「・・・ふみゅ。」
ちいさくひとつ、溜息をつく
「しっぱいしっぱい。折角アスカに誉めてもらおうと思ったのに・・・・。これじゃ、また怒られちゃう。」
‘ふみゅ’と、もうひとつ溜息をつく
とりあえず、レバーを引いたり色々とやってはみるが・・・
「ふみゅう・・・ダメだ、わかんない。」
何が、というよりも
‘何がなんだか’わからない、と言った方が正しいだろう
「えっと、こんな時は・・・・。」
ちょっと考えてから、生命維持モードへと切り替えた
彼女にしては珍しい、きちんとした手順だった
「だって。」
そう、だってこうしていれば
「きっとアスカが助けにきてくれるよ。」
そう約束したから
そう、信じているから
「アスカ・・・。」
彼のことを考えれば、こんな事になっても、何もつらいことはない
「アスカ、最近なんだかすごくイライラしてるみたい。」
逆にアスカの心配をしてしまうぐらいだ
「帰ったら、アスカのだ〜い好きなハンバーグを作ってあげよっと!」
そのときのアスカの反応を思うと、顔が自然とほころんでしまう
「だから・・・。」
だから、早く助けにきてよ
・・・・アスカ
カタン
と、急造の作戦室・・・仮設テントのホワイトボードの前にマジックが置かれる
「アスカ君、レイ。」
同時に通信が入れられた
「・・・・・。」
ゆっくりと、顔を上げるアスカ
その目には・・・何が映っているのだろう?
「作戦が決定した。そのまま・・EVAに乗ったまま聞いてくれ。」
モニターに写る顔は、いつもに増して苦渋に満ちた物だった
「敵の正体は、あの影のほうだった。直径680メートル、厚さ3ナノメートルの、な。
その薄い空間を内向きのATフィールドで支えている・・・これが、赤木博士が出した結論だ。」
‘博士’というところを、加持は何故か強調して見せた
「内部は‘ディラックの海’と呼ばれる虚数空間に・・・ま、この辺りはアスカ君のほうが詳しいかな。」
‘ははは’という乾いた笑い声にも
アスカは何の反応も示さない
「そこで。」
やおら、加持の顔が真剣な物に変わる
「・・・・・。」
それにはアスカも、ほんの少しだけ反応を見せた
「君たち2人で使徒の虚数空間に、1000分の1秒でいい、干渉して欲しい。
・・・その瞬間に現存するN2爆雷992個全てを投下し、爆発のエネルギーを集中させてディラックの海を破壊する。」
「そんな!」
叫びは、零号機の方から聞こえた
「中には、中にはまだ碇さんが!!」
「レイ・・・!?」
「・・・ファースト。」
彼女の珍しい感情の爆発
と、
何を思ったか、不意にアスカがくぐもった笑い声を上げる
「・・・ククッ。」
「・・・・ア、アスカ君?」
加持と、レイの視線がアスカに向けられる
もっとも、金色に彩られた前髪に隠れた表情を見ることは出来なかったが
「あいつは・・・あいつはなんて言ってるんだ?」
「あいつ?」
クククッ
笑い声が、響く
「なんて言ったかなぁ・・・あいつ。」
「な・・・あ・・・・・。」
ゾクッ
加持の背中に戦慄が走る
モニターに写っているのは、顔を上げたアスカの右の瞳
・・・それは、闇よりもなお、深い青だった
「そうそう・・・ゲンドウ。‘碇=ゲンドウ’とか言ったっけな。」
深い青は、遥か遠くを見ている・・・加持は、そんな気がした
「し、司令からの許可は獲ってある。」
「碇司令が、そんな・・・・・・・。」
告げられた言葉に、レイは顔色を失わせた
「そうか・・なら、かまわんさ。」
アスカは、いつものように口の端を歪めたまま
「あの男がそう言うのなら、な。」