Reirth

DISK7              ヒトリノ夜                               BY zodiacok
 
 


ポーン、と飛んだハンバーグが、綺麗な弧を描いてフライパンの中に戻ってきた

「へへー、成功成功。」

器用に手首を返しながら、2度3度とハンバーグを打ち上げては着地させる

「10.00!な〜んてね。」

 フンフンフ〜ン

という鼻歌も楽しげに
ユイナはキッチンに立って、食事の用意をしている

「はい、完成。」

‘じゅ〜’と音を立てながら、香ばしい匂いを立ち上らせて

お皿の上にはハンバーグが、ユイナの顔には満面の笑みが乗っけられている


「うん。」

と、それを確認したユイナは、後ろ手に背中のリボンを解き、首からエプロンを外す
そして、お皿の並べられているカウンターテーブルの上にある鏡を、ユイナは覗き込んだ

「・・・へへっ。」

可愛い笑顔の、最終チェック

 自然に笑えてるかな?
 リップクリームははみ出してないかな?
 クシはちゃんと通ってるかな?

朝から何度見つめたか分からない鏡に、今日の自分を尋ねる

だって・・・だって今日は・・・・

「アスカ・・・まだかな?」

3日ぶりに、アスカが帰ってくるのだから

だから、ブラウスの襟のチェックも念入りに行う

「ふふふ・・・アスカ、覚えててくれてるかな?・・・覚えてるよね、絶対。」

ブラウスの色は、淡いブルー
それに、デニム地のスカート
今日初めて着る、ユイナにとっては思い出の服
初めてのデートで、アスカに初めて買ってもらった服

あの時の記憶は、いまも胸を暖かくしてくれる

「ふにゅ〜・・って、‘ぼーっ’としてる場合じゃなかった。」

‘うっとり’と瞳を閉じたまま、頬を染めていた自分に気付き、
あわてて‘ぱしぱし’と顔をたたいて熱さましにかかる

「みゅ〜、早くしないとアスカが帰ってきちゃう。」

あわてて、再び準備に取り掛かる
電話ではさっき、加持さんから

「アスカ君は無事退院して、もう病院を出るところだから。」

って連絡があった
そのときの時間と距離を考えると、もうそろそろ帰ってきてもいい頃だ

「はやく!はやく!!」

早くしないと、‘ご飯を作って、アスカをお出迎え’が出来ない

「はやく!はやく!!」

一生懸命自分をせかしながら
一生懸命にご馳走の用意

「はやく!・・・うん!!」

ようやく・・・

「完成しました。」

ようやくご馳走の準備が整いました
満面の笑みを浮かべて

「うんうん。」

って自画自賛していると・・・

 パシュっ!

ドアが勢いよく開く音が

「あっ!アスカ、お帰りなさい!!」

ユイナは、元気よくアスカに向かって走ってダッシュした



・・・だけど、アスカの様子が変だ

「ねぇアスカ。ご飯冷めちゃうよ。」 


帰ってきてすぐ、喜色満面で抱きついてきたユイナを無視するように、自分の部屋に入っていってしまった
そしてユイナは、部屋の中に入ってゆくことも出来ずに
ドアのところで、ベッドに腰掛けている恋人を不安げに見つめている

ただ、それだけ

「ねぇ・・・アスカ。」

眉毛を‘ハ’の字にして
たれ目気味の瞳をわずかに潤ませて
扉の端っこを‘ぎゅっ’て掴んで
小さな声で、アスカに呼びかける

「・・どうしたの、アスカ?」

 わかんない

わかんないこと、だらけだ

「アスカ・・・。」

だから、一歩踏み出した

明かりの消された室内
黙ってうつむいている
なんとなく近寄りがたかった

だけど、ここで突っ立っていても何も始まんないから

「どうしたの?何があったの?」

アスカに向かって、ゆっくりと部屋に足を踏み入れる
アスカが心配だから

違う、いつもみたいに優しくしてくれないのが、かまってくれないのが寂しいから

‘そっ’と近づき、ベッドに座っているアスカの横に腰をおろす

「ねぇ・・・。」

覗き込むように、話し掛ける
包み込むように、膝の上に置かれた手に自分のそれを重ねる
あふれそうになる涙を、‘ぎゅっ’と我慢する

 やっと、アスカが帰ってきたのに
 せっかく、ご馳走作ったのに

そんなユイナの寂しい気持ちを感じ取ったのか
アスカは、重ねられている手を、逆に握り返した

 ドキッ


いきなりの行為に、ユイナは思わず胸を高鳴らせ、ほんのりと頬を染める

「アスカ。」

愛する人の名を呟く
そして、その呼びかけに応えるようにアスカはユイナのほうに顔を向けた

頬は、ほんの少し痩せこけたように感じる
湖のようだったサファイア色の瞳は、闇夜のような底知れぬダークブルーに見えた
射抜くような眼光は、ナイフのような鋭さを持ってユイナの瞳の奥を貫いている
ユイナは幾ばくかの懐かしさと共に、言い知れぬ不安感を抱いた

