続お姉様と呼ばないで 葉山マリナは中学一年生。13歳。家族構成は両親と兄二人。身長152cmで体重は秘密、髪の短い中性的な顔立ちの女の子でぱっと見は男の子のようだ。胸もまだほとんど膨らんでいないし、体つきも男の子と変わらない。部屋は結構少女趣味なのにいま着ているものは兄のお下がりのTシャツとジャージのズボン。女の子らしい服装も持ってない事はないが、下の兄に一度「おかまみてぇ」といわれて以来ほとんど着なくなった。 第一中学を挟んでミサトのマンションと反対側にある閑静な住宅街。その中にある葉山家の一室でマリナは今日出来てきた写真を見ていた。 お姉様ぁ……。 マリナが見ているのはアスカの隠し撮り写真だ。主に体操着や水着姿のものだった。 お姉様に会いたいよぅ……。 アスカは一緒に遊園地に行ってからしばらく後に入院してしまって学校に来なくなってしまった。それ以来会っていない。風の噂ではもうすっかりよくなってもうすぐ学校にも出てくるらしい。 好きです、お姉様……。 水泳の授業を受けているアスカを見て一目ぼれして以来、寝てもさめても考えるのはアスカの事ばかりだった。 マリナは水着のアスカが写っている写真を一枚選ぶと、右手をズボンの中、乙女の秘密の場所へと伸ばした。 「ああ、お姉様ぁ……」 切なげな声を漏らす。と、突然部屋のドアが開いた。 「おい男女、飯まだか!?」 「〜〜〜!!バカ兄貴!入るときはノックしろって何度も言ってるでしょ!」 マリナは耳まで真っ赤になって怒鳴りつけた。入ってきたのは下の兄のマイト、マリナの男嫌いの元凶だ。中三で陸上部に所属しているスポーツマン。家の中ではだらしないが、そとづらはいいので学校内では結構人気がある。 「何言ってんだよ、男女の癖に。部活やって腹へってんだよ。いいから早く飯作れ」 ドアに背中を向けていたのでマリナが自分で慰めていた事にはマイトは気がつかなかったようだ。つかつかとマリナの側までやってきた。 「おっ!アスカちゃんの写真じゃんか!どうしたんだよ、こんなもん」 マリナは体で覆い被さって写真を隠した。 「どうだっていいでしょ!お姉様の事をアスカちゃんだなんて気安く呼ばないでよ!」 「お姉様っておまえ……。まさか危ない道に目覚めたんじゃねえだろうな?」 「ほっといてよ!」 「まあいいけどよ。……そうだ、アスカちゃんの写真集めてんだったら2−Aの相田ってやつに言ってみな。売ってくれるぜ。おっと、こいつは他のやつには内緒だぞ。絶対言うなよ」 そういってマイトはマリナの頭をくしゃくしゃっとなでた。妹が可愛くてしょうがないのだ。 「もう、すぐご飯にするからでてって!……カイ兄は?」 「バイトだってさ。夕飯いらねって」 上の兄カイトは高校二年生だ。これまたマリナの男嫌いの元凶でそとづらはいいが家に帰るとだらしない。毎週違った女の子と遊びに行くのでマリナが男性不信になるのも無理ないだろう。 マイトが部屋から出ていくとマリナはほっとため息をついた。アスカの写真を見つめる。 お姉様、早く帰ってきてくださいね。 ひとしきり写真を見つめるとマリナは立ち上がって部屋を出た。両親共働きのため、夕飯とお弁当を作るのはマリナの仕事だった。 人類補完計画。中途半端ながらも発動したそれによって、人類の心は少なからず補完されていた。その証拠に犯罪は激減し、紛争は沈静化の兆しを見せはじめていた。また、病気や障害に悩む人たちはほとんど健康体になっていた。みんなそう望んだからだ。 シンジたちも影響を受けていた。シンジは以前に比べて明るく前向きになったし、ミサトやアスカも過去の亡霊から開放された。レイはちょっと困った事になっているのだが、それはともかく以前よりは普通の女の子らしくなった。 心が補完される事によってアスカが意識を回復した翌日、シンジがアスカを見舞いに来た。 トントン。 ドアがノックされたとき、アスカはボーッと天井を見ていた。今までこだわっていた事がくだらない事だとわかったのだ。