「あーいい天気。ねえシンジ」 「アスカ、そんなに身を乗り出したら危ないよ」 「なーに言ってんの。学校の屋上から落ちたくらいじゃどうってことないわよ」 「どうってことあるよ」 「もーうるさいわね。せっかくふたりきりになったんだから、 もっと気の利いたことを言いなさいよ。気の利いたことを」 「えーっ、例えばどんな」 「『愛してる』とか」 「なんでそうなるんだよ」 「いいじゃない、他に誰もいないんだし」 「やだよ恥ずかしい」 「じゃあ『好きだよ』で我慢してあげる」 「それもちょっと・・・・・・」 「なーんでよ。うちではいっつも言ってくれるのに」 「そんなにいつもは言ってないだろ」 「じゃあいま言ってよ」 「照れるからやだ」 「どうして照れるの。アタシのこと好きじゃなかったの」 「そんな泣きそうな顔しないでよ」 「だってシンジが『好き』って言ってくれないんだもん」 「もう、うそ泣きだって分かってるんだよ」 「うそ泣きじゃないもん。チョー悲しいんだから」 「はあ・・・・・・言えばいいんでしょ、言えば」 「言って言って」 「あ、やっぱりうそ泣きだったんじゃないか」 「ほら、言ってくれるんでしょ。『好き好き大好き』って」 「そこまでは言ってないよ」 「だーめ。ほら、こうやって顔見なければ言えるでしょ」 「抱きつかれても困るよ」 「アタシがこんなにそばにいるのにアンタはなんにも感じないの」 「そんなことはないけど」 「だったら、ね。思わずチューとかしていいから」 「学校でそんなこと出来ないよ」 「うちではいっぱいしてくれるのに」 「いつもアスカからしてくるんじゃないか」 「もー、いいから『好き』って言ってよ」 「どうしてそんなに言われたいんだよ」 「うれしいから」 「それだけ?」 「そうよ、悪い? ねえ、シンジもギュッてしてよ」 「あ、アスカ、ちょっとくっつき過ぎだよ」 「いいじゃない、誰も見てないんだし。ねえねえ、早く言ってよ」 「なにを」 「とぼけてもダメよ」 「・・・・・・・・・」 「黙るのもダメ」 「じゃあどうすればいいんだよ」 「『好き』って言えばいいのよ、もー。もったいぶり過ぎよアンタ」 「別にもったいぶってるわけじゃないけど」 「ほれほれ、とっとと吐いちゃいなさい」 「どういうセリフだよ、それ」 「アンタが早く言ってくれれば済む話じゃない」 「うーん、アスカから先に言って」 「アタシはさっきから何度も言ってるじゃない。『愛してる』って」 「そうだっけ」 「アタシのことはどうでもいいの。シンジの口から『好き』って聞きたいの」 「・・・・・・好きだよ」 「もっと大きな声で言って」 「好きだよ」 「もっと、もっと言って」 「好きだよ」 「もっと」 「好きだよ・・・・・・って、もういいでしょ」 「いくない、もっと言って」 「ほら、アスカ。いい子いい子してあげるからさ」 「あ、気持ちいい」 「好きだよ、アスカ。・・・・・・もうこれで最後だよ」 「いやーん、耳元でささやかないでよ。くすぐったい」 「あはは、満足した?」 「うー」 「アスカ、なにうなってんの」 「なにか足りない気がする」 「なにかって、なに?」 「やっぱりキスが欲しいわよね、こういう時」 「さすがにそこまでは出来ないよ」 「アタシをその気にさせといて、逃げる気なの?」 「ぼくはそんなつもりなかったけど」 「もう、アタシの気持ちは抑えきれないわ」 「いきなり芝居がかんないでよ」 「アンタはアタシのハートを盗んだのよ」 「知らないよ」 「もー、シンジ、ノッてきなさいよ」 「そんなの無理だよ」 「ねえねえ、ちょっとチュッてするだけでいいからさー」 「えーっ、じゃあ、おでこならいいよ」 「おでこじゃダメよ」 「それじゃあ、ほっぺ」 「ほっぺもいいけど・・・・・・やっぱりくちびるでしょ。んー」 「待ってよ、突き出さないでよ」 「ほら、チューしてよ、チュー」 「そんな強引にさせないでよ」 「もー、なんでアンタは反抗してばっかりなの」 「だって、恥ずかしいから」 「うちでは平気で出来るのに?」 「ここは学校だろ。屋上だけど」 「誰もいないのは一緒なんだから出来るじゃない」 「もし誰かが見てたらどうするんだよ」 「見てない見てない、大丈夫。