赤い空から、だんだんと青がかった黒い空へと変わっていく。ほとんど日が沈みかけていて、 月もはっきりと見えるようになった。街灯に明かりが灯り、夜の雰囲気を醸し出していた。 先ほどシンジとアスカがいた公園のベンチに、少女が一人座っていた。 地面に目を落として、何か思いつめている様に見える。 時折り吹く風に、少女の長い黒髪がさらさらと揺れる。 「はあ・・・・」 少女はため息をついた。暗く、静かな公園に響くような深いため息だった。 少女はしばらくベンチに座っていた。まるで動こうとしないので、 この暗い雰囲気の中で他人が見たら、少し驚くかもしれない。少女はただうつむいたままだった。 ふと、少女は顔を上げた。誰かの足音が聞こえたのだ。それはだんだん少女の方に近づいてくる。 「こんなとこにいたの」 見た目、少女よりも年上といった感じの、それでもまだ子供のような女性が、少女に言った。 「もう、終わったよ。帰ろう」 呼びかけに少女はコクンと頷いて、立ち上がった。 二人は公園を出て、シンジたちも住んでいるコンフォートマンションへ入っていった。 * * * 月曜日の朝。シンジとアスカは、ミサトに見送られながら家を出た。 空の青く晴れた、爽やかな朝の通りを二人は並んで歩いていた。 二人の距離が、肩が触れるか触れないか、というくらい近づいていたので、シンジは少し不思議に思った。 「あっ!」 アスカが、シンジの方を向いて叫んだ。 「アンタ、何でこんなにそばにいるのよ」 アスカはシンジとの距離を広げた。 「何でって、アスカが近づいてきたんじゃないか」 「どうしてアタシがアンタに近づかなきゃならないのよ」 「そんなの知らないよ」 「やっぱりアンタって、スケベだったのね」 「ち、違うよ」 シンジの声が裏返った。 「まさか、アタシと手つなごうとしてたんじゃないでしょうね」 「だから違うってば」 「エッチ、スケベ、エロシンジ」 アスカは、昨日シンジに浴びせた言葉をまた言って、走り出した。 「あっ、待ってよ」 シンジは慌てて追いかける。昨日とまったく同じ展開になっていた。 * * * 「おはよーヒカリ」 「おはよーアスカ」 アスカは教室に入るなり、2年A組の委員長である洞木ヒカリに朝の挨拶をした。 アスカの後ろからシンジが教室に入ってくる。 「おっセンセ、今日も二人仲良く登校か?」 鈴原トウジがシンジに声をかけた。 「お前たち何だかんだ言って仲良いよな」 と言うのは相田ケンスケ。 「ちょっと、アンタたち。なに寝ぼけた事言ってんのよ」 シンジより先にアスカが口を出した。 「一緒に住んでるんだから、一緒に登校してきて当たり前でしょ」 「当たり前って言われてもなあ」 「なあ」 トウジとケンスケは顔を見合わせた。 「アスカ、バカはほっときなさいよ」 アスカの腕を引っ張りながらヒカリが言った。 「誰がバカやて!?」 トウジの叫びもむなしく、ヒカリとアスカは無視して離れていった。 様子を見ていたシンジが、半笑いの顔をしながらようやく席についた。 「委員長のヤツ、トウジはともかく俺の事もバカにしやがって」 ケンスケが呟いた。 「何やて?ケンスケ、それはどういうことや」 「まあまあ」 トウジとケンスケの間でシンジが落ち着かせる。しかし、それは逆効果だった。 「シンジ、そもそもお前が惣流と一緒に来るからややこしいんだよ」 「そうやシンジ、お前のせいや」 「ええっ、どうしてそうなるんだよ」 まったく朝から疲れるなあ、とシンジは思ったが、そう思うのは毎度の事だった。 チャイムが鳴り、すぐに担任教師が教室に入ってきた。ヒカリの号令がかかり、生徒達はそれぞれの席につく。 「今日は転校生を紹介します」 担任教師はそう言って、教室に入ってくることを促した。 入ってきたのは、長い黒髪の小さな少女だった。アスカは「あれ?」と思い、 右隣の席のシンジの方を見た。シンジもアスカの方を向いて軽く頷く。 