■1

「さーて諸君、前から言っていた転校生が来たぞー」

朝の挨拶をし終え、生徒たちが着席したのを見てから、
教壇に立った第壱中学校2年A組の担任教師、葛城ミサトは、
教卓に両手をついた恰好で、男性張りの口調で声を上げた。

夏らしい爽やかな制服を身に包んだ生徒たちは、その知らせにどよめいた。
中には、「いいぞー」と言いながら拍手をする男子生徒もいた。

「はーい、みんな落ち着いてー」

騒がしくなった教室内をいったん沈めてから、ミサトは教室のドアを見やった。
そして、廊下で待つ転校生を呼ぼうとしたが、そうする前に男子生徒が一言訊いてきた。

「先生、転校生は男ですか。女ですか」

「ふっふっふ」

ミサトは発言をした男子生徒のほうを向きながら、不敵な笑みを浮かべた。

「男子諸君、喜べ。かわいい女の子だぞー」

今度は男子生徒だけのどよめきと拍手が起こったが、
女子生徒も教室のドアに注ぐ興味のまなざしは変わっていなかった。

いまだ収まらないどよめきの中、ミサトは気を取り直して転校生に呼びかけた。

「どうぞ、入っていらっしゃい」

いままでの調子と違う、女性らしいミサトの声に促され、転校生は教室に足を踏み入れた。

教室内の生徒の視線が一挙に集まるのを少し照れた顔で現れたのは、
ショートの髪を青く染め、遠目にも分かるほどの赤い瞳を持った少女だった。
肌が透き通るような白さで、赤ら顔がよく目立っている。

風貌はやや異質に見えたが、照れて顔を少し赤くした彼女の表情と照れ隠しの笑みに、
男子生徒たちはまたもどよめいた。それは歓声といってもよかった。

そんな男子のうち、ひとりだけ別の声を上げていた者がいた。

「あーっ!」

驚きの声を上げて目を見開いていたのは、碇シンジだった。
その声は、どよめきに混じってかき消されるほどの叫びだったので、
周りは彼の驚きの様子に気付かずに、黒板前の転校生に注目していた。

だが、彼の右隣の席では、赤い髪の女子生徒がシンジと同様驚きの表情を作っていた。
惣流アスカである。

2年A組の教室に姿を現した少女は、みずから黒板に整った字で自分の名前を書くと、
照れを払いのけるように大きな声で挨拶をした。

「私の名前は、綾波レイです。みなさんよろしくお願いします」

意外に元気のよいハッキリとしたその声に、教室中から拍手が湧いた。

それにまた照れながら、彼女は席に着いている生徒たちを一瞥すると、
ふと気がついたように一点で目をとめた。
そして、その方向を指差しながら、目を見開いた。	

「あーっ!」

綾波レイの様子に、生徒たちは、彼女が指差したほうに集中した。
そこでは、碇シンジと惣流アスカが、同じように目を見開いて驚いている様子があった。

3人が驚いた理由は、ほんの20分ほど前にさかのぼる――




■2

去年の終わりから今年にかけての冬は、例年に比べ一段と寒かった。
特に1,2月は東京でも雪が多く積もり、都心の交通がマヒしてしまうことも少なくなかった。

その寒い季節が尾を引いたのか、春真っ盛りの4月初めに関東地方で雪が降り、
東京で雪月花を一度に見られるという驚くべき事態も起こった。

ところが、夏に入ると、ひところの寒さは何処へやらという暑さが日本を襲った。
梅雨も早々に明け、毎日うだるような猛暑で熱中症の被害が多発した。
それに比例して全国的にエアコンが飛ぶように売れ、電気店がうるおう状況になった。

そんな中、碇シンジの部屋は小さな扇風機しか置いてなく、
しかも、窓を開けても、早朝ですら熱い風しか流れ込んでこないため、
彼は毎日汗にまみれていた。

クーラーを買って欲しいと何度も親にせがむのだが、
高校生になるまではダメだ、と父に言われてやむなく引き下がるしかなかった。

夏休みを3週間後に控えた今日も、朝からだるくなるような暑さだった。
昨夜からすでに熱帯夜で、シンジは下着一枚で、薄い毛布を腹の辺りにかけて寝ていた。
実際、ここ最近はそのスタイルでベッドに入っていた。
他に何かを着ていたら、本当に死んでしまいそうになるほどの暑さだったのだ。

1週間前にその恰好で寝るようにしてから、毎日起こしに来ていたアスカが急に来なくなった。
ただし、シンジが起きてくると、すでに用意の整った状態でアスカが待っていた。