安心してチューしましょ」 「やっぱり恥ずかしいよ」 「そんなにアタシとキスするのがイヤなの?」 「イヤじゃないけど」 「だったらいいじゃない。いっぱいしようよ」 「でも・・・・・・」 「だーめ。観念しなさい」 「あっ・・・・・・」 「・・・・・・ふう。シンジ、大好きだよ」 「・・・・・・・・・」 「気持ちよかった?」 「・・・・・・うん」 「あはは、シンジすっごい赤くなってるよ」 「からかわないでよ」 「シンジったら、赤くなっちゃってかわいー」 「はいはい」 「アタシのことも『かわいー』って言ってよ」 「かわいーよ」 「全然心がこもってない」 「だって、言えって言うから」 「ちゃんと言って」 「・・・・・・かわいいよ、アスカ」 「うれしい」 「ほんとにかわいいよ、その笑顔とか」 「ほんと?」 「あ、ちょっと笑顔がうそっぽくなった」 「なによー、いちいち一言多いのよアンタは」 「ゴメン」 「謝るのもダメよ」 「分かったよ」 「今度『ゴメン』って言ったらその度にチューするからね」 「えーっ、人がいる前ではやめてよ」 「だーめ。人がいる前でアンタが謝んなきゃいいのよ」 「まあそうだけどさ」 「ねえねえ、シンジ」 「なあに。もういい加減離れてよ、アスカ」 「なんでよ。アタシに抱きしめられてうれしくないの」 「だって暑苦しいじゃないか。いまは夏時なんだよ」 「カジ? 加持さんがどうしたのよ」 「違うよ。夏の時って書いて夏時だよ」 「なんでわざわざそんな言い方するのよ。めんどっちい」 「で、なんだよ」 「もー、アンタが暑苦しいとか言うから、こっちも言いづらくなったじゃない」 「なんて言おうとしたの」 「教えない」 「ふーん、別にいいけど」 「ふーん、はないでしょ。もっとアタシのこと気にしてよ」 「どうせ大したことじゃないんでしょ」 「どうしてそんなひどいこと言うの。ひどいよ、シンジ・・・・・・」 「あーあ、またうそ泣きなんでしょ」 「・・・・・・・・・」 「アスカ?」 「・・・・・・・・・」 「もしかして、ほんとに泣いてるの?」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・ゴメン」 「あー、いま『ゴメン』って言ったあ」 「アスカ・・・・・・やっぱりだましたな」 「だまされるほうが悪いのよ」 「は〜」 「さーて、シンジくん。約束覚えてるかな?」 「なんか約束したっけ」 「またとぼけてるー。『ゴメン』って言ったらチューするって約束したでしょ」 「ぼくはそんな約束を交わした覚えはないけど」 「すっとぼけてもムダよ。もう、ムリヤリしちゃうんだから」 「あー痛い痛い、痛いよアスカ。そんなにきつく抱きつかないでよ」 「アンタを離さないためよ。もう絶対離さないんだから」 「逃げないから、もう少し優しくしてよ」 「あ、かわいー。『優しくして』だって」 「もう、かわいーでいいから、ゆるめてよ」 「チューするの許してくれるんならいいよ」 「・・・・・・・・・」 「ねえ、いいでしょ。大好きなんだから、キスしてもいいじゃん」 「・・・・・・分かったよ。ほら、ゆるめて」 「なあに、そのすっごいやる気なさそーな返事は」 「だってアスカ強引なんだもん」 「むー・・・・・・ごめんね」 「アスカが『ごめん』を言った場合はどうなるの」 「アタシが言った場合は・・・・・・チューしてもいいよ」 「ふふっ、やっぱりそれなんだ」 「いいでしょ。シンジのこと好きなんだもん」 「・・・・・・アスカ」 「なあに」 「アスカは、ぼくのこと好き?」 「だーい好きだよ。さっきからずーっと言ってるじゃん」 「ぼくのこと好きだからキスするの?」 「そうだよ。シンジとチューするとすっごくきもちいーんだもん」 「気持ちいいからキスするの?」 「うん」 「ぼくとキスしたいから、アスカはぼくのことが好きなの?」 「えっ、ちょっと待って。