「昨日見た子よね」 「そうみたいだね」 二人は顔を近づけて囁いた。その様子を後ろの席で綾波レイが見ていた。レイは少し面白くなさそうな顔をした。 「片岡マイです。よろしくお願いします」 長い黒髪の少女は、見た目のおしとやかな雰囲気とは違って、ハキハキと喋った。 「君の席は、碇君の隣だね」 担任教師はそう言って、シンジの左隣の席を指差した。 片岡マイはシンジの方を向くと、目が合った。シンジは何となく照れて目をそらした。 マイは黙って自分の席につくと、またシンジの方を向いた。 「あの、昨日会いませんでした?」 「えっ、あっ、そうだね」 シンジは少しビックリして、おかしな答えになった。 「あなたとはぶつかっちゃいましたね」 マイはアスカの方を見て言った。 「あの時はごめんなさい。私がよそ見してたのに」 アスカは出来るだけ優しい声で言った。シンジはその声がおかしい事がすぐに分かった。 「もしかして、同じコンフォートマンションに住んでるのかな」 シンジはマイの顔を窺いながら聞いた。 「ええと・・・・碇君でしたっけ」 マイは質問をし返した。 「あ、そうか。僕は碇シンジだよ」 「私は惣流アスカ、よろしくね」 アスカが口を挟む。 「ええ、よろしく」 そこでちょうど朝のホームルームが終わり、ヒカリの号令がかかった。 座っていた生徒達がそれぞれ散らばっていく。シンジたちは座ってそのまま話を続けた。 話といっても、それぞれの簡単な自己紹介や、今までどこにいたか、などというありふれた話題だった。 そこにトウジたちも加わり、輪が大きくなった。 いつの時代でも、転校生というものは珍しがられるものだった。 会話から分かった事だが、片岡マイは、自分の事を「マイ」と呼んだ。 喋り方はハッキリしているものの、落ち着きがあって大人の雰囲気がある。 「ええ」とか「そうですわ」とか、上品な言い回しをよく使っていた。 その場にいた全員がマイの話に引き込まれていた。 その内一時限目のチャイムが鳴り、それぞれ席についた。 * * * 「あーあ、やっと帰れるのね」 アスカにとって、下らない退屈な授業がようやく終わり、生徒達は帰宅の用意をし始めた。 「片岡さん、一緒に帰りましょ」 アスカはマイに対して相変わらずの調子で言った。 「ええ」 マイは軽く頷いた。 「シンジ、これからゲーセン行こか?」 トウジがシンジの肩に腕を回しながら言った。 「ダメよ」 アスカがすぐに言った。 「何で惣流が言うんや」 「アンタたちと付き合ってたら、シンジがバカになるでしょ。とっくにバカだけど」 「どうして惣流がシンジの心配するんだよ」 ケンスケが口を挟んだ。 「シンジ、こんなバカは放っておいて行くわよ。片岡さん、行きましょう」 アスカはそう言うと教室を出て行った。マイがその後をついていく。 「あ、うん」 シンジはようやくそれだけ喋る事が出来た。 「何や、惣流のヤツ、バカにしよって。おいシンジ、お前アイツについていかへんよな」 トウジがシンジに鋭い目を向けた。 「えっ、ゴメン。僕行くよ」 「何ィ!?おい、ちょっと待たんかい!」 シンジはトウジの大声を後ろで聞きながら、走ってアスカたちの後を追いかけた。 「友達を裏切ったな、シンジ」 ケンスケが呟いた。それと同時に、 (シンジのヤツ、ちょっと変わったな) とケンスケは思った。しかし、すぐに思い直した。アスカの方が変わったんだな、と。 * * * アスカとマイはもうすでに学校を出て、学校沿いの道を歩いていた。 アスカはしまったと思った。何故あんな事を言ったんだろう、シンジに誤解されたんじゃないか、 今隣にいる片岡さんに変に思われなかったか、と色んな思いが頭の中をグルグル回っていた。 それを無理矢理吹っ飛ばす為にアスカは口を開いた。 「片岡さんって、兄弟はいるの?」 「マイでいいよ」 マイがすぐにそう言ったので、アスカは少しビックリした。 「あ、そうね。