どうして起こしに来なくなったのかは明らかだった。
アスカがシンジの部屋のドアを開けたら、彼が裸同然の恰好で寝ていたのである。
その時、彼が平手打ちをくらったのは言うまでもない。

今日のシンジの寝起きはいつもよりかなり遅かった。
アスカの代わりに、シンジの母が起こしにいっても生返事をするばかりで、
結局家を出たのは遅刻寸前で、走って行くしかなかった。

「どうしてアンタはもっと早く起きられないの?」

通学路を駆けるアスカは、隣を走るシンジに文句を言った。

「何でアタシまで走んなくちゃいけないのよー、まったく」

「ぼくを待たずに先に行っちゃえばよかったのに」

走りながら、急いで着た制服を整えつつシンジは呟いた。

「アスカ、どうして待ってたの」

「それは・・・・・・」

アスカは少し間を置いてから言った。

「アンタはアタシがいないと起きることも出来ないような男なのよ。
そんなヤツをひとりにしておいたらどうなると思う?」

「さあ」

「さあ、じゃないわよ、もう。バカ言ってないで走りなさいよ」

「走ってるよ」

ふたりとも息を弾ませながら、遅刻寸前のことを忘れたかのように話を続けた。

「そういえば、シンジ。今日、転校生が来る日だよ」

「へー、そうなんだ」

シンジは珍しそうにうなずいた。

「ミサトが昨日言ってたじゃん。アンタ聞いてなかったの?」

「そういえば・・・・・・」

と、シンジは思い出す顔つきになり、眼前の通学路の光景が少しぼやけた。

そして、彼らが住宅棟の立ち並ぶ路地を横切ろうとした、その時――
人家の囲いの影から、シンジ目がけて人が飛び出してきた。

「うわっ」

シンジは駆けていたスピードがあいまって勢いよく何者かと衝突した。

シンジとぶつかったのは、アスカと同じ学生服を身にまとった女の子だった。
青い髪をしたその女の子は、衝突のショックで後ろにしりもちをついた。
そしてシンジは前のめりに倒れこみ、倒れた少女に向かい合うようにひざまずいた。