心が軽くなった気がしていた。 看護婦さんがドアを開けて入ってきた。カルテを片手にベッドの側までやってくる。 「気分はどう?」 「いいです。ちょっと背中が痛いですけど」 アスカの体はかなり衰弱していた。そのため寝返りをうつのも一苦労だ。 看護婦さんがベッドの頭側を持ち上げてくれた。そして体温計をアスカに渡し、脈を取る。 ピピッ、ピピッ。 看護婦さんは体温と脈拍をカルテに記録する。そして微笑んだ。 「今日はボーイフレンドがお見舞いに来てるわよ。どうぞ!」 看護婦さんが声をかけるとドアが開いて紙袋を持ったシンジが入ってきた。制服を着ている所を見ると学校の帰りらしい。 アスカはシンジの顔を見たとたん、きゅんと胸が苦しくなった。胸は高鳴り、頭にカーっと血が上ってくる。 な、何でバカシンジなんかにときめいてるのよ!? 「アスカ、元気になって本当によかった……」 シンジの目に光るものがあった。シンジが自分の事を心配してくれた事がものすごくうれしい。と、自分の状態を思い出して布団を引っ張り目だけ出して隠れる。シンジに今のやせ細った自分を見せたくなかった。 「ごめん。アスカは僕の事、嫌いなんだよね。これ、柿持ってきたからよかったら食べて。じゃあ僕行くよ」 シンジは柿の入った袋を横の机に置くと出て行こうとした。 「あ……」 アスカの目からぽろぽろと涙があふれ出る。思わずシンジの手をつかんでいた。 「ど、どうしたの?」 突然泣き出したアスカにシンジはおろおろとしていた。 「……行かないで」 アスカは蚊の鳴くような声でそういうのがやっとだった。それでも何とかシンジの耳には届いたようだ。 「う、うん」 シンジは突然泣き出したアスカに戸惑いながらも横にあった椅子に腰掛けた。 「それじゃ、邪魔者は消えるわね。ごゆっくり」 看護婦さんはアスカの様子に微笑みながら病室を出ていった。あとには二人だけが残される。アスカは再び布団の中に隠れてしまった。 「柿、食べる?」 沈黙に耐え切れなくなってシンジが口を開いた。アスカは隠れたままこくんとうなずく。 「ナイフないから借りてくるよ」 そういってシンジは病室から出ていった。アスカには待ってる時間がものすごく長く感じられた。実際はシンジはすぐに戻ってきた。 シンジは柿をむきながら学校の近況を話した。疎開していた人たちもだんだんと戻ってきているという事だった。 「はい」 シンジはむき終わった柿を皿に載せてアスカに差し出した。アスカは隠れたまま手を伸ばすと柿に刺さった爪楊枝をつかんでさっと口にいれた。甘くておいしかった。 「どうかな?」 「……おいしい」 小さな声で答えるアスカ。シンジはそれを聞いて微笑んだ。 「よかった」 アスカはシンジの笑顔に再び胸が高鳴り、血が上ってくるのを感じた。すっぽり頭まで布団をかぶって隠れる。 「どうしたの?」 シンジが覗き込んできた。 「なんでもない」 アスカは少し落ち着いてくると再び目だけ出し、柿を食べる。それをシンジが優しく見ていた。 アスカが柿を食べ終わるとシンジが立ち上がった。 「じゃあ僕かえるよ。そろそろ晩御飯のしたくしなきゃならないから」 アスカが再びシンジの手を掴まえた。 「また来てくれる?」 隠れたままおずおずと聞くアスカにシンジは微笑んだ。 「明日また帰りによるよ」 「あたしね……シンジの事、嫌いじゃないよ」 そういってアスカは布団の中に潜り込んだ。本当は好きだといいたかったのだが今はこれが精一杯。 「よかった。てっきり僕、アスカに嫌われてると思ってたから。じゃ、またね」 シンジが帰った後、アスカはさびしくて仕方がなかった。考えるのはシンジの事ばかり。夜もろくに眠れなかった。 それから毎日シンジが見舞いに来てくれた。たまにお邪魔虫、ミサトとくる事もあったがアスカはそれが待ち遠しくてたまらなかった。早く退院して一緒に暮らしたくてリハビリもがんばった。元々努力家だった事もあって医者も驚くほどの回復ぶりだった。 