
 し、仕方ないから、言うこと聞いてあげるわ。」

「ありがとう。」

「感謝なさい!」

アスカ姫はようやくやる気になったようです。





無事にアスカ姫の駆る弐号機は地上に射出され、
第三使徒サキエルと対面することとなりました。

「姫、訓練通りにポジトロンライフで威嚇させて下さい。」

「アスカ。ポジトロンライフで威嚇して。」

通訳係のシンジです。

バババババババババババババババ

『敵、右腕先端部よりエネルギー反応あり!』

「まずい。弾薬の発射を中止して、ビルの影に一時避難して下さい。」

「弾薬の発射を中止、ビルの影に避難して。」

しかし、その時サキエルの攻撃が来ました。

ズガガガーーーーーーーーーーン

手の掌からレーザーが打ちこまれたのです。

『弐号機、左腕損傷。』

ミサトの指令をシンジが間で通訳する為、
どうしても時間差が出ます。
その差が生んだ損傷です。

「リツコ。相手の調査まだなの?」

「今やっているわよ。」

「ちっ。」

成す術がなく、アスカ姫の弐号機が押されたままです。

「ミサト。腹部のコアを狙って頂戴。」

「了解っ!姫。相手の腹部のコアが弱点です。
 再度ポジトロンライフを発射。
 と同時にビルからも威嚇射撃をします。
 隙が出たら、使徒のATフィールドを中和しつつ、
 プログレッシブナイフでコアを破壊して下さい。」

「え〜と……相手の腹部のコアが弱点で……え〜何でしたっけ?」

少々長いミサト指示に、シンジは覚えきることができませんでした。
ミサトの指示はアスカ姫には伝わっていません。
アスカ姫のほうで、ミサトからの音声をカットしているのです。

「ちょっと、シンジ何だって?」

もう一度ミサトが一つ一つ文章を切り、
ようやくシンジがアスカ姫に伝えることができました。

アスカ姫は反射神経・運動神経が抜群です。
指示の通りATフィールドを中和。
プログレッシブナイフでコアを差しました。

「やったわよシンジ!」

アスカ姫は得意そうです。

「ま、まずい。姫、避けて下さい!」

ミサトの声はアスカに聞こえません。

「アスカ。避けるんだ!」

シンジが叫んだ時にはサキエルが自爆する寸前です。

「え?あっ……」

アスカ姫も気づいたようです。
ATフィールドを最大に広げようとしましたが、
瞬間にサキエルが弐号機もろとも自爆しました。

「ア、アスカぁぁぁぁぁ!」

「至急救急班は姫の救出に向かって。
 MAGIは状況の把握を。急いで!」





辛うじてATフィールドを広げた結果、弐号機の大破は免れました。
しかし、弐号機の損傷は小さくはありませんでした。
アスカ姫も意識を失って病室に運ばれました。

「アスカ……。」

シンジは病室に駆け付けました。
アスカ姫はまだ意識を失ったままです。

いつも夜に本を読んで聞かせるシンジは、
アスカ姫の寝顔は珍しくありません。

ですが、今日は寝ているのではありません。
気を失っているのです。
しかもリツコ曰く脳波に混乱があるということです。

急激にATフィールドを全開にしたのと同時に
爆発に巻き込まれたのが原因で、脳波に異常をもたらせたとのことです。
簡単に言えば危険な状態だということです。

「アスカ。アスカ。」

アスカ姫は起きません。

折角弐号機は戻ってきたのに。
アスカも戻って来なくちゃ駄目じゃ無いか。

「アスカ。次の非番も一緒に出かけようって約束したよね?」

時計の音だけがやけに大きく響きます。

「今度はお弁当作ってあげるから、
 ピクニックにでも行こうか?」

返事はありません。

「アスカは何が好物なのかな?
 そういや今日の朝食でハンバーグが好きだって言ってたよね?」

一緒に食事をしていた時を思い出していました。
でも、ここはあの真っ赤な部屋ではありません。
空虚な病室です。

「一杯作ってあげるから……起きてよ。アスカ。起きてよ!」

暗い病室でシンジの言葉だけが響きます。

「ほら、約束だから。指きり。」

シンジはアスカ姫の手をとって、指きりしました。

「アスカは約束破ると怒るからね。絶対守るから。
 だからアスカも約束守ってよ。
 必ず無事に戻るって約束したじゃ無いか。
 戻って来てよアスカ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