一瞬の出来事に、アスカは立ち止まるのが少し遅れて、やや遠巻きに様子を眺めていた。

「いったあい」

しりもちをついた少女は、目をしばたかせながら状況を確認した。

彼女は、倒れた拍子に制服のスカートが少しめくり上げられ、
しかも股を広げて座り込んでいたので、目の前のシンジには下着が丸見えとなっていた。

シンジは地面に手をつきながら、呆然と少女の下半身部分に目をやっていた。

「な、なに見てんの!」

少女がスカートで隠すのと同時に、シンジもハッとなって、反射的に飛び起きた。

「ご、ゴメンなさい」

すぐに謝りの言葉が出るのも、シンジにとっては無意識下のことだった。

「痴漢、変態、信じらんない!」

少女はシンジを睨みつけながら立ち上がり、敵意むき出しの顔になった。
そして、スカートの後ろを軽くはたくと、もう一度手厳しい口調で言った。

「あんた、どこ見て歩いてんのよ、この変態!」

「そ、それは・・・・・・」

それはそっちも同じじゃないか、とシンジは反抗しようとしたが、
目の前の少女は、自分の腕時計を見るなり、「遅刻!」と叫んで、
一目散に駆け出していってしまった。

シンジとアスカは、ただ呆然と彼女の後ろ姿を眺めていた。

――と、アスカが急に、

「シンジ!」

と叫び、遅刻の状況を思い出して走り出した。
シンジも慌ててその後を追った。

学校を目前にしたところで、ギリギリ間に合い安心して、ふたりはまた口を開いた。

「ねえ、シンジ」

校門をくぐったところでアスカが訊いた。

「さっきのコ、見たことある?」

「いや、見たことない」

「なんなのよ、あのコ。あっちが勝手にぶつかってきたのに、シンジのせいにしてさ」

「うん」

「それに、アンタもアンタよ。あのコのパンツ見たんでしょ」

「えっ」

シンジはビックリして足がもつれた。

「み、見てないよ」

「うそよ。『変態』とか言われてたじゃない」

「・・・・・・・・・」

「やっぱり。アンタって結構スケベだったのね」

「そ、そんなんじゃないよ。あれはただ・・・・・・」

「ただ、何よ」

「その・・・・・・」

「ほら、グズグズしてると遅れちゃうわよ」

玄関口にたどり着くと、アスカは素早く履き物をかえて階段へ駆けていった。

「あっ、待ってよアスカ」

朝からまるで冴えないシンジは、急いでアスカの後についていった。




■3

「綾波さんの席は、シンジくんの隣ね」

葛城ミサトは、碇シンジを下の名で呼ぶと、彼のほうを差した。
シンジから見て左隣の席が空いていて、そこは窓際の後ろから2番目の席である。

綾波レイは、シンジを睨むような目つきでその席に近づいた。

「朝はどうも」

彼女は、そっけない口調でシンジに言い放つと、静かに席に着いた。

「まさかあなたと同じクラスになるとはね・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

冷たいまなざしを絶やさないレイに、シンジはたじろいだ。

その緊張を切るように、シンジの後ろの席の鈴原トウジが声をかけてきた。

「なあ、シンジ。まさかこの転校生がさっき言っとったやつなんか?」

「・・・・・・うん」

シンジは学校に着くと、友人たちに朝の出来事を話していた。
変態よばわりされたことにすっかり意気消沈したシンジとは裏腹に、
彼らは「朝からラッキーなやつ」と、シンジを羨ましがっていた。

「ほー、なるほどなあ」

トウジは、レイを後ろから嘗めるように見た。特に、スカート辺りを中心に。

「なにジロジロ見てるんですか」

レイは急にトウジのほうを向いて、厳しい口調で言った。

「ああ、いや、すまんすまん」

取ってつけたような笑みを浮かべて、トウジは申しわけ程度に謝った。
レイは言葉もなくシンジに向き直ると、作り笑いをしながら訊いた。

「ところで、あなたの名前は?」

「ワイは、鈴原トウジや」

「あなたには訊いてません」

トウジが名乗るのを軽く交わすと、レイはもう一度シンジに訊きなおした。

「ねえ、あなたの名前は何ていうの?」

「ぼくは、碇シンジっていうんだけど・・・・・・」

シンジが名乗ると、レイは少し間をあけてから確認するように言った。

「碇くんね」

「・・・・・・うん」

先ほど変態扱いされたシンジは、まだこわごわとした態度だった。

「鈴原・・・・・・何でしたっけ」

レイは今度はトウジのほうを向いて訊いた。

「トウジ。鈴原トウジや。よろしゅうな」

「鈴原トウジに、碇シンジね。この名前は覚えておかなくちゃ。変態2人組だもんね」

「なに」

トウジが目をむいた。

「ワイのどこが変態なんや。かわいい顔しとるからて、言っていいことと悪いこと・・・・・・」

「鈴原くーん、ちょーっとうるさいわよー」

ミサトが微笑みながらトウジを諌めた。
こういう時の彼女に対しては、逆らわないのが賢明である。

「・・・・・・すんません」

トウジは少し背伸びをして仕方なく謝ると、ぼそっと呟いた。

「まったく、えらい女が転校してきたもんや」

「聞こえてるんですけど」

レイは、怒っているのか笑っているのかよく分からない表情でトウジを睨んだ。

「やっぱり男子ってみんな子供ね」

レイの言葉に、トウジはまたもムッとしたが、いま怒られたばかりという手前、
ムキになって言い返すことが出来なかった。

それを客観的に見ていたシンジは、思わず笑みを洩らした。

「あなた、どうして笑ってるの」

レイはそんなシンジを目ざとく見ていた。

「あ、ゴメン」

シンジはなぜか反射的に謝ってしまった。

「どうして謝るの」

「いや、その・・・・・・」

自分でもその理由が分からずに困っていると、レイはクスッと笑った。

シンジはその時、初めて彼女の本当の笑顔を見たような気がして、少しだけドキッとした。
彼女は見た目に比べて口が強そうな印象だが、笑顔がとても魅力的だった。

シンジは少しの間だけ、綾波レイの笑顔を見つめていた。

彼の右隣の席では、惣流アスカが心配そうな表情でシンジを見つめていた。

(綾波レイ・・・・・・もしかしたら、要注意人物かもしれない)

アスカは無意識のうちにそんなことを思っていた。




■4

朝のホームルームが終わった。

青い髪の美少女に、生徒たちは興味津々の反応を示した。
まるでお決まりのように、彼らは綾波レイの一身上についての質問をぶつけていた。

彼女は笑顔で質問の1つ1つに答えていた。
隣に座るシンジは、必然的にレイの声が聞こえてくるので、何気なく耳を傾けていた。

すると、彼女はシンジの耳を疑う発言をした。

「どこに越してきたの?」

という質問に、彼女は、

「私、結構カワイソーな運命の下にあってね」

と、意味深な前置きをしてから語り始めた。

「私ね、生まれて間もない頃に、両親を亡くしたの。交通事故で。
それで私は、ちょっとお金持ちの親戚の夫婦の所に預けられて、そこで育ったの。
ずっとそこが私の本当の家だということで。つまり、本当の両親が死んだことを知らずに」