十一月も終わりというある日、医者からもうすぐ退院できると言われてアスカはうかれていた。シンジを迎えるために上機嫌で髪をブラッシングし、身だしなみを整える。 トントン。 ノックにアスカはやっとシンジに会えると心躍らせた。 「どうぞ!」 ドアが開くとシンジともう一人が入ってきた。そのもう一人を見たとたん、うかれていた気持ちはしぼんで猛烈な不安と嫉妬にかられた。 「ファースト……」 レイを睨み付けるアスカ。 「アスカ、今日は紹介したい人がいて連れてきたんだ」 「ファーストなら知ってるわよ」 ついつっけんどんな口調になるアスカ。シンジはすぐにアスカの機嫌がよくない事を感じ取った。 レイはベッドの横の椅子に座るとアスカの手を取って話し始めた。 「まあまあ、あなたがアスカちゃんね。シンジったらこんな可愛い彼女がいたなんて隅に置けないわね」 「か、母さん!まだ彼女じゃないよ!」 赤くなるシンジ。アスカは自分の知っているレイの言動とのギャップに呆気に取られていた。 「ご挨拶がまだだったわね。はじめまして。シンジの母のユイです」 ぺこりと頭を下げるレイ。つられてアスカも会釈を返す。 「……どういう事?ファースト、おかしくなっちゃったの?」 呆然としてシンジに問い掛けるアスカ。シンジは事情を説明し始めた。 「実はさ、補完計画のおかげで綾波の中に母さんの魂が入っちゃったらしいんだ」 「レイよ!お兄ちゃん!」 「ああ、ごめんよ、レイ。そんでもってレイの魂も一緒に入ってるらしいんだ。ちょっと性格変わってるけど」 レイは立ち上がってシンジの腕に抱きつくとアスカに向かってべーっと舌を出す。ムカッときたがアスカは現状を認識する事を優先した。 「どうしてそんなことになったの?」 「僕も詳しい事は知らないんだけど、レイは元々母さんのクローンみたいな存在だったらしいんだ。母さんの魂は初号機に取り込まれてたんだけど、補完計画のおかげで元の肉体に近いレイの中に入っちゃったらしいんだよ」 「アスカちゃんのお母さんの魂も弐号機の中に取り込まれてたんだけど、残念ながら入る肉体がなくて天に召されてしまったの。エヴァはもう二度と動かないし作る事も出来ないわ。すべて塩に還ってしまったから」 「ママ……。それでお兄ちゃんってどういうことよ?」 「母さんがさ、どんないきさつがあろうともレイは私の娘ですって父さんに言ったんだ。それで戸籍を操作して僕の妹って事になったんだ」 「ふーん。あのファーストがねぇ」 恋敵じゃなくなったのでひとまず安心するアスカ。 「ファーストって呼ばないで!私は碇レイよ!レ・イ!お兄ちゃん、こんな女なんか放っといて帰ろう!」 レイはシンジの手を引っ張った。アスカは恋敵じゃなくなったが小姑として新たに立ちはだかる障害の存在を認識した。奪われる心配はないが以前よりも手強そうだ。 「僕はもう少しいるから先に帰っていいよ」 「そうね。お邪魔しちゃ悪いわね。しっかりやりなさいよ、シンジ」 「え〜!」 同じ口から出る言葉でも誰がしゃべっているのか何と無く分かった。ユイがしゃべると落ち着いた感じだし、レイのときは子供っぽい。ユイとレイはお互い自由に意思を伝えられるらしい。どうやらレイはユイに説得されてしぶしぶ帰る事にしたようだ。レイは最後にアスカにアカンベーをすると出ていった。 「今日はごめんね。母さんにアスカの事を話したら会わせろって聞かなくて」 シンジはベッドの横の椅子に座ると持ってきた梨をむき始めた。いつも何か果物を持ってきてはアスカにむいてやっている。 「……なんて話したの?」 「いやさ、毎日急いでどこ行ってるのかって聞かれてさ、それでアスカの所にお見舞いに来てるって言ったら母さん、すっかりアスカの事を僕の彼女だと思い込んで紹介しろってうるさくて。僕の彼女だなんて迷惑だよね。ごめん」 「……迷惑じゃないよ」 アスカはうつむいてぼそっと言った。シンジには聞こえなかったようだ。 「え?なに?」 「何でもない。そうだ、もうすぐ退院できるって」 「ほんとに?