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『首都高バトル』   作:WARA

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「ケンスケって車イジるの好きだね。」

「ああ。俺には車しか……いや、車と写真しか無いからな。」

「ふ〜ん。」

「お〜い、シンジ、行こうや。」

向こうからトウジがシンジを呼んでいます。

「今行くよ、トウジ。じゃ、ケンスケ。またね。」

「おう、気をつけてな。」

ここはチューンドショップ”ネルフ”。
碇ゲンドウがオーナーの日本で屈指の改造車専門ショップです。
ケンスケはここのメカニックです。

「シンジ。いたのか?」

ゲンドウがシンジに声をかけました。

「うん。」

「どうしてお前はテストドライバーを引きうけんのだ?」

「何度も言ってるけど、僕はチューンドショップの
 後を継ぐつもりは無いんだよ。
 僕はチェリストになりたいんだ。」

「フッ。そんな夢みたいなことを。」

普段は”問題無い”を連発するくせに、
なんで今日は言わないんだよぉ。

「とにかく、いい加減に諦めてよ。」

「お前にはドライバーテクニックをつけるため、多額の投資をしたんだぞ。」

「それは父さんが勝手にしたんでしょ。」

「カートをやりたいと最初に言ったのはお前だ。」

「それは小っちゃかった時の話だよ。」

「フッ。お前には失望した。」

失望してくれて結構だよ。

シンジはようやく開放されるとホッとしました。

「役にたたん息子に食わせる飯は無い。」

役にたたん……て、ひどいよぉ。
勝手に押しつけているのは父さんじゃないかぁ。

「あら、ゲンドウさん。それはないでしょ!」

母・ユイが横から挟んできました。

さすが、母さんだ。
僕の気持ち分かってくれてるんだ……

「飯抜きなんて、甘いですわ。
 シンジ。今日から絶縁よ。
 もう帰ってこなくていいわ。」

「は?」

「聞こえなかったの?勘当って言ってるのよ。」

「な、母さんまで……。」

オーナーこそ、ゲンドウですが、
メイン・チューナーは碇ユイ、この人でした。
そしてユイは、シンジのドライバーの才能を見抜いていたので、
どうしても後を引き継いでもらいたかったのです。

「あなたも、それでいいですわね?」

「う、うむ。問題無い。」

どうして今度は”問題無い”なんだよぉ……

「ほら、シンジ。私達の要望に答えられないなら、
 さっさと出ていきなさい。」

「分かったよ。出ていくよ。行こう、トウジ。」

「あ、ああ。せやけど、ええんか?」

「いいんだよ。親のエゴで息子を縛り付けてさ。」

ププーーー

青いマーチがクラクションを鳴らしています。

「シンジく〜ん。今日休みなのぉ。
 一緒に遊びに行こうよぉ。」

「マナ。」

「丁度出かけるところなんでしょ?さぁ乗って乗って。」

「乗ってって言っても……」

マナの車を見て、シンジが当惑しています。
マナの車も改造車。
先日ユイに頼んでハードチューンを施しています。

後部座席は軽量化のため、取っ払らわれています。
エンジンはRB26DET(GT−R用のエンジン)に
積みかえられています。
排気量の小さいマーチに無理やり積みこんだ為、
助手席までエンジン周辺の機器が張り出しており、
とうてい乗れそうにありません。

「あっ……」

折角シンジ君と釣り合いが取れるようにユイさんに改造してもらったのに。
なんてことなの?

ちょっと見れば分かるでしょうに……
へっぽこですね。

「トウジ、行くよ。」

「お、シンジ。待ってくれや。」

ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

シンジの愛車スープラのエキゾースト音を轟かせ、
二人は出てしまいました。

「ちょ、シンジ君ってばぁ。」

マナが愛車のマーチで追いかけます。

ぶおぉぉぉぉーーーーん

う〜ん、マナのエキゾースト音には迫力が足りませんねぇ。
平仮名ってだけでも、終わってますねぇ。

「おいシンジ。霧島が追っかけて来とるで。
 待ったらんでええんか?」

「いいんだよ。」

「だって、お前の彼女と違うんか?」

「全然違うよ。マナとはただの友達だよ。」

「そうか?せやけど……」

「マナに改造車は危ないよ。
 ヘタにつるむと、ズルズルとこの道に進んじゃうから、
 諦めさせた方がいいんと思うんだ。」

「お前って、優しいんか冷たいんか分からんやっちゃなぁ。」

「そうかなぁ?」

「霧島って結構可愛いのに……お前、ひょっとして女に興味無いんちゃうか?」

「そんなこと無いよ。」





一方マナは……

「あ〜ん、シンジ君見えなくなっちゃったよぉ。
 ユイさん、600馬力は出てるって言ったのにぃ。」

明らかに腕がないんですよ、マナちゃん。
へっぽこでは600馬力でも意味が無いのですよ。

「絶対、諦めないんだからぁ。マナちゃん、ファイトぉ!」

ぶおぉぉぉぉーーーーん
ぷすん……

「あらぁ、エンスト……グスン。」

とりあえす、マナの出番は一旦終了。
また出番があるから、次は頑張るんですよ。





本作品のギャクキャラクター・マナはさておき、
シンジとトウジは夜の首都高に繰り出していました。

「めずらしいな、シンジ。
 最近首都高には来なんだやろ?」

「そうだね。でも、今日はいいんだ。
 走って鬱憤を晴らすんだ。」

「せやせや。行けシンジ!
 今日はとことんまで付き合ったるからな。」

「ありがとう、トウジ。」

シンジの駆るパープルのスープラが夜の闇の中を切り裂いていきます。





「なぁ、シンジ。後ろから迫ってくるマシンがあるで。」

フォォォォォォォーーーーーーーーーーン

「この音……FDじゃないかな?」

「FDってRX−7かいな?」

「うん。しかも……結構イジってるね。」

グングン迫ります。

シンジのスープラもノーマルではありません。
ハードチューンとはいかないまでも、すでに400馬力オーバー。

「青のFD(RX−7)かぁ……」

「な、なんやてぇ。ひょっとするとあの有名なミサトさんとちゃうか?」

「へ〜え、有名なんだ?どおりで雰囲気あるよ。」

「知らんのか?環状では最速かもしれんとごっつう評判があるんやで。
 確か赤木リツコが率いるMAGIチューンや。
 誰がつけたか、『青の閃光』と……
 でも、今は別の呼ばれかたしとるけどな。」