アタシもアスカでいいよ」 「うちにはお姉ちゃんがいるよ」 「へえ、お姉ちゃんか。いいなあ、私一人っ子だからなあ」 「でも、碇君と住んでるんでしょ?」 「えっ、まあ、そうだけど」 アスカの声が小さくなった。 「すごくいい人みたいね、碇君って」 「そ・・・・」 アスカは「そーなのよー」と言おうとしたが、すぐにやめて言い換えた。 「いい人っていうか、お人好しなのよね。いっつも人の顔色ばっかり見て」 アスカは口ではそういったが、実際はそう思っていなかった。 シンジは昔と違い、自分の意見をハッキリ言うようになっていた。 ただ、大勢の人がいる中では、そううまくいかず、いつも様子を見ているだけだった。 アスカはその辺をよく見ていて、今日家に帰ったらその事を言ってやろうと思っていた。 「あっ、碇君」 マイが後ろを振り向いて言った。 「えっ」 アスカは思わず身体をビクつかせて、後ろを振り返った。シンジが走ってこちらへやって来る。 「はあはあ、二人とも歩くの早いよ」 シンジは少し息を切らせながら言った。膝に手を置いて身体を落ち着かせている。 「アンタがとろいのよ」 「碇君、大丈夫?」 二人の女の子からの両極端な言葉に、シンジはどう返そうか迷った。 「ゴメン、大丈夫」 シンジは結局順番に返事をした。 「さっ、行きましょ」 アスカの声で、三人はすぐに歩き出した。シンジの疲れはすでに無くなっていた。 「片岡さん」 アスカとマイの間に挟まれて歩いていたシンジが呼びかけた。 「なあに?」 「兄弟とかいるの?」 シンジの言葉にアスカはシンジの方を向いたが、黙っていた。 「いるよ。お姉ちゃんがいる」 「へえ、お姉ちゃんか。いいなあ、僕一人っ子だからなあ」 アスカはクスッと笑った。今のがさっき自分が言った言葉の繰り返しだったからだ。 「歳はどのくらいはなれてるの?」 シンジはさらに質問をする。 「6、いや、7歳かな」 「結構はなれてるのね」 ようやくアスカが口を開いた。 「そうね、だから母親代わりみたいなもん、かな」 「えっ」 「えっ」 シンジとアスカは同時に声を上げ、マイを見つめた。二人に見つめられているのに気付いたマイは、 その意味が分かったように、「ああ・・・・」と言って、少しうつむいた。しかし、マイはすぐに話しはじめた。 「私のお母さんね、私が小さいときに死んじゃったんだ」 これは聞いてはいけない話題だったんだ、と二人は黙ってうつむいた。 「ゴメン」 すぐにシンジが呟いた。 「いいのよ、こういう事話すの、慣れてるから」 マイは明るく言ったが、その声に哀しみが含まれているのが分かった。 三人の間は、少し重苦しい空気になっていた。さっきマイが言ったきり、しばらく沈黙が続いていた。 それとは対照的に、空は素晴らしく晴れ上がっていて、小鳥の鳴き声もよく聞こえる。 相変わらずの空気を消し去ろうと、アスカがトウジたちの話題を振った。 シンジもそれに同調して、軽く悪口などを言ってみる。 二人の努力のかいあって、マイに自然な笑顔が戻った。二人はそれを見てホッとする。 やがて三人の住むコンフォートマンションが近づいてきて、シンジは伸びをした。 アスカとマイに挟まれて、首を左右によく振ったので疲れたのだ。 「片岡さん、それじゃまた明日」 「マイちゃん、バイバイ」 「うん、バイバイ」 マンションに入ったところで、シンジとアスカはマイと別れた。 同じマンション内でも、部屋が少し離れていたからだ。 シンジが部屋のドアを開けると、玄関の先にミサトが見えた。 「あ〜ら、二人そろって仲良くご帰宅?」 ミサトは少し下品な言い方で言った。 「違うわよ!」 アスカは靴を脱ぎ捨てて、ドカドカとミサトのところへ詰め寄る。 「ただいま」 シンジはまったく冷静に玄関を上がった。 「お・か・え・り、シンちゃん」 ミサトはノー天気な口調だった。