よかった!」 本当に嬉しそうにしているシンジにまたまたときめいてしまうアスカだった。 2−Aの教室。マリナはその入り口から中を覗いていた。 「あ!すけこまし!」 憎き恋敵を見つけてつい大声を出してしまった。ところがなぜか教室中の視線がシンジに集まる。 「な、何でみんな僕を見るのさ?」 ケンスケはぽんっとシンジの肩に手を置いた。 「何でっておまえ、自覚ないのか?惣流に霧島に山岸、転校生にはみんな手を出してるじゃないか」 「そやな。一年の森山にもラブレターをもろたて聞いとるで」 「なんだよ、それ。僕がいつ手を出したんだよ」 むくれているシンジの側にマリナがやってきた。シンジに向かって再び口を開く。 「すけこまし!相田って人はどこ!?」 「やっぱりおまえのことじゃないか。相田は俺だけど?」 なんで僕がすけこましなんだよ、とぶつぶつ言っているシンジを横目にケンスケは立ち上がった。 「ちょっときてください」 マリナはケンスケを教室の端まで連れていった。そばに人がいない事を確認すると声を落としていった。 「あの、お姉様の写真、売ってください」 「お姉様?ああ、思い出した。君、確か惣流の所に来てた娘だっけ。今日は見本ないんだよ」 「お姉様の写ってるの、全部買います」 「わかった。じゃあ全部焼いとくよ。一枚30円ね。ところで俺が惣流の写真売ってるって誰に聞いたの?」 「兄です」 「ふーん。誰にも言わないでくれよ。ついでに極秘情報があるんだけど買わないか?500円でいいけど」 「お姉様の事ですか?買います」 マリナはお財布から500円玉を出してケンスケに渡した。 「今度の四日に惣流が退院してくるらしい。で、四日は惣流の誕生日でもあるんで五日の11時からパーティーをやるそうだ。学校に出てくるのはその次の週かららしいよ」 「パーティーってどこでやるんですか?」 「葛城さんって人のマンションだけど。知ってるかな?」 「はい」 「じゃあ情報はこれだけだ。写真は明後日には渡せると思うよ」 「わかりました」 マリナはぺこっと一礼すると教室から立ち去った。 もうすぐお姉様に会える! マリナはカレンダーに印をつけて、その日を指折り数えて待ち望んだ。 プレゼントは何がいいかなぁ? それがマリナの悩みの種だった。趣味は特にないといっていたし、あまり高いものは手が出ない。それにアクセサリーとか月並みなものは嫌だった。やはりここは恋人候補としてインパクトのある物を贈って自分をアピールしたい。 マリナはふとテレビを見た。再放送のアニメが流れている。ボクシングの試合に負けた主人公に、可愛い幼なじみががんばったご褒美としてキスしてあげていた。 これよ!これだわ! マリナは何事かひらめいたようだ。X指定なラブレターを書くような彼女の事だ。ろくな事ではないに違いない。家中をひっくり返して自分が入れるぐらいのダンボール箱を見つけだし、毎夜宿題もそっちのけで飾り付けをするのだった。 2015年12月4日金曜日。きれいな青空が広がっていた。アスカは午前中検査を受け、退院しても問題無しと診断された。体力も何とか普通の生活は不自由しない程度に回復している。 アスカは迎えに来てくれるはずのシンジを一日千秋の想いで待っていた。ミサトに持ってきてもらったお気に入りの白のワンピースに着替え、髪も気合いを入れてセットした。荷物をまとめ終わるとする事がなくなって落ち着きなく立ったり座ったりうろうろ歩き回ったり外を覗いてみたりしていた。シンジが迎えにくる時間にはすっかり疲れて寝入ってしまっていた。 アスカが目を覚ますと日はすっかり傾いていた。横の椅子にシンジが座って、優しい顔でアスカの事を見ている。 「おはよう」 「やだ、あたしったら寝ちゃって……。起こしてくれればいいのに」 アスカは起き上がって乱れた所はないか確かめる。以前はともかく今はシンジにみっともない所を見せたくない。 「気持ちよさそうに寝てたから起こしちゃ悪いと思って。