「MAGIか。聞いたことあるよ。赤木チューナーの名前と伝説もね。」

そうこう言っている間に、ミサトの駆るFDが並ぼうとしています。

「へ〜え、ネルフチューンかぁ。面白そうな相手ね。」

シンジのマシンには”NERV”と書かれたステッカーが貼ってあります。

横に並んだミサトをシンジは見ました。
するとミサトがウインドーを開けて話しかけてきました。

「あらぁ、若い男のコが2人でデートかしら?」

明らかに挑発しています。
ちなみに、現実では風きり音で会話など不可能です。
小説のお約束です……

「ワ、ワイ……鈴原トウジと申します。
 ミサトさんにごっつう憧れてました。
 お目に掛かれて光栄です。」

「あら、そう。じゃ、尚更負けられないわね。」

グビグビグビグビ

「え?」

ミサトはエビチュ片手に運転しています。

「ぷっはぁ〜。や〜っぱ走りながらのビールは最高よね〜。」

「シンジ。さっきの話の続きやけど、
 別の名を『ドランカー・FD』と言うてな……」

「はぁ〜」

シンジは呆れています。

「さぁて、戦闘準備完了。行くわよん。」

フォォォォォォォーーーーーーーーーーン
グビグビグビグビ

「す、すごい人だね……」

「シンジ、追いかけるんや!」

「なんで。」

「頼む。ワイの憧れの人なんや。」

「う〜ん……分かったよ。」

ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン
キュルルル……
フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン





首都高速湾岸線。
シンジVSミサトのバトルが始まりました。





ミサトを射程圏内に捉えるシンジのスープラ。

「お、シンジ。いけるやんけ!」

「直線じゃ、こっちが有利みたいだね。」

一気に抜き去ります。

「ちっ、優しい顔に似合わず、あのコやぁるわね〜。」

ミサトも全開で追いかけます。

「このFDだって結構パワー絞り出しているのに。
 環状仕様なんて甘いことしてるから、こうなるのね。」

スープラが大井ジャンクションで羽田線入り。
ミサトのFDもあとをついてきます。

「な、なんでやシンジ。
 あのまま湾岸行ってたら、ブッチギリやったんとちゃうか?」

「今日は一晩中走りたい気分だから、環状線に戻りたいんだよ。
 大井を超えると別料金だしぃ。横羽戻りはお金が……」

「なんや、えらいケチくさい理由やなぁ。」

「じゃ、お金出してよ。」

「いや、問題あれへん!環状戻りでええわ。」

「…………」

そんなこんなのやりとりをしている間に、
大井ジャンクションの右コーナーで一気にミサトが迫ってきました。
勾配付きの右コーナー。
コーナリング性能の差が出ます。

「コーナーが速いね、あのFD。」

「やっぱ湾岸のようにはいかんのやな。」

1号羽田線から浜崎橋にて環状内回りへ。
何とか前を死守するシンジのスープラ。

「さぁて、私のテリトリーね。」

江戸橋ジャンクション。
狭くタイトな左コーナーをミサトのFDが駆け抜けます。

「駄目だトウジ。あのFD、結構速いよ。」

「なんとか頑張るんや。」

「コーナー毎に詰められてるよ。」

千代田トンネル。
シンジの後ろにピッタリとミサトのFDが張りついています。

「何とか赤坂ストレートまで頑張るんや。」

そうかな?
赤坂ストレートで引導を渡されるのはこっちじゃないのか?

霞ヶ関トンネルの長い右コーナー。

来た。
あのFDが仕掛けてきた。

フォォォォォォォーーーーーーーーーーン

やっぱり速い、あのFD。
確かにピークパワーでは勝ってるかもしれないけど、
コーナーの脱出が速いんだ。

迎えた赤坂ストレート。
内回りの数少ない非常に短い直線。

「な、なんでや?なんで引き離されるんや。」

「元々旋回性のいいFDだからね。
 その上、加速のレスポンスがいいんだよ。
 こんな短い直線ではコーナー性能がモノを言うんだよ。」

「くそぉ〜。何とか宝町のストレートまで踏ん張るんや!
 あそこなら結構スピード乗るやろ?」

「無理だよ。その前の汐留から京橋の区間でブッちぎられるよ。」

「くそぉ〜〜〜!」

「悔しいの?」

「そりゃそうや。」

「憧れの人なんだろ?勝つより負けたほうが……。」

「アホ。勝負に男も女も無い。
 やっぱ勝たなアカンのや。」

「そういうもんなのかな?
 今、はっきり負けたって分かるけど、
 僕、全然悔しくないんだよ。」

「お前ってやつは、クールというか、冷めてるというか……。」

確かに小さい頃から見てきたから、車は好き。
それは間違いないだろう。
でも、勝負って楽しい?
負けたら悔しいの?