「・・・ユイナ。」

それでも、愛しい人に自分の名前を呼ばれると、嬉しく感じる

「なぁに、アスカ?」

‘にぱっ’て微笑んだユイナを
アスカはベッドに押し倒した・・・・

「ア、アスカ!?」

あまりに突然の出来事に、ユイナは思わず抗議の声をあげた
でもそれは、すぐにアスカの唇によって封印される

「ねぇ、アス・・・ん、んんっ・・・はぁっ・・・・ねぇアスカ、止めてよ。」

潤んだ瞳で、アスカを見上げる

「ねぇ・・ほら、ご飯冷めちゃうよ。」

諭すように言っても、ブラウスを掴んだ手を離してはくれない

「ねぇ、アスカ・・・やめてよ。ご飯食べようよ。」
「・・・・。」
「アスカ、御願い。やめて。今日は、いやなの。」
「・・・・。」
「今日は・・やめて・・・・・。」


「・・・うるさい。」

「え・・・・・?」

まっすぐに、ユイナの瞳を睨みつける


「うるさい!」
「ア・・・アスカ?」

吐き捨てるようにぶつけられたアスカの声に、ユイナは目を丸くする

涙が一つ、零れ落ちる

「どうしたの、アスカ?」
「うるさいテメーは、俺が止めろと言った時すぐ止めたか!?
俺が止めろと言った時、止めたかよっ!!

青いブラウスにかけられた手に、力がこもる

「あ・・・・。」
「止めたか!?」
「アスカ、何・・言ってるの?」

 私がアスカを裏切ることなんてないのに
 私がアスカを怒らせることなんて、ないのに・・・

「うるさいっ!!

そんなユイナの涙を無視するように
力任せにユイナのブラウスを引きちぎろうと、さらに力をこめた

「あ・・・止めて。アスカ、止めてよ。」

 これ、アスカに買ってもらった服だよ
 初めてデートしたとき、アスカに選んで貰った服だよ

 「今までで一番、可愛く見えるよ。」

 って、言ってくれたじゃない

 「・・・こんなに可愛くなるなんて。もう、離れらん無くなっちゃうじゃないか。」

 って、言ってたじゃない  

「ねぇ・・・・。」

 やめて

「ねぇ・・・御願い。」

 やめてよ・・・

「うるせえっ!!

だけどアスカは、そんなユイナの声には耳を傾けず
右手に掴んだブラウスを、引っ張った





ボタンが一つ、はじけとんだ





何も、考えられなかった

 ぱしん!

振りぬかれたのは、ユイナの右手

「アスカのバカッ!!」

流れ落ちる涙をそのままにして
頬を押えるアスカを押しのけて

「アスカのバカッ!アスカなんかだいっ嫌い!アスカなんか、アスカなんか死んじゃえっ!!」

背を向けたままの少年に向かって感情を爆発させて

ユイナは部屋を

 パシュッ!

そして、家を飛び出していった





一人残されたのは、
左手で頬を抑え
右手でベッドのシーツを握り締める、少年

「・・・・・。」

頬を押えている手は、震える拳へとかわり
シーツを握り締める力は、より強いものへとかわる

「・・・俺は。」

 ガスッ!

白い壁に、拳が打ち込まれる

「俺は。」

 ガスッ!

「俺はあっ!!」

言葉にならない慟哭が、白い壁に打ち込まれていく





 タッタッタッタッ

「うぐっ・・・アスカのばか。アスカのばか。」

少女は、破られたブラウスを掴んで
一生懸命涙を拭いて、あてもなく走りつづける




離れ離れになった恋人たちにも、やがて夕暮れが訪れる
そして再び迎える
 
 ヒトリノ夜



〜次回予告

当てもなく彷徨いつづけた真夜中の町で
少女は一人の女性と出会う

その人は語ってくれた・・・過去を
その人は話してくれた・・・月日を
その人は聞いてくれた・・・今を
その人は教えてくれた・・・未来を

過ぎ去りし時は、思い出の曲に乗せて


 CHANGE DISK TO THE 「夢見る少女じゃいられない 」

「真実なんてのはね、‘空’と同じ。どっからが空で、どこまでが空かなんて、自分で決めるしかないのよ。」


〜あとがき

あんまし、痛くなかったでしょうか?

肉体的な痛みは、殴ればいい
でも精神的な痛みを伝えるのは・・・難しいですね

谷が、思ったよりも深くならなくて
今後、山が高く見えるか不安です


では・・感想、お待ちしています


マナ:せっかく、ユイナちゃんが慰めてくれてるのに・・・。アスカって・・・。

アスカ:いろいろあったからねぇ。

マナ:拗ねたら手がつけられないのって、あなたと同じね。

アスカ:アタシはシンジの服破いたりしないわよ。

マナ:それは違うかもしれないけど・・・。で、立ち直るにはどうしたらいいと思う?

アスカ:そーねー。こういうい時は、お腹いっぱい美味しい物を食べるとか・・・。

マナ:それって・・・自棄食いの典型じゃない。(ーー)

アスカ:けっこうストレス発散になるのよ? ウジウジしてるより、健康的でいいじゃない。

マナ:どうりで、そんなになるはずだわ。

アスカ:どこ見てんのよっ!(ーー)

マナ:お腹。 ほら、わたしなんてこんなにスマート。(^^)

アスカ:上から下までね。

マナ:むっ!(ーー)
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