……それにアスカの寝顔、可愛かったし」 「え?」 シンジは照れたように赤い顔をして斜め下を見ていた。アスカはその言葉に真っ赤になってしまった。シンジに可愛いといわれてこの上もなく幸せだった。 「そ、それじゃ行こうか。立てる?」 「うん」 シンジが手を差し出してくれたのでアスカは少しためらってからシンジの手を取った。胸の鼓動は限界まで高鳴っている。立ち上がるとアスカは少し足元がおぼつかないふりをした。シンジはすぐに支えてくれた。 「大丈夫?おんぶしようか?」 シンジの心遣いがうれしい。アスカは恥ずかしいけれどもシンジの申し出を受ける事にした。繰り返すがアスカは日常生活に不自由しない程度には回復している。 「……うん」 シンジはアスカの荷物を持つと背中を向けて少しかがんだ。アスカは赤い顔をしてシンジの背中に乗っかった。シンジの背中は思ったよりも大きかった。ぎゅっと抱き着いてシンジの体温を感じ、今シンジを一人占めできている幸せに浸る。 リニアに乗るとシンジは一旦アスカをおろした。アスカはもっと引っ付いていたかったが仕方がない。隣に座るので我慢する。 「明日、アスカの誕生日と退院を祝ってパーティーをやる事になってるんだ。楽しみにしててね」 「うん。ありがとう」 シンジはしばらくためらった後、かばんから赤い包みの細長い箱を取り出した。 「……誕生日、おめでとう。みんなの前だと恥ずかしいから」 アスカはシンジのプレゼントに目を見開き、口に手をやってぽろぽろと涙を流し始めた。シンジは突然泣き出したアスカにおろおろとしだす。 「ど、どうしたの?迷惑だった?」 アスカは首を横に振った。 「……うれしい。ありがとう」 うつむいてぎゅっとプレゼントを抱くと小さな声でそれだけ言った。 しばらくして落ち着くとアスカが口を開いた。 「開けてもいい?」 「うん。女の子にプレゼントなんかするの、初めてだから気に入ってもらえるか分からないけど」 アスカはかさかさと包みを開いた。中に入っていたのは大粒のルビーのついた細い鎖のネックレスだった。 「ア、アスカの目の色と同じサファイアにしようかとも思ったんだけどさ、やっぱりアスカのイメージカラーって赤だと思ったからルビーにしたんだ」 シンジが照れながらまくしたてた。アスカはすっとネックレスをシンジに差し出した。 「やっぱり気に入らなかった?」 気落ちした様子のシンジ。アスカは赤い顔をして首を横に振るとぽつりと言った。 「……つけて。おねがい」 「う、うん」 シンジはネックレスを受け取るとそっとアスカにつけた。アスカの顔が目の前にあって緊張した。以前に比べてきつい所のなくなったアスカにシンジは意識せずにはいられなかった。 駅に着くとシンジは再びアスカをおんぶして家に帰った。その晩の夕飯はアスカの大好物のハンバーグだった。 その日はシンジは朝から大忙しだった。部屋の片づけと掃除を終えるとパーティーの料理に取り掛かる。まずケーキを焼いてから、アスカの好みにあわせて肉料理中心でメニューを組んだ。 シンジがくるくると料理を作っているとアスカが起きてきた。こそこそとバスルームに向かうとシャワーを浴びる。以前はシンジの前でも平気だったノーブラにタンクトップとジョギパンという格好も今では恥ずかしくってたまらない。 アスカはグリーンのワンピースに身を包み、ルビーのネックレスをつけると緊張しながら出ていった。 「お、おはよう」 「おはよう。よく眠れた?」 シンジが料理を作る手を休めてアスカににっこりと微笑みかけた。またアスカの胸が高鳴る。 「う、うん」 「すぐ朝ご飯作るね。ちょっと待ってて」 そういうとシンジはトースターにパンをセットし、ベーコンエッグを焼き始めた。パンが焼きあがるとバターを塗ってアスカの前に出す。ベーコンエッグもさっとフライパンから皿に移して出した。 「あ、ありがと」 シンジは驚いてアスカを見た。朝食を作ってアスカに礼を言われたのははじめてだ。 