ミサトは少しはだけたパジャマ姿でだらしなくイスに座っていて、 テーブルの上には、ミサトの大好きなビールの空き缶が3個転がっていた。 右手にはさらに一つ缶が握られている。ミサトはそれを一口飲んだ。 「お・か・え・り、じゃないわよ!アンタ、いくら休みだからって、何なのよこれは!」 「なあに、いいじゃない。昨日たくさん働いてきたんだから、この位いいじゃんいいじゃん」 アスカの大声にも、まるで動じずにマイペースに喋るミサト。 シンジは遠巻きにその様子を見ながら、さすがにこれはひどい、とミサトを非難しようと思ったが、 聞いてるだけで面白いので、そのまま手を洗いに行った。 シンジは、手を洗いながら、何かを思い出した。 (あれ、そういえば、なんか変だな) しかし、一体なにが変なのか、それは思い出せなかった。 * * * 片岡マイは、部屋のカギを開け、白く細長い腕でそのドアを開けた。 「ただいま」 と言っても、部屋の中には誰もいない。それを分かっていて言ったのだ。 マイの父親は、一般企業に勤めているので、帰りは夜になるし、 姉は大学生で、就職活動と授業におわれているが、普段は6時前には帰ってくる。 しかし、それでも中学生の帰る時間よりかは、はるかに遅い。 マイが帰るといつも一人ぼっちだった。こちらへ越してきてもそれは変わらない。 ところが、今日は様子が違っていた。 マイの「ただいま」に反応するものは確かに誰もいない。 しかし、マイはすぐに気が付いた。普通ならあるはずのない靴が玄関に置かれている。 それは見知らぬ靴ではない。マイが買ってプレゼントしたものだった。だからすぐに分かった。 今日はずいぶん早いな、とマイは少し不思議に思いながら玄関を上がる。 玄関から、すぐにダイニングにつながっていて、そこには誰もいない。 さらにその先にはリビングがあるが、そこにも誰もいない。 マイはとりあえずカバンを置きに自分の部屋へ行った。 ここにはいないだろう、と思ったが、やはりここにも誰もいなかった。 マイはカバンを机に置いて、すぐに部屋を出た。 他に部屋は二つ。姉の部屋と、父の寝室である。 マイは、近くの姉の部屋ではなく、父の寝室へ向かった。 何のためらいもなく、ドアが開かれる。 寝室は和室ではなく、スッキリとした板地の床の洋室だった。 ちょうど日のよく当たる場所にあって、窓から眩しいくらいに太陽の光が差し込んでいる。 ドアを開けてすぐ正面には本棚が置かれていて、ほとんどが文庫本で埋め尽くされていた。 よく見ると、本の背表紙に赤い点々が大小様々にいくつも付いている。 ただの汚れだとするのには到底不可能なくらいたくさん付いていた。 その原因は、本棚のすぐそばに置かれているダブルベッドにあった。 マイは、目を見開いて、口をパクパクさせていた。声が出せなくなっているようにも見える。 その視線の先には、今だかつて見たことのないほど赤い光景が広がっていた。 マイの父、片岡マサルが、ダブルベッドの上にパジャマ姿で仰向けに横たわっていた。 その全身、ベッドの周りが、おびただしい量の黒っぽい赤色の液体で覆われている。 それが血であることはマイにもすぐに分かった。 マイは、もう一つすぐに分かった事があった。 父の腹に何かが突き刺さっていた。それは、包丁でもナイフでもなく、 なんと鉛筆であった。十本以上あろうかという鉛筆が、父の腹に一ヶ所に集中するように刺さっていた。 つづく (あとがき) どうも、うっでぃです。 いやあ、まずい、まずい、まずい、まずいぞ。 場違いな話になってきてしまった・・・・。 しかも転校早々これですか。なんて下手糞な展開でしょう。 どうか許してください。 シンジとアスカの掛け合いを多くしてなんとかカバーしたいと思います。 言い訳がどんどん苦しくなっていきそうなので、ここらで失礼します。 ではではまたまた。
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