シンジの声が病室で木霊しました。
再び静寂に包まれた時でした。





「う、う〜ん。」





「あ、アスカ。気が付いたんだね?」

だけど目を覚ましません。

「アスカ?」

「あ……シンジ。」

気が付いたようです

「良かった。本当に良かった。」

「何泣いてるの?」

「え?」

自分でも気が付かない内に涙を流していたようです。

「アスカが無事で嬉しかったんだよ。」

「え?」

アスカ姫は使徒サキエルとの戦闘を思い出しました。

「あ、そうか……使徒が自爆して。」

「そうだよ。心配したんだよ。」

「シンジ……アタシの為に泣いてるの?」

シンジは返事をしませんでしたが、首を縦に振りました。
ひょっとしたら感極まって、声が出ないのかもしれません。

「アタシの為に泣いてくれた人、シンジが初めて。」

「え?そうなの?」

「そ、そうよぉ。悪かったわね。」

「いや、別に。」

「でも……ありがとう。」

「あ、アスカ。あんまり無理しちゃ駄目だよ。」

「もう、照れちゃって。でも、まだ頭が重いわねぇ。」

「もう一度寝た方がいいよ。」

「うん。じゃ、本を読んで。」

「ここには持ってきてないよ。」

「じゃ取りに行きなさい!」

「病人なんだから静かに寝ようよ……ね。」

「ちっ。このアタシに逆らうっていうの?」

「そういうわけじゃ。」

「ま、いいわ。今日は特別に許す。」

「ありがとう。じゃお休み。」

「お休み。」

アスカ姫は再び眠りました。
今度は気持ち良さそうに寝ています。

今ほどアスカ姫の寝顔が見れて良かったなと
思ったことはありませんでした。





3日後。
EVAの修理にシンジは励んでいました。

「明後日非番だったわよね?」

突然後ろから声をかけられました。

「あ、アスカ?もう大丈夫なの?」

「勿論よ。これ以上病院にいたら、頭が腐るわ。」

「良かった。退院おめでとう。」

「じゃ、退院祝いに明後日何処かへ連れて行きなさい。
 約束でしょ?次の非番の日は連れて行くって。」

「分かってるよ。」

「EVAも直ったのね。」

「うん。アスカと同じでようやく退院ってとこかな?」

「そう。」

「じゃ、僕は作業が残ってるから。」

「昼食はアタシの部屋に来るのよ。」

「うん。」

シンジはEVAの点検の為、梯子を上って行きました。
アスカ姫は登り切るまで眺めていました。

さて、部屋に戻ろうかな。
あれ?

アスカ姫が何かに気づきました。
EVAの足の部分に小さな文字らしきものがあります。

落書きかしら?

良く見るとシンジの字です。





『必ず無事戦闘から戻ること。永遠の友・碇シンジより。』





シンジ……





「ちょっとシンジぃぃ!」

「何?」

「ここの文章間違っているわよぉ!」

「え?」

シンジは落書きがバレて多少バツが悪そうです。





アスカ姫が何かしています。

慌ててシンジは梯子から下りましたが、
アスカ姫はとっくに姿を消してました。

「ああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」

シンジが書いた落書きが修正されていました。





『必ず無事戦闘から戻ること。永遠の友アスカの恋人・碇シンジより。』


マナ:すっごい我侭振りねっ!

アスカ:たまには、こんな我侭お姫様役もいいじゃん。

マナ:我侭なのはいつもっ! 今回は更に輪をかけてるけど。

アスカ:でも、シンジはさすがよっ! アタシの気持ちをよくわかってるわっ。

マナ:シンジは友達になるって言っただけよ。勝手にに恋人にしないでっ。

アスカ:きっと、シンジにとっても光栄よ。アタシの恋人になれたんだから。

マナ:絶対、そんなことなーい。

アスカ:フッ。どう騒ごうと、もうシンジはアタシのものよーーーっ! わははははっ!(^^v
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