「どういたしまして」 シンジはにっこりと微笑むとほかの料理に取り掛かった。 料理が出来上がると机にならべていく。アスカも手伝った。以前は面倒くさいだけだったが、今はシンジのために何かしたかった。 ピンポーン。 料理が大体並んだ所で呼び鈴が鳴った。もうすぐ約束の時間だ。 「僕が出るよ。アスカは座ってて」 シンジが玄関を開けるとヒカリ、トウジ、ケンスケがいた。おめかししているヒカリと普段着のトウジ、ちょっとましな格好をしているケンスケ。 「「「今日はお招きありがとうございます」」」 「どうぞ。アスカ、待ってるよ」 三人を招き入れた。 「アスカ、元気になって本当によかった」 「ヒカリ、心配かけてごめんね」 抱き合うアスカとヒカリ。二人の目には光るものが。 「元気になってほんまよかったわ」 「鈴原、あんた怪我は?」 「いつのまにかなおっとったわ。ほれ、このとおり」 「誕生日と退院、おめでとう」 「相田、あんた相変わらずね。たまにはカメラはなしたら?」 「ほっとけよ。これは俺の生きがいなんだよ」 ピンポーン。 再会を喜び合っているとまた呼び鈴が鳴った。 「まだいるの?今度は誰?」 「その、実はレイも呼んだんだ」 申し分けなさそうに言うシンジ。アスカがレイと仲が悪い事は知っている。案の定、アスカの機嫌は悪くなった。 「何であんなやつ呼ぶのよ!?」 「一緒に戦った仲間じゃないか。それにレイが来たいって言うし」 ピンポーン、ピンポーン。 再び呼び鈴が鳴った。シンジが玄関に向かう。白いワンピースを着たレイを連れて戻ってきた。レイはシンジの腕に抱きついていて、アスカに気がつくとべーっと舌を出した。 「みんな、座ってよ。残りの料理持ってくるから少し待ってて」 「お兄ちゃん、私手伝う!」 「あ、あたしも!」 レイに対抗するアスカ。 「いいからレイもアスカも座ってて」 そういってキッチンに引っ込むとシンジはケーキと最後の料理を持ってきた。ケーキにはろうそくが立ててあり、それに火をつける。 「おまたせ。それじゃ、はじめようか」 「シンジ、ここ!」 アスカが自分の隣の座布団をぽんぽんとたたいて示した。シンジはそこに座った。レイがむーっという顔になる。 みんなのグラスにジュースを注ぐと、乾杯という事になった。音頭は例によってケンスケ。 「それでは惣流アスカさんの誕生日と退院を祝して、乾杯!」 「「「かんぱーい!」」」 「ありがとう、みんな」 涙ぐむアスカ。そんなアスカにシンジとレイ以外は驚いていた。 「それじゃアスカ、ろうそくを吹き消して」 シンジが促した。 「一息で全部消せると願いがかなうのよね」 ヒカリの言葉に頷くとアスカは息を吸い込みろうそくを吹いた。 フーッ! シンジと恋人同士になれますように! ろうそくは見事に一息で吹き消された。 ぱちぱちぱちぱち! 拍手が起こる。 「アスカ、これプレゼント」 ヒカリがかわいらしい箱を差し出した。 「開けてもいい?」 「うん」 アスカが包みを開けるとかわいらしいオルゴールが出てきた。アンティークのようだ。宝石箱になっていてふたを開けるときれいな曲が流れた。 「きれいな曲。ありがとうヒカリ」 「俺とトウジからはこれ」 ケンスケは小さな箱を差し出した。 「なに?」 「ま、見てのお楽しみ」 開けてみるとかわいらしいイルカのブローチが出てきた。銀製で目の所にルビーがはまっている。 「へ〜、あんた達にしてはいいセンスしてるじゃない。高かったんじゃないの?」 「まあね。だから二人で一つさ。実を言えばトウジの妹のナツミちゃんに選んでもらったんだ」 「ふーん。ありがと」 「碇君は?」 「あ、僕は昨日渡したから」 「なにあげたんだ?」 「い、いいじゃないかなんだって。それよりレイ、プレゼントあるんだろ?」 みんなの視線がレイに集まる。レイはむっつりと袋を差し出した。 「あけるわよ?」 アスカは受け取ると袋を開けた。中から出てきたのはこげ茶色のマフラー。 「あんたね、この暑い日本でこんなもんどうしろって言うのよ!?」 