大神少尉の薔薇色な一日・その3

 

「ふぉっふぉっふぉっ、これも計算の内…」
「狼虎滅却・三刃成虎!!」

爆!

木喰及びその配下の魔操機兵は「あっ」と言う間に葬り去られた。それは無論、天武の高性能によるところもある。決死の行動で帝防を無力化した加山の功績もある。だがそれ以上に大きかったのは、霊子甲冑はパイロットの気力によってその性能が大きく左右されるという点だ。大神の心身は、この時ある種の気力で満タンの状態だった。それこそ、攻撃力+10防御力+6に匹敵するコンディション。ただでさえ高性能の大神ユニット、こうなっては敵はない。
劇場内に駆け込む二人。
だが、そこには猫の子一匹見当たらなかった(小犬は一匹しっぽを振っていたが)。

「これは罠かもしれない。さくらくん、気をつけるんだ」

ワン

…果てそうになる心を必死に立て直して、大神は地下へと向かう。

「みんな!無事か!?」

やはり、全く人影の見えない地下の廊下。大声で呼びかける大神。

「わーいっ、お兄ちゃんだ!」

元気一杯の可愛い声。同時に、作戦室の装甲扉が左右に開く。

「ようやく来た…何だぁ、その格好!?……隊長、だよな?」
「きゃは♪お兄ちゃん、キレーイ!」
「キャハハハハ、少尉サン、よく似合ってマース!!」
「隊長、見事な変装です!」
「敵を撹乱するには極めて有効な戦術だ」
「少尉、シェークスピアの舞台がつとまりますわよ♪」
(作者註:昔はシェークスピア劇も歌舞伎と同じで、男性だけで上演されていました)
「そうや、次の公演、大神はんにも出演してもらうっちゅーのはどうやろか?」

…………

壁に額を押し付け、虚ろな目のまま何やらブツブツ呟く大神。
何とも言えぬ気まずい空気が流れる。

フフフフフ……

それを救ったのはお約束な含み笑いだった。

「お前は!」

さくらの声は怒りよりもむしろ嬉しそうだった。このよどんだ雰囲気を打開できるものなら、現れたのが降魔でも構わないという心境だったのだ。

当然、その男、陸軍大臣京極慶吾にはその辺りの事情など分からない。ニヒルな顔に浮かぶ間抜けな疑問符。だが、悪役の美学を体現する彼がギャグのキャラクターを演じるのはほんの一瞬のことである。

「久しぶりですね、大神一郎少尉」

おお、さすがは京極慶吾。大神の完璧な変装を一目で見破るとは!

「貴方は、京極陸軍大臣!貴方がクーデターの首謀者なのですか!?」
「クーデターなどと失礼ですよ。我々の行動は維新、そう、太正維新と呼んでもらいましょう」

大神は心が甦るのを感じていた。彼が待ち望んだシリアスな展開が彼の前に拓けている。

「ふざけるな!治にあえて乱を招いておきながら、何が維新だ!」
「この国は腐っています。最早この国は血を流すことで浄化するしかないのですよ」
「そんな事は我々帝国華撃團が許さない!!」

この時、大神の心は限りない充実を感じていた。
それは、ほんの一瞬の幻だった。

「フフフフフ、女装にうつつを抜かしているような変態男に、私を止めることは無理だ」

(何故か葵叉丹口調。サクラ大戦(1)第八話ご参照)

ぶちっ

何かが引き千切れる音ならざる音を、そこにいた全員が聴覚以外の感覚で聞いた。

フフフフフフ

地の底から響いてくるような不気味な笑い声。

チャキッ

何時の間にか、大神は左右に抜き身の白刃をぶら下げている。右手には神刀滅却。左手には…霊剣荒鷹。

「いつのまに!?」

驚愕するさくら。彼女は天武を降りてからずっと、その手に荒鷹の鞘を握り締めていたのだ。なのにいつ大神が荒鷹を抜き取ったのか、全く気付かなかったのである。

(まさか…「霊剣荒鷹は手にする物にあらず」?)

そう、時々荒鷹は自分で鞘から抜け出し、空を飛んで使い手の掌に収まることがある。大神の霊力が荒鷹を召喚したのだろうか?

フフフフフフ

大神が二本の霊刀をゆっくり掲げる。次の瞬間。

ギィン

京極に向けて斬りかかる大神の刃を止めたのは黒鬼会の(一応)首領、鬼王!
(ちなみに京極は「黒幕」と言う)

「京極様に手を出すことは許さん!」

見栄を切る鬼王。だが。

フフフフフフ
快刀乱麻!!
天地一矢!!
三刃成虎!!
無双天威ぃ!!!

怒涛の様な大神の攻撃。これを見ていた花組の隊員達は、後に「隊長には霊子甲冑なんて必要ないのでは?」と噂し合ったとかしないとか。
この必殺技のオンパレードにはさすがの鬼王も為す術が無い。京極ともども廊下の端まで吹き飛ばされる。

フフフフフフ

相変わらず、大神の口から漏れる不気味な笑い声。一体どちらが悪役なのやら。

「…鬼王、この後の計画もある。今日のところはこれで退くぞ」

ゆっくりと歩み寄る大神に、はっきりひるんだ表情をその顔に浮かべて、それでも京極は己の美学に則った台詞を口にする。

「ははっ」

こちらは仮面の下に表情を隠して言葉少なに応える鬼王。
そのまま人外の手段で姿を消す二人。まさに悪役の鑑である……

 

「大神さん、凄いです!!」

称賛を顔一杯に浮かべて大神の元へ走りよるさくら。負けじと他の隊員達も大神の元へ駆け寄る。しかし。

フフフフフフフフ

ビクッ

異様な雰囲気を発散している大神にさくらですら一歩退く。他のメンバーは言う迄も無い。全員が引き気味に大神を取り巻く。

「た、隊長、どうなさったんですか?」

恐る恐る訊ねるマリア。
顔を上げた大神は大きく息を吸う。そして。

太正維新軍なんて
大っ嫌いだーー!!

逆切れイジメられっ子の様な絶叫を残して、大神一郎の姿は雪の帝都へと消えていった……

 

太正14年11月9日、その日、軍部による日本統治の野望を掲げて帝都に決起した太正維新軍は、血刀を両手に携えた謎の美女の人間業とは思えぬ剣技の前に、その企みをことごとく打砕かれたと伝えられている。今日に至るまで、その美女の正体は厚い謎のヴェールに包まれている……

 

 

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