「さてと」 シンジは制服からラフな格好に着替え、財布を持って自分の部屋を出た。 ついさっきの喧騒、といっても騒いでいたのはアスカだけだが、それもいつの間にかおさまり、 アスカとミサトはリビングでだらだらとテレビを見ていた。 アスカもラフな格好に着替えていた。それはラフ過ぎると言ってもいいくらいだった。 シンジはその様子を一瞥して、すぐに玄関へと向かう。 「ちょっと夕飯の買出し行ってくるよ」 「いってらっさ〜い」 はだけたパジャマで寝転がったまま、ミサトが言った。 アスカは声が聞こえた方をチラッと見ただけで、すぐにテレビに目をやる。 ドアが開き、そして閉まる音がした。 「ほんとは一緒について行きたかったんじゃないの?ア・ス・カちゃん」 そう言いながらミサトは体勢を変えた。 「ばっ、バカ! 誰がそんな事言ったのよ!」 図星だったアスカはビックリして声を上げる。 「でも、顔に書いてあるわよん」 「なっ」 アスカの顔は赤くなっていた。 「アスカ、もうそろそろ素直になってもいいんじゃないの?ねえ」 ミサトはゆったりと、甘ったるい声で言った。 「アタシはいつだって素直よ」 「そうかしらん」 ミサトは起き上がって、あぐらをかいた。そして、少し真面目な顔になって言った。 「なにをいまさらって感じだけど、一応聞くわね。・・・・シンジ君のこと好き?」 「誰があんなバカシンジなんか」 アスカの声が上ずった。 「ほらほら、まったく素直じゃないわね」 ミサトは目を閉じて、そのまま続けた。 「口ではそう言っても、私にはちゃーんと心の声が聞こえてるのよ〜」 「な、なに言ってんのよ」 「ああ〜ほんとは一緒に行きたかったわ〜。だあいすきなシンジにべったりくっ付いて歩きたかったわ〜」 ミサトは腕を広げて大げさに言った。 「なにバカな事言ってんの!」 アスカは思い切りミサトを突き飛ばし、そのまま二人はドタバタと騒ぎ始めた。 * * * 「んー、今日は何にしようかな」 シンジは、まだ明るい空の下を歩いていた。夕飯のおかずを考えながら歩いていたので、 ついさっきも赤信号を渡ろうとして少々危険な目にあった。それでもシンジはまだ考えている。 毎日のこんだてを考えるのは主婦はもちろん、主夫にとっても苦労する事だった。 その後は危なげなくスーパーに着き、慣れた手つきでカートに買い物カゴをセットした。 結局、今晩のおかずは困った時のハンバーグに決定した。アスカも喜ぶだろうし、簡単だし、一石二鳥である。 足りない野菜を揃え、精肉コーナーでひき肉に手を伸ばそうとした時、シンジは何かに気付いた。 「あっ、ピーマンがない」 シンジはピーマンを取りに戻ろうと、すばやくカートの向きを変えた。 と、その時カートが誰かにぶつかり、ガシャンという音がした。 「ゴメンなさい」 シンジは相手の顔を見ずに、下を向いて謝った。 「こちらこそごめんなさい。私もよそ見してたから」 てっきり何か小言を言われると思っていたら、優しい声が聞こえたのですぐに顔を上げた。 ぶつかった相手は若い女性で、カートを使わずにカゴを腕に抱えていた。 その他に、少し大きめの手提げカバンを肩に下げていて、カゴがなければ女子大生、といった感じだ。 服装も水色のワンピースと爽やかで、清楚な印象を受ける。 「あ、それじゃあ・・・・」 シンジはその女性から逃げるようにカートを押して歩き出した。 ぶつかった事による気まずさもあったが、実のところ、 あのままだとずっと彼女を見つめていそうで、それが恥ずかしくなったのが理由として大きい。 見たところ二十歳前後といった感じだったが、シンジにとってその年頃の女性は新鮮で、 さらにその美しさもシンジを惹きつけるのに十分の魅力があった。 うしろを振り返ってみると、彼女の後ろ姿が遠くの方に見えた。 すぐに前を向いて、何をしようとしてたのかを少し考えてから、すぐにピーマンを探しに行った。 夕方前なのでスムーズにレジを通り、カゴの物をビニール袋に入れ、シンジはスーパーをあとにした。 すると、前方に先ほどぶつかった女性が歩いているのが見えた。 ビニール袋を両手に一つずつ抱えながらも、しっかりとした足取りだ。 それでもシンジの歩く速度より少し遅いため、シンジは困った。 もう一度顔を合わせることになっては恥ずかしい、という気持ちになったのだ。 仕方なく、間隔を十分に取りながら適度なスピードでシンジは歩き始めた。 