一方ミサトは……

「勝利の祝杯、祝杯っと……。」

グビグビグビグビ

「でも、勝ったのに、ビールがおいしくないわね。」

理由は分かってるわ。
湾岸で負けた。
彼があのまま行っていたら完全に置いてかれたわ。
それにきっと彼はより強力になってまた来る。
女の勘がそういってる。

ピポパポ

「あ、もしもしぃ。リツコ?
 ちょっち頼みがあるんだけどぉ……。」





シンジは給油をして、再び環状線を走ってました。

「やっぱ悔しいわぁ。」

「相変わらずトウジって熱いヤツだね。」

「やっぱ男は熱うなかったらアカン。」

「あっ。」

「どうしたんや、シンジ?」

「物凄いマシンが来てるよ。」

ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン

「あの音は……水平対向。ポルシェターボだね。」

真紅のポルシェがシンジのスープラにグングン迫ってきます。

「あっ。き、き、き、き、来よったぁ!」

「どうしたんだよ、トウジ?」

「あれや。湾岸の女王・レッドバード。
 惣流・アスカ・ラングレーが駆る真紅のポルシェや!」

「噂では聞いたことあるよ。」

「なんでも、ナンパ目的で勝負を挑む男が多数。
 それを全部撃沈してるっていう噂や。
 美貌も手伝って、伝説の数知れずや。」

右横にアスカのポルシェが並びました。
ポルシェは左ハンドルなのでドライバーが良く見えます。

普段は車にしか興味の無いシンジでしたが、
この時初めて違う感想を抱きました。





か、かわいい……





「ど、どないしたんや、シンジ?」

「あ、いや……なんでもないよ。」

シンジがポルシェに負けず真っ赤になっています。
アスカのポルシェが前へ出ました。

「どや、シンジ。撃沈できるか?」

「無理だよ。あのポルシェは964モデルの911。
 確か3600ccで360馬力だよ。」

「360馬力なら勝てるんとちゃうんか?」

「ノーマルならね。でも、あのステッカー。
 ゲヒルンチューン。ドイツ車専門の有名なショップだよ。
 恐らく、700馬力ぐらいは……。」

「な、ななひゃくぅ〜?!し、信じられへんな。」

「しかも、あれ、RR(リアマウントエンジン+リア駆動形式)だよ。
 よっぽど腕に自信があるんだろうね。」

「そうかぁ、じゃぁ諦めるしかあれへんなぁ。」

「いや。行くよ。」

「ど、どないしたんやシンジ?
 お前らしくないな。」

「そうかも知れない。でも、前に出たいんだ。
 僕もこんな気持ち初めてなんだ。」

ポルシェに向かってパッシングします。

へ〜え、このアタシをやろうって言うの?
この紅い怪鳥と呼ばれるこのアタシに……
悪いけどやる以上手加減は無しよ!

ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン

江戸橋ジャンクション。
右にアスカのポルシェが曲がります。

「なんや、あの女。箱崎に向かうんか?」

「恐らくこのまま湾岸だろうね。」

「コーナーぐらいなんとか詰められんか?
 湾岸に行ったら完全に置いてかれてまうで!」

「速いんだよ。とびきり速いんだよ。」

シンジが全力でコーナーを攻めます。

「す、凄い……こんなんで、よ〜車が曲がりよるなぁ……。」

「トウジ、悪いけど、ちょっと踏ん張ってね。」

スライドさせながら激しくコーナーを攻め立てます。
同乗させている時は、普段なら抑えて走りますが、今は全力です。
ですが、僅かな直線の度にどんどん離されます。

シンジが湾岸に出た頃、
アスカのポルシェは影も形もありませんでした。

「は、速いなぁ。もう見えへんでぇ。」

「結構一般車がいるのに……こんなに離されるなんて。」

「相手が悪かったんや。」

「それにしても……。」

「首都高の英雄のあの加持リョウジの無き現在、あのポルシェが最速なんや。
 しかも、加持さんの愛弟子らしいで。」

「加持さんか……」

シンジは自分が小さい時、NERVに何度かやってきた英雄・加持の姿を
思い出していました。
彼の愛車の漆黒のポルシェと一緒に。

そっか、加持さんの愛弟子……か。





「ふぅ〜」

ブッちぎったアスカはペースを落としました。

マシンがあれじゃぁ、敵にならないわねぇ。
でも腕は相当なもんだった。
ハイパワーFRであの走りっぷり。
あの男のコ、結構優しそうな顔だったけど……やるわねぇ。
でも、どうしてかなぁ?
またここで会いそうな気がする。

アスカにはシンジのスープラがはっきりと胸に刻まれました。

でも、あの男のコ、どっかで見たような。
雑誌かしら?
きっと、彼は来る。
いつの日か来る。
どうしてだろう……ドキドキする。
久しぶりに、派手なバトルができる気がする。
でもプライドに賭けて、絶〜っ対負けないわよ!





明け方。

「あ〜一晩中走ったなぁ。」

「そうだね。」

「お前、いつも無口やけど、今日はホンマ無口やなぁ。
 あの女と会ってからや。」

「初めて……前を走りたいって思ったんだ。
 なんでだろう?」

「それはな、あの女に惚れとるんや。」

「まさかぁ。」

「きっとそうや。
 カッコつけたい。だから前を走りたい。
 自分では気づいてへんのんかもしれんけどな。」

「そんなんじゃないよ。」

「そうなんか?」

「うん。」

そんなんじゃないんだ。
加持さんの愛弟子だから?
いや、違う。
ただ、彼女の前を走って……
見て欲しいのかな?僕の走りを。
いや、ひょとして僕自身を見て欲しいのかな?





その夜は勘当されていたので、トウジのアパートで過ごしました。
興奮して眠れない夜というのを、シンジは生まれて初めて体験しました。

僕は一体どうすればいいんだろう?