・・・・・・違うよ、それは違うよ」 「どう違うの」 「逆だよ」 「なにが」 「アタシは、シンジのことが好きだからキスしたいの」 「でもさっき、気持ちいいからキスするの、ってぼくが聞いたら、アスカはうなずいたじゃないか」 「そうだけど・・・・・・」 「きみは本当にぼくのことが好きなの?」 「シンジ・・・・・・アタシのこと信じてくれないの? それにアタシのこと『きみ』だなんて」 「ねえ、どうなの。本当はぼくの身体が目当てなんじゃないの」 「なっ・・・・・・ちょ、ちょっとアンタ。思い上がりもいい加減にしなさいよ」 「あ、怒った。やっぱりそうだったんだ」 「なにが『ぼくの身体が目当て』よ。そんなセリフ吐いて恥ずかしくないの」 「図星だから怒ってるんだろ」 「・・・・・・どうしてそんなひどいことばっかり言うの? やっぱりアタシのこと嫌いなの?」 「ううん、好きだよ」 「だったらどうしてアタシをいじめるの?」 「いじめてないよ。ただ聞いてるだけ」 「うそよ。アタシがいつも『バカシンジ』とか言うから、その仕返しなんでしょ」 「そんなつもりはないよ」 「学校の行き帰りにいつもカバン持たしてるから、その仕返しなんでしょ」 「別にそんなこと気にしてないよ」 「アタシが全然家事を手伝わないから、その仕返しなんでしょ」 「それはミサトさんも同じことだけど」 「アンタがおやつを買い忘れるといつも引っぱたいてたから、その仕返しなんでしょ」 「それはぼくの不注意もあるよ」 「アタシがその仕返しに、アンタの分のおやつを食べちゃったから、その仕返しなんでしょ」 「そんなこといちいち根に持たないよ」 「アンタがアタシのお尻を触った時、半殺しの目にあわせたから、その仕返しなんでしょ」 「触ったのは偶然だろ。でも確かに痛かったな、あれは」 「アンタがそのキズだらけの身体でお風呂に入ろうとして、しみて大声上げるもんだから、 『うるさい』つってさらに蹴りを喰らわしたから、その仕返しなんでしょ」 「あれは痛かった・・・・・・でも、ずい分前の話だよ、それ」 「アンタが台所で包丁使ってる時に、アタシが後ろから抱きついて、 指に怪我させたことがあったけど、その仕返しなんでしょ」 「そんなのしょっちゅうだろ」 「せっかくアンタが作ってくれた夕飯を、ちゃぶ台返しよろしくぶちまけたことがあったけど、 その仕返しなんでしょ」 「そういえばそんなことも・・・・・・あったっけ。忘れた」 「自販機の『つめたい』押そうとしたのを、アタシが『あったか〜い』押したこともあったけど、 その仕返しなんでしょ」 「もう『あったか〜い』には慣れたよ」 「こっそりアンタの貯金箱から小銭を拝借してるけど、その仕返しなんでしょ」 「ん? それは初耳だぞ。そういえばなかなか貯まらないからおかしいと思ってたんだ」 「たまにアンタとアタシのマクラを交換してたことがあったけど、その仕返しなんでしょ」 「やっぱりなあ。どうもたまにマクラのにおいが違う時があると思ったよ。 でもそんなの腹を立てることじゃないし、そもそもなんのためにしたんだよ」 「アンタが寝てる間に、こっそりアンタのベッドに入って一緒に寝たことがあるけど、 その仕返しなんでしょ」 「えっ、そうなの? 気がつかなかったよ」 「そのスキにいっぱいチューしちゃったけど、その仕返しなんでしょ」 「う〜ん・・・・・・そういえば寝起きに顔がベトついていたことがあったかも」 「そのスキに・・・・・・、その仕返しなんでしょ」 「えっ、よく聞こえなかったんだけど」 「だから、そのスキに・・・・・・しちゃったんだけど、その仕返しなんでしょ」 「聞こえないよ。もっと大きい声で言って」 「ヤダ」 「アスカ、もう一回言ってよ」 「ヤダ、恥ずかしい」 「恥ずかしいことなの?」 「・・・・・・・・・」 「いったいぼくに何をしたんだよ。気になるだろ」 「知らない」 「あっ、アスカ、行かないでよ」 「ほら、早く来ないと置いてっちゃうわよー」 「もう、待ってよアスカ」 「・・・・・・なるほどな」 相田ケンスケは、2人の男女に向かって言った。 「惣流はシンジに何をしたのか、本当に聞き取れなかったのか」 「ええ」 洞木ヒカリはうなずいた。 「こっそり見てたから、口の動きもよく分からなかったの」 「ワイも分からんかった」 鈴原トウジが同調した。 