大神少尉の薔薇色な一日

 

太正14年11月9日未明。季節外れの大雪に見舞われた帝都は軍靴の響きに蹂躪されようとしていた。

「支配人、ここにいらっしゃたのですか?」

銃声に目覚めた大神は二階の廊下で一緒になったさくらを連れ、他の隊員達と合流すべく階段を駆け降りたところで米田と顔を合わせた。

「おお、大神にさくら、無事だったか」
「一体何が起こっているのでしょうか?」
「これは俺の推測だが、陸軍の一部がクーデターを起こしたらしい」
「なんですって!?」

驚愕する大神。

「まさか長官…この前暗殺されかけた腹いせに……」

陸軍中将・米田一基。陸軍内に彼のシンパは数多い。彼が一声掛ければ師団単位の兵力が……

スパァァァン

「馬鹿言ってんじゃねえ!」

米田の手には室内履きのスリッパ。上は着替えたものの、足元はベッドに入っていた時のままのようだ。頭をおさえてうずくまる大神。

「……大神、さくら、お前達二人に命令を与える」

息を整えた米田は、まだ涙目になっている大神と目を丸くしているさくらの二人に何とか威儀を正した声で指令を出す。

「お前達は二人で大帝国劇場を脱出し、花やしき支部の部隊と合流しろ」
「わかりました。さあ、さくらくん、行こう」
「ええ、大神さん。二人だけで……(ぽっ)
ちょっと待たんかい!
「はい?」

何故か声を荒げる米田。大神は何故米田が怒っているのか訳が分からない、という顔をしている。彼は忠実に命令を実行しようとしているだけなのだが……

ゼエ、ゼエ…

「…理由を聞かなくていいのか?」
「命令遂行に必要ないならば別に……ですが、うかがっておきます」

米田の眉が微妙にヒクついたのを見て、大神が言葉を替える。宮仕えの辛さよ。

「…陸軍の連中はさくらの命を狙っている」
「何ですって!?何故さくらくんを…」
「さくら、お前には破邪の血統…(以下省略)という訳だ。大神、必ずさくらの命を守れ!」
「はっ!…さくらくん、君は俺が守る!」
「大神さん……(はーと☆)

二人の間に流れる桜色の空気。

「………まず、地下の薔薇組と合流しろ。奴等は陸軍屈指の、退却戦の名人どもだ」

苦虫を噛み潰した表情で米田が付け加える。きっと彼は心の中でこう思っているに違いない。「近頃の若いモンは…」と。

「退却戦の名手、ですか?」
「ああ。まあ、早い話が逃がし屋だな」
「…長官、いくら酒代のツケがたまっているからといってそれはちょっとまずいのでは…」

スパァァァン

「誰が夜逃げの話をしとるか!無駄口叩いてねぇでさっさと行け!!」

大神は片手で頭をおさえたまま、もう片方の手で頬を朱に染めたさくらの手を引いて地下へと駆け出した。

 

「大神少尉、待っていたわ。さあ、これを!」

その特異なキャラクターを使いこなせる上官がいなかった所為で(あたりまえデース)遂にその能力が陸軍内では日の目を見ることはなかったが、個人戦闘、情報操作、戦術立案において薔薇組の三人はいずれも非凡な才を持つ。海軍屈指のエリートである大神は、同じく優れた軍人だからこそ、彼らの能力をその外見に惑わされること無く理解していた。その薔薇組の清流院隊長が大神に一包みの袋を差し出す。

「…これは?」
「脱出に必要な変装道具よ。あなたたちは二人とも顔を知られているわ」
「しかし、轟雷号を使えば花やしきまでは直行できるはず…」
「…生身の体で轟雷号を使うつもり?仮にあの加速に耐えられるとしても、三半規管が麻痺して二三日足腰が立たなくなるわよ。それにクーデター軍の連中も馬鹿じゃないわ。脱出手段として、轟雷号は当然マークしているはず」

なるほど、もっともなことである(笑)
「さくらちゃんの分も用意してあるわ」
「さあ、お二人とも早く着替えて下さい」

(着替えて……?)

この時、大神の脳裏を不吉な予感がよぎった。

 

「まぁー、一郎ちゃん、キレイよぉ〜」
「大神さん、ステキです……」
「流石は大神少尉、何を着ても良くお似合いですね」
……本当に女装の必要があるのですか?