見なれぬ天井の下で、シンジは自問自答を繰り返していました。





翌日。

「母さん。」

「あら、シンジ。」

シンジはネルフにいました。

「どうしたの?ついにショップを継ぐ気になったのかしら?」

「僕……僕……どうしても勝たないといけない人に出会ったんだ。」

「首都高で?」

「うん。初めてなんだ。こんな気持ち。」

「そう……。勝ちたいのね?」

「うん。」

「どうしても勝ちたいのね?」

「うん。」

「ね、シンジ。ひとつ聞かせて。」

「なに?」

「相手はもしかして女のコ?」

「…………」

「そうなのね?」

「う、うん。」

「へ〜え。シンジも男のコなのねぇ。」

「ち、違うんだよ。そういうんじゃ無くて。」

「ハイハイ。」

「もう!」

二人はガレージのソファーに腰をかけました。

「昔、良くここで二人で座ったわね?」

「うん、そうだね。」

「シンジは車が好きで、いっつも見ていたわ。」

「うん。」

ユイが天井を見つめています。
きっと昔を思い出しているのでしょう。
暫くしてシンジの方を向きました。

「っで、どうしたいの?」

「僕のマシンに手を入れたいんだ。」

「そう?私に手を入れろってことかしら?」

「もし、手を入れてくれるのなら……後を継いでもいい。」

「へ〜え、そこまでシンジに言わせるなんて、
 一体どんな女のコなのかしら?」

「ユイさん。このコですよ。」

作業をしながら聞いていたケンスケが写真を出しました。

真紅のポルシェのウインド越しに写るアスカ。
鋭く前を見つめる蒼い眼が印象的です。
おそらく、望遠で捉えた写真でしょう。

「聞いたぜ、トウジから。
 あのアスカに勝ちたいんだって?」

「うん。」

「良く撮れているだろ、この写真?」

「そうだね。さすがケンスケだ。」

「へへ。」

「そう、このコに惚れちゃったんだ?
 とても可愛いコだもんね、無理もないわ。」

「か、母さん。そうじゃないんだってば。」

シンジは真っ赤です。
嘘をつけませんね。

「いいわ。手を入れてあげるわ。」

「ホントに?」

「ええ。勝ったらシンジは自由。
 負けたら跡を継ぐ。これが条件よ。」

「いいよ、それで。」

「でも、私は手を入れないわ。
 相田君。君がやって頂戴。」

「俺がですか?」

「ええ。任せたわよ。」

「頼むよケンスケ。」

「でも、とても大事な勝負なんだろ?
 俺でいいのか?」

「母さんが言ってるよ。
 経験値はまだまだだけど、才能があるって。
 そうだろ、母さん?」

「ええ。貴方ならやれるわ。
 シンジに協力してあげて。」

「は、はいっ!大変光栄です!相田ケンスケ全力を尽くして頑張ります!」

「ありがとう、ケンスケ。」

「任せときな。」

ケンスケとシンジが握手をしました。
そして、ケンスケは納車の為、出かけていきました。





「なんだか懐かしいわ。」

「懐かしい?」

「ええ。私とお父さんの出会いを思い出したわ。」

「へ〜え?」

「やっぱり首都高で出会って……
 私は技術者として自信があった。
 でも最初に見たお父さんのマシンって全然でたらめなのよ。
 なのに、めちゃくちゃ速かった。」

「あの父さんが?」

「そうよ。追突事故で片足が義足なのは知っているでしょ?」

「うん。」

「昔は速かったのよ。
 全然マシンが駄目なのにねぇ。
 それで高速下りてファミレスでお話して……。」

「父さんと話って……」

シンジにとって、ゲンドウが会話するというのは信じられません。

「口はあの通り駄目な人だけど。」

「やっぱりね……。」

「この人は凄いって思った。天才ドライバーだって。
 ホント、あの事故が無ければねぇ……。」

「母さん……」

「あの人、本当は優しい人なのよ。」

「え〜〜〜?!」

今日は信じられない話ばかりです。

「このショップを開いたのも、お父さんが走りたいからじゃなく、
 私にチャンスをくれたのよ。」

「チャンス?」

「昔は今と違って、女がチューナーになんかなれなかった。
 お父さんが相続したお金を全部注ぎ込んで、
 私の為にチューンドショップを開いてくれたのよ。」

「全然、知らなかった。」

「それとね、シンジを跡継ぎさせたいのは、本当は私なのよ。
 不運な事故でお父さんは走れなくなった。
 それを一番悲しんでいるのは私だって知ってるのよ、あの人は。
 そして、息子のシンジに期待をかけているのもね。
 だから、あの人はシンジに後継ぎを勧めているのよ。」

「そう……だったんだ。」

「ゴメンねシンジ。あなたに負担をかけて。
 でも、昔のあの人にそっくりなのよ、走っているシンジは。」

母さんゴメン。
そんなこと知らなかったんだ。
僕はただ重責から逃げたかったんだ。
期待されるのは苦手だから……
勝負ごとは好きじゃなかったから……
本当はチェリストだってそんなになりたい訳でもなかったんだ。

「もし負けたら、後を継ぐよ。」

ユイをキッと見つめ、シンジは言いました。

「本当に嫌なら、継がなくても構わないわ。
 勝っても負けても……ね。」

「いいよ。約束だから。
 それに、絶対勝つんだ。」

「シンジ……」

シンジの成長ぶりを嬉しく思うユイでした。





それから2週間後。
昼休みにシンジとケンスケがファミレスに来ていました。

「とりあえず、このあと乗ってみてよ。
 結構いい感じだぜ。」

「だね。結構雰囲気あるよ。」

店内から見える駐車場のパープルのスープラを見ました。
外見上は変化はありませんが、シンジは満足そうです。

「ブースト1.5で700馬力を保証するよ。」

「ってことは、タービンはT88?」

「ああ。」

「ドッカンターボだよね。」

「フフフ。この相田ケンスケを舐めてもらっちゃ困るぜ。
 T88とは思えないツキの良いレスポンスに驚くハズだ。」

「さっすが、ケンスケ。」

「それに、足回り。
 どっからでもレーンチェンジできるぜ。
 一般車なんて気にならない筈だ。
 かといって、高速安定性だって抜群だぜ。」

「凄そうだなぁ。」

「ま、百聞は一見にしかずだ。飯も食ったし早速試してみてくれ。」

「うん。」






ぶおぉぉぉぉーーーーん

あ、あの紫のスープラはシンジ君のじゃないかしら?

きき〜〜ぃ

マナがシンジのマシンを見つけたようです。
でもセンスが無いですねぇ。
”紫”じゃなく”パープル”って呼ぶべきですねぇ。

あ、シンジ君が出てきた。

「シンジく〜ん!」

愛車のマーチを降りて、シンジを呼びます。
ですが、シンジは気づかずスープラに乗ってしまいました。

「シンジくんってば。もう、追いかけちゃうもんね。」

ユイさんに頼んでオートマにしてもらったから、
今度はエンストなんてしないも〜ん。
行くわよ、マナちゃん。
えいえいお〜〜〜よ!