放課後の教室。 机のいくつかを端にどけて出来たスペースに、3人はいた。 トウジとヒカリはそこで、今日の昼休みに屋上で見た出来事を再現し、 ケンスケは机にどっかりと腰を下ろして、その小芝居を眺めていた。 トウジが「おもろいもん見た」とケンスケに告げて、その話の再現をしようとしたが、 一人では臨場感が出ない、と思い、トウジと一緒に見ていたヒカリに応援を頼んだところ、 イヤイヤながらも引き受けてくれたため、放課後の誰もいなくなったところを見計らって、 小芝居をやり、それがいまちょうど終わったところである。 もちろん、シンジ役はトウジ、アスカ役はヒカリである。 「それにしてもお前たち、よくそこまでセリフを覚えていたな」 ケンスケは少し呆れたように言った。 「身振り手振りまで加えてさ、その時のシンジたちの様子がありありと分かったよ」 「ちょっと脚色したところはあったけど、あんまり面白かったもんだから」 ヒカリは照れながら言った。 「あいつら、ほんまに夫婦漫才って感じやったなあ。 人がいるとも知らんで、大声でようやりよってたわ」 トウジは思い出し笑いをこらえていたが、すぐに真面目な表情になって呟いた。 しかし、その顔には笑みが含まれているように見える。 「しかし、惣流はなにを言おうとしたんやろな」 「シンジが寝ているそのスキに・・・・・・だろ」 ケンスケも腕を組んで難しい表情をした。 やはり、トウジと同じように笑みを含んだ顔である。 「接吻より恥ずかしいことゆーたら・・・・・・」 「トウジ、接吻はないだろ。その言葉のほうが恥ずかしいよ」 「そか」 「まあ、それより恥ずかしいことといえば・・・・・・アレ、だろうな、たぶん」 「アレ・・・・・・」 ケンスケの言葉に、ヒカリは反復した。 「アレって、なに?」 ヒカリは疑問を呈したが、相手の答えを確認するようなまなざしだった。 「アレゆーたら・・・・・・なあ」 「なあ」 トウジとケンスケは、口元の端を吊り上げるように笑みを浮かべながら、顔を合わせた。 「たぶん、せ・・・・・・」 「ダメーっ!!」 トウジが言おうとするのを、ヒカリは素早く彼の口に手を押し当てて封じた。 口をモゴモゴさせながら、トウジはうれしそうに笑っていた。 「委員長、おれたちもう子供じゃないんだから、そんなに恥ずかしがらなくていいだろ」 「なに言ってんの。中学生はまだ子供よ」 トウジの口に手をやったまま、ヒカリはケンスケの言葉を咎めた。 「いや、中学生はもう大人だよ。まったく、委員長は潔癖だなあ」 「相田くん!」 「ところでふたりとも、屋上で隠れてシンジたちの様子を見てたんだろう」 ヒカリに怒られそうなので、ケンスケは話を切り替えた。 「お前たちはそこでいったいなにをしてたんだよ」 「・・・・・・・・・」 ヒカリはハッとなって黙り込んだ。 「・・・・・・・・・」 彼女の手がゆるんで、口が自由になったトウジも黙っていた。 「なあ、なにしてたんだよ」 笑っているのか、怒っているのか分からない表情で、ケンスケは詰め寄った。 「まったく、独り身の気持ちも知らないで、よくやるよなお前たちも」 ケンスケの開き直りの呟きは、目の前の2人の顔を赤くさせるのに充分な響きがあった。 シンジが寝ている間にアスカがしたこととは・・・・・・ それは神のみぞ知る―― 終わり ≪あとがき≫ どうも、うっでぃです。 最後、いいネタが見つからなくて、 『ご想像にお任せします』の形にしてしまいました。 たまにはこういうバカバカしいものもいいかなーと思って、 よりいっそう頭をバカにして書いてみました。 シンジとアスカのやりとりを会話だけにしたのは、決して面倒だったからではなく、 余計な描写を入れないほうが面白いと思ったからです。 だから、少し説明的な表現が含まれています。 やっぱり正攻法のLASは私には向いていないのかもしれません。 なんたって、この作品が私にとっての精一杯の甘LASですから・・・・・・ ということで、ではではまたまた。
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