あっけらかんと話すレイだったが、周囲の生徒たちは驚きを隠せなかった。
シンジも含めて、その場は見事なまでに重苦しい雰囲気となった。

「でもね、私を育ててくれた、まあ言わば育ての親も、つい最近亡くなってしまったの。
こんな偶然なんてわざわざ重ならなくていいのに、また交通事故だったわ。
お母さんは――育てのお母さんのことね――奇跡的に助かったんだけど、
病院で入院してた時に急に具合が悪くなって、結局ダメだったの」

そんなつらい過去を、転校してきたばかりのその日に、
平然とクラスメイトに打ち明ける彼女の心情を、シンジは分かりかねていた。

「その時にね」

レイは淡々と続けた。

「お母さんが、意識を失う前に――その時、私はお見舞いに訪れていたんだけど――
私の手をとって言ったの。『実は、あなたは私の子供ではないのよ』って・・・・・・。
そして、私の本当の両親が、私が小さい頃に亡くなったこともね。
その夫婦にはずっと子供がいなかったから、私はまたひとりになっちゃったの」

あまりにつらい体験を乗り越えてきた彼女に同情してか、
幾人かの女子生徒の目が潤んでいた。
シンジも、胸が詰まる思いで、綾波レイの話しに耳を傾けていた。
先ほど変態扱いされた鈴原トウジも、話を聞くにつれて同情心が生まれていた。

「そしたらね、また、他の親戚の人が私を引き取ってくれることになったの。
で、その親戚の人っていうのがね・・・・・・」

レイは、シンジのほうを向いて言った。

「碇っていう人なの」

「へっ?」

深刻な話の中で、シンジは思わずすっとんきょうな声を上げて彼女を見つめた。
そして、意味が飲み込めずに黙った。

「私と同い年の男の子がいるって聞いてたけど、あなたがそうだったのね」

レイの言葉に、周りの生徒たちの視線がシンジとレイの間でさまよった。
当のふたりは見つめ合ったままである。

「・・・・・・どういうこと?」

シンジはやっとのことで声を絞り出すことが出来た。

「あなた、聞いてなかったの?」

周りの雑音を気にせずに、レイは言った。

「あなたのお母さまが、私の本当のお母さんと従兄弟同士で、
私が独りの身になったことを知って、引き取ってくれることになったのよ」

「ま、待ってよ。ぼくは全然知らなかったぞ、そんなこと」

「ほんとに知らなかったの?」

「うん。・・・・・・いや、まてよ」

シンジは何かに思いつく顔をした。

「確か、『レイちゃん』を預かるっていう話を母さんから聞いたような・・・・・・」

「なんだ、やっぱり知ってたんじゃない」

「でも、ぼくは『レイちゃん』っていうのは猫のことだとばかり思ってたんだけど」

「猫?」

レイは首を傾げた。その仕草が妙にいじらしい。

「前に、父さんの上司の人から預かったことがあるんだ。『レイ』っていう猫を」

「ふーん、なるほどね」

レイは、納得したようにうなずいた。

その時、1時限目のチャイムが鳴り、結局話はそこまでになった。
レイの周りに集まっていた生徒たちがそれぞれの席につくなかで、
碇シンジと綾波レイは座ったまま、お互いに見つめ合っていた。

そして、シンジの右隣の席では、惣流アスカが苦々しい表情を作っていた。

(あのコがシンジの家に引き取られるっていうことは、
これからシンジと一緒にひとつ屋根の下で暮らすってことじゃない。
やっぱりあのコ、危険人物だったんだわ・・・・・・)

アスカの頭の中で、綾波レイは、要注意人物から危険人物にかわった。
どういう意味で危険なのか、アスカは心の隅でそれを理解していながら、
どこかでそれを否定する自分がいることに気がついていた。

(なんでアタシがシンジのことを心配しなきゃならないのよ。バカみたい)

アスカはシンジの頭の後ろを睨みつけてから、天井を仰いで呟いた。

「バカみたい」




■5

惣流アスカは、1時限目が終わると、さっそく綾波レイに声をかけてみることにした。
自分が碇シンジの幼なじみであることを言っておくためだ。
彼女はシンジの後ろを通って、レイの隣に立った。