あっ

「内鍵……しちゃってる。グスン」

相変わらずのへっぽこぶりですねぇ。





本作品の駄目駄目キャラクター・マナはさておき、
シンジとケンスケは国道を走っていました。

「結構混んでるね。」

「ま、仕方ないさ。」

「でも、足がいいよ。レーンチェンジが楽勝だ。
 これならどっからでも踏んでいけるよ。」

「だろ?」

「それに、なんてレスポンスがいいんだ。
 低速回転域だっていうのに、スムーズだし。」

「フフ。いい感じだろ?」

「うん。今日、早速セットアップに行こう。」

「ああ。とことんやろうぜ。」





ネルフが本腰入れて、スープラを仕上げている。
そういう情報が走り屋の間で囁かれていました。
もちろん、アスカの耳にも入ってます。

あの男のコ、ネルフの碇ユイの息子だったのね。

カー雑誌のネルフの紹介の写真に小さく写っているシンジの姿を
アスカは確認していました。

噂では今週末か……
ネルフが本気となると、相手にとって不足はないわ。

アスカは、とある写真を眺めていました。

加持さん……アタシの憧れだった人。
首都高の英雄。
そして首都高で散った人。

今までず〜っと亡霊と闘ってきた。
加持さんの後姿の亡霊と闘ってきた。
絶対敵わない人との闘い、それがすべてだった。

でも、今度は違うわ。
碇シンジ……きっとアンタなら答えてくれる。
加持さん見ていてね。
本当のアタシを出しきるから。

アスカもモチベーションを高めていました。





そして3日後の週末。
セットアップを完了したパープルのスープラが闇の中を走り出しました。





「おい、シンジ。あの女に会えるんやろか?」

トウジも同乗しています。

「会えるよ。」

「なんで分かるんや?」

「なんとなく……ね。でも、会えるって思えるんだ。」

「勘ってやつか?」

「違う。でも、分かるんだ。」

「ふ〜ん。せやけど、ワイが同乗してても構へんのか?」

「同乗したいって言ったのはトウジだろ?」

「そや。ワイはシンジが男になった姿を見たいんや。」

「ハハハ。じゃ、乗っていたらいいよ。」

「でも邪魔にならんか。邪魔やったら降りるで。」

「いいよ。但し同乗する以上、命の保証はしないよ。」

「ああ、構へん。好きにやってくれや。」





静かに環状線を周回します。

「おらへんなぁ。」

「ちょっと箱崎から湾岸に向かうよ。」

「なんでやねん?」

「なんとなく……ね。」

江戸橋から6号線。
そして箱崎を経て9号線へ。

箱崎ジャンクションを過ぎた時に後ろから迫るマシンがありました。

「来たんと違うか?」

「いや、あれは……FDだな。」

フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン
キュルルル……
フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン

「ミ、ミサトさんや〜!」

「ちょうどいい準備体操になりそうだね。」

シンジは自信満々のようです。

「い、いたわ。例の彼が。
 確か碇シンジだったかしら。」

ミサトもシンジのことを雑誌で調べていたのです。

「おい、シンジ。あっさり先行かせてどないすんねん。」

「大丈夫だよ。」

「あっ!」

「どうしたの?」

「あれ見てみ。あのステッカー。
 AKAGIと書かれてあるで。
 赤木リツコ自ら手を入れたんや。」

「相手に不足は無いね。シートベルトしっかりしといてね。」

「おう。」

フフフ、来たわね。シンジ君。
今度は高速エリアでもそう簡単にはいかないわよ。
なんたってリツコスペシャルの600馬力仕様だもんね。

「行くわよ!」

フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン
キュルルル……
フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン

グビグビグビグビ

相変わらず、エビチュを飲みながら戦闘モードに入りました。





9号線が多少混んでいます。
ミサトのFDの後ろをつけながら、オールクリアを待っています。





辰巳ジャンクション。
左に折れて、首都高速湾岸線。
一般車が減り、絶交のバトルチャンス。

「行くわよ。リツコスペシャルのブースト1.5よ!」

ミサトがパワー全開に入ります。
もちろんシンジもフルスロットル。

ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン
キュルルル……
フォォォォォォォーーーーーーーーーーーーン

「は、速い。あのスープラ、めちゃくちゃ速い。」

ミサトは驚愕しています。

時速250Kmオーバー。
そこからの加速についていけません。

ついにFDの前をシンジのスープラが出ました。

「めちゃくちゃ速いやんけ、このスープラ。」

「うん。ターボのツキがめちゃくちゃいいんだ。」

「ケンスケってやるんやなぁ。」

「うん凄いよ。」

大井ジャンクションで湾岸を降ります。

「また環状に戻るんか?」

「今度は大丈夫。足もいいし、このレスポンスなら負けないよ。」

勾配付きの右に曲がるコーナー。
ブレーキングでは軽いFDが有利です。
一瞬差を詰められます。

コーナーを抜けて再び加速。

ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

「ぬぅあ〜んてインチキ。物凄い加速じゃないのぉ、あのスープラ!」





そして羽田線合流。

ゆるやかなコーナーが続いていきます。

「なんや、一般車が多いやないか。
 せっかく引き離すチャンスやったのになぁ。」

「大丈夫。環状でケリをつけるよ。」

浜崎橋ジャンクション。
環状線内周りに合流。

「こ、ここで負けるわけにはいかないわね。」

汐留のコーナー。
一般車の間をすり抜ける2台。

ブレーキングでは詰めるミサトのFD。
ですが、加速でどんどん引き離されます。

江戸橋ジャンクション。
差は若干詰まりました。

千代田トンネル。
一般車をパイロンのようにかわす2台。

「霞ヶ関のトンネルや。前はここでやられたんや。
 なんとか押さるんや、シンジ!」

「いや、ここでケリをつける!」

霞ヶ関トンネルの右コーナー。

「そ、そんな、ここでちぎられるなんて……。」

旋回性に自信のあったミサトのFDですが、置いてかれます。

そして赤坂ストレートから谷町のコーナー。。
2台のマシンがパワーを絞り出します。

ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

ブッちぎるシンジのスープラ。
決着がつきました。
勝負はシンジに軍配が上がりました。

こうなりゃ奥の手よ!

「必殺エビチュのイッキ飲み!」

グビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビ
グビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビグビ

「ぷっはぁ。りょぉしぃ、こんれれ、勝負をるけるわよん。」

ですが、完全に酔い過ぎ。
もうロレツも回っていない状況では、
更に差を広げられるだけでした。





「あの『ドランカー・FD』をこの環状でブッちぎったで。
 す、凄いやないけ!」

「うん。」

「なんや、シンジ。嬉しくあれへんのか?」

「性能を把握できて良かった。でもそれだけだよ。」

「湾岸の女王”レッドバード”やないと燃えへんってことなんか?」

「そうかもしれない。」

「ほんま、シンジはあの女に惚れとるんやなぁ。」

「ち、違うんだってばぁ。」

「素直に認めたらええのに。」

「確かにある意味惚れているかもしれない。
 あのポルシェから出るオーラ。
 確かに僕は虜にされている……。」

「ちゃうちゃう。アスカのオーラやろ?」

「……かな?」

「やっと認めよった。
 まず、自分を知らんと負けるで。それだけは言うとったる。」

「うん。そうかもしれない。」





その後2周環状線を回りました。

「全然来んなぁ。」

「必ず来るよ。」

「何で分かるんや?」

「う〜ん。しいて言えば、紅い炎……かな?」

「紅い炎ぉ?」

「うん。あの彼女のポルシェから放つ紅い炎……っていうか、オーラ。
 それを感じるんだ。」

「ワイには分からへんけどなぁ。」

「もう、近くまで来てるよ。」

「ホンマかいな?」





どんどん来てる。
僕には分かるんだ。





ドクンドクンドクン

高鳴る心臓。
近い?!





ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン





「き、来よった。ホンマに来よったぁ。」





紅い怪鳥『レッドバード』
6号線から江戸橋ジャンクションにて合流。





「いくよ、トウジ。」

「分かってる。好きにせい!」

見えるで。
確かに見えるで。
あのポルシェから放つ紅い炎が。
シンジはこれを言うとったんや。
これが最速の称号を持つ紅いポルシュの放つオーラなんや!





待ったわよこの時を……
ず〜っとこの時を待っていたわよ、碇シンジ……
アンタは加持さんじゃない。
アンタはアンタの後ろ姿。
でも、ず〜っとこの後姿を追いかけていたのよ、きっと。





惣流・アスカ・ラングレー
まだ話したこともないキミ……
でも、僕らは待っていたんだ、この時を。
会話なんていらない。
ここで出会って、そして走って分かるこの感じ。





今、碇シンジと惣流・アスカ・ラングレーのバトルが闇の中で幕開け。





ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン

「速い、速い、めちゃくちゃ速いペースやでぇ!
 ワイの心臓が飛び出しそうや。」

「僕も同じだよ。一杯も一杯。目一杯だよ。」

「悪いがシンジ、黙ってられへん。
 黙っていると気が変になりそうや。」

「構わないよ。僕は集中できてる!」

「お前、ブースト全開のままなんか?」

「うん。」

「ここ環状線では、ブースト絞った方が走りやすいんと違うんか?」

「本来ならそうだけど、今そうしたら置いてかれるよ。
 ちょっとでもパワーが欲しいんだ!」





凄い、凄いペース。
今までこんなペースで環状を走ったことがあったかしら?
ブースト上げたまま。
ちょっとでも油断していたら置いていかれる……
このアタシがここまで追い詰められるなんて。

負けない。負けるわけにいかない。
何があってもアタシは不敗の女王でなければならないのよ!
加持さん亡き今、アタシが一番でなきゃならないのよ!





一般車をパイロンのようにどんどんかわす2台。

「凄いなァ、あのポルシェ。
 RRなのにしっかりコーナリングしてる。」

「ほんまや。シンジがこんだけ飛ばしてるのに全然離れよれへん。」

「このスープラの素晴らしい足回り。ホント凄い。
 レーンチェンジが楽にできる。
 でもあのポルシェも全然楽にやっているんだ。
 湾岸の女王の名前はダテじゃないよ!」

まるで一本の糸のように繋がる2台。
芸術的ですらあります。





ぶおぉぉぉぉーーーーん

かわしていく一般車の中にマナのマーチがありました。

あ、あれってシンジくんじゃないの?
なに、女の人とバトルしてる訳?
私ってかっわいい女のコがいながらぁ……
よ〜し、追いかけるもんね。
マナちゃん、がんばっ!

ぶおぉぉぉぉーーーーん
ぼぉぉぉん!

「あっ……エンジンブローしちゃった。グスン。」

最後まで見事なへっぽこぶりですねぇ。
もう出番は終りで〜す。
マナちゃん、さよ〜〜なら〜〜〜〜





本作品の落ち目キャラクター・マナはさておき、
シンジのスープラとアスカのポルシェは一般車を次々抜き去っています。

分かるよ。
アスカ……君のことが。
こうやってランデブーしていると、背中でハッキリと分かるんだ。
一人で不敗を守り続けた君。
揺るぎ無い勝利への執念、そして孤独……
今、手に取るように分かるんだ。

凄いわ。
まるでず〜っとこうしているみたい。
今、アタシはあの男のコに引っ張られている。
でも……このままじゃいかないわよ。
この湾岸の女王”紅い怪鳥”の名にかけて。





「彼女が来る!」

霞ヶ関のトンネル。
アスカが仕掛けました。

「向こうが速い!」

シンジのスープラに並ぶ真紅のポルシェ。

RRならではの、トラクションを生かし、トンネル出口へ。
ついに前に出たアスカのポルシェ。

「シンジ、離されるで!」

「くそ、ここで離されてたまるか!」

なんとか食らいつくシンジです。
時速200Kmオーバー。
狭い環状線をとんでもない速さで2台が駆け抜けます。

芝公園付近のS字でシンジがピッタリと後ろにつけました。

やるわね、シンジ。
次の浜崎ジャンクションからの立ちあがりが勝負ね!

ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン

ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

立ちあがり競争。
目一杯インを突き、強引なラインで抜けようとするアスカ。
シンジは綺麗なラインを描き、徐々にアウトに膨らみながら
速度をのせていきます。

どっちが先に出るんだ?
僕か?アスカか?

アタシが先?
それともシンジが先?

FRとRRという駆動形式差が生み出す、ラインの差。
トラクションがかかるポルシェを押さえ、
外側からシンジが前に出ます。

「やった、勝ったでぇ。」

「こんなんじゃ勝ったうちに入らないよ。
 彼女はまだまだ仕掛けてくるよ。」





環状線バトル2周目。
江戸橋ジャンクションでアスカが仕掛けます。

いくわよ、シンジ。
これがアタシの攻め方よ!

こ、ここで来るか?!

ギュウゥゥゥゥゥ

2台の激しいブレーキング。
アスカは怯むことなく、強引にRRのポルシェをインにつけます。

ヴァヴァヴァァァーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン

強大なトラクションとパワーを生かし、
縦へ、前へ、それが本能であるかのように突き進む真紅のポルシェ。
そして、再びスープラの前へ。

やっぱりアスカは凄いよぉ。
あの乗りにくいポルシェを自在に操っている……。
だけど、このままじゃいかない。
さっきやられた霞ヶ関トンネルの攻防。
今度はこっちの追撃だ。

シンジがポイントに決めた霞ヶ関トンネル。
長いトンネル内の右コーナー

行くぞ、スープラ!
行くよ、アスカ!

シンジがアスカのラインから外れ仕掛けます。

こ、ここで来る?!

アスカも迎撃体勢です。





左のコーナーを抜けて赤坂ストレート!





ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン

時速200……210……220……

元々非常に短いストレートが更に短く感じます。
前を走る一般車が吸いこまれるような……
目も眩む速度がそういう錯覚を起こします。

時速240Kmからフルブレーキング。
シンジが一歩リード。
再び加速

トラクションがかかるRRのポルシェ。
しかし、シンジのスープラが抑えました。

「やったでシンジ。」

「うん。ケンスケのターボのお陰だ。
 ほんと、レスポンスがいいよ。」





ちっ負けた。
このアタシが負けた。
でも、なぜかしら?
悔しくない。

初めて……負けたのに悔しくないなんて。
環状ではもう前に出られない。
分かっているのに、なんで悔しくないんだろう?
それどころか、何か心地よい……。

加持さんの事故の後初めてね、こんな気分。
そっか……
アタシはアタシになれたんだ。

だけど……
だけど、彼はそのままじゃいかないわね。
きっと江戸橋で……





再び江戸橋ジャンクション。

「おい、シンジ。なんで右に曲がるんや?」

「湾岸に出るんだよ。」

「なんでや?湾岸は向こうのテリトリーやで?」

「このスープラだって最高速仕様なんだ。
 そこでケリをつけなくて、どこでつけるっていうんだよ!」

「シンジ……」

お前、今めっちゃええ顔してるわ。





やっぱり彼は湾岸に向かった。
必ずそうすると確信していたわ。
ホント、気が合うわね、シンジ……
だけど、湾岸では負けるわけにはいかない。
アタシがアタシである以上、絶〜っ対引くことはできないのよ!





9号線を走る2台。
シンジがモチベーションを高めます。
アスカもモチベーションをマックスまで高めます。

辰巳ジャンクション。
湾岸線に合流。

一般車を縫うように走ります。

「結構一般車が多いんやなぁ。」

「そうだね。」

「一気に勝負かと思ったんやけど。」

「必ずくるよ、オールクリアが。」

「せやな。」

大井を過ぎて一度クリアな状況になりましたが、
事故渋滞がありました。

「今日は無理なんとちゃうか?」

「いや、今日という日はもうやって来ないんだ。
 きっと彼女も全てを賭けているはずだよ。」

そう、きっとアスカも感じているよね?
今、ここでハッキリと決着をつけたいんだ。

でも、決着ってなんだろう?
アスカとの決着?
それとも自分との決着?

一方アスカもスロー走行している間に思いを巡らせています。

もう、今日はいいんじゃないの?
どうして明日まで待てないの?
環状で敗北したから?
アタシは何があっても負けたくないから?
いいえ、違う。

彼も今日の決着を望んでいるから……
それが分かるから……





事故渋滞を過ぎ、再び加速する2台。
一般車の間をを時速250kmオーバーで2台がすり抜けます。

「もうすぐ料金所やな。」

「うん。でも一般車がバラけてきた。
 多分海底トンネルあたりが勝負だね。」

料金所。
ほんの僅かな安息です。

「ふぅ〜。一気に水温と油温が下がるよ。」

「お前もポルシェもず〜っと飛ばしとるもんな。」

再び加速。

横浜エリアへ入っていきます。
200kmオーバーでタイミングを計ります。

海底トンネル。
一般車がバラけました。

そしてついにオールクリア





最高速トライ開始!





ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン
プシャァ……
ブワオオオオォォォォォォォーーーーーーーン

ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン
プシィィ……
ヴォアアアアァァァァァァーーーーーーーーン

280……290……300

時速300kmの大台に突入。
しかし、まだまだ加速する2台。

310……315……316……317

風が立ちはだかります。





どっちが速いんだ?

どっちが速いのよ?





シンジのスープラとアスカのポルシェが横一列。
前にトラック数台が見えます。

どっちが先に出るんだ?

どっちがあのトラックを先に抜けるの?

2台ともブースト目一杯。

ちっ油温が上昇してきたわ。
熱に弱いポルシェの限界かしら?
でも、引く訳にいかないのよ!
ここで、アタシ自身に負けるわけにはいかないのよ!

シンジが一歩リード。
目の前に迫る数台のトラック。
長いつばさ橋。

先に抜けるのはどっちなんだ?

先に抜けるのはどっちなのよ?

二人の思いがシンクロします。
しかし、ついにシンジが車1台分リード。





負けた……

アスカがそう思った時です。

あっ……

ボワーーーーーーーン

アスカポルシェがエンジンブローしました。

「おい、シンジ。ポルシェが遅れてるで。」

「いや、ブローしたんだ。」





アスカの視界からシンジのスープラは消えてしまいました。

あはは、負けちゃった。
このアタシが負けちゃった。
湾岸の女王の敗北……ね。

本牧ふ頭の出口でアスカは下りました。

ふぅ〜なんとか自走できたわね。
でも、どうしようかしら?
ゲヒルンのオーナーは寝ているだろうしなぁ

しかし、出口を下りたところに見覚えのあるスープラが停まっていました。
シンジがこっちへ来いと合図しています。
アスカはスープラの後ろに愛車のポルシェを止めました。

「碇シンジ君だったわね。負けたわ……。」

「僕の名前を知ってるの?」

「ええ。雑誌で見たから。碇ユイの息子でしょ?」

「うん。でも惣流さんも、凄かったよ。
 一歩間違えれば、僕がブローしてたよ。
 油温も水温も上がりっぱなしだった。」

「へ〜え、アタシの名前知ってるんだ?」

「そうやで。コイツ、いつもお前の写真持ち歩いているんや。」

「お、おい。トウジ。」

「そ、そう……」

シンジは真っ赤になっています。
アスカも同様のようです。

「あ、それでさ、惣流さん。」

「アスカでいいわよ、碇君。」

「じゃ、僕もシンジで……。」

「それで、何?シンジ。」

「母さんがトレーラーを引っ張ってくるから、心配しないで。」

「え?ホントに。助かるわ!」

「うん。」

「しっかし、エンジンいっちゃった……。
 勝負に熱くなって、ハハハ。アタシもまだまだね。」

「そんなことないよ。凄い腕だよ、アスカは。
 ほんと、ギリギリだったんだ。」

「アンタも凄かったわ。アタシも目一杯やったのよっ!」

普段のアタシならこういうセリフは言えないのに……
でも、今日は何故か清々しい気分。
不思議。





ちょっとぉ、アスカだってエンジンブローさせたじゃないのぉ。
アスカだってへっぽこでしょ?

既に出番を終えた筈のマナが茶々を入れてます。

違いますよマナちゃん。
彼女は最高速バトルの果てにブローさせたのですよ。
マナちゃんみたいに、何でもないところでブローさせたのとは
レベルが全然違うのです。
マナちゃんだけが、超へっぽこなんですよ!

そ、そんなぁ……ってもう出番終りぃ?!