「あなた、ドイツに帰るんでしょ?もう日本にいる理由ないものね」 「帰らないわよ!」 「どうして?」 「それは……」 アスカは赤くなってシンジのほうを見ながら口の中でごにょごにょと言った。みんなもシンジを見る。シンジはきょとんとしていた。みんなに料理をすすめる。 「それじゃみんな、さめないうちに食べて」 「これみんな碇君が作ったの?」 「うん。口に合うといいけど」 「かー、うまい!さすがシンジやな!」 味も分からないような勢いでかっ食らって行くトウジ。 「ほんとだよ。まさに才能としか言いようがないね」 ケンスケの言葉に照れるシンジ。 ピンポーン。 「まだ誰か呼んでるの?」 「え?僕は知らないけど」 首をひねるシンジ。素知らぬ顔をするケンスケ。シンジは玄関に向かった。玄関の前にはきれいなでっかい箱が置いてあった。他には誰もいない。箱に書いてある宛名は「惣流アスカ様」となっていた。シンジは持ち上げようとしたが一人ではつらかった。 「トウジ、アスカに荷物が届いてるんだけど重くてもてないんだ。ちょっと手伝ってよ」 「ほい、まかしとき」 シンジとトウジはその荷物を何とかリビングまで運び込んだ。 「誰から?」 「差出人は書いてないよ」 アスカの問いにシンジが答えた。 「シンジ、ちょっと開けてみて」 「うん」 シンジはカッターを持ってくるとテープを切った。すると突然何かが箱から飛び出してきた。 「ハッピーバースデー、お姉様!!」 飛び出してきたものはシンジに抱き着くとぶちゅーっとキスした。場の空気が凍り付く。出てきたのはふりふりの可愛い格好をしたマリナだった。頭にでっかいリボンをつけている。 「……シンジの馬鹿っ!!」 横で見ていたアスカは泣きながら飛び出していった。 「え!?お姉様!?きゃー!へんた〜い!」 シンジを突き飛ばすマリナ。その場にへたり込むと泣き出した。 「ふえーん、私のファーストキスが〜!」 「碇君、アスカを追いかけて!」 「うん!」 アスカを追って家を飛び出すシンジ。行き先はなんとなく見当がついた。ユニゾンのときのあの公園だ。 シンジが公園に着くとアスカは手すりに手をついて肩で息をしていた。まだ本調子じゃないのに走ったからだ。アスカは裸足のままだった。 「アスカ、いったいどうしたの?」 アスカの後ろ姿に声をかけた。アスカは振り返らない。 「……シンジ、シンジはあたしの事どう思ってるの?」 「え?なんで?」 「答えて!」 「……よくわからないよ。多分、家族、だと思う」 「家族って何!?姉!?妹!?……それとも妻?」 アスカの肩が震えている。 「その全部かもしれない。補完世界では僕とアスカは幼なじみだった。僕がアスカに誰よりも近い女の子でいてほしいって思ったからだと思う」 「……あたしの補完世界だとあたしとシンジは夫婦だったわ。中学生なのに。……あたし、あたしシンジの事が好き。シンジが他の女の子とキスしてるのを見ると気が狂いそうなほど胸が苦しくなるの」 「アスカ……」 アスカが振り返った。泣き笑い顔だった。 「ねえ、この間病院におばさまが来たとき、『まだ』彼女じゃないって言ったわよね。それっていつか彼女にするって事?」 シンジは赤くなった。 「そ、そんなことよく覚えてたね。……僕はまだ自分がアスカの事をどう思っているのかよく分からないんだ。多分好きだと思う。そんな中途半端な気持ちの男でいいなら彼女になってくれないかな?」 アスカがシンジに抱き着いた。涙声でシンジの耳元にささやく。 「いいわ、なってあげる。但し条件があるわ」 「なに?」 「パパやママみたいにあたしを捨てないで。お願い、もう捨てられるのは嫌なの。他に好きな人が出来たならそういって」 その時はあんたを殺してあたしも死ぬから……。 「わかった」 「じゃあ約束の印に……キスして」 「え!?」 「いや?」 アスカはシンジから少し体を離すと上目遣いでシンジを見た。 「そんなことないよ」 シンジの答えを聞くとアスカは目を閉じて待ち構えた。