僕の腕の中に彼女がいる。
ほっそりとして柔らかな、彼女の体がある。
僕の胸の上に、彼女の重みが乗っている。




ほら、彼女を僕はこんなに感じている。



……なのに、なんでこんなに息が苦しいんだ。




彼女の重みは日に日に減少していく。
まるで、彼女の中から魂が抜けていくようだ。
彼女の顔はうつぶせになってる為、見えない。
いや、見ないように無意識にしてるのかもしれない。
見れば、僕の心がガラガラと音を立てて崩れてしまいそうで・・・・・



もう、こうして何日が過ぎたろう。
彼女が返事をしなくなってどれくらいが過ぎたろう。
目の前に広がる赤い景色に悲しみを、後悔を感じなくなって・・・・・何故か心に平穏が訪れて大笑いしてから時は幾程流れたろう。
これからすべき事は、もう考えている。
でも、まだ動こうとは思わない。
ただ、まだこうして彼女の事を感じていたい。




そして、さらに時が流れる。
僕も彼女も外見はそれ程変わっていない。
でも、彼女にもう温もりは感じられなくなってしまい、それを悟った僕の内面は大きく変わったように感じられた。
どこがどうとは言えない。
自分の事なのに、まるで靄がかかったようで僕は思わず苦笑する。




僕は彼女を抱きかかえた。
その重みは余りに軽く、それが胸に痛烈な痛みをもたらしたが、だからと泣く事は無かった。
赤い海にまで歩を進め、更に腰につかるまで海の中へ入っていく。
そして、彼女の顔を久しぶりに見た。
変わらない彼女の顔がそこにあった。
今にも、「馬鹿シンジ!」と言いそうなその顔。
僕は彼女の頬に手を添え、軽く唇に口付けをした。



「じゃあね、アスカ」



彼女から手を離す。
支えの無くなった彼女の体は海の中に消えていく。
それを見届けてから僕は、その地を去った。












あれから、数ヶ月が過ぎた。
目的地にはまだ着かない。
変わらぬ赤い海、変わらぬ生物のいない大地、変わらぬ暗い空。


昔の僕なら発狂してるだろうな、確実に。


そう思わずにはいられないほどのつまらない世界。
僕が望んで、成るべくしてなったはずの世界。
であるはずが、今の僕の行動は……この世界に対しての否定。


「……あった」


目の前に一段低くなった大地が、そして大地を潜るようにして大きな穴が開いていた。
今更、躊躇いなどない。
僕は、穴の中に入っていった。



入ってすぐに覚悟していたんだけどそれでもなお少し後悔した。
明かりを持たないでのトンネル探索。
目の前は見えず、歩いているのか戻ってるのか、目の前に壁はないか落とし穴はないか、その全てが分からない。
でも、歩みをとめる訳には行かない。
後悔もそこそこに僕は確かな足取りで、あるであろうあの地へと向かった。




光が見えたのは、穴に入ってから二時間ほど下ったときだった。

「もう、いいのかい?シンジ君」

懐かしい声がどこからか聞こえた。
僕の顔が綻ぶのを感じる。

「この世界は君が望んだ、君を受け入れてくれる世界なんだよ?」

中性的な声。
その中には優しく穏やかな響きがある。

「僕は君にこの世界に残って欲しいと思ってる。それが適わないならせめてその心の傷が治るまでとどまって欲しい」

純粋に僕を心配する声。
嬉しかった。
やっぱり、君は僕の大切な友達だよ。

「心配してくれて有難う。でも、この痛みは永遠に治らない。いや、僕自身が治るのを拒否している。だって、これは僕にとって忘れてはならない……そう、財産みたいなものなんだ」

「……シンジ君、あの世界に戻ったらどうする気なんだい?」

「分からない。サードインパクトを止めようとか、父さんをどうしようとか余り考えてないんだ。僕は、ただ彼女を腕の中でギュッと抱きしめて……温もりを感じたいんだ」

「……はぁ、彼女が羨ましいな」

「えっ?」

「僕は神に感謝するよ。あの世界は、優しすぎる君に多くの深い傷痕を残した。それでもシンジ君の魂が穢れなかった事を僕は本当に感謝するよ」


僕はいつの間にか目的地に着いていた。
目の前に一人の赤い目をした少年がいる。
僕は彼に笑顔でこう言った。


「有難う、カオル君。大好きだよ」










そして僕はあの世界に戻る事になる。
相も変わらず世界は容赦なく僕を傷つけようとするだろうけど、僕は怯まない。
彼女を、アスカをこの僕の腕の中で感じるまで僕は決して止まりはしない。
そして言うんだ。

「アスカ、大好きだよ」

その時こそ、僕の中で止まった時が動くんだ。


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