本作品では”すでに用済み”のキャラクター・マナはさておき、
今もシンジとアスカは話をしています。

「今日、一本で繋がっているような錯覚がしたわ。」

「僕も同じだったよ。」

「一つ聞いてもいいかしら?」

「なに?」

「どうしてあのまま環状線を走らなかったの?
 あのまま3周目に入ったら、もっと楽に勝てたんじゃない?」

「声が聞こえたんだ。」

「声?」

「湾岸で勝負をつけよう……っていう、アスカの声が。
 間違ってた?」

アスカは首を横に振りました。

そう……やっぱり聞こえていたんだ、アタシの声。
アンタの声も聞こえたわ。
絶対湾岸でケリをつけるって。
渋滞の時も、このまま決着をつけるって。

アスカが右手を差し出しました。

「握手。」

「え?」

「握手って言ってるの!何、嫌なわけ?」

「い、いや。そんなことないよ。」

シンジとアスカは握手を交わしました。
二人は本当に繋がったような気がしました。

「おい、シンジ。彼女を送って行ってあげろや。」

「ええ?なんで?」

「なんでやあれへんやろ。もう夜も遅いんや。
 ワイがユイさんに同乗させてもらうから、
 シンジは送って行ってやれや。」

「そ、そうだね。アスカもそれでいい?」

「ふ〜ん。見かけの割には細かい配慮できるのね、アンタ。」

「余計なお世話や!ほれ、さっさと帰れや。」






シンジはアスカを乗せ送って行きました。





それから2週間後。

「母さん。僕は決意したよ。」

「何かしら?」

「僕、跡を継ぐ。」

「どうして?シンジは勝ったんでしょ?」

「僕、分かったんだ。
 あの雰囲気。血が騒ぐんだ。
 もう、忘れることができないんだ。
 2週間経って良くそれが分かるんだ。」

「そう。ありがとうシンジ。」

「そんな、お礼を言われることじゃないよ。僕が決めたんだから。」

「そうね。シンジと相田君のコンビか。
 将来が楽しみね。」

「うん、頑張るよ。」

「シンジーーーーーー!」

チューンドショップ”ネルフ”の外からアスカの声が聞こえました。

「ほら、シンジ。彼女が呼んでいるわよ。」

「か、母さんっ。」

あのバトル以降、なんだかんだと毎日二人は会っていました。
でも、免疫の無いシンジはユイに冷やかされる度に照れてしまいます。

「やぁアスカ。」

「ねぇ見てみて、シンジ。じゃ〜ん!」

「あ、マシン直ったんだ。」

「ええ。もうバッチリよ。」

「じゃ、今夜でも一緒に……。」

「そのことなんだけどさぁ、できればシンジの横に乗りたいんだけど。
 そこにあるデモカーで。」

「デモカー?」

デモカーはチューンドショップの威信を賭けたバリバリの
モンスターマシンです。

「ええ。一度乗ってみたかったの。」

「でも、母さんが何ていうか……。」

「シンジ、乗っていきなさい。」

「か、母さん。」

「こんな可愛い彼女の要望に答えないの貴方は?」

「そ、そういう訳じゃ……。」

「という訳で、アスカちゃん。
 今日もシンジをよろしくお願いしますね。」

「えっ?あ、はい。こちらこそ宜しくお願いします。」

「それとシンジ。デモカーに乗る以上、売られた喧嘩は買うこと。
 いいわね。ネルフの看板はあなた次第よ。」

「うん。分かってるよ。」

「負けたらアタシがただじゃおかないわよっ!」

アスカがシンジに耳打ちしました。

「うん。」

引き締めたシンジの横顔をアスカは見つめていました。





夜。ネルフのデモカーがレインボーブリッジを走っていました。

「わぁ見てみて、シンジ。とっても綺麗。」

「ほんとだぁ。凄いや。」

「アタシ、今まで全開でしか走ったことないから、
 こんなに綺麗って知らなかった。」

「僕もだよ。」

シフトノブを握るシンジの左手にアスカが右手を重ねていました。





ボォン……ボォン……ボオオオオォォォォォォォーーーーーン

後ろから煽ってくるマシンがいます。

「まったくムードを理解しない連中ね!」

「人のこと言えたもんじゃないと思うけど……。」

「何よっ!」

ギロっとアスカに睨まれます。

「でも、母さんが言うように、デモカーだと喧嘩売られるね。」

「違うわよ。きっとアタシ達に妬けてるのよ!」

「ハハハ……」

「ほらシンジ。照れてないでシートベルトを締め上げなさい。」

「う、うん。」

「ほらぁ、もっとしっかり締めるのよ!」

アスカがシンジの4点式シートベルトを締めつけます。

「準備完了。さぁ、デートの本番はこれからよ!」





プアアアアアアアアアァァァァーーーーーーン
プッシャァァァァ……
プアアアアアアアアアァァァァーーーーーーン





エキゾーストノートを轟かせ、
日本で一番速いデートカーがレインボーリッジを駆け抜けて行きました。





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あとがき

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いかがだったでしょうか?
LASではほとんど見たことがない、首都高を舞台にしてみました。
私自身が走るのが好きなので、いつかは書いてみようと思っていました。

正直申しますと、悪魔のZが出てくる某マンガの影響を受けています。
やっぱりアスカにはドイツ車。
だったら、ポルシェかな?
と、車種が決まった時点で、某マンガの影響が……

っで、某マンガの中では赤坂ストレート300kmなどと出てますが、
実際は……とても出せるように思えないんですが、私の腕がへっぽこ?
ああ、マナちゃんと同じだ……

最後に、比較的長めの短編でしたが、
お読みくださり、ありがとうございました。

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ギャグキャラクター・マナ:な、なに? この名前はっ!(ーー#

アスカ:スピードのバトルってのも燃えるわねっ!(^^v

駄目駄目キャラクター・マナ:そんなことはどうでもいいのっ! わたしの名前と役回りが問題なのっ!

アスカ:真紅のポルシェってのも、アタシに似合ってて素敵。(*^^v

落ち目キャラクター・マナ:←いい加減にしないと、燃やすわよっ!(▼▼# (ジャキーーーン!)

アスカ:血が燃える作品だったわね・・・ん? アンタ、なんで火炎放射器持ってるの?

用済みキャラクター・マナ:←4度もこんな名前をっ! WARA燃やすっ! (ゴーーーーーーーーーーーーーーーー!)
作者"WARA"様へのメール/小説の感想はこちら。
miya-wrc@vanilla.freemail.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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