「ん?」 シンジは、目覚まし時計の、ジリリリという音に気がついて目を開けた。 すぐに飛び起きて目覚ましを止めると、大きなあくびを一つして、寝巻きを脱いだ。 時計は6時半をさしていて、外はカーテンを開けずとも晴れであることが分かった。 制服に着替えている最中、部屋の外から聞こえてくる音にシンジは気がついた。 トントントン、というリズミカルな・・・・いや、ところどころ不規則な音が聞こえた。 間違いなく台所からその音は聞こえてきている。シンジはハッとなった。 (げっ、これはあの時の夢と同じじゃないか) シンジは夢と同じようにドアに耳をつけて、様子をうかがってみた。 包丁の手つきや、ドタバタとした雰囲気は、夢のものとはかけ離れていたが、 それでもシンジは警戒した。だが、それは余計な心配だった。 「あっつぅーい!」 台所から、なべのふたか何かがカランと落ちる音と共に、 アスカの悲鳴が聞こえてきた。 シンジは、台所にいる者の正体がアスカだということに、逆に驚いたが、 その悲鳴に少し笑みを漏らしながらドアを開けた。 アスカは、制服の上にシンジのエプロンをつけていて、右手の指を右耳に当てていた。 「あっ!」 アスカがシンジの存在に気がついた。 「な、何ジロジロ見てんのよ」 「アスカ・・・・何してんの」 まな板の上には特大サイズのぶつ切り大根がのっかっていて、 味噌汁を作ろうとしたのか、鍋の中の湯は沸騰していた。 シンジは急いで火を止めた。 「もしかして、朝食作ってたの」 「そうよ、悪い?」 「いや、そんな事ないよ。でもどうして急に・・・・」 「いいじゃない。何となくしてみたかっただけよ」 アスカは開き直ったように言った。 「ああ、そんなんじゃダメだよ」 シンジは台所の異変に目をやりながら言った。 「この後は僕がやるから、アスカはそこに座ってて」 アスカはそれにムッとして叫んだ。 「うるさい! アンタが引っ込んでなさいよ。邪魔だから」 「だって、こんなんじゃ全然ダメじゃないか」 「いいの。今日はあたしが代わりにやってやろうって言ってんだから、素直に引き下がりなさいよ!」 「でも、このままじゃ台所が台所じゃなくなっちゃうよ」 「なっ、何よそれ!」 「・・・・あんた達、朝っぱらから仲良いわね」 眠気まなこをこすりながら、葛城ミサトが起きてきた。 結局、アスカがそのまま続行する事になった。 シンジはハラハラしながら、その様子を見ていた。 朝食の時間は重苦しい空気だった。いつもより長く感じられたが、いつもより早く終わった。 アスカは、シンジとミサト同様、「もう朝食作るのやめよう」と思った。 * * * 機嫌を損ねたアスカは、学校へ行く途中、ずっと黙ったままだった。 隣を歩くシンジも何も喋れずにいる。 学校に着くまで、二人は一言も喋る事はなかった。 アスカはうつむいてボーっとしていたが、シンジはアスカを心配そうに見つめていた。 教室に入ると、いつものようにトウジのからかいが飛んでくるかと思いきや、 二人の様子にトウジは顔をしかめた。 「アスカ、おはよう」 「おはよう、ヒカリ」 アスカが教室に入ってきたのに気付いたヒカリが声をかけたが、 帰ってきたアスカの声は落ち込んだものだった。 それは、あの事件が解決してからすぐの様子と似たようなものだった。 ヒカリはそれに気がついて、心配そうな目を向けた。 「アスカ、大丈夫?」 「大丈夫よ。ありがと」 アスカはポツンと呟いて、席についた。 「シンジ、一体どないしたんや」 トウジはシンジに事情を求めた。しかし、大した答えは返ってこなかった。 「いや、別に」 「別にて、そんなの明らかに嘘やで」 「シンジ、どうしたんだよ。変だぞ」 ケンスケも、心配そうに言った。 「・・・・実はさ」 少し間を置いてから、シンジは今朝の出来事を話した。 「それでアスカ、機嫌が悪いんだ」 「ぶっ」 トウジとケンスケは吹き出して、ゲラゲラ笑い出した。 「あははは、なんや、そないな事で落ち込んどったんかい」 「お前ら平和だよな、はははは」 シンジは少しムッとしたが、それもそうだな、と思い直して笑いがこみ上げた。 「ちょっと、アンタたちうるさいわよ!」 アスカの怒鳴り声が教室中に響き渡った。ビックリしたトウジとケンスケは笑いを沈めた。 「シンジ、アンタなに話してんのよ。アタシを笑いのネタにしようだなんて10年早いのよ!」 その矛先はシンジに向けられた。シンジは、まずいな、という顔をした。 「今頃になってそんな顔しても遅いのよ」 「あ、ゴメン」 「だからどうしてすぐに謝るのよ。前と同じじゃない」 「ご・・・・」 シンジは言いかけてやめた。 チャイムが鳴り、担任教師が教室に入ってきて、生徒達はそれぞれの席についた。 シンジの左隣の席をチラリと見やった。そこは空いたままだった。 「今日は転校生を紹介します」 担任教師のその言葉に、教室中がどよめいた。特にシンジが一番驚いていた。 その転校生が、教室に入ってきた。 茶色の髪を短くまとめ、少しタレ目なのがチャームポイントであろう、その少女は、 教室全体を一瞥すると、笑顔で挨拶した。 「霧島マナです。よろしくね」 終わり。
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