「綾波さん」

アスカは笑顔で、極めて親しげな声で言った。

「私、惣流アスカっていうの。よろしくね」

彼女の挨拶に、シンジは思わずアスカの顔を見た。
『アタシ』ではなく、『私』と言うのが聞こえたからだ。
シンジは、いつものアスカじゃない、と直感的にそう思った。

「よろしくね、アスカ」

席に着いたままのレイも、笑みを浮かべてアスカを見上げた。

いきなり下の名前で呼ばれたことにアスカは戸惑ったが、レイは表情を変えずに言った。

「私ね、女の子同士では名前で呼び合うのが好きなの。
だからアスカも私のこと、レイって呼んでね」

「ええ、分かったわ、レイ」

相手のペースになっていることに、アスカはどこか釈然としない所があったが、
とりあえず笑ってうなずいた。

ふたりの様子を見ていた洞木ヒカリが、そこに割り込んできた。

「綾波さん、私、学級委員の洞木ヒカリっていうの。
何か困ったことがあったらいつでも言ってね」

「よろしくね、ヒカリ」

レイはアスカの時と同じように返事をした。

女子3人のやりとりを横目に見ながら、シンジの前の席の相田ケンスケがシンジに言った。

「なあ、シンジ。おれはお前が羨ましい」

「何でだよ、ケンスケ」

「だってお前、惣流と幼なじみの上に、さらに綾波とひとつ屋根の下だろ。
くそう、なんて羨ましいシチュエーションなんだ」

ケンスケはシンジの机を両手でバンバン叩いた。

「ケンスケ、そないに羨ましがる必要はあらへん」

トウジは席を立って、首を左右に振りながらシンジの隣についた。

「確かに見た目はええかもしれんが、それに見合う性格とちゃうやろ。
惣流は暴力女やし、転校生は口うるさそうな女やし・・・・・・」

トウジは、わざとアスカたちに聞こえるように言った。

「そんな女どもが周りにおったら、間違いなく頭おかしくなるで。気い付けシンジ」

「ちょっとアンタ」

しっかりその話を聞いていたアスカが、トウジに噛みついた。

「暴力女って何よ」

「見たまんまやないかい」

「何ですって!?」

アスカはこめかみに青筋を立てた。それが小刻みにピクピクと動く。

「どうしてアンタみたいな万年ジャージうすらバカに言われなきゃならないのよ」

「うすらバカやと!?」

聞き捨てならない、という風にトウジも声を荒げた。

「お前、女だからとてワイは容赦せんで」

「ええ、いいわよ。かかってきなさいよ」

そういう強気な発言が、『暴力女』と呼ばれる要因になっているとも知らずに、
アスカはトウジを挑発した。

「アスカ!」 「鈴原!」

シンジとヒカリが、同時に叫んだ。
こういう場はしょっちゅうなので、ふたりとも自然に騒ぎの仲裁役となっていた。
しかし、これからのふたりは相対している。

まず、ヒカリのほうは、

「鈴原、あんた、女の子に手を挙げるつもりなの? サイテーよそんなこと」

と、騒ぎの焦点に目を向ける。
そして、ヒカリに頭の上がらないトウジの弁解を無視して、

「そもそもあんたは昨日、掃除当番を無視して帰ったでしょう。今日は絶対に帰しませんからね」

と、話が別の所に飛び、トウジの追及の手をゆるめないまま、事態を収拾させるのだ。

ところがシンジのほうはといえば、アスカの名を叫ぶだけで、そのあとは何も出来なくなる。
なぜなら、アスカがシンジが何かを言おうとするのをピシャリとさえぎってしまうからだ。

「何よ、アンタは口出しするんじゃないわよ」

と、相手が凄むような口ぶりでシンジを黙らせるのだ。

だが、そうしているうちに騒ぎは収拾してしまう。
だから、シンジは充分に役割を果たしていた。

そういう彼らの様子を、綾波レイは面白そうに眺めていた。
トウジに『口うるさそうな女』と言われたことも忘れ、彼女は楽しそうに笑みを浮かべていた。
これからの生活に期待を持ちながら――




つづく




≪あとがき≫

どうも、うっでぃです。

例のパラレルワールドを自分でも書いてみたくなったので、
始めてはみましたが、最初はどうしてもありがちの設定になりました。

これからどう発展させていくかが、作者の力量にかかっています。
なるべく既存のものと違う展開や設定を目指してますが、
知らず知らずのうちに内容がかぶってしまうこともあるかもしれません。
その辺に充分気をつけながら、続いていけばいいなと思ってます。

ちなみに、あとがきは毎回書かず、
気が向いたら、書いておこうかなという形にします。
どうも毎回反省文になってしまいそうなので・・・・・・。

ではではまたまた。


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