シンジは相変わらずその女性の後を歩いていた。帰る方向が同じなのか、 普段通っている道を一緒に歩いていた。一緒といってもシンジだけがそう思っているだけである。 やがて、コンフォートマンションが近づいてきた。 (まさか同じマンションに住んでるなんて事は・・・・) シンジが思った通りになった。その女性はマンションの中へ消えていく。 (あんな人がいるなんて知らなかったな。まあ、住んでる人はたくさんいるし、知らない人がいて当たり前か) シンジはそう心の中で呟いてから、一つ思い出した。 (あ、そういえば片岡さんが、お姉ちゃんがいるって言ってたな。もしかしてあの人かな) シンジはすでに自分の部屋の前まで来ていた。ドアノブに手をかけ、ひねろうとしたその瞬間、 このマンションに起こった殺人事件を知らせる合図が聞こえた。 「キャーッ!」 外にいたシンジはもちろん、部屋の中にいたアスカとミサトにも聞こえた。 部屋の中からドタドタという音がだんだん近づいてきて、乱暴にドアが開かれた。 ガン。 ドアが勢いよくシンジの額にぶつかった。 「いてっ」 「あ、シンジいたの。」 アスカは、シンジが顔をゆがめて額をおさえているのを見たが、自分がドアをぶつけた事は知らないようだった。 「ねえ、さっきの何? 悲鳴みたいだったけど」 「うん、そうみたいだね」 「ねえねえ、行ってみようよ」 「あ、でもこれ」 シンジは買い物袋を軽く持ち上げた。片方の手はまだ額に添えられている。 「そんなの早く置いてきなさいよ」 アスカはシンジから袋を奪うと、玄関に置いた。 「さあ、行くわよ」 「あ、待って」 アスカが走り出したので、シンジも急いで追った。 悲鳴は、やや遠くから聞こえた感があり、二人は記憶を頼りに声がした方へ進んだ。 「こっちって、片岡さんちの方じゃない?」 シンジは気がついたように言った。 「そういえばそうね」 「まさか・・・・」 「なに心配してんのよ」 シンジはさっき会った女性の事を考えていた。 (あの悲鳴はもしかして彼女のものじゃないか) 二人は走るのをやめてゆっくりと歩いていた。正確な場所が分からないからだ。 しかし、すぐにその場所を発見する事が出来た。 一室のドアの前に人だかりが出来ている。二人はそこへ駆け寄った。 その部屋の表札は「片岡」だった。シンジの緊張が高まる。 その場にいた人に聞いてみると、さっきの悲鳴が聞こえてから、このドアから呼びかけても何の返事もない。 だけど勝手に入るわけにもいかないだろうというわけで、ずっとここで呼び続けるしかなかった、と言う。 「あんだけの悲鳴なのよ。大変な事になってるかもしれないってのに、なにのん気な事言ってんのよ」 アスカが野次馬集団に突っかかった。 「大変な事って何だよ」 シンジが心配そうに言う。 「そりゃあ・・・・」 アスカは一瞬言葉をつまらせた。 「とにかく、中に入ってみましょう」 アスカは人の間ををかき分けて、ドアノブに手をかけた。 周りの者は、やめといた方がいい、と口々に言い、シンジもその一人だった。 「アスカ、勝手に入るのはまずいよ」 シンジの声にも構わずにドアが開かれた。 * * * アスカは玄関で立ち止まった。玄関からすぐにダイニングがのぞけて、その奥にはリビングが見える。 その二部屋には誰もいない。 「おじゃまします」 アスカは丁寧に靴を脱いで、抜き足で部屋に上がった。 すると、すぐ右手の部屋の前に女性が倒れ込んでいた。その部屋のドアは閉まっている。 「大変!」 アスカはそう言いながらも、わりと冷静にその女性に駆け寄った。 「アスカ、大丈夫?」 シンジの声が玄関から聞こえる。 「シンジ、手伝って!」 「えっ、どうしたの」 シンジは急いで部屋に上がった。すぐにアスカの姿を見つけ、さらにもう一人、床に伏せた女性を発見した。 「あっ」 倒れている女性の服装から、先ほど出会った女性だと分かり、シンジは驚いた。 (やっぱりこの人、片岡さんのお姉さんだったんだ) 「ねえ、あなた、大丈夫?」 アスカは女性をせわしく揺さぶり、緊張した面持ちで声をかけた。 しかし、反応がない。肩が軽く上下している事から、ただ気を失っているだけだろう。 一体なぜ気を失っているのか。何かショッキングなものを見てしまったのだろうか。 そうだとしたらそれは一体何なのか。アスカは女性を揺らしながら思った。 シンジは女性の事が心配で、考えるどころではなかった。 