地の底から響いてくる呪詛の様な、異様な迫力を伴った大神の声。
そう、それは女装だった。今彼が身につけているのはモガも真っ青というゴージャスなドレス。スカートの裾もゆったりした、レース飾りを多用したルーズなスタイル。確かにこれなら体の線が見えない分、大神が着ても不自然さは最小限に留まる。ご丁寧に、綺麗な形に結われた長髪のヘアピースまで用意してあった。
散々抵抗した大神だが、さくらのため!と言われればそれ以上反論できない。米田の言葉を信じるならば、かれらは脱出のプロなのだ。ここは彼らの言葉に従うしかない。それが命令だ……と無理矢理自分を納得させた大神。嬉々として彼の服を脱がせようとする三人の申し出を必死に断って、無念の思いでドレスに着替えたところだ。
ところで、何故大神にドレスの着付けが出来たのかは、……とりあえず内緒である。士官学校時代の経験が役に立った、とだけ言っておこう。

「いえ、あのね…あっ、さくらちゃんも出来た様ね?」

その迫力にたじろいだ色を見せる薔薇組の三人は、タイミング良く出てきたさくらに話を振って大神の追求を逃れた。
一足遅れて出てきたさくらは、長い豊かな髪をたっぷりしたキャスケットに押し込んで隠し、乗馬服をイメージした少年の衣装に着替えていた。…カワイイ(をいっ)

「うん、これなら誰も帝国歌劇団の真宮寺さくらとは気付かないでしょう。流石は舞台女優、完璧なメークね?」

しきりに頷く清流院隊長。元が可愛らしい中にも凛々しい顔立ちのさくらである。男役のメークによって、完全に少年の顔になりきっている。

「大神さん……」

そのさくらは大神の変わり果てた姿(!)を見て目を丸くしている。しかし、けっして呆れた顔ではない。むしろ見とれている感じだ。

「さあ、大神少尉、最後の仕上げよ。さくらちゃん、大神少尉にメークしてあげて」
「いいっ!?」

仰天する大神。

「大神少尉、いくら貴方が二枚目でも、素顔じゃやっぱり男性にしか見えないわ。変装にはなりきることが必要なのよ。さくらちゃん、お願い」
「あの、大神さん……」

諦め顔で頷く大神。この時、さくらの表情は何故か嬉しそうだった。

「大神さん、キレイ……

うっとりした顔で呟くさくら。

「さくらくん、あのね……」

はげしい頭痛に見舞われた様に顔を顰めて嘆息する大神。だが、その表情も憂いを含んだ美女そのもの!にしか見えない。
それにしても化けたものだ。これなら確かに帝国華撃團花組隊長・大神一郎少尉とは到底わからないだろう。少し、感じが前副司令に似ている(禁句)
二人とも、どこからどう見ても別人だ。ここに至っては、大神も変装の有効性を認めぬ訳にはいかなかった。不承不承、だが。
その時、頭上に大人数の足音が響いた。遂に玄関を突破されたらしい……何と言っても紅蘭が細工したシルスウス鋼の扉だ。さぞ被害が大きかっただろう。今は敵味方といっても同じ帝国軍人。戦死者が出ていなければいいが……冗談でも何でもなく大神は心の片隅でそう考えた(笑)

「遂に来たわね。二人とも、こっちへ!」

地下に突如出現した薔薇組の部屋、一説では魔術によって異空間から呼び出したのではないかと噂されるその謎の部屋の一番奥の壁を撫で回す清流院隊長。…どうも手つきが…
するとどうだろうか!壁に大人が一人楽にくぐり抜けられるくらいの四角い穴が生じたではないか。隠し扉だ。その先にはかなり長い階段。

「この先は銀座線のホームにつながっているわ。これが浅草までの切符よ」
「……何故地下鉄の切符がこれほど大量に用意されているのですか?」

切符を取り出した抽斗には、束になった切符が溢れていた。その横には活版印刷に使う原盤らしきもの。まさか?

「ま、まあそれは軍事機密という奴よ。それより急いで!」

確かに今はその様なことを追求している場合ではない。大神とさくらはほこりの全く積もっていない(!)階段を急ぎ足で駆け降りた。
(作者註:ほこりが積もっていないということ、それは即ち、しょっちゅう使われているということである……)

 

(続く)

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