頬を染めたアスカはとても魅力的に見えた。シンジは優しくそっと口付けた。 「帰ろう。みんな心配してるよ」 「うん」 シンジはアスカに背中を向けると少しかがんだ。 「乗って。裸足で歩いちゃ駄目だよ」 「うん」 アスカはシンジにおぶさった。ぎゅっと抱きしめる。 「苦しいよ」 「……もう放さないんだから。シンジ、クリスマスにはダイヤの指輪がほしいな。1カラットぐらいのやつ」 「いいけど、ちょっと高いよそれ」 「もう、ダイヤの指輪の意味分かってないでしょ!?エンゲージリングのことなんだからね!」 「……それは今年は勘弁してほしいな」 「わかってる。でもいつかきっと、ね」 「……うん」 しばらく無言になる二人。家はもうすぐそこだった。 家に帰るとみんながケーキを切って待っていた。人騒がせな娘、マリナはヒカリが慰めていたがまだ泣いていた。まあ自業自得なのでヒカリも慰めようがなくて困っていた。 「……だってだってお姉様に私のファーストキスをプレゼントするつもりだったんだもん。それなのにそれなのにあんなすけこましなんかにぃ!ふえぇぇ〜ん!」 「でもね、葉山さん。無理矢理って言うのはよくないと思うの。やっぱりそういうことはお互い同意のもとにね。ていうか中学生がそういうことをするのはよくないと思うし」 「ふえぇぇ〜ん!お姉様ぁ〜!」 「……シンジ、その女つまみ出して」 シンジの背中でアスカが冷たく言った。それに気付いてマリナはさらに激しく泣き出した。 「ひどいですぅ、お姉様ぁ〜!」 「ア、アスカ、せっかく祝いに来てくれたんだしいいじゃないか」 「シンジ、あんたまさかその女を……。だれよそいつは!?」 「そんなぁ、私を忘れたんですかぁ!?」 「違うよアスカ。ほら、前に一緒に遊園地に行ったじゃないか」 「思い出した!シンジ殴ろうとした性悪変態娘!」 「ううっ、そんな覚え方しないでくださいぃ」 「うるさいわね!呼ばれもしないのにくるんじゃないわよ!」 アスカはシンジの背中で腕をぶんぶか振り回す。 「アスカ、暴れないで。とりあえず足を洗おう」 シンジはアスカをおんぶしたままバスルームに入った。そこでアスカをおろして足を洗ってやる。怪我をしてないかも調べた。特に傷はなかった。 二人がリビングに戻ってみるとマリナはすんすんとはなをすすっているところだった。 「ごめんなさい、アスカ先輩。もうしませんから許してください」 ぺこり。 マリナが土下座するのをぷいっと横を向いて無視するアスカ。 「アスカ」 シンジにいわれて少しだけ機嫌を直す。 「今日の所はシンジに免じて許してやるわ。もう二度とこんなことするんじゃないわよ!」 「はいぃ!」 マリナは頭を床にこすりつけんばかりにさげた。 「……私は許さない」 ぼそりというレイ。じぃーっとマリナを睨み付けていた。実に恐い。 「レイ!」 シンジがたしなめるとぷいっと横を向いた。 「さあ、ケーキを食べましょ。せっかく碇君が作ってくれたんだから」 手際よくケーキを取り分けていくヒカリ。シンジが紅茶を入れる。 その後大きな揉め事もなくパーティーはお開きとなった。マリナはアスカに何とか取り入ろうとしていたが、愛しのシンジの唇を奪ったとして取りつくしまも無く、すっかり嫌われて気落ちして帰っていった。可哀相だが自業自得である。 その夜、シンジがベッドでW−DATを聞いているとアスカが部屋に訪れた。W−DATは昔アスカが贈ったものだ。 「どうしたの?」 シンジは胸元に枕を抱いて部屋の入り口に立っているアスカに問い掛けた。 「……寂しいの。一緒に寝ちゃだめ?」 「え?で、でも」 「……だめ?」 悲しそうな表情をして上目遣いで見るアスカにシンジは陥落した。ため息をつくと横にずれてベッドをあける。 「わかったよ。おいで」 「うん!」 それからというもの、アスカはシンジの隣で寝るのが恒例となった。シンジはアスカの柔らかい感触やいい匂いに煩悩を押さえるのが大変だったという。 おわり |