女性のそばにしゃがみ、アスカと一緒に呼びかける。けれどもやはり反応はない。 アスカはすぐそばの部屋が気になった。もしかしたらこの中に原因があるかもしれない。 だったらどうしてドアが閉まっているのか。アスカにはそれは分からないが、とにかくドアの前に立った。 シンジは相変わらず女性に気をかけていて、アスカが立ち上がったのを見ていない。 この先に一体なにが待っているのか、アスカは緊張しながらドアを開けた。 「わっ」 アスカは驚いて身を一歩引いた。 引きドアを開けると、すぐそばに片岡マイが膝をついてしゃがみこんでいた。 顔を上げると、アスカは全ての原因となる戦慄の光景を目の当たりにした。 そして、今日2度目となる悲鳴が、アスカによってもたらされた。 「キャーッ!!」 片岡家の部屋に入ってから、冷静を装っていたアスカの緊張がついに切れた。 シンジはビクッと身震いし、アスカが立ち上がっていることに気付いた。 「アスカ!?」 シンジも立ち上がり、アスカのところへ近づく。 アスカの息づかいは荒く、身体はこわばっていた。 シンジは、アスカを心配そうに見てから、開かれたドアの中を見た。 シンジは言葉を失った。 すぐそばにしゃがみこんでいる片岡マイの存在に気付くより前に、シンジはそれを見た。 「おーい、どうしたんだ」 玄関の外から誰かの声が聞こえた。しかし、部屋の中の者は誰も反応しない。 「きゅ、きゅ・・・・」 シンジはくちびるを震わせた。 「救急車!」 シンジの叫びに、アスカはハッとなった。 「救急車!」 アスカも同じように叫んで、電話機を探した。 玄関の外の野次馬集団は、救急車という叫びに大きくざわつき始めた。 シンジは、片岡マイがいることに気付いた。 「片岡さん、片岡さん」 マイはシンジから見て後ろ向きなので、表情が分からない。 とにかくシンジはマイの肩を叩く。しかし、こちらも反応はない。 アスカは電話機をすぐに見つけ、急いで119番にかける。 さっきと比べてその様子は割りと落ち着いていた。 シンジが救急車と叫んだのに同調したように自分もそう叫んだが、 実際アスカの心の中では、あの光景は死の匂いを感じていた。 「アスカ、シンジ君」 玄関からミサトの声が聞こえた。 ミサトは外へ出るために着替えていたので、ここへ駆けつけるのが遅くなっていた。 「あんた達、人の家に勝手に入って、何してんの」 ミサトの声は真剣だった。 「ミサト、そんなのん気な事言ってる場合じゃないのよ」 通報を終えたアスカがミサトに近づく。 「手伝って」 ミサトの腕を引っ張って、床に倒れた女性のところまで行った。 ミサトは驚いて口元に手を当てたが、すぐに冷静になり、二人で女性をリビングのソファーまで運んだ。 「片岡さん、ねえ、片岡さん」 シンジはまだマイに呼びかけていた。マイはしゃがんだまま壁に寄りかかっていて、 目は見開いたまま、まばたきをしていない。焦点も合っていないようだ。 シンジはすぐそばにあるベッドの方を見ないようにしていたが、どうしても気になってチラチラと見ていた。 ベッドのほとんどが赤く染められていて、その上に横たわっている人物、それはもう死体であるとしか認識できない、 そして鉛筆が腹部に突き刺さっている。異常な光景にシンジは身体が震えた。 すぐに目をそらし、再びマイの肩を叩く。 すると、マイは気が付いた。 「あ・・・・あっ、碇君」 「片岡さん!よかった・・・・」 シンジは安堵の表情を浮かべる。 「片岡さん、一体何があったの?」 「えっ、あっ」 マイはその光景を見てしまい、顔をこわばらせてうつむいた。 「あ、あっちにいこうか」 シンジはマイを察して、リビングの方へ連れていった。 「あっ、お姉ちゃん」 マイはソファーに横になっている女性を見つけ、駆け寄った。 「お姉ちゃん、大丈夫?」 「大丈夫よ、気を失ってるだけ」 ミサトが優しい声で言った。 「アスカ、電話は?」 シンジは思い出したように言った。 「したわ。たぶんもうすぐ来ると思う」 「二人とも、あの部屋に入ったの?」 ミサトが聞いた。 「入ってないわ。中は見たけど・・・・」 「僕も入ってません」 「ならいいわ」 そのうち、サイレンの音が聞こえ、たくさんの足音と共に救急隊と警察官が部屋に入ってきた。 「こりゃ、ダメだな」 という警察官の呟きが例の部屋から聞こえた。 シンジ、アスカ、ミサト、マイは、その場で事情聴取を受けた。 