大神少尉の薔薇色な一日・その2

 

「大神さん、花組のみんなは大丈夫でしょうか?」
「大丈夫。みんなのことだ、クーデター軍なんて簡単に蹴散らしてしまうさ」

案ずる心を隠し、元気づける笑顔で応える大神。さくらの瞳の奥に隠された不安の色を見過ごす大神ではない。

「そ、そうですよね」

案の定、さくらの返事は歯切れが悪い。

「…さくらくん、破邪の血統のことが気になるかい?」
「え、ええ……」
「大丈夫、君には俺がついている」
「大神さん……」

見詰め合う二人。

(まあ〜、ツバメですわよ、ツバメ)
(こんな朝早くからはしたない…一体どういう育てられ方をしたのかしら)

だがここは銀座線の列車の中。残念ながら二人きりではない。聞こえよがしのヒソヒソ話。

……………

真っ赤になって俯くさくら。瞑目する大神。

交通統制ぐらい徹底できないのか!

この時大神は心の中で、太正維新軍を名乗るクーデター軍に筋違いの怒りをぶつけていた。

 

雪の帝都、浅草。

「花やしきまでもう一息だ」
「はい、大神さん」
そこの美しいマダム!

励まし合う二人を呼び止める妙な声。
その珍妙な台詞に思わず振り向く大神。その視線の先には大きなパラソルで雪をよけ、カンバスを立てかけたイーゼルを前に中腰となった中年の男性。
その男性はすっくと立ちあがると、雪の中を大神の目の前まで走り寄った。

(緒方さん?)

その顔に大神は見覚えがあった。つい先月会ったばかりの織姫の父親、緒方である。

(こんな雪の中で何をしているんだ……?)

まだまだ病み上がりの体のはずだが。

「…お美しい!ぜひ、貴方のお姿をカンバスに写し取らせていただけませんか!?」
「はあ?」

思わず間の抜けた返事をする大神。それを別の意味に勘違いしたのだろう。緒方は胸を反らして口説き文句を再開する。

「こう見えても私はイタリアで絵を学んだこともある画家の端くれなんですよ。マダム、一度は芸術を志したものとして貴女の美しさを見逃すことなど、到底出来ません!是非、私のモデルになって下さい!!」

(マダムはフランス語でしょう……?)

呆気に取られるあまり、どうでもいいツッコミが彼の頭をよぎる。次の瞬間、彼は現状認識を取り戻す。

「今がどういう時か……」

おわかりですか?と言いかけて、慌てて口をつぐむ大神。外見は化粧で誤魔化せても声を誤魔化すことは出来ない。どこから情報が漏れるかわからないのだ。
だが、確かに緒方は芸術家だった。彼は画家だった。

「ふん、無粋な軍人どもが何やら騒ぎたてているようですが、銃剣で芸術家の魂を砕くことなどできはしません!!

瞳に熱血を映して力説する緒方。大神の声を聞いても、それと気付いた様子は全く無い。そう、確かに彼は芸術家。彼には、自分の創作意欲を刺激する目に映るものにしか関心が無かったのだ。

「……行こう、さくらくん」

返事も待たずに走り出す大神。緒方の呼び止める声にも一顧だにしない。彼の心の中では、一つの言葉が繰り返されていた。

花やしきに着くまでの、我慢だ!

「椿ちゃんじゃないか!」

花やしき支部、そこで二人を待っていたのは、極秘任務で帝劇を離れていた「売店の椿ちゃん」こと、高村椿であった。
その声を聞いて、椿が目を丸くする。

「大神さん……?」
「あっ、いや、これはね、脱出の為の変装で…」
…ステキ…

必死に言い訳する大神だが、椿は全く聴いていない。目が完全にハート型である。

(……くくくっ)

そろそろ大神の忍耐力も底を突きかけている。

「椿ちゃん、帝劇を留守にして何をやっていたんだい?」

精一杯抑えられた大神の声に不穏なものを感じて、慌てて真顔になる椿。

「実は北海道支部に新型霊子甲冑の受け取りに行っていたんです」
「新型霊子甲冑!」
「はいっ!お二人とも、格納庫に来て下さい」

ようやくこの茶番を終わらせることが出来る。大神はこの時、心の中で高揚よりもむしろ安堵を感じていた。

 

「これが新型霊子甲冑・天武です!」
「大神さん、この天武があれば!」
「ああ、早速出撃しよう」
「待て、大神」

その時、ここにいるはずの無い人間の声が聞こえてきた。格納庫備え付けのキネマトロンから聞こえてくる声。

「加山!?」

何故加山が花やしきの番号を知っているのだろうか?いや、それ以前に何故加山が帝撃の装備であるキネマトロンを使えるのか?種々の疑問を抱きながらも通信に応ずるべくキネマトロンに近寄る大神。
その間にも、加山は相変わらずのお気楽な調子で独演会を続けている。

「いや〜、大神、通信はいいなぁ。遠くとおぉく離れていてもこうしてお前と、ブワッハッハッ……

何故加山のおちゃらけた独演会が中断したのか、何故加山が突如笑いの発作に襲われたのか、大神は事態をほぼ正確に認識していた(と言う程のことでもないのだが)。キネマトロン、音声と映像をリアルタイムで中継する通信機。そのカメラに大神がズームインするのと加山が吹き出したのは同時だった。

「……加山、さっさと用件を言え」
「あ、ああ、(クックック)お、俺は今(ウックック)」
「……切るぞ」
「ま、待て、大神。俺は今大帝国劇場に潜入している」

さすがにまずいと思ったのだろう。意志の力で笑いの衝動を抑え込み、加山が本題に入る。

何いぃ!?


ドッ

だが、それは一瞬の成果でしかなかった。思いがけない加山の台詞にキネマトロンへつかみかかる大神。結果的に加山の受信機にはバッチリ化粧した大神の、どアップ。最早止めようの無い爆笑の渦に巻き込まれる加山。

「敵は帝防を…(クックック)…砲台が…(クックックック)……」
とっとと帝防を下げろ、コメディアン!!

プツ


だが、あの断片的な言葉で事態を正確に理解するとは、さすがは同期の桜、というところか。

「……さくらくん、戦闘服に着替えて出撃するぞ」

戦闘服に着替えて、の個所に妙に力の入った大神の命令。彼の心中は明白すぎるほど明白である。だからこそ、椿の台詞は心底気の毒そうだった。

「…大神さん、戦闘服は無いんです
何いーー!?
「予備の戦闘服は新型用に調整中で……あっ、でも、大丈夫です。天武の霊子機関は従来のものより数段高感度ですから。感応チューブが無くても操縦に支障はないはずです」
「………」
「お、大神さん?出撃しましょう、ね?」

事ここに至って、さすがにさくらも大神が気の毒になったらしい。心からの励ましがその言葉には込められていた。

「…帝国華撃團、出撃せよ!!」
気合いの入ったその声には、70%ほどの自棄(やけ)が混入されていた。

 

(続く)

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