シンジとアスカは、この部屋に入ってから見たこと、したことを正確に話し、 ミサトは話すことが少なかったが、シンジたちとの関係を聞かれ、あたりさわりない程度に話した。 マイは、ショックがまだ引きずっていて思うように話すことが出来ず、警察も困っていた。 もう一人、情報を得るためのカギとなるマイの姉は、まだ目を覚ましていない。 「はあ〜」 同じことを何度も何度も聞かれたので、シンジは疲れていた。 「はあ〜」 アスカも同じだった。 「ねえ、あれってどういうことだと思う?」 アスカは、マイに声が届かないところまでシンジを連れていって、聞いた。 「あれって?」 「鉛筆よ」 「ああ・・・・分からないけど、警察の人も驚いてたね」 「そりゃそうよ。あんなの見たことないわよ」 「でも、誰があんな事を・・・・」 シンジは考え込むしぐさをした。 「お姉さんがカギを握ってるんじゃないかしら」 「何だよ、その言い方」 シンジはアスカが真剣な声で言うので少し笑った。 「だって、アンタさっき言ってたじゃない、買い物に行った時にお姉さんに会ったって。 だから、マイちゃんより後に帰ってきたわけでしょ。マイちゃんは思い出したくないみたいだし、 お姉さんが目を覚ましたら、ある程度の事は分かるんじゃない?」 「アスカ、僕達はあんまり首を突っ込まない方がいいんじゃ・・・・」 「何言ってんのよ。もうとっくに突っ込んでるじゃない。アタシ達、事件の関係者なのよ」 「そんなあ」 「そんなあ、じゃないわよ。マイちゃんがかわいそうだと思わないの?」 「思うけどさ」 「じゃあ、アンタも真剣に考えなさいよ」 アスカの声はまさに真剣そのものだった。 シンジは片岡マイとその姉の事を心配していた。アスカも心配している素振りを見せているが、 実際は事件の方に興味があるんじゃないかと、シンジはアスカも心配になった。 「考えるったって、それは警察の仕事だろ」 「あんな無能な警察に任せて大丈夫だと思う? 同じこと何度も何度も聞いてさ」 アスカは少し大きな声で言った。警察官がこっちを見ている。 若い警察官がにらんでいたが、中年の警察官がそれをなだめていた。 「だからって、僕らがする必要は」 「アンタ、マイちゃんがかわいそうじゃないの?」 シンジの発言を振り切って、アスカはまた同じことを言った。 「いや、だから・・・・」 「ああ、もう、じれったいわね。これじゃ昔のアンタと一緒じゃない。 少しは変わったかと思ったけど、全然ダメね。で、アンタはどうしたいの?」 「どうしたいって言われても、励ますとか、見守るとか、それくらいしか出来ないよ」 「はあ〜、もう全然分かってない」 アスカはお手上げというジェスチャーをした。 「アタシ達が犯人を捕まえるのよ」 「だからそれは警察の・・・・」 「さっきも言ったでしょ。警察は無能なんだから無理。犯人はこの天才アスカちゃんが捕まえるわ。 でも一人じゃ何かと大変だから、シンジ、アンタも手伝うのよ」 アスカはさらに声を大きくした。 「え〜っ」 「え〜っ、じゃない。いいわね、シンジ」 「・・・・分かったよ」 シンジはしぶしぶ返事をした。 「ようし、そうと決まったら、さっそく事情聴取ね」 「ええっ!?」 「なに? 文句ある?」 「・・・・ありません」 シンジの声はだんだん小さくなっていった。これから先が思いやられるなあ、とシンジは不安になった。 つづく (あとがき) どうも、うっでぃです。 なんともはや、無理が見える展開となってきてしまいました。 自分でもよく分からなくなってきています。 話の全体的な流れはすでに頭にあるので、後はどのように展開させていくか、というのが課題ですが、 なかなか難しい。今回の話を見ても明らかです。暴走しまくりです。ヤバイです。 季節、日にちの設定を意図的にしなかったんですが、次回付け加えたいと思います。 こういう話なので、ないとやはり苦しくなりますので。 それからそれから、オチというか、結末が多少暗い展開になるのは、 殺人事件という話を取り扱ったので、ご了承いただきたいと思います。 先に言っておきます。ごめんなさい。 今回も話の流れが驚きの遅さだったので、次回は頑張ります。 口だけになる確率がかなり高いですが、何とかしたいと思います。 ではではまたまた。
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